Fate/Jam uncle   作:飯妃旅立

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前半捏造設定シリアス

後半悪ふざけです。


第五話 『Unaware of sick』

 

 龍之介は変な空間にいた。

 変な空間だ。 自らは中空に浮き、広がる空や大地はまるで絵本に描かれた絵。

 けれど、見知った空間でもあった。

 

 時々見る、マイスターの夢。 マイスターの過去の夢。

 始まりは違えど、結末は同じの――悲しい夢だ。

 

 この世界に人間はいない。

 いるのは動植物や食物の頭に丸っこい人間の胴体という、龍之介からしても理解の難しい生物。 そして、今の姿とは似ても似つかないマイスター。 

 マイスターと、その助手である女性だけがこの世界の人間なのかと思ったが、それはマイスター本人より訂正された。 曰く、自分たちは妖精なのだと。

 

 いくら自身が破滅よりの人格をしているといっても常識や一般知識はある。

 妖精というのが一般的にどういう姿であるのかを思い出し、それがマイスターと重ならなくて笑ってしまったモノだ。 マイスター自身も幻想的な物ではないと否定していたし。

 

 そんな奇妙な世界は……雨生龍之介という人格が使う言葉のチョイスではないと知りつつも言わせてもらうのであれば、『のほほん』という言葉を見事に表した世界である。

 

 絵にかいたような青空、絵にかいたような白い雲。 太陽も、星も月も、草木花々家々までもが絵にかいたような世界。

 マイスターはそれを当たり前だと言った。

 マイスターは自らが絵本の住人である事を知っていたからだ。

 

 それは正義の強きが悪しき強きを挫く、典型的な英雄物語だった。

 細菌の王を名乗る明確な悪が『のほほん』とした世界を襲い。

 マイスターの作り上げた自立するアンパンがそれを懲らしめる。

 ただ、それの応酬。

 

 マイスターと出会う前の龍之介ならいざ知らず、出会ってからの龍之介はとても清潔に気を遣っている。 出会った直後に『不衛生だな』と言われてから、ずっと。

 それは自らの穢れでマイスターの超COOLなパンの味を落としてしまいたくないからであると同時に、龍之介自身も細菌、取り分け黴菌というものが嫌いになりつつあるからだった。

 

 だが、それを言う度にマイスターは悲しそうな顔をする。

 この夢を最後まで見れば、その顔の意味は龍之介にもわかった。 分かったけれど、それでも清潔を保つ。 それは龍之介のささやかなプライドでもある。

 旦那の売り子として、旦那に並ぶ超COOLな奴になりたい。

 明確な目標など何も見えていない。 そろそろ30になろうかという龍之介だが、本気でマイスターの売り子を生涯の仕事にしようとしている。

 ただ、COOLを求めるが為に。

 

 話を戻そう。

 

 この夢はある一点から終わり始める。

 マイスターは言う。 耐えられなくなったのだと。

 誰が?

 

 ――細菌の王が、だ。

 

 それは、雷鳴さえも『のほほん』としたタッチで描かれる世界の、明確な終わり。

 いつもの様に細菌の王が悪さをして、いつもの様にアンパンのヒーローに懲らしめられる。

 そうしてヒーロー得意の技で遥か彼方に追いやられる。 それがアンパンのヒーローと細菌の王の定番。 観客は皆真剣で、飽きるという概念すらないこの世界を生きる者達。

 

 だが、その日は違った。

 

 吹き飛ばされた細菌の王は、しかし自らの駆るUFOの様なマシンを静止させ、再度アンパンのヒーローに襲い掛かってきたのだ。

 決死の表情で。 何が何でも、という声色で。

 だが、悪は悪。 正義には勝てない。

 どれほど策を弄しても、観客という名の住民の声援がある限り。

 そしてマイスターの助手による、幾度もの復活がある限り。

 正義は負けない。 負けなかった。

 

 そして正義は、何故だ、どうしてだと問いながら――答えず、猶も正義を害そうとして来る悪を――絶った。

 細菌の王。 黴菌そのもの。 黴菌の星からやってきたと名乗る、自らの宿敵。

 彼はその最期にマイスターを見ながら、その口を少しだけ動かした。

 『あとはたのんだぞ』と。

 

