私、二回目の人生にてアイドルになるとのこと   作:モコロシ

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第11話 ライブ前

いよいよ、本番当日。ライブ自体が開始される時間は17時、そして集合時間は15時。14時くらいには現場入りして精神を落ち着けたいところである。恥ずかしい話私は前日の夜、興奮と緊張の所為で少々寝不足気味であった。

 

その為、朝の9時。起きてまず最初に行った事は二度寝である。仕方ないでしょ、眠かったんだもん。それに寝不足気味でライブを行うより、しっかり睡眠をとった上でステージに立つ方が良いに決まっている。そういう訳で、二度寝した結果現在の時刻は11時半。準備するにはそろそろいい頃合いである。

 

私はベッドから起き上がり軽くシャワーを浴び、歯磨きをしていい感じの服を見繕うと、薄くメイクを施す。例によって首から上は完全装備である。

 

全てをパパッと簡単に終わらせた為、40分しか時間は経過していない。内心ドヤ顔を決めながら部屋のカードキーを手に取り、室内用の上履きを履くと私はそのまま部屋を後にした。昼食の時間である。尚、本日はドが付くほどの平日であるので寮の昼食は存在しない。学校に関しても公欠扱いである。ちなみに明日から冬休みに入るので冬休みの宿題は全て一昨日に貰っている。

 

ガチャリと扉を開けると、同じ様な音が隣から聞こえる。その方向へと顔を向けると鼠色の長髪と、クリンクリンとしたアホ毛が私の視界に映った。

 

「おはよう」

「おはよう、深雪さん。丁度行こうと思ってたんだ」

 

最近毎日会っていると言っても過言ではない輝子。カジュアルな服装を身に纏う彼女は見るからに余所行きといった様子である。いつも所持しているキノコのトモダチもその手には無かった。流石に今日は構う暇が無いという事でお留守番なのだろう。

 

私が短く挨拶をすると丁度良かったと言う。私も彼女の元へと行こうとしていたので同じ意見である。

 

「どうする? こっちで食べるかあっちに行って食べるか」

 

あっちとは勿論パシフィコ横浜の事である。本日の決戦の地とも言える場所だ。

 

「あっちで食べよう。その方が長くリラックス出来る」

「じゃあ、行こうか」

 

私がそう声をかけると、輝子とは反対側の部屋の扉が開かれた。

 

ガチャリ、その音と共に現れた人物は艶のある黒髪にぴょこんと存在感のあるアホ毛を兼ね揃えた火の国のアイドル。

 

「輝子ちゃんに深雪ちゃん? 何してるの?」

 

久し振りに会った様な感覚に陥るが、彼女──小日向美穂ちゃんは頭に疑問符を浮かべながら私達に素朴な疑問を投げかける。それに対して私は特に何も考えずに本当の事を言葉にしてしまった。

 

「これからライブだから」

「えっ? 深雪ちゃん出るの?」

「あっ」

 

出演するアイドルは全員覚えてた筈なんだけどなぁ……と更に口にした。そこで私は顔が顰めるのを自覚した。

 

──しまった、私はアホか!

 

私はなるべく今回のライブ出演については秘密にしておきたかった。何故ならば今回演奏する曲は私の描くアイドル像とはかけ離れており、メタルを表面に出すつもりは毛頭無いからである。そして何より他のアイドル達や、これから同期になるであろうシンデレラプロジェクトのメンバーにも色眼鏡をかけて見られたくないからである。なので今回のライブはアイドルとしてではなく輝子に雇われた、謂わばバイトのようなものである。無論、だからと言って適当にやってるつもりは一切ないし嫌々やっている訳でもない。

 

私の頭に数瞬前の自分を蹴り倒したい衝動が駆け抜けるが、まだ勘違いだと思わせる事が出来るチャンスは存在する。これからライブだとは言ったがライブに“出る"とはまだ一言も言っていない。私は先ほどの失言を帳消しにすべく口を開こうとするが、その前に輝子が決定的な言葉をポロリと零してしまった。

 

「うん、深雪さんは私の新曲でエキストラで出演するんだ」

「輝子」

「えっ? ……あっ」

 

