インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
今話の視点は前半キリト、後半フィリア。電姉がガチ目に戦うヨ!
文字数は約二万。
ではどうぞ。
《聖剣を望む待機所》という名称を付けられていて、フィリアやレインから回廊神殿と呼ばれるこの場所で唯一マッピングされていない場所を探索するため、俺はそこに発生していたホロウミッションの討伐対象である騎士型Mobを合計八体を一人で相手取り、尚優勢だった。
炎のチャクラムの力を強くイメージして床全体を火の海に変えて地に足を付けている相手に継続ダメージを与えるという実験は成功。加えて細剣や槍といった属性そのものを司る武器を出していなくても普段の二剣で出せるかという実験も全て成功。流石にユイ姉とフィリアという味方を巻き込みかねないので大規模とはいかなかったが、しかし小回りが利く程度には白との鍛練で培った《ⅩⅢ》の戦い方は結構反映出来たと思う。
問題は俺の脳がそれら全てのイメージを詳細且つ鮮明に浮かび上がらせ、戦闘中維持し続けられるか。こればかりは長い時間を掛けて馴れて行かざるを得ない。この世界での経験がリアルでISを展開した時にも通ずるのであれば努力しない筈も無いし、生きる為にはそうせざるを得ないのだから。
「これで、最後ッ!」
最後の一体となった白銀色の甲冑の見た目をしている騎士型Mobに雷を纏った斬撃を見舞い、感電ダメージで追撃してHPを吹っ飛ばす。
本来この世界での属性攻撃はモンスターがしてくるもので、その中でも雷は麻痺をほぼ必中で発生させる厄介な属性。それを使うなら俺も敵を麻痺させられるという事になるが、生憎と不死系のモンスターの大半は状態異常全般無効化が基本なので、麻痺はしなかった。麻痺したとしても、即座に全損していただろうから意味無いけど。
それでも全身鎧という金属系の特徴のためか、水に濡らした後で凍らせると身動きが簡単に取れなくなる現象が発生していた。
更にそこに炎をぶつけると、左手に持っていた盾が割れたり、相手の剣の刃がボロボロになったりと部位破壊を勝手に引き起こす。ダメージは勿論氷や炎の分だけ発生しているが、部位破壊に至るにはどう考えても少なかった。どうもこの辺もシステムは再現しているらしい。
……今後《攻略組》がこんな相手と戦う事があったら注意を喚起しておかないと、と心に留めておく。一先ずアルゴに今度話しておく事にした。
「ふぅ……まだまだ奥が深いな……」
奥が深い、という言葉は《ⅩⅢ》にある無限の可能性でもあり、それを再現し且つ現実の物理法則や化学反応を忠実に再現している【カーディナル・システム】へ向けたものだ。雷属性で麻痺は安直ですぐ分かるが、冷やしてから急激に熱した時特有の金属の脆さまで再現しているとは思わなかった。
白との鍛練は《ⅩⅢ》の使い方を広めるためのものだが、こちらではどのように反映されるか、ダメージがどれくらい出るか分かっていないため、これからも積極的に圏外に出て実験する必要がありそうだった。
取り敢えず今後もちまちまと小回りや応用の利く小技を作っていって、幾つか大技を作る方針で行こうと思う。
流石に登録した武器を延々と虚空に呼び出して射出するだけのは無駄が多過ぎる。ホロウの時にして見せたように相手の武器を奪うポテンシャル持ちがいたら、すぐに戻せるとしても厄介だ。それに剣の雨は結構集中力を要する、ぶっちゃけ火の海やさっきの小技の方が使い勝手がいい。扇状に雷や炎を放つだけでも遠距離攻撃手段に乏しいSAOではかなりの脅威となり得るし、雷は相手を麻痺に、炎は火傷という毒とは別の継続ダメージが発生する状態異常を掛けるので結構有用だ。
そう思考しながら全ての敵を倒した事を確認し、敵影も見当たらないので構えを解いて一息入れる。同時に床全体を埋め尽くしていた焦土も消し去り、体感的な室温が下がった。
視界には敵Mobを倒した際に必ず出るリザルトと、ホロウミッションをクリアした際に出るらしい少し要素が異なるリザルト画面が出ている。
通常のリザルト画面には討伐したMobの名称とレベル、取得経験値とコル、そしてドロップアイテムが記載されている。相手が複数だとしても必ず出現するこれは恐らくレベリングやコル集め、目的のアイテム収取に役立てる為のものとして細かく分けているのだろう。個人的にはとても助かっている。
ちなみにモンスター図鑑などがシステム側で用意されていれば非常に楽なのだが、生憎と運営が今後追加する予定だったのかそれは用意されていないので、全て情報屋が実地で地道に確かめている。迷宮区に出る個体なら俺が基本的に情報提供しているが、そこから外れたダンジョン特有のMobやイベントボスが偶にいるのでそちらは軍のシンカーやそれに挑戦した者達が情報提供するのが常だ。
