「千の雨は血塗られた刃に敗れ、蒼き雫は境面の模倣者によって囚われた」
「この先がどうなるか・・新たな未知となるか」
「もう一人の戦乙女も動きそうだ」
「さぁ、戯曲が始まるよ」
演説 水銀の蛇
ピットへと戻ったサタナを待っていたのは不機嫌な顔をしたフォル、何でアンタが此処にいるの?と言いたげなルサルカ、呆れているベアトリスの三人だった。
その理由は単純明快、ピットには織斑千冬が許可もなく勝手に入ってきていたからだ。
隣には副担任の山田真耶がおり、少しオドオドした様子で落ち着きがない。
「サタナ、フォル。お前達のISを渡せ!こちらで解析するよう命令を受けた」
「はぁ?何を言ってんだ?解析をするならデータ提供はしてるだろ?いきなり乗り込んできて渡せとか意味わかんねーっつうの!!」
「いいから渡せ!これは学園命令だ!」
フォルの言葉に怒り心頭になりながら千冬は二人から強引にISを取り上げようとしている。
「さぁ、大人しく渡すんだ![一夏]」
「っ・・・」
千冬からかつての名前で呼ばれたサタナは顔を青くし、小刻みに震えている。
姉に対し何らかのトラウマを受けていたのではないかと思わせる程の震え方だった。
「ちょっと~、サタナは渡す気はないんだから諦めたら?」
「部外者は引っ込んでいろ。これは私とサタナ、フォルの問題だ」
「勝手に部外者扱いしないでください。これでも二人の世話役なんですから!」
ジト目で睨むルサルカと怒りを抑え気味のベアトリスがサタナを守ろうと千冬に反論する。
「さぁ!渡せ!!」
「・・・・くっ」
サタナが待機状態になっているハルバートのペンダントを渡そうとした時、千冬の腕が掴まれ止められていた。
「いい加減にしろよ?ブリュンヒルデ!てめぇ・・・相棒を人形と勘違いしてやがるんじゃねーのか?」
止めていたのはフォルの手だ。その力は強く、ちょっとやそっとでは外すことが不可能なほどに握られている。
「ぐぅ!は、離せ!!」
「離さねえよ、コイツはお前の弟じゃない。此処にいるのは聖槍十三騎士団黒円卓所属、サタナ=キア・ゲルリッツだ。お前の家族じゃない」
「違う!サタナは・・・コイツは私の弟だ!!」
「ふざけた事を言ってるぜ。コイツの苦しみを理解せずに何でも言う事を聞くお人形さんにしか思わなかった相手を今更ながら弟だ、やれ家族だァ?滑稽過ぎて笑えてくるっつうの!」
「何だと!?」
フォルの言葉が冷酷に千冬へと突き刺さる。今まで自分のしてきた仕打ちが間違っていたのだと真っ向から口にされたのだ。
「自覚がねえのか?反吐が出るぜ!てめえは教師でもなんでもねえ!ただブリュンヒルデという栄光を着飾って好き勝手してる暴君だ!はっ!神話のブリュンヒルデに同情したくなってくる」
「貴様ッ!」
掴まれていた腕を強引に引き剥がし、フォルへ向かって千冬は拳を放った。その拳をフォルは避けようともせずまともに顔面へと入った。
「これで大人しく・・・何!?」
だが、フォルは平然としていた。殴られた箇所から血も流さず、真っ直ぐに千冬を見ている。
「一発は一発だ・・・・オラァ!」
「ぐはっ!?な・・・に・・・バカ・・・な」
フォルの拳は千冬の腹部を的確に捉えており、それをまともに受けた千冬はその場でうずくまった。
「ISは渡さねえ。大方、この教師の自分の勝手な判断だろ?山田先生?」
「は、はい!?そ、そうです」
「き・・さ・・ま、フォ・・・ル!!」
うずくまった状態でも殴られた相手を睨む事を忘れないのはプライドからなのか、回復も早い様子だ。
「それならアリーナで戦おうぜ?生身でな!!」
「ほう?私に・・・挑むか?」
「ああ、俺が負けたらISでも何でも持って行きな!ただし俺が勝ったらサタナに干渉するんじゃねえ!いいな?」
「よかろう。二時間後にここへ来い」
そう言い残し、千冬は真耶と共にピットから出て行った。
「あ、相棒。いいのかよ?千冬姉はとんでもなく」
「強いって言うんだろ?分かってる」
「予想だけどアンタ達のISを解析してあの千雨って子の機体を強化しようとしたみたいね」
「口調はヴィッテンブルグ少佐みたいですけど・・・迫力というか強さを感じませんね。己こそが強いという傲慢さと言いますか自分勝手な所がそっくりです」
ルサルカとベアトリスも先ほどの千冬の態度にほんの少し嫌悪感を抱いていた様子だ。
「すまない・・あの頃から言う事を聞いてないと生きていけなかったんだ」
「別に関係ねぇよ。昔は昔だ。俺はちょっと出て行く。ルサルカさん、ベアトリスさん、サタナを頼みます」
「任せなさい!」
「ええ、マレウスの言う通り任せてください」
フォルはピットを出て行くとある人物に会いに行く為、通路を歩き始めた。
向かった先は保健室だ、そこに目的の人物がいる。
◇
「よう」
「何ですの?今のわたくしを笑いに来ましたか?」
目的の人物とは先ほどまで戦っていたセシリア・オルコットだった。
