Fate/Jam uncle   作:飯妃旅立

6 / 11
優しい世回。
この辺は大分乖離してます。


第六話 『Nor aware of gain』

 

「……」

 

 鬱蒼と茂る林に囲まれた、冬木の街にはそぐわない洋館。

 その一室で、タバコを吸いながらカチャカチャと何かの手入れをしている1人の男の姿があった。

 顔色こそ悪いが、とくに健康体そのものであるのが見て取れる男。

 

 彼の名は衛宮切嗣。 

 前回――第四次聖杯戦争の勝利者である。

 

 そんな彼が、熱心に整備を行っている物。

 長く、艶光のある黒いソレ。

 

「……よし」

 

 ――そう、三脚である。

 

 横に置いてある照準器……っぽい円筒はレンズであり、カメラだ。

 彼にはもう銃は必要ないのだ。 

 何故なら、

 

「キリツグ……おはよう」

「あぁ、おはようアイリ」

 

 その白い(・・)ふっくらとした(・・・・・・・)女性――アイリスフィール。

 彼女がいて。

 

「キリツグー! まだなのー!?」

「■■■■■ー!!」

 

 外でこちらに向かって手を振る、白い童女が居て。 その隣の巨漢は置いて於いて。

 

「ああ、今行くよ……イリヤ」

 

 彼は今、平和の中にいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……でっけぇ。 超COOLな身体してんな!」

「■■■■ー!!」

「当たり前よ! バーサーカーは最強なんだから!」

「ああ、超COOLだぜ!」

 

 朝日は昇り始めたが、林の中ゆえにまだ暗い。

 そんな洋館――アインツベルンの館の正面に、一台のキッチンカーが止まっていた。

 

 10年前と何も変わらないその奇抜なデザインは、しかしもう慣れた物である。

 

「リュウノスケ! 私クリームパンね。 バーサーカーは何が良い?」

「■■■■」

「ミートパイね。 キリツグは何が良いのかしら?」

「……僕はいつも通り、ハワイパンケーキで頼むよ」

「毎度ー! 220円になりまーす」

 

 定期的にここに来てもらっているこのキッチンカー。

 その頻度は段々と間隔が開いていて、キッチンカーの持ち主……サーヴァント・マイスターの話ではあと1年もすれば半永久的にメンテナンス不要になるとの事だった。

 

 メンテナンス。

 

 何の、と聞かれれば……アイリスフィールの、と言うべきだろう。

 正確に言えば、アイリスフィールの身体の、だ。

 

 アイリスフィールはホムンクルスだ。 否、ホムンクルスだった。

 アインツベルンの技術で作られた、聖杯の器。 それが第四次聖杯戦争におけるアイリスフィール・フォン・アインツベルンの役割だったはずだった。

 そのほっそりとした身、白い肌、赤い目はどこか幽世を漂わせ、儚さを纏っていた。

 

 そんな彼女は今、目の前のキッチンカーの中にいる。

 サーヴァント・マイスターによって――そのパンで出来た(・・・・・・)体のメンテナンス(・・・・・・・・)を行っているのだ。

 

「はいお待ちどうさん! クリームパン1つ、ミートパイ1つ、ハワイアンパンケーキ1つだぜ!」

「あぁ……220円、丁度だ」

「確認しましたーってな。 さ、熱いうちに食ってくれよ」

 

 今のアイリスフィールに聖杯としての機能は無い。

 どころか、その身はあんこがぎっしりと詰まった……およそ人間とは言えない体である。

 だというのに食事や排泄が可能で、少なくない魔術回路まであるというのだから、つくづくサーヴァントという物は理解しがたい。

 

 イリヤがクリームパンを食み、巨漢が1口でミートパイを食べ終えた所で、キッチンカーの天蓋が開いた。 中からは明らかに人間とは違う雰囲気を纏う、白髪にコック帽の男。 サーヴァント・マイスター。

 それに手を引かれて出てきたのは、切嗣の妻・アイリだ。

 

 その食欲をそそる芳醇な匂いを漂わせながら、彼女は出てきた。

 

「ありがとう、マイスター」

「……ああ」

 

 無愛想にも聞こえるが、親愛の類いの声色である事を切嗣は理解できる。

 この10年、ずっとマイスターとは接してきたのだ。

 