どうやら輝子も思い出したようだ。二人してなんとも間抜けなものである。しかしまあ、バレたのが彼女で良かったのかもしれない。ヘタにバラすような人物ではなさそうだ。

 

輝子は申し訳なさそうに此方に視線を向けるが私は顔を横に振り気にしなくていいと伝えた。私も安易に答えてしまったのだ。彼女を責める事は出来ない。諦めるしかないだろう。

 

そんな私たちの様子に気が付いていないのか、美穂ちゃんは更に言葉を紡ぐ。

 

「へ〜、そうだったんだね! 実は私も今日のライブサプライズで出る予定なんだ」

「……明日も出るのに大丈夫なの?」

「うん、今日は中盤に一曲歌うだけだから」

「やっぱり『Naked Romance』?」

「そうだよ。あの曲は私がアイドルになって初めての曲だし、それに思い入れも深いから」

 

そう言うと彼女は感慨深そうな表情を浮かべるが、それは何処か嬉しそうにも見えた。

 

……チュチュチュチュワの部分をジュッジュッジュッジュワアァとかくだらない事言って一人で遊んでたなんて絶対に言えないな。

 

「ところでなんで私だって分かったの?」

 

これは結構気になっていた。正直私の変装には自信がある。何故なら身体と輪郭以外で私だと分かる要素は皆無なのだから。

 

「え? だって深雪ちゃんの部屋の前に立ってるし、それに開ける時に深雪ちゃんの名前も聞こえたから、そうかなーって。後、声も」

 

なるほど、最初からバレていた、と。私の見立てが悪かったと言う訳だ。ふむふむ、それならば仕方あるまい。今度から声にも気を付けよう。

 

内心唸っていると美穂ちゃんからも疑問が飛んできた。

 

「深雪ちゃん達はこれからパシフィコに行くの?」

「うん」

「じゃ、じゃあ、私も一緒に行っても良いかな?」

「いいよ」

「じゃあ、行くか」

 

そして私達三人は駅へと歩み始め、一時間程でパシフィコ近辺の駅まで辿り着いた。三人共ぺちゃくちゃ喋るタイプでは無かったからか、道中気まずいとまではいかないにせよ、会話は少なかった。そもそも私は話のレパートリーが非常に少ないのだ。精々私が本当に気が乗った時にしか話さない思ひ出話がある程度のものである。

 

現在の時刻は13時半を回らないくらい。昼ご飯の時間としては少々遅めではあるが、ライブが夜に行われるので丁度良い時間帯かもしれない。さて、何処に食べ行こうか。私は変装道具を装備しながら二人に問う。

 

「何処行く?」

「何処でもいいぞ」

「わ、私も」

「……私も何処でもいいけど」

「……」

「……」

「……」

 

自分を棚に上げて言うけれど、二人共受動的だなあ。そんな事ではこの激動の時代生きていけないぞ! 知らんけど。

 

そういえばパシフィコの近くの橋を渡ったところに大きい建物があったような。ヤホーマップで調べて見るとなんか色々な食べ物屋さんがその建物の中には存在しているらしい。歩くのは少々面倒ではあるが、パシフィコから比較的近いのでそこで済ます事にしよう。

 

食べ物屋さんを調べ、ここで良いかなと思った店を二人へと尋ねる。

 

「……マックでいい?」

「マ、マック? 体に悪いんじゃないかな……」

 

……ゑ? 嘘だろ、何処でもいいんじゃないの!? というか、最近の子供はそんなこと考えながらご飯食べてるのか。いやまあ、確かに見るからに体に悪そうなものばっかりではあるが、若いうちからそんな事考えなくてもいいだろう。私はマックは結構好きな方に入る。昼食で見たことない定食屋とマックを選ぶとするなら少し考えて定食屋に行くくらいにはマックは好きである。少し考える所が重要。あのチープな味が堪らないのだ。

 

「なら、ステーキ屋さんもあるよ」

「い、胃もたれしちゃうよぉ」

「……我儘だね。じゃあ、ドリアでいい?」

「う、うん……ごめんね?」

「いや、ステーキは冗談半分だから」

「……半分は本気なんだね」

 

