美穂子姉さんはぽんこつ?   作:小早川 桂

17 / 20
美穂姉は自慢して、自爆する

 ◆◇◆『弟自慢』◆◇◆

 

 

 長野でその名を知らない者はいないと言われる麻雀名門校、風越女子。

 

 通う生徒のほとんどが青春を麻雀に注ぎ込む。全国の頂を目指して。

 

 ――といっても彼女らも華の女子高生。休憩時間はやはりガールズトークに花が咲く。

 

「それでね、男子の部だとこの人が強くて」

 

「でもでも、私はこっちの人が格好良くておすすめかなーって」

 

「あら、何のお話をしているの?」

 

「あっ、部長!」

 

「お、お疲れさまです」

 

 携帯を取り出し、談笑していた二人は部のトップの参入に驚きが隠せなかった。少なくとも彼女らが知る限り、部長の福路美穂子はこういった話題に疎く、避ける傾向にある。

 

 それが参加してきたとなると、お叱りに違いない。

 

 その結論に行き着いた彼女たちは急いで弁明を始める。

 

「ち、違うんです、部長。これはえっと……」

 

「そ、そう! 男子のプレイングも参考にしようと思って動画を見ていて」

 

「……? 別に怒ったりはしないわ。二人はどんなお話をしているのか気になっただけよ」

 

「え、え? そうなんですか?」

 

「ええ。私もいろんな子とお話がしたいもの。お邪魔だったかしら?」

 

「い、いえ、そんなことはありません!」

 

「むしろ、光栄です!」

 

「そう? なら、よかった」

 

 二人の一年生は憧れでもある美穂子を快く迎え入れて、席のスペースを作る。そこに腰を下ろすと美穂子は携帯をとりだした。

 

「キャプテン? 電話ですか?」

 

「ううん。私のおすすめの男子を紹介しようと思って」

 

「キ、キャプテンのですか?」

 

 これまた予想外のできごとに目を丸くする後輩たち。

 

 美穂子の口から発せられた言葉は普段の姿から想像しがたく、また彼女には興味のないジャンルだと判断していたからである。

 

「そうよ? 意外だったかしら?」

 

「い、いえ、そんなことはないです!」

 

「み、見てみたいです!」

 

「ふふっ、よかった。じゃあ、はい。この人なんだけど……どう?」

 

 画面に写る一枚の写真。

 

 中央に燻った金髪のイケメンの麻雀を打つ姿。真剣な瞳で場を見極め、熟考する横顔は知的で整った顔をより見栄えよくさせている。

 

「わぁ……!」

 

「だ、誰ですか、この人!」

 

 今日だけで何度驚ければいいのだろう。

 

 自分たちの全く知らない人物の登場。でも、確かに強い麻雀を打っており、どこかの試合にでていることに間違いはない。

 

「名前は京太郎っていって最近頭角を現した期待の新星よ。あなたたちと一緒で一年生」

 

「同学年ですかっ!?」

 

「そう。中学時代は公式戦には出ていないけどすごく強いんだから。プロのお墨付きよ」

 

「へぇ、そうなんですか……」

 

「麻雀も強くて、格好いいだなんて……いいですね!」

 

「でしょう! 京太郎の話をしたいのに華菜もコーチも聞いてくれなくて……」

 

「へぇ、池田先輩が嫌がるなんて珍しいこともありますね」

 

「ねぇ。あんなに普段はキャプテンにべったりなのに」

 

「まぁ、池田先輩はこういうのにあまり興味なさそうだし……」

 

「そうなの。だから、二人がこうやって彼の良さを分かってくれてうれしいわ」

 

 そう言って微笑む美穂子に二人は目を奪われる。

 

 大切なものを褒められて嬉しがる無邪気な子供のような笑みは、いつもの柔和なものとは違い、これもまた魅力的だった。

 

「……私ったらまた変なこと言ったかしら?」

 

