私、二回目の人生にてアイドルになるとのこと   作:モコロシ

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第19話 142'sと大晦日 後半

 

 

なんか起きたら輝子と小梅ィ氏がいた件。

 

何故? と思う前に気が付いたが現在の時刻は二十二時二十三分。そして今日の集合時間は二十二時。確実にこの子らが私を起こしに部屋まで来たという事が分かる状況だ。確かに申し訳ないとは思う。しかし、なんで隣で寝てるのだろうか。ていうか不法進入ではなかろうか。ていうか狭い! 起き上がれん! 輝子の髪鬱陶しい!

 

私は余りにもうざったい髪を所持する輝子を壁に押し付けながらどうにか起き上がり、枕を壁に立て掛けてそのまま寄っかかった。途中小さな呻き声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

そしてもう一人。穏やかな表情で眠る小梅ィ氏。ぶっちゃけこいつは寝たふりをしてるんじゃなかろうかと疑ってる。きっと私が油断しきってる所で脅かす魂胆なのだろう。ヴァカめ、そんな見え透いた策でこの小暮深雪が騙されると思うなよ。

 

私はプルプルと震える手を恐る恐る小梅ィ氏の顔に持って行き、いつも右目を隠している長い前髪を退かした。

 

「……普通だな」

 

普通だった。まあ、当たり前か。

 

私は彼女の前髪を元の場所へと戻した。どうやら本気で寝ている様子だ。

 

「……というかこの状況なに?」

 

二人のやわっこい頬の感触を楽しみながらどうしたものかとぼんやり考えていると……ガチャリ、と、玄関の扉が開く音がした。

 

 

 

 

 

──心臓がドクンと大きく高鳴る。

 

 

 

 

 

思わず息を飲み込んだ。

 

ギシギシと小さな音が扉越しのこの部屋まで聞こえる。

 

一体誰だ。息を殺し、忍ぶ足音。確実に盗犯を企む輩の歩き方だ。

 

しかし、何故? 私の部屋は寝落ちしたせいで電気が付いているので泥棒するには向いていない。なんらかの手段を用いて確認したのか。

 

カメラでも設置されたのかと部屋を見渡すがそれらしきものは見当たらない。クソ、部屋の鍵くらい掛けておくべきだったか。どうやらここが女子寮という事で無意識の内に防犯に対する意識が薄れていたようだ。

 

しかし、今更後悔したところで後の祭り。取り敢えずこの場を乗り越えなければ。私はベッドから下り、普段から鞄の奥底に仕舞い込んでる変質者撃退用の強力スタンガンを手に取る。幸か不幸か購入してから一度も使用したことのないものなので、動作不良等を起こさないか気になる所だが、トリガーを引いてみるにどうやら杞憂だったようだ。

 

泥棒はいつの間にか扉の前まで来ていた。モザイクの掛かったガラス越しに見えるその姿は思っていた以上に小さなものだった。

 

 

──輝子と同じくらいか……?

 

 

輝子の身長が142cmだと言っていた。そして私は165cmあるかないか。体格差的には有利ではあるが、油断は出来ない。

 

暫く扉の前の彼方からは見えない位置にスタンバイしていたのだが、どうしてか中々部屋に入ってこない。此方はスタンガンを突き付ける準備は出来ている。さっさと終わらせたい。

 

冷や汗を流しながらバクバクと激しく高鳴る心臓の音を抑える様に片手を胸へと置いた。

 

少しして心に余裕が生まれたところで、コソ泥と思われる人物が何やらブツブツと呟いていることに気がついた。

 

耳を澄まして聞いてみる。すると……

 

「──全く、折角このボクと映画鑑賞が出来るというのに……ブツブツ……輝子さんと小梅さんは寝るし……ブツブツ……小暮さんという方は約束すっぽかして眠ってるし……ブツブツ」

 

ご、ごめんなさい……。儂、眠かってん。三大欲求には逆らえへんのや。

 

心当たりがありすぎてつい謝ってしまったが、私は扉の前に佇むこの人物の正体が分かったような気がした。

 