サタナに受けた切り傷は塞がっており、痕にもなる様子はないようだ。
サタナ自身はセシリアへ剣撃を打ち込む時、血は出るが塞がり易い傷しか付けず、戻し斬りの応用で斬っていたのだろう。
「皮肉れた答えだな?」
「決闘の掟とはいえブルー・ティアーズを取られ、わたくしは満身創痍。もう何もかも失いましたわ・・・」
「・・・・」
フォルはセシリアに近づき、手加減してベットへ叩きつけるように押し倒した。
「あ・・・ぐ!な、何を!?」
「相棒も言ってただろう?一で勝てないなら百回戦う、百で勝てないなら千、千で勝てないなら?」
「万回繰り返し戦って、勝つまで戦う。そう、おっしゃっていましたわ」
フォルの目はセシリアを逃さない。セシリアもその目に惹き寄せられているかのように目を逸らせない。
「簡単に言ってやる。それは諦めないって事だ、お前は諦めるのか?一度負けたくらいでよ?」
「それは・・・」
「悔しいなら何度でも挑んでこい。お前の気が済むまでな」
「!!」
セシリアは驚いたように目を見開き、フォルを見ていた。何度でも挑んでこいという男など初めて出会ったからだ。
「それとな」
フォルはセシリアの耳元に唇を近づけ、何かを囁いた。
「それは・・・本当ですの!?」
「ああ、だから何度でも挑んでこい。挑戦はいくらでも受けてやる」
何かを伝えると同時にフォルは起き上がってセシリアから離れた。
「二時間後に俺と織斑先生が戦う。興味があれば来るといいぜ?」
「え?」
「また、後でな?」
◇
保健室から出て行くとフォルは再びアリーナのピットへと向かった。
時間にして一時間程は経過しただろうか、後一時間で千冬との決闘が始まる。
フォルとしてはある人物の創造が使えないかと思考していた。
だが、その人物は最も気難しく、許可をもらえる可能性は最も低い。
思考している間に時は過ぎて行き、決闘の時間となった。
アリーナへ入り、向かい側から来る相手を待っている。
「来たか」
「ふん、逃げる必要は無いからな」
現れた織斑千冬は刀を手に最も動きやすい服装でアリーナへと入ってきた。
「生身かぁ・・ISがあったほうがよかったんじゃないかしら~」
「刀・・・ですか。興味深いですね」
「あの、ご一緒に観戦してもよろしいですか?」
「ん~?アンタか、別にかまわないわよ?」
「私も構いません」
「ありがとうございます」
ルサルカ、ベアトリスが観戦している近くにセシリアが恐る恐る近づき、観戦しようと声をかけたが気兼ねなくいられるようだ。
「まさか、貴様・・・素手で戦う気か?」
「そんな訳ねーだろうが!」
形成を展開し、両手首から刃が現れ構えをとる。
「死んでも恨むなよ?私の一夏を取り戻すためだ」
「うわー、独占欲全開かよ!?サタナには忠誠を誓った御方がいるってのに」
「問答無用だ!」
突然の居合によって手を斬り落とされそうになったが、それを紙一重で躱すとフォルは刃を伸ばし、反撃した。
「!まだだ!!」
「流石に世界最強は伊達じゃないってわけか!」
一進一退の攻防が続く中、千冬は禁句を口にした。そう、サタナとフォル・・。
いや、それを口にしたとき忠誠を誓っている者は憤怒するだろう。
「お前たちの忠誠などゴミにしかならん!黄金?獣?そんなのは所詮、金メッキなのだ!!無謬の黄金など存在せんのだ!そんな奴に忠誠を誓うなど愚かの極み!」
「・・・てめぇまで、ハイドリヒ卿を侮辱してくるとはな」
「ん?なんだ?怒りが出てきたか?」
その様子を見ていた三人はそれぞれが呆れつつも違った反応を見せていた。
「まずいわね~、終わったかもしれないわ。あの人」
「少佐まで馬鹿にしてくるとは終わりましたね・・・」
「あ・・・あああ・・・っ」
セシリアは全身を震えさせ、隣にいる二人は千冬に心の中で合掌していた。
フォルの性格を知っている故に余計なことは言えないのだ。
千冬を見るフォルの目は容赦の理性は消えていた。残っているのは忠誠のみ。
『ほう・・・ハイドリヒ卿を侮辱するとはな。私の
「(ザミエル卿・・・許可を。貴女から借り受ける炎《ローゲ》で焼き尽くしてやります)」
『黄金の忠誠は揺らがんだろうな?』
「(言われるまでもありません)」
『ならば許可する。使うといい模倣者』
フォルの手に宿るは炎、全てを焼き尽くさんとする炎がフォルの手に宿る。
『「我は荘厳なるヴァルハラを燃やし尽くす者となる」』
「この
フォルは
それは赤騎士が自らも焼かれる事を厭わない世界。巨大な砲身の内部であった。
「な・・・何だこれは!?」
「黄金を輝かせる炎・・・その身で受けるといい。絶対に逃がさないし逃げられなけどよ!」
二人を包んだ炎の中で決闘が再開された。
「魅せるがいい。新しき
「その輝き忠誠を」
「私が愛そう、例外はない」
「この戯曲で舞う卿らは素晴らしい」
「ああ・・・愛してやろう」
「その輝きごとな」
演説・黄金の獣