美穂子姉さんはぽんこつ?   作:小早川 桂

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美穂姉は勘違いしている

◆◇◆『likeじゃない、loveよ』◆◇◆

 

 

――そわそわ……そわそわ

 

そんな風に心情を表現する。

 

今朝、京太郎成分を補充してから別れた私だけど、そろそろ足りなくなっている。

 

……と、そんな一割程度の冗談は置いておきましょう。

 

「京太郎はまだかしら」

 

合宿所には私たち風越学園が一番乗りだった。どうやら話は先に通っていたみたいで今はみんな自由に行動している。

 

空いていた時間に京太郎の部屋を確認して、私も荷物を置いた後、ロビーに向かうと龍門渕の一行が到着していた。

 

「おーほっほ! 私たちが一番ですわ!」

 

「いや、須賀さんいるじゃん」

 

「こんにちは、みなさん。ところで、私の弟――清澄高校は見かけませんでしたか?」

 

「清澄?」

 

「咲かー? 咲は見ていないぞ」

 

「そうですか……。ありがとう、衣ちゃん」

 

「むっ、衣の頭を撫で……ふにゃあ」

 

「あら、凄腕ですわ」

 

小さい頃、京太郎を誉める時にやっていた癖で頭を撫でてしまったけど衣ちゃんは笑っていたので大丈夫……よね。そのまま全員と挨拶を交わし、またロビーでうろうろとしていると今度は鶴賀学園の加治木さんが声をかけてくれる。

 

そわそわ、そわそわ

 

「やけに落ち着かないな、風越の」

 

「あ、加治木さん。鶴賀のみなさんも……あら?」

 

彼女の後ろに見えるのは三人。副将戦に出ていた東横さんの姿が見当たらなかった。

 

「お一人いないみたいだけど風邪かしら?」

 

私がそう言うと加治木さんは驚いたような顔をする。

 

……? 私、なにか変なこと言ったかしら。

 

「流石だな。モモの姿が認識できていたのか」

 

「ええ。気配を察知するのに長けているから」

 

「なるほど。麻雀での完璧な読みはそんな理由があったとは。しかし、そのことを知ればモモも喜ぶよ」

 

「そうなの?」

 

「ああ。彼女は特異体質のせいで、その、なんだ。会話をできる人が少ない。初対面で申し訳ないが合宿で話してやってくれると嬉しいのだが……」

 

「それなら安心して。多分、私のだん――弟も東横さんの姿を見えていると思うから」

 

「弟……確か今回の合宿に参加するのだったな?」

 

「ええ。あ、安心して。麻雀の腕は確かだから」

 

「それに関しては心配してないさ。姉弟そろっての優勝は驚いた」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

「その弟くんなのだが、不安があるとすれば……これも失礼なのだが女子ばかりの中に男子一人というのは」

 

「それも安心して。だって、京太郎は私にしか興味ないから」

 

「そうかそうか。姉にしか興味がない――」

 

瞬間、空気が変わった気がした。

 

なぜか目の前の彼女の笑顔が固まっている。理由がわからないので、私はニコニコしておこう。

 

「……一つ質問をしてもいいだろうか?」

 

「どうぞ、遠慮なさずに」

 

「それはLikeか? それとも」

 

「LOVEです」

 

「……そうか」

 

「ね? 安心でしょう?」

 

「あ、ああ。これで麻雀に集中できる。それではここで失礼するよ」

 

「はい。また後で」

 

手を振って鶴賀学園のみなさんを見送る。私の横を通るたびに微妙な表情をしていたけど、やっぱり変なことを言ったのかもしれない。

 

事実を伝えただけなのに……。

 

あとで京太郎に聞いておきましょう。

 

「そわそわ、そわそわ」

 

「口に出てるわよ、美穂子」

 

「あ、上埜さん!」

 

入れ替わるように後ろから声をかけてきたのは待ちわびた清澄高校の部長さん。

 

私の恋愛の師匠でもある。

 

「やっほー。ごめんなさい、遅れちゃって」

 

「約束の時間内だから問題ないと思うわ。それで私の京太郎は?」

 

「本音が漏れ出てる、漏れてる。あいにく、須賀くんなら酔ったとかで外にいるわ。すぐに入ってくると思うけど」

 

「じゃあ、行ってくるわね」

 

「待ちなさい、待ちなさい」

 

外へと向かおうとした私の腕を取る上埜さん。人指し指をこめかみに当てている。

 

「頭痛?」

 

「ちょっと友達が思った以上に重症でね。程度を弁えるか考え直しているの」

 

「あら、簡単な手当てならできるけど」

 

「自覚がないから治せないのよ」

 

「?」

 

上埜さんが言っていることがいまいち要領が掴めないけれど……きっと彼女ならなんとかしてくれるわよね。

 

なにせ疎い私と違って経験豊富なイマドキ女子なのだから!

