Fate/Jam uncle   作:飯妃旅立

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めっっっっっっお久しぶりです。
かなり原作から外れています。でもこうしないと優しい世界にならないんです……許して


第十一話 『My whole life was』

 

 しょくぱんまんが来ましたよ――そう言った、食パンの化け物。 彼――そう表現して良いのかどうかすらわからないが、便宜上は彼としよう――は、アイリスフィールを視界に収めると、顔を綻ばせた。

 

「あぁ、なんということでしょう、お嬢さん。 あなたは食パンのように美しい」

 

「え……えっと、それは……私、褒められたのかしら?」

 

「まーた言ってやがるぜ。 一応、コイツの最高の褒め言葉だよ。 俺には理解できないけどな。ひー、身体がむず痒い」

 

「君のような野蛮な男に私の価値観が理解されるとは思っていませんよ。 あぁ、お嬢さん。あなたの白さ、その純白さは何にも代え難い清潔。 穢れなき潔癖のなんと美しい事か」

 

 アイリスフィールもここまで「白」を念押しされれば、彼が彼女の容姿を褒めているのではなく、カラーリングのみを――それでも容姿は容姿なのだが――褒めている事くらいは理解できた。

 その身が白を基調としているからか、はたまたさっきのセリフの通り食パンが真白であるからか、とかく白が好きなようだ。

 

「ちょ、っと……っぷは! 出来たぜ、ぶろーとへん1つ!」

 

 と、キッチンカーの天井に開いた小さな穴から、カレーパンマンとしょくぱんまんを押しのけて、先程の売り子の青年が這い出てきた。 その手には仄かな魔術の気配を感じられる紙袋が握られている。

 それはセイバーも、アイリスフィールも感じ取れた。 セイバーは不可視の剣を、アイリスフィールはいつでも魔術を発動できるよう集中する。

 

 だが、売り子の青年は人好きのする笑みのまま、一切の警戒なく2人に歩み寄ってきた。

 カレーパンマンとしょくぱんまんが動く気配は見られない。 否、カレーパンマンだけはどこか遠方――恐らく、切嗣か舞弥の居る位置――を睨みつけている。 動きはしないが、動かせもしないという事だろうか。

 いつでも斬りかかる事が出来る様、セイバーはぐっとさらに強く柄を握りしめ――、

 

「はいよ、熱いうちに食べてくれ。 旦那の超COOLなパンをさ!」

 

「ありがとうございます。 ……ハッ」

 

 いつの間にか、その暖かい紙袋を受け取ってしまっていた。

 その余りにも自然な動作に、アイリスフィールはおろかセイバー自身ですら売り子の青年が離れていくまで気が付けなかった程だ。

 魔術か――そんな疑りは、これまた何気ない所作と無意識の欲求が行った「紙袋を開く」という行為によって、完膚なきまでに上塗りされた。

 

 芳醇にして豊潤。 濃厚でありながらしつこくない、凡そ彼女の祖国では嗅ぐことの無かった、数多のスパイスの香りがセイバーの鼻孔をくすぐる。

 食事とはかけ離れた戦闘体勢であったことも起因しているのだろうが、その恐ろしい程の美味を直接頭に訴えかけてくるような香りに、セイバーの思考のその全てが一色に染まった。

 

 これを、食べたい。

 彼女がいまだに死していない存在だから、というのも関係はあるかもしれないが、生物としての欲求の1つである食欲が、抑え込むはずの理性を覆い尽くしてしまっていた。

 

「セ、セイバー? 大丈夫……かしら?」

 

 紙袋を受け取った瞬間に硬直したセイバーを心配したのだろう、アイリスフィールが恐る恐るセイバーに声をかける。 その声に、セイバーはゆっくりと振り向く。

 

「アイリスフィール……」

 

「え」

 

 ――その瞳は、輝きに満ちていた。

 彼らは敵ではありません、そんな事より早くこれを食べましょう、アイリスフィール。

 そんな長文が、その瞳の輝きだけで伝わってくる。 

 

「もう1つのカレーパンはサービスだぜ! また買ってくれよな! あ、今度はお代を貰うけど」

 

 カレーパン。

 セイバーの嗅覚が感じ取っているこの末恐ろしいまでのスパイスの香りは、そのカレーパンなるものから放たれているのだろうことが、彼女のスキル直感によりわかった。 

 ゆっくりと、まるでなみなみ注がれたスープを零さないように歩くかのような足取りで、アイリスフィールの元へ戻るセイバー。 仄かな魔術の気配がする紙袋の礼装(?)に、躊躇なく手を入れる。 元より彼女の対魔力はAランク。 この程度の魔術礼装に害されることなど無い。

 

 そうして、彼女は辿り着く。

 その匂いを発する理想のパンに。

 

