「危険だ、これは危険な兆候だ」
「女神以外に統治は許されん」
「台本を修正しなければなるまい」
演説・水銀の蛇
ISを束にあずけた後、サタナとフォルは学園へと戻りルサルカとベアトリスの二人と合流した。
二人によれば暴走事故によりトーナメントはデータ収集の為、一回戦のみ行ったそうだ。
「それにしても、螢がこの学園に転校してきたのにはびっくりしたんだからね?」
「それはコッチのセリフ。お姉ちゃんがIS学園に居るなんて本当に驚いたもの」
あれから螢は転校生メンバーの輪に入ってきていた。一番の要因はやはりベアトリスだろう。
血の繋がりがなくとも実の姉のように慕っているともなれば一緒にいたいというのが当然の事。
「とりあえず腹減ったな。食堂へ行かねえか?時間も無くなりそうだしよ」
「相棒に賛成だ。俺も腹が減っていて」
「全く、男の子だから仕方ないけどね~?」
「私もお腹空いてましたし、一緒に行こうか?螢」
「うん!一緒に行くわ」
メンバー全員は食堂へと移動するとすぐに食券を購入し、料理の乗ったお盆を手に席へと着いた。
「美味しい!この学園の料理ってこんなに美味しいの?」
螢の驚きにベアトリスは笑顔で応えた。
「この学園は世界各地から来てるからその為じゃない?」
「国々に合わせなきゃならねえしな。美味くなくちゃ意味もねえ」
フォルはちょっとだけ言葉を発するとカツ丼を一気にかきこんだ。
「あの・・・」
メンバーに声をかけてきたのはシャルルだ。今はまだ性別を男と偽っているため男物の制服を着ている。
「な~に?ああ、シャルル。相席なら構わないわよ?」
「うん、ありがとう!」
「私の隣が空いてるから」
ルサルカは笑顔で椅子を引き、シャルルに座るように促した。
「(それで?アンタどうするの?このままでいるつもり?」
今の境遇の確認の意味も含めてルサルカはシャルルに小声で話しかけた。
「(改めて女の子として入り直すつもりだよ?いつまでもこのままじゃいられないからね)」
「(時間が必要なんでしょ?それまでは合わせてあげる)」
「(ありがとう、ルサルカ)」
シャルルがお礼を言った時点で二人は会話を切った。
◇
食事を終えた後、ベアトリス、ルサルカ、螢の三人は部屋へと戻っていった。
フォル、サタナはシャルルと共に部屋へ戻ろうとしていた。
「あ、三人ともまだ居たんですね。ちょうど良かったです」
「山田先生?おつかれっす!」
出会したのは副担任である真耶だった、様子からして三人を探していたのだろう。
「どうしたんです?俺達に何か?」
「あ、そうでした!実はですね、今日から男子の大浴場使用が解禁です!」
「おお!マジかよ!?ありがてえ!」
フォルは大喜びしていたが視界にシャルルが入った途端、冷静になった。
フォルとサタナはシャルルの本当の性別を知っているために下手な発言は出来ない。
「あー、その山田先生?すぐに入らなきゃダメですか?整備とかがあったんじゃ?」
「実はですね、元々ボイラーの修理と整備を同時に済ませていまして、ちょうど今日で完了したんです!」
真耶の勢いに三人はたじろぎ、苦笑した。いかにも早く入れと言わんばかりだ。
「ですから、三人は着替えを持って来て一番風呂を堪能して来てください!大浴場の鍵は私が持っていますから!!」
コレには参った、逃げ道がなく鍵は山田先生が持っている。完全にシャルルが男だと思っている為に本当のことは言えない。
「んじゃあ、一度部屋に戻りますから大浴場前で待っててもらえますかね?」
「分かりました、ですけど早めに来てくださいね?」
その言葉を聞いた真耶はその場を去り、三人だけが残された。
「まいったな。こりゃあ」
「ああ、けどシャルルも一緒に来ないと怪しまれちまうぞ?」
「あうう・・・・」
部屋に戻った後に三人は大浴場へと赴き、風呂に入ることにした。
方法としてはシャルルが最後に来ることとサタナとフォルは身体をすぐに洗い流し、湯船に入るという方法を取った。
「なぁ?相棒。これって、温泉か?」
「さぁ、温泉だったらすごいけどな」
サタナとフォルは入口に背を向けて湯船に浸かっている。今のところ男二人な為、お互い聞きたい事を話し始めた。
「なぁ、サタナは気になる奴(女)っているか?」
「急になんだよ?」
「ちょっとした好奇心だっての」
