Idol meets cars   作:卯月ゆう

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限定しぶりんキタ


ep17

 #1 Idol meets car ~及川雫の場合~

 

 

 やべぇ、なんもねぇ。

 東京から新幹線と在来線を乗り継いで5時間。目の前にひたすら広がる牧草地を目の前にしている。

 武内さんの担当アイドルのフォローを頼まれたは良いが、まさかこんなとこまで来る羽目になるなんて思いもしなかった。駅でレンタカーを借りようにもレンタカー屋がなく、タクシーも来ないし、もし乗ったところでここまで来るのにいくら掛かるかなんて考えたくない。

 コレなら多少疲れてもクルマで来るべきだったと激しく後悔したところで偶然通りがかった農家のおじいさんに乗せてもらってやっとついたのがおいかわ牧場。名前の通り、及川雫の実家だ。

 ひとまずゲートを入り、直売所の札が下がった棚の前を通って立ち尽くす。牛舎くらいしか建物がない。住所間違えたか?

 携帯で地図アプリを開くと、遠くからエンジン音が聞こえてきた。それも結構回してハイペースに近づいてくる。

 

 

「おいおい、マジか」

「プロデューサーさーん! おまたせしましたー」

 

 軽トラで爆走して来たのは何を隠そう、雫その人。いや、たしかに私有地だけどさ…… えぇ……

 うまいこと目の前で止めると「さぁ、乗ってください!」と一声。そこはかとない不安が残るがひとまず乗ることに。

 

 

「間違えてこっちに来ちゃったのかと思って正解でしたねー」

「場所があってるか不安だったんだよ。助かった」

「あっちは農家同士でやり取りをするときに使うんですー。お客さんを迎えるのはまた別で」

 

 そう言いながら農道をそこそこのペースで駆けてゆく軽トラ。案の定マニュアルで、荷台に積まれた農機具がガチャガチャと音を立てている。それを何の気なしに乗る16歳。小特は取れる年齢ではあるが、普通自動車はアウトだろう。まぁ、公道に出なければお咎めなしだが……

 

 

「しかし、軽トラで迎えに来るとはな。まだ免許取れないだろ」

「そうですねー。小型特殊は16になってすぐ取ったんですけど、車は牧場の中だけですねー」

「にしちゃ慣れてんなぁ。いつから乗ってんだ?」

「えーと、確か中学に入ったくらいだったと思います。お父さんに教えてもらいましたー」

 

 農家はコレがデフォなのか? 俺だって中学の頃にはせいぜい原チャを無免で転がす程度だったぞ? まぁ、私有地内と公道の違いはあるが……

 年齢以上に運転歴の長い雫の運転は至って普通で、特技欄にトラクターの運転とあるのもなるほど、と思わせる。

 なにはともあれ、今日は俺だって仕事だ。アイドルの実家訪問と謳ってアイドルが何をしていたか、そのルーツを探る雑誌のミニコーナーの取材。今回はセクシーギルティで人気急上昇の雫にスポットが当たったわけだ。とは言っても、取材自体は明日の午前には終わる予定だから、俺はほとんど迎えに来ただけみたいなもんだ。

 

 

「昨日まで武内プロデューサーがいたんですけどー、別のお仕事があるとかで、代わりに日比谷プロデューサーを呼ぶからーって。一人でも帰れるって言ったんですけどー」

「武内さんは良くも悪くも心配性と言うか。それだけ大事に思ってるんだろ」

「それはわかってるんですけどー……」

 

 だから昼飯食ってすぐ、新幹線に飛び乗って夕暮れに岩手まで来たわけだ。それもわざわざ雫のご両親に許諾まで取って俺が泊まる算段を着けてくれていた。お陰で弾丸ツアーにもかかわらず宿無しは回避できたわけだが。

 

 

「ここが家と事務所などなどですー」

「こりゃ、立派な家だな」

「普通ですよー」

 

 広い土地に見合った広さの広い家。遠目に見ても一発で分る大きさだ。

 隣に立つ牛舎と同じサイズ感といえば伝わるだろうか?

