アイドルが通う小料理屋の話   作:屑霧島

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魚が苦手だという方が居ましたので、魚を食べずに魚の良い香りを楽しめる料理をメインとしたお話を書かせていただきました。
魚以外の料理もアップする予定ですので、楽しみに待っていてください。


来店五回目:太刀魚の潮汁

「プロデューサーさん、どうですかぁ?」

「美味しいよ、まゆ」

「……そうですか」

 

佐久間まゆの担当のプロデューサー(以下:CuP)は笑顔で答えるが、まゆの表情は浮かないものであった。というのもまゆにはCuPの笑顔が哀愁の籠った作り笑顔に見えて仕方がなかったからだ。そのため、CuPに喜んでもらえなくて悔しいまゆはCuPと同じような表情になってしまいそうになるが、そんな表情をしたら、CuPが困惑するだろうと思い、気丈にふるまう。

 

「まゆちゃん、……どうでしたか?」

「駄目でした。プロデューサーさんはいつもの悲しい顔で…」

 

まゆは緒方智絵里、五十嵐響子、水本ゆかりのいる給湯室に戻り、結果を報告する。

結果を聞いた三人は項垂れて深いため息を吐く。

四人が落ち込んでいるのにはある理由がある。最近、彼女たちの担当であるCuPの親戚が亡くなった。その親戚とCuPの仲は非常に良好であったため、親戚が亡くなった連絡を受けたCuPはかなり落ち込んでいた。葬式を終えて何日経ってもCuPは落ち込んだままであった。このままだとCuPが可愛そうだと思った四人はCuPを慰めようと考えた。そんなとき、CuPのある呟きを聞いた。

 

『おじさんのお吸い物、もう食えないのか……』

 

それを聞いた四人はそのお吸い物を作ってCuPを元気づけようと考えた。本来なら個人でお吸い物を作ってCuPのハートをゲットするつもりだった。だが、分からない料理を再現することは難しいため、一時休戦して四人は協力して試行錯誤して何度もCuPに食べさせた。使った材料も……鰹節、サバ節、いりこ、あご、昆布、椎茸などなど多種に渡った。

だが、いくら作っても、CuPが元気になる様子がない。

 

「今日で何回目ですか?」

「45日目…です……」

「プロデューサーさんのおじさんのお吸い物ってどんな味だったのでしょうか」

「そんなのまゆが一番知りたいです!……ごめんなさい、皆も同じはずなのに…響子ちゃん?」

「…関西出身だから関西風の味付けにしたのに…あれも違った。これも違った。あの組み合わせも違った。……このままじゃ、私お嫁さん失格?…いや、失格は嫌。それだけは絶対に嫌。何とかしないと」ブツブツ

「まゆ、まゆのプロデューサーさんが呼んでたけど…って何してるの?」

 

まゆたちの集まっていた会議室に入ってきた凛は異様な雰囲気の眼に光のない四人に若干引く。下手に刺激すると不味いと判断した凛は、まゆたちがこのような状況に陥っている原因の分析をすることにした。当たり障りのない話から徐々に核心に迫った話をすることで、まゆたちを刺激すること無く、凛は四人を病ませている原因を知った。

 

「料理か…だったら、楓さんに相談してみる?」

「高垣さんですか?」

「うん。楓さんの知り合いに料理屋の店長が居るから、もしかしたら分かるかもしれない。現に私も楓さん経由で紹介してもらって、その人に色々教えてもらったから、私からお願いしてみようか?」

 

凛の料理の腕が上がったという噂を聞いたことのあるまゆは、これが信憑性の薄い噂ではなく事実なのかもしれないとまゆは前々から思った。だが、その根拠を知らなかったため、どうのように判断すれば良いか分からなかった。だが、今の言葉を聞いたばゆは凛に対する期待値は高いと考えた。

 

「お願いします」

 

 

 

「お席空いていますか?」

 

小料理屋に来た楓は扉を開けて、中を覗き込む。すると、女子大生のバイトが楓たちのもとに駆け寄ってきた。

 

「いらっしゃいませ。今日は大人数のようですが、何人ですか?」

「七人です」

「すみません。七名様の座れる席は…二名様、五名様なら大丈夫なのですが」

「では、それでお願いします」

 

楓と凛はカウンターに行き、まゆと智絵里と響子とゆかりとCuPはテーブル席に着く。一番奥のお誕生日席にCuPが座り、右隣にまゆが、左隣に智絵里が、まゆの右に響子、智絵里の左にゆかりが座った。まゆたちはCuPと食事ができることが嬉しいのか終始笑顔であるが、CuPはまゆたちを心配させてしまっているのが申し訳ないと思っているのか複雑な表情を浮かべている。

 

「今日の店長のおすすめ、七人前でお願いします」

「分かりました」

「あと、あの男性に店長さんのお吸い物を一つお願いしても良いですか?」

「今日のおすすめには潮汁が含まれておりますので、被ってしまいますよ」

「そうなんですか。だったら、大丈夫ですね」

 

