相模南の奉仕活動日誌   作:ぶーちゃん☆

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vol.13 相模南は今日という日の真の目的に向けて動き始める

 

 

 

「や、やっと終わった……」

 

 今日に限ってのこの洗い物の多さ……

 そりゃ? たかが比企谷とはいえ? 一応お客さんをお迎えしたわけだから、いつもよりも洗い物が多くたって頷けるけどさ?

 

 にしたっていくらなんでもこの量は無い。

 これ絶対お母さんわざとだよ……あの人、比企谷と二人でなんか話がしたくて、絶対わざと洗い物溜めといたよ……

 

 うっわぁ……マジでなに話してんだろ。

 

『お母さん、南が心配してるような事はお話しないから』

 

 とは言ってたけど、とてもじゃないけど気が気じゃない。

 

 家のキッチンはシンクで洗い物してると少し移動しないとリビングが見えない造りになってるから、洗い物に集中したままだとリビングを覗き見る事が出来ない。

 まぁ、洗い物が済むまではあっちに行けないから、どうせ覗いたところでただ目に毒ってだけにしかならないし、たまに……たまーにチラッチラ覗きながらも、とりあえずは片付けを早く終わらせる事に集中したのだ。

 

 ちなみにちょっと覗く度に、お母さんは比企谷の手を握っていたりおでこにコツンとしてたりして、うちは何度ダッシュで駆け出したくなった事か……

 その時のお母さんの表情がメッチャ真剣だったから、…………うん。まぁ多分うちの事に関しての謝罪とかお礼とか、そういうヤツなんだろうと思ってなんとか堪えたけども。

 ……ごめんね。んで、ありがと、お母さん。

 

 

「ん、これでよしっと!」

 

 片付けを終えたうちは速攻でお茶の準備を済ませ、三人分のコップを乗せたトレイを持ち上げると、タタッとリビングへと急ぐ。

 いくらお母さんが変な事を話さないと約束したとはいえ、そこはやっぱり思春期お年頃な乙女ですよ。密かに好きなヤツと自分の母親が二人きりで話してるなんて、罰ゲーム以外の何物でもないのだ。

 

 

 っておい……

 

 ダッシュでリビングに突入したうちは、危うくトレイごとコップと飲み物を床にぶちまけちゃうかと思ったよ。

 いや、むしろトレイごとひっくり返しちゃわなかった自分を全力で褒めてあげたいまである。……そりゃさ、この光景を目撃したら……ねぇ……?

 

「んー! 比企谷くんはやっぱり男の子ねー!」

 

「いや……ちょっ……!」

 

「あ〜あ、おばさん比企谷くんみたいに頼りになる息子も欲しかったなぁ。どこかの素敵な男の子が、ウチにお婿さんに来てくれないかしらねー」

 

「いや、だからちょっ……」

 

 

 うちがソファーの近くまでやってくると、ウチの母親が比企谷の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でて、こんなふざけた事をおっしゃってました。

 

 ねぇねぇお母さんさぁ……? あんたさっき変な事は言わないっつったよね……?

 それ、変な事の極致じゃん……。なんなの? それ完全に娘を殺しにきてるよね?

 

「……ねぇ、なにしてんのよ……」

 

 どうしよう。怒りと羞恥に手が震えて、トレイがカチャカチャカチャカチャ凄っごく五月蝿いんだけど。

 

「あ、南お疲れさまー。……ん? どうかした? そんな変な顔してプルプルしちゃって」

 

「……変な顔で悪かったわね……。ねぇお母さん、あんたなに話してんの……?」

 

「え? なにって比企谷くんとただの世間ばな…………あ」

 

 あ、じゃないからね……?

 これ完全に話が楽しくなっちゃって、約束とか忘れて思ってること全部垂れ流しちゃったやつだよ。

 

「ご、ごめんねー!? お母さん、そんなつもり無かったのよ〜……あ、あはっ?」

 

「年甲斐もなくあはっじゃないから! もぉぉ、マジ最悪! う、うちの居ないとこで勝手にキモいこと言わないでくんない!?」

 

 やらかしといてヘラヘラしてるお母さんにぴしゃりとそう言ってやったら、「むー、そりゃお母さん確かにうっかり変なこと言っちゃったけどさぁ……」と、ぷくっと頬を膨らませて不満げなんですよ、これが。

 いやいや、なんで不満げ!? てか我が母親ながら、なんか可愛くてムカつく。

 

「ホント信っじらんない! もう……これだから親と友達だけにしとくのって嫌なのよ!」

 

 ……って、あ……

 ついうっかり友達とか言っちゃったよ……なんか比企谷も驚いた顔してるし。

 

 う、うあぁぁ……顔あっつ! 