美穂ちゃんは苦笑した。

 

行きたいという気持ちを誤魔化す事は出来なかったんだ。

 

「ふひひ、キノコドリア」

「あったらいいね」

 

私達は再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

「2回目だけど、や、やっぱり大きいな、ここ」

「そうだね」

 

それどころか寧ろ昨日より更に巨大に見えてくる。威圧感というか圧迫感というかなんというか。得体の知れない凄まじいオーラというものをこの建物から感じる。うん、嘘だけど。

 

しかし緊張感が高まるという意味であれば先程の言葉は的を得ているかもしれない。胸の鼓動が止まらず(当たり前)、ドキがムネムネしているのが現在の私である。ちなみにキノコドリアはあった。

 

現在私達三人の目の前に佇む建物の名はパシフィコ横浜。これまでの数々の練習という名の冒険を繰り返してきた私達が挑むボス。しかも私からすれば一番初めの何も分からない状態にいきなり出てくるラスボスみたいな感覚である。ゼ○ダで言う所の初っ端「封印されしもの」最終段階が出て来るようなものである。

 

だが、正直ここまで来たら最早腹をくくるしかあるまい。本番中の多少の失敗ならばともかく、緊張して手元が狂ったりしたら元も子もないし、今までの練習も水泡と帰してしまう。三人にも申し訳が立たない。まあ、本番が始まればそっちに集中するだろうから恐らく問題ないだろう。

 

ちなみにだが、今回のライブに参加するアイドルは私と美穂ちゃんを除くと15名程が出演する。ぶっちゃけると半分も知らない。今回出演する知り合いの菜々ちゃんと二宮さんを除けば知っているのは木場真奈美さんと宮本フレデリカさんこと、うえきちゃんくらいである。木場真奈美さんは事務所で見かけてカッコいいなーと感想を抱いてから知った。うえきちゃんは言わずもがな私のありとあらゆるSNSのトップ画に使われている彼女だ。何処が気に入ったのか私でもよく分からないのだが、恐らく何か私の琴線にでも触れたのだろう。

 

ふと輝子へと視線を向けると、丁度輝子も私を見ていたらしく、びっくりしたようにピクッと肩を揺らした。そのままじーっと見ていると何故かタジタジし始めたので、その様子が面白かった私はそのまま視線を彼女へと向けたまま話しかけた。

 

「どうしたの?」

「い、いや、深雪さん、大丈夫かな……って思ってさ」

 

輝子は視線を逸らしながらそう言う。緊張している私の事を心配してくれているようだ。

 

「多分大丈夫と思う」

「そ、そうか……」

 

そう言って要領を得てなさそうな顔をした輝子の頭をふわりと撫でると、隣に立つ美穂ちゃんは私へと声を掛ける。

 

「……深雪ちゃんって今日が初ライブなの?」

「……そうだよ。昨日から緊張しっぱなし」

「そうなんだ……」

 

彼女は口を閉じるとうーんと唸り、次に紡ぐ言葉の思案を巡らせる。頭が動くと同時にアホ毛がピコンと揺れるので、私は思わず視線をそちらに向けてしまった。

 

「……私もね、初めてのステージは本番までの一週間ずっとドキドキしてたんだ。1日が過ぎる度に本番が近づいて来るのが怖くって。練習中に失敗した時もこれが本番だったら、って思うとまた心がギュッてなってまた失敗の悪循環」

 

今も治らないんだけどね、と言いながら彼女は苦笑する。その顔は何処か憂いを帯びており、真剣な話だと理解した私は彼女へと向き直った。

 

「そして初ステージの日も出番が来るまでは『頑張ろう!』って思っててもやっぱり自分の気持ちは誤魔化せなくって足が震えて……でもね、ライブが始まる直前にね、プロデューサーさんが言ってくれたんだ。『練習は嘘を付きません。必ず成功します。今まで貴女を見てきた私を信じて下さい』……って。そのお陰でリラックス出来て、練習通りステージを終わらせることが出来たんだ」

 

美穂ちゃんはパッと私の方へ振り返ると小さくガッツポーズを取りながら声援を投げかける。振り返った際に揺れるアホ毛を、私は見逃さない。それと同時に歩く振動によりぴょこんぴょこんと跳ねるアホ毛へと熱視線を送る。

