深海提督が着任しました。   作:蒼樹物書

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【3】

青白い朧な光が照らす私の居室。

黴の匂いの不快さを物ともせず、ベッドのシーツに顔を押し付け嗚咽する。

 

「うっ、ぇッ……がっ……!」

 

もう吐き出すモノは体内に存在しない。

それでも込み上げ続ける吐き気。もっと吐き続ければ自身への嫌悪感、憎悪を吐き出せるかもしれないのに。

 

――沈めて、しまった。

 

海上を進んでいた『彼女達』六つの内一つ、彼女を。

美しい白銀の髪、紅白の和服。弓の艤装を手にしていた彼女は空母型だったのだろう。

唯一編成されていた空母型、先制を許されるなら狙い打つべきは彼女であると私は言ってしまった。

ただ愚直に海上の不純物を沈めようとする奴ら、深海棲艦に優先撃破すべき対象を。

自身の命惜しさに指し示してしまった。差し出してしまった。

 

彼女は、私の最初の生贄だ。

本来であれば猪突の如く優先撃破目標を持たず接敵し、簡単に艦娘達が殲滅できたはずの深海棲艦の水雷戦隊。

大量の情報で得られた艦娘達の編成、手持ち戦力の配置。

導き出した最適な攻撃方法。敵、深海棲艦を討ち滅ぼす為に教えられ、学んだ手法。

それらを用いた私の初めての実戦、それは真逆の立場で行われ。

勝利してしまった。彼女達を敗北させてしまった。

 

ただ、自身が生きていたいというそれだけの為に。

 

何が海軍軍人の誇りだ。何が敵に利されるくらいなら死を選ぶというのだ。

生を、『彼』と再会したいという己の私欲でそんな美句麗句は黒く塗り潰された。

何て浅ましい。何て醜い。

私は、私の為だけに人類の希望、艦娘を轟沈させた。

直接手をかけたのが深海棲艦であってもそれを指揮したのは、私だ。

消えることのない罪が私を食い千切る。

 

艦娘の死。それは未だ確認されていなかった。

食事も睡眠もあらずとも艤装に油を、弾薬を供給すれば動き、戦い続けることが出来る艦娘という存在。

敵の攻撃に因って損害を受けたならばすぐに後方へ下げられ守り続けていた、希少な存在。

その限界については研究の途中であるが、限界を超えたその時が何処なのかは不明だった。

なのに、限界を超えさせ沈めてしまった。私は、人類全ての敵となった。

未だ不足する人類の希望である艦娘、それも数少ない空母型の轟沈。

それを成してしまったのは人類、それも、私。

世界全てが私を非難している。死んで詫びろ、それでも足りないと叫び続けている。

 

「ッ、あ、あぁぁあ……ッ!」

 

慟哭する。許されない罪に許しを乞う。

 

「ヲ」

 

憎い。

こんな時にも前と同じく間抜けた声で重い扉を空ける空母ヲ級に心の中で八つ当たりする。

今回も食事の時間に遠い。

また、私に何かさせるのか。また、私に艦娘を轟沈させようとしているのか。

もうこれ以上。耐えられない。耐えたくない。

今度こそ死を渇望する。抵抗すれば、奴の首に手をかければ。

楽に、させてくれるだろうか。

 

「……テートク?」

 

空母ヲ級の傍らに居る彼女。

白い髪。白い顔。黒い服。

生まれたばかりのようなあどけなさで私に問いかける彼女。

矢矧と秋月。私の知らないその名に後を頼み沈んでいった空母型。

私の被害者である空母とどこか、似ている彼女が首をかしげながら問いかけた。

 

「貴女は……」

「空母、水鬼? ズイカク、の……?」

 

嗚呼。

彼女は。

生まれたばかり。沈んだばかりの、彼女。

深海棲艦……奴らの中で最近確認された一部は。

祖国の艦船に由来する物であるという

 

――沈んだばかり、生まれたばかりの彼女は。

 

祖国の艦船に由来する艦娘、銀髪の空母型、翔鶴型一番艦翔鶴は。

沈んで、艦娘から深海棲艦に成った。成ってしまった。

確信めいた直感に凍りつく。

 

艦娘が人類の手元に在るようになるには二つの方法がある。

まず、建造。

鎮守府の工廠と呼ばれる施設内で、いくつかの資材と妖精さん、そして艦娘の協力で成されるそれによって生まれる。

その詳細については提督、そしてそれに成ったばかりの私には伏せられてはいるが。

そしてもう一つ。

深海棲艦との戦闘後つまり奴らを沈めた後、確実ではないが稀に海中から浮かび上がってきたかの様に現れる場合。

どこから。否、何から。

未だ人知の及ばぬ法則に在る艦娘という存在。

何処から始まるのか。何処で終わって、如何なるのか。

その一端に、今私は触れていると感じる。

憶測と斬り捨てることもできはずなのに。

だが目の前にある彼女、空母水鬼の存在は私が沈めた彼女であると私の直感に訴え続けている。

同じ者だ。同じだった者だ。

ならば。

私が、固執していたことは。提督と艦娘が戦っている相手は。

渦巻く思考、私の立つべき根拠が荒い狂う。

 

