Fate/Jam uncle 作:飯妃旅立
時系列的には第五次ですが、結構不思議時空作ってるので見逃してください。
第四次の内容も大分変ってます。
――日本・冬木市。
周囲を山と海に囲まれた自然豊かな都市だ。
中央を未遠川という川が流れており、その東を新都。 西側を深山町と呼ぶのが一般的になっている。
新都は近代的に発展し、ビル群が立ち並ぶ一方で、深山町は古くからの街並みを残す昔懐かしの雰囲気を放っている。
さて、そんな冬木市であるが、この都市にはいくつかの奇妙な噂……つまり都市伝説が蔓延していた。
曰く、新都にある冬木教会は裏の闇組織の支部である。
曰く、未遠川を横断する冬木大橋は世界最硬の素材と技術で作られている。
曰く、時々各所で光の柱が立ち上る。
曰く、曰く、曰く……。
どれも暇な人間の妄想から生まれた陰謀論のような噂ばかりで、真実を誰かが確かめたという話を聞かない眉唾ものばかりだ。
だが、その中で2つ。
一際地味で――一際異彩を放つ伝説があった。
曰く、非常に美味いパンを出すキッチンカーがある。
曰く、そこではパンが働いている。
日本で現存するパンの移動販売車は揚げパン屋台くらいであろうか、海外であればそれなりにあるのだが、事国内では希少種と呼ぶべき移動販売車となったそれが、深山町で度々噂になる。
これは、そのパン屋に集まる人間とかの様子を描く物語。
第一話 『I am the bone of my bread』
「……ん?」
黄土色の学生服に学生鞄。 一目で穂群原学園の学生とわかるその様相に身を包んだ、しかし赤焦げた茶色の髪が目立つ少年。
夕焼けにその髪色は
そんな下校途中であろう少年の視界に、一つの移動販売車が目に入った。
それは珍妙な移動販売車だった。
全体のフォルムは楕円。 更に全面に顔のようなものが付いている。
車種は不明。 本当に楕円球体にタイヤを4つ付けただけの、そんな車
本来のキッチンカーは、トラックやバンの側面を開くようにしたものを指す。
車内に調理設備があり、その開いた部分で商売をするのだ。
だが、少年の視界に映ったそれにはそういった開く部分が無かった。
それならば何故移動販売車だと判断したのか。
理由の1つは漂う腹の音を誘う匂いだ。 焼き立てのパンが出す、独特のあの匂い。 それを煙突であろう場所から漂わせ、食指を誘っていた。
もう1つは、エプロンを着て疲れ果てた様相の青年が、疲れ切った声色で「いらっしゃぁい……おいしいパンあるよぉ……」と言っていた事だ。 売り子なのだろう、その様子は同情を誘うものだった。
だからだろうか。
本来夕食が近い――自分が作るとはいえ――時間に、その店に寄ろうと思ったのは。
「らっしゃぁーせ……へらっしゃー」
近付けば近付くほど、それがどれだけ気の抜けた声なのかが分かる。
言葉は形を結んでおらず、定期的に似た音を出しているだけだ。
「……あのー」
「へらっしー……へぁ?」
口だけ動かし、目も瞑っていたその売り子であったが、流石に呼び掛けられれば気付いたようで。
少年の少し引き気味な声に、どこから出しているのかわからない声で返事をした。
「ここは……パン屋……ですよね?」
「ぁー……お? おぉ! お客さん!?」
それほどまでに客が来ないのか。 まるで幻想種でも発見したかのような声色で、売り子の青年は歓喜の声を上げた。
改めて売り子の青年を見遣る。
自身もそれなりだと自負してはいるが、それよりも目立つ気がするオレンジ色の髪。
真白のエプロンの下に着ているのは紫色のジャンパーか。 何故その上にエプロンを着ようと思った。
表情は自身が声をかけるまではこれでもかという程に無気力。 だが、自身が声をかけてからは少年のように笑顔になった。
「あー、パン屋であってるんですよね?」
「おぉ! そうだぜ、ここはパン屋『APMG』! 世界一COOLなパンを提供する屋台だ」
売り子の青年は本当に楽しそうな表情で、そう言った。
「えーと……どんなパンを売ってるんですか?」
「なんでもいけるさ。 何か喰いたいパンを言ってくれ」
「んじゃ、アンパンで」
「はいよー! 旦那、アンパン1つ!」
売り子の青年はキッチンカーらしきものの側面をコンコンと叩きながら言う。
すると、その車の中で熱が生まれた事を少年は察知した。
「あんまり見かけない車だけど……普段も深山町にいるんですか?」
「いや? とりあえず冬木の各所を転々としてるぜ。 俺と旦那の2人だけでな」
パンが出来るまで少しかかるという事なので、雑談をする2人。
