【改稿版】 やはり俺の灰色の脳細胞は腐っている【一時凍結】 作:近所の戦闘狂
世界を変えているのは、いつだって独裁者だ。
アドルフ・ヒトラー然り、ロベスピエール然り、クロムウェル然り。
彼等は後の世では独裁者と疎まれているが、元々国に革命をもたらさんとして民衆を導いた。
だが次第に彼らは側近以外の反対意見を述べるものを片端から処刑した。そうなれば次に起こるのはクーデターと相場が決まっている。
だがその独裁者のお陰で世界が進歩したというのもまた事実なのである。第二次世界大戦後ではより現実的に平和を追求していけるよう国際連合が成立した。恐怖政治の後には二院制議会が成立し、人々の意見とのやり取りが活発になった。イギリス革命ののちには議会と国王の関係が改善された。
……とまぁ、長々と述べたが、結局何が言いたいか。
「おい、比企谷。こいつらとランク戦しろ」
目の前にいる二宮匡貴が俺を睨みつけながらブースを指さして言った。
……そろそろクーデターを起こしても問題ないよな?
☆---side Hachiman Hikigaya---☆
とある平日授業が終わった放課後、俺はボーダー本部へと繋がる地下連絡通路をぼんやりと思い耽る。
最近、どうにも那須の様子がおかしい。
というのもあくまで推測の域を出ないのだが。
俺が退院してからというものの、彼奴は妙に余所余所しくなった。
ボーダー本部で話をするときも、何かを言おうとして口を紡ぐ――といった具合だ。
かといってこちらから話を持ち掛けたりするのも酷だろうから、彼奴が話を持ち出すのを待っているが一向に話してこないため、気にするのをやめた。
面倒なのだ。
っとまぁこんな感じではあるが、那須には退院してからは練習メニューを組むくらいしかしていない。
単に機会がなかったのも理由の一つだが、どちらかというと俺が練習をできる限り見ないで済むように考えた。
なるべく誰かと一緒に居るのは避けたいが、面倒見ないと風間さんに叱られるため、周囲にサボっていないと思わせられる程度の加減をしている。
さすが俺。
だがさすがにそれもずっととはいかないから、直接的な指導も偶には入れないと風間さんにどやされる。
……俺って風間さんの事怖がり過ぎじゃね?
うん、よし。気にしたら負けだ。
などと思案に耽りながら本部へ続く道を歩く。
そして、通路の角を曲がった時。
「あっ」
「げッ」
思いもよらずトリオン体になっている那須と遭遇した。まぁ俺の方は本音がだだ漏れであったが。
「比企谷君……その、えっと、時間までまだ少しあるけど、どこかに行くの?」
「ん? あぁ、給料を貰いにな。それじゃあ」
ボッチ危うきに近寄らず。すぐさまその場から立ち去ろうとした。
だが、そんな俺を逃がすまいと那須は俺の衣服の袖をつかんだ。けれどもその掴んだ指先はとても弱弱しく、まるで何かを恐れているみたいだった。
俺にはその手を振り解くことが、出来なかった。
「じゃあ、さ。途中まで一緒に行かない? 私、となりのロビーに行こうと思ってたんだ」
受付近くのロビーといえば、女子たちが集まる花園だという噂を耳にしたことがある。近くに結構うまいと評判のクレープ屋が出店しているからだ。それゆえ、必然的にそのロビーはリア獣共(誤字に非ず)の巣窟になる。
逆に俺のようなボッチや非リア充達は食堂の一角のスペースに集まることで有名だ。こちらは一番ネットの接続がいいからだ。ちなみにその辺りのことを一部の人間は『ディストピア』と呼んでいる。何それ怖い。
「お一人様でごゆるりとどうぞ」
「どうしてそうなるの!?」