潮汁。

魚のアラ(骨やヒレや頭)などで出汁を取ったお吸い物である。

一般的なお吸い物は鰹節やいりこなどを使うが、潮汁は魚のアラを使うため、その魚の香りがする。魚の鮮度が落ちると、臭くなり、後味に魚臭さやエグミが出てしまうため、新鮮な魚を調達できる漁師や釣り師が好んで作る。潮汁に使われる魚は白身の魚が多いため、白身魚が多く漁獲され消費される西日本発祥の料理といわれている。

 

作り方は簡単である。

魚のアラにあらかじめ塩をふって三十分ほど放置することで、臭み成分を浸透圧で表に出す。この手法を薄塩という。その後、そのアラを金属製のザルの上に乗せて、熱湯を掛ける。熱湯を掛けた後、冷水で軽く冷まして、頭や中骨にある血や内臓の塊や鱗を丁寧に取り除く。この手法を霜降りという。その後、昆布と一緒に水の入った鍋に入れて煮る。沸騰する前に昆布を上げて、塩と日本酒を入れて味を調える。この時、少し薄味だなと思うぐらいの味付けにしておくと良い。そして、少し煮立てた後に、火力を落として、蓋をしてアラがボロボロになるまで煮る。この時、圧力鍋を使うと時間短縮になり、香りも逃がさないという効果がある。そして、最後に二、三滴日本酒を入れる。この手法を仕上げ生酒という。これにより、魚の臭みを消してくれる。

具材は好みで色々入れると良いが、王道はワカメ、麩、木の芽である。

これで完成である。

 

「お待ちどうさまです」

 

 

【挿絵表示】

 

 

女子大生のバイトが持ってきたのは丼ぶりだった。

タレのかかった白いご飯の上、きざみ海苔、銀色の肌をした魚の細く切られた切り身、ゴマ、ネギが乗っている。魚は鯵や鰯のようなものとは少し違う。鯵や鰯は少し青みがかっているが、これは完全な白銀であった。そして、身はこげ茶色をしている。丼ぶりから醤油や味醂の香りがするため、魚の身は本来の色ではなく、漬けによってできた色であると料理を知るものは理解した。

 

「いただきます」

 

腹をすかしていたCuPは一口食べた。ゴマ・醤油・味醂が合わさることで生まれる香りがCuPの鼻から抜けていく。そして、魚の切り身の歯ごたえがあまりなく、非常に柔らかい。だが、少し歯ごたえを感じるのは、魚の鮮度が良いのと、皮が少し硬めだからだろう。そして、白身の魚の切り身が細いため、漬けの時間を普通より短めにしていることで、魚の本来の味を感じられる。

 

「美味い。タイの漬け丼と違うな。魚を細切りにしているし、皮があるから、歯ごたえがそもそも違う。タイの漬け丼も良いが、こっちも良いな。ただ、これなんか食べたことあるような…」

「まゆの地元にはない味です」

「私もありませんね」

「私も食べたことないです」

「私はあるかもしれないです…」

 

智絵里だけがこの味を知っていると言ったため、知らないと言った他の三人は智恵理の方をすごい勢いで見る。

 

「ちなみに、私も食べたことありますよ」

「何の魚かわかりますか?」

「お吸い物ってこの魚のですよね?だったら、自信はないですし、ネタバレすると面白くないかもしれないので、ここは黙っておきます。自身のことなので」

「自身の自信……うーん、もうちょっとですね」

「確かに、もうすこし捻りが欲しかったかもです」

 

店長と楓のダジャレ談義を傍観していたCuPたちのもとにバイトお椀の乗ったお盆を持ってきた。

 

「それでは、本日のおすすめのメインです」

 

 

【挿絵表示】

 

 

そう言ってCuPたちの前にお椀を置く。お椀の蓋を開けるとある魚を焼いた時の香りが周辺に広がる。CuPと智恵理はなんの魚か分かった。何の魚か分からないまゆ、響子、ゆかりも美味しそうな香りだということだけは認識できた。

 

「これ太刀魚ですよね?」

 

太刀魚。別名、立魚。

太刀のように銀色であることから太刀魚と、立って泳ぐことから立魚と呼ばれている。

主な産地は和歌山、愛媛、大分と言った、西日本の太平洋側である。そして、釣りもしくは底引き網で漁獲される。和歌山出身の楓が分かったのはこれが理由である。

この時期、大阪で人気の釣りの対象魚である。主に、夜の鰯や秋刀魚を餌にした餌釣りか、ドジョウを餌にした引き釣りか、ルアーフィッシングが行われている。夜に大阪湾に行くと海に小さな明かりが列を作るが、これは電気ウキを使った太刀魚釣りをしている人が多いためである。

ちなみに、太刀魚の銀色はグアニンという物質によるものだが、この成分は人造真珠の原料として使われている。

 

「……これだ」

 