驚く事にここは注文を受けてから焼き始めるという。 少年の知識からすれば、それなりの時間を要するはずのそれは、売り子の青年の「ダイジョーブダイジョーブ、旦那は超COOLだからさ!」というよくわからない根拠に納得させられた。
「君は見た所学生さん? その制服、穂群原学園だっけ」
「えぇ、まぁ。 売り子さんは幾つなん……ですか?」
「俺は30そこら。 あと、敬語じゃなくていいぜ」
とても30には見えない。 そう思う少年。
そして雑談をしていると、キッチンカーらしきものの天井が丸く裂け、開いた。
中から出てきたのは、コック帽を被った白髪の目立つ初老の男性。
笑えば優しそうな目付きは固く閉じられ、身体を支えるために
もう片方の腕には紙袋。 本当に今焼いたんだとわかるような美味しそうな匂いと湯気が立っている。
「龍之介、落とすぞ」
「あいよ! ……おっし!」
そこから出てくる気が無いのか、男性は紙袋を落とす。
それを売り子の青年がキャッチし、こちらへ渡してくれた。
「……おぉ」
「な、な? 超美味そうだろ? 旦那のパンは世界一なんだよ!」
ただのアンパン。 されどアンパン。
シンプルなモノほど職人の腕が試され、生きる。
料理を嗜む少年から見ても、このパンは至高の出来だった。
「あ、そういえばいくらか聞いてなかったな……」
「ん? あぁそうだったな。 アンパン1つ、60円だぜ!」
「……そんなに安いのか」
出来も相当なものだが、大きさもそれなりにある。
パン生地だってタダではないのだ。 先の様子から見るに閑古鳥が鳴いているこの店で、そんなに安い値段でやっていけるのだろうか。
「うちは安心価格がモットーだからな! それに、固定客もいるんだ。 学生がそんなこと気にしなくていいぜ! それよりほら、熱い内に喰ってくれよ。 超美味いから!」
「じゃ、これ……60円」
「まいどありー!」
とりあえず60円を出し、青年の手に渡す。
そして紙袋を下の方から萎め、アンパンの顔を覗かせる。
小麦色。 否、黄金色と言っても差支えの無いソレは、しかし焼かれていないというわけではない。
パン生地の甘い匂いが鼻孔を擽り、速くそれを味あわせろと舌が叫ぶ。
「……」
パクりと、喰いつく。
その瞬間、様々な味が――真理とも呼ぶべき何かが、少年の脳髄を駆け巡った。
小麦の甘味。 砂糖の甘味。 塩の塩味、牛乳の甘味。 卵の旨味、バターの塩味……。
パンに使われている全ての成分が味覚を刺激し、少年はそのパン生地の産地までを想像した。
あまりの情報量に驚きその美味さにアンパンを見てみれば、齧られた部分は全体の何十分の一かという程度の量。 メインである餡子にすら到達しえない、極々微小な生地を噛みちぎっただけだった。
少年は気付く。 そういえば、餡子の匂いが一切しない。
アンパンというのだ、入っていないことはないだろう。
つまり、完全に密閉されているという事か。
「っ……」
ごくりと唾を飲み込み、大口を開けて齧りつく。
瞬間、少年は――『 』を見た、気がした――。
「おかえりなさい、シロウ。 どこかに寄っていたのですか?」
冬木・深山町。
それなりの――否、かなり広大な敷地を誇る武家屋敷・衛宮邸。
そこに帰り着いた少年は、
少年の手には紙袋が2つ。
そこから、なんとも美味しそうな匂いが漂っている。
「あぁ……ちょっと、パン屋にな」
「む……心此処に在らずと言った様子。 何かありましたか」
「セイバー用にも買って来たんだ。 今日の夕食はこれで済まそう」
少年が先に貰った紙袋より大きい紙袋。 膨らみ方から、いくつものパンが入っている事が伺える。
「シロウの料理ではないのですか……」
「いや、これは多分……セイバーも気に入ると思う」
「先程から漂う美味しそうな匂い。 シロウ、お腹が空きました。 早速食べましょう」
出迎えたセイバーと共に居間へ直行する。 テーブルに紙袋を置き、少年――士郎は手を洗った。
「んじゃセイバー。 好きなのを選んでくれ」
「では、遠慮なく」
セイバーが選んだのはパン界の3枚目、カレーパン。
紙袋から取り出した時点で、濃厚なまでのスパイスの香りが居間に広がる。
士郎も同じものを取りだし、皿をしたに敷いて両手で持つ。
買ってからそれなりに時間が立っているはずなのに、揚げ立てのように温かいソレ。
「いただきます」
「いただきます」
パリとした食感。 適量の油。
仄かに甘い生地が舌を刺激したのも束の間。
溢れ出したカレーが、凄まじい量のスパイスが、2人の舌を包み込んだ。
「
「体はパンで出来ている……ハッ」
他のパンも全て美味しく頂きました。
他の更新の合間に更新するので頻度は極低です。