「い、いえ、そんなことありませんよ!」

 

「それよりもキャプテンはこの京太郎さんと仲がいいんですか!?」

 

「ええ。もうかなりの付き合いね」

 

「じゃ、じゃあ、お願いがあるんですけど……いいですか?」

 

「なにかしら? 私に出来ることだったら遠慮せずに言ってね?」

 

「だったら、その……京太郎さんのこと紹介してもらっていいですか!?」

 

「……え?」

 

「見た感じすごく格好いいですし、キャプテンとの知り合いなら安心できるし、麻雀も強いならぜひとも一度会ってみたいなぁって」

 

「……へぇ」

 

 そう美穂子が声を出した瞬間、空気が一変したのを二人は感じた。

 

 母性を具現化したといっても過言ではない美穂子の聞いたことのない低い声。それも滅多に開かない両目を開眼させて。

 

 ジッと、ジッと見つめている。

 

 笑っているけど、笑っていない。

 

 そんな矛盾した表情。

 

「ひ、ひっ」

 

 思わず悲鳴を上げようとした、その時。

 

「なにやってるし、キャプテン……」

 

 美穂子の頭を叩く人物が現れた。

 

 具体的には先程も話題に上がっていた少女。

 

「い、池田先輩!」

 

「おう、ここは私が相手しておくからお前らはさっさと練習に戻るし。コーチが帰ってくるぞ」

 

「は、はい! そ、それじゃあ先輩方失礼します!」

 

「サ、サヨナラー!」

 

 後輩たちは急いでこの場を離れていく。姿が見えなくなったところで池田はため息を大きく吐いた。

 

 そして、頭を手で擦っている美穂子に呆れた視線を送る。

 

「……キャップ。我慢ができないなら京太郎の話を振っちゃダメって何回言ったらわかるし」

 

「だってぇ……」

 

「だってもないです! そんなんだから誰も話を聞いてくれないんですよ!」

 

「はうっ! ……反省します」

 

「全く……。このことは京太郎に報告しますから!」

 

「そ、それだけは許して。また京太郎に怒られちゃう!」

 

「自業自得だし! ほら、キャプテンも練習に戻りますよ!」

 

「あぁ~、引っ張らないで~」

 

 美穂子はジタバタと暴れるが、池田は関係なく引っぱって連れていく。

 

 今日も風越女子はいつも通りの光景で、平和だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ということがあったので、注意しておくし」

 

「もう姉さんは……。サンキュー、池田」

 

「池田先輩だし! 敬語使え!」

 

「じゃあ、俺は姉さんにお説教をしてくるんで切りますね」

 

「無視すんな! ったく、この愚弟は! キャップによろしくだし! おやすみ!」

 

「はい、おやすみなさい」

 

 面倒見のいい先輩だよなぁ、と思いながら俺は電話を切った。

 

 彼女はちょっとうるさいけど、後輩思いだし、美穂姉をかなり尊敬しているからこうやって注意勧告も引き受けてくれるからすごい助かる。

 

「さて……じゃあ、俺は姉さんとお話をしないとな」

 

 席を立つと、リビングへと向かう。

 

 ……たまには姉さんにも痛い目にあってもらおうか。

 

 そんなことを考えて、隣の部屋の主を呼びだした。

 

「美穂姉。ちょっと話があるんだけどー」

 

 

 ◆◇◆『姉褒め』◆◇◆

 

 

 シンと静寂が支配するリビング。

 

 そこで俺と美穂姉が向き合っていた。

 

 俺は仁王立ち。美穂姉は正座といういつもとは異なる立ち位置で。

 

 すぅっと息を吸い込む。

 

 そして、俺は口を開き、言葉を紡ぎ出す。

 

