Idol meets cars   作:卯月ゆう

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ep5

 #1 Idols meet Motorbikes 〜炎陣の場合〜

  

「よっ、はっ、ほっ!」

「お、おい、プロデューサー、どういうことだコレ」

「え? 見ての通り、教習コースだけど?」

「そういうのを聞いてるんじゃねぇ! なんで里奈が原付でスラロームかっとばしてんだ!」

「さ、さぁ?」

 

 本当のことを言えば、炎陣の5人にバイクメーカーから原付のCMキャラクターになってほしい、と依頼があったことから始まる。

 事前練習という名目(そしてオフショット稼ぎ)で、事務所の駐車場にパイロンでメーカーと早苗さんのお墨付きをもらった教習コースを作ったはいいが、余ったパイロンを亜季と夏樹が適当な間隔で並べ、その間を里奈がすり抜け、それを見て俺とメーカーの担当者さんは苦笑い、あとから来た拓海がそれを見て今に至る。

 正直このオファーがあったときに「本当にあの5人でいいんですか?」と確認してしまったのは内緒だ。

 

 

「ま、まぁ本人は楽しそうだし、いいんじゃないか?」

「自前の単車持ち出してるのもいるけどな……」

「は? このコースそんなに広く取ってないから厳しいぞ、ビクスクなら尚更、あっ!」

「涼!」

「と、とにかく急げ! 涼! 怪我ないか!」

「スタンド引っ掛けただけだから、大丈夫」

 

 派手な音したからなぁ、倒しすぎて引っ掛けるとは…… 俺はスクーターなんて教習と車検の代車以外乗ったことないからわからないけど、乗りにくいのはわかる。まぁ、原二のスクーターは走り出してしまえばホイールベースが短くてくるくる回るから楽しかったが、欲しいとは思わなかった。

 とりあえず涼は無傷、車体も擦った跡が残っただけなのでまだ良かったか。

 

「頼むから無茶しないでくれよ…… んで、夏樹と亜季は? ん、里奈も居ねぇし」

「夏樹と亜季は向こうで早苗サンから講習受けてるよ。拓海も聞いてきたら? 原付はミッションと違うから怖いって言うし」

「別にヘーキだ。原付乗ってた時期もあるしな」

 

 里奈が乗り捨てたであろうピンクの原付のスタンドを蹴るとそのままキックでエンジンを掛け、メットインに入っていた半キャップ(バイクに乗るときはジェッペルかフルフェイスって言ったのにあいつ……)を被るとそのままコースに出た。

 ベルト特有の出足もっさり感を煽ってからブレーキを離すことで解決しつつ、ちゃんと狭いコースに見合ったスピードまであっという間に加速してから抑えているあたり、拓海は本当にレディースだったのか疑いたくなる。

 

 

「拓海って、意外と真面目というか、いい子だよな」

「どうしたんだよ突然」

「んにゃ、なんだかんだでさ……」

 

 俺が走ればなんとか追いつけそうな速度で走ってる元ヤンって、なかなか可愛いもんだろ?

 俺の目線に気付いた涼も「なるほどな」と生暖かい目をチンタラ走る拓海に向ける。その拓海はスラロームをチンタラ走り抜けると信号でちゃんと止まり、また煽ってからスタートダッシュを決めて、20km/hくらいでチンタラ走り始めた。

 

 

「んで、里奈は?」

「プロデューサーこっちこっちー!」

「おい、嘘だろ」

「おま、普自二持ってねぇだろ! 降りろ!」

「そこかよ!」

 

 なんとまぁ、里奈が最新モデルのビクスクに乗って現れてみろ、そりゃ驚くに決まってるだろ。

 驚き方がおかしいのは、まぁ、認める。

 目の前でキツいピンクのバイクを止めると、ジェッペルを脱ぎ、リモコンのスイッチを押してメットインを開けると、その中に派手なメットを突っ込んだ。

 俺はどちらかというと「最近のバイクってキーレスなんだー」とそっちが気になったが、涼はやはり里奈がそんなバイクに乗って現れた事のほうが驚きらしい。そりゃそうだ。遠くからは拓海が「里奈ぁぁぁ、ついに取ったかぁぁぁ!」と叫びながらチンタラ走ってくるのが見えた。

 

 