 

「それで美穂子。須賀くんを迎えに行くのもいいけどあなたは部長会議があるじゃない」

 

「あっ」

 

「だから、一旦お預けよ。あまり遅かったら代わりに和に行ってもらうから」

 

「和……」

 

思い出す。前日に京太郎があげていた名前の中にあった。

 

清澄の副将でデジタル特化のインターミドルチャンピオン。

 

同じタイプの京太郎とは仲が良いことは聞いている。

 

「……いえ、やっぱり私が迎えに行きます」

 

「美穂子?」

 

「ほら、京太郎がもし最悪の事態なら着替えさせてあげるのは私だけだから」

 

「そっちの方が須賀くんにとって最悪の事態になりそうね」

 

「私にとっては最高の事態です!」

 

「私だからいいけど、他の高校のいる前でそれ言っちゃダメよ!?」

 

上埜さんが必死の形相で注意する。

 

私にとってはただの家族への愛情表現なのだけど……厳しい世の中になっちゃったわね。

 

「竹井? さっきから大きな声が聞こえて……あっ」

 

「ええ。察しの通りよ、ゆみ。なんとか説得したいのだけど」

 

「……須賀。聞いたところだと弟は君のことをLOVEしているのだろう?」

 

「はぁっ!?」

 

「……はい」

 

改めて人に言われると恥ずかして体が熱くなってくる。

 

頬も赤いだろう。

 

それと上埜さんがさっきからすごい肩を掴んで揺らしてくるのは何でだろう?

 

「なら、その愛を信じて待つのがいい女性なのではないだろうか?」

 

「はぅっ!?」

 

「なに感銘を受けているの!? その愛は嘘でしかないのに!?」

 

「……ごめんなさい。私、間違えてました。京太郎を信じて、会議に参加します」

 

「うむ。それが立派な愛の形だ」

 

「ちょっ、待って。ダメ。ゆみもなんか変だし、ツッコミが追いつかないっていうか須賀くん! 早く帰ってきて!」

 

明後日の方向へ向かって上埜さんが助けを求めて叫ぶ。

 

すると、それに反応する男性の声があった。

 

「部長? どうかしましたか?」

 

「京太郎!」

 

それが最愛の弟のものだとわかり、すぐに振り返る。

 

すると、そこには京太郎と――

 

「どうしたっすか、京さん?」

 

――弟の手を握って隣に立つ黒髪の少女が立っていた。

 

 

◆◇◆『姉は見抜いていた』◆◇◆

 

 

時はさかのぼること十数分。

 

「えっと、改めまして東横桃子です」

 

「須賀京太郎です」

 

互いにペコリと頭を下げる。

 

一連の処理が終わった後、俺たちは自己紹介をしていた。

 

あんなことがあったからこそ、こういう印象を決める挨拶は大切だと思う。

 

「さっきはありがとうございました。あのままだときっと……」

 

「いやいや、困った時にはお互い様ってことで」

 

「それでも……そうっす。何かお礼をさせてほしいっす!」

 

「お礼なんて気にしなくても」

 

「そういうわけにはいかないっすよ! このままもらってばかりじゃ申し訳なくてやりづらくなるっす……」

 

うっ。それは嫌だなぁ。

 

せっかくの好みの女の子に好感触を与えて仲良くなれそうなんだ。男心としても欲が出る。ここは無難な願いを叶えてもらうことにしよう。

 

「じゃあさ、麻雀を一緒に打ってほしいんだ」

 

「……へ? 麻雀っすか?」

 

「そうそう。男子って女子より実力が劣る風潮があるし。肩身が狭くて……」

 

「女子20人の中に男子一人で参加っすもんね」

 

「その通り。だから、東横さんが進んで参加してくれたらすごくありがたいかなって」

 

「そういうことならステルスモモにお任せっすよ!」

 

ステルスされると困るんだけどなぁ……。

 

まぁ、自信満々だし水を差すのはよそうなにより彼女の弾ける笑顔はとても癒される。

 

喜びを表すようにピョンピョンと跳ねて揺れる胸も素晴らしくて直視できない。

 

「……? どうかしたっすか、須賀くん?」

 

「……いや、なんでもないんだ。それより合宿所に行こうか。みんなも待っているだろうし」

 

「それもそうっすね! 行きましょうか!」

 

「ふぉっ!?」

 

東横さんは空いていた右手をぎゅっと握ってきた。あまりにも唐突なことに変な声をあげてしまう。

 

「と、東横さん!?」

 

「はい、東横桃子っすよー?」

 

ニパーって笑って可愛い……じゃなくて!

 

「手! なんで握ってるの!?」

 

「え? だって、友達ならこれがフツーなんじゃないっすか?」

 

「違う違う。男女の友達はこんなことはしません!」

 

「んー。でも、私はこうしていたいっすよ?」

 

天使かな?

