私、二回目の人生にてアイドルになるとのこと   作:モコロシ

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第6話 ロリコン星人とウサミン星人

土曜日、私はレッスンルームへと足を運んでいた。朝九時から始まる、ウィンターライブに向けてのギターレッスンを行う為である。元々殆どのコードは弾けるのであまりレッスンに苦労はしなかったので、現在行っていることは細かい部分の修正だったり、微妙な音の高さの調整といったものばかりだ。そしてそれは夏樹や輝子も同じことが言える。ドラム担当ののあさんに関しては初見からほぼ完璧だったらしいので今はギター組につきあって貰っている状態だ。やはりのあさんは色々と超越していたらしい。

 

しばらく廊下を歩いていると、一人の人物と遭遇した。淡いピンク色の髪をサイドアップにあしらった髪型。その姿は制服ながらも年頃らしくオシャレに気を遣っている。その遭遇した人物こそ、先日着ぐるみを着てはしゃいでいた幼い女の子達を柱の陰からはぁはぁふひひと興奮しながら覗いていた人物であった。

 

「「あっ」」

 

突然の鉢合わせに私と彼女はしばし無言の状態が続いた。心なしか彼女は少し気まず気である。

 

「……」

「……」

 

その無言状態の均衡を先に崩したのは私だった。私はスッと目を逸らしポケットに入っている携帯を取り出すと、とある番号を打ち始める。

 

「……110っと」

「ちょちょちょっと! 待って待って待って! 私まだ何もしてないでしょ!?」

まだ(・・)……ですよね? こっちを進んだらL.M.B.G(リトルマーチングバンドガールズ)の撮影スタンド」

「……いやいや! 私も雑誌の撮影なんだって!」

「今言い淀んでたような」

「よ、淀んでない!」

「……日下部(くさかべ)若葉さん」

「合法ロリ最高かよ……はっ」

「通報」

「待って」

 

L.M.B.Gとはその名の通り、小さなアイドルで構成されるマーチングバンドのユニットである。恐らく346プロアイドル部門で最大人数を誇るグループだ。確か現在の人数は16名だった気がする。

 

先程私が口にした日下部若葉さんという人物もそのメンバーで唯一の成人枠だ。二十歳だがとてもそうは見えない幼児体型の持ち主で、彼女の言う通り俗に言う合法ロリと呼ばれるものだ。趣味はジグソーパズル、よく中学生と間違われ、小柄なのを少し気にしている可愛らしい女の子だ。会った事ないので全てネットの情報だが。

 

「『美しいものを美しいと思えるあなたの心が美しい』ってみつをも言ってるじゃん!」

「それとはまた別の問題ではないでしょうか?」

「じゃあどうすればいいのよ!」

「……本当にストーカーしませんか?」

「さ、流石にストーカーはないでしょ!?」

「客観的に」

「……ス、スス、ストーカーちゃうわ!!」

「分かりやすい動揺」

 

冷や汗をかきながら擬音にミカミカミカとでも付きそうなほど動揺している彼女。

 

「……ところで貴女、城ヶ崎美嘉さんですよね? 『NUDIE★』良かったです」

 

城ヶ崎美嘉。アイドル界ではカリスマギャルとして名を知られているトップアイドルの一人だ。詰まる所スーパーオシャンティさんという訳だ。その派手な外見に対して曲は素直な声色で歌う為、私的には好印象であった。この前見かけた時は名前すら知らなかったが、外見的特徴をネットで打つとすぐ出てきたので名前は即座に調べがついた。

 

「あ、ありがとう……えへへ。あ、そっちこそ名前はなんて言うの?」

「小暮深雪です」

「えっと、うちのアイドルだよね? 聞いた事ないけど……あっ、もしかして来年度から始動されるっていうシンデレラプロジェクトの?」

「ご存知でしたか」

「もちろん! でも、新人さんかー。アイドルになったら色々きついことや辛い事もあると思うけど、無理せず溜め込まないようにね! そんな時はじゃんじゃん相談に乗るからさ! 頑張って★」

