はじめさんが可愛いと思います   作:杉山杉崎杉田

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第3話

美術部部室。

 

「と、いうわけだから、決してキスしようとしてたわけじゃないからね?」

 

事情を説明すると、女子生徒二人組は納得したように頷いた。

 

「……わかりましたよ」

 

「ちぇー、つまんないのー」

 

「つまんないって何⁉︎」

 

二人とも小さいのだが、それでも小さい方の女子生徒の呟きに反応する。コホンと咳払いしてからほたるは続けた。

 

「……それで、美術部に何かご用ですか?」

 

「あ、いえ、美術部じゃなくて日高先生に……」

 

「ああ、ちなつ先生ならこの時間だと多分……」

 

そうほたるが説明しかけた直後、シュウが何かを思いっきりぶん投げた。ソフトボールだ。それが、野球をやってる日高ちなつの後頭部に直撃した。

 

「よっしゃー!打つぞオラァアッ⁉︎」

 

続いて、シュウは釣竿を取り出した。

ビュッと飛ばし、釣り糸の先端に付いてる、明らかに1メートルはある針が、ちなつのフードを貫通した。

 

「うえっ⁉︎」

 

「」

 

「」

 

遠くで狼狽えるちなつと、近くで言葉を失ってる女子生徒二人と、いつものニコニコ笑顔のほたるを無視して、力任せに釣り上げた。

吊り上げられたちなつは、窓から豪快に入室。そのまま机の上にドンガラガッシャーンと着陸した。

 

「よしっ」

 

「よしっ、じゃないよ‼︎何すんの毎回毎回⁉︎」

 

「毎回毎回何してんですかあんた。うちの部だけならまだしも、他の部に迷惑かけねーでくださいよ」

 

「いやいや、ここ美術部、キミ私の部員、ここ私の美術部‼︎」

 

「良いから、そこのがあんたに用あるってよ」

 

「あんた⁉︎教師にあんた⁉︎ほたるもなんか言ってやってよ‼︎」

 

「それより、用事って何?」

 

「それより⁉︎」

 

あっさり流され、ちなつは涙目になりながらも女子生徒二人に質問した。

 

「………で、用事って?」

 

聞かれて、薄紫色のツインテールは弱冠、顔を赤らめながら俯いた。

 

「えっと、あの……その……」

 

その様子を見て、何かを察したのか隣の金髪が代わりに、といった感じで口を開いた。

 

「涼風さんが美大受験について聞きたいみたいで」

 

それを聞いて、ほたるが嬉しそうな顔をする。

 

「美大目指してるんですか?私もなんです!」

 

「え、いや、まだ……」

 

「やったなほたる!新入部員だ!」

 

「違いますから!」

 

「何だ…違うんですか……」

 

「いや、ちょっと迷ってて……」

 

「でも、美大に必要なのは学科試験と鉛筆デッサン、志望科ごとの実技試験。ホントに受験するなら、ほたるかシュウに教えてもらった方がいいと思うよ?」

 

「シュウ?」

 

涼風、と名乗った少女が名前を復唱する。

 

「ほら、あれ」

 

ちなつが指差す先には、少し離れた場所で椅子に座って携帯を弄るシュウの姿がある。不機嫌そうな表情で、一瞬こっちを見た後、すぐに携帯に視線を戻した。

その様子に青葉も、もう一人の小さい金髪の桜ねねも一瞬怯んだが、それにまったく気付かずにちなつは話を続けた。

 

「ほら、あそこの絵。あれはシュウが描いたんだよ」

 

今度は別の場所を指差した。壁に掛けられているリ・ガズィの絵だ。

 

「………えっ、ええええ⁉︎」

 

「そんなに驚く事?シュウだって美術部員だよ?」

 

「驚きますよ!あの不良そうな人があんな上手なロボットを⁉︎」

 

「ふえ〜……人は見かけによらないねぇ。てっきり、部には参加してるけど作品は描かない部長みたいなポジションだと思ってた」

 

好き放題言われ、どういう意味だこの野郎と思いつつも、シュウは携帯から目を離さなかった。

 

「じ、じゃあ彼も美大に?」

 

「え?う、うーん……どうなんだろ。おーい、シュウ。大学どうすんの?」

 

ちなつに聞かれ、ようやく顔を上げた。

 

「工学部」

 

「ええっ⁉︎なんでですか?こんな絵が上手いのに‼︎」

 

青葉に聞かれた直後、顔を若干赤らめて視線を落とした。

 

「え、えと……その、そんなに……絵に興味あるわけじゃ、ないから……」

 

「………?」

 

歯切れの悪い返事に、青葉もねねも首を傾げた。すると、ほたるが説明するように頭を下げた。

 

「ごめんね、シュウはコミュ障だからさ。慣れれば、むしろ正直過ぎるくらいなんだけど、初対面の人とはお話出来なくて」

 

「あ、いえ。全然大丈夫です。それより、あそこの風景画は誰が描いたんですか?」

 

「ああ、あれは私」

 

「え?先生じゃないんですか?」

 

「ああ、ほたるもシュウもぶっちゃけ私より上手いよ」

 

「いいんですか?それで……」

 

「いえ、まだまだなので美大でもっと勉強したいんです。将来、イラストレーターになりたくて」

 