「そうだな、いつものメンバーなら俺はベアトリスさんかな」
「へぇ、世話焼きな年上好きなんだな?」
「う、うるせよ!なら、相棒はどうなんだよ!?」
「俺か?そうだな・・・俺は櫻井だな、アイツは良い女だ。きっとな」
「櫻井さんかよ?あの人、かなり気難しそうだけどな」
「そうか?案外、素直になれなくて直球に弱いタイプだと思うけどな?」
そんな男にありがちな会話をしているとカラカラと入口が開く音がし、二人は会話を切った。
「二人共、ごめんね?気を遣わせちゃって」
「かまわねえさ。このくらいは普通のことだろ?」
「ああ、だな」
シャルルは身体を洗い流し、湯船に入ってきた。流石に年頃の男二人に年頃の女の子がいるという危うい状況である。
もっとも、この状況でシャルルをどうこうしたいという気持ちは男として無いとはいえないが、それを理性で耐えている。
「僕はもう自由なんだよね・・・お母さんもふたりが助けてくれたし」
「あくまで俺達は自分の都合で動いただけさ」
「ああ、結果的にはシャルルの実家を壊しちまったからよ」
「シャルロット・・・」
「「え?」」
「シャルロット、それがお母さんがつけてくれた本当の名前・・・」
「そっか、いい名前じゃねえか」
そう言うとシャルロットは黙ってしまった。この状況と気恥ずかしさも加わったからだろう。
「んじゃ、先に上がるぜ?ゆっくり疲れを取りな。ああ、そうだ。シャルロットは目を瞑っとけ扉の音が聞こえたら目を開けな」
「ちょ!相棒!?俺も行くぜ!外で待ってるからな。シャルロット」
「うん、わかった。それと目を閉じたよ」
シャルロットがそう言うと同時にフォルとサタナは湯船から上がり、脱衣所へ向かっていった。扉が閉まる音と共にシャルロットは目を開ける。
「二人共、本当にありがとう。でも、ずるいなぁ・・・好きになっちゃいそうだよ」
シャルロットは湯船の湯を手ですくい、すくい取った湯の流れが終わるまでずっと見ていた。
◇
自分の部屋に戻るとフォルは一瞬で嫌悪を顔に出していた。その原因が自分の目の前におり、一緒にいたサタナも嫌悪を顔に出している。
「そんな顔をしないで貰いたいな。君達に用があるのだから」
「こっちとしてはさっさと要件済まして欲しんだけどよ」
「相棒に同意する」
その原因とは副首領であるメルクリウスだ。何故か外套姿で緑茶をすすっている。
「篠ノ之束からの伝言だよ、学園の臨海学校の時に調整を終えたISを持って行くとの事だ」
「束さんが?」
「ああ、私すら伝言役に使うとは流石としか言いようがないがね」
「むしろなんで伝言役やってんだよ、アンタが」
「無論、それは我が女神の」
「「それはもう何度も聞いたから大丈夫!!」」
「解せぬ・・・」
女神への愛を語ろうとしたメルクリウスだったが、二人の真顔での返しに言葉を止めた。
「で、束さんからの伝言は聞いた。他には?」
「ああ、これは個人的な忠告だが刃の雨に気をつけたまえよ?」
「刃の雨ねぇ・・・」
「それと、婦女子との湯浴みはいかがだったかな?」
「「なっ!?」」
そう言い残し、メルクリウスは居なくなってしまった。二人はひと呼吸おいた後。
「「やっぱり・・・メルクリウス、超ウゼェエエエエエエエエ!!!!!」」
◇
翌日、これといった変化はなく通常通りのHRが始まっていた。一人の人物が入ってくるまで
「おはようございます。今日は皆さんに転校生を紹介します・・・というか、皆さんも知ってるといいますか・・・」
真耶はひどく落胆しており、元気がなかった。
「それでは・・・入って来てください」
「失礼します!シャルロット・デュノアです!改めてよろしくお願いします!」
「えっと、デュノア君はデュノアさんでした。ということです・・・はぁ・・」
「(ああ、本当の性別を明かしたのね)」
「(自由になったんですね。強引な方法でしたけど)」
ルサルカとベアトリスも元から性別を知っていた為に比較的冷静だ。
「え?デュノア君って女?」
「美少年じゃなく美少女だったこと!?」
「ちょっと待って!昨日って男子が大浴場使ったわよね!?」
ここで盛大な爆弾を投下され、サタナとフォルは少したじろいだ。
「相棒・・!」
「言うんじゃねえ、逃げるぞ!」
アイコンタクトのみで会話すると急いで教室を出ようとしたが。
