アイドルが通う小料理屋の話   作:屑霧島

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お気に入り登録者数が1000人を超えていて驚きました。
それなりに皆さまの満足いく作品が出来ていると思うと、これからも執筆活動を頑張ろうと気力が湧いてきます。
また、感想や質問などが多く寄せられており、時間がある時に私の分かる範囲内で答えております。

今回の話はお手軽に作れてそれなりに美味しい料理を紹介させていただきます。
手抜き感すごいですが、それでも喜んでいただけると幸いです。


来店六回目:サバ味噌トマトソース・パスタ

「ヤバい、調理実習とか、もっと真面目にやっとけばよかった」

 

城ヶ崎美嘉は事務所のある部屋に置かれたソファーに座り、机に置かれた本を前に頭を抱えていた。その本とはイタリアンのレシピ本である。

何故、彼女がこんな事態に陥っているのか、それは今朝担当のプロデューサー(以下:PaP)から出されたある仕事が関係している。

その仕事はとある有名な雑誌に関係している。その雑誌の内容は主に今流行りのファッションや恋愛のテクニックやデートスポットの紹介などであり、読者は10代女子中でもギャル系に分類される女子が多い。そんな雑誌の次回の特集というのが、「女子力を見せつけて彼を虜にするオシャレで簡単な料理のレシピ集」というものだった。そして、その雑誌のその特集で美嘉が料理のレシピを紹介することになった。こういうのは料理研究家とかがその特集を書いたりするのかもしれないが、カリスマギャルと呼ばれている美嘉がやった方が受けが良いと出版社が考えたからだ。

だが、美嘉は母親の料理の手伝いや調理実習をしたことがあるぐらいで、まともに料理を一から最後まで作ったことがない。唯一作ったことのある目玉焼きですら、黄身が半生になる確率は今でも約50%である。味音痴ではないのだが、料理慣れしていないため、焼け具合の判断や手際があまりよくない。

そこで美嘉はオシャレな料理=イタリアンと考え、イタリアンのレシピ本を数冊ほど買って読んでみた。だが、料理が得意でない美嘉にはどの料理も色々の理由から掲載にするのに相応しくないと思ってしまった。

一つ目の料理は簡単な炒め物で、男子受けは良いかもしれないが、お世辞にもオシャレとは言えない代物だった。二つ目の料理はニンニクを使っている。ニンニクの臭いを気にする美嘉にとって、ニンニクを使った料理は自分の女子力を下げてしまうかもしれないと判断した。三つ目の料理はそもそも難しく、美嘉には作れないため、味のコメントなどが書きづらい。四つ目以降は以前の三つのどれかに分類された。

 

「オシャレで、簡単で、美味しくて、男子受けが良くて、ニンニク使っていない料理って何かないの?」

「ありますよ」

「ぴゃあああ!!」

 

後ろから不意打ちのように掛けられた声に驚いた美嘉は思わず奇声を上げてしまう。世間からカリスマギャルと呼ばれている美嘉でも、まだ成人していない十代である。同年代の他の人と同様に年相応の反応をするのは当然なのだろう。

 

「楓さん、どうしてここに?」ドキドキ

「このソファーが私の定位置だからです」

 

楓はそういうと美嘉の向かい側にあるソファーに座った。すると、楓はニコニコと笑みを浮かべて手に持っていた温泉のガイドブックを読み始めた。

 

「それより、楓さん! オシャレで、簡単で、美味しくて、男子受けが良くて、ニンニク使っていない料理を知っているのですか?」

「よく行くレストランである料理を出してもらった時、店長さんが『簡単で美味しいから、ダジャレ友達のお客には教えましょうか?』と言ってくれたので、お願いすれば、教えてくれるかもしれませんよ」

 

ダジャレ仲間って何?と美嘉は聞きそうになるが、それより今は楓が食べたという料理の方が気になる。

 

「その料理って?」

「パスタです。今日そのお店に行くつもりなので、一緒に行きましょうか」

 

 

 

