#1 Idols meet cars 〜鷺沢文香 速水奏 の場合〜
「取ってきたか」
「はい。美波さんに参考書もお借りしたので」
「これでまた一人免許持ちが増えたな。車のアテはあるのか?」
「家の車を一台こっちに持ってくる事になっています。初めてのドライブですね」
とある昼下がり。文香が少し上機嫌に俺のデスクに寄ってきたので前から聞いていた免許試験の事だとすぐにわかった。
試験自体は難しくないし、文香なら一発で通ると思ってたから心配はしてなかったが、その後に聞いたことが問題だった。
初ドライブで長野から帰ってくるのか……
「結構な距離だけど、大丈夫か?」
「不安ではありますが、奏さんを誘っているので」
「なんだろう、一瞬『なら平気だな』って言いかけた俺がいる」
「土曜日に新幹線で行って、日曜日に車で帰って来ようかと。前から奏さん、私の実家に来たがっていましたし、いい機会だと思いまして」
「なるほど。日曜は俺と武内さんのどっちかはオフだし、何かあれば呼んでくれていいからな」
「はい、ありがとうございます」
しかし、前々から文香と奏の仲が良いとは思ってたが、そこまでか。奏が着々と外堀埋めに行く彼女みたいで、なんか寒気が……
気のせいだよな?
「おはようございます」
「おはよう。待たせたかしら?」
「いえ、私も今来たところなので。奏さん、本当に良かったんですか? 軽井沢あたりでお買い物をして一泊でも良かったと思いますけど」
「いいの。せっかくの文香の誘いだもの」
土曜日のお昼前、待ち合わせの時間より10分早く駅に着いてしまいましたが、時計を見てから顔を上げると見計らったように奏さんが来ていました。
奏さんと出かけるときにはなぜか私の少し後に奏さんが「待った?」と言って出てくるのです。
「少し早いですし、お弁当を買って行きましょうか」
「そうね」
それから、お弁当を買ってお茶を飲んでいると、私達の乗る新幹線がホームに入ってきました。どうも、どこかで見たことのある感じがするのはなぜでしょう?
さて、道中は特に面白いものでもありませんでしたし、私の実家までのローカル線で、景色の変化を楽しむ奏さんが見ていて楽しかったのですが、私の視線に気づくと、すぐに目をそらして大人ぶるのが可愛らしかったですね。
最寄り駅に着くと、迎えに来ていた父の車で久しぶりの実家帰りです。
奏さんがいるからか、その日の夕飯はいつにもまして豪華なものでしたが、奏さんも美味しそうに食べていたので私まで嬉しくなってしまいました。
「ねぇ、文香」
「なんでしょう?」
その夜、明かりを落とした部屋で奏さんの声が聞こえました。
「急に押しかけるような事して、迷惑じゃなかった?」
「いえ、私もめったに家に帰りませんし、父も母も私が奏さんを連れて帰ってきて喜んでいたようですから」
私が誰かを家に呼ぶなんて、本当に何年ぶりでしょう? 出迎えた父も母も本当に驚いていましたね。
「ですから、奏さんはいつも通りにしていればいいと思います」
「そう、ね。ありがとう」
そう言って私の布団に潜り込んでそっと手を回してくる奏さん。私の前だけで見せてくれる姿が愛おしく、そっと手を重ねるといつの間にか眠りに落ちていました。
翌朝、久しぶりに母の作るお味噌汁を飲みましたが、いつものインスタントとは違って、優しい味のように感じてしまいます。これが母の味でしょうか?
ほうれん草の和え物に焼き鮭、絵に書いたような朝ごはんを食べ終わると部屋で今日のルートと東京に持っていく本を選別。ルート選びは日比谷さんから聞いていたメモを頼りに奏さんがしてくれました。
それを父に見てもらうと「車にナビついてるから」と言われてしまいましたが。
「それじゃ、気をつけてね。奏ちゃん、またいらっしゃい」
「ありがとうございます」
「次帰るのがいつになるかはわかりませんが……」
「いつもの事だろう。またお友達を連れてくるといい」
両親に見送られ、初めてのドライブが始まります。まだ昼前なので、明るいうちに東京に帰れるでしょう。
まずはお昼ごはんから、でしょうか?
