「真のヴァルハラを見る事になるだろうが」
「それに耐えられるか?我が友の愛は強すぎるゆえ」
一時間後、二人は互いに支え合って戻ってきた。出迎えたのは真耶だけで、千冬は恐らく千雨の容態を見ているのだろう。
二人を部屋に運ぶと、黒円卓のメンバー達が騒ぐようにして突撃してきた。
「フォル君!」
「サタナ!」
真っ先に入ってきたのは、ベアトリスと螢の二人だ。血相を変えて来たところを見ると、かなり心配していた様子だ。
「何をやっていたんですか!貴方達は!?」
「お姉ちゃんの言う通りよ!」
全くこの義姉妹には叶わない。俺達が喧嘩していた事を言えば、二人共、創造を使ってきそうな勢いだ。
でも、確かに俺と相棒は黄昏の女神に出会った。あのメルクリウスが熱を上げるものも無理はない、あれほど恐ろしくて、儚くて、美しい
あれこそが、黄昏の女神。今までどのような
俺達も「座」の争いから降りて、女神の覇道の容量を増やすという役割を担った。それほどまでに彼女を護りたいという気持ちになってしまった。
自分達も流出へと至ったが、神になる気は無くなっている。それでも隷属神に相当する仲間は欲しい。
あの下衆に黄昏を奪わせないためにも、その為に創造を使える人間や強き魂を求めているのだから。
「ごめんなさい・・・ベアトリスさん」
「すまねえ、螢」
二人が素直に謝ってきたのを見て、ベアトリスと螢の二人は呆気にとられ、ポカンとしてしまった。この二人が素直に謝るなんて珍しいからだ。
「・・・気色悪いですね」
「二人共、頭でも打ったのかしら?」
「ひでえ・・・」
「素直に言っただけなのに・・・」
ひどい言い草ではあるが、それ程までに二人の信用は低かったのだろう。二人は肩を借りつつ、手当てのために部屋を後にした。
「自業自得よね~」
ルサルカだけがその様子をニコニコした顔で楽しんでいたのだった。
◇
別室では拘束された状態かつ、千雨が手当てを受け終わった姿で眠っていた。無論、鎮静剤と安定剤を組み合わせた物を既に注射されている。
「何故だ、何故・・私や私が大切にしようとしたモノばかりがこんな目に・・・」
サタナに付けられた顔の火傷を詰りつつ、考える。自分はこの世界において頂点を極めたはずだった。誰もが自分を敬い、平伏してくる。
それこそ、真理であり当たり前の事だったはずだ。だが・・・。
「アイツ等が来てから全てが変わってしまった!!」
思わず口から出た一言、それは男性操縦者として現れた二人に対するものであった。一方は仕方ないにしても、もう一方は自分の弟であった。
その弟は自分自分達に牙ではなく、刃を向けてきており、更には人間ではなくなっていた。心のどこかで人間であったのならば元の家族に戻れるのではないかという希望的観測があった。
しかし、それを打ち砕いてきたのが、弟の相棒を自称するもう一人の男性操縦者フォル=ネウス=シュミットであった。
優しく声を掛けようとすれば、その裏にある本心を見抜かれ、力尽くで従わせようとすれば逆に返り討ちにされた。
この世界において自分を倒せる者は居ない、それこそが絶対的原則であった。だが・・・。
その絶対的原則を壊す集団が居たのだ。聖槍十三騎士団と呼ばれるドイツの軍人達である。
実年齢は千冬の倍以上、しかし彼らに年齢という概念はない。死という名の断崖の果てを共に飛び越えよう。
その号令を聞きつつ幾千幾万の戦争を!敗北など認めない、何度も敗北のゲットーに囚われているのならば私が開放してやると己が声を聴く者達に告げた。
私と共に勝利を掴み取るまで進軍しようと。
首領である黄金の獣によって与えられた不老不死と名の付いた祝福、つまりはギフトである。ギフトを受けた一般兵士達は魂の密度が足りず、肉の身体を失ってしまったが、骸の姿を受け入れ勝利を欲する本能のみの存在となった。
その上位兵とも言えるのが、黒円卓の面々である。人としての姿を持ち、それぞれが魔名と呪いとともに勝利を目指す者達、円卓の騎士達に因んでの名前なのだろう。
数百年前に黄金の獣の鬣となった魂は今も生きており、勝利を目指すため遠征を繰り返す。その圧倒的軍勢に一部となったのが男性操縦者の二人。
愛を知らない二人は、初めて自分に向けられる無償の愛を知ってしまった。それは支配者の愛ではあった、支配と理解していてはいた、だがそれでも己に向けられた無償の愛を誰が拒めるのか?