CuPは泣きながら太刀魚の潮汁を飲む。

太刀魚の香りが鼻から抜けていき、口の中に太刀魚の味がいつまでも残る。ここまで濃厚なお吸い物があるのかと驚くほど味が濃厚であった。

嬉しそうに泣いているCuPを見て、まゆたちはCuPの求めていたお吸い物がこれだったのだとわかった。

 

「それにしても、この太刀魚のお吸い物、とても香りが強いですね」

「この時期、太刀魚の塩焼きや刺身とかで切り身は売れるのですが、骨や頭は廃棄されてしまうので、知り合いの人から大量に頭や骨を仕入れたんですよ。おかげで濃い出汁を取ることが出来ました」

 

漁師や釣り師には、釣った魚の身を刺身にして酒の肴として飲み、最後にアラで作った潮汁を飲んでしめるという人が多い。

この写真に写っている潮汁を作る時には太刀魚を5匹分鍋に入れて一時間ほど炊いて、10杯分を作ったため、かなり香りが強い。塩焼きの太刀魚より香りが強かった。本当に、皆様に香りを伝えられないのが残念である。

 

「ありがとうな、まゆ、智絵里、響子、ゆかり。今日ここに連れてきてくれて」

「いえ、まゆはプロデューサーさんが元気になってくれて何よりです」

 

まゆの言葉を皮切りに、まゆ、智絵里、響子、ゆかりが何も言わずに目でバトルを始めた。おそらくこの光景がアニメ化されたら、笑顔の四人の間で大量の火花が散っているだろう。それをなんとなく察したCuPは逃げようと考えたが、奥のお誕生日席に座ったCuPに退路などない。そこで、目の前にいる店長とバイトと楓と凛に助けを求めようとする。

バイトは愛想笑いをするだけで何も言わないし、楓と凛はそもそも目を合わせない。

 

「お客様、四人全員と恋仲になるなんて考えない方が良いですよ。現在のこの国の法律は一夫一妻なので、かならずしわ寄せが来て、誰かが被害を受けることになりますよ。……ですから」

 

店長は高らかと宣戦布告を行う騎士のように、まゆたちに掌を向けてこういった。

 

「さあ、戦うのです、命短し恋する乙女たち。男の正妻の地位はただ一つなのです」

 

こうして346プロCute正妻戦争が始まった。そして、戦争が激化するたびにCuPの胃薬の服用回数は鰻登りのように増えていった。

 




今日のメインは丼ぶりではなく、潮汁です。
寒くなってきましたので、そろそろ汁物が良いかなと思い書かせていただきました。
潮汁にする魚は基本的に白身魚と書かせていただきましたが、白身魚でしたら、基本的になんでもおkです。
特に、タイやスズキはサイズも大きいし、捌きやすいので、お勧めの魚です。
太刀魚も非常においしいです。捌きにくいため、魚が捌ける人に勧めたいです。
魚が捌けない人でも、スーパーで魚を丸で買って、店員さんに捌いてもらって、アラをお持ち帰りするという方法があります。
潮汁を作るにあたっての注意点は、鮮度の良い魚を選ぶことと、ちゃんと血や内臓や鱗を取ることです。
鮮度の良い魚の見分ける簡単な方法は目が充血しているかどうかです。他にも魚種ごとに色々ありますが、とりあえずはこれだけ抑えておくと良いです。
以上の注意点を守っていれば、十分美味しい潮汁ができます。



潮汁の作り方

材料:魚のアラ    一匹分
    (タイ一匹分のアラで直径25cmの鍋一杯分は行けますが、味を濃くしたいのなら、多めに入れることを進めます)
   酒       100cc
    (酒の効いた味が好みでない人は少なめにすると良いです)
   塩       小さじ1/2
   薄口しょうゆ  小さじ1/2
   昆布      一枚

作り方:
   1.鍋に半分ぐらい水を入れて、そこに昆布を入れて弱火で温める。
   2.魚のアラに満遍なく塩をかけてすりこみ、冷蔵庫に30分ほど寝かせる。
   3.鍋とは別に湯を沸かしておく。
   4.アラをザルの上に乗せる。この時、血や内臓の塊などがある場所を一番上にして、上を向けておくと良い。そして、3で沸かした湯をかける。
   5.4で湯をかけたアラを冷水に入れて冷まし、熱で固まった血や内臓の塊をキッチンペーパーなどで取り除く。
   6.5のアラを1の鍋に入れて、火力を上げて煮る。
   7.鍋が沸騰する前に昆布を取り除き、酒と塩を入れる。
   8.沸騰して来たら、お玉で灰汁をとる。
   9.その後、火力を落として、蓋をして煮る。
   10.炊いた物をザルで濾して、アラを取り除く。
     (この時、ザルに布巾を敷いて、濾した後に絞ると、良い出汁が取れる)
   11.10でできた出汁に酒を数滴垂らす。
   12.お椀に好きな具材を載せて、11でできた出汁を注ぐ。

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