しっかりと朝食をとり、力をつけた朝。大部屋には数多くの生徒が集まっていて、俺もその中にいた。
「では、今から二半荘ごとに交代の練習を始めますわ。このあとは各自適当に卓を囲ってやってくださいまし」
「じゃあ、みんな始めましょうか」
部長と龍門渕さんの掛け声にそれぞれが返事をして、いよいよ長野県決勝進出の四校による練習が始まる。
これは各校の実力向上ともう一つ目的があるらしい。
この前、部長が教えてくれた。内容は秘密らしいけど。
「よろしくっす、須賀くん」
考え事をしていると、トントンと肩を叩かれたので振り返る。
そこには白黒ボーダーの服に身を包んだ東横さんがいた。
「東横さん! 体調は問題ないのか?」
「おかげさまで! 須賀くんの方こそ大丈夫っすか? 色々とすごいことになってるみたいっすけど」
「ま、まぁね」
嘘である。
朝食ではかなりの女子に意識的に避けられた。普通に接してくれたのは姉さんと清澄の面子に今の東横さんだけ。
「そ、その東横さんは平気なのか? 俺が、そ、その」
「おっぱい好きでもってことなら気にしてないっす! だって、昨日で確かに知っていますから。あなたの優しさを」
「……東横さん」
「だから、嫌いになるなんてあり得ないっすよ。一緒に半荘打ちましょ?」
「お、おう! よろしく頼む! 誰も打ってくれなさそうだから助かったよ」
「……勝手にライバルが減ってくれて私はありがたいっすけどね」
「ん? なんか言った?」
「いえいえ。あ、それと用事があるんすけど……」
東横さんは周りを見回して、顔を寄せる。ほのかに漂う柑橘系のさわやかな香りが鼻腔をくすぐる。
そんな至近距離であることに照れもせずに彼女は小声で囁いた。
「今日の夜……部屋に遊びに行ってもいいっすか?」
「ぜひとも」
ノータイム、ノーシンキング。
いや、むしろ考える必要ある?
そんな愚問。悪いな、高久田。俺は先に青春を楽しむことになりそうだ。
責任? そういうことは大人になってからってパパ言ってた。
「ありがとうっす。今日の練習、頑張りましょう!」
「おう! 全力を尽くすよ」
「えらく仲がいいんだね、君たち」
東横さんと意気投合していると後ろから別の声がかかった。
もしかして同卓希望をしてくれる方だろうか。なら、必死にお願いしなくては!
「すみません! 一緒に打ってくれる相手を探していて、よかったら――」
絶句。
確かに声をかけてくれた人はいた。頬に星のタトゥーシールを貼った、小さく可愛い女性。
でも、その人の服装が問題だった。
本当に大切な部分しか隠していないような露出度の高い組み合わせ。むしろ、布面積より肌面積の方が大きいんじゃないか。
痴女。
真っ先に浮かんだのが、その単語だった。
「おや、どうしたのかな。二人して固まって」
「あ、いえ、その……」
狼狽する俺と東横さん。
この場合、なんとお答えすればいいのか。俺たちは知り得ない。
こんなタイプは初めてだから。
その様子を見た彼女は過去にも似た経験があるようで、ポンと手を叩く。
「……ああ、もしかして、この格好のことかい?」
「え、ええと……」
「それなら気にすることはないよ。ボクは好んで、これを着ているからね」
へ、変態だー!?
