渋谷凛『焼肉? まぁ人並みには好きだよ』
うづき『お肉ですか? 私は壺漬けカルビが好きです!』
未☆央『お肉? おっにくぅ〜〜⤴︎⤴︎』
……はい! という事でね、やって来ました。焼肉屋へ!
いや、ね? 結局かよって感じだよね? 勿論あの後色々と女子っぽいオシャンティなお店を探してみたんだよ? でもしっくりこなくてなんやかんやでこうなりました(と言ってもスイーツの食べ放題くらいしかそれっぽいの思い付かなかったんだけども)。ケーキとかいつまでも食ってられるかっての。
あ、主役達には上記の通りMINEで聞いて好反応を頂いた上での決定だから問題なし! 本番前に美味い肉を食べて精をつけて、英気を養ってから本番に臨んでほしいという私の心の表れである。一応歓迎会の意図も含めている。今日の今日までずっとレッスン詰めの日々だったから誘う機会がなかったのだ。良いタイミングだ。因みに今日は金曜日。本番が日曜日なので土曜日はやめとこうという事でこの日になった。
そして勿論だが他のメンバーも誘っている。家が遠い関係で残念ながらアカギさんと莉嘉ちゃんが不参加だ。親御さんを心配させてはいけない。主役の本田さんもそこそこ時間がかかるらしいが「遅くなったらしぶりんの家に泊まらせてもらうから大丈夫!」と言っていたので大丈夫だろう。
ただ皆を誘った時に三村さんが百面相を浮かべて自分のお腹を愛でるように、それでいて恨めしそうに撫でながら「さらば……ダイエットの日々よ」と哀愁を感じさせる雰囲気で呟いていたのが気になる。別に太ってるわけじゃないのにダイエットなんておかしい。彼女は十分標準体型の筈だ。仮にあれが太ってるのだとしても正直私は好き(聞いてない)。抱き締めると優しく包んでくれそうだし、彼女のおおらかな性格も相まって絶対に癒される。
それはさておき焼肉なのだが、店は特に拘らず、島村さんの好物という壺漬けカルビが置いてある店をピックアップして決めた。初めの方は漠然と焼肉ウ○ストでいいやろみたいに思っていたのだが、調べていくうちに驚愕の事実が発覚したのだ。なんとウエ○トは福岡近辺にしか存在しないチェーン店だったらしい。これには西(日本)に小暮ありと謳われたこの小暮深雪と言えども驚きを禁じ得なかった。これも福岡から殆ど出ない弊害という事か。
因みにウエス○とは今言ったように福岡近辺に存在するチェーン店の事だ。一概に○エストとは言ったものの、その様態は“うどん”と“焼肉”の二種類に店が分かれている。
うどんの方は福岡特有の柔らかい麺が汁と絶妙に絡み合って美味しいのだ。因みにコシが全くない事から別名“腰抜けうどん”とも呼ばれている。そしてうどんだけでなく蕎麦や丼物も中々美味しい。この店のせいでうどん屋では大体天丼を食べるようになった私が言うのだから間違いない。福岡近辺でも有名なチェーン店だ。
焼肉の方は肉の種類も豊富で上質な物を揃えているのだが、なんと言ってもタレが美味い! 家に持ち帰って自家用で使いたいレベルの美味しさだ。まあ私は塩胡椒派なんだけども。
そういう訳で福岡ではポピュラーなチェーン店なのだが、残念ながら東京には存在しないという事なので色々調べた結果今いる店になったという訳だ。拘りは無いと言ったが一応部位の品揃えを確認しながら選んだのはご愛嬌。
席に着くとまずは飲み物を頼み、それを終えると私と新田さんで肉を適当に選んでいく。
「皆ご飯はいる?」
「はいはーい、私、大で!」
「わ、私は中で」
「私はビビンバ」
「あっ、私も!」
皆が各々食べたい物を口にする。その一つ一つを漏らさずチェックしていく新田さん。
「深雪ちゃんは?」
「私サンチュで」
私はいつもご飯でお腹がいっぱいになってしまうので肉はサンチュで食べるようにしているのだ。飲み物とかも炭酸飲むと胃が膨れるからお茶を飲むようにしている。
「……天の御使いよ、サンチュとは如何なるものか」
「えっと、野菜で確かレタスの一種だったような」
「ほほう、それは美味なるものなのか?」
「いや、別に。ただの野菜だし」
「そ、そうか」
少し経つと、頼んでいたドリンクが私達のテーブルへと運ばれていく。
「えー、僭越ながらここは
「硬過ぎにゃ! 社会人の飲み会か!」
あからさまに態度を硬くする本田さんにみくにゃんがツッコミを入れる。いつもの事ながらキレッキレである。