──輿水幸子、名前だけは輝子から聞いた事があった。本日一緒に映画鑑賞する予定の人物であり、小梅ィ氏と輝子の友人。希薄なパープルの髪に特徴的なボクっ娘。髪の色も一人称も合致していた。そもそも今日行うはずだった映画鑑賞の事を知っているのもこの四人だけの筈なので疑いようがない。一先ず、コソ泥とかその類では無かった事に安心し、良かった良かったと長い息を吐き出して脱力した。

 

 

 

 

 

 

──でも初対面で不法侵入された事には変わりないので取り敢えず少し脅かしてみる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──動かないでください」

 

勢い良く扉を開け、後ろに回り込みつつスタンガンを突き付ける。なるべく冷たい声になる様に意識もしてみた。気分はどっかの刑事ドラマ。

 

「……えっ?」

 

どうやら何をされているのか理解していない様だ。

 

「貴女、不法進入ですよ。何をしているんですか」

「あ、あのっ……その……」

 

見るからに焦っている事がよく分かる。なんとなくもう一度スタンガンを突き付けてみた。

 

「ヒィッ! なっ、なんなんですか、それ……?」

「スタンガンです。今から警察に通報するので大人しくしていてください」

「……ぇっ、す、スタン、ガン……? け、警察……? あ、あのぅ……」

 

急に不安げな声になる彼女。これ以上やるとなんだか泣きそうなのでここら辺で勘弁しといてやろう。

 

「嘘嘘。冗談だよ」

「──! ふ、ふふーん! じょ、冗談だって知ってたんですからね!」

 

振り向いた彼女の目は少し潤んでいた。それによく見ると足が震えている。ちょっと可哀想な事をしたか。

 

「……知ってるかもしれないけど、私は小暮深雪」

「ぼ……ボクは、輿水幸子……カワイイ幸子です!」

 

彼女は気丈に振る舞いながら口にした。もしやこの子はパンスト太郎の親戚だろうか。

 

「……ところでそれって、おもちゃ……ですよね?」

「いや、本物だよ」

「な、なんでそんなもの持ってるんですか……?」

「世の中何があるか分からないからって親がくれた」

「そ、そうなんですか……」

 

所持して良いのかは微妙なところなのだが、早々バレることはないだろう。バレへんバレへん。

 

「それより……あの、勝手に入ってすいませんでした」

「……まあ、鬱憤は今晴らしたし、許すよ」

 

本当に反省している様子なので許す事にした。話を聞いてみると、どうやら今私のベッドでグースカ寝てやがる二人に連れられて来たのだそうだ。目的は予想通り私を起こしに来て、色々あった結果今の状態に落ち着いたらしい。その色々の部分を知りたかったのだが、彼女が悲愴感漂う目で此方を見ていたので、察しの良い私は聞く事をやめた。確実に碌でもない事だ。

 

それにしても電話してくれれば良かったのに……と一瞬思ったが、よく見ると着信履歴が残っていた。マナーモードにしていたので気付かなかった。テヘペロ。

 

そもそも、このガキどもは私の部屋を己の部屋だと勘違いしているのではないだろうか。確かにいつも小梅ィ氏のイタズラはなんとか笑って済ませてはいる私ではあるが、流石に人の部屋に勝手に入るのは到底許せるものではない。今回ばかりはゆ゛る゛さ゛ん゛!

 

この子もつい先程この二人のマイペースの被害を被ったらしく、これから私を含めて制裁を施す予定だったらしい。私は素直に遅刻した事を謝った。

 

そう、元はと言えば私が原因なのだ。その点は勿論悪いと思っているので素直に謝る所存ではあるが、不法進入の件はそれとこれとは別だ。

 

「ギャフンと言わせてやりましょう──深雪さん!」

「合点承知の助──幸子!」

 

私達はガシリと腕を組んだ。そして必ず、かの邪智暴虐の二人を懲らしめねばならぬと決意した。

 

とはいえやり過ぎは良くない。何事も程々が大切だ。

 

彼女らの今後に支障を出さず、且つ確実に精神的なダメージを与える方法、それは……

 

 

 

──ホメ殺しだ。

 

 

 

作戦としてはまず、輝子の代表曲である『毒茸伝説』を大音量(美穂ちゃんに聞こえない程度)で流しての寝起きドッキリ、そして新曲である『PANDEMIC ALONE』を続けて流してひたすら褒めまくる。只々褒めまくる。そしてこれ以上ない程赤面させたら我等の勝利という訳だ。尚、小梅ィ氏も同様である。