その基本的なリザルトとは別に表示されている方には、挑戦していたホロウミッションの名称と目的、クリア条件、掛かった時間、報酬が表示されていた。
なので今回の場合は名称に《選定の騎士達》、クリア条件に先ほど倒した騎士二種類の名称と数が表示されている。掛かった時間は四十五秒、報酬は『ホロウポイント』とあった。
ホロウポイントというものは、ユイ姉から事前に聞いていた。ホロウミッションについて今朝の食事中にユウキが尋ね、それに対する答えの一つに含まれていたからだ。厳密に言うなら補足という感じだったが。
――――ホロウミッションとは、大別して二種類存在している。
一つ目は《グランド・ホロウミッション》。
SAO《アインクラッド》側で言うところの階層攻略に当たるこれは、各エリアのボスを倒していく事で内容が進むらしい。詳細は不明なものの『エリアボスを倒す』と『次のエリアへの道の解放』が含まれているため、《ホロウ・エリア》での探索範囲を広げるならこれに関わらざるを得ないと言われた。
二つ目に《フラグメント・ホロウミッション》。
こちらは『欠片』や『断片』という英単語が入っているように、一つ一つの意味は然して大きくない、むしろ《ホロウ・エリア》での試験データ採取の為に実装されている一つと考えてもいいクエストのようなものだという。勿論出現するモンスターの方は【カーディナル・システム】が自動生成しているため、アップデートで《アインクラッド》に反映される予定のものなので、それだけでは無いらしいが。
《ホロウ・エリア》での試験データ、つまりアップデートされる内容は《実装エレメント調査項目》という形で纏められており、それらを《フラグメント・ホロウミッション》にて試験。定められた課題を満たす事でアップデートは可能になるという仕組みらしい。
『ホロウポイント』と呼ばれるものは、ここで関わってきた。
【カーディナル・システム】にどういう意図があるかは分からないが、実装内容の課題を満たして実際に反映する際には、手数料とも言うべきものが必要になる。その手数料が各ホロウミッションの成功報酬として配布されるホロウポイントなのだ。
強力且つ大きな実装内容や反映ともなればなるにつれてそのホロウポイントの必要量は莫大なものとなる。
なので根幹となる【カーディナル・システム】の方に問題があるせいで引き起こされているシステム障害を直せないという状況が大前提であるにせよ、ユイ姉が俺のステータスをデバックで戻せたのに《アインクラッド》で発生しているシステム障害のデバック作業が進んでいない原因の一つはこれだった。つまりホロウポイントが不足しているのである。
たとえポイントを注ぎ込んでアップデートしても根幹となるシステムの方に異常があるのだから正直正常になるかは分からない。それでもパッチを当てるつもりなら出来るだけホロウミッションは達成していって欲しいと、ユイ姉に頼まれた。ユイ姉はあくまで《ホロウ・エリア》に召喚されたスタッフNPCなためか、戦闘参加は出来るようになってもプレイヤーと同じようにクエストやミッションを受ける事は不可能らしい。
複数の紋様持ちが揃っていても、ポイントを注ぎ込むのは常に一人でなければアップデートは実行されない。宿屋のようにパーティー人数での割り勘が出来ないのだ。
そのため誰か一人がホロウミッションを大量にクリアする必要がある。
であるならば、高難易度ミッションも単独でクリア出来る可能性がある俺がしていった方がアップデートはしやすいだろうと考えていた。
《実装エレメント調査項目》には少し興味のある装備が幾つか見られたので、そちらの試験と実装も視野に入れつつ、《アインクラッド》に発生したシステム障害に対応したパッチをアップデートするつもりだ。
気になるのは、そのパッチを当てて仮にシステム障害が直った場合、それで開いたと言っても良い《ホロウ・エリア》から戻れるのかという事だが……
――――まぁ、それについては後々考えれば良いだろう。今考えてもあまり意味を為さない事だ。
そう、少しの懸念を横に置く。それが問題になるのはもっと先の話、今はまだ樹海エリアでの手掛かりすら見つかっていないのだから捕らぬ狸の皮算用どころではない。目の前に獲物すら見えないのだから。
「キー、お疲れ様です」
「お疲れ、キリト」
思考に耽っていると、何時の間にか回廊から部屋の中に入って来ていたユイ姉とフィリアが労いの言葉を口にしながら、笑い掛けて来た。
俺は自分よりも背の高い二人の労いに対し、笑みを向けて応える――――ところで、今し方消したリザルト画面二枚と選択していた調査項目の結果画面一枚と入れ替わる様に、軽快な効果音と共に別のウィンドウが表示される。
