そんなこんなで、日曜日となった。
シュウは日課のトレーニングに出た。と、いうのもワンパンマンに憧れたので、毎日腹筋腕立てスクワット100回にランニング10kmである。
筋トレを先に終わらせ、ランニングの時間である。家の前に出て、軽くストレッチした。
「………っし、行くか」
走った。
*
はじめは自転車でサイクリングしていた。そのついでに例の豊田シュウくんとやらを見つけることが出来ればいいな、とか思ってしまうのは仕方ないことだろう。
公園の隣の車道を自転車で走っていると、隣を走ってる人に抜かされた。自転車が走行者に抜かされたのだ。
「………あれ?」
ポカーンとしてると、その後ろ姿は見覚えがあった。自分を助けてくれた人にそっくりだ。人違いかもしれないが、もし当人ならこれ以上のチャンスはない。追いかけてみた。
だが、追いつかない。自転車と走りなのにだ。後ろから見た感じ、全力疾走ではないのは分かる。こっちはほとんど全力なのに。
「…」
少しイラっとしたはじめは、全力を出した。
足を高速で回し、自転車からギャリッと鈍い音がしても気にせずに漕いだ。
それでも、なかなか追いつかない。
「むぅっ……。トランザム‼︎」
右のギアを6、左のギアを3、つまりトップギアにして思いっきり漕いだ。グングンと縮む二人の差。
「ハッ、ハッ、ハッ……お、追いつい……」
たっ!と、T字路を挟んだ距離まで近づいた時、横からトラックが顔を出した。
「えっ………?」
プアアアアッと鳴り響くクラクション。はじめが横を見た時、すでに目の前に迫っていた。
あ、これ死んだ……と、思い、過去の色んな走馬灯がはじめの中で駆け巡った時、お腹に何かしらの衝撃を受けた。
優しく抱えられたと思ったら、空中に自分の体は浮いていて、シュタッと着地した。
「……ふぅ、間一髪」
聞き覚えのある声。声がした真上を見ると、目の前を走っていたはずの豊田シュウが、小脇にはじめを抱え、もう片方の腕で自転車を持ち上げて立っていた。
「………あっ、……えっ?………なぁああっ?」
自分の現状を把握し、今更顔を赤くするはじめ。
が、当のシュウはキッとはじめをにらんだ。
「何やってんだあんた!良い大人が自転車で道路を飛び出すんじゃねぇ‼︎」
「ご、ごめんなさい⁉︎」
予想外にも怒られ、割と本気で謝ってしまった。
「勝手に人と競争すんのもいいけど、その辺しっかり弁えろよ!死ぬぞ‼︎」
「ふ、ふええ⁉︎」
しかも気付かれてた⁉︎と、さっきとは別の意味で顔を赤くした。何にせよ、確かにいい歳して熱くなってしまい、危うく命を落としそうになったことは事実だ。割と本気で反省するはじめ。
すると、シュウははじめと自転車を下ろした。
「ったく……。……そ、それで、その…怪我はなかったですか?」
さっきまでの威勢とは一転、何故か歯切れが悪くなって、モジモジしながら聞いてきた。
その様子に目をパチパチと瞬きしながらもはじめは「は、はい……」と生返事した。
「そ、その……一応、どこか擦ってるといけないので、これ……」
渡されたのは絆創膏だ。
「あ、ありがとうございます……」
「じ、じゃあ俺、あの、もう行くから……」
そう言ってシュウが走り出そうとした時、ハッとするはじめ。このままではこの前と同じだ。
「あ、あの……待って!」
はじめが声を掛けると、シュウは動きを止めた。
「こ、この前のこと覚えてませんか⁉︎前も、助けていただいたんですけど……」
「………?」
「ほ、ほら!ヤンキー3人に囲まれた時!」
「…………………?」
こ、この野郎……!と、はじめは少しイラっとした。この前の時以来、こちとらずっと気にしてんのにそっちは覚えてすらないのかと。
「と、とにかく、前と今回助けていただいたお礼に、な、何か奢らせて下さい!」
勇気を振り絞って、そう言った。
ポカンとした後、固まるシュウ。最善策をグルグルと頭の中で巡らせた挙句、とりあえず頷いておいた。
*
ファミレス。ランニングから思わぬ方向へ行ったシュウは、かなりソワソワしながらメニューを見ていた。その理由は、
「…………」
「……どうしたの?」
「い、いえ……」
ジーッと、シュウの好みを知るために観察しているからだ。
(なんだろうこの人……嫌がらせかな……)
そう思いつつも、シュウはとりあえず若鶏のステーキを選んだ。
「………鶏肉好きなの?」
「は、はい……一応、むしろ鶏以外の肉は肉じゃないと思ってます」
「何それ……ふふっ。あ、ドリンクバーは?」
「いや、いいです」
「遠慮することないよ?これはお礼なんだし」
「……あ、じゃあ、お願いします……」
「じゃ、店員さん呼ぶね」
「は、はい……」
はじめはピンポーンと机に付けられている呼び鈴を鳴らした。