「見てみて、この前普通免取ったぽよ〜」

「は、俺に黙って? んで、バイク買ったと?」

「それはゴメンかも〜、でも、これは免許取る前に買ったんだよ?」

「「そこじゃねぇよ!」」

 

 俺と涼の渾身のツッコミが炸裂したあたりでようやく拓海が到着、里奈とバイクをキョロキョロと見て回ってから里奈とハイタッチ、よくわからん。

 

 

「いやぁ、里奈がビクスク買ったって聞いたから免許は、と思ったが、あっさりだったな!」

「みきわめも卒検も学科も一発! あたし天才かも〜」

「あれに落ちるほうが難しいだろ……」

「プロデューサー、世の中には学科5回受けて落ちるヤツもいるんだよ」

「ギクッ」

「は? 拓海落ちたの?」

「うっせえ! あんなひっかけ問題みたいなのわかるかよ」

「拓海って意外とアホの子?」

「プロデューサー、ぶっ殺してやる、面貸せオラぁ!」

 

 拓海が俺のネクタイに手を伸ばすのを紙一重で躱し、横に回り込んで足をひっかけ転ばせれば俺の勝ち。まぁ、地面に転がる前に抱きかかえるけどな。

 

 

「プロデューサー、ちょっと……」

「それはアウトかも〜?」

「…………」

「なんだよ、2人して。ま、そんな簡単にやられるほど俺も弱か――」

「ぷ、プロデューサー…… テメェ……」

「どうした? あ……」

 

 さて、俺の行動を振り返ろう。拓海に横から足をかけて転ばせた。つまり、拓海は前のめりに倒れるわけだ。そこに横から手を伸ばす。もちろん、地面に倒すわけに行かないから支える場所は必然的に胴体だ。片腕は腹、片腕は胸に伸びるのは言うまでもないだろう。つまりだ、

 

 

「日比谷君、ちょっとお姉さんと一緒にお話しようか?」

「いや、あの、えっと…… スマン」

 

 母性の象徴がですね、その。ああ、死ぬ(社会的に)。

 

 

「死にさらせ!」

「ごふっ!」

「はーい、あとはあたしに任せなさい。みっちりオハナシしてくるから」

「プロデューサー殿、いまのは流石に……」

「アウトだな」

 

 片桐さんに引きずられ、駐車場の片隅で長いお説教を受けてから戻ると、亜季の指示の下で上手いこと撮影が進んでいるようだった。メーカーが持ち込んだ原付を各々が選んでいるところのようだ。

 

 

「お見苦しいところを……」

「いえいえ、アイドルと仲がよろしいようで。あまり素行のいい子ではなかったと聞いてはいますが、実際はそうでないようですね。これも日比谷さんの存在あってですかね?」

「いえ、そんな。元々根はいい子だと思ってますから。色んな手でそれを引き出すのが我々の仕事です」

「なぁにいい事言った風にしてんのよ、日比谷君?」

「いや、だってプロデュースの信条みたいなもんですし」

「原石を光らせる、ですか。最初から輝けるものを作る私達とは少し違いますね」

 

 メーカーの担当さんは持ち込んだ原付を次の撮影まで貸してくれるとの事だったので、それぞれ好き勝手にステッカーチューンしたりする様にとのお達しだ。必要ならキャリアなどのパーツもあるとの事で、亜季は早速大きなキャリアに箱を付けていた。

 

 

「そういえば、プロデューサーさんもバイクに乗るんだろう? 何に乗ってるか聞いたこと無かったな」

「そうだ、バイク雑誌読んでる割に事務所に来るときはいつも車だな」

「そんなこと言ったら、亜季だって事務所に来るときは電車だろ?」

「あっきーはなんか古いのだよねー」

「前に5人でツーリングに行ったときはオールドトライアンフだったね」

「あれは祖父から譲り受けたもので、古くはイギリス軍で実際に使われていたそうです。まぁ、祖父の受け売りですが」

「へぇ、すげえの乗ってんだなぁ。んじゃ、次の撮影のときは俺もバイクで来るよ」

 

 裏切ったらちひろさんにチクるとまで言われればバイクで行かないわけには行かない。だけど荷物積めないし、スーツだと乗りにくいし…… 前もって事務所に1着置いておくか。んで、革パンとジャケットだな。

 

