◆◇◆『キングクリムゾン』◆◇◆
「部長! 咲が同室なんて聞いてませんよ!」
「そうですよ、上埜さん! 話が違うじゃないですか!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着きなさい」
手で『抑えて』とジェスチャーする部長はさもあらんとした様子で緑茶を飲む。
俺と姉さんは咲の件についてきっと仕掛けたであろう彼女を問い詰めにきていた。 ちなみに当事者である咲も付いてきている。幼馴染は不満顔で渋々といった感じだったが。
「……はぁ、須賀くん。ちょっとこっちに来て」
「……? わかりました」
呆れた風に長く息を吐いた部長に手招きされて俺は彼女の隣に腰を下ろす。すると、部長は周囲には聞こえないように顔を寄せて小声で話しかけてきた。
姉さんとは違う甘い香りが広がる。普段とは違う異性を意識させるシチュエーションに心臓が落ち着きをなくすが、表面上はどうにかしてつくろった。偶然の産物だけど、日々姉さんからちょっかいをかけられているせいで耐性ができていたみたいだ。
「あのね? 今回の咲を投入したのはあなたの為なのよ?」
「俺のため?」
予想外の答えに驚きが隠せない。
失礼ながら部長ならば面白がってやっていると思っていたから。
「はっきり言って、美穂子はあなたのことが好きすぎる。二人きりになったら、それはもうあなたは食べられちゃう。不味いわよね?」
「おお……! おお……!」
「だから、私がいる間は守ってあげる。大切な部員の一人だしね」
「部長! 好きです、付き合ってください」
「ふぇっ!? な、なんでそうなるのよ!」
「す、すいません。部長が天使に見えて……」
「……あら? あなたを騙して食べようとする悪魔かもしれないわよ?」
「部長になら食べられたいです」
「だ、だからなんであなたはそういうことを……」
自分でからかっておきながら直球で返されると照れる部長可愛い。
あたふたと慌てる部長可愛い。
俺のなかで部長の好感度はうなぎ登りだった。
「お、おほん! ほら、これであなたへの話は終わり。次は美穂子よ、チェンジ、チェンジ」
彼女がそう言うと俺と美穂姉は場所を入れ替わる。ぷくっと頬を膨らませていたので間違いなく焼きもちを妬いていた。
「……はい、次は私ね?」
「そうよ。いい? まず、美穂子。あなたは外聞を取り繕いなさい」
「これでも充分抑えていますが……」
「「ええ……」」
俺と部長の声がシンクロする。彼女が常識人で本当によかった。
「と、とにかく。風越にはあなたを尊敬している子が多いんだから。せめて彼女たちの前だけでも好き好きアピールはやめなさい。わかった?」
「……はい」
「よし。その分、今なら須賀くん成分を補充しなさい」
「はい……!」
シュンと落ち込んでいたのも束の間。一瞬でキラキラと目を輝かせる姉さん。
お構いなしに背中から抱きついてくるが……まぁ、これで我慢してくれるなら甘んじて受け入れよう。
……こういう甘いところがあるから、今でもラブラブと引きずっているわけで。少しは厳しくした方がいいのだろうか。うーん……悩ましい。
「そういえば須賀くんって美穂子に抱きつかれてもあまり動じないわよね。おっぱい大好きなのに」
「いや、もう慣れたというかなんと言いますか……」
「京太郎くんは私の胸に興味がない数少ない男子ですから」
横からフォローを入れてくれるのは同級生の原村和。
でも、ごめんなさい、和のおっぱいにも興味があります。
必死に意識を麻雀に集中させているだけです。
「ほら、そういうの嫌がる女子はいると思ってさ」
「はい。あまり心地のいいものではありませんから」
「そう? 私は別に見られても気にしないけど?」
チラチラと指を胸元に入れて覗かせてくる部長。
彼女も巨乳とは言わないが、ある方だ。モデルに負けないスタイルの良さで、美穂姉や和とは違う大人の魅力の持ち主。
妖艶な笑みとの組み合わせによる破壊力は計り知れない。
「部長、やめてください。――立てなくなるから」
「じゃあ、期待通りにほれほれ」
「悔しい! でも、感じちゃう!!」
「ふふ~、京太郎~」
「ちょっ、美穂姉もどさくさ紛れにどこさわって!?」
ベタベタくっついてご機嫌だった美穂姉は部長とのやり取りに嫉妬したのか、冷たい手を服の中に忍ばせていた。
脇腹をツーっとなぞられ、変な声が出てしまう。
「す、すごい……! 禁断の姉弟愛! 生で見るのは初めての経験で……すごい捗ります!!」
「なにが!?」
ツッコミなんぞ意に返さず、和は開けていたノートパソコンに指を走らせる。
彼女は小説を書くのが趣味と言っていたが、もしかしてそれだろうか。
「素直になれない京太郎に今日も
「怖い怖い怖い怖い!? 美穂姉も流れに従わなくていいから!」
「でも、原村先生の為にも頑張らなくちゃ……」
「先生!?」
「わわっ、すごい……。和ちゃん、これ今度でいいから美穂斗を
「それでいいのか、咲!?」
なんか幼馴染みまで悪乗りし始めてこの混沌とした状況を楽しみだしている。
なんとかして止めなければ!
