私、二回目の人生にてアイドルになるとのこと   作:モコロシ

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第3話 形だけはアイドルになりました

「はい、それでは。ありがとうございました千川さん」

「いえいえ! 深雪ちゃんも、これから頑張ってくださいね!」

 

千川ちひろさんはにっこりと笑顔を浮かべると私を激励する。私は再び頭を下げると扉を開けてその部屋を後にした。

 

私が今いる建物は346プロの事務所である。ここ346プロの事務所は少々、いや、かなり奇抜な形をしており、それはまるで城のような外見になっている。私も初めて来た時は呆気にとられたものだ。その時の私の案内で一緒にいた千川さんのイタズラが成功した、といったような表情が今でも脳裏に焼き付いている。可愛かった。

 

先程まで千川さんと話していたのは転入試験の結果とアイドルになる為の本契約についてだ。そもそも受からないとアイドルになるならない以前の問題だからね。あ、勿論無事に受かりました。杏ちゃんからも受かったという連絡を既に貰っている。本来ならこの場に杏ちゃんがいてもおかしく無いのだが、契約は個人情報なんかも沢山出てくるので他人がいるのはあまりよろしく無いとのこと。

 

ちなみに私が福岡で武内さんと交わしたのは仮の契約。仮の段階であればまだ取り消す事が出来るらしいのだが、本契約まで進んでしまえばもう後には引けない。といっても地方から集まった人達は仮の段階で本契約を終えたも同然であり、今回の本契約というのは本人同意の確認的な割合の方が大きいらしい。逆に比較的近場に住み、実家や現在住んでいる場所から通う人達は、本契約を済ませるまでは契約を帳消しに出来るという寸法である。つまり、契約を終えた私には大人しくアイドルとしてデビューするしか道は残されていないのだ。

 

なんだかアイドルになりたくない様な言い方になってしまったが決してそういう意味で言ったわけでは無い。寧ろ興味津々意気揚々としている。まあ、取り敢えず私が言いたかった事は、今日から晴れて歴としたアイドルになったということだけである。最も、プロジェクト自体が未だに始動していないので仕事なんて何一つとして存在しないのだが。

 

そんなこんなで本契約を終わらせた今、私は自由の身となった。言い換えればこの後何もやる事がない。レッスン的な事をやるのかと思い一応運動用の服なんかもバッグに詰め込んでいたのだが、バッグを圧迫するだけに終わってしまった。つまり正真正銘の暇人である。

 

現在の時刻は十二時半を少し過ぎた頃、丁度昼ごはんの時間帯だ。この後どうするかはまず腹ごしらえをしてから考えよう。

 

「何かあるかなーっと」

 

そう言いながら私は近くにある食べ物屋さんをアプリで探す。今の私はがっつりしたものを食べたい気分なので、そんな感じで探してみる。

 

おっ、結構良さげなお店発見! 行ってみようかな!

 

暫く歩くと目当ての店を発見した。店に入ると、扉を開けた拍子に鈴がカランコロンと可愛らしい音を奏でた。

 

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

「一人で」

「畏まりました、それでは二人席へ案内します」

 

案内された席へと移動する。場所は出口から二番目に近い二人用のテーブル席だった。私は壁側のソファ型の椅子へと座り、店員が持ってきた水をゴクリと一気に飲みきる。よく冷えているので非常に美味しく感じる。

 

「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」

 

そう言って店員は奥の方へと戻って行った。

 

私が選んだ店はハンバーグが美味しいと評判の人気の定食屋さんだった。入ってみたらよく分かるが他のお客さんもハンバーグステーキ定食を食べている人たちが多い。この店の人気の秘密はハンバーグが美味しいのはもちろん、ご飯、A定食についてくる野菜スープ、B定食についてくる味噌汁、そのどれもがお代わり自由な点だ。確かに魅力的である。特に食い盛りの十代二十代の男性からすれば嬉しいの一言に尽きるだろう。私も成長期でご飯が尚更美味しく感じる時期なので正直とても嬉しい。

