【改稿版】 やはり俺の灰色の脳細胞は腐っている【一時凍結】 作:近所の戦闘狂
☆---Side Hachiman Hikigaya---☆
そこからの流れは速いものだった。
俺と二宮さんに関してだが、攻撃トリガーを展開させていたとはいえ相手が先に攻撃してきたことを考慮され、結果的に無罪放免となった。
しかしその一方で、真正面から「トリガーを使って」殺しにかかった北条と小笠原の二人に関しては、観衆のど真ん中で行ったこともあり最早言い逃れも出来ずにボーダーから追放されることとなった。記憶消去措置も含めて。
忍田さん曰く、彼らはこれまでにもかなりの問題行動をしていたらしい。
特定の人物に向かって脅しながらポイントを搾取したり、ボーダー外でトリガーの不正使用により恐喝をしていたり。
これまでは決定的な証拠がなく、本人たちも巧く偽装工作をしていたため手が出せないでいたのだ。
そう言った件も含めて今回で完全に追放が決まった。
それから数日。
俺は何故か那須と喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
敢えて言わせてくれ……。
「どうしてこうなった……」
「……? どうしたの? 比企谷君」
「いや、何でもない……」
むしろ問題しかない。
何故こんな事態が発生したかを説明すると、事後処理が終わった後に二宮さんから呼び出しを受けた。
今では様子見以外の目的で連絡を取らなくなったこともあり、特に何も考えずに待ち合わせ場所に向かってしまった。
それが全ての過ちだった。
集合場所には何故か那須もいた。二宮さん曰く、「弟子が師匠の実力を把握していないとはどういうことだ?」とのこと。
それに師弟がお互いのことを知らなさすぎるというのはどうか、という忍田本部長による鶴の一声で俺と那須の懇親会が決まった。
何それ全然うれしくない。
ここで思春期の少年少女ならば「これってデートじゃね!?」などと胸を膨らますかもしれないが、残念ながら俺にはそんな気持ちは残存していない。
長らく続いた沈黙に耐え切れなかったらしく、那須はポツリポツリと話し始めた。
「比企谷君。あの騒動の前に、話したいことがあるって言ったの覚えてる?」
「あぁ、そんなこと言ってたな。色々ありすぎて忘れてたわ」
「実はね―――」
そして那須は、ポツリポツリと話し出した。
☆---Side Rei Nasu---☆
それは、本当に偶然だった。
私が師匠である比企谷君の下に修行の練習メニューの調整をお願いしに行く日のこと。確か、比企谷君は事故に巻き込まれて入院していたんだっけ。それで病院の中の個室まで向かって、ちょうど病室に入ろうとしたときにふと体が硬直してしまった。
誰かに向かって話しているのは分かったが、問題はその内容にあった。あまりに凄惨な、彼の過去。この話を聞いてしまって、この後どんな顔で会えばいいんだろう。最初はそんな思いを抱いていたが、そんなものが生温いとすぐに思い知った。話に出てきた、彼の妹を誘拐し彼らに暴行を加えた話。私はその話を知っていた。
なぜなら、その事件は私が小学生の頃にあったものなのだから。
ちょうど六年生のころだった。比企谷君が男子生徒数人に対して暴力を働き、結果彼一人が「前科持ち」のレッテルを張られたのだ。
この事件の真実を知っているのは、当事者である比企谷君と彼に苛めを働きかけていた者たちと、私だけなのだ。
何故私が知っているのか。
その事件の当日、私は珍しく学校に行っていた。
体が弱いこともあり、普段学校を欠席している私には、友達らしい友達は比企谷君しかいなかった。彼は学級委員長の仕事を押し付けられたこともあり、その日配られたプリントや課題などを毎日私の家まで届けてくれていたのだ。
そのついでに私は比企谷君とたくさんおしゃべりを楽しんでいた。
初めは少し嫌そうにしていたものの、暫らく経つとまんざらでもなさそうにしていた。
その日、比企谷君と一緒に帰ろうと彼に声を掛けようとした時、誰かが比企谷君に話しかけているのが見えた。
嫌な顔つきでニヤニヤと話す誰かとは対照的に、比企谷君の表情には暗い影を落としていた。
様子が変だと思った私は、こっそりと彼らの後を付けた。
たどり着いたのは町はずれの廃工場。
そこで見たのは、比企谷君が何人かの男の子達からただひたすらに暴力を振るっている光景だった。
『ヒドイ……!』
私はどうしていいか分からなかったがとにかく警察に電話を掛けることにした。
それが、さらなる大惨事に陥るとも知らずに。
急いで近くの公衆電話から警察に電話を掛け、その勢いのまま元の場所へと戻った。
比企谷君は未だに暴力を振るわれている最中だった。
もはや声も出ない。
そんな中、暴力を振るっていた男の子の一人が、近くに縛られている小さな女の子に殴りかかろうとした。
(危ないッ……!!)