「テートクっ」

 

艦娘、翔鶴だった彼女が。深海棲艦、空母水鬼になってしまった彼女が抱きついくる。

生まれたての無垢さ。対して成熟した女性らしい身体で、膝をつきながら私の胸に頭を押し付けるように甘えてくる。

彼女は、私を提督として認識しているようだ。私の白の軍服がそうさせるのか。

認識能力というより記憶が欠損しているのだろうか。

わからない。あくまで私の直感に因る部分が多い推察、憶測でしかない。

だが。

彼女、翔鶴が所属していた鎮守府は。

この艦娘の本来の提督は。

 

――呉鎮守府、有馬望少佐。

 

他の誰のでもない、私が密かに恋慕の情を重ね続けている、彼だ。

 

「うっ、ぁ……」

 

また吐き気が込み上げる。自身への嫌悪感に身が震える。

艦娘という人類の希望を沈めた罪を犯すだけに飽き足らず。

彼に最初の轟沈者を出させるという罪まで背負わせた。

優しい彼がそれをどう受け止めるか想像に難くない。

私の恋は、今ここに。

完膚なきまでに。

終わってしまった。

 

「あ、は……」

「テートク……?」

 

笑える。笑ってしまう。

こんな時にも自分のことか。あぁ、おぞましい程の傲慢さだ。死ね、死んでしまえよ。

私のそんな様子に、あどけない表情で不思議そうにその琥珀と朱が混ざった目を見詰める空母水鬼。

やめて。私の犯した大罪を、見せ付けないで。

彼女さえ、こいつさえいなければ。

無条件で提督、私に甘える生まれたばかりの赤ん坊。

違う、責任転嫁もいい所だ。でも、そうでもしないと気が狂いそうだ。

私の両手は彼女の細く白い首にかけられそうになって――。

 

「あら、仲良しさんねぇ」

 

ウィルクスの来室で止められる。

何が可笑しい。その顔には何時ものにやついた笑みが浮かんでいる。あぁ、可笑しいのだろう、私の無様を嗤っているのだ。

あえてヲ級と空母水鬼を先に遣り、事実を知った私が苦しむのをどこかで覗いていたのだ。なんて、悪趣味な。

 

「その娘、ムツミにあげるわぁ。初の戦果、そのお祝いよ」

「……貰っても、困ります」

 

戦果、か。正しくそうだろう。

私が指揮し、深海棲艦が初めて沈めた艦娘。彼女達、深海棲艦からすれば大戦果と言える。

その結果得られた新たなる鬼級の深海棲艦を、与えるという。その意図は明白だ。

続けろ。

そう言っているのだ、ウィルクスは。もっと戦果を。もっと艦娘達を沈めろと。

もう後戻りはできない。もう、還れない。いくら深海棲艦の情報を持ち帰ろうが、去り際にここの拠点の奴らを皆殺しにしようが。

彼は、私を赦しはしないだろう。

 

「私がムツミに与え得る戦力は少ないわ。姫や鬼は癖の多いばかりだから、言うことを聞かせることが難しいでしょうし」

 

私達のボス、オアフには内密に事を進める必要があるから。

どうやら、連中も一枚岩ではないらしい。ウィルクスは私に戦果を上げさせて何を望むのだろうか。

にやにや笑いの裏を探ることは難しい。だが、断ればこの身の終わりが確定する。

それを知っていて、私が指揮を執ることになるのを避けれないことを知っていて、こいつは話を進めている。この性悪が。

 

――どうせ、もう還れない。

 

「上手く使って頂戴」

「……条件が、あります」

 

私からの提言に、ウィルクスが目を見開く。

 

――どうせ、人類の敵となるのであれば。

 

「海を、再び『私達』の物にした、その暁には」

 

――海を支配し、人類に、祖国に再び困窮と緩やかな滅びを与えることになるのなら。

 

「もう一人、攫って来て欲しい人がいます」

 

――たった一人、その中から奪おう。救おう。

 

ウィルクスの口端が釣り上がる。歓喜に打ち震えている。

獲物は彼女の手中で、見事に堕ちた。だが、彼女の思惑などもう知ったことではない。

 

「交渉成立よ……これからよろしくね、テイトク」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             『深海提督ガ着任シマシタ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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