 

「私が言うのもなんだけど、緊張してるって事はそれだけ今日の為に頑張ってきた証拠だから、深雪ちゃんなら大丈夫だよ!」

 

美穂ちゃんは真剣な目でそう語ってくれた。私は先程の彼女の身振り手振りを思い出し、ほっこりしながらも、ここまで私の事を思ってくれる隣人がいる事に私は喜びを感じていた。心配してくれるのが嬉しいわけではなく、心配してくれるその気遣いが私は嬉しいのだ。似たような事なのかもしれないが、私からすると全くの別物である。

 

「……ありがとう」

「えへへっ、そんな大した事は言ってないよっ」

 

温かい気持ちになった私は根拠も無く本番は成功するだろうと確信していた。それと同時に美穂ちゃんへの好感度がぐんぐん上がっていくのを感じる。

 

「美穂ちゃんも今、緊張してるの?」

「うん……それに今日はいつもと違ってサプライズで出演だからね。受け入れられるかがちょっと不安なんだ」

 

そう言う美穂ちゃんの顔にはほんの少し影ができていた。しかしここで輝子が会話に入ってくる。

 

「だ、大丈夫だと思う。トモダチはみんな、優しいしな」

 

美穂ちゃんを見上げながら輝子はそう言った。輝子の言う「トモダチ」というのはこの場合キノコではなく、恐らく信奉者の事だろう。その意味を理解していたのか、美穂ちゃんの顔は本来の明るさを取り戻す。

 

「……ふふっ、そうだね、輝子ちゃん!」

 

朗らかな笑みを浮かべる美穂ちゃん。元気になってくれて良かった。余りにもその笑顔が可愛かったので私は携帯を取り出し、パシャリと一枚美穂ちゃんと輝子のツーショットを撮る。すると二人共気付き、小さくピースを作ってくれた。後で待ち受けにしよう。

 

緊張が解けた私たち三人は関係者入り口からパシフィコへと入館した。そのまま時間を潰すために中を散策しようとすると、何やら美穂ちゃんはやる事があるらしい。きっとライブについてだろう。私が入館する際にあげたのど飴をコロコロさせながら別れを告げると、彼女は去って行った。

 

その後やる事が無かった私と輝子は館内をぶらぶらした。結果、分かったのはスタッフの方々が忙しそうにしている事と、特にめぼしいものは無かったという事だ。施設とは関係ないが、強いて言うならば、アイドル達のグッズがずらっと並んでいるエリアが存在していたぐらいであろう。あれが物販というやつであろうか。ちょっと欲しいのがあったが、信奉者が沢山いたし、お金も正直カツカツで節約しないといけないので諦めた。後輝子が人口密度高過ぎて死にそうだったというのもある。

 

それはさておき、関係者しか立ち入れないエリアの廊下を歩いている際に思ったが、やはり346アイドル達の人気は凄まじかった。そう思った理由は“花”の数だ。企業だったり、信奉者達だったり、様々な人達から大きな花を贈呈されているのだ。基準がよく分からないので比べようがないが、恐らく多い部類だと思う。

 

「花だらけだね」

「ふひ、これ見ると凄く嬉しい気持ちになる。ぼっちの私でも応援してくれる人がいるんだな、って」

 

その表情は本当に思わず出たというような優しい笑み。それを見た私は失敗するわけにはいかない、と改めて心に刻み込んだ。

 

「……成功させようね」

「うん」

 

ずらっと並んでいる花を見ながら歩いていると前方から大きな人影がこちらに向かってくるのが見える。知ってる人かなと思っていると、やがて輪郭がはっきりし、誰が近付いて来ているのかを理解した。

 

「……小暮さん、星さん、おはようございます」

「おはようございます」

「お、おはようございます」

 

武内さんだ。彼は私たちの前で足を止め、少し頭を下げながら挨拶をした。私たちもゆっくり進めていた足を止めて礼儀正しく挨拶を行う。親しき仲にも礼儀あり、という奴である。武内さんがどう思っているかは分からないが、私としては仲良しなつもりだ。一緒に昼ご飯食べる仲だからね。実はあれからも偶に遭遇する時があるのだ。と言っても2、3回ほどではあるが。