思わず目を瞑るが、少しづつ目を開けた先には無事な女の子の姿があった。
そこに一先ず安心はしたものの、比企谷君の足下にさっき殴りかかろうとしていた男の子の姿があった。
比企谷君はその足元を一瞥すると、そのまま七人以上の相手に向かって殴りかかった。
結果は見えているはずなのに、私は彼を見続けてしまった。
結果的に言えば、比企谷君はすぐに全滅させた。
信じられないほど俊敏な動きで相手の急所を殴り続けたのだ。
暫らくして、比企谷君は女の子の縄を解いた。比企谷君の胸元で「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と泣き叫ぶ女の子に、よかったと安堵の気持ちがあふれた。
全員がまだ幼いこともあり、誰も逮捕されることは無かった。
事件に関与した人たちには停学処分になったが。
でも、事件の後、何故か事件が起きたことが広まっていた。その内容はあまりに理不尽なものだった。
“比企谷は複数人に暴行したことで少年院に送られた”
このことで彼には「前科持ち」のレッテルが張られた。
こんなことが許されていいのだろうか?
私は何とかしようと思い立ったものの、学校にあまりいけないこの身体ではどうしようにもなかった。
私は事件のすぐあと、治療の都合で学校を転学することになった。
そのまま私はやりきれない思いを抱いたまま、小学校を卒業した。
もう一度だけあの頃のような、誰にも、どんな悪意にもさらされない環境の中でもう一度お話をしたかった。
中学も違う学校に通うことになり、尚更会いにくい環境になってしまった。
中学での間も、その時の気持ちが行き場を失いつつあった。
仲のいい友達は一人も出来ず、一人ぼっちのまま時だけが過ぎていく。
何時しか三年の月日が経ち、記憶が薄れ始めてもその頃の思い出は私の中で輝き続けていた。
そして時間は元に戻る。
病室内での話をきっかけに、私は記憶を蘇らせることになる。
けれども彼は、私のことを忘れてしまっているみたいで。それに安堵しつつも、私は彼にどう話せばいいのか分からなかった。
それを、長年溜め込んでしまった思いをこうして今、漸く伝えることができた。
彼は――比企谷君はどう思っているのだろうか。
緊張に手が震えながらも、コーヒーのカップを啜った。
飲み終えてテーブルに置いたカコーヒーの表面に立つ波は中々収まらなかった。
彼は目を閉じて数秒間――その黙考を終え、ゆっくりと瞼を開いた。
彼の返答は、如何に。
☆---Side Hachiman Hikigaya---☆
正直、どうすればいいのか戸惑っていた。
俺にとって数えるほどしかない、小学校の頃の楽しかった思い出。
那須と最後に話したのはあの事件の前だったか。
あの事件は俺に対する慢性的な悪意が爆発した結果に過ぎない。あの時起こらなかったとしても、何時かは起きていた。
あの事件でまさか前科持ち呼ばわりされるとは思わなかったが、そんな下りがあったのか。若干記憶が曖昧になっていただけにそれに関心をもったものの、彼女が責任感を感じてしまう必要もないことを思い、少しだけ面倒に感じてしまう。
それに……。
「昔起きたことを言っても仕方ないだろ」
俺の一言に那須が硬直したのがわかった。
妹である小町以外にまともに話したことの無かった俺にとって、那須との談笑は唯一の楽しみだったのを覚えている。
中学に入ってからは親からのネグレクトが酷くなって、バイト等に勤しんでいるうちに記憶の片隅に片づけられてしまっていた。
俺も出来ることならあの頃に戻りたい。でも。
「那須は俺と元の関係に戻りたいみたいだが、それは駄目だ」
那須が息を飲むのがわかった。
顔に影を落とし、若干俯く。テーブル越しで見えないが、腕が僅かに震えていることからその両手は握りしめられているだろうことがわかる。
那須はあの頃の様にまたとりとめのない談笑をしたいみたいだが、それじゃあ駄目だ。
元に戻るということは退化することと同義だ。そもそも俺たちの関係は一度崩れ去った。
「那須が今抱いている感情は欺瞞だ。過去の事件の罪滅ぼしのつもりならなおさらだ。このまま元の関係に戻ったとしてみろ。お互いに気を使いまくらなくちゃならんくなる。
それはお前が望むものなのか?」
それこそおかしな話だ。目的を達成するのは容易だが、そこからが続かない。
それは元の関係に戻ったと言えるのだろうか? 答えは否だ。
でもここでもし那須のことを拒絶したとして、俺はそれで納得するのだろうか?