一応主催者として言葉は考えていたのだが、学生同士の飲み会(じゃなくて食事)でそんな堅苦しい物は必要なかったか。
「って事でくれみー、今日はありがとね! 明後日はスッゴイの期待しておきたまえ!」
うむ、勿論だとも。私もその日は現地入りする予定だ。席もチケットを見る限り中々良さげな場所なので、光る棒振りながらしっかり応援させてもらおう。
「三人共、練習頑張ってました」
「ええ、応援しに行くからね」
「しっかり見極めてやるにゃ!」
「にゃっほーい☆ きらり、いーっぱいキラキラ棒振ゆね!」
「ま、程々にねー」
「が、頑張ってください!」
「あまーいお菓子、差し入れで持って行くね」
「汝らに祝福を授けん……」
「ロックなの期待してるから」
「ありがと! それじゃ、かんぱーい!」
リアルゴールド片手に音頭をとる彼女に続いて皆も思い思いにジュースを口にする。
……ん? ちょっと待って。なんだかさっきの皆の反応に違和感を感じたんだが。まるで全員ライブを見に行くみたいな言い方だったけど……皆もチケット当たったのかな? ……いやいやないない! 全員が全員チケット当たるとか、どんな確率だよそれ! 自力で鉛筆からダイヤモンドを作り出すレベルの話じゃないのそれ。幸運値が臨界突破してやがる……!
「チケット当たったの?」
「いや、Pチャンがくれたけど?」
「……あっ、ふーん。三村さんも?」
「私もだよ」
「諸星さんは?」
「きらりもだにぃ☆」
「……え、もしかして全員分?」
ナンテコッタイ。まさか全員分のチケットを用意していたとは。いや、全員分と言っても私は貰ってないし、耳にもしてないのだが。耳にもしてないのだが(大事なことなのでry)
……あ、そういえばこの前武内さんに呼び止められた時に
『小暮さん、今度あるライブの件ですが……』
『? ライブって花屋の凛ちゃん達のやつですか? チケット当たったんで観に行きますけど』
『……成る程、了解しました』
『は、はぁ……?』
……ってやりとりがあったんだけど、もしかしてこの事だったのかな? 聞くだけ聞いて、というより私が勝手に答えて向こうが納得したから話は終わってしまったけど、もう少し聞いておけば伝わっていたのかもしれない。てか聞くのが本番一週間前とか、ちょっと遅過ぎじゃない? 他の予定入ってたらどうする気だったのだろうか。
ふんっ、まあいい。なんてったって私には自前のチケットがあるんだからね! それに皆と見るより一人で見た方が色々とやりやすい。皆の前だと恥ずかしくてサイリウム思いっきり振れないし。せっかく買ったのにそんな勿体無い事は出来ないでしょ? あと絶対って言っていい程佐久間まゆちゃんの曲では泣くだろうからそんな見苦しいところを皆に見せるわけにはいかない。というか見せたくない。恥ずか死ぬ。
「あら、深雪ちゃんは来ないの?」
「行きますけど、私はチケット当たったんで一人で見るってだけです」
「ミユキ、運が良いです」
「まぁまぁまぁ」
「満更でもなさそうにゃ」
そう話している内に注文していた肉とご飯その他がどんどんテーブルへと運び込まれてくる。
ひゃっほい! 肉! 肉! 肉!
や、別に肉に飢えてる訳ではないけど、私って自他共に認める肉大好き女(野郎?)だし。是非もないよネ。
トングで肉を適当に鉄板へと放り込む。肉は好きだが焼き方に特に拘りはない。届く。焼く。食す。完璧な流れである。
肉が焼ける間にサンチュを一枚口へと運ぶ。単体だと美味しくはないが不味くもないという、なんとも言えない食感なのだが、一緒に付いてくる辛味噌を付けて食べることによりそこそこ食べれるようになる。サンチュに付けて、と……うん、美味しい! これだからサンチュはやめられない。シャキシャキというよりかはフワフワ食感なサンチュは、キャベツやきゅうりとはまた違った味わいになり、箸休めに最適なのだ。
「我も頂こう……んぇ」
そう言って私のサンチュを食む神崎さん。何も付けずに食べた為、微妙そうな顔をしている。
「我こういうの嫌い……」
焼肉という事でいつもよりは比較的ラフな格好で来ている彼女は、手元にあるメロンミルクで口直しをする。そこまで不味くはないと思うが、好みは人それぞれである。
「はい、深雪ちゃん」
「ありがとうございます」
新田さんが良い感じに焼けた肉を私の皿へと入れる。私は肉をタレに付けてサンチュで巻き、そのまま口へと放り込んアッツゥイ!?