 

メニュー表を開いてみると、偏にハンバーグ類はハンバーグステーキ定食のみというわけではないらしい。定番のデミグラスソースやミートソース、チーズハンバーグもあれば和風ハンバーグもあり種類も豊富だ。自慢のハンバーグらしく其処彼処(そこかしこ)から良い匂いがこちらまで漂ってくる。私の心は完全にハンバーグに奪われてしまった。

 

……うむ、決めた。私はチーズハンバーグのA定食にしよう。チーズハンバーグ大好きな私としては選ばざるを得ない。育ち盛りなのでご飯は大盛りだ!

 

「一名様でしょうか?」

「はい」

 

食べたい物を決定したので店員を呼ぶベルを押そうとすると、一人の客が入店してきた。しかし残念。二人席は全て使われているし、ファミリー席にも待っている客が多い。少し待たされるハメになるだろう。

 

「申し訳ありません。只今混み合っておりまして十分程お時間を頂戴しますが、よろしいでしょうか?」

「……分かりました」

 

こっそり聞いてみるとやはりそうだった。今現在の時刻は約十三時。この時間帯に来るという事は恐らくだが相当仕事に追われていたか、サボりすぎて予想以上に仕事が長引いたかのどちらかだろう。ただ疲れた顔の様子としっかり着こなしているスーツ姿を見る限り前者だろうと思われる。勿論これは私の勝手な予想なので本当かどうかは定かではない。

 

そんな事を思っていると、ふと、その人がどこか見覚えのあるような気がした。よく確認してみると、キッチリとしたスーツ姿に無愛想な顔に三白眼。そして響き渡るどっしりとした素晴らしい低音ボイス……って武内さんやないか!

 

「武内さーん」

「……小暮さん」

 

私が呼ぶと、少し驚いたように私の名前を口にする。その後私は手前の席をチョンチョンと指差し、その意図に気付いたであろう武内さんは首に手を当てながら申し訳なさそうに此方へ近付き私の正面の席へと着座した。

 

「すみません、水をもう一杯お願いします」

 

私は武内さんの分の水を用意するように店員に頼む。武内さんは更に申し訳なさそうに眉を八の字にする。

 

「申し訳ありません、助かりました」

「それは言わない約束ですよ」

「……はぁ」

 

しまった。私としたことが、気落ちしている武内さんの気を紛らわすつもりだったのに困惑させてしまった。

 

気を取り直して私が武内さんにメニュー表を渡そうとすると必要ありません、と断られてしまった。一体何故と問おうとすると、その前に武内さんはこう答えた。

 

「来る時には既に決めてありました」

「……貴方、常連ですね?」

「……確かに、ここは良く通っていますね。事務所から近いですし、値段も手頃なので」

「そしてご飯お代わり自由……ですね?」

「ええ」

 

武内さんは心なし力強く頷いた。やはり武内さんぐらいの年代だとご飯お代わり自由は甘美なる響きに等しいのだろう。気持ちは良く分かる。

 

頼むものは決まっているということなので私は早速ベルを鳴らした。店員の返事が聞こえ、少し待つと伝票を持ってテーブルの前に現れた。

 

「私はチーズハンバーグA定食ご飯大盛りで、そして……」

 

私はちらりと武内さんへ視線を寄越す。

 

「……私はミートソースandデミグラスソースのダブルハンバーグB定食、ご飯大盛りで」

「はい、畏まりました。しばらくお待ちください」

 

そうして再び店員は奥の方へと戻って行った。

 

「武内さんは味噌汁なんですね」

「……そう、ですね。考えてみればA定食を選んだ事はないかもしれません」

「味噌汁、美味しいんですか?」

「ええ。ここは曜日によって味噌汁の具が変わるので、いつも食感や味の変化に楽しませてもらっています」

「ほう」

 