それは、新たなフラグメント・ホロウミッションが発生した事を示すものだった。
ギョッとして、驚く二人に言葉を返す事もせず慌ててそのウィンドウに目を向ける。
そこには《グランド・ホロウミッション》と記されていた。
「な……グランド……?!」
先の《フラグメント・ホロウミッション》がキーだったのかは分からないが、どうやらこの樹海エリアでの探索を進めるカギとなるものに当たったらしい事は分かり、更に驚きを見せる二人に見えるようにしながら、戦闘に関する内容にだけ頭に叩き込む。ストーリーが入った概要は流し見したが、先ほどと変わらないのでスルーする。
名称《叛逆の騎士》。推奨レベルは130。目的のところには討伐対象らしい《Liberian knight》という名称が表記されている。直訳すると《叛逆の騎士》。
ストーリー的にさっきの騎士達はこの騎士の叛逆を止めようとして、しかし止められず国は滅び、その無念が鎧に宿って代わりに討ってくれる者を探していたという感じだろう。そして見事勝利し認められたから、ストーリーが進んでボスであるこの騎士を倒せという流れになったのか。
そう思考していると、一緒にミッションのウィンドウを見ていたユイ姉が、何か気付いたような表情で顔を上げ、どこかを見た。
それに気付いて視線を辿れば、入って来た扉とは反対方向に当たる方に奥へ進む通路があって、その通路の入り口を塞ぐように一つの人影が現れる。
一瞬経って現れたのは騎士。銀色に薄い黄色が上塗りされた攻撃的な甲冑と兜をしていて、右手には分厚い両手剣が握られている。赤い柄に同色の線が走る銀色の長剣は力無く垂らされていたが、こちらを見咎めると同時に両手で剣を持ち、正眼に構えた。
その騎士の頭上にある名称はウィンドウで確認したものと同一、HPゲージは二本。定冠詞が無かった事とHPゲージが三本未満である事からもネームドモンスターだ。
ユイ姉はモンスターがポップする前兆特有の光や微細な音、空気の変わり方に一早く気付いたらしい。俺もそれに馴れているが考え事をして反応を逃したようだ。流石に気を抜き過ぎたかと反省するも、今はその時ではないなと頭を振って思考を目の前への対処の為に回し始める。
「キー、ここは私に任せて頂けませんか」
腕を程よく脱力させて両手に握っている剣を下げたまま騎士のアクションを警戒していると、徐にユイ姉がそう提案して来た。
右手には先ほどまで振るっていた俺が樹海で採集した鉱石から鍛えた武器の一つである細剣に代わり、細身の白銀色の片手剣が握られている。レベルやスキル値はおろかレベルアップ時のボーナスポイントの振り方も同一なのでステータスのタイプは見た目に反して俺と同じパワー型。レベルの高さ故にスピードもかなりのものだが、傾向としては敏捷値が高い程にダメージも多くなる細剣や短剣に較べ、片手剣や両手剣といった筋力値頼りのものの方が効率は良い。
ちなみにユイ姉の希望もあってあの白銀の片手剣はスピード寄りのステータスにし、強化は耐久値減耗を防ぐ頑丈やクリティカルダメージ量を底上げする鋭さに振っているので、パワービルドの手数重視の片手剣使いという感じにユイ姉は収まっている。ステータスは俺のようにパワータイプだが、そのスタンスや装備面はスピードタイプのユウキに近しいものがある感じだ。
なので今日の昼か夜、ユウキに頼んで鍛練の一環で模擬戦をしてもらうつもりだった。午前中だけでも初心者同然だったユイ姉は上級者を名乗れる程度まで一気に成長し、今はもう技術の面で鍛える段階にまで進んでいる。スキル値や装備の方を気にしなくていい分、その成長速度は半端では無いようだった。
逆に言うと今のユイ姉を一人で戦わせるには不安があるのだ。
俺のモニタリングをしていたなら一人でボスと戦う場面も見ただろうし、地下迷宮の時には目の前で見ている、更には装備やステータスも一緒になっているからちょっとやそっとでは倒れない。
しかし経験がどうしても足りていない。幾ら死んでも復活するとは言え、目の前で死なれるのは寝覚めが悪い。
何より個人的に凄く嫌だった。
――――とは言え、ユイ姉が引き下がるとも思えないし……
これでユイ姉は結構頑固で意地っ張りなところがある。大半がこちらを想っての事だから跳ね除けられないものばかりで、多分今回もその一つなのだと思う。俺にばかり負担を掛けるのは嫌だとか、そういったところだと思う。
それに、恐らくだが、ユイ姉は多分ここで実力を付けたいのだと思う。俺との模擬戦という鍛練も強くなるには必要だし間違いはないだろうが、やはり自分でモンスターを倒したという事実があった方が自信は付く。そうやって積み重ねていく事で自分への自信を確固たるものにし、剣士とじての自分を確立していくのだ。
