Fate/Jam uncle   作:飯妃旅立

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ここはとても優しい世界です。
あと、不思議時空なんでstay nightだけじゃないです。


第二話 『Wheat is my body』

「麻婆パン2つ」

「毎度ー! 旦那、麻婆パン2つ!」

 

 新都。 言峰教会中庭。

 教会という場所の、しかも中庭というそれなりに荘厳な場所に、珍妙な車が止まっていた。

 先頭には顔。 楕円球に4つの車輪を付けた、褐色のナニカだ。

 いつみても珍妙である。 

 しかし、敢えて口に出さないのは彼なりの優しさか、はたまた愉悦か。

 

「しっかし、アンタも飽きないねぇ。 10年前からずっと同じパンだ」

「……仕方ないだろう。 道に迷っていた私を、導いてくれたのが麻婆パンなのだ。 アレから更に辛さを追求した麻婆を追い求めているが……マイスターの麻婆パンには追いつかぬ」

「いや、そもそもアレを喰えるだけですげーって。 旦那の創るパンは世界一COOLだけど……あれだけは超HEATだぜ」

 

 方や死んだ魚のような濁った目をした神父。 方や少年のようなキラキラした瞳の青年。

 本質的には似ているのに、正反対のように見える2人だ。

 

「……時に、雨生龍之介。 一つ忠告が或る」

「ん? 俺に? 旦那にじゃなくてか?」

「マイスターも含めてだが、一応マスターはお前だろう? ……第五次の聖杯戦争が始まっている。 前回の(・・・)生き残り(・・・・)であるお前たちも、関係の無い話ではあるまい。 気を付けておけ」

「……聖杯戦争?」

 

 平行世界の彼なら他者を心配する等滅多にない。 愉悦に関わるかどうかの心配はするだろうが。

 だが、ここにいる彼はただの麻婆好き。 美味しいモノに貴賤無しだ。

 

「まさか、忘れたというのか――……否。 お前たちは、あの時もパンを焼いていただけだったな……」

「龍之介! 落とすぞ!」

「ちょ、旦那いきなりすぎるって! ……おっし! ……うわ、もう鼻が(かれ)ぇ……」

「――来たか」

 

 一瞬、車の上に顔を出した丸顔コック帽の男。

 売り子の青年のサーヴァント、マイスターだ。

 

「んじゃ、340円な!」

「買うたびに思うのだが……1つ170円は安すぎないかね?」

「いや? ウチの商品じゃ高額な方だぜ。 旦那は質量がどうの内容量がどうのって言ってたな」

「……売り手の値段に文句をつけるのは野暮、か。 400円で頼む」

「60円のお釣りでーす。 んじゃ、熱いウチに食ってくれよ! あの銀髪の子(・・・・)と一緒にな!」

 

 珍妙な車に手をかける売り子の青年。 車はゆっくりと発進し、何も傷つけずに去って行った。

 

「……どこでアレと出会ったのだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……」

 

 雨生龍之介の夜は遅い。

 常連というか、固定客が来る時間が基本的に深夜だからだ。

 その代り朝は遅いので過労ではないのだが。

 更に、新規客も深夜帯が多い。

 

「……ん?」

「あン?」

 

 全身を真っ青なタイツで覆い、肩には銀の甲冑をつけている、腹筋がすごい男。

 それが、どちら様の家の塀の上を歩いていた。

 

「……」

「一般人か。 チ、なんで気付かなかった……しかし、バゼットの言ってた場所ってこの辺りだよな……」

「えーと?」

 

 龍之介と目が合った瞬間からぶつぶつと何かを呟き始める変た――男。

 

「あぁ、兄ちゃん。 ちょっと聞きてェんだが……この辺にパン屋ってねーか?」

「ウチがパン屋だけど……あ、お客さん?」

「……パン屋? どこにそんな――ッ!? いつのまに顕れやがった!」

 

 まるで、先程までは龍之介が凭れかかっている珍妙な車が見えていなかったかのように飛び退く男。 その手には、今まで持っていなかった紅い槍が握られていた。

 

「あれ、お客さんじゃないのか……」

「てめぇ、サーヴァント……いや、マスターか! サーヴァントはどこに……ッ」

 

「――騒ぐな、狗。 売り子、いつも通り全種1つずつだ。 麻婆パンは抜いて於け」

 

「あ、いらっしゃい。 旦那! 麻婆抜きのフルメニュー!」

 

 片方だけが緊迫する空気の中、それを侮蔑するような声がかかる。

 歩いてきたのは、豹柄のスーツを着た金髪の男。 全身青タイツよりはまだマシだ。

 目立つ事この上ないが。

 

「なッ――てめぇ、今俺の事をイヌと――!」

「だから騒ぐなと言っただろう。 相手をしてやるのも吝かではないが、このパン屋を傷つけるのは(オレ)が許さん。 本来なら我が財として迎える程だが……それでこの美味さが損なわれては、意味が無いのだ」

 

 当事者である龍之介を差し置いて客2人がいがみ合う。

 割と良くある光景なので、龍之介は然程気にしていない。

 

「……なんだ、バゼット。 パンはまだかって? ……お前、聖杯戦争の参加者の自覚は……あーはいはい、あげぱんな」

「マスターには尻尾を振る。 やはり狗よな」

「てめぇ……」

「あ、揚げパン1つでいいですかー?」

「あン? ……あー、いや、2つで頼む」

「毎度ありー! 旦那! 追加で揚げパン2つ!」

 

 コンコンと車体を叩いて中に居るマイスターに知らせる。

 

「時に売り子。 これは王としてではなく、オレとしての忠告なのだがな」

「はい?」

「そこな全身青タイツがいるように、第五次の聖杯戦争が始まっている。 いずれ我が財になるのだ、気を付けておけ」

「……やっぱりマスターか。 だが、コイツのサーヴァントってわけじゃないんだな」

 

 その時、ポコンと車両の天井が開く。

 

「龍之介。 フルメニューと揚げパン2つだ。 落とすぞ」

「あいよー!」

 

 丸顔コック帽。

 青タイツの勘が告げていた。 こいつは、歴戦の猛者であると。

 

「フルメニューが4330円で、揚げパン2つが60円になりまーす」

「釣りはいらん」

 

 そう言って金髪の男が差し出すのは万札。 五千円でも良いと思うのだが、この男は頑なに万札に拘る。 プライドがどうのと。

 

「それではな、売り子、狗。 また明日、買いに来るぞ」

「毎度ありっしたー」

「……100円で頼む」

「40円のお返しでーす」

 

 なんとなく。

 なんとなく、今この店に手を出す事に躊躇した青タイツは、普通に金を払う。

 

「紙袋開けなければ熱いままだけど、揚げたてが一番美味いのは変わんないから! 早めに食べてくれよ、旦那の世界一のパンを!」

「……あぁ」

 

 目下の物からの食事の誘いを断わらない。

 彼と共に食べるわけではないのだが、食べてほしいというのは誘いに入るだろうか。

 

 それが無くとも、マスターであるバゼットが早く帰ってこいと先程から騒いでいる。

 

 戦闘の秤は次第に軽くなり、青タイツの男――ランサーはその場を去って行った。

 




ストーリーは裏で進行していますが、シリアスにはなりにくいかと。 ならないこともないんですが。

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