「数え役満ー! 全国への切符をつかんだのは初出場の清澄高校だー!」
麻雀長野県大会、団体戦決勝。
俺の所属する清澄高校が龍門渕を捲り、全国麻雀大会への出場を決めた。
みんななら可能性はなくもないと思っていたが、あんな大逆転で決めるとは……流石、咲だ。
素質はあると踏んでいたが、ここまでとはな。
あのツモ……。俺とは正反対。言うならば牌に愛された子、か。
昨年の全国出場校の龍門渕、長野県最大手の風越を破っての勝利だ。さらに加えるならば前年度MVPの天江衣を倒した。
話題性は抜群で、すぐにメディア注目の一校となるだろう。
これは男子の個人戦も厳しい戦いになりそうだ。
……まぁ、自分のことは一旦置いておこう。どっちにしろ、負けるつもりはない。
それよりも俺にはやるべきことがある。
「帰りは別で失礼します……っと」
部長に祝勝会に参加出来ない旨をメールすると、今度は送信ボックスの欄をタップする。
開けば一番上にひらがなで書かれた『ほてるのさんさんろくごうしつ』というタイトル。
会場から最寄り駅まで歩いて15分ほど。その途中に目的の場所はあった。
入り口をくぐり、豪華なロビーで部屋番号と名前を告げて数分後、彼女はやってきた。
「……ごめんなさい、京太郎。急に呼び出しちゃって」
謝罪をする美穂姉の顔は綺麗な状態だった。化粧も崩れていない。家を出た時とほとんど変わっていないのだ。
きっと……この人はまた……。
「……いいよ。美穂姉はこんな時くらいわがまま言っても」
「ありがとう。……じゃあ、ちょっと外へ行きましょうか」
「寒いけど大丈夫?」
「ええ。ちゃんと防寒はしているわ。それに風邪をひいても京太郎が看病してくれるでしょう?」
そう言うと美穂姉はぶかぶかの夏コートから小さい手をちょこっとだけ出す。
俺はその指先を掴むと、隣に並んだ。
「ふふっ、温かい」
彼女は嬉しそうに微笑む。
だけど、それはいつものとは異なった。
喜が全てを占めていない。余計な感情が混じった作られた笑顔。
そんな美穂姉を俺は見たくなかった。
大会後の夜。すでに時間が遅いということもあり人はいない。
少し歩いたところにあるベンチに無言のまま座ると姉さんは俺の肩に頭を乗せる。
「……ねぇ、京太郎」
「……なに?」
「お姉ちゃん、負けちゃった……」
「そうだね」
「あんなにみんなも頑張って、今年は絶対に優勝して全国に行くって努力したのに……ダメだった」
「…………」
「でも、でもね。私はスッキリしているの。みんなが頑張ってくれたもの」
「……美穂姉」
「だから、悔しくはないわ。全力を尽くした結果で」
「――美穂姉!」
「っ……!」
彼女の名前を叫ぶ。
嫌だった。こんな彼女を見るのが。
嫌だった。俺の前でも強くあろうとする姉が。
何よりも嫌だったのは、こんなときすら彼女に気を使わせている自分の無力さだった。
俺はいつまでも姉にとっては頼ることの出来ない存在だと思われているようで。違う。俺も成長したんだ。もう自分で何だってできる。
だから、俺は美穂姉に頼って欲しい。少しでも彼女を内側から支えてあげたい。
いつのまにか、そう強く想うようになっていた。
「美穂姉。……俺の前では弱くていいんだよ」
「な、何を言っているの、京太郎」
「俺の前では強くなくていいんだ。頼りになる姉じゃなくて、ただの一人の女の子の『須賀美穂子』であってほしい。だから、だから……泣いていいんだよ、美穂姉」
「…………っ」
そう言うと、彼女は透き通る両瞳を潤わせ、肩を震わせる。
手を握る力は強くなって、手の甲にポツリポツリと水滴が落ちた。
「…………京太郎」
「うん」
「きょうたろぉ……!」
繰り返し、俺の名前を呼んで姉さんは飛び込んでくる。
ポロポロと涙が溢れだす。
姉さんは泣いていた。
彼女は一番上の学年で、キャプテンで、エース。
そんな姉さんはきっとみんなの前では涙を見せることができない。
強くあればならないから
なら、俺は彼女の弱さを見せれる人間であろう。
「きょうたろぉ……きょうたろぉ……!」
胸に倒れこみ、泣きじゃくる。
俺はそんな彼女の頭を抱えるように抱きしめた。
ここなら泣いても誰にもバレない。
今だけはこうしておこう。
時間の許す限り、いつまでも。
◆◇◆
「……ごめんね。恥ずかしいところ見せちゃった」
さっきまでの自分を思い返す。
目が真っ赤になるくらい泣いて、顔もクシャクシャになって、きっと今の私の顔はとうてい見せられるものじゃない。
だから、ずっと俯いている。
「普段はもっと恥ずかしいことしているのに何言ってるんだか」
「あれは愛情表現だからいいんですー。もう……京太郎の前では尊敬できるお姉ちゃんでいたかったのに」
「……美穂姉は背負いすぎなんだよ。重たいものをたくさん」
「……背負う? 私が?」
「そう。いくら実力があっても姉さんは一人の人間に変わりはないんだ。もう少し周りに頼ってもいいと思うけど」
「そ、そんなつもりはないけれど……」
「なくても! 俺は美穂姉の家族なんだから、もっと頼ってよ」
「京太郎…………」
「みんな姉さんの力になりたいと思ってる。だからさ、もっと頼ってくれ」
そう言う京太郎の眼には決意がこもっていた。
強い、折れない炎のように燃える意思が。
「……うん。次からはそうしてみる」
「次から、じゃなくて。今から」
「えぇっ!? そんなこと急に言われても……」
「あるでしょ? 個人戦が」
「ええ、それはそうだけど……」
「優勝するよ、俺」
「京太郎……それは」
「難しいかもだけど。優勝して全国へ行く。これならどう?」
「……どういうこと?」
「鈍いなぁ、美穂姉は。弟に出来ることが、尊敬できる姉に出来ないわけないよね?」
「あっ……」
そこまで言われてやっと彼の意図がわかった。
わざと私を元気づけるためにこんな言い方をしているのだと。
私が強い姉でいられる機会をくれたのだ。
「……ええ。じゃあ、それでお願いしようかしら」
絶対に勝ってみせる。
その意気込みを感じさせるように強い口調になって、自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。
「やっと笑ってくれた」
すると、彼もニコリと笑って、私の手を握った。
「っ!」
「やっぱり美穂姉は笑顔が一番似合っているよ」
「も、もうお姉ちゃんをからかわないの!」
「いつもの仕返し」
「……今日の京太郎は少し生意気よ」
本当に。
今日は散々な日だ。
弟に泣き顔を見られて、
励まされて、
でも、彼の笑顔を見ると元気が出てくる自分がいて。
……これも惚れた弱みなのかしら。
「……京太郎のばか。ばか、ばか」
…………大好き。
「姉弟での優勝ですが、どんな気持ちですかー!?」
「昨晩、京太郎にいっぱい勇気をもらったので頑張りました」
「「「!?」」」
翌日、インタビューで紙面を賑わせたとか、なんとか。