確かに壁にそういうことが書かれた紙が貼ってある。ちなみに今日は大根オンリーの日だそうだ。味噌汁も好きではあるが、私は味噌汁より野菜スープ、野菜スープよりコーンポタージュ派だな。これを最後まで続けていくと最終的に豚汁に落ち着く。

 

「……小暮さんは、この店は初めてでしょうか?」

「はい、じ○らんで見つけて初めて来ました」

「じゃ○ん……ですか」

 

武内さんは困ったように手を首に置く。この反応は恐らく○ゃらんが何なのか理解出来ていないのかもしれない。

 

「簡単に言えば美味しい店を教えてくれるものです」

「成る程……勉強になります」

 

なんのだろうか、まあいい。きっと武内さんも闇雲に店を探すよりある程度の情報があったほうが嬉しいのだろう。

 

「武内さんはどのくらいここに通われてるのでしょうか?」

「……私が入社してから通い始めたので、約二年間程だと思います」

「ハンバーグがお好きで?」

「……ええ、食には関心があります」

 

やはり子供っぽいでしょうか、と少し恥ずかしそうに言う武内さん。いやいや、そんなことはないよ? ハンバーグ好きな大人なんてこの世に星の数程いるのだ。何ら恥じることは無い。それにそんなこと言われたら私もう二度とシュークリーム食べれないよ。中身はいい年したおっさんなんだし。

 

「そんなことありませんよ。ハンバーグ美味しいじゃないですか。私も大好きです」

 

私は武内さんを見ながら真剣に言う。

 

好きだけど知られると恥ずかしいからやめる。私にはその考え方は受け入れられない。好きなものは好き。これの一体何がダメというのか。言い方に少々語弊があるが、私はヘヴィメタやロックンロールだって大好きだし、他にも他人にはあまり理解が及ばない趣味だって多々ある。

 

「……ありがとうございます。とても、為になりました」

「そうですか、なら良かったです」

「──お待たせいたしました」

 

テーブルに店員が持ってきたハンバーグステーキ定食が置かれる。ごゆっくりどうぞ、と一礼をするとそのまま去って行った。

 

さて、ようやく真打の登場だ。キラキラ光沢を放つ白米に、ジュージューと熱い鉄板で焼かれるハンバーグ。出来たてほやほやの香りで更に食欲をそそられる。

 

「それでは」

「ええ」

「「いただきます」」

 

そして私と武内さんは思い思いにハンバーグ定食を食べ始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「うう、ひははいはひ(舌が痛い)……」

「あらあら。はい、冷たいお水ですよ!」

「ありあと、ららひゃん(菜々ちゃん)

「いえいえ〜! ゆっくりしてくださいね!」

 

私は顔をテーブルに伏す。何故私がこんなに舌ったらずになっているのかというと、単純に舌を火傷したからだ。原因はあのハンバーグの野郎だ。あいつはアッツアッツだったよ。熱過ぎて数分間口を動かさなかったくらいだ。私が猫舌だったという事をすっかり忘れていた。これぞ深雪うっかり。今は口に入れた時すぐに水を飲まなかったことを後悔している。いや、ハンバーグはとても美味しかったよ? 最高だった。めちゃくちゃ熱いという点を除けば。ハンバーグが熱々の状態で出てくるのは当たり前なのだが、謎のモヤモヤが収まらない。結局既に食べ終えていた武内さんを十分以上も待たせてしまったし……。サラリと奢ってくれたのもあり、なんだか少し申し訳ない。

 

私は現在346カフェというところに来ていた。先ほど私が口にした菜々ちゃん──安部菜々ちゃんが働いているカフェだ。346と名の付くように、346プロの敷地内に存在しているカフェである。346プロはカフェの他にも別館にエステルームや浴場、サウナも完備されてあり、中庭だったり噴水広場も存在している。流石天下の346プロと言ったところだろう。福利厚生もしっかりしている。

 

