相模南の奉仕活動日誌   作:ぶーちゃん☆

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vol.12 相模緑は捻くれ少年と相まみえる

 

 

 

 なんとも幸せな食卓の時間は過ぎていき、ついにはダイニングにそんな時間の終わりを告げる三つの声が響く。

 

「えと……ごちそうさまでした。すげー美味かったっす……」

 

「……お、おそまちゅさま」

 

「あら、お粗末さまでした! お母さんももうお腹いっぱ〜い、ごちそうさまでしたっ」

 

 ホントにもうお腹いっぱいごちそうさまよ、お母さん。

 比企谷くんがあんまり構えちゃわないようにって、今日は旦那に席を外させたけれど──そもそも今日の事は旦那に内緒だし──、これは違う意味で旦那を外しといてよかったわ。

 旦那も比企谷くんにはすごく感謝してるしとても認めているけど、さすがにこんな南の姿を見ちゃったら泣いちゃいかねないしね。

 

 

 さて、食事の時間も終わった事だし、ここからが私の時間。

 私的には、ある意味この時間の為にお招きしたフシさえあるのだし。

 本来なら比企谷くんに来てもらうのではなく、自らが彼の下に赴くのが筋なのだろうけれど、それは逆にご迷惑かもしれないから、申し訳ないけどこうしてわざわざ来てもらったのだ。

 

「さってと、」

 

 ぽんっと手を合わせて視線を南と比企谷くんに向ける。

 

「じゃあお片付けねっ、南。比企谷くんはリビングで休んでて貰えるかしら?」

 

「うん」

 

「……あ、なんかすんません」

 

 そして三人は片付け組と食休み組へと分かれる。

 もちろん私は……

 

「……え? お母さん……? どこ行くの……?」

 

「もちろん決まってるでしょ? お母さんも比企谷くんと一緒にリビングで食休み♪」

 

「いや、だって片付けは!?」

 

「そんなの南に任せるに決まってるじゃなーい」

 

 あらやだ、この子はなにを言ってるのかしら〜! とばかりに手をちょいちょいさせて、私は颯爽とリビングへ……

 

「ちょちょちょ!? ま、待ってよ! い、一緒に片付けしちゃえばいーじゃん!」

 

 とはなかなか行けないご様子。南が珍しく抵抗してくるから。

 ふふふ、お母さんそんなの余裕で想定済みだけどね!

 

「それくらいひとりで出来るでしょ?」

 

「でっ、でもいつもは一緒に片付けてんじゃん……! なんか今日は洗い物が妙に多いし!」

 

 ふふっ、それはそうよ。

 お母さん、いつもだったらお料理の最中とか盛り付けの最中に、効率よく洗えるものはパッパと洗っていっちゃうけど、今日は料理道具一式ぜーんぜん手を付けてないんだから!

 

「だ、だったらうちも、後で片付け…」

 

「南? お母さん料理を教えてあげる代わりに、ちゃんと料理の心得も教えたわよね?」

 

「……ゔっ」

 

「料理はきちんとお片付けする“まで!”が料理よ? たまーに休みの日にお父さんがキッチンをとっ散らかせっぱなしで作るカレーは、料理とは呼べないの!」

 

 そうなのよあなた?

 いつも言わないでおいてあげてるけど、あれ意外と迷惑なんだからね?

 ……ホントなんで男の人って、あんなにキッチン汚して、さらにそのあと片付けもせず汚しっぱなしで満足しちゃうのかしら!

 

「そんな風にお片付けは後回しとか言ってたら、もう料理教えてあげないわよ〜?」

 

「なっ!? う、う〜……でもぉ……!」

 

 ま、南がなんでこんなに警戒して、こんなにも私を片付けに引き止めようとしてるかは良く分かる。

 こういうシチュエーションでは、子供はどうしても親のお節介に対して警戒しちゃうものだもんね。

 でもね……?

 

「大丈夫よ南。お母さん、南が心配してるような事はお話しないから。だってお母さんが勝手に先走ってお節介で変なこと言っちゃったら、比企谷くんが警戒しちゃって、上手くいくものも上手くいかなくなっちゃうかもしれないもんねぇ?」

 

 そ。こういう時お節介な母親キャラって余計な気を回しちゃうものなのよね〜。

 彼女居ないんならウチの娘どう? とか、ウチの子、結構キミのこと気に入ってると思うんだけどなぁ? とかね。

 でもこの二人の現状ではまだ逆効果になりかねないし、今はまだそっとしておいてあげるのがいい母親よね。

 

「ななな!? な、なに言ってんの!? なによ上手くいくとか上手くいかないとか!? べ、別にうちは比企谷と付き合いたいとかそういうんじゃ全然ないし!」

 

 ほんっと語るに落ちるとはこの事ねぇ。

 頭からぼふっと湯気を出してそんなこと言われても、お母さん困っちゃうわよぉ?