10秒掛からずに店員さんがやってきて、注文を取ると店の奥に戻っていった。
「じ、じゃあ、ドリンクバー取ってきますね」
「うん」
「あ、あのっ……はじめさんは、何飲みますか?」
「えっ?あ、あー……ファンタで」
「分かりました」
照れながらもドリンクバーを取りに行くシュウ背中を見ながら、そういう気配りも出来るんだなぁ、とはじめはなおさら良い子を見つけたと思った。
しばらくして、戻って来たシュウははじめの前にファンタ、自分の前にジンジャエールを置いた。
「じゃ、改めて二度も助けてくれてありがとね」
「は、はあ」
ジュースで乾杯して、二人は飲み物を飲んだ。
「あ、えっと……自己紹介しとこうか。私は篠田はじめです」
「………あ、俺は、あれ。豊田シュウです。高校生」
「うん。よろしくね」
「はい」
「……………」
「……………」
はじめは今更気づいた。
勢いで誘っただけあって何も考えていなかった事に。
(ど、どどどどうしようっ!な、何話せばいいのかな⁉︎)
心臓を思いっきりバクバクさせながら、ストローを咥えてジュースを飲むはじめ。
(と、とにかくお、おおお落ち着かないとっ……!ゆ、ゆんが言うにはこの子、ひふみ先輩並にコミュ障らしいし……こっちからリードしないと……)
ふぅーっ、と息を吐いて、とりあえず声を掛けた。
「豊田くんはさ、」
「は、はひっ⁉︎」
「美術部、なんだよね?」
「はい。そうですけど……あれ、俺美術部って言いましたっけ?」
「えっ⁉︎あっ、う、うん!言ってた!言ってたよ!」
「あ、ああそう……」
「そのっ、どんな絵描いてるの?」
「えーっと、どんな、と言われましても……」
スマホを取り出して、「受賞作品」のフォルダを開いて見せた。数枚のMSが並んでる中、一枚だけ女子高生の絵があった。
「あのっ、この子は?」
「ああ、うちの部活の部長です。たまには人描いてみようかなって思って、モデルを頼んだんです。うちの部活はついこの前まで二人しかいませんでしたから」
「ふぅん、最近誰か入ったの?」
「喧しいのが二人」
「や、喧しい……。ちなみに、その部長さんとは付き合ってたりしてないの?」
「し、しませんよ。彼女なんて過去に出来たことありませんし」
「そ、そうなんだ……」
とりあえずホッとしてから、話を別の方向に持ってった。
「でも、絵上手いね。将来は何になりたいの?」
「公務員」
「は?こ、公務員?」
「公務員」
「ど、どうして?」
「安定してるからです」
言いながらジュースを一口。すると、料理がきた。二人の前にそれぞれの料理が置かれる。
「いただきます」
「いただきます。……で、でも、公務員って言っても色々あるよね?」
「あむっ……。俺は、市役所に勤めたいですね」
「か、変わってるなぁ……。八神さんに欲しいって言われてたのに……」
「八神さんって……?ライト?総一郎?」
「いや違くて。私、イーグルジャンプっていう会社で働いてるんだけどね」
「………え?社会人?」
「え?うん」
「………あ、あのっ、ホントにさっき偉そうに説教してしまってすみません……」
「だ、大丈夫だよ。あれは私が悪かったんだし。それで、八神さんが豊田くんの絵を見てボソリと呟いてたんだよ」
「えっ、なんでその八神さんが俺の絵を知って……」
「うちの会社って簡単に言うとゲーム作ってる会社なんだけど、」
(スルーされた)
「それのイラスト班に欲しいとか言ってたよ」
「いや、そんなこと言われましても……俺は公務員なんで」
「そっかー……」
食べながら二人でそんな話をした。
「でも、運動神経もいいよね?」
「そうですか?」
「うん。私をさっき助けてくれた時、なんかすごいことしてたじゃん」
「鍛えてるだけです」
「なんで鍛えてるの?」
「えっ」
割と話せていたシュウが初めて焦った。
(ど、どうしよう。ワンパンマンに憧れて鍛え始めたとは言えない……)
と、いう理由で。何か良い言い訳を探した結果、目を逸らしながら呟くように言った。
「そ、その……う、運動不足は怖いので……糖尿とか痛風とか、肝硬変とか……」
「へぇー、色々考えてるんだね」
なわけねーだろ、と心の中でツッコんだのは言うまでもない。
そんなこんなで食べ終わってしまった。
「あの、本当に良いんですか?お代は」
「良いってば。今日は付き合ってくれてありがとね」
「は、はぁ……」
「それで、さ……その……」
「?」
「LINE!LINE教えて!」
「へっ?」
「ほ、ほら、また今度会えたらお話ししたいし!」
「……………」
「ダメ、かな……」
「いや、ダメってことはないですけど……」
「なら決まり」
微笑みながらはじめはスマホを出した。お互い、連絡先を交換し、その場は解散となった。