ほたるのその台詞を聞いて、青葉は素直にすごいと思った。自分の夢を恥ずかしがらずに素直に言えるなんて、到底真似できないと思ってしまった。

それを察してか、ねねが代わりに言うように口を開いた。

 

「あおっちの将来の夢はねー」

 

「ちょっ、ねねっち!」

 

「キャ…」

 

「いや、なんでもないですから!ははは!」

 

ねねの口を塞ぐ青葉。その様子を見て、微笑んでるほたるを見ると、青葉は自分の夢を言ってもいいかな、という気になった。

 

「あ、あのっ、私の将来の夢は…夢は、えっと…あの……」

 

恥ずかしがってちゃダメだ、と自分に言い聞かせ、口を開いた。

 

「キャラ……」

 

「ちなつ、俺今日スーパーの特売あるからもう帰るわ」

 

「……………」

 

空気も読まずにシュウは部室を出て行った。

シンッとする空気の中、青葉は顔を真っ赤にした。青葉なのに。

 

「………あの、やっぱり何でも」

 

「キャラクターデザイナーになりたいんだよね、あおっち」

 

「ちょっ、ねねっち⁉︎」

 

助け舟を出すようにねねが言った。そうなの?と視線でほたるに問われ、青葉は顔を赤くして、コクッと頷いた。

すると、ほたるは微笑みながら言った。

 

「そうなんですか、一緒に頑張りましょう」

 

「……よし、他に部活は?帰宅部なら部員決定だね」

 

「へ?……あっ」

 

ちなつが言うと、ほたるは自己紹介した。

 

「3組の星川ほたるです。ほたるでいいよ、よろしく。さっき出て行ったバカは豊田シュウだよ」

 

「1組の涼風青葉です。私も青葉でいいよ」

 

「関係ないけど、私は桜ねねだよ!」

 

「じゃあ、ねねちゃんも入部っと」

 

「えっ⁉︎私絵描けないし!」

 

「OKOK、私もそんな描けないし、シュウは描けても滅多に描かないし」

 

「えええ⁉︎」

 

と、いうわけで二人の入部が決まった。

 

 

イーグルジャンプからの帰り道。はじめは自転車で質問責めから振り切った。

 

「はぁ……もう、なんでこんな事に……」

 

ため息をつきながら、ほとんど徒歩と変わらないペースで自転車を漕いだ。

明日から仕事に行くのが憂鬱だ。せめて遠山さんくらいは自分の味方でいてほしかった。そんな事を思いながらも、もしかしたらまたあの学生に会えるんじゃないかと考え、少し遠回りして帰っていた。

が、そんな簡単に名前も知らない学生に会えるはずもなく、気が付けば自分の家の最寄駅まで着いてしまっていた。

ま、そんな簡単に会えるわけないか、と思い、さっさと家に帰ろうとすると、見覚えのある顔がスーパーから出て来た。

 

「………あっ」

 

昨日の学生さんだ。スーパーの袋を手に、大きく欠伸をしながら耳にイヤホンを突っ込んで眠そうに歩いている。

 

「いたあ……!」

 

パアッと表情が明るくなったが、どう声をかけたら良いだろうと思い、すぐに悩んでるような表情になる。

 

浮かんだ声のかけ方リスト

・好きなアニメは何ですか?

・好きな声優は誰ですか?

・好きなゲームは何ですか?

・好きなアニソンは何ですか?

・嫁はいますか?

 

考えれば考えるほど、勝手に自分の中で泥沼化していった。

というか、出会ってすぐにアニメの話をするって何なんだろう。特に最後の、頭オカシイと自分でも思った。

どうしよう、こんな時にオタクのツケが回ってくるとは…!と、頭を抱え、スマホに指を走らせた。発信相手は、飯島ゆん。

 

『ふぁい、もしもしはじめ?どうしたん?』

 

「ゆん、助けて‼︎」

 

『何や?何かあったんか⁉︎まさか、またこの辺りの不良に……‼︎』

 

「昨日の男の子いた‼︎なんて声かけたらいいかな⁉︎」

 

『そないうちに言わないで警察に……は?』

 

「だから昨日の男の子がいたの‼︎何て声かけたらいい⁉︎」

 

『………知るか、アホ』

 

「お願い捨てないでよ‼︎」

 

『やめんか‼︎振られる直前の彼女みたいな台詞大声で叫ばんといて‼︎』

 

「ゆーーーんーーー‼︎」

 

『わ、分かった!分かったから叫ぶなや‼︎』

 

疲れたようにため息をついて、ゆんは言った。

 

『そんなん、昨日のお礼とか言って何か奢ればええやん』

 

「……なるほど」

 

『え?なるほど?』

 

「ありがと、ゆん!ちょっと突撃してくる‼︎」

 

『あ、待ち‼︎ちゃんと明日みんなの前で報告せぇよ⁉︎』

 

「分かってるって‼︎じゃあね‼︎」

 

自分で明日の退路を塞いだことにも気付かず、はじめは自転車を漕ぎだそうとした。

そこで気付いた。あの学生の姿がどこにも無いことに。

 

「…………」

 

冷静に考えれば当然だった。相手は人間だ。いつまでも同じ場所にいるはずがない。

 

「私のバカ……」

 

割と本気でそう思いながら、はじめは帰宅した。

 

 


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