Fate/Jam uncle   作:飯妃旅立

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後半第四次の記録。




第七話 『Withstood pain to bake ann-pans』

 

 私が始まった時、私の中にも、世界にも……『菌』という概念は無かった。

 清潔という言葉さえない程に、それが当たり前だった。

 

 私の対となるように生まれた彼女も、私以外の住人も。

 

 だから、私の中にはまだ『パンを造る』という発想も無かったのだ。

 

 それからしばらく経って、世界に1つの流れ星が辿り着いた。

 1つの卵。妖精として生まれた私も彼女も見たことが無いソレは、誰の助けを借りるでもなく自ずと殻を破り、生まれた。

 

 卵に入っていた存在――ばいきんまんと名乗ったソレは、『菌』という概念をこの世界に齎した。ソレは同じように病気や動悸、膿といった……大凡マイナスのイメージのある現象を、この世界に植え付けたのだ。

 

 だが、私は彼の来訪を心より喜んだ。

 

 確信があったのだ。

 私は『あるモノ』を造る為に生まれたと。

 そしてその『あるモノ』は、『菌』が無ければ到底作り得る事は出来なかったのだと。

 

 彼の来訪は悪い事ばかりじゃなかった。

 私の対であった彼女は、ただ甘いだけだった彼女に『厳しさ』という側面が加わった。

 いつの間にか――否、恐らくずっとそこにいたのだろうが存在し得なかった子犬が家族になった。

 彼の来訪により、世界の住民はドッと増えたのだ。感情が豊かになり、苦しむ事を覚えたから喜びも覚えた。泣く事を覚えたから笑う事も覚えた。

 

 ばいきんまんの来訪は、世界を動かし始めたのだ。

 

 当然ながら、それは彼の思惑によるところではなかった。

 彼の野望……卵の時に植え付けられたらしい『世界をばいきんで覆い尽くす』という野望は為されず、むしろ喜びを与えただけ。

 しかし赤子でしかなかったばいきんまんは、それを覆す方法が考え付けなかった。

 

 だから私に、一番近くにいた……そして、一番異端だった私に聴いてきた。

 

『菌とは、悪ではないのか?』

 

 思えば、ばいきんまんは自らが悪である事を知っていたのだろう。

 正確には、悪足り得る能力を持っていると。

 この幸福な世界で、その時点では唯一の悪……この世唯一の悪であると。

 

『悪がなんであるかは私にはわからない。けれど、正義が倒すべきなのは餓えだ。食物を腐り果てさせるのならそれは悪だろう』

 

『――ならば、お前が今作っているソレを腐らせてやろう。それが、おれさまの最初の侵略だ』

 

 そう言って、彼は私が造ろうとしていた『あるモノ』に、菌を差し向けた。

 私はそれをされてはかなわないと、何故か完成に至らないソレを……少しでも遠ざけようと、天へと掲げた。

 

『無駄だ。菌は目に見えず、普遍的に存在する。そら、すでにソレに菌が付いたぞ』

 

 ばいきんまんはニヤリと笑った。

 

 その時だ。

 その時――天から、1粒の光が降り注いだ。

 光は私の創ろうとしていた『あるモノ』の中に収まり、そして――、

 

『ぼく、あんぱんまんでちゅ!!』

 

 一つの、生命が宿ったのだ。

 

 それが物語の始まり。

 全ての始まりはそこではないけれど、物語が始まったのは必ずそこだ。

 

 星の雫と、ばいきんまんの菌によって生まれた――正義。

 正義の(justice)あんぱん(anpan)まん(man)

 彼の母体となるモノを作ったのは私だが、彼の誕生そのものを起こしたのは天と彼。

 つまり、彼の父親……少なくとも片方の親はばいきんまんなのだ。

 私はせいぜい叔父や伯父程度の立ち位置だろう。

 

『――なるほど、ソイツが正義か』

 

『あぁ。彼が正義である限り、君は悪になるだろう。同時に、君が悪を全うする限り、彼は正義であれる』

 

『おれさまから生まれた命がおれさまを倒す存在か。ならば、ソイツが立派な正義になった時……おれさまも『悪』がなんたるかを理解して現れるとしよう』

 

 そう言ってばいきんまんは去って行った。

 残された私と彼女――バタ子さんは、あんぱんまんを育てた。時に甘く、時に厳しく……ばいきんまんからもたらされた感情を余すことなく彼に注いだ。

 

『……すまない、ばいきんまん。君が本当の親なのに……私は、あんぱんまんにソレを伝える事が出来ていない』

 

『やめろ。謝るな。おれさまは謝るのも謝られるのも大嫌いなんだ。言わなければバレ無い事ならば、言わなくていい。これを知っているのはおれさまとお前だけだ』

 

『……そうか』

 

 あんぱんまんに命が芽生えてから、幾度となくばいきんまんが様子を見に来ていた。

 正義の成長具合が気になったのか、仮にも自らが与え芽吹いた命に父性を感じていたのか――今となっては、知る由もない事だ。

 だが――、

 

『はぁ……』

 

『どうしたんですか、――?』

 

『なんだか元気が出なくてね……』

 

『……それは、きっとパン工場の空に立ち込めている雲のせいでしょう。 あの雲の中に、何かとてつもなく悪い奴がいるに違いないです。 僕が見てきましょう!』

 

 その時が、

 

『ハッハッハッハ! おれさまはばいきんまんだ! 食べる物を腐らせて、世界中の子供を腹痛(はらいた)にしてやるんだ! 空腹にしてやるんだ! そら、くらえ!』

 

 ――あんぱんまんの初戦は、惨敗だった。

 

 ただの一撃で気を失い、地面へ衝突して顔が潰れ、ぼろぼろになって撤退。

 しかし「悔しい、どうしても(アイツ)をやっつけたい」と私に頼み込んだ。

 私はその願いを受け、大きく、そして硬いあんぱんを造り、それを彼の頭と交換した。

 