 かくして世界に平和は訪れた。

 黴菌は根絶され、世界から病が去った。

 時を同じくして動悸を司るもう1人の悪も姿を隠し、世界は真実平和になったのだ。

 

 それから、四日と経たぬマイスターのパン工房。

 そこでは沈痛な空気が流れていた。

 龍之介からしてみればようやく現在のマイスターの片鱗が見えて来たな、と感じる顔に刻まれた皺。 気難しいがんこ職人のような、何かを悲観する救世主の様な顔。

 

 マイスターは助手と並び、対面で立つ幾人かに告げた。

 アンパン。 カレーパン。 メロンパンにロールパン。 

 並べてみると変な字面だが、彼らは列記とした英雄(ヒーロー)だ。

 

 そしてこう告げた。

 

『もう、私は君達の顔を作ってやることが出来ない。 君達は……その顔が無くなった日が、その生の最期の日だ。 もう正義に生きなくてもいい。 各々の余暇を全うしてほしい』

 

 唐突な言葉だった。

 顔が無くなるというのも龍之介からしてみれば変な表現だが、真実彼らは自らの顔を他者に分け与えることが出来るのだ。

 ロールパンナとメロンパンナと呼ばれる女戦士以外、龍之介はそれを目撃していた。

 

『すまない……私は、君達にそれしか言えないよ』

 

 疲れた様に、悲しそうに。

 そんなマイスターに、アンパンの英雄は。

 

『――さん、元気を出してください。 ほら、これを食べて』

 

 自らの顔を千切り取り、マイスターへと差しだしたのだ。

 信じられないモノを見るような目で、マイスターは彼の顔を見る。

 幻覚などではない。 今しがた、もう替えは無いと言われたその頭を――アンパンの英雄は、なんでもないかのように千切ったのだ。

 

『お腹が空いていると、考えも悪い方へ悪い方へ向かってしまいます』

 

『しかし、アンパンマン。 君は……』

 

『はい。 僕は、アンパンマンです』

 

 その顔は、やはり極上の輝きを持っていた。

 龍之介にはその顔が……いや、顔だけでなくその身体全てがマイスターの創るパンと同じに見えたのだ。

 即ち、超COOLに。

 

 その日から英雄の顔は穴だらけになって行った。

 替えられる事のない顔。 だが、彼らは惜しむことなく住民に顔を分け与える。

 『本当に正義が向かうべきは餓え』。 その言葉を胸に。

 

 そして、当然ながら。

 

 アンパンの英雄も、カレーパンの英雄も。

 そして『絵本』の中では顔を分け与えなかったメロンパンの英雄までもが、その顔の全てを分け与えた。

 分け与え、倒れた。

 

 マイスターの言うとおり、その顔が無くなった日が……その時が、彼ら彼女らの最期だったのだ。

 マイスターの手によらない食パンの英雄も。 クリームパンの英雄もまた、同じように倒れた。

 

 残ったのはマイスターとその助手。 番犬。 そして、ロールパンの英雄だけ。

 

 そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「屋台で街を巡り、食物を売って歩く……風流よな」

 

 冬木市・柳洞寺。

 そこへ繋がる長い石階段の前の道路に、奇抜なキッチンカーが止まっていた。

 そこから少し境内側……否、山門側に近づいた場所で、時代錯誤な着物と長ものを持った男が立っていた。

 

「風流? COOLって事か?」

「美しく、雅であり、良い物という事だ、売り子」

「ならCOOLであってるな!」

 

 そんな男と対面しているのは、現代衣装に身を包んだTHE・現代っ子といえるだろう青年。 遠目から見てもアンバランスな2人は、しかし割合会話が弾んでいるようだった。

 

「――して、私は女狐めからこの山門を守護するよう召喚された、という次第よな。 徒歩(かち)での移動は元より、この山門からさえも離れられぬ身。 TSUBAMEの一匹でも飛んできたのなら、暇を潰せたものを……」

「あー、アンタ苦労してんだなぁ。 けど、大丈夫だぜ。 ウチの旦那の超COOLなパンを食べれば、超FOWLUな気持ちになれるはずだからさ!」

 