 こ、これはいかんぞ……? 親が変なこと口走ってた羞恥に加えてのコレは、羞恥の相乗効果である。

 ……ちょっとあんた、え、俺とこいつって友達だったっけみたいな腹立つ顔すんのやめなさいよ。うちは一応友達のつもりなんだからね……! い、いまんトコは!

 

 

 ガチャン! と。

 うちは己の失態を誤魔化すように、トレイに乗せたコップをひとつだけテーブルの上に乱暴に置いた。

 

「……お、お母さんの分のお茶はここ置いとくからね! ……ね、ねぇ、あんたいつまでそこに座ってんのよ。早く立てば?」

 

 うちは泳ぎまくる目でなんとかそれだけを告げると、クルリと回れ右をして一人ずんずんと歩きだす。

 

「……へ? ど、どこ行くんだよ……あ、帰っていいの?」

 

「は? なんでよ!? どう見てもあんたの分のお茶もトレイに乗ってんでしょうが!」

 

 アホかこいつ! 帰すわけないじゃん! まだ本日のメインイベントはこれからだっつの!

 

 ちょっとイラッときたけども、うちは振り向きもせずにずんずん進む。

 なぜなら、こうすれば帰りたいなどと抵抗する間もなく、うちに付いてこざるを得ないからだ。

 

 ……あ、あとは今ちょっと顔見せらんないです……。顔あっつ……

 

「……早くしないと氷溶けちゃうじゃん! ほ、ほら、うちの部屋行くから……!」

 

「……」

 

 ふふん、思った通り、納得いかないって顔で首傾げながらも黙って付いてきてやんの。

 こいつって意外とチョロいんじゃないの? うちも相当チョロいけど。

 

「南ー、お茶いただきまーす。あ、あと例のアレ、あとで呼ぶからね〜」

 

 ……ちょっと黙っててくんない!? 例のアレとか超余計だっつの。最後までお母さんのアホ!

 

 

 

 やりたい放題なお母さんの暴走はともかく、これってよくよく考えたら、意外とラッキーな流れだったのかも。

 普通に部屋に誘ったら、たぶんこいつ「なんで?」って言うだろうし、そしたらうちはその質問に答えなきゃなんないわけじゃん? ……うん。無理。うちの部屋で比企谷と二人になりたいから、なんて言えるわけない。

 

 でもこれだったら比企谷に有無を言わせる隙も与えないから、結果的にはスムーズに事が運べたってわけだ。その代わり失うものも大きかったけど。主にうちのライフ。

 

 

 

 ──何はともあれ、まぁこんな感じでうちは比企谷を自室へと誘う事に成功したのだった。

 

 ……ん? なんかちょっといやらしい感じになっちゃってない……? うち別に、自室で比企谷に奉仕活動とかしないから!

 

 

× × ×

 

 

「と、とりあえず適当にそこら辺座れば……?」

 

 自室に男を招くのはこれで二度目。まぁ一度目もこいつだけども。

 

 うちは比企谷を部屋に招き入れるとクーラーのスイッチをピッと入れて、いそいそと比企谷が座る為のクッションをテーブル横にぽふっと置いてあげた。

 適当にそこら辺座れば? とかつっけんどんに言いつつも、この甲斐甲斐しさはなかなかポイント高いかも。

 

「……お、おう、サンキューな……」

 

 と、なんかちょっと居心地悪そうに、キョドりながらクッションに腰掛ける比企谷をもじもじと眺めつつ、うちも短めのスカートを押さえて向かいへと座る。

 てか今更だけど、なにちょっと気合い入れてミニとか履いちゃってんの? 上だってキャミだけだし。うちキモ。

 

 

 ……それにしても、……うわ、なんかすっごい変な感じ! どしよ、比企谷がうちの部屋でうちのお気に入りのクッションの上に座ってんよ……。意識したら……うん。めっちゃ緊張してきちゃったんですけど……

 

 そ、それもこれもこいつが全部悪い。

 あんただってうちの部屋に入ったの二度目なんだから、そんなに緊張する必要なくない!? そのキョドったキモい緊張感がこっちにも伝染してくるっての……!