「いいか? 控えめに言って美穂姉って最高なんだよ。どこが最高ってもう全てなんだけど、そこら辺理解してないみたいだから、教えてやるよ。まず、なんといっても性格。いつも心配してくれて、失敗したら慰めてくれて、成功したら自分のことみたいに喜んでくれて。そういうの勘違いさせるから本当にやめてほしいんだよ。何回中学の時に同じ理由で違う男に告白されてたっけ。そりゃあ好きになっちゃうよ。そこまで自分に尽くしてくれたら勘違いしてしまうじゃん。その度に俺に彼氏のフリをさせてさ。俺だって美穂姉に何度ときめかされたか。正直、姉弟じゃなかったら今頃、恋人になってるからそこらへん気を付けてくれよ、本当に」

 

「…………は、はい」

 

「次に外見。もう襲われても仕方がないくらい抜群のスタイルしやがって。そのくせ何であんなにも密着してくるんだよ。最近は特にひどい。風呂上りはバスタオル姿で膝の上に座ってくるし、テレビを見てたら肩に頭を預けて微笑んでいてさ。勉強してたら後ろから覗き込んで胸を押し当ててきやがって……。良い匂いはするし、唇は色っぽいし、服装もだんだん大胆になってきて。どれだけ俺が困っているかわかる? もう俺のエロ本、いつの間にか姉モノばっかだよ、畜生」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ダメ。今までもそう言って何度も破ってるから。だから、次はもっとひどい罰ゲームを用意する」

 

「え、えっ……」

 

「次はこれよりすごい文章を読み上げる。風越と清澄高校の全員の前で」

 

「ご、ごめんなさい! ついつい褒められて嬉しかったから調子に乗っちゃったの……」

 

 美穂姉は涙を浮かべて、抱き着いてくる。

 

 だから、それをやめろって言ってんのに……ったく、うちの姉さんは本当に困りものだ……。

 

「……わかったよ。でも、美穂姉もこれで俺がいつも受けている恥ずかしさを理解できただろ?」

 

「うんうんっ」

 

「言ってる方はいいかもしれないけど、言われている方はかなり恥ずかしいんだからな? それを踏まえて次からは二度とこんなことのないように。わかった?」

 

「気を付けます!」

 

「……それならよし。じゃあ、俺はもう寝るからお休み」

 

「……ねぇ、京太郎」

 

「なに?」

 

「その……仲直りに一緒に……寝たりなんか……」

 

「竹井部長に全てぶちまけるぞ」

 

「ええ、おやすみなさい。私ももう寝るわ」

 

 急いで姿勢を正して、手をフリフリと振る美穂姉。

 

 どうやら今回の罰は身に染みたみたいだ。よかった、よかった。

 

 これで今度からはもう少し落ち着いた態度でいてくれるだろう。

 

「ふわぁ……。明日は移動で早いし、しっかり睡眠をとらないとな」

 

 自室に戻り、ベッドに飛び込む。

 

 そうだ。明日から俺は全国大会の会場がある東京へと移動する。

 

 清澄は個人と団体の両方で全国行きを決めている為、期待は多い。

 

「全力を出し切ろう。そうすれば結果はついてくる」

 

 そう呟いて、部屋の電気を消す。

 

 迷いは吹っ切れた。

 

 あとは眠るだけ。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 あぁぁぁぁぁぁああ!!?

 

 なんでさっきまで俺、あんなこと言っちゃったんだろ!? 

 

 もういろいろと暴露しすぎだろ! いつもの美穂姉の感じを意識したら、あんな風にペラペラと内心がダダ漏れでひどすぎだろ!?

 

 もう死にたい、消して、消して、消して!

 

 美穂姉が気づいてなかったからいいけど、黒歴史の第一位にランクインする程度にはくっそ恥ずかしいことをしてるぞぉぉ、バカ野郎ぅぅぅ!!

 

 結局、この日は日が昇る頃まで眠ることが出来ず。

 

 翌日は姉弟そろって仲良く遅刻した。

 




台詞長文読みにくかったら言ってください

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。