『ありがとう、――! 今度は絶対勝てますよ! 待っていてください。 必ずアイツを倒してきますからね!』

 

 それが、この物語の1つの循環(システム)

 悪役(ばいきんまん)正義の味方(あんぱんまん)を一度は打ち負かし、しかし正義の味方(あんぱんまん)作り手(わたし)によって何度も復活し……必ず悪役(ばいきんまん)を倒す。

 正義は祝福され、礼を受け、そして餓えを満たすために飛びまわる。

 悪役は罵られ、逃げ去り、いつか野望をと企み立てる。

 

 そこに親子の関係など無い。

 ばいきんまんの望んでいない事で、あんぱんまんの知らない事だ。

 

 例え2人の対決までの間に、僅かでも情が芽生えていたのだとしても――2人は明確な『敵』。分かりあう事はない。共闘する事もあるだろう。互いが互いを助ける事もあるかもしれない。

 けれど、彼らは『正義』と『悪』なのだ。

 

 この世界のシステムは4つ。

 『正義の味方』『悪役』『作り手』。

 そして、『語り手』。

 

 『語り手』の死という唐突な世界の停止は、予定調和の悉くを乱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギャギャギャギャッ!! という高速回転する車輪の音を響かせて、その褐色奇抜な車両は街を走り抜けていた。

 

 前面に顔がついた、煙突付きの車両。

 

 その後方に迫るのは、2頭の神牛によって引かれる戦車(チャリオット)だ。

 紫電を纏わせながら、引き車では考えられないスピードで之を追っていた。

 

「坊主、此度の聖杯戦争は同じクラスが2つも召喚されるものなのか?」

「わからない……何か不具合があったのかもしれないけど……」

「なんだ、使えん。 しかし良い走りっぷりだのぅ! あの奇抜なデザインは如何ともしがたいが、あの走りに必要だというのなら気にならん」

「ライダーが認めるって事は、相当だよな……。 やっぱりライダーなのか……?」

 

 戦車(チャリオット)には1人の偉丈夫と1人のなよなよしい男が乗っていた。

 神秘の秘匿とかその辺どうなのかと突っ込まれかねない勢いで市街地を駆け抜ける2つの存在は、しかし先日も行われたカーチェイスの影響かそこまで目立っていない。

 

「むぅ……しかし腹の虫が鳴って仕方がない。 サーヴァントがライダーだとして、よもやマスターは料理人ではあるまいな。 この征服王を唸らせる匂い、さぞかし良い味なのだろうなぁ……」

「真面目にやれよライダー! どうするんだよ、追いつけない所か引き離されてきてるぞ!」

「ふむ……なら、空路を行けばいい」

 

 ふわ、と。

 神牛の引く戦車(チャリオット)が浮かび上がった。

 流石に目を引くだろうソレは、しかし丁度目撃者がいなかった。

 

「うわわわ、わっ!」

「しっかり掴まっていろよ坊主! AAAALaLaLaLaie!!」

 

 褐色奇抜な車は陸路。 街中という事もあり、一切合財を無視できる空路の戦車(チャリオット)にどんどん距離を詰められる――という所で、それは起きた。

 

「おおおおお!?」

「な、なんだアレ……!」

 

 がちゃん、がちゃこん、がしょこん……凡そ神話の時代には考えられない、むしろ現代でも考えられない――変形。

 褐色奇抜な車両は、一瞬にして航空力学的に見てもあり得ないちーっちゃな翼で空へと飛びあがった。

 飛行形態になったのだ。

 

 そして、

 

「む!?」

「ばっ、ライダー! 不用意に受け取るなよ!!」

 

 前方を行く褐色奇抜な車両の天井から伸びた腕が、正確に後方を走るライダーたちに何かを投げた。 真っ直ぐに、磁石か何かでもあるのではないかと思う程にぴったりと投げつけられたそれは、

 

「……紙袋?」

「の、ようだな。 坊主、開けてみろ」

「て、敵が投げつけてきたものだぞ!? 爆弾でも入ってたら……」

「その時は放り投げれば良い。 だが、イスカンダルたる余の勘がこう言っている……それは美味い物であると」

 

 全力ではないものの、それに近いスピードで追いかけていたライダーは減速する。 

 なよなよしい少年――ウェイバー・ベルベットは頭をかきむしりつつも、観念してその紙袋を開けた。

 

 瞬間、ぶわっ! と……ウェイバーは幸せに包み込まれた。

 それは隣にいたライダーも同じであるようで、目を輝かせながら紙袋の中身を覗き込む。

 

「……パン?」

「坊主、坊主! これは美味いぞ! 勧誘も良いが、腹が減っては戦は出来ん!」

「いや元から僕は勧誘なんかする気ないけど……。 でも、大丈夫かな……。 匂いはいいけど、毒とかだったら……」

「なら余が2つとも貰おう。 何、マスターが料理人であるとすれば毒もまた現代のもの。 サーヴァントには効かん!」

 

 そう言って、2つを手に取るライダー。

 

「ちょ、待てって! 食べるから! 僕も食べるから!」

「そうか? なら、ここは料理人を立てて坊主にくれてやるとしよう」

「くれてやるって……ああもう!」

 

 ライダーは目を輝かせながら、ウェイバーはやけくそになりながら。

 そのパンを――なんでもない、ただのあげぱんを口に付けた。

 

「オケアノス……」

「美味しい……」

 

 これが、第四次聖杯戦争におけるマイスター陣営の初戦。

 初戦にして、逃亡……戦略的撤退である。

 













だれもジャムおじさんのジャムがジャムのジャムだなんって言ってないんジャム……!

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