ちからこぶれ!ユーフォニアム   作:ブロx

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3編も続いた訳の分からないこの駄文もようやく完結させる事が出来ました。
読んでくださった方、ありがとうございます。
 原作も素晴らしいですが、アニメの演奏シーンは本当に途轍もないものでした。
三日月の舞を聞いて、テレビの前で拍手したのは作者だけじゃないはず!
手記はここで途切れている








後編

 

 

 

 

 北宇治高校図書室。

吹奏楽部顧問の滝先生をはじめ、多くの教師と生徒が監禁されていたここは、いまや私たち吹奏楽部の拠点となっていた。

 

「図書室を制圧!!!」

 

「はい!!!」

 

「…希美。静かに素早くとは変わらないね」

 

「みぞれだって」

 

 ハイタッチをする二人。

この図書室にのさばっていたテロリストのメンバー達を一網打尽にした立役者は、私の友人高坂麗奈と2年生・鎧塚みぞれ先輩だった。

その光景はもう凄まじいもので、みぞれ先輩が相手に触るだけでその人はドッカンドッカン吹き飛んでいった。

 

「みぞれ。あんたって冥王サウロンか何か?」

 

「違う。激流に身を任せてるだけ」

 

「流石みぞれ!私達に出来ない事を平然とやってのけるッ!そこにシビれる!!あこがれるゥ!!!」

 

 リボンが映える優子先輩が軽口を言い、希美先輩が握り拳を作りながら力説する。

みぞれ先輩は北宇治高校吹奏楽部、唯一無二のオーボエ奏者。

奏でられるそのオーボエの音色は、聴く者をみんな虜にする。まさに、あなたのとりこ。

伊達に誰よりも朝早く音楽室に来て練習していないのだ。

彼女こそが、天下無双。

 

「久美子。私、滝先生に褒められた…!」

 

「麗奈。お疲れ様」

 

 私、黄前久美子の友人である麗奈が興奮気味に私に抱きついてきた。

ポンポンと背中を叩き、彼女を労う。

好きな人に褒められれば誰だってこうなる。私だって多分、きっと、メイビー。

 

「ってそうだ!先輩方、敵の本拠地の放送室はこれからどうやって制圧するんです?」

 

この場にいない人物の事が何故か頭に思い浮かび、私は優子先輩に疑問を投げる。

 

「人質を奪還した事でこちらの戦力はぐっと上がったわ、後輩。

敵の期待を裏切っちゃ悪いし、堂々と正面から突入制圧しましょう」

 

「敵の戦力は低下してます!これなら緑たち、いけますよ!!」

 

「―――それはどうかしら」

 

 希美先輩に取り押さえられたテロリスト【真紅のサキソフォン】サブリーダーの女性が、私達に冷や水を浴びせる。

ムッとした優子先輩が恐ろしい形相で彼女に近寄ったが、希美先輩はそれを体で制した。

 

「優子、もうこの子は大丈夫だから。多分、私達に何か聞かせたいんだよ」

 

「あ、そう。じゃあどういう意味?テロリスト」

 

「人質はこの図書室にいる人達だけじゃないってことよ。あの葵先輩が、この事態を予測してなかったと思う?」

 

 人質はまだ他にいる。それを聞いた時、私には理解できなかった。

部屋を見渡すと、滝先生も香織先輩達3年生もここにはいる。他の部の人達だって。一体他に何が……?

 

「あの人は北宇治高校を、吹奏楽部を心底憎んでる。絶対次の大会になんて出させないつもりなのよ。

他の部は実はおまけ。その証拠に、【真紅のサキソフォン】のメンバーは全員が元吹奏楽部員。

一度部を辞めたアンタにはもうその意味が分かるでしょ?傘木」

 

 どういうことだろう?それを聞く為に私は希美先輩に目を走らせる。

そこには目を見開き、わなわなと震える先輩がそこにいた。

 

「……まさか、人質って…!!」

 

「そう。アンタ達の楽器の事よ。

あの人は、放送室にアンタ達の楽器を全部集めてる。それを部屋ごと爆破する事がこのテロの真の目的よ。

それに気付いてた小笠原部長は、真っ先に楽器を守る為に音楽室に行ってたけどね」

 

 頭が下がるよ。

そう言って、沈痛な面持ちでサブリーダーは目を伏せる。

どうしてこんな恐ろしい事に参加したのか。彼女の顔には後悔の念しかなかった。

 