 

 

「はい、とうちゃーく!」

 

 という声と一緒にギッ、とサイドブレーキを引いてエンジンを止めるとギアを1stに。慣れた手つきだなぁ、と感心する間もなく車から降りると雫の祖父母と思しきご老人が家から出てきた。

 

 

「こんばんは、武内に代わって参りました、日比谷と申します。今日はご厄介になります」

「いやいや、雫がお世話になっております。ささ、お疲れでしょうし、どうぞ」

「お邪魔します」

 

 社交辞令も慣れたもの。あてがわれた部屋に荷物だけ置いてくるとリビングに家族勢揃い状態。またここでも堅苦しいあいさつをこなすと、すぐに農家らしいシフトに移っていった。

 なんでも、俺が来た時間はちょうど夜の搾乳の時間らしく、よろしければ、と作業を見学させていただけた。

 最近は機械を使うところも多いらしいが、ここでは手で作業をしているそうだ。牛舎を広く使うのもストレスを与えないためだとか。気のせいかもしれんけどね、とご主人は笑っていたが。

 搾りたての生乳を頂いて、若干空き気味のお腹に染み込ませると何かお手伝いを、と容器をもって往復。なんでも、武内さんや撮影スタッフも何かと働いていたらしく、男手が多くて助かったとおっしゃっていた。

 

 

「プロデューサーさん、お疲れ様ですー。ご飯にしましょう」

「いや、マジで、想像以上に、辛い」

「30Lバケツですからねー、鉄なので容器も重いですしー」

 

 さらに、後から調べて知ったが、生乳は水より若干比重が重い。だから取引単位もリットルじゃなくてキログラムらしい。とは言いつつも誤差の範囲ではあるが(1Lが1040g弱くらいらしいぞ)。

 それもスーツだしな、俺。と言い訳もそこそこにテーブルに並ぶ夕食に目が行く。まぁ、メニュー自体はとっても普通で、外食ばかりだった味覚に久しぶりに懐かしい感じを与えてくれた。

 

 

「DriveWeek毎回見てるんですよ。私も車がすきでねぇ」

「ありがとうございます」

「ランチアのフルヴィアってご存知ですか、アレを持ってるんですけど、今はもっぱら軽トラばっかりで」

「確かラリーに出てた……」

「そうそう! いやぁ、分かる人がいるって良いですねぇ!」

 

 と、夕食も済むとこうしてご主人と酒を交わしながらおしゃべりが始まるわけだ。

 それも話のネタが車ともなれば会話も弾む。ランチア フルヴィアはアルファロメオのジュリアなんかと同じ、60年代を代表するイタリアンスポーツの一台。独特な挟角V4エンジンのFFだ。丸目4灯のヘッドライトが愛らしい。

 ラリーでの活躍で有名だが、ザガートによる少し角ばったデザインのモデルもロードレースに出場し、優秀な成績を収めている。

 

 

「あまり詳しいわけじゃないんですけどね」

「いやいや、なにそれ、って顔されるよりもいいですよ。少し見に行きますか」

「ぜひ」

 

 ワインボトルとグラス、それからチーズを持ってガレージに向かう。

 ガレージもまた大きく、中にはミニバンや軽トラ、トラクターも収まっていたが、奥の方の一角だけ少し小洒落た空間ができていた。

 

 

「フルヴィアクーペ ラリー1.3HF。綺麗でしょう」

「ええ、本当に」

 

 小さなテーブルと椅子が2つ壁際に置いてあり、クルマを眺めるために置かれているのが一目瞭然だ。そこでワインをチーズと合わせつつ、クリームホワイトの優しい色した小さなクーペを眺める。いいなぁ。

 そんな贅沢な時間も長くなく、雫が呼びに来てあっという間に終わってしまった。うーむ、残念。

 

