アイドルが通う小料理屋の話   作:屑霧島

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すみません。更新が大変遅れてしまい、申し訳ありません。
魚ネタが続いているので、野菜や肉ネタに走ろうと努力したのですが、結局魚に走ってしまいました。
そのため、今回も魚です。

そして、もう一つ謝ることが。
今回は挿絵(写真)がありません。
理由はミノカサゴが調達できなかったからです。
生きている時の写真や調理後の写真を皆様に見せたかったのですが、非常に残念です。


来店七回目:ミノカサゴの松皮造り

「なんでプロデューサーさんはカワイイボクにいつもなんてことさせるんですか!」

 

346プロ所属の輿水幸子は憤慨していた。自分のアイドルとしての活動内容が一般的なアイドルの物からかけ離れたものであったからだ。確かに、歌って、踊って、バラエティー番組で可愛い姿を見せて、CMに出るなどの一般的なアイドルの仕事もしている。だが、それに幸子の場合、過激な内容がプラスされていた。最初は偶になら良いかと思ってその仕事を引き受けた。仕事を達成した時に、担当のプロデューサーであるCuPが自分を褒めてくれるのが嬉しかったからだ。だが、その無茶ぶりは次第にエスカレートしてきた。『ボクは天使だから空から舞い降りなきゃいけませんね』と言った直後のライヴ前にスカイダイビングをさせられたり、泳げないのに見栄を張って『まるでボクはマーメイドですね!』と言った直後にプールに落とされたり、『幸運に生まれたボクですから!』と言った翌年の正月の特番では大吉を引けるまで罰ゲームを受けて何度もおみくじを引いたり、白坂小梅と一緒に心霊スポットでお泊り、星輝子とジャングルの奥地に伝説のキノコを採りについて行き猛獣とかけっこなどしていた。そのせいで、(自称)心の広い幸子の堪忍袋の緒が切れた。

 

「幸子にはこういうやり方が良いと思ったからやっているのだが…」

「ボク以外にもボクほどじゃなくてもカワイイ人はいますよね?なのに、なんでボクだけなんですか!」

「幸子の可愛さと他のアイドルの可愛さは別だから、同じやり方してもダメだろう?」

「そんなのやってみないとわからないじゃないですか!」

 

いつもなら幸子を納得できるCuPの言葉に対して、幸子は初めて反論してきた。CuPは幸子の予想外の反論に対してどう切り返すか悩む。幸子の様子がおかしいと考えたCuPはまず幸子を落ち着かせるために、お茶の飲ませて落ち着かせようとする。

 

「えぇーっと、幸子、とりあえず、お茶でも飲んで……」

いつもなら幸子を説得できているCuPの言葉に対して、幸子は初めて反論してきた。CuPは幸子の予想外の反論に対してどう切り返すか悩む。幸子の様子がおかしいと考えたCuPはまず幸子を落ち着かせるために、お茶の飲ませて落ち着かせようとする。

 

そう幸子は言い残すと部屋から出ていった。

幸子が憤慨している理由は普段の仕事の内容に関してなのだが、幸子がこのように憤慨している切欠とは、気分転換に見てしまった、あるファンサイトの一部の書き込みだった。

 

『涙目になりながら強がる幸子ちゃんが良かった。今度はバンジーだな』

『さっちんの涙目については同意だが、次はヌタウナギのプールで寒中水泳』

『ゴキブリだらけの部屋に隔離だろう』

 

ファンサイトの一部の書き込みは幸子弄りを容認・推奨させるような内容だった。それは幸子の考える可愛いからかけ離れているように幸子は思っていたため、彼らの書き込みとは真逆の内容に仕事を幸子はCuPに求めた。だが、幸子の予想に反して、CuPからの言葉は彼らの書き込みを容認するような内容だったのだ。

 

『うーん、まあ、とりあえず、百人隊だよな。話はそれからだ』

 

そして、冒頭の幸子の言葉になる。頬を膨らませることで怒りを露わにする幸子は廊下を歩き、アイドルのための休憩室へと向かった。休憩室に辿り着いた幸子はソファーに座って、今日の学校の授業のノートの清書を始めようとする。だが、ノートを広げた瞬間、幸子の後ろから低い唸り声が聞こえてきた。そこで、幸子は振り向き声の主を見ようとする。だが、誰もいなかったため、気のせいだと思い、ノートの清書を始めようとする。だが、また、聞こえてきた。幸子は立ち上がり声のする方へと向かう。

 

「誰ですか?」

 

だが、誰もいない。そう思った時だ。幸子の右肩に誰かが手を置いた。手を肩に置かれたことで少し驚いた幸子はゆっくり振り向く。幸子の肩に手を置いたのはCuPの担当のアイドルである佐久間まゆだった。そして、まゆは幸子の瞳の中を覗き込むように、顔を近づけてくる。幸子の視界は光のない病的な瞳をしたまゆの顔で埋め尽くされてしまった。急に現れたまゆが恐ろしい表情に近づいてきたことに幸子は動揺を隠せず、大量の嫌な汗を流していた。そして、そんな幸子に一つの質問をまゆにした。