その答えは、否だ。
はっきり言って、この問題の解消策はもう浮かんでいる。
でも、それをすることはしない。いや、できないのだ。
もう一度その関係を構築できたとして、それを失った俺はどうなるのだろうか。「また失う」という、自分の闇の部分が語り掛けてくる言葉が俺を雁字搦めにしてくる。
俺は、どうするべきなのだろうか。
「――比企谷君は……どうしたいの?」
那須はそれでもなお食い下がるかのように問いかけてきた。
「俺は――」
失うことへの――ある意味でのトラウマが、問題の解消をさせない。
『ダメだよ!』
唐突に声が聞こえた気がした。
ひどく懐かしく、とても心に染み渡るその声色は。
「小町……?」
その声は、俺のことを咎めていながらも「がんばれ!」と背中を押してくれているように感じた。
思わず辺りを見渡してしまうが、当然その姿は見えない。
空耳ではあったものの、その心に響き渡った声色は暗雲の漂っていた心を清らかにさせた。
俺は。
俺の解は、漸く出た。
いや、解が出るまでには時間は掛かっていなかった。その解を述べる勇気がなかっただけなんだ。
(……ありがとな、小町)
心の中で小町にそう言ってから、俺は改めて那須と向かいあった。
「全てゼロに巻き戻せばいいんだ」
これは問いに対する視点の固定化こそが本当の問題だ。
昔の関係があったからこそ、「元に戻りたい」という考えが頭に浮かんでしまうのだ。
だったら視点を変えればいい。
全てを原点回帰させて、ゼロからまた関係を構築しなおせばいい。
「一度崩れたものを元に戻すことはできない。でも、もう一度始めることはできる」
初めは取り繕うことも多いかもしれない。虚偽で塗りつぶすこともあるかもしれたい。それに、時間が全てを解決してくれるとは限らない。
それでも抗わないといけない。
――そうだよな? 小町。
今はここにいない妹に向かって心中で呟く。
昔から助けられっぱなしだからな――。
一通り話を聞いた那須は、目を丸くさせながらも、「うんっ!」と返事をくれた。
その時の表情はさっきと打って変わって憑き物が取れたかのように晴れやかなものとなった。
弟子入り編 完
後書きストーリー vol.4
俺は彼女を救えなかった。
今でもその影響あってか、彼女との関係は希薄になってしまった。
彼女との付き合いは小学校以来になる。
うちの親が彼女の家の顧問弁護士をしていることもあり、家族ぐるみでの付き合いだった。
そんな彼女は四年生の頃、いじめを受けるようになった。
何が切っ掛けかは分からないが、放置しておくなんて俺にはできない。俺は彼女を助けたくて、彼女をイジメている人たちに言った。
“もうこれ以上■■ちゃんを虐めるのをやめてくれ。やった人は■■ちゃんに謝ってくれ”
俺はHRが終わってすぐに彼女たちにそういった。
彼女たちはすごく申し訳なさそうにしながらも、■■ちゃんにちゃんと謝ってくれた。
俺はこれで終わってしまっていたが、その後■■ちゃんが未だにいじめられていることを知った。
俺はもう一度彼女たちに話をしたが、彼女たちは何もしていないらしい。
それじゃあ誰がそんなことをしているのか。尚の事分からなくなった。
だから俺はそれまで以上に■■ちゃんと話をし、彼女が虐められないようにと必死になった。
それでも彼女が虐められている痕跡は消えることがなかった。
靴箱を覗けばゴミが入れられている。
下履きがないのに上履きがなかったり。
ただただ悔しかった。
俺なんかじゃ彼女を救えないのか。
何度も助けようと必死になった。
だけどある日。学校の廊下で俺はとある女の子に言われた。
言われてしまった。
“そんなやり方じゃ、誰も救えないよ”
それだけ言ってから、彼女はその場から立ち去ってしまった。
俺はしばらくそこから動くことが出来なかった。
頭の中でいろんなことを考えた。
彼女はどうしてあんなにも周囲から悪意を集めてしまうのか。
俺にはわからない。
じゃあどうすれば彼女を救えるんだ。
俺は色んな方法を模索した。
誰も傷つかないように、彼女を救う方法を。
その方法を知る人間を知るのは、高校に入ってからのことになる。