況してや、愛されるはずであった家族から見放され、人間の闇とも言える部分しか見てこなかったのだから。
千冬は改めて自分の弟を奪い、妹を傷つけた黒円卓への復讐を考え始めていた。無論、間違った方向への力の信仰と世界が許容してしまった事によるものだが。
「必ず消し去って・・・!?」
瞬間、フォルとサタナの二人が帰還してきた場所を中心に地響きが起こる。そこから光があふれているが、美しいとは感じなかった。
逆に何か得体の知れないものがやってきたような予感と共に、千冬は部屋を後にし揺れの起こった場所へと向かった。
◇
[推奨BGM ゲームDies_iraeより{Götterdämmerung}]
「卿等、久しいな。私も卿等が至った事を我が友と共に見ていたぞ」
「「はっ・・・!」」
それは黄金だった。男性として人間の完成美とも言える均衡の取れた姿、溢れ出る気品、心の奥底まで見抜きそうな眼、それを象徴する黄金色の長髪。それらを兼ね備えた人間、いや・・魔人が今、目の前に現れている。
黒円卓の面々、サタナとフォルも忠誠の意を示す礼節の姿勢を取っている。そう、今この場にいる存在こそが、聖槍十三騎士団・黒円卓第一位、破壊公、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒである。
揺れが起こった事で、一般の生徒達も出てきてはいたが、ハイドリヒの持つ黄金のオーラに当てられ、全員が失神してしまっている。五人の代表候補生達は別世界の力。星の守護、邯鄲の盧生、原罪の具現、天使の加護、平行世界における座の自滅因子たる畸形嚢腫の力の一部である天魔覆滅、これらが黄金の波動から身を守っていた。特に天魔覆滅の力を持つ箒がいる事で一般生徒達が守られている。
これは黄金の獣の波動と天魔覆滅の波動が同質である故に可能になっている事だ。無論、質と量は圧倒的に黄金の獣が勝っており、箒は学園のみんなを死なせないという想いによって、かろうじて守護しているに過ぎない。
「ほう?私と同質の存在がいるのか・・・これは、未知だな。卿等には感謝の意を伝えよう、新しい未知と出会えた」
「あ・・・あ・・・」
「な・・・ぁ・・・・」
「う・・あぁ・・・」
「怖い怖い怖い怖い怖い・・・・!」
「ぐ・・・・な・・ん・・・だ。こ・・・れが・・・」
代表候補生達は全身の震えが止まらない。否、それ以前に自分達が消滅しない事自体が不思議で仕方なかった。
特にドイツが母国であるラウラにとっては出会いたくはあったが、これ程までに恐怖を感じる相手だとは思わなかったのだ。
千冬以上の圧倒的な実力差、それをオーラだけで感じ取ることができる。自分達が蟻だとすれば、目の前の男は大型の肉食恐竜に例えることが出来る程、差が開きすぎている。
確かにこの男は魅力的で神々しい。だが、その光に暖かさはない、一度支配されてしまえば抜け出せなくなるほどに呪いめいた魅了をもっているのだから。
「御身が城の外へ赴くとは珍しい事もありますな?獣殿・・・?」
いつの間にかその隣に影法師のように現れた男が居る。それは聖槍十三騎士団・黒円卓第十三位、カール・クラフトだ。
黒円卓の双首領が出揃った瞬間、更なる圧迫感が場を支配する。異なる世界の異能を身に付けた代表候補生5人の膝が笑い過ぎている程に笑い続けている。
「これはこれは、なるほど。懐かしい感じがすると思い、来てみたのだが・・・前々代の座が作り上げた世界の力を持つ者、此処とは全く異なる平行世界の加護を受けた者達とは・・・くくく。素晴らしき未知だ・・・ああ、我が息子以外でこのような未知を見せてくれる者が居ようとは・・・」
まるで狂言回しをしているかのようにカールは言葉を紡ぐ。存在が薄いはずなのにこの男の言葉は砂が僅かな水を完全に吸収してしまうように、心の奥底まで浸透してくる。
「何の用だよ、詐欺師」
「随分な言い方だ、篠ノ之束。獣殿が下界を見たくなったと言ってきたのでね?付き添ってきたのだよ」
「何を言う?カールよ。未知とあっては、自ら出向かなければ味わえぬ、そうであろう?」
「その通りでございますな、これは失礼しました・・・」
何気ない会話だが、誰一人として話しかけようとする者はいない・・・いや、話しかける事は出来ない。ラインハルトが黄金の獣と称されるなら、隣にいるカール・クラフトは銀、それも蛇である。水銀の蛇というのがしっくりくるだろう。
久々の「外」を満喫していたが、その穏やかさを奪う者が二人の前へと現れた。
◇
それは千冬だった。手にはISのブレード、打鉄が使用する刀が握られている。それを見て黒円卓に所属している女性の面々、男性操縦者の二人、そして代表候補生達は何をするのかを察した。
「あの野郎、俺がヤキを入れたのに反省してなかったのか!?ハイドリヒ卿!」
フォルが声を初めて黄金にかけて、再び自分が制裁すると名乗りを上げようとしたが、黄金は優雅に手を上げ、彼を制した。
「よい、あれほどまでに己の憤怒を持った魂も珍しい。私に向けられた憎悪・・・それすらも愛しく感じるのだ、故に手出しは無用」
「は・・はい!」
流出という位階に達しても黄金への忠義は変わらない故、大人しく引き下がった。わずかに怯えがあったのも事実である。
「お前が・・・黄金か!お前が・・・お前が一夏を変えてしまった!私がお前を殺してやる!!