「フ・ォ・ル・君?ちょっとお話したい事があるんだけど?」
「さ、櫻井?」
「サタナァーーー!!」
揺らりと形成状態で近づいて来る螢と、教室のドアをぶち破って現れた鈴。
ああ・・・ここで終わったな、創造を使えば逃げられるが逃げたら逃げたで面倒になる。
「死ねぇーーー!!」
怒りの衝撃砲と緋々色金。これにはもう逃げ場無いなと覚悟を決めたが何も来なかった。
理由は直ぐにわかった。ラウラがISを展開しており、AICで衝撃砲を緩和し緋々色金を止めていた。
「ラウラか?お前・・・」
「なんで俺達を?それにISの修理がこんなに早く終わったのか?」
「コアは無事だったからな。予備パーツで組み直し、調整もしたのだ」
ラウラからの返答に納得し、少しだけ気を緩めた矢先にラウラはサタナにキスしようとしたがそれを避けた。
「嫁よ!なぜ避ける!?」
「気を緩めた矢先にキスする奴がいるか!それに男は嫁じゃなく婿だろう!嫁ってのは間違ってるぞ!」
「む?そうなのか?」
「ああ、誰に吹き込まれたのか知らねえが間違ってんぞ?その知識。後、ISは解除しとけ」
「わかった」
サタナとフォルに説得されたラウラは大人しくなり、またラウラに止められて冷静になったのか、鈴もISを解除し蛍も形成を納めた。
◇
その頃、屋上には一人の女生徒、篠ノ之箒が携帯電話を持って立っていた。
『それなら先ず、目を背けるのを止めることよ。背けても結局は自分に付き纏っている。それなら逃げずに受け止めて向き合うことが第一歩になるから』
タッグトーナメント時、蛍に言われた言葉を思い出しながら電話帳を開き、一回もコールしたことのない例の番号をプッシュする。
数回のコールの後、電話の相手がハイテンションで話しかけてくる。
「もすもす?終日?」
「ふざけてるなら、もういいです」
「わー!待って待って!!」
電話の相手は篠ノ之束、篠ノ之箒の実姉だ。箒自身にとって正直、良い印象を持っていない。
「それで?要件は何かな?」
「姉さん、私だけのISを下さい」
「それは構わないけど、一つだけ聞かせて?」
「はい」
ふざけた様子のない束の声に箒は気を引き締める。向き合うと決めたのだから自分が逃げる訳にいかないからだ。
「箒ちゃんはなぜ、ISが欲しいのかな?」
「私は
「60点だね。でも、ISは渡してあげるよ」
束の厳しい評価に一瞬、反論しそうになるが箒はそれを堪えた。喧嘩のためじゃない、自分が歩み寄る為に電話したのだと言い聞かせて。
「姉さん、まだお願いがあります」
「何かな?」
「私がISと共に成長していけるよう、ISに枷をつけてください」
「!!!!」
束はまるで天地がひっくり返ったような衝撃を受けた。自分の妹が、力に溺れやすい妹が枷を要求してきた事に。
「箒ちゃん、本気!?」
「本気です。私は姉さんの妹ですが、姉さんじゃない。私は私なんです。やっと気付いた事ですが、私はISと姉さんから目を背けていました」
箒は向き合う為に自分自身の言葉を姉に伝えていく。螢と出会い、フォル、サタナ、代表候補生達の戦いも見てきた。
自分は家族と離れた原因であるISを嫌悪していた。だが、姉やISが悪いのではない。実姉の夢を自分の力だと勘違いしている者達が悪い。更には自分が向き合わなければ解決しないだけだった。
向き合って、何が悪いのかを自分の目で見て知ろうとしなかった、ただそれだけのことだ。
「この電話だって私の自分勝手な行動です。私は企業に所属してるわけでも、代表候補生でもない。結局は姉さんに甘えてISを頼んでますから」
「箒ちゃん・・・」
「姉さんはきっと最高のISを用意してくれると思います。けど、それではまた私は力に溺れてしまう。だからこそ枷を付けて欲しいんです」
束は更に驚いた。箒は自分の行っている事、姉である自分の総てと向き合って話している。
ただISが欲しい、力が欲しいと言われても自分はそのまま妹のワガママを叶えただろう。
だが、今の妹は姉である自分と向き合い、己の立場を理解した上で話しているのだ。
「わかったよ、箒ちゃん。けど約束してくれる?」
「なんですか?」
「聖槍十三騎士団とは関わっちゃダメだよ?それと」
「分かってます、私は人間ですから」
「うん、会うのを楽しみにしてるね?箒ちゃん」
「私もです、会えたら姉妹でゆっくり話しましょう?