 そんな青年――龍之介に応えるように、キッチンカーの上部がパカりと開く。

 

「龍之介! できたぞ!」

「ナイスタイミングだぜ旦那!」

 

 フラりとスムーズな動きで移動し、アツアツの紙袋をキャッチする龍之介。

 男――アサシンは、それを見てほぅ……と感嘆の息を漏らす。

 特に身体能力が異常であるとか、武術の動きを見たというわけではない。

 ただ、その一連の流れに『熟練』の弐文字を感じたのだ。

 

旦那と呼ばれた白髪にコック帽で丸顔の偉丈夫は、チラっとアサシンに目を向けるも、何も言わずにキッチンカーの内部へ戻っていく。

 

「んじゃ、コレな!」

「おぉ、かたじけない。 だが、本当に代金は良いのか?」

「旦那が新しい扉を教えてもらったお礼、って言ってんだ。 俺がとやかく言う事はないぜ! それより、早く食ってみてくれよ! 旦那のパンをよ!」

 

 時代のせいもあるが、そもそも名も与えられぬ農民でしかなかったアサシン。

 そんな彼にとって、知識として知っていても食すのは初である、パンという物。

 キャスターに召喚されたアサシンがサーヴァントの気配を感じて出向いてみれば、珍妙な乗り物と共にパンを売っていると言う青年・龍之介と出会った。 そんな龍之介に、どちらかというまでも無く米派のアサシンが「和風なパン」を注文したのはつい先刻の事。

 

 龍之介とて基本的なメニュー86種は完全に記憶しているとはいえ、マイスターが注文を受け、その場で考えて創る創作料理(オーダーメイド)にまでは造詣が深くない。

 だから聞いたのだ。 マイスターに、直接。

 

 すると、返ってきたのは「……!」という驚愕のみ。

 そして、「承った――代金はいらない、新境地の礼と言っておけ、龍之介」と言って、そこからは無言である。

 

「ほう、これが和風パンか……。 真白の風体、籠る熱……どれ」

 

 そのパンは、見た目だけで言えば完全に「中華まん」だった。

 中華まんは遥か太古、ロード・エルメロイ二世……もとい諸葛亮がつくらせたパンとして歴史が残っており、少なくとも日本発祥ではない。

 しかし、「和」っぽければ「和風」になるのが「○○風」の良い所だ。

 

 その和風パンの前で口を開いたアサシンは、

 

「――秘技・燕返し(首)!!」

 

 全く同時に3度齧りつくという、真なる極技を龍之介に見せた。

 和風パンは残っていない。

 

「……美味よな。 うむ――これは、美味よ」

 

 美味、美味とアサシンは呟き続ける。

 

「す……すっげぇ! 今まで旦那のパンを食べる人沢山見て来たけど、あんたほどCOOLな喰い方した奴はいないぜ!」

「柚子に……胡椒、シラス、醤油……パン生地自体には糯米(もちごめ)か。 なるほど、風流……いや、FOWLUか?」

「アンタのFOWLUと旦那のCOOLが合わさって、最強に見えるぜ!」

 

 一頻り頷いたアサシンは物欲しげに龍之介を見る。

 だが、優美に首を振って、少しだけ溜息を吐いた。

 

「もう1つ、と言いたいところだが……生憎、私は現世の銭を持っていない。 もし次、(まみ)える事があるのならば……銭を用意しておこう」

「ん? 金、無いのか? ならツケでいいぜ!」

「……」

 

 アサシンは驚いたような顔する。

 

「旦那! 良いよな! 腹減ってるみたいだし!」

『ふん。 代金、覚えておけ』

「ああ! 計算は得意分野なんだ」

 

 とんとん拍子に話が進み、気付けばもう1袋。

 アサシンの前に、紙袋が差しだされていた。

 

「……誠に、超FUWLUよな。 あいわかった。 次までに……必ず、銭を用意しておこう」

「おう!」

 

 山門から動けぬ身であるアサシン。

 しかして、道を通すのもまた――彼であった。

 












超COOLだよ旦那ァ!

超FUWLUだよアサシィン!!

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