 

チラリと首にかけている物を見てみると、そこには「会場スタッフ」の文字が書かれており、裏方で何か色々とやっているのだろうと私は勘繰った。裏で色々と、って言葉だけで裏工作とか孔明の罠とかそこらへんの如何わしい言葉が脳裏に浮かびあがってくるが、そんな事は一切関係ない。漫画の読み過ぎである。

 

「お疲れ様です。スタッフのお仕事大変ですか?」

「……いえ、やる事は沢山ありますが、苦ではありません。私が望んでやっている事なので」

 

彼の言葉はほんの少しの柔らかさが含まれていたが、顔はひたすら威圧感を感じさせた。やはり公私は分ける……というより仕事はきっちりやるタイプらしい。

 

「……小暮さんは、大丈夫でしょうか?」

「はい? ……ああ、多分大丈夫ですよ」

 

少ないワードを組み立てながら口にする武内さん。言いたい事は、十中八九ライブについてだろう。分かりにくいがその顔にはこちらを心配している様子が伺えた。彼は忙しいであろう時期にも関わらず、短い時間ではあるにせよ態々時間を割いてまで私の練習を見に来てくれていた。それでもその言葉を投げかけるという事は、やはり彼は私が思った通りに誠実な人物なのだ。

 

「……先日も言いましたが、このライブは今後小暮さんにとって大きなアドバンテージとなるでしょう。しかし、まずは「頑張る」より「楽しむ」に専念してください」

「……それはやはり」

「ええ──笑顔です。恐らく小暮さんは初めての、しかも大型ライブという事もあり、緊張しているかと思います。緊張感を持つという事は大事ですが、リラックスも重要です」

 

武内さん本当に笑顔好きだよね。私をスカウトした理由も笑顔だし。もしかしたら他のシンデレラプロジェクトのメンバーも笑顔で決めてたりして。今度杏ちゃんと神崎さんに聞いてみよう。

 

「……なるべく緊張しないように楽しみます」

「ええ、星さんも、二人とも頑張ってください──ッ、すいません。差し出がましい事を」

「いえ、全然そんな事思ってないですよ? ありがとうございます」

「……そうですか、では」

 

そう言って彼は私たちが来た方向へと歩みを進める。もしかすると武内さんは私にアドバイスをしに来てくれたのではないだろうか。しかし、最後の苦しそうな表情が少し気になる。

 

「行こっか」

「うん」

 

反対に私たちは武内さんが来た方向へと進み、忙しなく動き回るスタッフさんの仕事風景を目に焼き付ける。果たしてこのライブにはどれくらいの人が携わってるのだろうか。

 

大変そうだなー、と邪魔にならないよう部屋の端で見学した私達はその場を後にして楽屋へと足を運んでいた。現在の時刻は丁度14時半。15時まで未だ時間は残っているが、ギリギリに戻ってくるより余裕を持ってのんびりしていた方が断然いい。幸いな事に輝子達の楽屋とエキストラ用の楽屋は近い位置に存在する。輝子の楽屋でのんびりして戻れば良いだろう。

 

楽屋の電気を付け、入室すると奥の机がガタリ! と音を立てた。思わずピクッとすると、私はゆっくり部屋の電気を消して即座に退室した。

 

「……警備の人呼ばないと」

「ど、どうしたんだ?」

 

私が神妙な顔つきでそう言うと輝子は頭に疑問符を浮かべながら小声でそう言う。それに対して私も小声で反応する。

 

「……不審者が机の下にいる。ガタって音がした」

「えっ!?」

 

輝子は目に見えて驚いていた。実際のところ私も結構驚いている。何故なら現在のこの施設は警備が非常に強化されており、特に関係者エリアは今現在でも警邏が頻繁に行われている。理由は決まりきっている。何故なら日本に名だたるアイドルが一箇所に集まるからだ。当然の処置である。

 