「そんな…。…嘘だあああぁぁぁああ!!!!!」

 

「じゃあ放送で言ってた、体育館倉庫の爆破はまさか!?」

 

「ええ、最初に爆破するのは無人の体育館倉庫って言ってたわね。あれは嘘だ」

 

「最初からそれが目的か!ハメやがったなこのクソッタレ!!!!嘘つきめ!!」

 

「大人だの一時間に一つだの!!あれは私達を、騙す為の口実か!!」

 

 まるで悪魔…。

緑ちゃんがそう呟くのを、私ははっきりと聞いた。

そこまで葵ちゃんは、ドス黒い感情に満ち満ちていたのか。

楽器がこの学校から無くなる。私達の相棒が、これまでの頑張りが綺麗に跡形も無く。

私は、下っ腹に力を入れながらサブリーダーの女性に聞いた。

 

「―――先輩。爆破まで後どれ位ですか?」

 

「せいぜい三十分ね」

 

「四十秒で支度しましょう。スピードが命です、一分後に出発します!!!」

 

 檄を飛ばす私。

私はまだ1年生だけど、誰も口は挟まなかった。やるべき事はただひとつだという事を、皆自覚しているのだ。

 

「久美子ちゃん!!!」

 

「は゛い!!!あすか先輩!!!」

 

「私も一緒に行くわ!」

 

 低音パート3年・田中あすか先輩はそう言って腕をまくった。

楽器は必ず取り戻す。その瞳は決意と意志に満ちていた。

 

「あすか先輩も?…らしくないんじゃありません?」

 

「貴女の悪い癖が移ったのよ」

 

手をバシンと掴み合う私達。

 

「私達の楽器を。ユーフォニアムを取り戻しましょう。皆で!!」

 

「奪還して見せるわ、この手で必ず!!」

 

私達は力を込めた拳をつくり、それを天に掲げた。

 

 

 

 

 

『 ちからこぶれ!ユーフォニアム 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 筋肉が動いている。

武器弾薬をその手で掴み、海パン一丁でボートにのせる漢。

鉄の筒から出るタマタマなんぞ、たとえ当たろうともびくともしない。

それが彼の身体。言わば、筋肉式防弾チョッキ。

これこそが彼の切り札。

THE 肉体。

男の理想。女の憧憬。

人類ならばこの男を見て、何も感じないはずが無い。

圧倒的。ただひたすら、圧倒的。

力持ちとは、こういう事さ。

 

 

 

『メッセージは覚えたな?』

 

『コマンドー、カービー、コード・レッド、座標ね。オッケーよ』

 

『奴らが俺を見つけるまでは無線を使うな』

 

『どうしてそれが分かる?』

 

『島がドンパチ。賑やかになったらだ』

 

 

 貸してもらった映画は、本当にただのアクション映画だった。

筋肉モリモリマッチョマンが敵と戦う。分かりやすい勧善懲悪もの。

その筋肉の名はジョン・メイトリックス。

映画の中では常にジョークを飛ばすけれど、彼の意思は揺るがなかった。

―――娘を助ける。この男にあるのはただそれだけ。

絶対の意思と圧倒的な筋肉。

その姿に、私は惹き付けられていた。

 

―――こんな風にあれたら、私は何か変われたのかな・・・。

 

 

『店員さん。頼みがあるんですが』

 

『何です?』

 

『ここにあるシュワ映画全部下さい』

 

 

 私、斎藤葵は強くありたかった。

特別に、なりたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「作ってしまった……」

 

 手元に目線を落とすと、そこには自分が感情の赴くままに書いた計画書。

北宇治高校の部活動を夏の大会に出場させなくさせ、高校をぶっ潰す。

 そして、真の目的を遂げる。

日課になった筋トレと同じく研鑽に研鑽を重ね完成させた、まさに悪魔のような計画の全てがここにある。

武器や装備は整えた。・・・でも、

 

「本当に、これを実行していいのかな…」

 

―――実行すれば、もう後には引けなくなる。

鬱憤を、屈辱を晴らす。復讐を遂げる。

私の勝手な都合で、他人に迷惑をかけていいの……?

 

『―――ああ、気の毒に。罪の意識に苦しんで』

 

 声が響く。

人は何かを決断する時、心の中で天使と悪魔が戦うそうだが、それは本当の事だった。

 

あなた、誰……?