「ギアをドライブに、サイドブレーキをおろして……」
「おお、怖いな……」
「それでは、行きましょうか」
「ええ。おじさま、おばさま、お世話になりました」
父の心配そうな目をよそに、ゆっくりとアクセルを踏むと、車はそろりそろりと動き出しました。
そして、狭い路地を抜けると少し広い県道に。ここで車の流れが一気に速くなりました。流れに乗る分には恐怖はありませんが、鬼門は高速道路です。
教習所ではシミュレーターでしかやっていませんし、プロデューサーさん達が口を揃えて「上信越は怖い」と言うのですから、自然と緊張してしまいます。
「ETCカードは……」
「入ってるわ」
「なら平気ですね」
無事に料金所を通ると、分岐を東京方面へ。このあとのルートは藤岡ジャンクションで関越道に乗ればあとは練馬まで関越道をひた走るだけです。
トンネルを抜け、橋を渡ればあっという間に碓氷の峠を超えられます。新幹線もトンネルを抜けるだけでしたが、昔は特急を機関車で押したり引いたりしていたというのですから、驚きですね。
「次のサービスエリアでプロデューサーが言ってた釜飯が食べられるわ。そこを逃すともう無いって」
「峠の釜めし、ですね。小さい頃は新幹線でも売っていたと思うのですが、なくなってしまったようでしたね」
「時々テレビとかでやってるわね。そんなに有名なの?」
「どうでしょう? マキノさんは日本の駅弁の代表格と言っていましたが」
なんでも50年以上の歴史を持つそうで、あの益子焼の釜は1合炊きの釜にもなるそうです。
ウインカーを出して減速車線に移ると、ゆっくりと減速。ここで急に減速すると後ろから追突されるとも言われましたし、長い上り坂ですから焦らず。
「混んでますね。どこかあいてませんか?」
「うーん。あの白い車の隣は?」
「空いてますね。うまく止められるでしょうか」
「不安なこと言わないでよ……」
教習所以外で車を停めるのは初めてですし、家で練習もしませんでしたから不安になるのも仕方ありませんよね?
一応リアビューカメラもついてますし、奏さんもいますから後方や左右の確認に不安はありませんが……
「そーっと、そーっと……」
「これって文香だから許されてるのよね……」
「何か言いましたか?」
「なんでもないわ。ほぼ真ん中、いいんじゃない?」
「ふぅ。なんだか緊張しましたね」
お財布だけもって車を降りると、左右を見てから小走りで道を渡って初めてのサービスエリアです。
お土産を買って帰ろうかとも思いましたが、母がいろんなものを詰め込んでくれたのでいいでしょう。お目当ての釜めしは時間もあって少し人が並んでいるようですね。
「奏さん、先に席を取っておいていただけますか」
「わかったわ」
数分待って釜めしを2つ買うと、お店の方に「重いけど大丈夫?」と心配されてしまいました。確かに益子焼の釜はそれなりの重さがありますが、大したことはありません。
尤も、奏さんに言わせると「幻滅する」らしいですが。
奏さんを探してから席に行くと、どうやら相席のようで、バッグが椅子においてありました。そして少し不機嫌なような奏さん。
「お待たせしました」
「ありがと。はぁ…… プロデューサーも心配しすぎだよね。こんなとこまで迎えを送るなんて」
「迎え、ですか? どなたが」
「あいさんと留美さん。昨日、文香がプロデューサーにメールしてたでしょ? それで予定を逆算して送り込んだってわけね」
「それは、ご心配をおかけしたようですね」
「私がいるから平気って、誤魔化せたと思ったのに」
「ふふっ。プロデューサーは最初からお見通しだったみたいですよ?」
一瞬だけ騙せたようですけど、やはり大人びて見えるとは言え、奏さんはまだ高校生ですし。そういうふうに見ると、子供がすこし背伸びをしているようで微笑ましいですね。そんなに歳が離れているわけではありませんが。
すこし拗ねた奏さんの前に釜飯と付け合せの漬物、お箸を回すと、小さく「ありがと」と言って紐を解き始めました。私も紐を解いて蓋をあけると、お弁当とはいえ、ほのかに温かい釜めしが姿を見せます。
「美味しそうですね」
「具がこんなに。食べ切れるかしら」
「その時は持って帰るか、私が食べますね」
それなりの量もあるので、黙々と食べ進めてしまいます。どうしても誰かとお話しながら食事、と言うのは苦手ですね。食べきってからゆっくりとお話を、というのが染み付いてしまっているようです。奏さんもそれを知っているので何も言いません。
しかし、集中しすぎるのも良くないようで、私達を迎えに来ていた2人が戻ってきたのにも気が付きませんでした。
「相変わらず黙々と食べてるね」
「食事中にべらべら喋るよりいいわ。ね、奏」
「ん、ええ。そうね」
「ほっぺにご飯粒ついてるわよ」
「留美さん、あいさん。いらしてたのですね。はい、取れましたよ」