「ありがとうございます」

「タメでいいよ★ それじゃ、撮影始まっちゃうから!」

 

ありきたりな言葉ではあるが、私は少し彼女の格好良さに感動した。ロリコンではあるが、姉御肌で気の良い人なのだろう。ロリコンではあるが。

 

「あ、はい……いや、ありがとう。……でも次見かけたら通報するからね」

「もう! 大丈夫ってば! ……見に行く暇なんてないだろうしね」

 

顔に影を浮かばせながら吐き捨てるように言うと彼女は今度こそ撮影場所へと向かって行った。彼女が現在所属しているグループ名は『LiPPS』である。もしかすると雑誌の撮影というのもそのグループで行うものなのかもしれない。普段明るそうな彼女が影を落とす程のグループとは如何なものなのか。ロリコンに慈悲はないが取り敢えず御愁傷様とでも心の中で思っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

朝九時から始まった346プロが雇ったギタリストによるギターレッスンが終了した時間は午後三時を回っていた。

 

夏樹、輝子、のあさんの三名はソロ曲のレッスンも受けなければならない為、私だけ先に帰宅という訳だ。なんだか少し申し訳ないような気がするがゆっくり休ませてもらうとしよう。私はソロ曲なんてないし、そもそもエクストラでの参加だからね。

 

「……菜々ちゃん居るかな」

 

私は現在346カフェへと向かっていた。メイド服の菜々ちゃんを見たいというのもあるが本命はそうではなく、新しく買った本を読みに来たのだ。もうそろそろ私の押しキャラが出てきてもいい頃だ。非常に楽しみである。

 

ただ本を読むだけであれば別に寮で読んでもいいのだが、カフェであれば何時でも暖かいコーヒーが飲める。寒い日のコーヒーはまた格別なのだ。

 

自動ドアが開くと暖かい風が身体全体に降り注ぐ。私はマフラーと手袋を外し、カバンの中へと仕舞い込む。本館とカフェは近い距離にあるのだが、だからといってもマフラー手袋は寒がりの私にとって必要不可欠である。

 

「いらっしゃいませー! あっ、深雪ちゃんまた来てくれたんですね!」

「菜々ちゃんに会いに来た」

「またまた〜、席に案内しますねー!」

 

菜々ちゃんは人当たりの良い笑みを浮かべ、窓際の陽の当たる席へと案内する。

 

「ホットコーヒーとモンブランで」

「はいっ、かしこまりました! コーヒーはブラックでよろしいでしょうか?」

「うん、ブラックで」

 

タタタと菜々ちゃんが去っていくと、私はイヤホンを取り出して携帯で音楽をイヤホンに流す。その後、更に最新刊を取り出してページをめくる。完璧なるパーフェクトスタイルである。意味が被っているのは気にしない。私は今気分が良いのだ。

 

「お待たせしましたー!」

 

何分か時間が経つとテーブルに先ほど頼んだモンブランとコーヒーが置かれる。私は持ってきてくれた菜々ちゃんに礼を言うべくイヤホンを外した。

 

「ありがと」

「……何かいいことでもありました?」

 

私の嬉しそうな様子に気付いたのか菜々ちゃんは疑問を口にした。

 

「昼休みに買って来た最新刊、『君は僕のドルチェ』ってやつ」

 

この小説は一昔前に流行した恋愛漫画の小説だ。大雑把に言うと主人公が悪役令嬢に嫌がらせを受けながらも最終的に意中の人と恋に落ちて行くという王道な設定の恋愛コメディ漫画である。いい年した奴が何読んでいるんだと思うかもしれないが、侮る事なかれ、意外と面白いのだ。

 

「あっ、知ってますよそれ! 昔流行った漫画の小説版ですよね! ナナも当時、月刊コミックスがいつも楽しみだったんですよね〜」

「当時? これの漫画二十年くらい前のものだと思うんだけど……」

 

