東京喰種 CINDERELLA GIRLS [完結] 作:瀬本製作所 小説部
ある夜に起こった出来事のせいで、ばらばらとなってしまう。
まるで聖書に出てきた使徒達のようにね。
卯月Side
翌日学校が終わると私は制服のまま、志希さんが住んでいる20区に行きました。
志希さんから聞いたお話によりますと、一人暮らしでアパートに住んでいると聞いたのですが、
メールから送られた地図を頼りに向かうとそこはマンションみたいな立派な建物。
アパートと言うには間違いじゃないかと思ってしまいました。
志希さんが住んでいると思われる部屋のドアに立ち、インターホンを押しました。
そしたらドアがすぐに開き、志希さんが顔を出しました。
「こんにちは志希さん」
「いらっしゃ〜い♪卯月ちゃん♪」
志希さんは私が来たことに嬉しそうに笑い、「待ってたよ」っとハグをしました。
私は「お邪魔します」と靴を脱ぎ、玄関に上がりました。
すると突然志希さんが、
「そういえば、卯月ちゃん」
「ん?」
「何か嫌な匂いはしない?」
「えっ、嫌な匂いですか?」
志希さんの言葉に頭を傾げてしまいました。
私の鼻からくるのは、ほのかに香る甘い。
それは風で揺られる花びらのように広がり、心を包み込むような甘い香り。
その中から嫌な気分を作るような匂いは感じられません。
「うんうん、たまにあたしでも嗅げない匂いがあるからさ〜」
「嗅げない匂いですか?それはどんなのですか?」
「んーどうだろう。ただ嫌な匂いとしか言えないねー」
その心地よい香りの中、全くと言ってもいいほど嫌な匂いを感じることはありません。
それに今鼻に感じる甘い香りは外国人が好むような強い匂いではなく、かすかに香る程度です。
私が「特に嫌な匂いはしませんよ?」と言うと、志希さんは「なら、よかった♪」と満足そうに笑いました。
嬉しくなったせいか志希さんは私の手を強く引っ張り、そのままリビングへと連れ出されました。
「ここが志希さんのお部屋なんですね...」
「そう、ここがあたしの部屋でもあり、ラボでもあるのだ〜♪」
私の部屋のように可愛いぬいぐるみが置いてあり、暖かい色が特徴のある部屋ですが、しかし志希さんのお部屋は壁はコンクリートの張り紙が貼っていて、部屋の内側にはベットがあるのですが、窓側の机にはフラスコや試験管、スポイトなどまさに実験室と例えてもいいほど実験器具が揃えていました。
実験室と聞くと理科室のような好ましくないニオイが浮かぶのですが、志希さんのお部屋は見た目とは裏腹に甘い香りがします。初めてこの部屋に来たせいかとても新鮮感が胸の中に生まれていました。
志希さんの部屋の周りに興味を抱いていた私にベッドの上に座っていた志希さんは、ぽんぽんと肩を叩き「まぁ、座って座って〜♪」と声をかけられ、私は志希さんのベッドの上に座りました。
「志希さんはいつもここで実験をするのですか?」
「だいたいそうだね♪さすがに人の家に実験したら大変だよね?」
「まぁ…確かに」
私が考える実験のイメージはさすがに大きく偏っているかもしれませんが、科学者がフラスコにある薬品を間違えて入れ、大爆発を起こしてしまう光景が浮かんでしまいます。さすがに他の家で実験をされたら迷惑なのは間違いありません。
「あたしは家に人を呼ばないね。だって家にいないコトがいいんだもん♪」
もし私だったらママやパパが心配しますが、一人暮らしの志希さんなら問題ないかもしれません。
「例えばフレちゃんのお家だったり、シューコちゃん、あとはカネケンさんのお家とかね」
「そうな……えっ?」
志希さんが訪れた人の元の中に、一つだけ何かおかしいことがありました。
「か、金木さんのお家にですか!?」
「うんっ、カネケンさんはあたしと同じく一人暮らしだったからね♪」
「もしかして、遊びに..?」
「もちろんお泊まりも♪」
普通は女の子が男の子の家に勝手に泊りに行くのは私にとっては考えられません。
「大丈夫、大丈夫〜。別に卯月ちゃんが考える嫌らしいコトはないから♪」
動揺をしていた私を志希さんはにゃははっと笑いながらポンポンと私の肩を叩きました。
「.....」