 

『本当は分かってるんでしょう?信じたくないだけで。―――ワタシは貴女よ』

 

そんな……。

 

『吹奏楽部で楽器を吹いてた時間の長さよりも中身の濃さだよねえ? あの頃の貴女は、真面目な吹奏楽部員だったわ。

先輩達のやる気の無さや無視にも負けず、己を磨き、周囲を説得し続けて自分の音楽を信じ続けた。

ほとんどの部員があの敗北主義者な先輩共が卒業して消えるのを待ってるのに、貴女と後輩は闘い続けた。

―――貴女達は、何も悪くない』

 

・・・・。

 

『この学校は何をした?…ん?顧問をはじめ学校の教師は、貴女を手助けするどころか音楽すら取り上げた。

ワタシは何もしていない。

この悲劇を許したのは、北宇治高校よ?よく考えてみなさいな。どちらが貴女の真実かな?

―――昇華したいでしょう?この胸にあふれるドス黒い想いを。もう一度綺麗な心で、自分の音楽を続けて生きたいでしょう?

 何もかもを一切無くしてやる。

赤の他人を拉致監禁するだけでいい。元々縁も所縁もない人間じゃないの』

 

耳を貸しては駄目だ。これは悪魔の誘惑だ。

 

『いけないの?』

 

 だって私の音楽は、まだ。

私は元北宇治高校吹奏楽部、サックスパート3年・斎藤葵。

そう、これは夢。現実じゃない。耳を貸すな。

 

『・・・そんなに現実に拘るなら思い出させてあげましょうか?あの一年前を』

 

見下す視線。

―――この部の秩序を乱しているのはあんた達だって事に、何で気付かないの?空気を読んでよ。

 

嘲笑う口。

―――全国にいけるって、まさか本気で思ってたの?

 

見上げる顔。

―――葵先輩。わたし達、この部を辞めます。わたし達に、居場所なんて最初から無かったんです。

 

お願いやめて!!!

 

『・・・貴女のせいじゃないわ』

 

この手で部を変えられてたら……!

 

『しょうがない。音楽性が違ってたんだ。

貴女をはじめ、可愛い後輩達はあの学校の吹奏楽部にゴミ扱いされ、音楽を捨てさせられた。私はそんなワルじゃない』

 

 悪魔の甘言に耳を貸した者がどうなったか。

ちょいと本やネットで調べれば、その末路がありありと書かれている。

 

『末路?終わりじゃない、始まりよ。貴女達の音楽が再生するだけ。

さぁ、私と一緒に、新しい音楽を創ろう。毎日が楽しいよぉ?』

 

 

決して終わらない貴女だけの音楽は、まだまだ続いていくんだよ?

 

 

「―――望みを言ってみて?後輩。何だってくれてあげる」

 

「葵先輩……。わたし、その計画に!」

 

 

 おいでよ。ここまでおいで?

人生は楽しまなくちゃ。だってまだまだこれからでしょう?

 

―――みんな、自分だけの夢を持つソリスト達だもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 北宇治高校図書室に監禁されていた人質が、吹奏楽部員に開放された。

その報告に【真紅のサキソフォン】のメンバー達は、浮き足立つ。

 

「アジズ…!!人質が開放って事は、私達はもうお終いって事?」

 

「いいえ。そんな事はありえないわ」

 

この鍛え上げた筋肉と、貴女達がいればまだ。

 

「この放送室が肝心要だもの。ここの爆破が完了すれば、大人達に我々の覚悟は十分に分かる筈よ。

その時再度、声明を出してダメ押しとするわ。…人質はあの子に任せておけば大丈夫だと思っていたけれど、残念ね」

 

 図書室の警備を任せていたサブリーダーは、私と同じく光に背を向けていた。

あの彼女が口を割るとは思えないが、念には念を入れようか。

 

「爆破を早めましょう。皆、急いで」

 

「…葵!!こんな事をして一体何になるっていうの!止めて、お願い!!!」

 

「晴香。目が覚めたのね?」

 

 吹奏楽部部長、3年・小笠原晴香。

いち早く我々の動きを察知し、計画を防ごうとした女性。

でも残念ね。貴女の努力は報われず、ここで大好きな楽器が壊れる様を見れるんだから。

 

「ねぇ晴香。頼り甲斐の無い部長・小笠原晴香?頼りになる副部長・田中あすかに、いつも劣等感を抱いてた晴香ちゃん?」

 

「……葵」

 

 嗤う私と、目を見開きながらこちらを見続ける部長。

 

「何で一年前、あんな事があった後にわざわざ部長になったの?誰でもよかったじゃない。

あの部を再生するなんて、率いるなんて他の人はおろか貴女には絶対無理なこと位分かってたでしょう?

