アイドルが通う小料理屋の話   作:屑霧島

3 / 7
今回は飯テロ要素は0です。
その代り、和食を支えてきた包丁について少し語らさせていただきます。
これを機に包丁に興味を持ち、日本の伝統的な和包丁を所有する人が増えてくれたらうれしい限りです。


来店三回目:包丁

「楓さんって料理できますか?」

「簡単な物ならできるけど…どうしたのかしら?」

「最近、ライバルたちが皆プロデューサーにお弁当作ったりしているから、私もなんか作ってアピールした方が良いのかなって」

 

346プロのプロデューサーはアイドル達にとても人気がある。それこそ、どちらがアイドルなのかわからなくなるほどに。そして、渋谷凛の担当プロデューサーであるクール担当プロデューサー(略してCoP)もまた一部のアイドルから非常に人気がある。そして、そんなプロデューサーのことを凛も恋愛対象として見ている。

アイドルたちはプロデューサーに意識してもらおうと色々な手を使って誘惑する。その誘惑の手法として最も行われているのが、餌付けである。昔より、男性を落とすのなら料理で家庭的な面を見せて胃袋をつかむのが効果的であると言われてきたため、それを実行しているアイドルが多い。そこで、凛もまた同じ手でプロデューサーを攻略しようと考えていた。だが、他のアイドルと同じことをしていてもCoPにとっての唯一の恋愛対象とはなれないだろう。そこで、CoPに対して恋愛感情を持っていない料理のできるアイドルに料理を教えてもらい、料理のスキルを上げて、手の凝った料理をCoPに出そうと考えていた。

その結果、凛は上記のような相談を楓にするに至ったのだ。そして、その旨を凛は楓に伝えた。

 

「料理が上手くなる簡単な方法ってないですか?」

「んー……手の凝った料理はできないから、私は力に成れそうには…」

「…そうですか」

「でも、料理に詳しい人なら紹介できると思いますよ」

「本当ですか」

「はい。…今日はレッスンだけだし、今日の予定が終わったら一階のエントランスで集合しましょうか」

「はい。よろしくお願いします」

 

 

 

「というわけで連れてきちゃいました」

「どうも、渋谷凛です。よろしくお願いします」

 

寮の近くにある行きつけの小料理屋に凛を楓は笑顔で連れてきた。楓の横で凛は頭を下げた。二人の来店時間が早く、客はまだ誰も来ていない。客の来ていない店の店長とバイトの女子大生には少し余裕があったため、客が来るまでの間限定という条件で少し料理について凛の相談に乗ることになった。

 

「それで料理が上手くなりたいというわけですか……事情は分かりました。では、何か作ったことがありますか?」

 

凛の料理の腕が分からない店長は凛が料理をした時の問題点を探して、その問題点を解決することで、凛の料理の腕を上げようと考えた。

 

「カレーなら…」

「まあ、初心者が手を出すには良い料理ですね」

 

カレーの調理には様々な作業がある。野菜を均等に切る。肉を切る。野菜を炒める。肉を炒める。これらの具材を水で煮る。ルーを入れて煮る。これらの作業工程の中には、火加減の調整、野菜や肉に火が通ったかの確認などがある。さらに、米を洗い、ご飯を炊くという作業もある。よって、主な調理作業を練習するのにはもってこいの料理なのだ。

 

「その料理で何か困ったことはありましたか?」

「玉ねぎ、にんじん、ジャガイモにお肉を切るのにちょっと苦労したかな…特にニンジンが硬くて切りにくかった」

「切る作業でですか…ちなみに、どんな包丁を使っていましたか?」

「普通の包丁としか言いようがないんだけど、包丁のこと分かんないし」

「んー、でしたら、この中で似ている包丁はありましたか?」

 