俺は急いで立ち上がる。
――今、思えばきっと多方から様々な出来事が起きていて失念していたのだろう。
俺をからかって、近くにいた部長。
いくら俺が女の子のスキンシップに慣れているといっても体の生理現象を自由自在に操れるわけではない。
だから、
「え、え? 嘘? す、須賀くんのすごい……大きくて……はわわわわ!?」
ひどく赤面したと思うと、彼女は頭から湯気を出して、こてんと倒れる。
「久ぁぁぁぁ!?」
この騒動はさっきまで空気だった染谷先輩の叫び声で幕を閉じた。
あ、ちゃんと全員、怒られました。
◆◇◆『シャッターチャンス』◆◇◆
「あ、おはよう、京ちゃん」
目が覚めると幼馴染みが隣で微笑んでいた。手も握っている。
え、なんだ、この状況。
「もうまだ寝ぼけてるのー? 」
「咲、教えてくれ。なんでお前が俺の横にいるんだ?」
「もうっ。昨日から合同合宿で私たちは同じ部屋になったの! 覚えてないの?」
「――はっ!」
咲にそこまで言われて思い出した。
そうだ。俺たちは四校合同合宿に来ていたんだ。
……でも、昨日の記憶がほとんどない。
部屋決めで一悶着あって、部長に迷惑かけて、染谷先輩に怒られたところまではおぼえているんだけど……。
まるで、そのあとはまるっきり時間ごととばされたような変な感覚。
「咲」
「なーに、京ちゃん」
「昨日の夜って何してたっけ?」
「熱い夜を過ごしたよ?」
「そういう冗談はいいから」
「ぶー。と言っても私もほとんど覚えてないんだ。なんでだろ?」
どうやら咲も同じようだ。
……きっと疲れていたんだろう。
うん、そうに違いない。
そう結論づけて布団から起きあがると、すぐに着替え始める。
「ちょっ、京ちゃん! 乙女がいるんだから着替えるなら言ってよ!」
「ああ、悪い」
「シャッターチャンス逃しちゃったでしょ!」
「乙女どこいった」
「あ、私が着替えるときはじっくり見てていいよ?」
「あいにく、ちんちくりんには興味ねぇよ」
「昨日、貧乳も好きって言ったじゃん! 京ちゃんの嘘つき!」
「理不尽! てか、聞かれてたの!?」
ロビーでの一件の時、咲はいなかったはずだ。俺の声はこんなところまで響いていたのだろうか。
「違うよ。噂になってたんだ、清澄の男子は大きいのも小さいのも受け入れる胸フェチだって」
「やっべー、俺、今日の練習で相手されないんじゃね?」
完全に女子の敵じゃん。
出所はある程度絞れる。だけど、もうどうにもできないだろう。
部長になんとか協力してもらうとして……あ、でも部長とは昨日あんなことがあったし……。
うん、俺も精一杯麻雀へ取り組む姿勢で評価を改めてもらうとしよう。
そうすれば解ってくれる人もいるはず。
「俺が好きなのは大きいおっぱいだけだと!」
「解決になってない気がするなぁ……」
和は腐っているのです