 

天使じゃないよ。

 

女神だよ。

 

なんなの、この子。なんでこうも的確に胸キュンさせてくるの。

 

純粋無垢な好意ってヤバイわ。心が浄化されるかのような清さ。思わず一句読んでしまった。

 

うちの姉さんにも見習ってほしい。最近、かなりアグレッシブだから。

 

「さぁ、レッツゴーっすよ。須賀くんっ」

 

「……そうだな!」

 

もう考えることをやめた。

 

彼女が気にしないならいいじゃん。

 

この柔らかくてモチモチでスベスベな感触を楽しもう。

 

俺たちは楽しく会話をしながら合宿所へ歩きだし、ドアを開けて中に入る。

 

「ただいま戻りまし――」

 

「ちょっ、待って。ダメ。ゆみもなんか変だし、ツッコミが追いつかないっていうか須賀くん! 早く帰ってきて!」 

 

「――なんだ、このカオスな絵面」

 

そして、東横さんとの桃色空間は上級生三人によってあっけなく潰された。

 

なにやってんだ、この人たち。

 

それがロビーの惨状を見た感想だった。

 

加治木さんは額に手をついてため息を吐いているし、部長は今にも泣きそうな顔してる。

 

姉さんはそんな部長にガクガクと体を揺さぶられていた。

 

今、声をかけたら間違いなく巻き込まれる。自ら変な空間に飛び込みたくはなかったが、姉が主犯っぽいので仕方ない。

 

ため息を飲み込み、俺の助けを求めていた彼女に話しかけた。

 

「部長? どうかしましたか?」

 

「須賀くん!」

 

救世主が現れたのかと思わせる晴れ晴れした笑顔。こちらに駆け寄っては背中をバシバシと叩く。

 

「あなたは最高の後輩の一人よ! さぁ、あのボケ二人をやっつけて!」

 

え、なにこれ。ワケわかんない。

 

部長は動揺しているのか、普段のクールな面影は全くない。

 

とりあえず、落ち着かせようといつも美穂姉や咲を宥める時と同じように頭を撫でた。

 

「す、須賀くん……」

 

しおらしくなった部長は可愛かった。

 

「むー、須賀くんっ」

 

頬っぺたを膨らませて手を握る力を強くする東横さんも可愛かった。

 

「……京太郎」

 

背後に阿修羅の幻が見える美穂姉は超怖かった。

 

ハイライトが消えた瞳に直視された俺は二人から手を離し、姉の方へと向き直る。

 

「京太郎。そちらの方は?」

 

「えっと……この人は東横桃子さんって言って、鶴賀学園の部員さん」

 

「へぇ……その東横さんはどうして京太郎の手を握っているのかしら?」

 

あ、不味い。

 

責められる対象が俺から変わった。

 

「えっ、あっと」

 

「それに東横さんが着ている服って京太郎のよね? どうしてあなたが?」

 

「うぇっ!? そ、それは……」

 

「美穂姉。ちょっとこっち来て」

 

有無を言わさないような矢継ぎ早の質問に戸惑う東横さんをフォローする形で間に割ってはいる。美穂姉の手を引き、少し離れたところでこっそり話しかけた。

 

「美穂姉。実はこれには訳があって」

 

「それ相応のものでないと許しません」

 

「東横さんも酔って……吐いちゃって。それで着替えがなかったから俺のを渡したんだ」

 

「あら、それは大変!」

 

ちゃんとした事実を伝えると美穂姉の雰囲気がいつもの穏やかなものに戻る。

 

彼女は時たまに変な方向へと暴走するが根は優しい姉であることは俺がいちばん知っている。

 

美穂姉は東横さんの手を取ると、心配そうに尋ねる。

 

「ごめんなさいね、東横さん。私、勘違いしたみたいで」

 

「い、いえ。私も少しはしゃぎすぎたっす」

 

「ううん、いいの。加治木さんから聞いたわ。京太郎でよければ友達(・・)になってあげてくれる? ちょっとエッチな部分もあるけれど、根はいい子なの」

 

「こ、こちらこそお願いします!」

 

「私もあなたのお友だちになってもいいかしら?」

 

「ぜ、ぜひ!」

 

「ありがとう。じゃあ、一旦部屋に行って着替えてきて。それからまたお話ししましょう?」

 

「は、はいっす!」

 

美穂姉がそう言うと東横さんは『ヒヤッホォォォウ! 最高だぜぇぇぇぇ!!』とスキップしながらロビーから消えた。

 

「さて、と」

 

それを見届けると姉さんは振り向く。

 

閉じていた片目が開いた状態で。

 

あ、あれぇぇぇぇ?




短編は思いついたことをそのまま文章に出来るから気が楽でいい

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