 

「あら〜? お母さんそんなこと一言も言ってませ〜ん」

 

「うぐっ」

 

「……それにホラ、そんな大声出してるから、比企谷くんこっちを不思議そうに見てるわよ? あんまり騒ぐと比企谷くんになに言ってるか聞こえちゃうぞ〜?」

 

「ひっ……!」

 

 よし、これで南は陥落っと。

 ではでは突撃しちゃいましょう!

 

「というわけで南? きちんと後片付けしとくのよ? お客様用のお皿に水垢付いちゃうの嫌だから、洗い終わったらちゃーんと水気を切って、乾いた布巾でしっかり拭いておくこと! じゃあお母さん、休憩してくるからねー」

 

「ちょ、お母さ〜ん……!?」

 

 泣き付く娘を無慈悲に振り切って、私は一路我が家のリビングへ。

 南が騒いでた事で、未だ私たち相模母娘の様子を不思議そうに窺っていた彼の下へたたっと近寄る。

 

「比っ企谷くん! 南がお片付けしてくれてるから、その間ちょっとだけおばさんと二人でお話ししない?」

 

「へ!?」

 

 同級生の母親の来襲という突然の事態に目を白黒させている比企谷くん。でも私はそんなのお構い無しに、二人掛けのソファーに所在なさげに座る比企谷くんの隣にぽすっと腰を下ろした。

 

「え、いや、あの」

 

「あら、おばさんが隣に座るなんて嫌?」

 

「しょ、そんなことないです……」

 

 んー、まぁ友達のお母さんと「二人でお話しましょ」なんて言われちゃったら、男女問わず年頃の子なら誰だって戸惑っちゃうわよね。

 

 まだちょっとビクビクと緊張している比企谷くんではあるけれど、時間もそんなに無いことだし、私はそんな比企谷くんの目を真っ直ぐに見つめる。

 

「ではでは改めまして。相模南の母の相模緑です。今日はわざわざお呼び立てしちゃってごめんなさい。そして来てくれてありがとう。……今日はね、どうしても比企谷くんとお話したいって思っていたの」

 

 

 ──こうして、私と比企谷くんのちょっぴり真面目なお話が幕を開けるのだった。

 

 

× × ×

 

 

 最初は戸惑って目を泳がせていた比企谷くんも、私が真剣な目を向けた途端にきちんとこちらへ向き直り、挨拶を返してくれる。

 

「えと、こちらこさ改めまして。相模の……あ、いや、み、南さんの同級生の比企谷です」

 

 ふふっ、まだ南を下の名前で呼ぶのは恥ずかしかったのかしら。

 比企谷くんは、ほんのりと赤く染まった頬をカリカリと掻き、……そして、不意に頭を下げた。

 

「その……謝罪が遅れてしまってすみません。先日は大変失礼しました」

 

「え? 謝罪……?」

 

「あ、その……お母さ……さ、相模さんの制止を押し退けて勝手に家に侵入しちゃいましたし……「警察呼ぶならどうぞ」とかって、すげぇ失礼な物言いもしちゃいましたし……それに、玄関で大事な娘さんに暴言吐いちゃいましたし」

 

「……」

 

 ……驚いた。この子はあんな事を……あんな事までして南も我が家も救ってくれたと言うのに、それを誇るどころか罪だと感じているだなんて。

 

 そういえば自分がお客さんという自覚も一切無かったし、もしかしたら私が呼び立てたのは、その時の謝罪に来いとか、そういう理由で呼び出されたと思っていたのかしら……

 

「……違うの。違うのよ……? そんなの、どうだっていいの」

 

 ……私は、本当に浅はかだった。

 南に呼び出してもらえば、南が比企谷くんを誘う事も出来るし、比企谷くんに謝罪もお礼も出来ると思って、軽い気持ちで一方的に呼び出してしまったけれど、やはりきちんとこちらから出向くべきだったのだ。