さっきまではずっと俺が補助に回っていて、ユウキ達も率先して動いていた。何よりメインはリー姉達のレベリングだったから碌に立ち回れていない。つまり強くなったという実感がまだ湧いていない。
だから少し焦っているのかもしれない。
「……分かった」
「キリト? いいの?」
その焦りを俺はよく理解出来る。出来るからこそ、今回は一旦手を出さない事にした。その意志を態度としても示すように両手に握っていた二振りの愛剣を光へと変えて消す。
それにフィリアが良いのかと問うてくる。多分俺の性格を考えてユイ姉を危険な目に遭わせないよう下がらせると考えていたのだろう。
不思議そうに見て来るフィリアに手ぶりで一緒に下がって部屋の入口近くまで――ユイ姉との距離およそ15メートル――距離を取った後、何時でも介入は出来るようにする弓を左手に持つ。ただし矢を番えはしないし、構えもしない。
俺は胸中に湧き上がる少しの不安を抑え付けて、口を開く。
「ユイ姉、今回俺は本格的に危なくなるまで決して手を出さない」
「……」
それは、きっと今までの俺なら口にしなかっただろう言葉。不安で不安で仕方なくて、仮にするにしてももっとユイ姉と鍛練を繰り返して確信を抱いてからで、今みたいに負ける可能性もそれなりにあるのに一人で戦おうとするのを止めないなんて事はしなかったに違いない。
でも、それは不安から逃げると同義で、ユイ姉の実力を信じていないのと同じ。
勝てない可能性はある。でも、負けない可能性だってある。短い間ではあるが実際に戦闘は経験しているし、長らく俺の戦いを見て来て、そして俺自身が実際に鍛練を施した事で、ユイ姉は既に上級者に足を踏み込んでいる事を理解している。
危なくなれば入れば良いだけの事で、それは俺が気を抜かなければ問題無い。今のユイ姉が一人でどこまで出来るのかを把握する良い機会だと思えば存外悪くもない。本格的に頼らなければならない時にユイ姉の実力以上の事を求めてしまう場合に較べれば遥かにマシだ。
俺が一人で戦おうとするのは、さっきみたいな実験を除けば、きっと皆が負けて死ぬ可能性と恐怖を否定出来ないでいるから。言い方を変えれば俺は皆の実力を信じていないとも言える。
頼ってと言われた。信じてと言われた。
その願いに応える為にも、そして皆の想いを無碍にしない為にも、せめてこれくらいは出来るようにならなければと思う。仮にユイ姉がここで負けたなら、一先ずこのボスを倒せるくらいの技術を付ける事を目標に鍛練を付ければ良い、むしろ明確に壁と超えるべき目標が見えるのだから喜ばしい事だ。敗北や失敗は糧となる、そこで終わらせない為に一緒に戦う人が居る。
――――敗北を恐れるな。
――――敗北から学ぶ事もある。敗北は必要なのだ、常勝は傲りを生み、敗北への恐怖から狂い始める。
――――恐れるなら死、そしてその死を覆す為に奮起するべきだ。
「今まで俺の戦いを見て、そして俺との鍛練で学び取ったユイ姉の力、ここで見せてくれ」
賽は投げられた。
義理の姉が一人で戦うと言い、俺はそれを承諾した。殺されそうになるギリギリの瞬間に割り込む気ではいるが、万が一という事もある、それでも俺はその死の可能性を理解した上でユイ姉を送り出した。
僅かに胸の奥がズキリと疼いて、眉根を寄せる。こんな感触を今までユウキ達に感じさせていたのかと思うと少し申し訳なく思った。
「――――」
何とも言えない疼痛を覚えている俺の視線の先に立つユイ姉は、右手に白銀の片手剣を下げたまま、肩をほんの僅かに揺らす。それはどこか、歓喜に震え、笑っているようにも見えた。
その様子を見守っていると、白銀の剣を握るユイ姉の手に力が籠められ、全身が僅かに緊張した。
それを見た直後に黒尽くめの女剣士は強く地を蹴り、赤の紋様が特徴的な両手剣を正眼に構えて立ちはだかる騎士に向かって突貫していった。
***
紅い残光を引く刃と銀色の輝きを見せる刃が閃き、幾度となく交わる。交わる度に散る火花によって照らされる薄暗い部屋では義弟と同じように黒尽くめの衣装を身に纏う大人の姿のユイちゃんと刺々しい甲冑と紅い紋様と装飾が為された両手剣を持つ騎士とが立ち位置を変えながら激しく斬り結んでいた。
かれこれもう五分ほど斬り結んでいるが、未だに決着が着かず膠着状態に陥っている。
ユイちゃんは《ⅩⅢ》を所持しているが、その特性をあまり使おうとしない。あわや斬り捨てられるというギリギリのタイミングで使って騎士に回避行動を取らせて窮地を脱するか、あるいは距離を詰めて来る騎士への牽制として放って行動を制限する程度。キリトのように積極的に攻撃には使わず、どちらかと言えば搦め手として運用していた。下手に武器を召喚して攻撃する方に気を向けると一気に押し切られない状態なのか、それとも性格的にそうなっているかはわたしには分からない。