「ちーちゃん、ダメ!!」
「止めるな、束!!覚悟しろ!はあああ!」
刃を剥き出しにしたまま、束の静止も聞かずハイドリヒへと千冬は突進していく。突き殺そうとするのではなく刀を振り上げ、切り殺そうと刃を振り下ろした。
その様子を見て、代表候補生達は声を上げられず、ハイドリヒが切られたのだと思った。だが・・・。
「・・・・・っ!?な、何・・・・!?」
「これが・・・卿の渾身の一撃かね?」
ハイドリヒは千冬の刃を受け止めるどころか、その場から身じろぎ一つせず、刃をその身に受けている。数百万以上の魂を喰らい続けている黄金の獣の肉体は肉体そのものに限らず、対物理・対魔術・対時間・対偶然と言ったあらゆる魔術的防御力を施されており、常人では考えられない程に堅牢となっている。
刃を受けたラインハルトは直立したまま優雅な姿勢を崩さず、フォルの隣にいるもう一人の男性に視線を向ける。
「サタナよ、卿の姉であったこの者に私の愛しかたを教授するが、構わぬな?」
「はっ・・・ハイドリヒ卿のご随意のままに!」
一夏、いや・・サタナは最早、元姉であった千冬に何の感情も抱いていなかった。周りからは人間ではなく付属品として扱われ、家族間では命令を素直に聞き続ける人形として扱われてきた。
一般論を語るのであれば、育ててもらった恩を仇で返すのかなどという言葉も出てくるだろう。だが、都合の良い人形のような扱いをしていた相手の元へ誰が戻るのであろうか?
表面上の優しさや反省に騙され、何人もの子供やサタナ達と同年の男女が亡くなっている事を鑑みれば、一般論を言い放ってくる人間は騙されやすい部類に入ってしまうのだ。
「!?」
千が振り下ろした刃は肉を切り裂かない。逆に優雅とも取れる動きで刀身に触れる。まるで、所有物を愛玩するかのように・・・。
「哀れな・・・東洋の剣の鋭さは櫻井の偽槍で知ってはいるが、これ程までに担い手に恵まれぬとはな」
触れた先から徐々に刃へ亀裂が走っていく。己が持つ武器が少しずつ破壊されている、その理由がわからない。
だが、自分が刃を向けた男は優雅さを纏ったまま薄く笑みを浮かべつつ、口を開いた。
「私は総てを愛している。それが何者であれ差別なく平等に」
「何だと?」
総てを愛していると確かに言った。何者であろうと変わらず愛してやると、千冬の怒りはそれを聞いて怒りが頂点に達した。
何が総てを愛しているだ!こんな傲慢かつ、上から見下ろして見下しているような男に私が負けるはずがない。
その思いとは裏腹に千冬が手にしている武器の刃は悲鳴を上げているかのように、亀裂が走り続けている。
「織斑千冬。卿の業が強さならば、私の業は破壊だ。総てを壊す。天国も地獄も神も悪魔も、森羅万象、三千大千世界の悉くを」
「何を・・・馬鹿な」
ラインハルトの愛とは破壊である。黒円卓に属する人間ならば理解できるが、人間の世界に住んでいる千冬には理解がつかなかった。
愛しているから壊す。美しいと思うから壊す。愛でたいと思うから壊す。触れたいと思うから壊す。抱きしめたいと思うから壊す。
破壊によってしか、知覚出来ず、己の愛を伝える事が出来ない。何故ならラインハルトは強すぎるから。
時代でも世界でもない。神域とも呼ばれる場所にしか居る事を許されず、己の城とも呼べる空間において初めて全力を出す事が許される。
それ程までの相手に自ら挑んでいった千冬は無謀としか言い様がないとも言えるだろう。瞬間、千冬の刃が完全にへし折られた。
「な・・・・!」
「恐れで私は倒せぬよ」
瞬間、千冬はラインハルトに首を捕まれ、持ち上げられていた。女性とはいえ成人した人間を軽々しく持ち上げている。こんな力が何処にあるのだろうか?
