美穂子姉さんはぽんこつ?   作:小早川 桂

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ちょっと遅れたけど、昨日はいい(11)夫婦(22)の日だったみたいですよ。


美穂姉は夫婦になりたい

 ある秋の日。しのぎを削った全国大会も終えて、みんなは束の間の休息を楽しんでいた。

 

 咲たちはショッピング。染谷先輩は部長と龍門渕のメンバーと遊びに行くんだとか。

 

 そして、それぞれが外に出かけて遊ぶ中で俺たち姉妹はリビングで時間を過ごしていた。

 

『自宅でも体の触れ合うコミュニケーションによりリラクゼーションが期待できます。例えば、膝枕など程よい体温を感じる――』

 

 俺はテレビを眺め、姉さんは慣れない手つきでパソコンを弄っている。

 

 そろそろ受験を控える美穂姉だが、麻雀で有名な成績を残した彼女は大学への推薦が決まっていた。

 

 それでどうやら大学に進学するにあたってひとり暮しを始めるらしい。地元の大学だから実家暮らしでいいのにとか、1人には広すぎる部屋とか疑問はあったものの兎に角、ひとり暮しをする決意は揺るがないみたいだ。

 

 そこでせめてパソコンは使えないと話にならないということで、練習中である。

 

 教師役は俺。だから、こうして同じ空間にいるのだ。

 

「ねぇ、京太郎」

 

「なに、美穂姉?」

 

「さっき調べものしていたらわかったんだけど」

 

「うん」

 

「今日はいい夫婦の日らしいわ」

 

「へぇ」

 

「私たちにピッタリね」

 

「ちょっと待って。それはおかしい」

 

「……?」

 

「そこで心底不思議な顔をされるのは腹立たしい!」

 

 どうして姉さんはこうも純粋に不思議そうに首を傾げているんだろう。

 

 俺たちは義理だけど姉弟だ。家族というカテゴリだけど決して夫婦というパートナー同士ではない。

 

「私は京太郎が好き。京太郎は私が好き。ほら、夫婦じゃない」

 

「なにそのとんでもない理論。世の中、夫婦だらけになっちゃうよ」

 

「京太郎は私のこと……嫌い?」

 

「……好きだよ」

 

「異性として!」

 

「家族として」

 

「……いけず」

 

 美穂姉は小さく頬を膨らます。最近、部長と付き合いが多くなったせいでこういうあざとい行為が増えたのは本当にズルい。本人は無意識のうちにやっている天然だからなおさら立ちが悪い。

 

「まぁ、それは一度置いておきましょう。とにかく今日はお互いに感謝の気持ちを伝えるためにプレゼントとかするみたいよ」

 

「プレゼント……ねぇ」

 

「京太郎は何が欲しい?」

 

 そう言われてもなぁ……。欲しいものなんて急に浮かぶわけでもないし……。

 

 かといって、返答しないのもあり得ない。なぜなら、美穂姉がキラキラ輝かせた瞳をこちらに向けているから。

 

 この眼差しを裏切った時には俺は罪悪感で死ぬだろう。女の子の期待とはそれほど重い。

 

 ハイリスクハイリターンの危険な代物なのだ。

 

「……俺は後回しにして美穂姉からにしよう。美穂姉は何が欲しい?」

 

 ……これは決して逃げなんかじゃない。逃げじゃないんだからね!

 

「京太郎」

 

「その答えは想定内だよ。もちろんNOだ」

 

「冷たい! 京太郎からの愛情が今、欲しくなったわ」

 

「それは毎日あげているつもりだけど。俺、だいたい美穂姉のこと考えてるし」

 

「……その答えは想定外よ……」

 

 顔を真っ赤に染めて俯く美穂姉。

 

 ……普段から姉さんが言っていることの方が恥ずかしいんだけどなぁ。

 

 しかし、このままではまた姉さんは無理難題を吹っかけてくるだろう。俺もさっきみたいな返しは何度も使えない。なぜなら、俺も羞恥に苛まれるという諸刃の剣だからだ。

 

 本当は俺も穴ほって埋まりたい。美穂姉にはバレていないだろうが俺の顔も負けじと赤くなっている。

 

 というわけで、取るべき対策は一つ。姉さんの要望を先に潰すこと。

 

「……美穂姉。今日は久しぶりの部活休みだよね」

 

「え、ええ、そうね。京太郎と二人きりの時間が増えて姉さんは嬉しいです」

 

「だから、互いに癒しということで……今日は二人がリラックスできることをしよう」

 

「リラックス……例えば?」

 

 問われて、答えが用意できてないことに気付く。

 

 な、何かいい案はないか? この場を乗り切る手は――あっ。

 

「……ひ、膝枕とか?」

 

 その瞬間、ぐるりと顔をあげた美穂姉を見て口にしたのは間違いだと気づいた時にはもう引っ込みがつかないと理解した。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 膝枕。それはこの世に存在する最強の寝具の一つ。

 

 男にとっては夢の一つといっても過言でもない。

 

 仕事帰り。甘やかされて、膝枕されて、寝たい。そんな妄想をしたはずだ。

 

 俺だってするもん。

 

 可愛い彼女が頭を撫でながら、優しい言葉をかけてくれて、癒してくれるんだ。

 

 なんか……こう、さ。もう最高じゃん?