しまった。肉でテンション上がってまた自分が猫舌だという事を忘れてた。しかし今回は不幸中の幸いと言ったところか。いつもであれば舌を火傷なりなんなりしている筈だが、今回はサンチュというかの騎士王の“
……そろそろ噛んでも大丈夫な頃合いかな? もぐもぐ、はい美味い。正に白米が欲しくなる味である。米と食べたら絶対に美味しいんだろうなぁ。我慢するけど。
「ところで深雪ちゃん。この前買った上着ってまだ着てるの?」
「勿論使ってますよ」
「え!?」
新田さんが驚きを露わにする。
なんで驚いてるんだろう。そりゃ買ったんだから着るでしょ。
「プロデューサーに禁止にされたんじゃ……」
いやいや、確かに武内さんには禁止にされたけど、あれで仕事に行かなければ良いだけの話だし。そもそも私生活の服装にまでやんのやんの言われる謂れはない。
「まぁ、着るって言ってもちょっとそこらにって時ぐらいにしか使わないですけど」
「そ、そう……」
安心したって感じで溜め息ついてる……。そんなにダメかなあのスカジャン。ファッション誌にもお洒落な云々って書いてあったし、めちゃくちゃイカしてると思うんだけどなぁ。だって、私のオキニのサングラスと合わせたら最強でしょ?
「で、でも、他に着るものはないの……?」
「もしかして馬鹿にしてます? 服くらいありますよ」
「ご、ごめんなさい。そういう意図で言ってる訳じゃないの。ほら、アイドルが着るようなものじゃないかなって」
「でも向井拓実とか木村夏樹はよく革ジャンきてますよね?」
「それは二人のキャラクターが合ってるからでしょ? 深雪ちゃんの目指してるクール路線とは違うんじゃない? ほ、ほら、私がゴスロリ系を着ても似合わないでしょ?」
「別にいいんじゃないですか? 私は否定する気はありませんよ。ねー神崎さん」
「んむ? う、うむ」
少しムッとしながら言葉を返すと暗に私には似合っていないと言われた。その言葉に少なからずショックを受ける。しかしスカジャンが私の目指す路線の服装に適しているとは言えないのも事実。とはいえ先程も言った通り仕事に着て行くことが問題なのであるからして、私生活において着用する分には何ら問題はないはずなのだ。というか、そもそもそんなに使ってないし。今後気温が上がるのに比例して使う機会も減るだろうから彼女の心配は杞憂だ。……あれ、そういえばなんで新田さん私がクール路線目指してるの知ってるの? 武内さん以外に言った覚えはないけど……いや、見た目で分かるか。こんなナリでキュートパッションなんて有り得ないし。そういうことだろう。
「まぁ大丈夫ですって。そんな事より肉を食べましょう肉を。神崎さんもほらほらほらほら」
「う、うむ……もぐもぐ」
あまり箸が進んでいない神崎さんの皿へ焼けた肉をどんどん放り込む。 食べ盛りなのだからしっかり食べて大きくなってほしい。
「あ゛ー! それミクが狙ってた奴にゃー!」
「ぬはは。早い者勝ちだよ」
「ぐぬぬ、ならば……もっと焼くにゃ!」
「みくちゃんうるさい……。もっとお行儀良く食べなよ」
「な!? 何良い子チャンぶってるにゃ! 焼いてもらってる分際で偉そうに!」
「事実でしょ! それにこっち側にはお肉無いから焼けないんですぅ〜!」
「じゃあ渡すからさっさと焼くにゃ!」
「いいよ! ロックに焼いてあげる!」
「な〜にがロックにゃ! ミク知ってるんだからね! 李衣菜チャンが俄──」
「あー! あー! 聞こえない!」
なんか急に多田さんとミクにゃんのコントが始まったな。これは仲が良いのか悪いのか分からんな。でもこんなに大きな声を出す多田さん初めて見たし、嫌な雰囲気って訳でもなさそうだから悪くはないのだろう。
「この二人っていつもこんな感じなの?」
「うむ、顔を合わせればこの有様よ。宛ら世界的な知名度を誇る猫と鼠のような関係性であろうな」
「ふーん」
神崎さんの皿から肉を拝借して食べる。もぐもぐうまー!