キリトとユウキのデュエルを間近で見たり地下迷宮で共闘したわたしからすると、彼女の戦い方は二人のそれよりも防御重視だった。
キリトは攻撃が防御と言わんばかりの凄まじい勢いを見せ、回避行動で被弾を避けるスタイルを築いている。相手の攻撃を弾いて逸らすパリィ行動はそもそも取らない主義なのだ。パリィをしなければならないという事は恐らく実力が拮抗している証か、あるいは二刀という手数の有利を使わなければならないという事なのだろう。回避すればソードスキルを使えるが、パリィだと使い辛いというような感じだから彼は二刀スキルを使う為に回避重視なのだと思う。
反面ユウキは攻撃と防御行動をバランスよく切り替えるスタイルだった。スピードに重きを置いた手数重視の盾無し片手剣使いだからか彼女はパリィ行動を取っても別の行動をすぐに起こせるようで、キリトのようなアタッカーの割には前線を支える為なのかパリィで即席タンクもこなして見せる。恐らくメンバーが少ない《スリーピング・ナイツ》でサチと共に前線を支える役割を担っているからだろう。
そしてキリトから戦い方を教わったユイちゃんは、攻撃よりも防御行動の方を重視している戦い方を見せていた。
と言うよりは戦闘AIの騎士と較べ彼女の攻撃はとても読まれやすく真っ直ぐ過ぎて、反撃されやすいから防御行動の回数が多くなっているだけかもしれない。
五分掛けて減らしたのは、NMの二本ある内の一本目のゲージを七割分程度。あと丸々一本と三割残っている。
仮にレインであれば二、三分で倒すだろうし、わたしも五分あれば一本目は割り込んでいる。
そんなわたし達よりもステータスや装備の面で勝っている彼女が時間を掛けているのだから、攻撃面の技術が拙く、中々通らないという事になる。
それに馴れていない故かソードスキルあまり使わない事もダメージ量が少ない遠因だと思う。幾ら今までキリトの行動をモニタリングし、映像として戦い方を学んできても、流石にソードスキルに関してはSAOにログインしたばかりのビギナーと同程度でしかない。ソードスキルを使い慣れていないプレイヤーが高度な戦闘AIを積載した敵Mobに放っても下手を打って自滅するだけ。
彼女もセオリーくらいは学んでいる。だからこそ隙を作る為に通常攻撃を基軸に攻め、隙が生まれた瞬間《バーチカル》や《スラント》、《ホリゾンタル》、《ソニックリープ》といった《片手剣》スキルを取った時点で習得済みだったり最初期に習得可能なソードスキルだけ使い、堅実性を求めて戦っている。
彼女は基本を詰めに詰めた堅実な戦い方をしているのだ。それは確かにキリトよりも攻め手に欠け、ユウキよりももどかしいだろうが、しかし確かに安全で堅実な手ではある。
だからだろうか、隣でずっとハラハラしつつも義姉の戦いぶりを黙って見守っているキリトは、幾度もギリギリな場面があったにも関わらず手を出そうとしない。矢を番え何時でも介入出来るようにはしていたが実際の介入は一度もしなかったのだ。キリトの内心を完全に推し量る事は出来ないが、自分の為に戦う力を付けたと言った義姉の成長を師として見守りたいと思っているのだと思う。ここで助けるのは簡単だが、下手に安易に助けても彼女の為にならないし、強くなろうと自ら戦いに向かった彼女の想いを無駄にするからと。
本当に危険だったら介入はするつもりのようだが、イネーブルー色のHPゲージは《戦闘時自動回復》スキルによる自動回復込みで未だ八割を維持している。時折騎士の刃が掠ってチリッとゲージが減るも、被ダメージ量やその頻度が少ないためにギリギリ均衡を保てている。しかも時間を掛ける毎に被弾回数が減り、受ける斬閃も浅くなっているので、もう少し時間を掛ければ殆ど被弾しなくなるだろう。
本当、人間のわたし達には無いその学習速度は反則級だ。
『ウオオオオオオオオオオオッ!!!』
そう感心していると、騎士が雄叫びを上げながら右手一本で持った両手剣を大きく右に薙ぎ払う。しかも防ぎ辛い足元を狙った下段攻め。
あわや足首を斬り落とされて部位欠損になるかとヒヤリとしたわたしだったが、彼女は冷静に真上に跳び上がって避けた。それから両手持ちにした白銀の片手剣を真上から振り下ろしたが、騎士が防御の為に翳した騎士剣に刃は止められた。
「は……ああァッ!!!」
それでも足りないとでも言うように彼女は空中で一際力を籠める。その力で剣は振り抜かれ、押し切られた騎士は後方の壁へほぼ一瞬で吹っ飛ばされ、ぶつかった。削りダメージか、あるいは壁に激突してダメージが発生したのか、騎士の一本目のHPゲージは残り二割となる。