まさか、滝先生が来る事を知ってたの?」

 

「………」

 

「ただの一生徒が知るわけ無いわよねぇ?貴女は偶々部長になって、ここまで来た。

偶々滝先生という敏腕教師が吹部に来て、府大会すら易々と突破させた。

全国大会だって夢じゃないと、あの頃をのうのうと生きた皆に抱かせた。

幸運ねぇ?部長?何もしていない無能の癖にね」

 

 貴女は特別でもなんでもない。

私と同じ、ただの凡人よ。

 

「先生が来る前のこの吹部の腕前を、忘れたとは言わせないわ。あの下手糞以下の演奏を」

 

「違う!皆自分なりに頑張ってた!!下手糞以下だなんて!」

 

「分かってないわね?下手糞と思うって事は、そいつは自分と同じ腕前だって事よ。

上手いと思ったらそいつは自分の三倍上手。あすかを見て?特別な人間が、下手糞だなんて思うわけ無いじゃない」

 

―――あの子、周りを歯牙にもかけていないじゃない?

 

「……、それは」

 

「一握りの特別はきっと分かってた。この部は踏み台、高校を卒業した後自分が飛躍する為の。

踏み台にしかならなかった、ハハ、このクソと同じ吹部を、部長になってまで何で守ろうとしたの?何も出来ないと分かってた癖に」

 

私達は、去年何も出来なかった同じ穴の狢よ。

 

「…一年前の吹部を、私は今も忘れた事なんて無いわ」

 

「可哀想に。罪悪感の塊ね」

 

「でもそれと同じくらい、今のこの吹部を想ってる。私は、吹奏楽が好きなだけよ」

 

「……――――」

 

「葵だって、そのはずでしょ?」

 

「……。いつの間にか、貴女も【特別】になったわけね。北宇治高校吹奏楽部・小笠原部長。

でも悪いけどその愛しの吹奏楽は、」

 

「―――ここで地獄に落ちる。とでも?」

 

 聞きなれた声。揺れるポニーテール。

振り返るとそこには白衣を着た人物と、床に押さえつけられている【真紅のサキソフォン】のメンバーが。

 

「中川さん、また会えたわね。いつの間に我が同志達を?」

 

「放送室の中で晴香部長といたのが間違いでしたね。この部屋の防音性、知ってましたか?」

 

「……ああ、成る程」

 

 一つしかない出入り口を閉じて、下らないおしゃべりをしていたのが間違いだったかな。

その隙に同志達は制圧されたようだ。でも、いくらなんでも早すぎる。

あれだけいた同志たちが、全員取り押さえられているはずが無い。

現に、中川さんは素早く出入り口を閉じた。

 

「フフ、私が気付かないとでも思ったの?中川さん。

貴女は僅か少人数でここに来た。少数精鋭といえば聞こえはいいけど、数の暴力の前では時間の問題よ。

 それにその白衣。塚本君を助ける保健委員のフリをして、皆の油断を誘おうとしたんでしょうけれど私は騙されないわ」

 

「…葵先輩、もう止めてください。今止めれば、貴女達に罪はありません」

 

「出来ない相談ね。今さらだわ」

 

 私は他人を拉致監禁して建物を爆破すると脅迫までした。

立派な犯罪だ。後には引けない、貫き通すしか道は無い。

 

「もうこんな悲しい事、しないで下さい…!楽器を壊すなんてそんな事!」

 

「……貴女は去年からそうだったわね。あのクズの先輩達を恐れて迎合していたけれど、楽器には真摯であり続けてた。

知ってるわよ?貴女があんな事を言った本当の理由」

 

―――性格ブス。

 

「あの史上最低の出来損ない共は傘木さん達だけじゃなく、楽器すらおざなりにした。

だからあんな事を言ったんでしょう?違う?」

 

「…私の事はどうでもいいじゃないですか。今すぐ楽器を返してください!」

 

「葵!」

 

「まあ待ちなさいな、中川さんに晴香。本当は分かってるんでしょう? 私達は仲間よ」

 

「仲間…?」

 

「そう。あの頃の吹部を辞めず、今まで部に所属してきた仲間。

罪悪感に種類はあるし、私はもう部を辞めたけれど、持っていた意地は同じだった。

去年辞めたあの子達の分まで頑張ろう。

あの子達と同じ徹を、新しく入ってくる後輩には絶対踏ませない。というね」

 

「だからってこんな馬鹿なマネをしていい訳が無い!」

 

「馬鹿なマネをしくちゃ吹部は変わらなかったのに?滝先生が来た時の混乱を思い出してみて?