でも私は志希さんが金木さんのことを言ったせいか、気分が上がらない。
「どうしたの、卯月ちゃん?」
「....また、金木さんに会えますでしょうか?」
ここ最近、金木さんと思われる人が私の近くに現れています。
その人の容姿は白髪だと言われますが、奈緒ちゃんによると金木さんだと嘘もなく伝えてくれました。
金木さんは今は行方不明の男性で、一体どうしていなくなったのかわからない。
それに金木さんは喰種ではないかと疑われています。
もし金木さんが本当に喰種なら、再び会ったら私は殺されるかもしれない。
本当に金木さんに会っていいのかわからない。
なんだかこの悩みが受験勉強のプレッシャーよりも大きいように感じる。
そんな時でした。
志希さんは何も言わずに私を抱きしめました。
「っ!」
「大丈夫」
志希さんは私に耳元でそう言うとぎゅっと抱きしめ、私の頭を優しく撫でました。
「カネケンさんはまた卯月ちゃんの元に必ず帰ってくるよ」
陽気で能天気だった志希さんは先ほどとは違い、落ち着いた声でささやく。
前に楓さんからも同じような会話をして、勇気付けられている、私。
そう考えると私はここ最近、心が疲れているんだ。
金木さんのことを考えすぎなんだ。
「だから、気分転換に一緒のお菓子でも食べよ〜♪」
志希さんはにゃははっと笑い、キッチンに向かいました。
すぐに何かを持ってくるのかなと考えていたら、キッチンにいた志希さんは棚の中を見て「ありゃ?」と首を傾げました。
「どうしたのですか?」
「家にインスタント珈琲以外なんもないや」
「えっ、ないのですか!?」
「うん、冷蔵庫の中も空っぽだ〜♪」
志希さんはまったく焦ることもショックもなく、にゃははっと笑いました。
「だから外で買ってくるね〜♪」
「え、ま、待ってください!志希さん!」
志希さんは私の言葉を最後まで聞かず財布と携帯を手に取り、部屋から飛びだして行きました。
これが志希さんが持つ失踪癖だと思います。
(...志希さんらしいですね)
でも考えてみれば、今いるのは志希さんのお家。
志希さんは帰って来てくれるはず。
私は気持ちを切り替え、カバンから教材と筆箱を取り出し、勉強をし始めました。
今は秋が始まり、受験勉強をさらに本格的に取り組まなければなりません。
私が受験する科目は主に文系教科ですので、志希さんが教えられるところはないかもしれません。
だけど一人で勉強するよりは気分が楽になります。
受験勉強は一人でやるものだと言われますが、私は一人でずっとやっていくと心に負担がのしかかります。
ですので私は志希さんは横にいるだけでも心強いです。
(.......)
開始してから約20分。
私の体に異変が起こりました。
それはだんだんと睡魔がやってきたのです。
別に寝不足でもないのに勝手にやってくる居眠り。
それは心の甘さなのか、それとも無意識なのか私にはわからない。
(...ね、寝ちゃだめだ!!)
私は手で顔をパンパンと叩き、意識を取り戻させます。
だけど再び眠気が襲いかかり、また顔を叩く作業を繰り返し、そしてついに私は無意識のうちに眠ってしまいしました。
受験日が近づいているにも関わらず睡魔に負けてしまった、私。
私が目覚めた時にはもしかしたら志希さんが起こしてくれるはず。
部屋に漂う甘い香りのように考えていた、私。
だけど
次、目覚めた時
悪夢を見ることになるんだ。
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20区にある小さな喫茶店あんていく。
太陽がだんだんと沈み始め、あたりが暗くなり始めた夕方。
今日はお店が開いたときからお客さんの姿はなかった。
いつもなら来店と共に客が入ってくるのだが、今日は違っていた。
だが店長である芳村は何もおかしく感じず、いつも通り店内に立っていた。
しんっと静まる店内に、店のドアがからりっと音を立てて開いた。
「いらっしゃいませ」
芳村がそう言うと微笑んで出迎えた。
「こんばんわ」
訪れたのはスーツを着た背高い男性。
芳村は彼を見てどこか懐かしむように見ていた。
芳村にとって、”最後の来客"であったからだ。