「ばっかお前一緒に歩いてたらそこらのバカにリア充と勘違いされんじゃねぇか。そんなの嫌だぞ俺」
やがて普通に誘ったら埒が明かないと悟った那須は、まるで意を決したかのように体ごとこちらに向けた。
「……大事な話があるの」
那須がようやく口にできた言葉の重みは、どこかに違和感を覚える。まるで知ってはいけないことを知ってしまったかのような、踏み込んではいけないところに踏み込んでしまったかのような。
俺はこんな時の対処法は残念ながら持ち合わせていない。
でも。
―――もし綾辻だったらこんなときなんていうんだろうな。
「まぁあれだ。どうせ行き先は隣なんだ。いちいち一緒に行くっつったって仕方ないだろ」
そのセリフを聞いて、那須は顔を明るくさせた。
俺はそんな那須をほっておいて、先に歩き出した。
☆
一体どうなっている。
俺は今、連絡通路の一角にある踊り場にて先日視界にとらえた二人組と遭遇してしまった。いや、正しくは連れ込まれたのだ。
連絡通路のなかでも監視カメラ等がないエリアで突如那須が襲われた。完全な不意打ちだ。
そもそもソロランク戦以外での戦闘行為は隊務規定違反となり、除隊とまではいかないまでも4000ポイントを没収され、マスタークラスになっていなければ訓練生に逆戻りとなってしまうのだ。
そしてそのあと、那須の腕を掴んで踊り場まで引きずっていくのを慌てて追いかけてしまった。トリオン体と生身の肉体との身体能力の差は歴然としている。
俺が踊り場にたどり着くと同時にあいつらは那須を人質にすることで今に至るわけだが、先ほどから那須の様子がおかしい。息遣いは荒く、顔はどんどん青ざめていく。
二人は那須の様子がおかしいことには一切気付かず、俺に向かって醜悪に満ちた目を向けてくる。
「なんで……」
二人組の内の一人――頭は金髪に染めており、那須を拘束していない方――は、様々な黒い感情を詰め込んだ声で話し出した。
「なんでお前がここにいるんだよ。なんで那須さんと一緒に居るんだよ」
「……は?」
そいつはまるで俺と以前にあったことがあるような口ぶりで話し出した。ていうか誰だよホント。
「覚えてねぇのかよ。まぁいい。覚えていないのなら思い出させてやるよ」
「そもそもお前みたいなやつと関わりをもっているって周りに露見するだけで恥だけどな」
金髪の奴に続いてもう一人――那須を拘束してい方――が厭味ったらしく続けていった。
「北条と小笠原だよ。第二小の時に同じクラスだった」
「な……!」
俺は先ず驚嘆した。まさかこんな奴らがボーダーに入っているとは思わなかったからだ。
そして次に感じたのは、自身から発せられた明確な殺意。
四年前、小町を連れ去って人質にし、俺に散々暴力を振るってきた奴等は七人だが、その中での主犯はこの二人だ。
そして北条は、小学校二年の時に初めて俺を嵌めた張本人だ。
親の仇――実際には妹の仇だが――と言っても過言ではないその相手を見て、平常心を保っていられることの方が難しいだろう。
正直今すぐ殴りたいのを我慢することで精一杯だった。
その衝動を理性だけで抑え込みながら、現在の状況を俯瞰する。
このスペースの近くに監視カメラは見当たらなかった。ということは、前もってここで何かをする証拠隠滅のために待ち伏せていたのか。
二人の目は明らかに人を何人でも殺しそうな奴のものだ。明らかに冷静さを失っている。
こいつらの目的はよくわからない。
俺と那須が一緒に居るのが気に喰わないのはまだわかりやすいが、なら何故あいつらはその那須のトリオン体を解除させて拘束しているんだ?