あれ、違った? まだ十年くらいしか経ってなかっただろうか。

 

「えっ!? もうそんなに……ッ! あっ、いえ、違うんですよ!? 幼い頃文庫版を月に一冊ずつ集めてたので楽しみだったなーって!!」

「なるほど……私つい菜々ちゃんが実は17歳じゃないとか思ったよ」

「ぎくぎくぎっくぅ!?」

 

菜々ちゃんには失礼な事をしてしまった。一瞬でも疑った自分が恥ずかしい。

 

「菜々ちゃん、ごめんなさい」

「い、いいいいえ〜、きき気にしないで下さい〜。ほ、ほら! コーヒー冷めちゃいますよー!」

「コーヒーは少しぬるいくらいでいいの」

 

私が少しムッとしながら言うと、菜々ちゃんはそう言えばと言って納得した。分かれば良いのだよ。全く菜々ちゃんったら。忘れん坊なんだから! ぷんぷん!

 

……ダメだ、考えただけでも吐き気がする。ううむ、やはり私にぶりっ子は似合わないな。そもそも何故やってみようと考えたのか。似合ったとしてもやる気はこれっぽっちもないのだが。

 

菜々ちゃんも奥へと戻って行った事なので再び読書へと勤しむ事にしよう。

 

テーブルに放置されていたイヤホンを両耳につけると丁度サビに入っており、可愛らしい声が私の鼓膜を震わせた。私が現在聞いている曲は彼女、安部菜々ちゃんが歌っている『メルヘンデビュー!』という曲だ。この曲は所謂電波ソングと呼ばれるものだが、ジャンルは私にとって然程重要な事ではなかった。重要なのは彼女の声が聞けるという事だ。深い意味はなく、素直にそのまま受け取ってもらっても構わない。彼女の声を聞いていると何故だか私のギザギザハートが丸みを帯び、穢れた心を浄化していくのだ。子守唄的な効果の期待大である。

 

他にも元気いっぱいの菜々ちゃんの歌声を聞いてるとこちらも元気になるし、セリフ部分の演技力にも目を見張るものがある。流石歌って踊れる声優アイドル。感服せざるをえないだろう。

 

ただこの曲の難点は、来年はもう歌えないという事だ。『キャハッ!ラブリー17歳♪』という歌詞があるように、来年18歳になる彼女はもう17歳という歌詞では歌えないのだ。……と思っていたのだが、そのあとの歌詞で彼女が『ナナは永遠の17歳』という歌詞が出てくるので万事解決であった。流石菜々ちゃんだ。アイドルは歳をとらない。それは正しくファンが頭の中に描いているアイドルそのままである。菜々ちゃんはアイドル然とした、アイドルの中のアイドルであると私は確信した。こういう所は今後私がアイドル活動を行う上で参考となるので非常にありがたい。菜々ちゃんさまさまである。

 

……でも、この曲は昨年にはリリースされていた筈なんだよなぁ。昨年も17歳、今年も17歳、そして来年も17歳……菜々ちゃんって本当は何歳なんだろう。もしかして私より相当年上だったりして……。

 

…………いや、疑うのは良くない! それに彼女はどこからどう見たってうら若き少女だ。あんな純粋で素直で少しあどけなさが残る朗らかな笑顔を見せる彼女が若作りとか言われたら私は化粧している女性を誰も信用出来なくなる。それに彼女は私より約20cmも背が低いのだ。いや、背丈で決めるのは早計というのは分かっているが、それでも私と並ばせると恐らく全員が外見は私の方が年上だと言うだろう。というか誰も私を高校一年生と認識出来ないと思う。割と本気で。今私が食べようとしているモンブランくらいなら賭けてもいい。

 

まあ、少し荒れてしまったが、取り敢えず菜々ちゃんについては考えても無駄だと言う事だ。そもそも年なんてよく考えればどうでも良い事であった。私も実際精神的には年齢詐称にも程があるわけだし。彼女が私より年上だと言う事だけ認識していればよかろう。それにいい加減ゲシュタルト崩壊しそうなので考えたくない。