 

 ……つーか、

 

「……ね、ねぇ、なに人の部屋勝手にじろじろ見てんの……? マジやめてくんない……? キモいんだけど」

 

 そう。なんかこいつ、部屋に入ってから妙にチラチラとあちこち盗み見てんのよね……

 寝起きで超頑張って片付けだけど、なんか変なもんでも落ちてないかヒヤヒヤして余計緊張しちゃうからマジやめて欲しい。

 これで、片付け中にパンツとかそこら辺に落としっぱなしだったとしたら余裕で死ねます。

 

「……キモいんなら俺を部屋に入れんなよ……。まぁ、なんだ。なんか前に来た時とずいぶん印象変わったなぁと……」

 

 あ……前に来た時、かぁ。

 そっか、そういえばそりゃ気になるよね。

 

「ま、ね。……ほら、あん時は結構病んでて部屋に籠もってたから、あんま明るい感じとか避けてたんだよね。……だからまぁ、心機一転色々と買い揃えたってゆーか」

 

 あの時のうちの部屋は、カーテンから小物からなんかどよんとしたオーラ放っててめっちゃ暗かったけど、今のうちの部屋は『THE! 女の子の私室!』って感じだもんね。

 ちなみに比企谷に貰ったピアスを飾る為だけに買ったピアススタンドは隠してる。ピアス飾ってもないのに──今まさに耳に装着してるから──ピアススタンドだけあったら、察しのいいこいつならスタンドにいつもなにを飾ってるか気付いちゃいそうだから。

 そもそもこいつがピアススタンドなんてモノを知ってるかどうか疑問だけど。

 

「……そうか。じゃ、まぁあれだな。この部屋が今の相模の心理状態を表してるっつーんなら、今はそれなりに毎日に満足してるって事だよな。……ま、結構いい感じの部屋なんじゃねぇの? 女子の部屋なんてあんまり経験ないから知らんけど」

 

 そう言う比企谷の表情は、なんていうか……とてもあったかい。

 何だかんだ言っても、こいつなりにうちの今の毎日の生活を気にしてくれてたんだろうなって、凄く良く分かる。

 

 

 ──だからさぁ、急にそういう優しさを見せつけてくるこいつってマジで卑怯。こっちだって油断してるから、つい頬がだらしなく弛んじゃいそうになるっての。相変わらず一般の人には分かりづらすぎの不器用さだし。

 

 でも、そんな分かりづらい不器用な優しさに気付けちゃう今の自分は……うん、結構好きかも。

 

 ……ん? て、てかなによあんまり経験ないって。それって、逆説的に多少の経験があるって事だけども……?

 ぐっ……、結衣ちゃん? 雪ノ下さん? 一色さん?

 と、こんな風にちょっとした事で軽くジェラっちゃう今の自分は……うん、ちょっと厄介だったりするかも。

 

 

 ……まぁあれよね? 小町ちゃん小町ちゃん。小町ちゃんの部屋に決まってっけどね! と自分に折り合いを付けて心を落ち着けてっと。

 

「ん。まぁねー。うちも今の部屋、結構気に入ってる」

 

 

 比企谷の『女子の部屋はあまり経験がない』発言は一旦横に置いといて、とりあえずはこいつの不器用な優しさに対して、うちもこいつに負けないようにあったかい笑顔でそう答えてあげた。

 

 

 ……あ、このいい感じの雰囲気なら、いつもだったら言いたくても絶対に照れ臭くて言えないような事も、今なら言えちゃいそう。

 

 だからうちはちょっとだけ頑張ってみる。

 お母さんの暴走とか、自室で好きなヤツとの二人っきりという状況とかで未だに顔は赤いかもしんないけど、うちは頑張って比企谷の目を真っ直ぐに見つめてみた。

 

「……今さ、毎日がめっちゃ楽しい。相変わらずクラスではハブられてるけど、でも由紀ちゃんと早織ちゃんと笑い合っていられるし、優美子ちゃんと姫菜ちゃんもホント良くしてくれるし。あはは、優美子ちゃんはやっぱまだちょっと恐いけどね。……放課後だって、結衣ちゃんと雪ノ下さんと、あとはついでに一色さんとも一緒にわいわいやれてる部活もめっちゃ楽しいの。……ほんのひと月前まで登校拒否してたなんてすっかり忘れてバカみたいに笑っちゃえてるくらい、毎日が楽しくて仕方ないんだ」

 

「……そうか」

 

 比企谷も照れくさそうではあるけども、うちから目を逸らさずに、ぶっきらぼうにそう返事をしてくれた。

 

 よし! まだちょっと恥ずいけど、なんとか言えそうだ。頑張れうち!