そして那須の顔色はますますひどくなっている。
もともと体力がないのか病弱なのかは分からないが、いずれにせよ拙い。
そして俺。
今は冷静な判断ができているが、何時理性が崩壊するか分からない。
現在の最優先事項は「那須を安静にさせる」こと。
その次に「本部長に現在の状況を報告する」こと。
那須を安静にするにはあの二人から解放させるのが絶対条件だとして。どうやってあいつらの気を逸らすかは既に考えている。
そして本部にここでの状況を少なからず認識してもらうには。
俺が考える最善の手で、動け。
☆---side third person---☆
同時刻。
「ありゃりゃ。やっぱりか」
ロビーにてサングラスを掛け、ぼんち揚げを食べる男がいた。
迅悠一だ。
彼がいきなり”やっぱりか”と言い出したのは、彼が持つサイドエフェクトによる。
『未来予知』
見た人間の未来を知ることができるというもので、ランク付けではSランクになる。
その場にいなくても、一度見た人間の未来がどうなったかわかるようだ。迅が考えていたのは、比企谷八幡の未来がかなり拙い方に傾いたからだ。だが、その未来のすぐ隣に最善の未来が存在している。
迅が見る未来は、不安定で大きなレールの上で玉を転がしているようなもの。そのレールは何本もあり、それぞれが良い未来、悪い未来を表す。
彼には比企谷が入院中に話した時に、暫らくしたらトラウマの対象とバッタリ会うことは分かっていたし、綾辻とのトラブルが解消されるのも視えていた。その前に会った時には、弟子入り志願されることもわかったいた。
弟子入りの件に関しては風間蒼也に話を持ち掛けた。本人も比企谷のことを気にしていたため、これがいい切っ掛けになればと言っていた。
そして、彼が今感じた比企谷の最悪の未来は、このままボーダー除隊+記憶封印措置というものだ。
勿論そうならないために、迅は先週からいろいろと行動を起こしていた。
この結果が吉と出ることを、信じてもいない神に祈りながら。彼は事後処理のことを考えながら人気店のクレープを頬張り始めた。
「さぁてと、忍田さんになんて言おうか……」
この辺、彼はかなりルーズであった。
☆---side Masataka Ninomiya---☆
そのスーツに身を包んだ影は、ゆっくりと本部基地へと歩いていく。
先日、知人である迅に頼まれたことを思い出していた。
だが、その予言は相変わらず的を射ないような曖昧なものばかりだった。二人組と比企谷が揉めていたら仲裁に行けだと? 俺に何をさせたいのか全く分からない。
だが予言とはそう云うものだ。
かつて俺が比企谷を弟子にしたとき、本部長からはなぜか念押しされるようなことを言われた。
”比企谷を、くれぐれも頼むぞ”
俺が比企谷を弟子にとったのは本当に偶然だ。たまたま訓練室のブースを覗いたときにあいつが練習している姿が見えた。
その姿を見た俺は確信した。”こいつは弱いが、強い”
強さとは言うまでもなく彼の潜在能力の方だ。彼の立ち回りにはあまりに無駄がなかった。あいつはまだ発展途上だ。使えるトリガーの種類も少なければ、攻撃が単調になる。だから弱い。
こいつは戦い方を間違っている。だったら俺が直してやる。
俺がこの男に興味を持った瞬間だった。
それからはある意味とんとん拍子で話は進んだ。本人は相当嫌がっていたが。
言うことを聞かなければ訓練室で制裁。実力が上がれば練習内容をハードにしていった。俺が見込んだ通り、メキメキと実力をつけていき、シューターの中でルーキーと目させる者たちの一人となった。
それに伴いチームへの勧誘も後を絶たなかったが、本人はすべて断った。
それもそのはず、ランク戦にしか興味を持たないチームにあいつが入るとは思えなかったからだ。
結果、アイツは自分の道を突き進み、一人ボーダーでも浮くようになった。
そんな比企谷のことを考えながら角を曲がった時、俺は驚嘆せざるを得なかった。
二人組に拘束された少女と、射撃トリガーを展開している比企谷の姿があった。
☆---Side Hatiman Hikigaya---☆
「おい、何をしている」
その声は妙にその空間に響いた。
声色はとても澄んでいて、だがそれでも呆れや叱咤を含んでいた。
その声の主を、俺はよく知っていた。
「二宮さん……」
「個人ランク戦を除く戦闘を固く禁ずる。そんなルールも分からんのかたわけ」
二宮さんの断罪により、その場は一時沈静化した。
だが。
「お……俺は悪くねぇ! 俺はただ助けようとしただけだ!」
「そうだ! 全部比企谷が悪いんだ!」
北条たちは自分達が助かりたいたいと思うあまり、俺を人柱に仕立て上げようとし出した。
こいつ等の常套手段だ。
これの所為で、俺は小中の頃に起きた事件の責任の全てを押し付けられた。
相変わらず反吐が出そうだ。
だが、那須がこれに待ったをかけた。
「違うんです! この人たちがいきなり襲い掛かってきたんです! 比企谷君は私を助けようとしただけで、何も悪くはないんです!」
那須は泣きそうな表情をしながら叫び出した。唇は青く、息切れを起こしているがその表情はある意味での安堵にも見えた。
「お前は誰だ」
「那須玲です……」
二宮さんは那須の名前を聞き出すと、どこか納得したような表情をした。
二宮さんは一瞬俺を一瞥したと思うと、三人がいる方へ向かい合った。
「お前等はこれが悪いと言う」
二宮さんは親指で俺を刺しながらいいのけた。いや俺さっきから何も言ってないし、若干空気になっていた感は否めないけどさ。扱い悪くね?「これ」とか物じゃん?