総量として六割までHPを減らされた騎士は剣を杖代わりに立ち上がってすぐにユイちゃんへ斬り掛かる。
彼女は半歩分下がり、紅光の帯を引く刃を最小限の動きで完全に回避。剣尖がコートに掠るか否かという時には彼女の刃は蒼い光に包まれていて、騎士が剣を振り下ろし終わると同時に袈裟掛けの一撃目が叩き込まれる。続けて二撃、三撃と叩き込まれ、四撃目となる最後の逆袈裟を大振りに振るい、騎士に四つの斬閃を刻み、蒼い四角形の残滓を周囲に散らせ、技は終了。騎士は大きくよろめいた。
《片手剣》四連撃技《ホリゾンタル・スクエア》を諸に受けた騎士のHPは、一本目がとうとう消し飛び、二本目の七割程まで割り込んだ。レベル差補正と高い筋力値、そしてカウンター気味にスキルを叩き込んだ事を考えても、NMを相手に五割はかなりの大ダメージと言える。
HPが二本目の残り七割――総量からして三割弱――となったため、ゲージの色が緑から注意域の黄色になった。
「はあああああああああッ!!!」
この戦いで初めて使った中位以上のソードスキルで大きく怯んだ敵を見て、一気に勝負を決めようとしているのか彼女は裂帛の声を響かせながら剣を振り上げる構えを見せ、大きく踏み込んだ。直後剣は青黒い光を纏う。最上位剣技の片割れ、全ステータスを大幅に低下させるデバフを最大の強みとしている《ファントム・レイブ》だ。
しかし、騎士は初撃である左斬り上げを、寸前で横へ僅かに動いて躱した。
「な……っ?!」
あのタイミングで躱されると思っていなかったらしい彼女は瞠目に目を見開きながらもシステムによって残り五連撃を空振らせていく。
ソードスキルには相手を怯ませるノックバック効果と自分が硬直する技後硬直とが存在している。前者は筋力値が高い程長くなり、後者は逆に敏捷値が高い程短くなっていくのだが、相手の方も同じ。しかもノックバックを受けた場合、筋力値が高いと硬直時間が短くなるという副次効果も存在している。
つまり相手が高レベルであればある程、更に筋力値が高ければ高い程、ソードスキルで怯ませられる時間は短くなる。今回はそれが仇となって、ユイちゃんは騎士がノックバックから復帰するタイミングを計り損ねた。
それは大きな隙でしか無く、システムに動かされる存在とは言え騎士がそれを逃す筈も無い。ここ最近は敵Mobのアルゴリズムがプレイヤーと遜色ないくらい高等化しているのでほぼプレイヤーを相手しているような読み合いが当たり前なのだ。それを敢えて誘導し攻撃を空振らせる《ミスリード》という高等テクニックが必須となっているのだが、彼女はそれをしなかった。まだ経験が浅いから出来ないのもある意味当然。
六連撃を空振らせて技後硬直で大きな隙を見せてしまった彼女の側面に移動した騎士はそれを逃さない。HPが半分以下になってネームド以上に存在するパターン変化が入ったのか、騎士が持つ紅い装飾の剣から赤雷が迸る。どう見ても攻撃力が上がっているとしか考えられない光景だ。
『
「あぐっ……!」
気合一閃とばかりに大上段から振り下ろされた赤雷を纏う騎士剣に斬られた彼女は苦しげな喘ぎを洩らす。それでも倒れないのは彼女の意地か、表情は歪んでいるが闘志はまだ萎えていない。
しかし、HPゲージの方は途轍もない減りを見せていた。残り八割強まで残っていたのに今の一撃だけで二割弱という危険域にまで減っていたのだ。イネーブルーゲージである為に色は変わらないが残量は明らかにあと一撃で死んでしまう程に少ない。
「そんな、スタン……?!」
そして現実は非情だ。先ほどの赤雷を纏った斬撃を諸に受けてHPを六割近く減らされたユイちゃんは、その一撃のダメージ量からスタン――――《一時行動不能》という状態異常に掛かっていた。どんな方法を用いても回復する事が叶わないそれは、目の前に敵がいて且つ狙われている状況下では致命的。
騎士は目の前に倒れた彼女にトドメを刺すべく両手でまた大上段に剣を持ち上げ――――しかし振り下ろす寸前で、その剣を横薙ぎに振るい、自身に迫り来ていた矢を弾き落とした。
「フィリアはユイ姉を頼む!」
矢を放って妨害したのは今にも助けに行きそうな身を理性でギリギリまで抑え付けていたキリトだ。
彼は新たに右手に喚び出した矢を三本束ねて弦に番え、一気に放つ。三本纏めて放たれた矢は微妙に軌道を変えながら飛んだので防ぐのは難しいと判断したらしい騎士はユイちゃんの近くから飛び退いて回避する。
大きく横に跳んでユイちゃんから離れた騎士を狙ってキリトは次々と矢を射て牽制する。既にタゲが移っているのか騎士は矢を射続けるキリトを見ており、間断なく放たれる矢を飛び退いて移動しつつ剣で弾き落とし、距離を詰められないでいる。
