Fate/Jam uncle 作:飯妃旅立
この辺は大分乖離してます。
「……」
鬱蒼と茂る林に囲まれた、冬木の街にはそぐわない洋館。
その一室で、タバコを吸いながらカチャカチャと何かの手入れをしている1人の男の姿があった。
顔色こそ悪いが、とくに健康体そのものであるのが見て取れる男。
彼の名は衛宮切嗣。
前回――第四次聖杯戦争の勝利者である。
そんな彼が、熱心に整備を行っている物。
長く、艶光のある黒いソレ。
「……よし」
――そう、三脚である。
横に置いてある照準器……っぽい円筒はレンズであり、カメラだ。
彼にはもう銃は必要ないのだ。
何故なら、
「キリツグ……おはよう」
「あぁ、おはようアイリ」
その
彼女がいて。
「キリツグー! まだなのー!?」
「■■■■■ー!!」
外でこちらに向かって手を振る、白い童女が居て。 その隣の巨漢は置いて於いて。
「ああ、今行くよ……イリヤ」
彼は今、平和の中にいるのだから。
「……でっけぇ。 超COOLな身体してんな!」
「■■■■ー!!」
「当たり前よ! バーサーカーは最強なんだから!」
「ああ、超COOLだぜ!」
朝日は昇り始めたが、林の中ゆえにまだ暗い。
そんな洋館――アインツベルンの館の正面に、一台のキッチンカーが止まっていた。
10年前と何も変わらないその奇抜なデザインは、しかしもう慣れた物である。
「リュウノスケ! 私クリームパンね。 バーサーカーは何が良い?」
「■■■■」
「ミートパイね。 キリツグは何が良いのかしら?」
「……僕はいつも通り、ハワイパンケーキで頼むよ」
「毎度ー! 220円になりまーす」
定期的にここに来てもらっているこのキッチンカー。
その頻度は段々と間隔が開いていて、キッチンカーの持ち主……サーヴァント・マイスターの話ではあと1年もすれば半永久的にメンテナンス不要になるとの事だった。
メンテナンス。
何の、と聞かれれば……アイリスフィールの、と言うべきだろう。
正確に言えば、アイリスフィールの身体の、だ。
アイリスフィールはホムンクルスだ。 否、ホムンクルスだった。
アインツベルンの技術で作られた、聖杯の器。 それが第四次聖杯戦争におけるアイリスフィール・フォン・アインツベルンの役割だったはずだった。
そのほっそりとした身、白い肌、赤い目はどこか幽世を漂わせ、儚さを纏っていた。
そんな彼女は今、目の前のキッチンカーの中にいる。
サーヴァント・マイスターによって――その
「はいお待ちどうさん! クリームパン1つ、ミートパイ1つ、ハワイアンパンケーキ1つだぜ!」
「あぁ……220円、丁度だ」
「確認しましたーってな。 さ、熱いうちに食ってくれよ」
今のアイリスフィールに聖杯としての機能は無い。
どころか、その身はあんこがぎっしりと詰まった……およそ人間とは言えない体である。
だというのに食事や排泄が可能で、少なくない魔術回路まであるというのだから、つくづくサーヴァントという物は理解しがたい。
イリヤがクリームパンを食み、巨漢が1口でミートパイを食べ終えた所で、キッチンカーの天蓋が開いた。 中からは明らかに人間とは違う雰囲気を纏う、白髪にコック帽の男。 サーヴァント・マイスター。
それに手を引かれて出てきたのは、切嗣の妻・アイリだ。
その食欲をそそる芳醇な匂いを漂わせながら、彼女は出てきた。
「ありがとう、マイスター」
「……ああ」
無愛想にも聞こえるが、親愛の類いの声色である事を切嗣は理解できる。
この10年、ずっとマイスターとは接してきたのだ。
「さぁアイリ、イリヤ。 まだ朝は冷える……家に入っているんだ」
「……わかったわ。 行きましょ、ママ」
「ええ。 ふふ、イリヤ。 こっちへおいで。 暖かいわよ~?」
「■■■」
「……バーサーカー、食べちゃダメだからね」