「お前はこれが悪くなく、こいつ等が悪いという」
これは撤回しないんだ。
「残念ながら俺はお前らがトリガーを展開して向かいあっているところしか見ていない。お前らの意見は完全に噛み合っていないから、俺には隊務規定違反というところしか判断できない」
二宮さんはその眼力でこの場にいる全員を睨み付けた。
そして二宮さんは脅しにかかった。
「俺が本部に報告して除隊措置になっても問題はないが、幸いなことにここには俺しかいないから、この件を握り潰すこともできる。だが」
そうってのけた時の二宮さんは何か楽しそうでもあった。顔は相変わらず仏頂面だが、目元が若干笑っているように見えてしまった。
「この件に関してはそうはいかない。ならばここで決めておくとしようか。どちらが悪なのか。その正義を示さんとするなら、その腕を以て示せ」
二宮さんは一区切りついたところで俺に向き合って言った。
「比企谷。こいつ等とランク戦しろ」
…………………ん?
後書きストーリー No.2
私は姉が大嫌いだ。
どんなことも完璧にこなし、またその容姿は見るものを引き付けて止まない。一度社交場に足を運べば、彼女に話しかけるものは後を絶たなかった。
そんな姉と私は頻繁に比べられることがあった。
「姉の様に如何せんパッとしないな」
そんな言葉を数えられぬほど聞いてきた。
言われた訳ではない。
でも、家の廊下を歩いている時にふとそんな言葉が聞こえてくるのだ。
悔しかった。
私には姉のような才能はない。
やがて私は、ある結論に到達する。
「姉が天才なら、私はそれに勝るほど努力すればいい」
それからの日々は苦渋に満ちた日々だった。
何度も心が折れそうになった。
何度も泣きそうになった。
何度も逃げ出したくなった。
それでも、私は諦めなかった。
あの人に近づくために。
あの人に追いつくために。
周りが何と言おうと、全て潰して回った。
でもある日、母に衝撃的なことを言われた。
『そんな事やっても意味なんてないから、あなたはただ勉強していい学校に行って私が選んだ男と結婚していればいいの』
まさか、実の母親にそんなことを言われる日が来るとは思わなかった。
私の中で、母親に深く絶望している自分がいた。
だが、私の中で炎の如く燃え盛る何かがあった。それは私の中でこう叫んでいた。
「死んでも負けてたまるか」
「死んでも諦めてたまるか」
その場では何も言い返さなかったが、その気持ちだけを心に仕舞い込みその場を立ち去った。
私はそれ以降、これまでと同じように――いや、それ以上に努力を積み重ねた。
それでだろうか。姉が以前にもまして妙に私に絡むようになった。
それも妙に私を貶めるようなことばかり言うのだ。
「もうやめちゃえば?」
そんなことも言われた。
でも私は頑として諦めなかった。
そして話変わって中学校では、周りからの嫉妬がどんどんひどくなっていった。
それが陰湿ないじめとして形を変えて私に降りかかった。
「どうしてこの人たちは他人の努力を認められないのだろうか」
そう悩んだ挙句、たどり着いた結論は簡単なものだった。
「だったら、この世界丸ごとヒトの意識を変えればいいんじゃない」
そして年月は経ち、高校に入学する時が来た。この地域で一番の進学校だ。
誠に悔しながら――失礼。誠に腹だたしながら、私は次席合格だった。それにもかかわらず、私が新入生挨拶をしなければならなくなった。
というのも、主席が頑として首を縦に振らなかったらしい。
……これは主席さんにお話が必要そうね。
そう心に決めた私は、新入生挨拶に向けて原稿を書き始めた。
そして入学式の前々日。私は普段通りの日常の中、父に呼び出された。
『高校から一人暮らしをしなさい』
どうして? なぜこんなに急に?
いろいろと聞きたかったが、父はそれを一掃し「急いで準備をしなさい。もし忘れ物があったら後から届けるから」と言われ、なされるがままに家を出た。
追い出されたのだろうか?
少しショックな反面もあったが、これまでになく心が躍っていることに気が付いた。
――家族からの柵から、漸く解放される……。
ついに雪ノ下雪乃は、自由を追い求める猫へと姿を変えた。
これからの高校生活に期待をしながら、下宿先のマンションへと車に揺られていった。
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7月1日
誤字報告があったため修正を加えました。
二宮匡賢⇒匡貴