 

「……深雪ちゃん、なんだか複雑な顔してますが……大丈夫ですか?」

 

他の客を接客していた筈の菜々ちゃんがいつの間にか私を心配そうに伺っていた。接客で忙しい筈だが、やはり菜々ちゃんはいい子である。

 

私はイヤホンを外し答えた。

 

「何でもない……メルヘンデビュー聞いてただけだから」

「うぇあえっ!? えっ、なっ、ナナの曲……じゃ、ないです、よね〜?」

「菜々ちゃんの曲だけど」

 

と言うか菜々ちゃん以外のメルヘンデビューなんて曲は存在しないと思う。

 

「ミンミンミン、ミンミンミン」

「ウーサミンッ♪ ってやらせないでください!」

「いち、にー」

「ななー♪」

「ここ一番好き」

「ありがとうございますっ♪ ……ってもう!」

 

怒りますよー! と可愛らしく憤慨する様子に私はほっこりする。菜々ちゃん本当癒し。

 

そんな事を思っていたその瞬間私は今世紀最大級のアイディアを閃いた。

 

「菜々ちゃん、バイト何時終わる?」

「え? 今日は六時までですねー」

「六時か……じゃあ明日三時くらいから空いてる?」

 

六時からだと流石に遅すぎるからなぁ。アイドルという仕事の都合上寮の門限は存在しないのだが、夕飯の時間帯が比較的早めに終わってしまうので却下だ。そして明日も今日と同じ時間帯にレッスンが入るので3時からしか時間が空かない。

 

「えーと、そうですね、レッスンもそのくらいに終わるので空いてますよ」

「じゃあさ、カラオケ行かない?」

「カ、カラオケ……ですかぁ」

 

菜々ちゃんをカラオケに誘ったのは菜々ちゃんの生歌を聞いてみたかったのと、もっと仲良くなりたいという私的な欲求からだ。私も久し振りにカラオケに行きたかったというのもあるのだが。

 

期待を込めて菜々ちゃんに言ったが、菜々ちゃんの反応はあまり芳しくはなかった。カラオケはあまり好きではなかっただろうか。それともまだ知り合って日も浅いからとかそういう事だろうか。出直すべきかと思い私は悩む菜々ちゃんに無理しないように言う。

 

「……ごめん、嫌ならいい。レッスン後だし、疲れてるよね」

 

少し……いや、かなり残念ではあるがレッスン後ということもあるので仕方あるまい。もう少し仲良くなってまた日を改めよう。

 

すると菜々ちゃんは慌てた様子でこう口にした。

 

「ああいえ! そういう訳ではなくてですねー! 行くのは構わないんですけど、ただ、ちょっと、そのー、えっと……ナナの歌う曲はちょーっとだけ古いかもしれないので、深雪ちゃんには合わないんじゃないかなーって思いまして……」

 

なんだ、そんな事で言い淀んでいたのか。

 

嫌がられている訳ではないと安堵した私は溜息をついた。それに、古いと言っても私にとって菜々ちゃんの古いは其処まで古くないと思われるので無問題(もうまんたい)である。仮に古くとも私は全く気にしない。

 

「……笑止千万。私が歌う曲も相当古い」

「笑止千万っていう割には無表情ですけどね」

「一緒に行ってくれる?」

「まあ、深雪ちゃんが大丈夫なら……」

「なら行こう。……ところで菜々ちゃん、仕事」

「あ''っ……ご、ごゆっくり〜」

 

菜々ちゃんは冷や汗を流しながら接客へと戻って行った。菜々ちゃん、引き止めてごめんよ。

 

そして私はモンブランと程よくぬるくなったコーヒーを時折口にしながら最新刊を読み始めたのであった。

 

──私たちの様子を観察している人物がいたとも知らずに。

 

 

 

 






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