「お席空いていますか?」

「空いていますよ。カウンターでも構いませんか?」

「はい」

 

女子大生のバイトが楓と美嘉をカウンターへと案内する。大人な雰囲気のレストランに入店した美嘉は少し緊張していた。周りはサラリーマンやOLと二十歳を超えた社会人ばかりで、自分にとって場違いなのではないかと思ってしまったからだ。

着席した二人にバイトが二人分のおしぼりと水を二人に差し出した。

 

「あ、店長さん、こんばんは」

「お、今週も来てくれましたか、高垣さん、ご無沙汰でーす。土曜日なだけに」

「まぁ、英語を混ぜてくる上級者テクとはなかなかですね」

「え?」

「美嘉ちゃん、土曜日を英語で言うと?」

「サタデー」

「そう、ごぶサタデーす。土曜日なだけに」

「……」

 

美嘉は店長のことをダジャレ仲間という理由を理解した美嘉は先ほどまであった緊張から少し解放された。

 

「まずは、いつも通りビールですか?」

「はい。それと、この間出してもらったあのパスタをお願いします」

「あー、アレですね。わかりました。何人前ですか?」

「ビールは私の分だけお願いします。パスタは二人前で」

「辛さは?」

「ちょっとだけ辛くしてください」

「分かりました」

「それと、少しお願いがあるのですが、良いですか?」

「なんでしょう?」

「この子にそのパスタの作り方を教えてあげてもらえないでしょうか?」

「構いませんよ。……ねえ、この子にバイトの用の服貸せないかな?」

「あります。裏で着替えと手洗いをさせてきますね」

「はいはーい、おねがーい」

 

バイトの子に案内されて美嘉は店の裏側に行き、着替えと手洗いをする。それが終わると厨房に入り、店長の横で店長の調理を観察し、持ってきたメモ帳にレシピをメモしていく。

店長はまず沸騰した塩水に二人前のパスタを入れて茹で始める。ゆで時間はタイマーで計っているため、その間にソースを店長は作り始める。

フライパンにオリーブオイルを引いて、刻んだトウガラシを少しだけ入れて炒める。軽くトウガラシに火が通ったら、あるものをフライパンの中に入れた。店長がフライパンに入れたものは美嘉にとって意外であったため、若干驚いている。店長はさらに、白ワインとブラックペッパーを少し入れると、強火でそれを炒めながら、木べらでそれを潰し始めた。それがボロボロになったところで、トマト缶をプライパンの上で開ける。そして、木べらで混ぜていく。フライパンの中の物が混ざり、トマトに熱が伝わったところで、ソースは完成だ。

ソースが完成した直後にアラームが鳴ったため、茹で上がった麺を水切りして、フライパンの中に入れて、ソースが馴染むように混ぜる。

そして、パスタトングで皿にパスタを盛り付け、真ん中に温泉卵を乗せる。

 

「これで、サバ味噌のトマトソ-ス・パスタの完成です」

 

 

【挿絵表示】

 

 

店長がフライパンで炒めたのはサバ味噌の缶詰だった。

一つ、たったの100円のどこにでも売っているサバ味噌の缶詰。だが、このサバ味噌がパスタの味を劇的に向上させる。

そんなことを知らない美嘉は本当においしいのかと疑ってしまう。トマトはパスタに合うイメージがあるが、サバ味噌にはそれが全くないからだ。そのため、美嘉は少し躊躇してしまう。だが、楓が勧めてくれた料理が美味しくないはずがないと思い、パスタをフォークで絡めとり、口に運んだ。

 

「やっぱり普通のより私はこっちの方が好みです」

 

楓がそう言うのも間違っていない。

種類の違ううま味成分の組み合わせは相乗効果を出すため、余計にうま味が感じられる。昆布だけで出汁を取った味噌汁より昆布と鰹節で出汁を取った味噌汁の方が美味しいのは、昆布にはグルタミン酸が、鰹節にはイノシン酸が含まれているからである。この異なるうま味成分の組み合わせによるうま味の相乗効果はこのパスタのソースでも起きていた。なぜなら、ソースに含まれている味噌やトマトには多くのグルタミン酸が、サバや卵にはイノシン酸が含まれていたからだ。しかも、サバのイノシン酸の含有量は豚や牛の約二倍であるため、普通のミートソースのパスタより旨く感じた。