 時間は流れてその週末。集合時間の1時間前に事務所の駐車場に入ると、パイロンを並べて8の字書いて遊んでいる5人が居た。早起きなこった。

 

「おはよう、早いな」

「おう、プロデューサー、ちゃんとバイクで来たな」

「たりめぇだろ。このためにスーツ事務所に置いてきたんだからな。面倒ったらありゃしねぇ」

「でも、そこまでしてくれるあたりプロデューサーも義理堅いというか、ね」

 

 おい涼、その目をやめろ。亜季も革パンにジャケットだからバイク乗ってきたのか。

 

 

「じゃ、早速プロデューサーさんの愛車拝見といこうか」

「ほう……」

「ま、らしいわな」

「アタシ大型はよくわかんないけど速そーだね」

「プロデューサー殿なら、まぁ」

「何だその反応。俺が大学生のときから乗ってる相棒だぞ」

「12年落ちだよね? 中古を買ったんだ」

「金もなかったしな。だけど、社会人になってからは金もできたからエンジンとフォークはオーバーホール、ブレーキは社外品に交換。ホイールも変えたんだぞ? マフラーは買ったときから変わってたからそのまんまだな」

「金のかけ方がえげつねぇよ。もっと、こう、手をかけてなぁ」

「高校のときに買ったセローはDIYでなんでもしたぞ。今も実家においてある。親父が乗ってなきゃエンジンも掛けてないだろうけどな」

 

 

 俺が乗ってきたのはCBR954RR ファイアブレード最終型の2004年モデルだ。俗に言うフルパワー仕様にしてあるから大体170psくらいは出てるはずだ。その分燃費も悪いが、学生のときはこのバイクが最高に楽しかった。今はもうちょいゆっくり走らせろ、と思うが……

 

 

「夏樹は大型持ってるだろ、乗ってみるか?」

「やめておくよ。足がつかないバイクは借りたくないからね」

「そうか。しかしまぁ、前々から思ってたけどお前らも渋いの乗ってるよな」

「夏樹と亜季はベクトルが違う気もするけどな。里奈も新しいスカブ買ったみたいだし、アタシも大型取るか」

「別にデカイからいいってわけじゃないぞ。毎日高速乗るんでもない限りゼファーで十分だろ」

「400の、って言われんのが嫌なんだよ。わかるだろ?」

「まぁな。そしたら現行CB1300か?」

「別に新車にこだわりねぇしな。ま、取らぬ狸のなんとかってことわざもあるし、あまり夢見ねぇようにするさ」

 

 職員のバイクもちらほら見える駐輪場だが、殆どは125のスクーターで、時折大型のSSやメガスポーツが止まっている程度だ。その一角に炎陣の5人が乗る愛車が止まっている。

 端から拓海のゼファーχ、里奈のスカイウェイブ、亜季のトライアンフは俺も詳しくないからわからん。見せてもらったときに、フレームには5TWと刻まれていたからそれがモデル名かもしれない。それから、夏樹のカタナと涼のフォルツァ。よくもまぁ、バイク乗りでもここまで別れるわ。

 その隣に俺のファイアブレードを止めたが、威圧感で負けてる気がする。リッター買ったから排気量コンプとはおさらば、と思ったが思わぬ罠が…… 俺もイカ釣り漁船みたいにしないといけないのか?

 それからしばらく駐車場で遊び、メーカー方が来たところで前もっていじり倒した原付をトラックに引き上げた。

 

 

「んじゃ、今日はバス移動だ。江ノ島までだから、時間もそんなにかからんだろ」

「なぁ、プロデューサー。バイクで行きたいって言ったらダメか?」

「言うのは良いがやるのはダメだ。仕事だからな」

「日比谷さん、少しよろしいですか?」

「はぁ……」

 

 担当さんに呼ばれ、少し離れるとまた困った相談をされた。まぁ、まさかと思ったらそれだ。

 

 

「彼女達が自身のバイクに乗ったシーンを撮れませんか? ネットで公開するものには使えますし、なにより、乗せられたバイクより、乗り慣れた愛車のほうが彼女たちも自然なリアクションが取れると思うのですが」

「ですが、万が一のことがあった場合には――」

「日比谷さんが彼女たちの後ろを走っていただいて、それでも何かあった場合の損出は我々が……」

「わかりました、上と相談させてください。撮影の時間が押してしまうと思うのですが、よろしいですか?」

「ええ、無理なお願いは承知ですので」

 

