懐かしい景色、初めて見る景色、そんな景色を車窓から眺めながら隣にいる母さんに
「もう身体は大丈夫なの?」
と運転席に座る母さんに聞く。
「もちろん!もうバッチリだよ!」
「そっか」
よかった。
「ふふっ、星詠が頑張って私の医療費を稼いでくれたんだもんね。」
「怒ってる?僕のこと嫌いになった?」
「まさか、全部私のためにしてくれたことでしょう?貯めたお金を使ってフランスに行って、演奏家としても指揮者としても成功して私の医療費を全額負担しちゃうんだもん。あなたは私の自慢の息子よ。それにそれを聞きたいのは私の方だよ。あなたには辛い思いをさせた。一緒にいることもできなかった。甘えることすら満足にさせてあげられなかった。こんなダメダメなお母さんは嫌い?」
その一言一言を口にするたびに母さんの目は潤んでいく、声がだんだん涙声になっていく。
「そんなことない!僕がこうして音楽と出会えたのは母さんのおかげだよ!母さんがあの曲をいつも聞かせてくれてなかったら僕は、今の僕はなかった!母さんがいたから今の僕があるんだ!」
「ありがとう星詠。私あなたのお母さんになれてよかった。」
「僕も、僕もお母さんの子どもになれてよかった。」
そしてお互い笑い合いながら家までの道のりを過ごした。
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京都府立北宇治高校では、吹奏楽部員楽器を校舎内に運び入れていた。
そんな中、職員室では先生二人が話していた。
「伸びしろはあったと」
「まだまだ、課題だらけですけどね。」
「話が変わるのですが、滝先生は夜月というお名前をご存知ですか?」
知らないですね。
「夜月ですか?はて、私は知りませんがその子がどうかしたんですか?」
「そうですか。なら星詠というお名前はご存知ですか?」
星・詠
『お兄さんたちは、なんのために音楽をするの?夢だから?それとも‥』
頭を過る少年の言葉いつ会ってどこで会ったかもよく覚えてないはずなのに、言葉は覚えている。けれど、
「いえ、私はその名前も知りません」
「そうですか。「先生!」?どうしたお前たち?」
「相談があって」
あの違和感は一体、
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「ここが北宇治高校か。」
その頃星詠は北宇治高校の正門の前にいた。
小高い山の上にある校舎は白くこの前まで通っていたフランス式の校舎とは違い、日本式の校舎だ。ここでまた改めて日本に帰ってきたんだと自覚する。
「それじゃあ、先に家に帰ってるからね。」
母さんの声で振り向き、頷く。
「相変わらず、探検するのが好きね。帰りは気いつけてね!」
「うん。また後で」
母さんが車を発進させ家へと向かった。
「そういえば、帰りはどうしよう?」
そこでふと自分が日本円を持っていないことを思い出す。携帯は解約したから持っていない。
「まぁ、なんとかなるかな?」
そう言って僕は校舎に歩み寄る。
すると、メロディが耳に入った。
「この曲は、確か、『学園天国』だったかな。」
個人的にはあまり好きな曲ではないけれど、
これを演奏している子たちの心からのエールは聞いていてとても気持ちのいいものだ。
しかし、さぞ、悔しかったであろうに。
けれど、そのエールにもそれ相応の悔しさ、悲しさ、もどかしさが伝わってくる。
僕も久しぶりに吹きたくなった。
僕は手荷物の漆黒のケースを開ける。そこには新品と見間違うほどに輝くフルートと表面にフランス語が彫られた白い指揮棒が顔を見せた。
僕はフルートを手に取り、
「そーだな。勝利を手にした彼らに相応しい曲は、アレかな。」
僕は構え、フルートに息を吹き込んだ。
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夏紀先輩と葉月ちゃんたちサポートメンバーの『学園天国』を聴き終えこれから解散という時にどこからかフルートの音色が聴こえた。
「あれ?誰だろう?」
みんなも気づいたのか。
周りを見ても誰一人としてフルートを吹いていない。
「これは、『凱旋行進曲』。それにこの音色はまさか!」
と滝先生が音楽室を急いで出て行った。
私たちもその後を追いかける。
階段を降り、入口を抜けるとそこには、
滝先生と一人の少年が向かい合っていた。
少年の手にはフルートが握られていた。
「松本先生の言っていた星詠とはあなたのことだったんですね。
La nuit étoilée 」
「その名前をこの国で聞くとは思いませんでした。その名前を知るのはまだまだ一握り程度の人たちだけです。
Bonjour Le frère aîné . Il a été si longtemps . 」