 比企谷くんは、相手の親に呼び出されたという事態をそう受け取ってしまう子かもしれないって、ちゃんと考えておくべきだった……

 

「……ごめんなさいね。私、ちゃんと比企谷くんの事を考えて無かったね。今日わざわざ来て貰ったのは、そんな事を言わせたかったわけでは無いの」

 

 むしろそんな事を言わせてしまった私は、大人として失格ね……

 

「今日来て貰ったのはね? 私が相模南の親として、比企谷くんにどうしても謝罪とお礼を言いたかったから」

 

 そう言うと、比企谷くんは呆気に取られた顔で私を見る。

 

「いや……相模さんが俺に謝罪とお礼……? 別に俺は相模さんにそんな事をされる覚えなんて無いんすけど……」

 

 この子は、本気でこれを言ってるんだろうなぁ……

 

 なんて悲しい思考なのだろう。……でもそれは、南と比企谷くんのあの話を立ち聞きしてしまった時点で……比企谷くんの考え方を知った時点で、ちゃんと想定しておくべき事だったんでしょうね。

 

 私は比企谷くんの手を両手で挟むようにぎゅっと握り、なるべくこの子が言葉の裏を読んでしまわなくても済むよう、私に出来うる限りの優しい笑顔を浮かべて語り掛ける。

 

「……そんな事ないのよ? 私には……んーん? 私たち夫婦には、比企谷くんに対して謝罪とお礼の気持ちしか無いんだから。……比企谷くん。あの子ね、学校に復学できるようになってから全部話してくれたの。去年あの子とあなたの間になにがあったのか。それであなたがどんなに傷付いたのか。謝って済む話なんかじゃないけれど、本当に……ごめんなさい……」

 

 私は彼に深々と頭を下げる。

 自分の娘が無責任に仕事を放棄し、さらには人を貶めるような事をしていただなんて、全く気付きもしなかった。

 これは、そんな風に育ててしまった親の責任。

 

 もしもその事を、大粒の涙を流しながら告白する南の口からではなく周りから聞かされていたとしたら、私は……娘に手をあげてしまったかもしれない。……それほどに酷い罪。

 

 ……それなのに……

 

「……それなのに、恨んでたっておかしくもないウチのバカ娘の為に、あんな無茶までして娘を救ってくれて、本当に……本当にありがとう……」

 

 比企谷くんは南の罪を、なんでもない事のように受け入れて、さらに手を差し伸べてくれた。

 

「あ、い、いや……」

 

「……比企谷くんは本当に凄い子よね。普通他人の為にあんなこと出来ないわよ。警察呼ばれたっていいとか……自分の辛い過去の話を言い聞かせるとか。……それも友達や恋人どころか、自分に酷い事をした相手の為にだなんて」

 

「……別に凄いとか、そんなのは全然無いっすよ。ただ、仕事だったんで」

 

「仕事って、奉仕部のお仕事よね? でもね、たかだか高校の部活動の依頼っていうだけで、普通そこまで出来ないわよ。……そんなの、誰にだって出来ることじゃない。……だから謝ったりしないでね。君はもっと、胸を張って誇ったっていいのよ……?」

 

 

 私も最初は本当にびっくりした。

 とても高校生とは思えないような、仕事続きで疲れ切った時の旦那くらいの目をした男の子が突然やってきて、私を押し退けて無理やり家に入ったんだもの。

 

 それでも、比企谷くんを前にした南を見たらもっと驚いた。

 最初は戸惑い、怒り、泣き叫んでいた南だけれど、でも、あんな生き生きとした南を見たのは本当に久しぶりだった。

 

 そして、二人で話すなんて言うから、心配になって南の部屋の前まで見に行ってみたら、比企谷くんは『その程度で悩んでるなんてバカじゃねーの?』とでも言いたげに、私でも聞いているだけで胸が張り裂けそうになるような自身の辛い思い出を、悲観する南の為に言い聞かせてくれていた。あんな辛い思い出、わざわざ他人になんて話したくなんかないだろうに。

 

 あの時は、そんな比企谷くんの不器用な優しさを感じて、そしてその不器用な優しさを、ひとりぼっちで泣いていた娘に向けてくれて、有り難さと嬉しさで私も思いっきり泣いちゃったっけ。

 

 だから比企谷くんは本当に凄い子なのよ? 本当に優しい子なの。

 だから、もっと堂々としてたっていいのよ。

 