偶にユイちゃんの方に躱す時があるが、その場合彼はそれ以上彼女に近付かないよう先回りするように矢を射る事で反対側へ回避させていた。
その徹底振りに大丈夫だろうと一応安心した後、わたしは彼女を助ける為に走り出す。
『ッ! オオオオオッ!!!』
部屋の中に入ったからか、それとも自身に大怪我を負わせたユイちゃんに近付くわたしを見咎めた騎士は、どこか怨念めいたい声を発した。キリトはともかくわたしと彼女はパーティーを組んでいるのでヘイトが移りやすいのかもしれない。
レベルは騎士の方が高いがわたしは敏捷値に八の割合でレベルアップボーナスを注ぎ込んで来たので速度はほぼ同等。
しかしわたしが彼女の下に辿り着くより騎士がわたしに斬撃を見舞う方が、キリトの牽制や妨害を含めても若干早いだろう。むしろユイちゃんを絶対に殺すという意志があるかの如く、助けに出たわたし目掛けてキリトの矢による妨害をものともせず走り出す程なので、予想より若干早いかもしれない。心無し赤雷を発生させてからステータスアップしている感じもした。
逆手でソードブレイカーを振るえば上手いこと騎士剣を刃の凹凸に嵌め込んで折る事が可能かもしれないが、恐らく筋力値の圧倒的な差から一瞬で押し切られる目算が高いため、現実的ではないなと判断した。
キリトが割り込むか、復帰したユイちゃんが持ち直してくれるか。
スタンの効果時間的に彼女の復帰が間に合うかはかなりギリギリなので、キリトが割り込む方がより確実。
「チッ……!」
彼もそう判断したようで、弓から愛用の二剣に持ち替えた後、一瞬で突進する騎士の軌道線上に移動して割り込んだ。一瞬前に立っていた場所には僅かに舞う砂塵が見られた。
騎士は目の前に敵が現れた事に一瞬動揺したようにも見えたが、しかし錯覚だったかと思うくらい冷静に眼前の敵に騎士剣を振り下ろす。赤雷を纏った刃は、同じく白雷を纏う交叉した二剣に止められた。
「ぐ……ッ?!」
「キー?!」
「キリト?!」
驚いたのは、キリトが片膝を折った事。騎士の一撃がそれほど重かったのか一瞬の拮抗の後に彼は片膝を床に突いて、頭上から迫る剣の圧力に耐え始めたのだ。恐ろしく高レベルのキリトはボスを圧倒する程の筋力値である事は確かで、フロアボスなら拮抗や押されるのも仕方ないと思うものの、ボスですらないネームドモンスター程度に押された事にユイちゃんとわたしは同時に驚愕を顕わにする。
《アインクラッド》よりもレベルが高い事も相俟ってHPやステータスが高いと思っていたが、どうも《ホロウ・エリア》のネームドモンスターはステータスがレベルに見合わないくらい高いらしい。わたしやユウキみたいにスピードタイプならいざ知らず、超高レベルパワータイプの剣士であるキリトが真っ向から圧倒されるなどどう考えてもおかしい。
ユイちゃんは出来るだけ攻撃を受けないよう召喚した武器で不意を突いて仕切り直したり、相手の攻撃を躱したり、弾いて軌道を逸らす事を優先した堅実な戦い方をしていたが、それが最適解だったらしい。キリトが押されるとなれば攻撃優先のキリトやバランス型のユウキだと些か分が悪い。
相手の方が高レベルあるいはこちらの防御を突き破れる筋力値を有しているのなら、下手に攻撃を重視しない方が良いのだ。勿論巨体を持っているなら攻撃重視の方が良いが、この騎士と同程度の大きさなら攻撃を見切って反撃を入れる方が確実性としては上である。
ただ、キリトが圧倒されている事に驚いているユイちゃんの様子からして、そこまで考えていた訳では無いようだが。恐らく性格的に堅実性を求めていたのだろう。
「見誤ったか……ッ! フィリア、ユイ姉を早く部屋から連れ出して回復を!」
「わ、分かった!」
金属が軋み合う音を響かせながらも懸命に押し切られないよう踏ん張っているキリトの切羽詰まった指示を受け、半ば呆然としているユイちゃんの腰を抱いて持ち上げ、引き摺るように出口を目指す。背後で騎士が更に重々しい唸りを上げるが、キリトが阻んでいるのか近くで聞こえる事は無い。
途中から自分で歩き出してくれた彼女の手を引いて部屋の扉から出たところでポーションを飲ませる。
結晶の方が即時回復量が多いので素早く戦線復帰出来るが、治癒結晶は基本的に高価な上に希少性があるし、戦闘中にまたダメージを受けた時は自然回復バフがあった方が有利なのでポーションがこの場合は正しい。治癒結晶は本格的に危なくなった時用だ。
グランポーションを使ったのでHPは一気に八割まで回復し、スキルとバフの効果で徐々に全快に向けてゲージが進んでいる事を確認したわたしは、それに構う事無く食い入るように彼女が見ている戦いへと視線を移した。
『オアアアアアアアアアアッ!!!』
「はああああああああああッ!!!」