 

「さ、京太郎。遠慮せずにどうぞ」

 

「い、いや美穂姉……。そう言うけど……」

 

「いいのよ。私と京太郎は遠慮する関係ではないでしょう?」

 

「そりゃ、まぁ家族だからな」

 

「もうっ! 最初に言い出したのは京太郎なんだからね!」

 

「うぐっ」

 

 そこを突かれると痛い。たしかに原因は俺にある。……腹をくくるしかないか。

 

 ゴクリとつばを飲み込む。

 

 ……考えるな。やましいことをするわけじゃない。

 

 そっと、そっとそこに頭を乗せればそれだけで――。

 

 ぱふっ。

 

「はぅ」

 

 はっと口を押える。な、なんだ、今の声は!?

 

 思わず体を起き上がらせてしまう。

 

 経験したことのない気持ちよさに変になってしまった。

 

 美穂姉がクスクスと笑っている。苦笑いをして、気を取り直してもう一度。

 

 今度もゆっくりと傾けていき、膝にダイブする。

 

「――っ」

 

 至福。

 

 そう表現するのが正しい。頭を置いた瞬間、眠ってしまいそうになるような安らぎを得てしまった俺は快眠レベルに達する。

 

 眠りそうになったのを手の皮をつねることで我慢した。

 

「どう? 気持ちいい?」

 

「……こうなんていうか、やべえよ。とりあえず、なんていうかすごく気持ちいい」

 

「そう? 京太郎が気に入ってくれたなら嬉しいわ」

 

 頭を預けると一瞬、吸い込まれるような感覚に陥り、すでにフィットする。

 

 適度な肉つきと張り。若さあふれる健康的な太ももがあるからこそ。

 

 そして、熟練度は全く持って反する。

 

 例えるなら実家のような安心感。心から安心できるのだ。

 

 包み込むような優しさが確かにあった。

 

「……ふわぁ」

 

「大きなあくび」

 

「……それくらい気持ちいいってことだよ」

 

「ふふっ。このまま寝てもいいのよ?」

 

 美穂姉はいたずらするような笑みを向けてくる。彼女が目線を合わせようとすると、綺麗な金髪がかすかに触れてこそばゆい。

 

 なにより眠気が吹き飛ぶ衝撃があった。

 

 胸……! 圧倒的、おっぱい……!

 

 自然に前かがみになったことで彼女の持つ絶対的饅頭が近づくわけだ。

 

 もうやばい。だんだん近づいてきてるみたいで迫力がすごっ……んん!?

 

 な、なんだ、これ!? 急に視界が暗くっていうか顔全体に柔らかな感触が!?

 

 頭も顔もふにふにで包まれている!?

 

「あっ、京太郎。しゃべったらダメよー」

 

 棒読み! 見事な棒読み!

 

 も、もしかしなくてもこれはおっぱいっ!? 

 

 俺の顔に押し付けられているのはおっぱいなのか!?

 

「……京太郎君、いつも見てるものね? バレていないと思った?」

 

「ふ、ふがががっ!?」

 

「んっ……気にしないでいいのよ? 好きなだけ楽しんでくれたらいいの、私の膝枕」

 

 膝枕だけじゃないんだけどっ! 

 

 もういろいろとすごいことに……あっ。

 

 ……なんか……その、固くなってる部分があるような……。

 

 こ、これはもしかしなくても……あ、あれなんだろうか?

 

 ……やばい。意識したらさらに呼吸が苦しく……。ていうか、俺の一部分も固くなって……。

 

「……き、京太郎っ」

 

 甘い声。息がちょっとずつ荒くなっている。もう正常な判断ができなくなってきた……。

 

「み、美穂姉……」

 

「あー! 京太郎、なにやってるの!?」

 

「「っ!?」」

 

 跳ね上がるように俺達は咄嗟に離れる。

 

 後ろを向けばレジ袋をぶら下げた母さんがニヤニヤした顔でこちらを見つめていた。

 

「……二人とも顔赤いけど何してたの?」

 

「な、なにって膝枕だよ!? なぁ、美穂姉!?」

 

「そ、そうなの! 膝枕!」

 

「……のわりには、やたら距離が近かったような……」

 

「「き、気のせいだよ(よ)……」」

 

「……ふーん」

 

 訝し気な視線を送ってくるものの母さんは納得したのか買ってきた物を冷蔵庫にしまっていく。その途中で思い出したようにとんでもない爆弾を投下してきた。

 

「あ、避妊具は母さんたちの寝室にあるから……今度からは部屋でやりなさいよ」

 

「はい!」

 

「『はい』じゃないけど!?」

 

「それと何個か残しておいてね。母さんたちも使うから。いい夫婦の日だし」

 

「聞きたくなかったよ、その情報!」

 

「ほら! やっぱり夫婦の日ってこういうことをするのよ、京太郎!」

 

「だから、俺たち夫婦じゃないよね!? 枠組みに当てはまらないから!」

 

「今夜なればいいのよ! 夫婦に!」

 

「それはおかしい!」

 

 こうして日が変わるまで姉さんとの攻防が続けられるのだが、それはまた別のお話。

 




キャップみたいな清楚を具現化した少女に膝枕されたいだけの人生だった。

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