 ひとまず今西部長とちひろさん、それから武内さんを呼び出して緊急会議と相成った。会議室は遠いのでエントランス脇のソファとローテーブルではあるが。

 もちろん、話すことはアイドルを"仕事として"バイクに乗せることで生まれるリスクとリターン、それから責任の行き先と解決策の選定。まぁ、元々バイクに乗る仕事だったので、責任規程の範囲を見直すことで決着がついた。問題は、俺が現場責任者として同行するのは当然として、今西部長が「日比谷くんはバイクも乗れるし、殿になれば彼女らも安心だろう」と言ったおかげで俺までバイクで現場入りする羽目になった。

 5人の衣装(というかライディングウェアだろうか?)と一緒に俺のスーツをロケバスに積み込むという貴重な経験をしてから再び駐車場に戻った。

 

 

「はぁ、バイクで現場入り、決まったぞ」

「マジで!? やった!」

「このメンツでツーリングするのも久しぶりだしな、プロデューサーも居るなんて面白くなりそうだ」

「おいおい、あくまで仕事だぞ。普段以上に交通ルールには気をつけろ?」

「イェッサー!」

「わかってるぽよ〜 初心者マークも貼ったし、準備万端じゃない?」

「拓海、はしゃぎすぎてコケたりしないでくれよ? ゼファー重いんだからさ」

「もうコケたりしねぇよ、最後にコケたのだって……」

「だって?」

「先週、握りゴケしちまった……」

「拓海……」

 

 

 本当にバイク好きが集まってツーリングに行くノリでいる5人に一応釘を刺してから、全員のインターコムを繋いで、機材車に積まれた録音機材ともペアリングを済ませた。

 エンジンをかけて暖気させつつ、簡単にルートをおさらいして、装備品の確認をまた行えばちょうどアイドルも落ち着いてきた。

 

 

「先頭はロケバス、その次にカメラを積んだ機材車が走る。お前らはその後ろだな。一番後ろは俺だ。何かあればインカムで話すか、信号待ちで合図してくれ」

「オーケー。ガソリンは満タンにしてきたから心配ないけど、みんなはどうだい?」

「あと2/3くらいかも。途中でスタンドによってほしいかなー、って」

「私のはそもそもタンクが小さいので……」

「分かった。ひとまず、角のスタンドでいいよな?」

 

 確認と情報共有を済ませると、タブレットをハードタイプのバックパックに仕舞えば俺の身支度も終わりだ。それぞれバイクにまたがると、まずバイク組はスタンドへ。「経費で落ちる」と言ったら全員揃ってとりあえず注ぎ足した。かくいう俺もその一人だが。

 それから、給油を終えたタイミングでロケバスと機材車が事務所から出てきて、前を通ったところで合流。なんだかスパイ映画の作戦のようだ、とは亜季の弁だ。

 

 

「しっかし、ホントにバイクで行けるとはなぁ。ありがとな、プロデューサー」

「なんだよ、突然」

「ふふっ、顔が見えないからって素直だねぇ、拓海?」

「悪ぃかよ!」

「いんや、普段からそれくらい素直ならなぁ、ってね」

「涼、こんにゃろ!」

「おいおい、出て数分でじゃれるなよ。あと、あまり俺を巻き込むな? 俺がでしゃばってもファンは喜ばん」

「だけど、こうやってみんなで走れるのもプロデューサーのおかげじゃん? だからありがとーだよ」

「それに、なんだかんだでついてきてくれてるしね。ありがとう」

 

 このむず痒い感じは未だに慣れない。俺の、俺達の仕事はあくまでアイドルを輝かせる、アイドルの望む高みへ行く手助けをすることだ。そんな当然のことに礼を言われると言うのも、なんだかなぁ、と。

 俺だってアイドル達から元気と、笑顔と、やる気をもらっているからこそ尽くせるのだ。

 その後も女子会のノリをツーリングに持ち込んだようなノリで本番の撮影も順調にこなした5人は、渋滞でマニュアル組がヒイヒイ言いながらもなんとかその日のうちに事務所に帰って来ることができた。

 

 




おかしい、車&バイク物のはずなのにそれ以外の分量が多い!
文字数も増え続けてるし……

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