電話を終えて、箒は堪えていた涙を流した。悲しかったのではなく嬉しかったのだ。
自分が歩み寄っただけでこんなにも家族と話す事が出来た自分が誇らしかった。
「もっと早く、気づきたかった・・・・うあああああああ!」
誰もいない屋上で箒はひたすら泣き続けた、今までの自分と決別するかのように。
◇
「箒ちゃん、しっかりしてきたね」
束は妹の成長に笑顔を浮かべながらコンピューターのキーを叩いていた。
「成長型のリミッタープログラム。これを組み込めば紅椿は第三世代と変わりは無くなる」
一瞬の迷いを振り払って、束はリミッタープログラムを紅椿にインストールした。
「箒ちゃんの決意を確かに受け止めたよ。箒ちゃんが成長すればリミッターは解除されていく」
「私は・・・[誰もが幸福になれる世界になればいい]と思うけど。今の束さんじゃ説得力は無いね」
「宇宙へ行きたいけど、行くだけなら誰でも出来る。それならこの宇宙を統治してるモノに会えるように!」
束は己の渇望を自覚することなく、新たな先を口にしていた。
「戦乙女に魔女、それから獅子心も完成してる。皆、力になってあげて」
束の視線の先には3機のISが待機状態で置かれている。それぞれが剣、杖、日本刀のペンダントになって置かれている。
これはフォルとサタナのISである剣戟と鏡花の戦闘データから、束が紅椿を完成させる過程で作られた機体だ。
「騎士団に所属してる三人のための機体だけど、やっぱり枷になっちゃうね。でも、自分の身体のように扱えるよう調整したし、癪だけど創造に耐えられる程度の魔術防御もあの詐欺師からしてもらった」
束は城に来てから創造の強さに耐えられるISを開発しようとしたが、全くの徒労だった。
創造は使い手の内側へ向かうものと、外側へ向くものとあるがその圧力に量産機のISでは耐えられないのだ。
一度だけラインハルトに口利きを頼み、エレオノーレに協力してもらった実験結果によるものである。
鏡花のデータによって専用機でギリギリ耐えられるレベルなのを判明させた。
「何でだろう?束さん、ISの有用性を知らしめたかったのに、今は世界を変えたいと思ってる。皆、ISも幸せになれるようになればいいって」
自分の考えの変わりように混乱しつつも束はキーボードのキーを叩き続ける。
「カール・クラフトは言ってた、科学と魔術は似ている。ゆえに構造は君が思ってる以上に簡単だって、アイツに舐められたままで終われるか!」
束はカール・クラフトが、心底気に入らなかった。魔術においては自分を凌ぎ、工学においてしか自分が先に出ている物はなかった。
それだけではなく、カール・クラフトはありとあらゆる分野において博士号クラスの理論をいとも簡単に提案してくる。
極めつけが既知という言葉、彼はこの世界の全てを知っている。いや、知りすぎているのだ。
考えれば考えるほど正体が掴めない、自分が理解できない存在。
「一体、あの詐欺師は何なんだ?まさか人を超えた存在?まさか、ね」
己の推測は一つの予想でしかない、そんな考えを科学者である自分が持っては矛盾してしまう。
そんな考えを振り払うかの様に束は騎士団用のISの調整に取り掛かった。
「大丈夫だよ」
「きっと幸せになれるから」
「喧嘩したって仲良しだもの」
「だから、諦めないで」
演説・黄昏の女神