薄々とは感じていたけど、やはり変態だった。
好んで、自ら誘惑するような服なのは不味い。身長や体型も相まって幼女にしか見えない。
うちの副会長が目にしたら、翌日のニュースで画面越しにお会いすることになるだろう。
「えっと、恥ずかしくはないんすか?」
「もちろん。どうしてそんな感情を持つのか。ボクにはわからないよ」
「……?」
「言葉が足りなかったかな? ボクはこうして肌を晒すのが好きなんだ。いや、違うな。こうすることで欲が詰まった下衆い視線を一身に受けるのがたまらなく気持ちいいんだ」
「へ、へぇ……」
「あの好奇の視線で下から上までなめ回されるように見つめられるとゾクゾクする。背徳感、緊張感……多くのことを感じられるんだ。それがたまらない」
自分の腕を抱いて身震いする痴女。
その頬は恍惚と朱に染まっている。過去の汚い思い出にでも浸っているのだろうか。
とりあえず、東横さんとは離しておこう。純粋無垢という天然記念物を穢すわけにはいかない。
「東横さん。この人は俺たちと一線を画した人種だから、基本無視で構わないよ」
「で、でも、無視されるのは悲しいっすよ……?」
「うぐっ」
涙目でそんなこと言われたら、俺はもう何も言い返せない。
彼女もきっとその体質ゆえに思うところがあるのだろう。
うぅ……でも、彼女は綺麗なままでいてほしいし……仕方ない。
俺が間に入ることでカバーしよう。
「……わかった。でも、理解は難しいと思うから徐々に慣らしていこう。ね?」
「ひどい言い草じゃないか。君も同志だと言うのに」
「なんで俺がそっち側なんだよ!」
「す、須賀くんが露出趣味でも私は全然構わないっすよ」
「声震えてるから! 待って、東横さん! 俺はそんな趣味持ち合わせてないよ!」
「そうだよ、君。同志と言っても彼とは理念が似通っている点での話」
「理念……っすか?」
「そうさ。自分の欲望を包み隠さない。人間としてそれは恥ずかしいことじゃないよ。彼は叫んだそうだね。――『俺はおっぱいが大好き』だと」
「ぬぉぉぉぉぉお!!」
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!
どうしてそんな黒歴史をこんな思い返したら羞恥に悶え死にそうなことばかりやっている奴に言われなければならないのか!
しかも、キメ顔で!
「その時、感じた。君とは上手くやれそうだと。波長が合うのを直感的にね」
「認めてねぇけどな!」
「何を言う。こんなにもボクと長く会話できている時点で君は稀有な存在さ、京太郎」
「お前がボケまくるからだろ!? てか、さらっと距離詰めてくんなよ!?」
「さぁ、席に着こうか。熱い勝負を通してお互いをよく知ろうじゃないか」
「勝手に話を進めないでくれる!?」
俺の声もスルーして痴女は卓の上に置かれた牌をめくる。
書かれた文字は南。それを俺に見せて、ここに来てようやく名乗った。
「ボクは国広一。君の友になる者だ」
「俺はなる気ゼロだけどな!」
「あ、あの……私も友達になってほしいっす……」
「いいとも。今日はいい日だね。こんなにも輪が広がるなんて」
「ほ、本当っすか!? わーい!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ東横さん。
あぁ~心がぴょんぴょんするんじゃぁ~。
やはり彼女をあの国広とやらと関わらせるわけにはいかん!
俺が守る!