 

 うちは比企谷から視線を外し、俯いてはぁぁぁっと深く息を吐く。

 

「うん、そう。毎日楽しいの。なんつーか、すっごい幸せ……。それもこれも、さ」

 

 そしてすっと顔を上げて、もう一度比企谷の腐った目を真っ直ぐに見つめ直す。ぐぅ……照れるッ!

 でも、不思議だよね。確かに腐ってるし、前はこの……うちの醜い心の中までも見透かしたかのような目で見られる事を心から嫌悪してたってのに、今はあんたのその腐った目が、可愛くて愛おしくて仕方ないや。

 

「……全部比企谷のおかげ。あの日比企谷がここに来てくれたから、今があんの。…………あー、いや、ぜ、全部は言い過ぎたわ……えと、五割、くらい……? いや、二、三割……? んー……ご、五パー……?」

 

 アホかうちは。最初にせっかく全部比企谷のおかげって言えたのに、照れ臭さからくる自己保身で、最終的には比企谷の手柄が五パーセントになっちゃったよ。

 だ、だって仕方なくない? 二人っきりで比企谷と見つめ合って素直に感謝できる程には、うちにはまだまだ度胸が足りない。比企谷同様に捻くれてるわヘタレだわのうちからしたら、五パーセントの感謝でもひとまずは上出来かも。

 

「……ま、まぁ何割でも何パーでもいっか……! と、とにかくあの日比企谷がここに来てくんなかったら、たぶんこの部屋はあの日のまんま。暗〜いジメッとした雰囲気のまんま。で、暗〜いうちが毎日引きこもったまんまで居たと思う」

 

「……」

 

「だから、……んん! うち、け、結構あんたには感謝してるから。……比企谷にこの部屋見てもらって、いい感じだって言って貰えて、ちょっと嬉しかった……かも。だからまぁ、……色々とその、あ、あんがとね」

 

 …………ぐふぅ! なんだこれ超恥ずかしい!

 比企谷とか、超ぽかーんってしちゃってるし!

 

 

『うちを見つけてくれてありがとう』

 

 

 いま考えると、あの日の屋上で、よくもまぁあんな恥ずかしいセリフ吐けたもんだわ、めっちゃいい笑顔で。

 自分で自分を尊敬しちゃう。尊敬と同じくらいの割合で自分を殴りたいけど。

 

「……な、なんてねー! ふ、普段あんまこういう話とか出来ないから、せっかくの機会だし、ちょっと言ってみた……っ」

 

 と、結局これですよ。

 恥ずかし過ぎてすーぐ自己保身に走っちゃうヘタレなうちは、今日も今日とて通常営業のようです。

 ……案外、うちって捻デレだったりすんの?

 

「っあー! 超あっつい……! ホント夏ってキッツいよねー、やっぱ部屋に来る前に、先にクーラー付けとけば良かった」

 

「……おう、だ、だなっ」

 

 さっき付けたばっかのクーラーがうぉんうぉんと頑張ってくれている中、向かい合って二人して自分の顔を手でぱたぱたしてる姿は、とてもじゃないけどお母さんには見せらんないや。

 マジなに言われるか分かったもんじゃないっての。

 

「……ね、ねぇ、せっかくコーヒー入れてあげたんだから早く飲めば……? 氷溶けて薄まっちゃうんだけど」

 

 恥ずかしい話はここまでだ! とばかりに、うちはお茶の話でお茶を濁す。なんつって。……落ち着け、うち。

 

 よし、暑くて熱くてしゃーないし、ここはまず自らお茶を飲もう。

 んくんくと琥珀色の液体をノドに流し込む。コップと氷がカランカランと小気味よい音を立て、良く冷えたアイスティーが食道を通過していくと、火照った体と心を冷やしてくれた。

 

 味は……ちょっと分からないですね。

 

「……お、おう、じゃあ頂きます」

 

 そんなうちを見習ったのか、もしくはんくんくと鳴るノドの音を聴いて羨ましくなったのか、比企谷も氷の冷気と高い室温でいい感じに汗を掻いた魅惑的なコップへと手を伸ばす。

 

 んくんくと比企谷のノドも心地よい音を立てるのだが、うちはその光景から目が離せない。なぜなら……

 

「おお……うめぇ。マッ缶……? いや、ちげぇな。……でも家で作るマッ缶モドキよりずっと美味い」

 