肉を食べながら思う。私も多田さんと話したい。確実に趣味は合う筈なのだ。普段聞くのは邦楽だが、洋楽ロックにも詳しくなったのだ。だから会話は弾む筈なんだけど……どうにも避けられてる気がしてならない。
ジーッと多田さんを見つめてると向こうもこっちに気付いたのか少し目を合わせるとサッと気まずそうに視線を逸らされた。なんでや!
もういい! 肉を食おう肉を!
「いただく」
「む、むぅ……」
神崎さんの皿から肉を拝借する。美味しい、が、このまま肉ばかり食べていると胃がもたれる事必至なので何か別の味も取っておいた方が良いかもしれない。
「ちょっと野菜とってくる」
席から立ち上がり、野菜を取りに行く。野菜はバイキング形式となっており店の中央部分に纏めて展開されてあるのだ。
ひょいひょいと好みの野菜を皿に盛り付ける。
「あ、鶏皮……とっとこ」
鶏皮は美味しい上に低カロリーなので最近無駄に過食がちな私には中々嬉しい代物だ。その分運動しているので問題はないとは思うが。……いや、というか、そもそもこんなところまで来て何故カロリー云々を考慮しなければならないのか。私は肉を食しに来たのだ。今更そんなこと考えたところで意味なんてない。カロリー塩分なんざ二の次である。
「明太スパは……やめとこう」
炭水化物は物持ちが良いからすぐに腹が膨れるのでダメだ。明太スパはトマトソース、ミートソースに次ぐ程の美味しさではあるが、今日くらいは鉄の意志と鋼の強さを持って我慢するとしよう。
「あっ、ポテトサラダ大好き」
実は私、ポテトサラダは非常にしゅきしゅきであるからして。それ故にいっぱい皿に盛っておこうと思うのであった。……なに? じゃがいも? マカロニ? 炭水化物? 君は何を言っているのだね。じゃがいもは紛れもなく野菜だ。従姉妹もそう言ってたんだから間違いない。マカロニも野菜だよ(錯乱)
「深雪ちゃ〜ん」
「三村さん」
三村さんが皿を持ってこちらへと近付いてくる。彼女も野菜を取りに来たのか。
「わ、わぁ、ポテトサラダいっぱいだね……」
三村さんが驚くのも仕方ない。何故かというと私の皿は傍から見ればポテトサラダ
「何にしようかなー……あっ♪」
上機嫌に軽く鼻歌を歌いながら野菜を選ぶ三村さんを横目に私も次に盛り付ける野菜を決めていく。すると隣からキラリと光沢を放つトングが野菜を取る様子が目に映った。
「あ、それ美味しいよね。私も好きなんだ」
「ん? もしかして俺に言ってるのかい? エンジェルちゃん」
「え?」
三村さんだと思ってその方向へ話しかけると、どう足掻いても女声ではない反応が返ってきた。
ゆっくりと隣へと視線を向けると、そこには短い金髪の比較的高身長な男性の姿があった。私程度のオシャンティレベルからは言い表せないくらいオシャレな服装で身を包んでおり、その顔には私も見覚えのあるサングラスをしていた。
「いいサングラスですね」
「分かるのかい?」
「ray-banのオンラインストア限定の奴ですよね」
人違いでしたと一言謝れば良いだけの話なのに会話を続けてしまった。しかし彼の掛けていたサングラスは、現在私が所持しているのとどちらを購入するかで最後まで悩んだ代物。中々に思い入れは強かった為、つい言葉にしてしまったのだ。
「そうだよ。……嗚呼、俺は今この場に限ってはサングラスを掛けていることを幸運に思うよ」
「はい?」
「勿論、君がサングラス越しでも眩いばかりの美しいエンジェルちゃんだからね! ……いや、もしかしたら嘆く事だったのかもしれない。こんな公の場じゃサングラスを外して君の顔を直接見る事すら出来ないからね」
「は?」
意味不明すぎてつい地が出てしまったが、もしかして今褒められてる? ま、まぁ私は十人中十五人が三度以上振り向くくらいのスーパー美人だし? このくらいの賛辞は当たり前なんじゃないかなーって。
「君の顔を直接見る事が叶うのは、どれだけ幸運な事なのだろうか。出来るならば今すぐ外して君の美しい顔を見つめていたい。……そうだ! 今度一緒にお茶でもどうだい? その時は俺もサングラスを外して君とのデートを必ず楽しいものにすると誓うよ。どうだい? 美しいエンジェルちゃん」