「……比企谷くんは仕事だからとかなんてことないとか言うかも知れない。でも私たち家族にとっては、比企谷くんがしてくれた事は、なんてことないどころかとんでもない事なのよ。あなたが居なかったら、南もウチも、どうなってたか分からないんだから。……だからもう一度言わせてね。ウチの娘がご迷惑をお掛けしてしまい、本当にごめんなさい。……そして、そんなウチの娘に手を差し伸べてくれて、本っ当にありがとう……!」

 

 

 もう一度深々と頭を下げる私に対して、今度は否定の言葉は降りてこなかった。

 たぶんだけど、私の真剣な言葉と思いを否定するのは無粋だと思ったのかもしれない。

 つくづくしっかりし過ぎた子だなぁ……と、呆れ半分で感心しながらも、気持ちをちゃんと受け取ってくれた事を有り難いとも思う。

 

 

「……でーも!」

 

 でもごめんね? 恩人のあなたにこんなこと言うのはとても気が引けるけど、でも、大人としてこれだけは言っとかないとね!

 

「あれはさすがにやりすぎよ……!? まだ私だから良かったけど、人によっては本当に警察に通報されて本当に連れていかれてたっておかしくないんだから……!」

 

 そう言って、私は比企谷くんのおでこにグーでこつんこしてやりました。

 

「……親御さんの為とか、比企谷くんの事を心配してくれるお友達の為とか色々あるけど、……なによりも、まずはもっと自分を大事にしなきゃ、ね」

 

「……うす」

 

 気まずそうに、気恥ずかしそうに……赤くなった顔で目を泳がせながら、素直にそう一言だけを口にした比企谷くんを見て、私は少しだけ安心した。

 根拠なんて全然ないけれど、この子の目を見たら、なんとなくもうあんな無茶はしないように思えたから。……ふふっ、もしかしたら比企谷くんを心から心配するお友達の誰かにでも、しこたま叱られたのかもね〜。

 

 どんなに達観してたって、この子はまだ高校生で、まだほんの子供。

 南とおんなじ。どれだけ失敗したってどれだけ傷付いたって、こうやって少しずつ成長して、少しずつ大人になっていくんだろう。

 ……願わくば比企谷くんのそんな成長を、南の成長の隣でずっと見ていけたらなぁ……なんて、おばさん思っちゃうよ。

 

 

「……あはは、ごめんね。比企谷くんには感謝と謝罪の気持ちしか無いなんて言っときながら、偉そうについお説教なんてしちゃったね。バカ娘をあんな風に育てちゃった私が、なーに言ってんだかねー」

 

「……いえ、そんな事は無いっす……むしろ、なんつーか、……ありがとうございます」

 

「いえいえ、こちらこそっ。…………ハイッ、真面目なお話はここまで! せっかくお客様に来てもらったのに、こんなにしんみりばかりしてたってしょうがないものね! ……それじゃ南が来ちゃうまで、あとは楽しいお話でもしてましょっか?」

 

「……い、いや、俺に楽しい話とかは……」

 

「いいからいいから〜」

 

 

 

 

 

 

 ──と、ここまでで、私 相模緑と、捻くれ者で素敵な少年との物語は一旦お仕舞いです。

 

 もしまたこの物語を紡ぐ日が来るのなら、その時は純白のウェディングドレスを身に纏った愛する娘を横に見ながら、ハンカチで目尻を拭いつつゆっくりと語りたいなぁ……

 

 ふふっ、期待してるよ? 相模八幡くん♪

 

 

 

 

続く

 





どうやら緑さんは娘を嫁がせる気は無いようです。
残念ながら八幡は長男ですし、これは家同士で一悶着ありそうですね☆


比企谷家大黒柱「え?八幡を婿に寄越せだと?

どうぞどうぞ」

八幡「……」
悶着ないのかよ(白目)




というわけでありがとうございました!今回でようやくママみん視点終了です(^皿^)

お宅訪問編のスタートはママみん視点で……と始めから決めてはいましたが、ま、まさか三話になっちまうとは……汗
八幡の周りにはあまり八幡を理解してくれる良い大人が居ないので(両親以外だと平塚先生くらいなもん)、たまには八幡をちゃんと“子供”と見てくれる大人も必要ですよね(^^)


そして次回からはさがみん視点に戻してのラストスパートです♪
残すところあと二〜三話ってトコですかねぇ(^ω^)



それではまた次回です!ノシノシ


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