私、二回目の人生にてアイドルになるとのこと   作:モコロシ

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第0章 私アイドルになるってよ
第1話 女子寮の隣人たちはアホ毛可愛い


突然だが私は俗に言う、転生者というものである。

 

とはいえテンプレ乙なファンタジーとはなんぞやといった感じで、前世も今世も極々普通の人生を過ごしているのだが。前世では工業高校に入りそのまま電機関係の職に就き、適度に趣味に没頭しながら平穏な日常を過ごしていた。再び生を授かったこの世界は前世と世界観が全く変わらず、生まれた場所も同じで地域の名前も相違は無い。ただ生まれた年代は少し違っており幾分か未来にタイムスリップしているようだ。

 

そんな経緯もあり、私は前世と同じく工業高校に入学して仕事で培った技術知識をこれでもかと使ってやろうとしたのだが、二度目の人生どうせならと体験した事のない大学というものへと通おうと進学校へと入学した。そんな事を考えたのが昨年の事で、狙っていた進学校へ入学してもう数ヶ月で一年が経過する。他に変わった点といえば前世が男だったのが、今世では女になったことだろうか。だが、それに関する問題らしき点はほぼ解決している。伊達に十数年間この身体で過ごしているわけではない。女のあれこれはもはやチョチョイのプーである。生涯側にあり続けた我が“グレート・サン(偉大なる息子)”との今生(こんじょう)の別れを涙ながらに済ましたのも最早良い思い出である。

 

そういう訳で、小中学、そして現在高校でも同級生とは精神年齢が違う分付き合いが出来る人物が強制的に制限されていた。そもそも子供の中に大人が混じれる訳が無かったのだ。価値観も合わず趣味も合わず、私は多少相槌を打つ程度に会話に参加していた。とは言っても、その辺は仕方のない事だと最初から諦観していたので、私としてはあまり問題ではなかったりするのだが。それに制限されるといっても友達が全くいないという訳ではないので気にする事もなかった。

 

私の見た目を簡単に表すと、肌は白く、髪は薄水色、髪型はショートのウェービーヘアー。そして自称ルベライト色の流れるようなクールな瞳。スタイルはそこそこな方だと自負している。そして驚く事なかれ、髪と瞳に関しては染めたわけでもカラコンをしている訳でも美容院に行っている訳でもなく、全て天然なのだ。ある意味天然パーマなのであまりセットをする必要性が無く、毎朝楽させてもらってます。朝の時間はゆっくりしたい人なので私としては非常にありがたい髪型である。一応母がハーフ、父が純日本人という事で私はクォーター扱いにはなるのだが、多分この髪にクォーターである事はほぼ関係は無いと思う。父も母も黒髪だし。一体どうしてこんな髪が生えてしまったのだろうか。生まれる前に遺伝子組み換えが行われていたのかとバカみたいなことも考えた事もあるが、両親のDNAをしっかり受け継いでいるからしてそんな事実はあり得るはずがなかった。結局謎は深まる一方である。

 

……という自問自答もこの十数年間で既に飽きが来ており、正直生きる上で何ら支障はない事だと気付いたのは小学校高学年に上がる頃だ。散々悩んだ挙句の結論が“どうでもいい”っていうのは正直どうかと思わないでもないが、本当に考えたところで無駄だし。なんなら最近ではこの髪で無いと落ち着かないくらいまである。

 

そしてそんな平穏な日常のある日、私はなんとなく外に出たい気分に陥っていた。

 

いつもの私であれば休日は大体家で音楽聴きながら本読んだり漫画読んだりゴロゴロしているのだが、たまにあまり好きではない都会を一人で歩き回りたくなる時がある。それが今日だった。

 

休日だったら友人なんかと遊ばないのかと言われれば、もちろん遊ぶと答える。しかし、別に休日だからといっていつも遊ぶわけでは無いだろう。私は基本面倒くさがりなので家を出ない。でも、誘われて気分が乗れば遊ぶし、遊びたいと思えば誘う。つまりは気分屋だった。

 

一人で外に出る時はイヤホンを常備している。別に景色を楽しんでいる訳ではない私は一人で歩いていると暇になるのでいつも好きな邦楽を聴きながら歩いているのだ。逆にイヤホンがないと散歩が長続きしないので実は重要なアイテム。

 