 

「どこですかぁ?」

「え?」

「CuPさんを困らせるイケない幸子ちゃんはどこにいるんですかぁ?」

「ま、まゆさん、ボクはCuPさんを困らせてなんていませんよ!」

「でも、さっき、まゆ、聞いちゃったんです。幸子ちゃんがお仕事選びをするって、CuPさんが折角幸子ちゃんのために仕事を選んでくれたのに……違う? 違わないよね? さっき盗聴器でそう聞いたから間違いないよね?……ふふふふふふ」

「ひぃ!」

 

幸子は猛ダッシュでまゆの元から逃げる。CuPが絡むと盲信的に猛進するまゆのことは他のアイドルから聞いていた。そのため、あのまま一緒に居ると不味いと思った。廊下を数分走ってある部屋に駆け込んだ。その部屋は幸子と「カワイイボクと142’s」でユニットを組んでいる星輝子や森久保乃々が好んで隠れる部屋だった。

 

「輝子さん、乃々さん、少しだけボクを匿ってください」

 

涙目になりながら懇願してくる幸子の頼みを聞いた輝子と乃々は幸子のために隙間を作って幸子を迎え入れる。幸子はその隙間に入り込み、息をひそめる。幸子が机の下に隠れてから数十秒後、幸子の隠れている部屋の扉の開いた音を幸子は聞いた。音のする方を見ると、まゆの足が見えた。追ってきたのだと察した幸子は息を止めて、まゆが去るのを待つ。そんな幸子の願いが通じたのか、まゆの足音が遠くなる。そして、それは部屋の外へと出ていった。

 

「助かりました。可愛く完璧に隠れているボクをまゆさんは見つけられなかったようですね」

 

だが、次の瞬間、複数の足音が聞こえてきた。まゆが戻ってきたのかも思った幸子は再び同じ場所に隠れてやり過ごそうとする。だが、足音は幸子の部屋の中に入ってきて、まっすぐ迷いなく幸子の隠れている机の前にやってきた。その結果、幸子の視界は4人の足で埋め尽くされた。その四人のうちの一人は間違いなくまゆであると分かっている。そして、まゆと一緒にいる三人と言えば……

 

「まゆちゃん、幸子ちゃんはどこに行ったのかな?」

「さあ、どこでしょう? ゆかりちゃんは分かりますかぁ?」

「分からないです……。響子ちゃんは?」

「幸子ちゃんを見つけないと良いお嫁さんになれないっ! 幸子ちゃんを見つけないと良いお嫁さんになれないっ! 幸子ちゃんを見つけないと良いお嫁さんになれないっ!」

 

智絵里、まゆ、ゆかり、響子…Cuヤンデレ四天王は一斉に屈んで、幸子の方を光のない瞳で見る。生気が全く感じられない四人の瞳と幸子は目が合ってしまう。だが、あまりの恐怖に幸子は声を出すことができない。

 

「どこかな?」

「どこぉ?」

「どこでしょう?」

「どこっ!」

 

 

 

数時間後、幸子はまゆたちとCuPに連れられて、ある飲食店に来ていた。この飲食店は楓に紹介されて四人が正妻戦争の切欠となった飲食店である。そして、まゆたちが店長に弟子入りした店でもある。店長は客の相談に乗ってくれるため、幸子とCuPのもめ事を解消できるかもしれないと思ったからだ。

 

「要するに、そちらのお嬢さんは」

「ボクを呼ぶときはカワイイお嬢さんかカワイイ輿水幸子さんと呼んでください」

「……カワイイ輿水幸子さんは、無茶な仕事をしたくない。一方のプロデューサーは無茶な仕事はお…カワイイ輿水幸子さんの可愛さを表現する一環だというから、意見が衝突していると…」

「はい」

「……では、今日のオススメを注文して頂けるのなら、それを解決するかもしれませんが、どうですか? 一応ここは飲食店なので、料理を頼んでいただけないと店長として困ります」

「失礼しました。それではオススメを二人前…それと……」

 

注文を聞いた店長は調理を始める。温めるだけで出せるものが幾つか注文されたため、店長はコンロの火をつけて鍋を熱する。そして、ティファールで湯を沸かす。湯が沸くまでの間に氷水を入れたボールを用意し、温めた煮つけなどを皿に盛り付け、バイトの美波に渡す。そして、湯が沸いたところで、店長は冷蔵庫からキッチンペーパーとサランラップに包まれた皮の付いた刺身のサクを出した。そして、サランラップを外し、まな板の上に皮を上向きにして乗せると、熱湯を掛けた。すると、平べったかった皮が熱湯によって縮み、U字になる。サクがU字になったところで、氷水の中に入れて、いっきに冷やす。そして、三十秒ほど氷水で冷やした後、キッチンペーパーで水気を取って、刺身包丁で切る。

切り終えると、それを皿の上に盛り付けて、美波に渡す。

 

「本日のオススメ、ミノカサゴの松皮造りです」

 