前々から346カフェの存在は知っていたんだけど、来るのは初めて。カフェだからご飯の類は置いていないと思い込んで今まで来る気が起きなかったのだ。今日は偶々気紛れで入ったんだけど、メニューを見てみると朝食昼食夕食それぞれのセットが置いてあったらしい。騙された。ランチも昼はサンドウィッチとかのパン系が売られているらしいから火傷する心配もなかっただろう。それなら初めからここに来ればよかったのかもしれないが、奢ってくれた武内さんに失礼になるのでそんな事は言わない。

 

「……はあ、ようやく治まってきた」

「あはは……あ、そういえば深雪ちゃんって福岡出身でしたよね? 東京には慣れてきましたか?」

「慣れる気がしないよ……」

「そ、そうですか……。それはまたどうして?」

「私、結構インドア派だからね」

「ああ、確かにここら辺は特に人が多いですからね〜。近頃菜々も外歩く時は最近の若い子のファッションセンスに気圧されちゃって……」

「最近の若い子?」

 

その言い方だと菜々ちゃんが若くないように聞こえる。無論、決してそういう訳ではない。菜々ちゃんは十七歳だ。自己紹介された時に丁寧に年まで教えてくれて、尚且つ先輩アイドルという壁を自ら取っ払ってくれたとても優しい人だ。お陰で私は気負うことなく菜々ちゃんと話すことが出来ている。菜々ちゃんの自己紹介は自身の情報が的確に、簡潔に説明されており、菜々ちゃんがどういったアイドルを目指しているのか、はっきりと伝わってきた。よく考えられた素晴らしい自己紹介であった。こういう一生懸命な子を見ていると応援したくなるのは人のサガというものだろう。

 

「ああーっ!? いや、ちっ、違うんですよ!? 菜々も現役JKですからね! 言葉の綾って奴ですよ! はい!」

「うん、分かってる。菜々ちゃんは十七歳だよね」

「うっ……なんだか罪悪感が……」

 

そう言って菜々ちゃんは胸を抑えるようにうずくまる。もしかして体調を崩してしまったのだろうか。

 

「菜々ちゃん、大丈夫?」

「あっ、だ、大丈夫ですよ! ウサミンパワー満タン☆ これで元気一杯です!」

 

菜々ちゃんは私を心配させない為なのか得意のウサミンを繰り出し、ピースした手を目元へとやりキャピーン☆ と態々口にした。なんだか見ていて癒される……というか温かい気持ちになるのは私だけだろうか。

 

「それは良かった……あ、MINE」

 

私の携帯からMINEの通知を知らせる音が聞こえる。差出人は輝子、内容は……

 

「『ちょっと大事な話があるから出来れば寮に戻ってきてほしい』……か」

 

これは戻った方がいいのか。MINEでは駄目なのかと思わなくもないが、態々そう言うからには恐らく重要な事なのかもしれない。もう少し菜々ちゃんと話したかったのだが、仕方があるまい。また今度話そう。

 

私は菜々ちゃんにお勘定を頼もうとするが、何も頼んでいない事に気が付いた。流石に何も頼まずに出て行くのはどうかと思った私はコーヒーレギュラーのブラックを頼む事にした。

 

「菜々ちゃん、中くらいのブラックのホット……いや、アイスを持ち帰りで」

「はい、かしこまりました!」

 

菜々ちゃんは笑顔でそう言うと三十秒くらいで用意してくれた。アイスにした理由は分かると思うけど火傷をしたくないから。

 

「120円になります」

「はい……ごめんね? 今度来た時はちゃんとしたの頼むから」

「気にしなくていいですよ〜! それでは、またのご来店お待ちしております☆」

「またね」

 

そして私はカフェを出ると、そのまま徒歩で寮へと向かって行った。

 

果たして輝子の大事な話とは一体何のことだろうか。そう考えながらちょこちょことコーヒーを飲み、私は一人帰途についた。

 

 

 

 

 

 


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