 この、目を丸くさせるであろう比企谷の表情を見逃したくなかったから。

 ふふふ、どうやらあの凶悪な甘さのコーヒー再現率は、なかなかに高かったようだ。

 

「でしょ。前に来た時は大量の砂糖しか入れらんなかったのに、あんた美味しいって言ってたじゃん? だから今回は、ちゃんと練乳も用意しといてみた」

 

 こいつって、ホントあの甘ったるいコーヒーが大好きだからなぁ。

 でもアレをそのままコップに注ぐだけじゃ味気ないしサプライズも無いから、少しでもこいつを驚かせたいが為に、試行錯誤で味を近付けてみたのだ。

 

「その味を出すのに、一体どんだけの糖分を投入したと思ってんのよ……マジで恐怖を覚える量だったっての。……ほどほどにしといた方がいいって、マジで」

 

「ばっかお前、俺クラスになると、マッ缶を控えなきゃなんないくらいなら早死にを選ぶわ」

 

「……あっそ」

 

 さすがにそれは引く。あんたは医者に酒を止められてる年寄りか。

 

「……まぁ、なんだ、さすがに本物にまでは達してないが、それでもかなり美味いわ。なんつーか……その、サンキューな」

 

「………………あっそ」

 

 ヤバい。うち的にはなんの気なしにただ驚かせたいだけで準備しといただけなのに、頭をがしがし掻いて照れた感じでそんな言い方されちゃったら、まるでうちが比企谷を喜ばせたい一心で張り切っちゃってたみたいじゃん……!

 そ、そんなんじゃ無いんだからね! こいつマジで今日は何回うちの事を辱めれば気が済むのよ……

 しかもわざわざ本物に比べたらまだまだだみたいなこと言ってムカつくし。

 

 だからうちは、ちょっとだけやり返してやる事にした。ふふん、悶えろ悶えろ。

 

「……あ、ちなみにその味が出てるか確認する為に、うち何度かそのコップのまま味見したから」

 

「っ……!」

 

「うわ、だっさ! 高三にもなって、か、間接ちっす……き、キスとかで動揺しちゃってやんのー……! カッコわるー」

 

 ……カッコ悪いのはうちでした。なんだよ間接ちっすって。噛み方が恥ずかしすぎるわ。これ、完全に自爆ってやつだよね。

 

 でもまぁ? 狙い通り比企谷も耳まで赤くして悶えてるし、またも犠牲は大きかったけどプラマイで考えたら結果オーライかな。

 

 真っ赤な顔してコップの飲み口とにらめっこしてる比企谷をニヤニヤと眺めつつ、うちはさらに火照ってしまった体を冷却すべく、再度アイスティーをノドへと流し込むのだった。

 うん、雪ノ下さんの淹れてくれた紅茶に負けず劣らず美味いっ!

 

 

× × ×

 

 

 それからは、お菓子を摘みながら下らない話をしたり、音楽かけながらちょっと勉強したりと、ゆったりとした贅沢な時間が流れていき、気が付けば時計の針はもう夕方の頃合いを指してした。

 最初はあれだけ早く帰りたがってた比企谷も、いつの間にやら帰ろうともせずうちとのこの時間をまったりと共有しているあたり、捻デレた比企谷風に言うと『悪くない』状態なんだろうなって、またもやちょっとニヤついちゃったり。

 

 そんな『悪くない』時間が永遠に続けばいいのに……なんて血迷った事を思い始めていた時のこと。

 

「南ー、例のアレの準備、とっくに出来てるわよー? そろそろじゃないのぉ?」

 

 と、階下からうちを呼ぶお母さんの声が聞こえた。

 ……ハッ!? あっぶない! あまりにも幸せ……んん! 悪くなさすぎて、本日のメインイベントの事をすっかり失念してた!

 確かに比企谷に初めての手料理を振る舞うのも大事なイベントのひとつではあったものの、今日最も大事なイベントはまだこれからなのだ。

 

「……なぁ、そういやさっきもお袋さん言ってたけど、例のアレってなんだよ」

 

「なっ、なんでもないから……!」

 

 どう考えてもなんでもないワケがないよね、これ。

 でもこれは今日この日の最大イベントでもあり最大サプライズでもあるのよ。まぁ十中八九比企谷は嫌そうな顔すんだろうけど。

 だから、

 

「う、うち、ちょっと下で用事できちゃったから……ちょっと待ってて……」

 

 うちが戻るまで、ちょっとだけ内緒。

 

「……は? また一人でお前の部屋に居ろと……? 用事があんなら、俺そろそろ帰…」

 

「待ってて」

 

「……はい」

 

 ちょっと? こんな可愛い女の子に凄まれたくらいで、なにをそんなにビビってんのかな?