「さぁアイリ、イリヤ。 まだ朝は冷える……家に入っているんだ」

「……わかったわ。 行きましょ、ママ」

「ええ。 ふふ、イリヤ。 こっちへおいで。 暖かいわよ~?」

「■■■」

「……バーサーカー、食べちゃダメだからね」

 

 仲睦まじい白い親子を見送る。

 隣にいる巨漢は置いておこう。

 

 そして真剣な顔になって、マイスターへと向き直った。

 

「……龍之介。 中入っていろ。 冷えるからな」

「あいよー。 うひー、寒い寒い」

 

 マスターである売り子の青年を下がらせるマイスター。

 その顔もまた、いつも以上に真剣だった。

 

「……恥を忍んで依頼がある。 サーヴァント・マイスター」

「……」

「イリヤの身体を……創ってほしい。 対価はなんであろうと用意する」

 

 先日、信じて預けたイリヤがアハトの翁にバーサーカーを召喚させられていて、切嗣は置いた銃を持ち直しかけた。 が、聞くところによれば色々な事故の結果らしい事がわかった。

 イリヤの出生は変えらない。 元より聖杯戦争が終結に向かえば終わってしまうだろうその生が、令呪を持ちマスターとなった事でさらに早まってしまった。

 

 しかし、その事実は受容出来ない物だ。

 

 アイリスフィールの身体がそうであったように――元敵対者であるマイスターを縋ってでも、その死を受け入れる事は出来なかった。

 

「……なら、お前のもう1人の子供に会ってやれ」

「……それが、対価か?」

「餓えというのは……空腹だけじゃない。 親がいないというのは、子供にとって餓えになる。 この身が造るのは、『餓えを満たす正義の味方』だ。 その対価となる物は、同じものを齎す物でなければならないだろう」

 

 正義の味方。

 それは切嗣にとっても深くなじみの或る言葉。

 沢山の正義の味方たる人間がいただろう。

 圧倒的な武力で、魔術で大切な人や国を守る正義の味方。 負傷者という負傷者全てを治す為に尽力し、果ては世界まで変えた正義の味方。 周囲の国を侵略し、自国を豊かにした正義の味方だって存在するだろう。

 

 そして、切嗣は一を殺し、九を助けてきた……戦争の正義の味方である。

 

「アイリスフィール・フォン・アインツベルンも、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンも、子供だな。 生に餓えた子供だ。 ならば、救う対象となる。 いいだろう、身体は作ってやる。 中身は何が良いか聞いて於け」

「……感謝する」

「ただし、あの幼子であるのならばメンテナンスの頻度は高くなるぞ。 成長の止まっていたアイリスフィール・フォン・アインツベルンと違い、」

「成長できるのか……?」

「私は赤子のあんぱんを立派な青年へと育てている……問題は無い」

 

 それはよくわからない話だった。

 だったが、成長できるという言葉は救いに等しかった。

 イリヤは幼い見た目だが、既に生を受けてから18と少しの時間が経っている。

 あの子も年相応になりたいはずだ。

 

「……あの大男。 バーサーカーが存在するんだ。 お前1人がもう1人の子供に会いに行っても問題は無いだろう。 何、共に会いに行ってもいいだろうがな」

「……やめておくさ。 いや、ありがとうマイスター。 ……あぁ、ロールパンを1つ、いいか。 もう1人……この寒空の下で律儀に監視を続けている人間がいるんだ」

「ふん。 とうに気付いている。 渡してやれ」

 

 懐から紙袋を取り出すマイスター。

 代金を払おうとすると、要らんと突っぱねられた。

 

「既にお代はアイリスフィール・フォン・アインツベルンから貰っている」

 

 そう言い残してマイスターはキッチンカーに乗り、館を去って行った。

 どこに動力源があるのかわからないその褐色の車を見送り、虚空に呼びかける。

 

「舞弥」

「……私は」

「アイリからの差し入れだ」

「……受け取ります」

 

 律儀にも姿を現さない舞弥へと袋を放り、それを掴みとった音を聴いて自分も館へと帰る。 手には自らのハワイアンパンケーキの入った紙袋。

 

 現在、彼は平和の中にいた。

 










ちなみにアイリは防水加工済みの服を着ています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告