そして私はどうやら曲の趣味も合わないらしい。そもそも精神的に生まれた年代が違うので好む曲が違うのも当たり前といえば当たり前であった。偶に友達とカラオケなどに行っても大体浮いてる。あちらが歌ってる曲は知らないし、私が歌ってる曲もあちらは知らない。正にルーズルーズの関係である。私は歌いたい曲を歌えて満足なのだけれども。

 

聴くジャンルなんかはバラバラで、主にヘヴィメタル、ロック、バラードなどだったりする。最もこれはジャンルが好きというよりは、好きなグループが偶々そのジャンルを歌っていると言った方が正しいかな? まあ、そんな感じだ。

 

因みに今はヘヴィメタルの曲をギリギリ音が漏れない程度まで音量を上げて聴いている状態だ。お陰で私は思わず口遊むくらいテンションは内心アゲアゲ状態だった。こういった曲を聴いていると、決まって歌いたくなってくるものだ。どうしよう、これから一人カラオケでも行こうかな。悩みどころだね。金銭的な問題もあるし。

 

「〜〜♪」

 

そんな事を考えていると、私の顔にヌッと影が差した。その人は目の前には遠くからでも一瞬で発見できるであろう程背が高く、ガタイの良いスーツ姿の男性だった。その足は地面に縫い付けられていると錯覚する程動かない。どうやらその場所から動く気は無いようだ。

 

「……はぁ」

 

せっかくのいい気分に水を差され、迷惑に思いながらも避けて通ろうとすると、その男性は何故か私の歩みを遮った。不審者かと思いながら顔を見るべく見上げると、私は思わずギョッとしてしまった。ものすごい強面だったのだ。鋭い目つきに三白眼、しかし何処と無く真面目で誠実な様子が見受けられる人物だった。よく見ると口が動いている。何か私に話しかけているようにも見える。

 

こんな街中で不審者なんて流石に出るわけないかと考えた私は話を聞くべく音楽を止めイヤホンを外した。

 

 

──転機。立ち止まった次の瞬間、私は人生のターニングポイントとも言える邂逅を果たしたのだった。

 

 

「……アイドルに、興味はありませんか?」

「はぇ?」

 

思わず変な声が出たけど、多分私は悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ようやくダンボールが無くなった」

 

出来上がった部屋はなんともシンプルで私好みの部屋だった。

 

白い本棚には漫画と資料本が沢山並び、ガラス板の黒い机の下にはPC本体、机の上にはデスクトップ、そして誕生日に親から貰ったBOSEのスピーカーだった。この女子寮は常にWi-Fiが飛んでいるので何時でもインターネットし放題なのだ。素晴らしいとしか言いようがない。べね。

 

初めは寮というからもっと小汚い所を想像していたのだが、本当に素晴らしいところだった。部屋は広いし綺麗なキッチンも付いてるし、リビングと呼ばれる広い共用スペースもあるし大浴場も空調設備も完備されており、朝夜は寮の食堂でほかほかご飯。そして極め付けは何と言っても──

 

「防音対策ばっちり、つまりスピーカーで音楽聴きたい放題……!」

 

それに限る。それの有無によっては今後のアイドル生活に支障をきたす可能性が出てくる。それ程の代物なのだ。

 

しれっと流してしまったが……そう、どうやら私はアイドルになるらしい。

 

私に話しかけてきた男性は346プロダクションのアイドル部門シンデレラプロジェクト担当の武内駿輔さんというプロデューサーだったらしい。机に置かれている名刺には、今私が言ったことと全く同じことが書かれている。

 

346プロダクションという会社は俳優や歌手が多数所属する老舗の芸能プロダクションで、TVや映画などの映像コンテンツ制作企画も手がけている凄い会社らしい。あの時武内さんから話を聞き終えた後、親に聞いたらそう答えてくれた。

 

ネットと貰ったパンフレットで詳しく調べてみると、346プロのアイドル部門は発足して歴史が浅く、未だ発展途上な部分も多々存在するらしい。しかし様々なジャンルのアイドル達の頑張りによって一定以上の成果は出ている為、瞬く間にアイドル業界のトップへの仲間入りを果たしているとの事だ。その為、同部門が立ち上げた「シンデレラプロジェクト」は、老舗が手がけるとあってか、業界内では期待の新企画として非常に注目が集まっているらしい。そして現在はオーディション、スカウトによってメンバーを集めており、私はそのスカウトの目にとどまったという訳だ。