 

幸子が一度部屋を出たのはBluetoothのスピーカーを持ってくる為だったそうだ。フリップなんたらというらしい。デザインもなんか筒っぽくて前衛的で中々私好みだ。

 

因みに、もっと直接的なドッキリを仕掛けようという案もあったのだが、小梅ィ氏の幽波紋である“あの子”に何をされるか分かったものではないという事でやめておいた。

 

スピーカーの設置と音量の設定は完璧だ。枕元の棚に置いているので確実にびっくりしながら起きる筈だ。なんといったって流す曲が曲だからね。多分活魚の如く飛び起きるよ。

 

「……幸子」

「ええ……いきますよ」

 

そして幸子は遂に再生ボタンを押した。

 

瞬間、激しいドラムの演奏と共に輝子のシャウトが響き渡る。

 

「あひゃあっ!!」

「うぉあゃっ!!」

 

案の定、我等の目論見通り二人は飛び上がるように跳ね起きた。因みにCDverではなくライブverだったりする。

 

「こ、これって……」

「わ、私の……曲……?」

 

ククク……! びっくりしてやがるぜ……! だが、次からが本番だ……! 褒めちぎってやるゼ!

 

私は幸子に視線を向け合図を送り、彼女もまたそれに頷く。作戦開始だ。

 

やがて幸子はその形の良い唇を大きく開いた。

 

「──いやぁ、それにしても、輝子さんの曲はいつ聴いても素晴らしいですねぇ」

「フヒッ!?」

 

輝子のアホ毛がピンと跳ねた。

 

「普段の輝子さんは可愛らしいのですが…………いや、ボクの方がカワイイんですけど…………歌ってる時の輝子さんはまるで別人です。カッコ良くて、芯の入った声が魅力的ですね」

「思わず聞き惚れちゃうね」

「な、な……二人ともぉ……」

 

フフフ、輝子の顔が見るからに赤くなっている。この調子だ!

 

「そして何と言っても歌唱力が素晴らしいですね! ハードな曲は歌唱力のある方でないと厳しいと言われていますが、寧ろ輝子さんの歌には余裕すら感じさせられます。輝子さん風に言うならまだまだいけるぜー、と言った具合に」

「ほんと、凄いよね。『紅』をカバーした時のCD収録の時とか一発合格だったって? なにそれ惚れる」

「新曲の方はなんというか、狡いですよ。普段のカワイイ輝子さんの歌かと思いきや、後半でカッコ良くなるんですから」

「歌詞はお前何言ってんだって感じけど、それを吹き飛ばす格好良さ」

「……それは言っちゃダメです」

「あ、はい」

「あわわぁ……」

「うふふ♪」

 

輝子が小さな手で顔を隠して首を横に振っている様子を、小梅ィ氏が微笑ましそうに眺めていた。可愛いのでカメラをパシャリ。後小梅ィ氏、お前も後でそうなるんだからな?

 

「普段との落差が激しすぎると色々と面倒な事を言われる事も多いですが、輝子さんには全くそれが有りませんからね。どちら“が”星輝子ではなく、どちら“も”星輝子という認識がファンの方々に愛されている証拠ですね」

「輝子だけに……ね」

 

今上手い事言った!!

 

「……もしかして楓さんと同じタイプですか……?」

「はい?」

「……いえ、なんでもありません」

 

ボソリと何か呟いたのは聞こえたが内容は分からなかった。まあいいや。

 

いつの間にか輝子は枕を抱えて壁の方を向いていた。耳がこれ以上ない程まっかっかなので、作戦は成功だ。

 

そしてそれと同時に新曲の方も終わり、続いて小梅ィ氏の代表曲、『小さな恋の密室事件』が流れ始めた。

 

「……あ、わ、私のだ……も、もしかして」

 

どうやら察したようだ。

 

そうだ……私達は今からお前を(ホメ)殺す!