店長はそういうと、厨房にあった包丁を10本ほど持ってきた。

凛はその中から一つの包丁を指した。

その包丁は三徳包丁であった。文化包丁や万能包丁などの異名がある。

野菜、肉、魚の三つに対応しているという意味から、三徳包丁という名前が付いたと言われている。三徳包丁は元々日本に存在しなかった包丁である。だが、明治時代以降に食生活の変化により肉を食べるようになったため、野菜を切るための菜切り包丁や西洋の牛刀を組み合わせた包丁が求められた。その結果、生まれたのは三徳包丁である。

 

「でも、持ち手は木製じゃないし、刃先だってこんな風に違う色じゃなかったし、刃がもっと小さかった。なんか子供向けの包丁って感じかな」

「なるほど。でしたら、包丁を変えてみましょうか」

 

凛の使っていた子供向けの包丁は、あえて切れ味を落としている包丁であった。子供は包丁で物を切る時、力がないため、体重をかける。この時に手を切ってしまわないようにしているのだ。

だが、今の凛の年齢と身長と肉の付き方なら、普通の大人用の切れる包丁を持っても危なくないだろうと店長は考えた。

 

「包丁変えただけでそんなに料理の腕って上がるもんなんですか?」

「あくまで私の持論ですが、料理の腕を上げるなら、まずは良い包丁買うのが近道だと思っています」

「良い包丁ってだけでそんなに違うの?」

「切れ味の悪い包丁は変に力が入ってしまうので、刃の入れ方や力の加え方のコツがわかりにくいんです。ですが、切れ味のいい包丁なら、どの角度からどのぐらい刃を入れて、どんな風に力を加えたら良いのかが分かりやすいので、上達しやすいんですよ」

 

特に、舌触りが求められる料理において切れ味の良い包丁が求められる。

サラダの野菜や刺身の魚などの切り口は滑らかだろう? もし、切れ味の悪い包丁で調理していたら舌触りはザラザラになっているはずである。そして、このような包丁が多かったら、日本食はおそらく現在のような形に進化しなかっただろう。そして、食感表す擬音語もおそらくここまで発達しなかったのではないかと思われる。

 

「でも、良い包丁とか言われても……」

「安来鋼を使った包丁は非常にいいですよ。家庭用なら特に銀紙三号とか良いでしょうね」

 

安来鋼は、旧雲伯国境地域(現・島根県/鳥取県県境)における直接製鋼法で出来た鋼の総称。現在では日立金属が製造する工具鋼、耐熱鋼、ステンレス鋼等を総称するブランド「YSSヤスキハガネ」となっている。(wikipediaより)

なかでも、安来鋼銀紙三号は分類上ステンレス系鋼材であるが、手打された金属であるため、硬度が非常に高い。そのため従来のステンレス包丁ではできなかった切れ味の良さを実現している。しかも、錆に強いため、包丁の手入れの苦手な素人でも使い勝手が良く、家庭でも使っている人は少なからずいる。

ちなみに、先ほど凛が店長の包丁の刃先が自分の持っているものと違うと言っていたが、これは店長の包丁が刃先に安来鋼が使われた三徳包丁だからだ。

 

「安来鋼には他にも黄紙、白紙、青紙などがあります。これらは製造方法が違うので、切れ味の良し悪しや錆びやすさとかの違いが色々あります」

 

これらは主に炭素の含有量に違いがある。そして、それを区別するために、色のついた紙を使用する。その色がその鋼の名称になった。

 

「青紙…」

「私個人の意見ですが、青紙は切れ味は非常に良く、欠けにくいですが、その反面非常に錆びやすいです。ですので、プロで使われている方が非常に多いです。中でも青紙スーパーの包丁は切れ味がピカイチですね」

「ふーん、青紙スーパー…」

 

青色が好きな凛は青紙と聞いて少し興味を持ったようだ。

 