そう意気込んで卓へ着こうとした時、また肩をトントンと叩かれる。
「なんですか、こちとら変態と女神で手一杯――」
「……沢村智紀。私も参加させてほしい」
「――ぜひ、よろこんで」
こうして面子がそろった俺たち四人の半荘が始まった。
◆◇◆◇◆
「……あら? 面白い組み合わせじゃない」
そう呟きをもらしたのは、たった今、一位で一度目の半荘を終えた竹井久。
最後に悪待ちで龍門渕透華に振り込ませ、捲った清澄の部長である。
彼女の視線の先にあるのは一際異彩を放つ卓――京太郎たちのグループが打っている箇所だ。
「あら、京太郎も楽しそうね。お姉ちゃん嬉しいわ」
「……モモの奴……。あれほど須賀弟とは距離を置くように言ったのに」
「それはどういうことかしら、加治木さん。よかったらすぐにでも聞きたいわ」
「はいはい、ストップよ、美穂子。ゆみも……昨日はあんなことがあったけど彼も悪い子じゃないから」
どちらも大切なものになると我を忘れるのか、険悪になる空気。
それを止める久は自分の隣にいる透華が青ざめているのを見た。
「どうかした、龍門渕さん? 顔色、悪いようだけど……」
「いえ、その……うちの一がご迷惑をお掛けしてないかと心配してますの」
「……? 特に変な様子はなさそうですけど?」
一が何か言うと、京太郎が騒がしくツッコミ、桃子が楽しそうに笑って、智紀が喋ると場が静まる。
うん、いつも見ている光景だと久は思った。
彼女もかなり毒されているようだ。
「国広さん……だったかしら? なにか気になることがあるの?」
「……全く恥ずかしいのですけれど、一はその……露出の気がありまして……」
「あら、京太郎。楽しくやるのはいいけれど周りに迷惑をかけない程度にね?」
「速い!? もう向こうの卓に!?」
透華の説明が始まる前に興味を持たない美穂子は京太郎の後ろにみっちりとくっついていた。注意をしているものの顔はだらしなく、説得力は全くない。
「須賀姉は若干、弟を大切にしすぎる傾向があるようだ。微笑ましい姉弟愛だな」
「若干……?」
思わずツッコミかける久だったが、首をブンブンも左右に振って意識を切り替えた。
「と、とにかく休憩も兼ねて私たちも行ってみましょう? 各校のトップであるみんなには京太郎くんの実力も見てほしいかったし、丁度いいわ」
「……そうですわね。私も智紀と一緒に一を止めることに全力を尽くしますわ。決して悪い子ではないんですけれど……」
そう言って透華も席を立って、京太郎の卓へ向かう。あとに続く残った二人。
そこでふと思い付いた疑問をゆみは口にした。
「そういえば、名前呼びとは彼と随分距離が縮まったじゃないか、久?」
「それはその……昨日、あんなの見せられたら意識しちゃうに決まっているじゃない」
「ん? なんだって?」
「き、気まぐれよ! さて、うちの後輩は不甲斐ない麻雀を打ってないかしら!」
「……ふむ。まぁ、そういうことにしておこうか」
ゆみは微笑して、久と並んで場を覗く。
二半荘目の東二局。
一が満貫をツモって、そのまま彼女の親番へ。
親被りした桃子は苦い顔をしていた。
「ナイスツモっすね」
「ありがとう。みんなデジタル思考で防御が堅くてひやひやしたよ」
「とりあえず、俺も通用しそうで良かった」
「……流石。長野県一位」
「あ、どうもです。でへへっ」
美人に褒められて照れない男はいない。
いたら、そいつはホモかゲイかED(エンド・オブ・男性器)だと京太郎は思った。
「もう……デレデレしちゃって……」
「嫉妬?」
「愛弟の見境のなさに呆れているところです」
「でも、好きなんだろう?」
「世界一愛してます!」
完全に約束を忘れている駄姉の心の声に一同が少し引きつつも、麻雀は続けられる。
「……君も苦労する」
「え?」
「……身内に変態がいたら、フォローに疲れるでしょ?」
「おい、ちょっと待とうか。それがボクのことを指しているなら談義もやぶさかではないよ」
身を乗り出して反論しようとする一を智紀は手で抑えて、問いの答えを求める。
対して苦笑しながら京太郎は智紀の意見に賛同した。
「確かにちょっとネジが抜けているところがあって疲れちゃいます」
「……うん」
「……でも、やっぱり一緒にいたら楽しくて。だから、嫌だと思ったことはないっすね」
京太郎が迷う素振りもなく本心を告げると正面の痴女は破顔し、下家のステルスは安堵して、後方の駄姉は微笑んだ。
「……私も同じこと思ってる」
「それは光栄だ」
「……一が心配で来たけど、あなたはいい人で良かった。これで」
「これで集中して麻雀を打てますか?」
「……その通り。負けない」
「望むところです」
京太郎は口端を吊り上げると、智紀もうっすらと笑い返した瞬間。
「……お二人さん。良いところで悪いけど、それロンっす」
「速い!?」
東横桃子が申し訳なさそうに手牌を倒した。
ほんま短編書きやすい