「アイリスフィール、これを」

 

「え、あ、ええ……いいのかしら?」

 

 恐らく切嗣は頭を抱えている事だろう。 そんな、まるで他人事のように自らの夫の苦悩を考えながら、アイリスフィールはセイバーから紙袋を受け取る。

 セイバーは既に薄いパン包材に包まれた薄い茶色をしたパンを引き抜いており、この紙袋に残されているパンはアイリスフィール自身の注文したブロートヒェンのみである。

 

 ブロートヒェンは特に何でもないパンだ。 ドイツでは小型のパンの事は総称してブロートヒェンと呼ぶし、ドイツ人がパンと言われて思いつくパンは大体ヴェッケンかブロートヒェンである。

 売り子の青年はブロートヒェンの発音すら出来ていなかった。 アイリスフィールも、このような極東の地でそれを食べる事が出来るとは考えていない。

 

 ただ、待てといわれた子犬のような目でアイリスフィールを見つめてくる彼女のためにも、頭の中にいた切嗣の静止を振り切って彼女は紙袋へ手を入れた。

 

 暖かい。

 

 この場合であれば温かいと表現すべきなのだろうが、紙袋の中に手を入れた瞬間、アイリスフィールはまるで手先だけに春が訪れたかのような、そんな暖かさを覚えたのだ。

 そしてその手がパンを掴む。

 形状からして、真っ先に彼女が思いついたミッシュ(混ぜた)ブロートではなく、ロッゲン(ライ麦の)ブロートヒェン。 ライ麦90%のパンだ。 ブロートヒェンと言われて2番目か3番目くらいに思いつく程度の一般的なパン。

 

 そのままで食べるという事はあまりなく、出来れば乳製品を一塗りしたい味のパンだ。 そもそも薄くスライスして食べる物なのに、この大きさと厚み。

 暖かいが、これは期待できないかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、アイリスフィールは手を引き抜いた。

 

「アイリスフィール」

 

「あ。 ……ええ、いいわ。 一緒に食べましょう、セイバー」

 

「はい」

 

 

 ――そうして食べたパンの味は、文字通り筆舌に尽くしがたいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、唐突な出来事だった。

 

 何でもない昼下がり。 聖杯戦争中だというのに、特に何をするわけでもなく……セイバーと士郎はテレビを見て過ごしていた。

 本来であれば、時間は少しでも惜しく。 時間があるのなら情報収集をするなり、セイバーと稽古を行うなりするべきなのだろう。

 しかしどうもそんな気にはなれず。

 強いて言えば、あのほのぼのとした味が忘れられず。

 

 二人はだらけていた。

 

 そこへ、彼がやってくる。

 

 

 

「……じい、さん……?」

 

「キリツグ……?」

 

 二者二様に目を見開いて、来客を迎える。

 草臥れた服装の、疲れ目の男。

 二人にとって馴染み深い――士郎にとっては失踪していた養父、セイバーに至っては元マスターである――衛宮切嗣その人が、そこに立っていたのだ。

 

「久しぶりだね、士郎。 ……それに、セイバー(・・・・)も」

 

 力ない笑みで、彼はそう笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイリスフィール・フォン・アインツベルンは小聖杯をその身に溶かした、聖杯の器たるホムンクルスだった。 アインツベルンの技術の結晶を賭して造られた彼女は、英霊が脱落していくほどに人体の機能を失い、やがては聖杯となる運命だった。

 

 だが、当時色々な要因から同盟を組んだマイスター陣営の協力により、彼女の魂を別の器に移し替えるという、第三魔法にしか思えないような――マイスター曰く別物らしい――方法によって、アイリスフィールは生き永らえた。

 

 アイリスフィールはパンになったのだ。

 

「ちょっと……待ってくれ。 爺さん、その、アイリスフィールって人は……」

 

「イリヤスフィール……君はまだ知らないだろうけど、君の姉に当たる子の母親だよ。 僕の妻とも言う」

 

「俺の姉!? あ、いや……そっちも気になるけど、それよりパンになったって、どういう事だ?」

 

「文字通りの意味さ。 士郎。 アイリがパンに成った事は、セイバーも知っているはずだ」

 

 衛宮士郎は混乱していた。 

 幼い頃に失踪した養父が帰ってきたという事だけでも驚きであるのに、まさか自分に姉がいて、養父は姉とその母と今まで暮らしていて、さらにはその母がパンであるなどと聞かされて、混乱しないはずがない。

 遠坂凛に聖杯戦争について説明された時のことなど足元にも及ばない程、混乱の極みにあった。

 

「はい。 サーヴァント・マイスターの秘法により、アイリスフィールがその身をパンにした事は私も目撃しています、シロウ」

 

「セイバーまで……」

 