しかし、そんな警備を掻い潜ってきた不審者。恐らく相当のやり手だろう。何故あんな分かりやすい、アホみたいなところに隠れていたのか、何故電気を付けただけで動揺したのか。はたまた、何が目的であの部屋にいたのか。所々疑問は残るが、今はそんな事を考えている場合ではないし、そもそも不審者の考えが分からない今の時点では何も言えない。問題なのは完全に私たちがこの部屋に来たという事実がバレてしまったということだ。

 

「輝子、私が見張ってるから、誰か大人に事情を説明してきて」

「……机の下……?」

 

輝子が呟くとドアノブからガチャリ、と音がする。それに気付いた私は咄嗟に扉を抑え、輝子へ人を呼んでくるように促す。もしも相手が男だった場合力で勝てる筈がないので、同時にポケットに入っている携帯を手に取り、いつでも角でブン殴れるようにもしていた。幸いな事に角が鋭利な作りになっているので中々に殺傷力は高い。充分な武器になるだろう。

 

「はやく!」

 

私は小声で捲し立てるが、輝子は何故か動こうとはしない。

 

「何をしてるの!」

「ま、待ってくれ。……声が」

 

苛立ちを隠せずつい怒鳴ってしまった私は一旦深呼吸をして精神の沈静化を計った。……ふぅ、こんなに怒鳴ったのはいつ振りだろうか。身体光ってないよね。なんてこの場にそぐわない事を考えていると、輝子の言う通り扉の奥からか細い声が聞こえてきた。

 

「ふ、不審者じゃないんですけど〜! 誤解ですぅ〜! 机の下で眠ってただけなんです〜!」

 

ガチャガチャ……濁音を付ける事すら烏滸がましいといえるくらい弱々しい力でドアノブを回す音が聞こえる。そしてその声も思わず拍子抜けするような可愛らしい声であった。

 

「やっぱり、ぼののちゃん」

「……知ってるの?」

「う、うん。大事なトモダチだ」

「……そう。フルネームは?」

「森久保乃々」

 

今日の出演者の名前に書いてあったような気がするが、忘れた。

 

輝子はそう言うが、念のため私は確認する事にした。扉はまだ抑えたままだ。

 

「自己紹介してください」

「あぅ……森久保乃々13歳です。心底不本意ながらアイドルやってます」

「うん、絶対にぼののちゃんだ」

 

その言葉からも伝わるように本気で不本意そうである。輝子が断言したということはこの子は普段からそういう子なのだろう。

 

森久保乃々。名前しか知らないが確か輝子とマイナンバーワンアイドルとでユニットを組んでいる子の筈だ。ユニット名は、アンダーザデスク……だったっけ? 直訳すると机の下。言ってはなんだが変な名前である。

 

私が扉から手を放したその後、そーっと出てきた彼女へと質問をする。口が瓢箪を横に倒したような形だった。

 

「なんで机の下にいたの?」

「机があるからですけど……」

 

なにそのそこに山があるからみたいな返答。そのくらいの常識なの?

 

「わ、分かるぞ」

 

君もか。

 

「……取り敢えず紛らわしいから電気くらいは付けてほしい」

「付けてたんですけど、誰かに消されました……」

「……そう」

 

何故か目を合わせてくれない彼女。まあ、確かによく考えれば不審者がこんなところまで侵入できるわけがないよね。ずっと警邏の人が居るんだし私の早とちりという事か。……でも早とちりで済んで良かった。本当に不審者とかだったら最悪ライブ自体が中止になっていた可能性もなきにしもあらずなのだから。

 

しかし、人がいるなら私はもうこの部屋にいる事は出来ないな。そもそもの話、菜々ちゃんも二宮さんもこの付近の部屋に来るのだ。いたら多分バレるので最初から無理な話だったのだ。大人しく自分の楽屋に籠るとしよう。

 

「私あっちに戻るね」

「あ、うん。そうだな、そっちの方がバレないしな。ぼののちゃんには私が言っとくよ」

「お願いね……早とちりしてごめんなさい」

「い、いえ、もりくぼも勘違いされる事しちゃったので……ごめんなさい」

 

輝子と小声でそうやり取りをして森久保さんと和解すると、私はエキストラの楽屋へと戻っていった。


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