 

「プロデューサーさん、おはようございます!」

「うん? まだ5時だろ」

「はい!」

 

 朝から元気な雫に起こされ、渡されたツナギに着替えると早速駆り出される。もはや俺は何をしに来たのか。まぁ、コレもご飯と寝床の対価。もちろん働くが。

 俺に与えられた役目はトラクターで干し草のロールを持って帰ってくること。雫がやっていたことらしいが、今日は俺がせっかくだからと大きなトラクターに乗ることに。なんでも500kg以上あるロールをトラクターの前についたアタッチメントで持ってくるんだとか。

 後ろには前転しないためのカウンターウエイトとして荷台がくっついている。

 

 

「えっ、いや、俺初めてなんだけど」

「だいじょーぶですよー。私がいますからー」

 

 そう言われて押し込まれるようにトラクターに乗り込む。もちろん、ドライバーのぶんしかシートはない。適当にポジションを合わせると違和感に気づいた。ペダルが4つある。一つ多くね?

 

 

「ペダルは右からアクセルブレーキブレーキクラッチです。後は普通の車と同じですからー、はい、行ってみましょー」

「ええっ? ブレーキブレーキ?」

「ウチは繋げっぱなしですから、普通の車と同じようにブレーキを踏めば大丈夫ですー」

 

 よくわからんが、雫がキャビンに収まると教習所みたく俺の初めてのトラクター体験が始まった。

 

 

「はい、エンジンかけてー。副変速機はハイにしておきましょー」

「これか?」

 

 俺の右側に大量のレバーやスイッチが並んでいて、シフトレバーはオートマっぽいのにクラッチが付いてるし、それ以外にも大量のスイッチが整然と並んでいるのは乗用車じゃあり得ない光景だ。

 クラッチを踏んでエンジンをスタート。雫の指示通りにシフトレバーを動かし、アクセルに足を置くとストップがかかる。クラッチは使わずに走るらしい。何のためにあるんだかよくわからんな……

 昨日軽トラで走った農道をトラクターでのんびりと走る。8速に副変速3段の24段ギアで、副変速機の切替時にクラッチを踏むんだとあとで教えてもらった。

 牧草地まで30km/hでトコトコ走ると次に前に付いているアタッチメントを干し草のロールに突き刺す。コレが難しい。刺さりが甘いと抜けて転がり大惨事になりかねない。流石に素人にやらせるのはどうかと思いつつ、「ひと思いに突き刺しちゃってくださーい」という雫の声に従い、まっすぐ干し草の塊に突っ込んだ。時速3キロで。

 

 

「ちょっと見てきますね」

「おう」

 

 斜面の上から鉄棒の刺さり具合をみた雫が、手で大きな○を作ったのを見てからまた来た道を引き返す。

 あまり飛ばすと揺れて落ちるかもしれないの中速ギアでランニング程度の速度で帰る。その帰り道にブレーキペダルの使い方を教えてもらった。

 

 

「ブレーキは左右別々にかけられるんですー。なのでペダルが2つあるんですねー」

「へぇ、面白いな」

「はい。それで、コレをうまく使うと小回りができたり、ハマっちゃったときに抜け出したりできるんですー」

「デフロックみたいなもんか」

「よくわかんないですけど、多分そうですね」

 

 戻ると突き刺したロールを倉庫に置き(気合で引き抜くんだぜ?)、荷台に新鮮な生乳のバケツを載せて1往復すると朝のお仕事終了。

 朝ごはんを頂いているとちょうど撮影隊がやってきてアイドルの仕事始めだ。俺もかっちりスーツに着替えてプロデューサーっぽくお仕事だ。

 

 

「んじゃ、今日も頼むぜ」

「はい!」

「「よろしくお願いします!」」

 




限定しぶりん110回で出ました。ありがとうございます

限定TPは他にいないので寂しい限り…


GT SportのCBTに当たったので今日の夕方から全力で遊びに行きます

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