 

ぶっちゃけた話、容姿には大分自信がある。自分で言うのもあれだが、中々……いや、結構な美少女だ。街中歩いてる時だって振り向いて二度見する人も結構いる。この体になってそういう視線に敏感になったので嘘は言ってない。飽くまで客観的な視線からの感想なので別にナルシスト気取ってる訳ではないんだけど、本当にそう思っているので否定は出来ない。しかし、容姿(・・)だけだ。正直中身おっさんで見た目くらいしかアイドル要素皆無な私がアイドルなんてやっていけるものなのかと思うのは無理のない事であった。なっても売れ残りそうだと言ってみると、「貴女の頑張り次第でもありますが、此方も全力でサポートさせて頂きます」という言葉が返ってきた。変に取り繕わない真面目な言葉に私は好感が持てた。

 

その後別れた後、私はアイドルになる事を決意した。家へと着くと私は早速親に学業を疎かにしない事と、嫌になったら帰ってくると約束をして、なんとか了承を得る事が出来た。無論いきなりの事だったので色々と叱咤や心配もされてしまったが、武内さんにも説得を手伝って貰ったので事無きを得た。その後荷物をまとめると彼に予約して貰った飛行機の便でそのまま東京へと向かって現在に至るという訳だ。後二週間ほどで冬休みということで時間もあり、キリも良かった。仲の良い友達には暫しの別れを告げ、テレビで会おうと言ってきた。ポカンとした顔が今でも笑える。

 

しかし羽田空港へ着いた瞬間、私は早速後悔した。人がわんさかいるのだ。ごちゃごちゃして歩き辛いったらありゃしない。福岡が誇る大都会、天神ですら人が多くてげんなりする程なので、それ以上に人がいる空港では歩く気力すら奪われるのは必然であった。そして何よりも中央線やら武蔵野線やら山手線やら路線が多過ぎる。新宿で降りた時は冗談抜きで地獄だった。こんなに複雑で迷うような乗換えは初めてであり、また電車の中も混雑という言葉では足りないくらい混雑していたので大分辛かった。その時の私は福岡へのデスルーラも覚悟した程である。まあ、そんなの出来ないし、なんとか寮には辿り着けたんだけどね。

 

ちなみに武内さんは仕事で福岡に来ていたらしい。ついでにスカウトされた際に彼がプロデュースしているアイドルの名前を聞いてみたのだが……誰も知らなかった。いや、所属しているアイドル自体に知っている人は勿論いた。その人は私も大のファンだったし、寧ろ346所属だった事に驚きを禁じ得なかった。

 

しかし、彼がプロデュースしているアイドルを知らないと言った事で心なしか物悲しげにしている様子に少しだけ罪悪感が生まれた。いや、本当にごめんなさい。私が知っているアイドルといえば精々三、四人くらいだ。恐らくその中には346以外のアイドルも含まれている。今後は私の先輩になるわけだからきちんと勉強しておこうと思う。

 

此処までに至った経緯を思いながら、私はふかふかの椅子に座る。そしてチラリと福岡を出る前に買ったものを横目に見やる。

 

「やっぱり隣人とか挨拶したほうがいいのかな」

 

一応福岡のお土産代表(自分の中で)である『通りもん』の小さいサイズを5箱買って来たのだ。当たり前だがその内三つは私のものだ。美味しいからね、仕方ないね。

 

何が当たり前で仕方ないのかはさて置き、荷物整理に一区切り着いたところで隣人に挨拶しに行こうと思う。これだけは絶対に後回しには出来ないからね。

 

「いい人だといいんだけどなぁ」

 

私は少しの不安に駆られながらもお土産を手に取り、外へと足を運ぶ。

 

扉を開け、廊下の奥のガラス窓から見えるのはビル群。私の住む女子寮は四階建てで私の部屋は最上階である四階だ。ビル群から視線をそらせば桜の蕾が増え始めているのがよく分かる。そのことを示すのがどういうことなのかというと

 

「さむっ」

 

そういうことだ。寮内の廊下と言えども未だ寒気から抜け出せない季節。思わず顔が強張る。肌を刺すような寒さから一刻も早く抜け出すべく早めに終わらせなければならない。まずは右隣の人へとアタックをかけてみよう。