「これは、天然かい?」
「ええ、恐ろしいことにね」
あいさんが何やら奏さんに囁いていますが、なんのことでしょうか? 奏さんの頬からご飯粒をとってそのまま口に入れてしまいましたが、なにかまずいことを……
「文香、あなたも罪な女ねぇ」
「そうでしょうか?」
「少なくとも、私とあいさんはそう思ってるわ」
私の知っている「罪な女」と、今の私はかなり違っているはずなのですが……
私の疑問をよそに留美さんはラーメンをすすりました。奏さんは半分ほど食べたところで蓋をして紐を締めているのでお持ち帰りでしょう。
30分ほどで奏さんの分も結局私が食べてしまい、移動開始となりました。留美さんとあいさんは留美さんの車で来たようで、2人で車に戻るとガソリンを入れてくる、と先に言ってしまいました。
私達は車に戻る前におやつと飲み物を買い、車に戻ると本線に合流する前に留美さんの白いスポーツカーが待っていたのでその後ろにつきました。
「先に行け、だって。ずっと後ろにいるから何かあればメールしてって」
「そうですか。では、行きますよ」
これから東京までは休憩なしです。予定では2時間ほどで着きますが、どうでしょうか。今のところ渋滞などはなさそうですが。
空いてたので合流も難しくなく、無事に本線に入るといろいろとスイッチを押してみることにしました。
もちろん、怖いので奏さんに取扱説明書を読んでもらいながら、ですが。
「奏さん、クルーズ・コントロールを使いたいのですが、どのボタンかわかりますか?」
「クルーズ・コントロール? ちょっと待って。えーっと、ハンドル右のボタンで速度を調整、"CRUSE"ボタンで定速走行開始」
「ボタン、これでしょうか」
「それね。ちゃんと前見てよ?」
試行錯誤しながらクルーズ・コントロールを現在の車速に合わせるとボタンを押し、そっとアクセルから足を離します。
「走ってますね」
「そうみたいね」
「一定の速度を保つのって意外と難しいのですが、これなら楽でいいですね」
「そうなの?」
「ずっと平坦なら一定の開度でいいからまだ楽ですが、上り下りがあると踏み足したり、離したりしないといけないので」
「へぇ、運転って結構難しいのね」
その後も燃費を見てみたり、ナビと携帯をつなげたりして色々と楽しんでいるうちに近づいていたジャンクションも道を間違えずに東京方面へ。その間ずっと留美さんたちの車は一定の間を開けてついてきていますが、改めて見てみると結構威圧感のある車ですね。留美さんのようなクールな大人の女性が乗るからこそ映えるのもあるでしょうが、私には乗れない車ですね。
「車ですか、私もいつか買うことになるのでしょうか?」
「でも文香はスポーツカーって柄じゃないわね」
「そうですね。乗るなら小さな可愛らしい車がいいと思います。奏さんはスポーツカーでもいいですけど、可愛らしい車でも似合うと思いますよ」
「そうかしら?」
普段はクールな奏さんが淡いピンクの小さなクルマに乗ってたりしたら、とても可愛いですよね。免許取得もそう遠い話ではないですし、奏さんの隣に乗ってみたいですね。
「次は奏さんの運転でドライブですね」
「えっ? そ、そうね。来年には免許も取れるし、行きましょう」
「なら、どこか遠くに。そうですね、温泉なんていかがですか?」
「いいわね。文香と一緒ならどこへでも」
「詩的ですね」
「ええ、素敵だわ」
3時前には高速を降り、留美さんとあいさんはここでお別れです。あとから聞くと、お二人は今朝はやく東京を出て長野で観光した後に待ち伏せていたそうです。軽井沢を出た時間は私達よりも遅かったのですが、どうして先にサービスエリアにいたのでしょうか?
それから、奏さんを送るとマンションに帰ります。車で帰るのはもちろん初めてで、車庫入れに苦労してしまいましたがなんとかまっすぐに停めて初めてのドライブは終了です。心配していたプロデューサーにメールしてから荷物をまとめ…… られなかったので部屋まで2往復してやっと一息です。
「こんど車の本でも読んでみましょうか……」
W7って、文香のR衣装にカラーリング似てません? 気のせい?
北陸新幹線での峠の釜めし車内販売は、金沢開業に伴って終わってしまったようです。
マキノさんは鉄子になっていただきました。SSR可愛いですね。引きませんでしたが(その後のバレンタイン飛鳥で爆死しましたよ、ええ)
今更ですが、留美M4はイメージとして3Ddesignのエアロキットフル組な感じです。あくまでリップスポイラーなのがポイント(カーボンバンパーがオートサロンで出てましたね)
エアロだけで70万、ビルシュタインのダンパーで65万、タイヤホイールで50万、チタンエキゾーストで50万ってとこでしょうか。
「詩的」と「素敵」は誤字じゃないですよ?