「絶対に行きません」
しかしそれとこれとは話は別。しっかりと断言する。私はNO! と言える日本人なのだ。
てか二人称が
「ははっ、手厳しいね。気が向いたらこれに連絡を頼むよ。おっと、勿論プライベート用だから安心していいよ?」
そう言ってポケットからメモ帳を取り出し何やら書き始めると、徐ろにそのページをメモ帳から破った。その紙を丁寧に折ると両手で私の手を優しく包み、手を開かされ、その紙を握らされる。
突然の事にぴくっと肩を跳ねさせると、驚かせちゃったかい? ごめんね。と囁くray-banのサングラスの男性。
「それじゃあね、美しいエンジェルちゃん。チャオ☆」
最後にギュッと握り手を離すと、彼はその場を後にした。去っていくその姿を呆然と見届けながら私はハッと我に帰る。
……うぅむ、あれは正に生粋のプレイボーイだな。手口が美しい。きっとあれで何人もの女が堕とされたんだろうなぁ……。見た目から丸わかりのチャラさではあったが、まさか焼肉屋でナンパされる事になるとは……美しいって罪だね(自画自賛)。
まぁ、私の好み(というより憧れ)は実用的なマッチョメーンなので細身の彼は全然範囲からは外れている。残念だったな。あの程度じゃ私は堕とされんぞ!
……ていうか今、知らない男に手を握られた!? うわぁ、思い出したら鳥肌が……! そりゃあ外見は紛うことなく女だし、口調とかも今は標準語で取り繕ってるからそれっぽいけど中身は男なんだからな! 握手じゃねーんだから男が男に手を握られて喜ぶ訳ねーだろ! ギュッてされたし! 乙女の柔肌を誰の許可得て触れてやがんだオラァン!
「……チッ、気安く触りやがって」
だんだん苛立ってきた。正直さっきまで当事者ながら他人事だったけど、今更になって当事者の自覚がでてきた。結構イケメンだったからさっきので堕ちるだろうって余裕ぶっこいてたんだろうけど、そうはいかん。
ゴミ箱ないかな。今すぐさっきの紙を捨てたいんだけど……ないな。……はぁ、持って帰るしかないか。
「深雪ちゃ〜ん」
今度こそ三村さんが戻ってきた。他のところで野菜を取ってきたのかと思って皿を見てみると、なんと信じられない事にデザートやスイーツが皿一面に埋め尽くされていた。彼女はここをスイーツパラダイスと勘違いしているのではなかろうか。しかし心から嬉しそうな様子の彼女を見ていると凄く微笑ましく感じる。先程の出来事も既に頭から消え去っていた。
「うっ、運動してるから平気だもん……だもん……」
私の皿への視線に気が付いたのか彼女は消え入るような声で呟き視線を逸らす。自信がないなら言わなきゃいいのに……。そもそも体型云々は何も言ってない。貴女は標準体型だよ。
それから席へと戻ると私の席に本田さんが座っていた。楽しそうに談笑を続ける彼女を見て少し安心する。今の若い子というのはグループを作るとその中でしか行動せずに新たな輪を広げようとする子が少ないと聞く。なので新しく入った三人が気後れしたらどうしようかと思っていたが、杞憂に終わって良かった。島村さんと花屋の凛ちゃんも隣の子と話しているみたいだし。
本田さんはそのまま私の席に居座る様子なので、そういう事ならと私は本田さんが抜けたことで空いた席へと座り込んだ。
「どっこいしょっと」
「それ女子高生が使う様な言葉じゃないような」
「む、失敬な。私は誰がなんと言おうとも世間一般的には女子高校生なんだけど」
「いや、そこは疑ってないけど。寧ろ疑って欲しいの?」
花屋の凛ちゃんの言葉にツッコミを入れながら、取ってもらったお茶をゴクリと飲む。すると花屋の凛ちゃんは私の皿を見て「うわぁ……」と引いたような目で見ていた。実際引いていたのだろう。
「一部分だけ色が変なんだけど、下にも何かあるの?」
「鶏皮」
「なんで被せたの? 馬鹿なの?」
「私も少し後悔してる」
もうその事はいいから! そんな事よりさ、ほら肉、肉を食べようぜ。ほら、あそこのなんて良い焼け具合だろ? 君が食べないなら私が戴こう!