 

扉の前のチャイムを鳴らすと、ピンポーンと小気味良い音が響く。その後あまり間を置かずにチャイムのスピーカーより返事が返ってくる。

 

『はーい。どなたでしょうか?』

「本日付けでこの寮に住まう事になりました、小暮深雪(こぐれみゆき)と申します」

『あ、こ、これはご丁寧に、あ、あ有難うございます!』

 

暫くすると扉が開く。開いた先に見えた人物は綺麗な正円を描くような丸顔、ぴょこんと跳ねたアホ毛がチャームポイントの、とても可愛らしい子だった。

 

「こんにちは」

「こ、こここんにちは〜」

 

私が挨拶するとピクッと肩を震わせ不安げに挨拶を返してきた。どうやら緊張しているようである。それでもきちんと目を合わせてくれるあたり、健気な様子が伺える。

 

「あっ、わ、私、小日向美穂って言います。よろしくね、えっと、み、深雪ちゃんって呼んでもいいかな?」

 

にっこりと笑みを浮かべながら小日向美穂さんは私の名前を呼んだ。可愛い。私も美穂ちゃんって呼んでもいいかな? あ、でもやっぱり先輩アイドルにそれは図々しいだろうか。この子とは仲良くしたいなー。うーん、でも入寮初日からそんなことで隣人に引かれたくないし、苗字で呼んでおこう。

 

「はい、よろしくお願いします。小日向さん」

 

んんー、なんだか武内さんっぽくなってしまった。真顔で言ってるから尚更だと思う。印象悪いのは分かってはいるが真顔になるのは仕方のないことだと私は思う。寒すぎた。表情筋が動かないのだ。

 

「え、えーっと、そんなに他人行儀にならなくてもいいよ? 年も近そうだし、私の事も美穂って呼んでね。あ、あと敬語もいらないから」

 

少し困ったようにエヘヘと笑う美穂ちゃん。とってもキュートだった。熊がプリントされたその服も非常にプリティ。

 

「分かった。じゃあ美穂ちゃん、これお近付きの印に」

「わあっ、『通りもん』だ! 深雪ちゃん福岡出身なんだね!」

「あ、知ってるの?」

「結構有名だよね。それに私の出身熊本だから」

「じゃあ九州仲間だね」

「そうだねっ、あ、外じゃ寒いよね。うちに入る?」

「いや、まだ挨拶終えてないところもあるから遠慮しとくよ。ごめんね?」

「いいよいいよ! じゃあ、またね。美味しくいただくから」

 

美穂ちゃんは手をヒラヒラさせると扉の奥へと戻っていった。

 

……ふぅ、取り敢えず一人目終了か。やれやれ、先は長いぜ。さてと、次は左隣の隣人のところへと挨拶に行こう。

 

先ほどと同じようにチャイムを鳴らすと、物凄い物音が聞こえた。擬音で表すとドンガラガシャーンと言ったところだろうか。何処のらんまでしょうか。

 

暫くそのままの状態でいると、ようやく返事が返ってきた。

 

『……は、はい……星です。……フヒ、な、何か、御用でしょうか……?』

 

玄関のチャイムから、か細い声が辛うじて私の耳に入ってきた。

 

「本日付けでこの寮に住まう事になりました、小暮深雪と申します」

『そ、そうですか……』

「はい、それでお近付きの印に、つまらないものですが、地元の名産品を持ってきました」

『そ、そうですか……ありがとう、ございます』

「いえ」

『……』

「……」

 

か、会話が続かない……。私もあまりお喋りな方ではないから、こういう相手だとこっちも困ってしまう。

 

少し待つと、ガチャリと扉が開かれるがチェーンが付いており、全開にまでは至らなかった。

 

「……あ、ご、ごめんなさい」

 

扉の奥からちらりと見えたその小さな少女は、恥ずかしかったのか頬を赤く染めていた。

 

チェーンの鍵が解かれ再び扉が開かれると灰色の長髪に、またまたアホ毛が特徴的な可愛らしい少女が見えた。その手にはキノコが添えられており、料理中だったのだろうかと私は勘繰る。

 

「料理中でしたか?」

「……い、いや、料理なんかし、してない……です。……音楽聴いてト、トモダチと、遊んでた……だけ。ほら、このシイタケくん……ふひ」

 