さらに、味噌はトマトの味に深みを与える効果を持っているため、二人には、いつものトマトソースより濃厚に感じられた。更に、サバ味噌の缶詰の汁に入っているサバの肉汁もあるため、サバを食べていなくともうま味の相乗効果が発生していた。

 

「温泉卵を潰して混ぜちゃってください」

 

パスタの上に乗っていた温泉卵をフォークで潰す。すると、普通の温泉卵より柔らかいのか、白身の中から黄身がトロッと流れ出てくる。それが温泉卵の下にあったトマトソースと混ざり合う。それを楓と美嘉はサッと混ぜて口に運ぶ。

トロッとした黄身が繋ぎのような役割を持ったため、繊維質なサバの身がパスタと一緒に絡めやすくなった。その結果、パスタの口当たりと味が変化した。

 

「美嘉ちゃん、美味しかったかしら?」

「はい、ヤバいくらい美味しかったです★ 作り方も見せてもらって本当にありがとうございました。オシャレで、簡単で、美味しくて、男子受けが良くて、ニンニク使っていないから、バッチリ書けます♪」

「この量でこの値段は食べ盛りの男の子には受けますね」

「はい。材料のほとんどは缶詰で保存が効くし安価ですし、トウガラシの量を増やせば辛党や男性への受けもいいですので、私も一人身になってから15年間随分世話になっている料理です」

「実績アリなら安心だね★ ところで、店長さん、料理が上手になるコツってある?」

「まず、それなりの道具を揃えることですかね。特に包丁」

「それ以外は?」

「インターネットのレシピではなく、料理本のレシピを忠実に守り続けることです。アレンジを加えるのは調理の法則を見つけてからです」

「調理の法則?」

「はい。『理を料かる』で料理。ですから、数学の定理のようなものが存在します。その定理を守り続ける。これが料理の腕を上達するための早道です」

 

漫画やアニメで料理の下手なキャラがいるが、そのキャラの言い分のほとんどは『これをいれたら美味しくなると思った』や『こうすると美味しくなると思った』であり、裏付けされた先行研究とも呼べるレシピから来たものではない。だから、変な味の物しかできない。それは料理と呼ばず、無計画な食材の処理というべきである。

料理を始める方に言っておきたい。簡単な物でもいいからレシピ通り作ってください。アレンジはある程度できるようになってからです。

 

パスタを食べ終えた楓と美嘉は他の料理も食べると、会計を済ませて、店を出ようとする。

扉に手をかけようとした時、いきなり扉が開いた。楓と美嘉は一瞬驚くが、直ぐに50代の男性が入店するために扉を開けたのだと気づいた。

男性は扉の取っ手を持ったまま、少しズレて楓たちに道を譲ってくれた。

 

「それじゃあ、また来週来ますね」

 

そう言って、楓と美嘉は店から出た。

 

 

 

「席は空いているかい?」

「さっきお客様が出て空席ができたから、今片付けて座れるようにするね、パパ」

「こらこら、今は親子じゃなくて、客とバイトの関係なんだ。公私混同するんじゃない」

「ごめんなさい、お客様♪」

「美波ちゃん、どうしたの…って、あ、お疲れ様です。新田先生」

「本当に疲れたよ。君が学内会議をさぼったおかげで面倒だったんだよ」

「良いじゃないですか、強制じゃないんだし、あんな会議不毛です」

 




というわけで、私が偶に作るズボラ飯でした。
この料理、サバ味噌じゃなくて秋刀魚のかば焼きの缶詰でも中々美味しくなります。また、トマト缶がない場合は、ケチャップでやっても十分美味しいです。
最近知った話ですが、世界には1200種類ほど缶づめがあって、その内800種類が日本で作られているそうです。

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