「値段も手ごろで物によったら一万円を切りますから、高校生でもちょっとバイトすれば十分買えますね」

「どこのメーカーのが良いとかありますか?」

「有名なのは、関孫六、堺、有次でしょうか。どれを選ぶかは好みですね。わからないのでしたら、出身地に近いところのを買うのが良いでしょう。メーカーによったら、持っていけば1000円ぐらいで研ぎなおししてくれたりします」

 

そう言って店長は持っていた三徳包丁に刻まれた堺の文字を凛に見せる。

堺刃物商工業組合連合会が運営している堺刃物ニュージアムでは、堺の刃物が欠けた時研いでくれる。包丁の研磨に人生を捧げてきた彼らの研いだ包丁の切れ味を断然違う。

 

「それに業者によったら、名前を入れてくれたりしますよ。ですから世界に一つだけの自分の包丁ができます」

「自分だけの包丁」

 

店長の包丁にも名前が彫られていたため、凛は包丁の刃に自分の名前の彫られた包丁を思い浮かべることができた。世界に一つだけ自分のためのものという響きが気に入ったらしく、包丁を買うのなら絶対に名前を彫ってもらおうと決めた。

 

「やっぱり自分で研いだりする必要ってあるの?」

「そりゃあ、包丁は使えば切れ味が落ちていくものですから、研磨するための砥石は必要ですね」

 

新しく切れる良い包丁を買うのなら、砥石(もしくは研ぎ機)は欠かせない。

また個人的な意見になってしまうが、砥石を買うのなら3000番の仕上げ砥石が良いだろう。これが一つあれば、大抵の包丁の切れ味は良くなる。硬いもの…魚の骨などを切るのなら、1000番の中砥石も良いだろう。欠けてしまった包丁の修正に十分である。

包丁を研いでいると、当然砥石も削れてくる。放置していると、最終的には砥石がU字になってしまう。こうなると刃先が丸くなってしまうため、切れ味が落ちてしまう。そこで、砥石を平らにするための砥石用の砥石もあると良いが、無いのなら園芸用の四角いコンクリートブロックで砥石の面を平らにすればいい。包丁屋に教えてもらった方法であり、私もよくしている。

 

「でも砥石で研ぐって難しくないですか?」

「まあ、それは慣れですね。でも、最近はyoutubeとかいう便利なサイトがあるので、それで研ぎ方を勉強するのが良いでしょうけど、片刃の和包丁では使えませんが、京セラの電動ダイアモンドシャープナーを使うのも良いですよ。ただ、やはり砥石で研いだ方が切れ味は良いので、できれば砥石をおすすめしたいところです」

「電動?」

「えぇ、簡単に包丁を遂げるので非常に人気です」

 

ステマとか言われるかもしれないので、一応言っておきますが、私は京セラの回し者ではありません。ただ、母に誕生日にプレゼントしたら大いに喜んでいましたので、紹介しているだけです。

 

「というわけで、包丁と砥石を買うことをお勧めします」

 

一度に多くのことを教えても身に付きにくいと考えた店長は凛への指導をここで終えた。

そして、店長から包丁についてアドバイスを受けた凛は、インターネットで近くの包丁屋を探し、名前を入れてくれる店か調べた。包丁の品ぞろえやHPのデザインなどからとある店に興味の沸いた凛は後日この店に行くと言った。

 

そして、後日、切り口の良い野菜や肉で彩られた弁当を凛はCoPにプレゼントしていた。




日本の包丁は近年切れ味の良さから外国人シェフの間でも非常に人気です。
私が偶に行く包丁屋にも外国人のシェフが来ます。
そして、彼らは一度に数本ぐらい買って帰るそうです。
なんでも仲間のシェフに渡すそうです。

余談ですが、包丁は贈り物としても良いと言われております。
切れる刃物は運命を切り開くための力を所有者に授けると言われているため、縁起の良いものと言われております。ですから、大切な方へのプレゼントに悩んでいる方は包丁のプレゼントを一度考えてみてください。

ただし、地域によっては包丁のプレゼントの意味が違う場合があるそうなので、注意してください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。