 

私と幸子は再び目を合わせ、頷きあう。次は私からのターンだ。

 

「この曲もいい曲だよね。曲自体はまあまあホラーなんだけど小梅ちゃんが歌う事でキュート感が増してて。二番で曲調が変わるのもまたいい」

「ですね。一番だけ聞くと小梅さんらしいで終わってしまうのですが、フルで聴くとまた違った趣を感じると言いますか」

「小梅ちゃんの歌声だからこそこの曲も輝くし、鬼に金棒って言うのかな?」

「例えが可愛くありませんが、間違ってはいませんね。小梅さんのミステリアスな雰囲気あってのこの曲と言っても過言ではありません。こう言ったものをダークメルヘンとでも言うんでしょうかね?」

「は、はわわぁ……」

 

小梅ィ氏が輝子と同じく顔を赤くしながらいやんいやんと余った袖を振る。

 

しかしまだ赤面度が低いようだ。もっと煽てろー!

 

「新曲の『Bloody Festa』はこれまでリリースしてきた曲とは違ってハードでロックな感じだよね」

「確実に輝子さんに影響されてますね……。小梅さんの人を和ませるような声とは雰囲気が合わずミスマッチ……と思いきや、ハードな曲調に流されず小梅さん自身の色もしっかりと表現出来ています。生ハムとメロンの様な感じですかね」

「生ハムとメロン……うっ、頭が……」

 

幸子の言葉で頭がズキズキした。すぐに治ったから良かったものの……もしかして風邪だろうか?

 

「この曲もまた、輝子さんとは違った、格好良いけど可愛いというジャンルですね」

「これって四月から始まる『ゾンビガール』のOPにも使われている曲なんだよね?」

「ええ。先行での宣伝も兼ねての発表でしょうね。この前DXで宣伝してましたし」

「へぇ〜。DXで宣伝って中々気合い入れてる制作陣だね。……ん? 制作陣なのかな? まあいいや。私普段からあんまりドラマって見ないんだけど、これは少し楽しみだな。ドラマだから怖さも控えめだろうし」

「えへへぇ……いっぱい褒めてくれて、嬉しい……♪」

 

小梅ィ氏は素直に喜びを露わにした。

 

どうやら私達の口撃は効いていないらしい。これは一体どうしたことか。攻めが足りなかったか。

 

「な、何故恥ずかしがらないんですか……?」

「た、確かに恥ずかしかったけど……そ、それ以上に、嬉しい思いでいっぱい。あ、ありがと、幸子ちゃんと深雪さん。……輝子ちゃんも、喜んでる」

「……あ、あの、いきなりでよく分からないけど……ありがとう。あ、後、勝手に入ってごめんなさい」

「わ、私も、ごめんなさい」

 

小梅ィ氏の言葉に頷く輝子は、まるで見合いをする娘のように初心らしく桃色に上気していた。今にも泣きそうな程ウルウルと潤む目を見ていると、何故かイケナイ事をしているかの様に思えてしまった。

 

そこで私は気が付いた。これは別にお仕置きになっていないのではないかと。

 

それもそのはず。一体何処の世界で褒める事がお仕置きになるというのか。褒められて嬉しくない奴なんてほぼいない。

 

幸子もその事に今気が付いたのか「それもそうやな」と言った具合の表情をしていた。多分私もそうなっている。なんというか、初めからその答えに至らない私達は相当なマヌケだろう。

 

しかし、良い。これで良かったのだ。私達二人も彼女ら二人を傷付ける気など一切無かった。作戦は失敗に終わってしまったが、小梅ィ氏と輝子の(まこと)愛らしい笑顔を見る事が出来たので私はもう満足だ。勝手に入った事もちゃんと謝ってくれた。ならば私から言うことはもう無い。

 

「……映画見ようか」

「……ですね」

 

折角なので私の部屋で見ようと話をまとめ、小梅ィ氏が持ってきたDVDの映画をパソコンへと挿入した。ふむ、なになに……『THE SHINING』という映画か。アメリカの映画なので日本語字幕のモードにしておこう。その方が雰囲気出るだろうしね。小梅ィ氏をチラッと見て思い出したが、題名や表紙を見る限りどうやらホラー映画ではなさそうなので良かった。流石にこういう時くらいは普通の映画を持ってきたか。事前情報が全く無い状態での鑑賞だが、一体どのような物語が私を待ち構えているのか。非常に楽しみで仕方がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小梅絶対許さん。

 


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