仲睦まじい白い親子を見送る。
隣にいる巨漢は置いておこう。
そして真剣な顔になって、マイスターへと向き直った。
「……龍之介。 中入っていろ。 冷えるからな」
「あいよー。 うひー、寒い寒い」
マスターである売り子の青年を下がらせるマイスター。
その顔もまた、いつも以上に真剣だった。
「……恥を忍んで依頼がある。 サーヴァント・マイスター」
「……」
「イリヤの身体を……創ってほしい。 対価はなんであろうと用意する」
先日、信じて預けたイリヤがアハトの翁にバーサーカーを召喚させられていて、切嗣は置いた銃を持ち直しかけた。 が、聞くところによれば色々な事故の結果らしい事がわかった。
イリヤの出生は変えらない。 元より聖杯戦争が終結に向かえば終わってしまうだろうその生が、令呪を持ちマスターとなった事でさらに早まってしまった。
しかし、その事実は受容出来ない物だ。
アイリスフィールの身体がそうであったように――元敵対者であるマイスターを縋ってでも、その死を受け入れる事は出来なかった。
「……なら、お前のもう1人の子供に会ってやれ」
「……それが、対価か?」
「餓えというのは……空腹だけじゃない。 親がいないというのは、子供にとって餓えになる。 この身が造るのは、『餓えを満たす正義の味方』だ。 その対価となる物は、同じものを齎す物でなければならないだろう」
正義の味方。
それは切嗣にとっても深くなじみの或る言葉。
沢山の正義の味方たる人間がいただろう。
圧倒的な武力で、魔術で大切な人や国を守る正義の味方。 負傷者という負傷者全てを治す為に尽力し、果ては世界まで変えた正義の味方。 周囲の国を侵略し、自国を豊かにした正義の味方だって存在するだろう。
そして、切嗣は一を殺し、九を助けてきた……戦争の正義の味方である。
「アイリスフィール・フォン・アインツベルンも、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンも、子供だな。 生に餓えた子供だ。 ならば、救う対象となる。 いいだろう、身体は作ってやる。 中身は何が良いか聞いて於け」
「……感謝する」
「ただし、あの幼子であるのならばメンテナンスの頻度は高くなるぞ。 成長の止まっていたアイリスフィール・フォン・アインツベルンと違い、」
「成長できるのか……?」
「私は赤子のあんぱんを立派な青年へと育てている……問題は無い」
それはよくわからない話だった。
だったが、成長できるという言葉は救いに等しかった。
イリヤは幼い見た目だが、既に生を受けてから18と少しの時間が経っている。
あの子も年相応になりたいはずだ。
「……あの大男。 バーサーカーが存在するんだ。 お前1人がもう1人の子供に会いに行っても問題は無いだろう。 何、共に会いに行ってもいいだろうがな」
「……やめておくさ。 いや、ありがとうマイスター。 ……あぁ、ロールパンを1つ、いいか。 もう1人……この寒空の下で律儀に監視を続けている人間がいるんだ」
「ふん。 とうに気付いている。 渡してやれ」
懐から紙袋を取り出すマイスター。
代金を払おうとすると、要らんと突っぱねられた。
「既にお代はアイリスフィール・フォン・アインツベルンから貰っている」
そう言い残してマイスターはキッチンカーに乗り、館を去って行った。
どこに動力源があるのかわからないその褐色の車を見送り、虚空に呼びかける。
「舞弥」
「……私は」
「アイリからの差し入れだ」
「……受け取ります」
律儀にも姿を現さない舞弥へと袋を放り、それを掴みとった音を聴いて自分も館へと帰る。 手には自らのハワイアンパンケーキの入った紙袋。
現在、彼は平和の中にいた。
ちなみにアイリは防水加工済みの服を着ています。