そう言うとその少女が手に持っていたキノコ──シイタケが私の目の前に出される。どうやらトモダチとはこのシイタケくんの事らしい。キノコが友達とは如何なものか。

 

どう反応すれば良いのやら。思わず私は呆気に取られてしまったが、何も反応を返さないのは失礼だと思ったので取り敢えずシイタケくんを褒めることにした。

 

「艶もあり、形も良い。いいシイタケくんです」

 

いや、きのこの良し悪しも分からないのに何言ってんだ私。 少し適当なこと言い過ぎたか。

 

「……フ、フヒヒ……私のキノコくんをほ、褒めてくれたのは四人目……あ、ありがとう」

 

おおう、私の前に三人いるんだ……。少し気になるけど、取り敢えずこの品を渡しておこう。

 

「これ、福岡名産の『通りもん』と言います。宜しければいただいてください」

「……あ、はい、いただきます。大事に食べます。フヒヒ」

 

星さんはいそいそとシイタケくんを玄関に置くと私からの土産を腫れ物を扱うように優しく受け取る。受け取ると嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「……可愛い」

 

これがアイドルなのか。先ほどの美穂ちゃんもそうだが、星さんもとても可愛らしい。どちらも守ってあげたくなるというか、保護欲をそそるというか、そんな感じ。

 

「きゅ、急に何を言うんだ。……あっ、キノコの事か。そ、そうだよな。私がか、可愛いなんて……」

 

しまった、声に出ていたか。しかし可愛いのは事実だった。少し照れてる様子もまた可愛い。星さんは見た目中学生くらいだが、中学生ってまだ撫でても怒らない年代だっただろうか。撫でてもいいかな、いいよね。というか可愛いキノコって何を定義に可愛いって言うんだろう。

 

「星さんの事ですよ」

 

そう言いながら私は星さんの灰色の髪へと手を伸ばす。触れた髪は所々跳ねているが、髪自体は柔らかく、体温が直接手のひらに伝わり非常に気持ちよかった。思わず頬が緩みそうになるが、キリッと表情筋に力を入れる。

 

「あぅ……や、やめてくれ。ぼっちの私の髪なんて触ったってな、何もいい事なんて起きないぞ……! あぅ……」

 

そう言いながらも満更でもなさそうな星さんを横目においていると、扉の奥から音楽が流れていた。そういえば先ほど音楽を聴いていたと言っていたな。いったいなんの曲だろう。聴いた事があるような気もするし……。もしかして、この曲──。

 

「given up……?」

 

given upというのはLinlin Parkというアメリカのバンドの曲だ。残念ながら私は邦楽専門なので殆ど洋楽はきかないのだが、そんな私でもこの曲だけは知っていた。というかスクリームの練習でよく参考にさせてもらっていた。

 

「し、知ってるのか……!」

 

視線を下に向けると星さんは目を輝かせていた。それはまるで何かを訴えかけるように。

 

その瞬間、私は悟った。恐らくだがこの子も私と同じで趣味を理解されない(・・・・・・・・・)タイプの人種なのだ。趣味を理解されないというのは存外つらいものである。特にみんなが共通の話題で盛り上がっている時に自分だけ話についていけない時とか。前世ではそんなことなかったんだけどなぁ……。

 

私の友達の中には趣味に関する理解者は誰一人としていなかった。遂には誰も理解しきれないのでいつも私は勝手に喋って勝手に満足していたくらいだ。所謂ソリティアというやつである。

 

嗚呼、星さん。君の気持ちは痛いほど分かる。ましてや君は自称ぼっち。話す相手すらいなかったのだろう。私が相手をしてやりたい。だが申し訳ないが洋楽は専門外で、聞いているのもロックメタル系では大体聖飢魔IIや永ちゃんばっかりなのだ。洋楽に関しては私はテニスコートの壁になるくらいしか出来ない。

 

「わ、私はLinlin Parkも好きなんだけど、最近は聖飢魔IIなんかにも、は、ハマってるんだ……!」

「私も聖飢魔IIは大好き。少し話さない? 星さん」

「し、輝子って呼んでくれ。わ、私も……み、深雪さんって呼ぶから、さ。……き、汚いところだけど、入ってくれ。フヒヒ」

 

この後めちゃくちゃ話した。

 

 

 

 


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