ああでもしなきゃ、きっとこの部は変わらなかった。あの先生の事よ、全部見抜いてたに決まってる。

 私達がやるのはそれと同じ事よ。ただ規模が、部活から学校になるだけ。

学生とは、学校に生きていると書くのよ?生き辛い学校は変えなきゃ。私達生徒の手で」

 

「止めて下さい!!!」

 

 業を煮やしたのか、中川さんが私に突進してくる。

それを腹筋の力だけで跳ね返す。床に転ぶ中川さん。

 

「中川さん!」

 

「……私を怒らせないで?私を怒らせると、怖いよ?」

 

「なんて筋肉……」

 

 その通り。

今日まで休み無く鍛え上げた、練り上げ続けたこの肉体が私の唯一の自慢。

 

「私を倒したいならジョン・メイトリックスかイワン・ダンコ、ジョン・クルーガーかジャック・スレイターを呼んでくる事ね。ダッチでもいいわよ?」

 

「―――葵先輩。何でそこまで……」

 

「何で、ですって?」

 

「そこまで肉体を鍛え上げて恐ろしい計画を実行して、この学校と吹部に復讐しようとするなんて普通じゃありません!

何がそこまで先輩を駆り立てるんです?」

 

「…貴女には分からないでしょうね。過去を乗り越えようとしている【特別】な貴女には。そして晴香も」

 

 私は目を瞑り天井を仰ぐ。

この後輩と同輩は、前に進んでいる。去年から一歩も二歩も前へ。

誰よりも、上を目指して。それが私には【特別】以外の何に見えるというのか。

 

「私は、今まで自分を【特別】だと思ってた。同い年の本物に出会うまでね」

 

「あすかの事…?」

 

「私は自分を見つめなおした。そして気付いたの。私は本当は、ただの一般ピープルだってね。

だからこそ、私は【特別】になりたかった。吹奏楽の才能が無かった私は、後に残った勉強だけで【特別】になるしかなかった。

でも、勉強でも無理だった」

 

「才能が無いなんて、そんな事ない…!」

 

「葵先輩は、私たち後輩の面倒をいつも見てくれたじゃないですか!!」

 

 見下ろした先の視界には、必死な顔で下手な慰めを言う後輩と同輩の姿。

でもね?これは他ならぬ自分の事なの。自分が一番解かってるのよ。

 

「私は私にしか出来ないどでかい事をやって、せめていつか人生を振り返ってこう言いたいのよ。

どう?私やったわよ!私は!無鉄砲で野放図に生きたからこんな事やってやったぞって!!!」

 

私は【特別】でしょう?って誇りたいのよ。

 

「葵…」

 

「それがこの蜂起の真実よ。【真紅のサキソフォン】の子達は皆この意見に賛成してくれたわ。

私達は皆、【特別】を夢見るソリスト達だもの」

 

この気持ち、分かるでしょう?だから邪魔をしないでよ。

 

「―――ふざけないで下さい」

 

「…中川さん?」

 

「【特別】になる?こんな犯罪まがいの事をして?

この程度の事をやったぐらいで、【特別】になれると本気で思ってるんですか?全然、想像力が貧困ですよ」

 

「・・・何、ですって?」

 

膝に力を入れて立ち上がる後輩。

 

「私達は、そんなちっぽけな世界に生きてないんですよ。私達は吹奏楽部。

合奏という、大勢で奏でて合わせる事に命を賭けてるんです」

 

はっきりと、私に目を合わせてくる後輩。

 

「先輩は私を【特別】だと言いましたが、それは違います。私はただ無くしたくないモノに、自分を懸けているだけです。

そしてその思いは、多かれ少なかれ皆同じです」

 

しっかりとした足取りで、私に一歩近づく後輩。

 

「一年前、希美達が部を辞めて内心腐ってた私に貴女は言いました。―――頑張れ後輩。と」

 

「・・・・・」

 

「私にも後輩が出来るまで、その真実にはたどり着けませんでしたが、今の私なら分かります。

私達は頑張る事しかできないんですよ。例え傷ついて壊れそうな日でも、涙を流しそうな日でも!」

 