 

 そしてうちはビクビクと小動物のように縮こまるキモい比企谷を部屋に残し、一階のお母さんの所へと足早に下りて行った。

 

 

 

 

 

 

「ん! これでよしっと! ど? 南っ」

 

「……ん、まぁ……思ったよりは、いいんじゃん……?」

 

「ね! すっごくいい! 比企谷くんにはまだ今日のこと言ってないんでしょ? これ見て喜んでくれるといいねぇ」

 

「べ、別に喜びはしないでしょ……。ただ……まぁ驚きはすんじゃない? ……しんないけど」

 

「ふふっ」

 

 

 とても優しい笑顔でうちの背中を押してくれたお母さんを一階に残し、うちはゆっくりとゆっくりと階段を上る。

 

 うっわ……歩きづらっ……! ここでコケちゃったら最悪だし、慎重に上らなきゃ!

 

 

 なんとか無事に階段を上りきったうちは、早鐘のように激しく脈打つ心音と熱にクラクラしつつ、めっちゃ震えてる手をドアノブにかけた。

 

 

 ──比企谷のヤツ、これ見たらなんて言うだろ?

 あんぐりとアホみたいに口を開けっ放しにすんだろうなぁ……

 ヤバいヤバい! 緊張でドア開けらんないよ! うわぁぁ……は、恥ずかしぃぃ!

 

 

 でも……少しでも早く比企谷にコレを見て貰いたくて仕方のないうちは、胸に手を当てて深く深呼吸すると、覚悟を決めてゆっくりとドアを開く。

 

「……お、お待たしぇ」

 

「いやお前マジでおせぇ…………は?」

 

 

 予想的中。ヤツはホントにバカみたいにあんぐりと口を開けてうちを見る。

 うちはその視線に羞恥で固まりかけたが、なんとか踏張って、いつもの見せ掛けの強気な態度で比企谷にこう言うのだった。

 

 

「……なにそんな間抜け面してんの? もう出発するから、早くウチ出る準備してよ。……花火大会、間に合わなくなったらどうしてくれんのよ」

 

 

 

 

 ──そう。今日は千葉ポートタワーの花火大会の日。

 比企谷を家に呼ぶのがいつでもいいんなら、じゃあ絶対にこの日がいいって、自然と頭に浮かんだ日。

 

 ちょうど一年前、うちが初めて“比企谷八幡”という人物を認識した日であり、そして未だ胸に燻り続けている最低最悪の日の中の一日。

 

 特別棟の屋上とか奉仕部部室とか、最低最悪黒歴史な一ページ達の思い出は素敵な思い出に変えられたから、うちは最後のあの黒歴史を……素敵な思い出へと変えるんだ。

 

 

 

 

 小さな花がちりばめられた濃紺の浴衣にマリーゴールド結びの黄色い帯を合わせた、最っ高に可愛い浴衣姿の、最っ高に輝いている相模南で、他でもないこいつと……大切な比企谷と一緒に。

 

 

 

続く

 

 





八幡誕生日かと思った?
残念!さがみんは八幡の誕生日なんて知りませんでした!
まぁ7話で『花火大会での黒歴史』を悔やんでるとか匂わせてたんで、この日が『誕生日』ではなく『花火大会』だと予想してた読者さんも多いかも?


──善くも悪くも八幡とさがみんの物語が始まったのは、あの日の花火大会での何気ない出会いから。
ならば物語が終幕を迎えるのも、やはりあの花火大会で……



てなわけで!
前作が終了してからさんざん引っ張り続けた相模家お宅訪問もついに終わりました!(ほぼほぼママみん視点でしたがw)

そして次回の最終回……か、もしくはラスト2話は、あの花火大会の会場へとシーンを移しまして、しっとりとしめやかに完結させたいと思います(^^)
ではでは次回、よろしくお願いしますノシ



あ、ちなみにマリーゴールド結びとは、なんかこう、お洒落な帯の結び方らしいです(雑すぎる説明乙)。もちろんあのアフリカンマリーゴールドなピアスに合わせる為ですねー。
あと先に言っちゃいますが、花火大会らしくはるのんと遭遇したり、もしくは他のヒロインズと遭遇したりとのドタバタコメディはやりませーん\(^o^)/
あくまでもこの作品らしく、しっとりとしめやかに……☆


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