トングで取り、タレにつけ、サンチュで巻く。この工程を流れるような手付きで踏破し、そして食べる。うめぇ。
「美味しそうに食べるね」
「うん? んーまあ食べるのは好きだからね」
今の凛ちゃんの言葉は意外とよく言われる。私としては全然表情を変えてる意識はないのだが、自然とそういった表情に変化しているのだろう。
「私でそう思うんだったら、三村さんなんてもっと気持ちいいよ」
「……凄く、幸せそう……」
花屋の凛ちゃんの視線の先には美味しそうにスイーツを頬張る三村さんの姿があった。彼女はきっとクッキーが好きケーキが好き、ではなく
「ほら、凛ちゃんも食べな」
「私は自分のタイミングで取るからいいよ」
「……そうだよね。無理矢理食べさせるのもパワハラだもんね」
「パワハラって……」
「ああ気にしないで。私が勝手に反省してるだけだから」
「あれ、深雪ちゃんいつの間に……?」
焼けた壺漬けカルビを口に入れようとした島村さんが私の存在に気が付いた。
「お疲れ様。いっぱい食べてる?」
「あっはい、お疲れ様です! 壺漬けカルビ美味しいです! 今日はありがとうございます!」
「礼を言うほどじゃないよ。全員自腹だし」
出来れば三人の分は奢りたかったんだけど、最近高い買い物をしてお金がなくてな。今度別の機会に奢るよ。
「いいえ、こうやって激励会を計画してくれただけでも嬉しいです! ありがとうございます!」
にっこり笑顔でえへへとはにかむ島村さん。
なんというか、控えめに言って良い子過ぎる……!
彼女の笑顔を見ていると私の良くないナニカが浄化されていくのがよく分かる。
思わず少し照れてしまった私は視線を正面へと向ける。
「ミユキー」
目が合ったアーニャちゃんが私の名前を呼ぶ。どうでも良いが彼女が私を呼ぶ時の声がすごく可愛い。撫で回したくなる。
「アーニャちゃん食べてる?」
「ダー、勿論です。レモンダレ、気に入りました!」
アーニャちゃんは焼けたハラミや豚バラを取るとそのまま直接レモンダレの皿へと入れる。成る程、この子は“何でもレモンダレ派”の人間か……。
かくいう私もレモンダレは好きだ。基本的には塩胡椒があれば事足りるけど、レモンダレがあれば尚良し。普通のタレも嫌いじゃないけど、あれは米食べたくなる成分が多量に含まれているからすぐにお腹いっぱいになってダメ。
「それにもレモンダレなの……?」
アーニャちゃんの隣に座る多田さんが困惑を露わにする。多田さんの気持ちは分かる。が、アーニャちゃんの気持ちも分からなくはない。美味しい調味料は何にでも合う気がするのだ。例えば明太マヨとか。
「美味しいです! リイナもどうですか?」
「いや、いいよ……」
「じゃあ塩胡椒はどう? 美味しいよ?」
「た、タレがあるから……」
素気無く断られる私。
哀しい……私は哀しい。どうして多田さんは私に対してこんなに冷たいの? 私が一体何をしたというのか。何か悪いところがあるなら善処するから。教えてハニー。
私は意気消沈しながら鉄板の上の肉に塩胡椒をふりかける。焼ける前にかけたほうが良いのか、それとも焼けた後が良いのか、そんな事は些事だ。
「アーニャちゃんはレモンダレが好きなんですね」
「? いいえ、別に好きという訳ではありません。ただ、ここのお店のは美味しいな、と」
「そ、そうなんですね……」
島村さんが困惑している。アーニャちゃんも意外と天然だからなー。
と思っていたら島村さんは切り替えるように違う話題を出してきた。
「あっ、そういえばこの前の『アイドルは居酒屋にいる』は見ましたか?」
「あっ、それ見たよ! 面白かったね〜!」
「意外と戦闘物なんだね」
「高垣楓さんの『酒の一滴は血の一滴……ですよ♪』って台詞とってもカッコよかったです!」
くっ……テレビの話か。テレビの話は付いていけない。最近見たのなんて佐久間まゆちゃんヒロインのドラマくらいだし、バラエテイもそこまで見ている訳でもない。今からは周りの会話はBGMと思うしかないな。
私は適当に相槌を打ち箸を進めていく。うん、偶には皆で集まって食べるのも良いね。今後はもう少し機会を増やしてみようかな?
ぶっちゃけ焼肉の話はちょろっと描写してライブまで終わらせるつもりだったのですが、意外と筆が乗ってしまってこの有様です。次の話はある程度書き終えてるのでもしかしたら早いかも?