 唯一の味方だと思っていたセイバーまで、おかしなことを口にする。

 

「士郎。 君に逢いに来たのは、君の姉……僕の娘であるイリヤを救うためなんだ」

 

「救う? 何か危険な状況なのか?」

 

 だが、救うと言う言葉を聞いて一気にスイッチが切り替わる。

 目の前の男が失踪する前に聞かされた、正義の味方という夢。 もう自分にはなれないと、善悪を無視してまで守りたい存在が出来てしまったがために、正義の味方は続けられないと、そう語っていた養父。

 そう語る姿があんまりにも綺麗で、だから憧れた。

 

 切嗣が続けられなかった正義の味方を継ぐために、ただ只管にそれを目指す士郎にとって、自らの姉となる存在が危険であるなど見過ごせる事ではない。

 

「……」

 

 切嗣は士郎のその真っ直ぐな瞳に面食らったように呻き、押し黙ってしまう。

 今起きている事を今の士郎に話せばどうなるか、わかってしまったからだ。

 

 切嗣は慎重に言葉を選ぶ。

 

「……イリヤもまた、その身体に小聖杯を持っている。 アイリと違って、その心臓が小聖杯なんだ。 だけど、それでもマイスターはイリヤの身体を創り、魂を移し替える事が出来ると、そう言ってくれた」

 

 その代価が、士郎に会いに行く事だった。

 そう語る切嗣の表情には、申し訳ないという感情がありありと出ていた。

 

「イリヤのために君に会いに行く……そんな事、許されるはずがないと、そう思っていたんだ」

 

 だから中々来ることが出来なかった、と。

 

 だが、そうも言っていられなくなった。

 

「ランサーのサーヴァント。 ……その様子だと、君達も会った事があるみたいだね」

 

 会った事があるも何も。

 その名は、士郎がセイバーを召喚するに至った最もの要因である。

 

「今の聖杯戦争は、このランサーのサーヴァントがほぼ一方的な狩りをしている事で、一見平和であるかのような膠着状態を見せている。 ランサーはライダーを脱落させ、他のサーヴァントの所へも襲撃を仕掛けているようだ」

 

 その話にもまた、覚えがあった。

 だが、何故それがイリヤスフィールに繋がるのかはわからない。

 

「昨日、キャスターのサーヴァントが脱落した。 残るサーヴァントは、士郎のセイバー、イリヤのバーサーカー、アサシン、アーチャー、そしてランサー。 

 イリヤの身に留めておける英霊の魂は4人が限界だ。 だから、出来るだけ早くイリヤの魂をパンに移し替えたい」

 

 ランサーが襲撃に成功しても、失敗してもイリヤスフィールの身体はギリギリになる。

 5人以上となれば、苦痛と共に人としての機能が剥がれ落ちていくと言う。

 

 娘に辛い思いをさせたくないと、そのために代価である士郎に会いに行くという事を果たしたのだと、切嗣は懺悔するように言う。

 

「ランサーを倒しちゃいけない。 ランサーに倒されてもいけないし、ランサーに倒されそうなサーヴァントは助けなければいけない。 勿論他のサーヴァント同士の争いも極力止めなければいけない。 

 ……はは、争いを止める為に奔走するなんて……まるで、正義の味方だな」

 

 元より敵を殺さなければ勝ち残れないというこの戦争の在り方に抵抗のあった士郎にとって、切嗣の話す内容は天啓にも等しいものだった。

 戦いを止めると、明確に助かる命がある。

 しかも行く先にしっかりと救いがあるとまで来た。

 

「士郎。 勿論僕も、」

 

「爺さん、アンタはイリヤって子と奥さん(・・・)を守らなきゃいけないんだろ? 爺さんが理想にしていた、みんなを守る正義の味方は俺がなってやる。 爺さんは、その二人を守る別の正義の味方になったんだ」

 

 そう笑いながら、しかし脆さの無い顔つきで言う士郎。

 黙って話しを聞いていたセイバーも、ええ、と頷く。

 

 第四次聖杯戦争において、セイバーと切嗣は特に喧嘩別れのような離別をしたわけではなかった。 騎士道という在り方こそ認められなかったものの、会話は少なからずあったのだ。

 

「……マイスターが次に来るのは二日後だ。 僕はアイリとイリヤを全力で守る。 だから、士郎」

 

「ああ」

 

 死なさないでほしい。 その願いは、守ってほしいにも通ずる。

 セイバーの騎士道にも反する事の無い、幼子を守るための戦い。

 

 此処に、前後代の正義の味方が志を共にした。

 

 

 










「士郎。 聞いて欲しい事があるんだ。 大事な話だよ」
「なんだ? 爺さん」

「――君のお母さんは、パンだ」


これが言えなくて切嗣は失踪しました。
嘘です。

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