小さな小皿の上に載った刺身は綺麗な半透明の白身で、淵が純白であった。そして、淡い桃色に黒い網目模様の皮がついていた。

松皮造り。白身の魚だけが行える刺身である。通常の生の刺身は皮を着けないのだが、松皮造りには皮がついている。生ならば食べるのに苦労する皮は熱を通していることで程よい食感へと変わる。また、身も熱を通して半生の状態であるため、食感がぷりぷりになる。そんな独特な触感が好みだという人も多い。

松皮造りにできる魚は白身の魚と言ったが、特に、根魚・鯛・鱸の松皮造りは美味である。

 

「それとこれはおまけです」

 

店長はそんな松皮造りとは別に皮の引いた刺身も用意した。

 

「ミノカサゴって聞いたことのない魚ですね」

 

ミノカサゴ。

見た目は派手で、誰が見てもすぐにミノカサゴだと分かるような風貌である。根魚で白身。

市場じゃあまり流れていないため、知らない人が多いのも無理ない。

背鰭や腹鰭、尻鰭に毒があるため、素人には扱い辛い。捌く前に鰭をハサミで切るなどして除去する必要がある。旬は夏から秋にかけてである。釣ることができるため、一部の釣り人はその場で鰭を落として、持ち帰り、料理して食べる。

 

「……そうなんですか。まるで幸子みたいだな」

「それどういうことですか!カワイイボクが毒魚だなん…て……ってなんでもないです」

「??……そうか」

 

CuPの死角で、智絵里とまゆとゆかりと響子が無表情のまま力の入った目で幸子を見てくるため、幸子は強気から急に弱気になり声が小さくなる。死角で起きている出来事のため、CuPは急に弱気になる幸子に疑問を覚える。

 

「私の率直な感想ですが、輿水さんは確かに可愛いですが、自分が可愛いと自信を持っていえるところや他の魅力もあると思います。おそらくプロデューサーさんもそれを知っているからこそ、他とは違うやり方を選んだのでしょう。普通の仕事だったら、この皮のない刺身のようになっていたと思います」

 

店長は皮の付いていないミノカサゴの刺身を食べるように即す。

 

「確かにおいしいですけど…」

「水っぽいでしょ? おかげで、味も食感もいまいちのように感じてしまう。それでは、こちらの松皮造りをどうぞ」

 

松皮造りの食感は生の刺身の食感と全く違った。噛み応えのなかった生の刺身に比べて松皮造りはプリップリッと弾力はあるが堅すぎない食感であった。そして、分厚い皮の食感も非常に良い。まるで、鍋のフグをほどよく半生の状態で食べたような感触だった。食感が良いせいか、生の刺身に比べて、松皮造りの方が段違いに美味いように、幸子は感じた。それはCuPも同じだった。

 

「美味しいですね」

「良かったです。食べて分かったと思いますが、魚によって最適な調理方法は異なります。ですから、全ての魚を同じ調理方法で出すのが良いというのは間違いなのですよ。それはアイドルでも同じなのではないでしょうか? 可愛い輿水さんのビジュアルや歌やダンスだけでなく、自信たっぷりに自画自賛する所や、腰が引けていても強気な発言をする所も良い所だと思います。でも、多くのアイドル達は自分が可愛いと口にしません。このような差があるのですから、それを生かせば、他のアイドルとの差別化ができて、可愛い輿水さんはアイドルとして成功するのではないでしょうか」

「分かりました。カワイイボクは心が広いので、プロデューサーさんの無茶振りにもできるだけ答えてあげますよ。フフーン」

「そうか。ありがとうな」

「それじゃあ、プロデューサーさん、事務所に戻って打ち合わせしますよ」

 

幸子は椅子から立ち上がり、店から出る。そして、CuPやまゆたちも幸子に続こうとする。だが、次の瞬間…

 

「いたぞ!アイツだ!」

 

店の前を百人のエキストラが幸子に向かって全力ダッシュする。

 

「え? なんですか? あの人たちは…え?」

 

驚いた幸子は数秒ほど慌てた後、店の中に逃げようとするが、CuPが店の扉を閉めて鍵をしたため、店の中に逃げ込むことができなかった。そのため、幸子はあっさり百人隊に捕まってしまった。幸子を捕まえた百人隊は幸子を道の真ん中で数度胴上げをして、颯爽と去っていった。

 

「ドッキリ成功だな。店長さん、ご協力ありがとうございます」

 

CuPは顔に似合わず鬼畜である。

 




いつも読んで頂きありがとうございます。
今回の魚の松皮造りですが、スーパーで売っている白身のサク(刺身の前の段階)でも出来ます。
やり方は書いてある通りですが、注意点は二つです。
一つ目は必ず沸騰した直後の湯を使って下さい。温いお湯でしますと、中途半端にしか熱が通らないので、食感が微妙になってしまいます。
二つ目は氷水で冷やした後は、キッチンペーパーでしっかり水気を取って下さい。そうでないと、水っぽくなってしまいます。

ちなみに、皮だけで湯引きをした後に、ポン酢、もみじおろし、ネギを掛けて、食べるのもありです。

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