―――近づかないで。

 

「他人に迷惑をかけた位で、【特別】になんてなれる訳ない!何でこんな簡単な事に気付かないんですか!!!」

 

―――やめてよ。眩しい。

 

「日々を頑張る。生きていく。

誰より、上を目指すという気持ちを抱いて!貴女はずっとこの気持ちを持ってたんじゃないんですか?葵先輩!!!」

 

 

『―――ぶっ飛べ!!!』

 

『お前達は消去された』

 

『ここでいつも一緒にいるよりも、向こうにいて俺を信じて生きてくれ』

 

『オダチ チービア・ダスビダーニャ』

 

『人間が何故泣くか分かった……俺には涙を流せないが』

 

『俺たち移民の面汚しだ!』

 

『アアアアーーーーーーーーーー!!!』

 

『もう会う事は無いでしょう』

 

 

―――何故こんな時に映画の台詞を思い出す?

この台詞を言う人物に憧れてるから?

宇宙生物すら打ち倒す、無敵のあの人になりたかったから?

格好良く、生きていきたかったから?

 

『―――後輩の甘言に惑わされないで?ワタシと貴女は光に背を向けている。もう後戻りなんて出来ないのよ?』

 

 悪魔が優しく語りかける。

そうだ、そうだよ。私達はもう同じ穴の狢。後戻りなんて出来ない。

 

力強く扉が開く音。そして、手が掴まれて振り向かされる。

 

「葵ちゃん!今、戻ってきたよ!!!」

 

―――久美子ちゃんは昔からそうだ。掴んだ手は離さない。諦めない。

麻美子さんに、とても似てる。

 

『・・・望みをワタシに言ってみて?何だってくれてあげる。何を躊躇ってるの?』

 

『―――そうね、私の望みは一つだけだった。

今すぐアンタを……地獄に落とすことよ!』

 

 ぶん殴り消え去る悪魔。

その消える悪魔は、何故か綺麗な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 音楽が響く。

金管・木管・弦楽器、低音・高音・パーカッション。

それはまるで黄昏時の終わりを告げ、夜の訪れを知らせる合図。

 昼間にしか動けないモノがいるように、夜間にしか動けないモノもいる。

そのモノ達の鼓動を教える、生きている証である血潮を伝える。

さあ、私達の時間はこれからさ。

 

 じきに夜中が訪れる。0時を過ぎ、1時を過ぎ、草木も眠る丑三つ時。

何もかもが眠り、夜空には三日月が太陽に照らされ煌々と映えわたる。

家に帰ったらひたすら眠るだけ。自分は今日に至るまで、ここまでやってやった。

自分が一体どれだけやったか、空に映ってる月に誇ってやろう。

 空に浮かぶ月は、そんな自分の頭と頬を優しく撫でてくれる。

君の為だけに、この空と三日月はある。月の兎も女神も、今は君だけを見ている。

だから安心して、ゆっくりと今夜はお休みなさい。月の加護は、等しくあなたに降り注がれる。

 

 目覚めた時は、夜が白み始めてきている彼は誰時。

脈打つ心臓は身体の覚醒を告げ、南の空には寝る前に見上げたあの三日月が。

これは昨夜の続き?いやいや、今日の始まりを告げる合図だろう。

 今日のお前さんの頑張りは、これから始まるんだぜ?

いやに男前になったお月様。でもその激励が、やけに嬉しい自分がいる。

三日月だって、一夜中自分を照らし続けて目覚める自分を待っていてくれた。

 今度は自分が、それに応えて舞う番だ。

昼の月になって見えずとも、どうか私を見ていて欲しい。

 

 では、また今夜に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「吹奏楽って、本当に良いものね」

 

 音楽は、常に私達の傍らにある。

私は関西大会に出場した北宇治高校の演奏を聞き、辛抱堪らず拍手の雨を降らせる。

全国クラスになれば、これを易々と超えてくる合奏がごろごろ出るが、私の人生で今最高だと思えるのはこの合奏だけ。

 

「すごく良かったよ、皆」

 

 そして私は席を立つ。 

結果は聞かない、聞くまでも無い。きっと、彼女達なら大丈夫だ。

 

「頑張れ皆。 信じてるよ、ドリームソリスター」

 

 自宅からテナーサックスを取ってこないと。

足取りは軽く、空気は美味しい。身体に気力がグングン湧き出てくる。

 一度止まった私の音楽は、新しく始まっているのだった。

 

 

 

 


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