「ぐ・・・があ・・・・あっ!」
「卿の魂は良いエインフェリアになるであろうな。だが・・・ブリュンヒルデをヴァルハラに連れてゆくなど皮肉ではないかね?」
「な・・・にを・・・言・・・って」
そのまま首り、破壊しようとするラインハルトにカールは歩み寄り、腕に手を添えた。細く弱々しい腕だが、それでも止めていることに変わりはない。
「なんの真似かな?カールよ」
「私としてはこのまま見ていたいのだが、ここでブリュンヒルデを亡き者にしては、我が女神が憤怒しましょう。下手をすれば刹那の断頭台が再び来ますぞ?」
「ふむ・・・」
考え直したかのように手を離し、ラインハルトはふわりとわずかに浮かび上がる。千冬は酸素を求めるように咳込み、同時にフォルが千冬に大声を上げた。
「げほっ・・げほ!」
「テメェ・・・少しは改心したと思えばハイドリヒ卿に刃を向けやがって!俺が直々にぶっころ・・っ!?」
飛び出そうとしていた瞬間、ハイドリヒ直々にその肩を軽く掴んでいた。その力は人間が蟻をつまむくらい優しいものである。
「よい、この者を怒りを私は愛しく感じている。卿が出るまでもなかろう?」
「は・・・はい」
ハイドリヒ卿が直々に止めて来たのなら従うしかない、双牙であるこの身はハイドリヒ卿に忠誠を誓っているのだから。
「ぐ・・・・なぜ・・・」
千冬はその場でハイドリヒを見上げる事しかできなかった。己は絶対的と信じていた戦乙女が黄金の獣を前に惨敗したのだ。
「うああああ!」
「1対1に慣れすぎているようだな。それでは生き残れん。では、卿に戦というものを一つ教示してやろう」
そう、言葉にするとハイドリヒは何かを合図するときのような仕草をした後、手を軽く前へ振り合図した。
何もなかったはずの空間から、何かが出現する。大量の戦車とパンツァーファウストと呼ばれる武器の砲口が千冬に対して向けられている。
「切り抜けて見せろ・・・第9SS装甲師団(ホーエンシュタウフェン)第12SS装甲師団(ヒトラーユーゲント)」
本当の戦場という名の大波が千冬に大挙として襲いかかってくる。戦車から放たれる砲撃、その戦車を破壊する為に開発された武器。
だが、もっとも恐ろしいのはラインハルトの指揮能力と軍勢の得意とするものを充てがう掌握力だろう。
それを知った今だからこそ理解した。この男は戦争そのもの、一人の騎士が軍勢に向かって行って勝てるのか?と問われれば答えは否。
なんて自分は馬鹿げた行動をしてしまったのか?一時の怒りに任せて、戦争そのものに個人で挑むなど愚の骨頂、愚かの極み。
「くそおおお!」
砲撃の雨の中、千冬は叫ぶ事しかできなかった。それを見ているカール・クラフトは薄く笑みを浮かべている。
「ブリュンヒルデが炎の雨の中で焼かれる・・・か。くくく・・・皮肉すぎて退屈してしまうぞ」
逃げ惑いつつも戦おうとする千冬の姿にカールの心中は、まるで何度も見返した演目を見ているようで飽和している。
唯一の未知もすぐに霧散してしまった。ああ、なんと残念だ・・・未知が残っていながらも砂の城のように消えてしまった。
これでは足りぬのだ・・・女神が統制している中、また新たな相手が必要なのだ・・・故に・・・。
彼女にはまだ役者を続けてもらわねばならん・・・この世界の物語を飾るフィナーレとして。
ひ、久々に書けた。
このところアイデアに悩みすぎて筆が進みませんでした。
他の作品も頑張りますので!