片手では押し切られると判断したのか、キリトは二剣から漆黒の両手剣に武器を持ち替えて騎士と斬り結んでいた。刃渡りはほぼ同等なので背丈でリーチに差が出るが、キリトは自らの小柄さや騎士に勝る俊敏性を以て相手を翻弄し、浅くとも確実にダメージを蓄積させていっている。
対する騎士も本当にAIなのかと思うくらい高度な剣捌きを見せており、カウンターで放たれるキリトの剣戟の大半を見切って躱している。
躱してすぐに反撃とばかりに鋭い剣閃が放たれ、キリトは直撃を避ける為に持ち上げた剣の柄や鍔で防御をギリギリ間に合わせるという綱渡りを繰り返していた。
『クラレント……ッ!』
そんな中、騎士が大振りに剣を持ち上げた。
バチバチ、と赤雷が騎士剣を覆っていたが、その勢いはこれまでの比ではない。明らかにHPが残り僅かとなった事で放つようになる大技の前兆である。若干距離があるのに放とうとしている辺り、一気に踏み込むのか、あるいは以前地下迷宮でキリトが見せたように斬撃を飛ばす系の攻撃なのか。
「させるか……ッ!」
『グ……ッ』
それを見たキリトは足裏で砂塵を巻き立てる程の瞬間加速を見せて一瞬で騎士との距離をゼロへと縮め、後ろに引いた黒い両手剣を叩きつけるように左薙ぎに振るう。ザンッ、と鋭いサウンドエフェクトが部屋に響き渡ると同時、騎士は為す術も無く壁に叩きつけられ、力無く床に尻餅を突く。
胴に深く刻まれた鋭い斬閃が痛々しいが、しかし《叛逆の騎士》は不暁不屈と言わんばかりの様相でしっかり立ち上がり再度騎士剣を正眼に構える。騎士のHPは渾身の一撃が入ったにも拘らず一割に満たないくらい僅かにゲージが残っていた。浅くても二撃、深ければ一撃で消し飛ぶ程度。
その残り僅かな命を、キリトは瞬間的に回り込んだ騎士の背後からの一太刀で奪い切る。
命を全て喪った騎士はそれまで見せていた威圧感を全て消し、ヨロヨロと数歩前に歩いたところで剣を落とし、前のめりに倒れる。がしゃん、と鎧と床がぶつかる音を立てて倒れたところで蒼白く発光し、一瞬後には蒼い欠片へと爆散した。
蒼い欠片が消え去った跡には騎士が使っていた紅い装丁や装飾が特徴的な白銀の騎士剣が床に落ちていた。
暫く物憂げに蒼白い欠片を、続けて騎士剣を見詰めていたキリトがリザルト画面を閉じてそれを拾った後、わたし達に視線を向けて来る。こちらに歩いて来る気配は無い。
何となく入って来るよう言われた気がしたため、わたしとユイちゃんは一瞬顔を見合わせた後、右手に黒い両手剣を、左手に騎士が使っていた紅と銀の騎士剣を携えているキリトの下へと近寄る。
「お疲れ様、キリト」
「ん、お疲れフィリア。流石に俺よりあの騎士の力の方が強いと知った時は焦ったけど何とかなったな……それとユイ姉もお疲れ」
「はい……お疲れ様です」
ユイちゃんはキリトの労いに、どこか引っ掛かりを覚えているとでも言うような微妙な面持ちで応えた。何となく申し訳無さそうに見える事から、もしかしたら自分一人で倒し切るつもりだったのに手を煩わせてしまったとか、そう考えているのだろうか。
「ユイちゃん、もしも一人で倒す筈だったのに助けられてしまったとか考えているなら、そう気を落とす必要はないと思うよ。そもそもSAOはMMORPG、多人数で一体のモンスターを相手するのが基本なの。ネームドを一人で倒せなくても別におかしい事じゃないよ」
「何となく、そこはかとなく遠回しに俺がおかしいと言われているような気がしなくも無いけど……でも実際フィリアの言う通りだ。確かに俺と同ステータスに加えて《ⅩⅢ》という破格の装備を持っているにしてもユイ姉はまだまだSAOの戦闘初心者、それで《ホロウ・エリア》のネームド相手にあそこまで善戦出来た事は誇っていい。経験ばかりは時間を掛けるしか無い。だから次は落ち込まないよう今回の戦いの反省点の改善を目指そう。それを繰り返していけばユイ姉は絶対強くなるから」
「フィリアさん、キー……ありがとうございます」
落ち込んでいたユイちゃんは、わたし達の励ましを受けて少しだけ元気を取り戻したようだった。どちらかと言うとキリトのフォローで元気が出たような気がするけど、まぁ、それはそれで微笑ましい事だから良しとしよう。
「……ところでキー、その騎士剣は一体?」
気分を持ち直したユイちゃんは気持ちを切り替え、さっきからわたしも抱いていた疑問であるものについて問うた。
普通Mobが倒れた際のドロップ品はリザルト画面に表示される形でストレージに格納されるし、仮に直接ドロップしたものにしてもそれはクエストを受けた時のキーアイテムである可能性が高い。《ホロウ・エリア》でのクエストと言えば恐らくホロウミッションの事。キリトは騎士が現れる前にグランドとか言っていたので、さっきの戦いは《グランド・ホロウミッション》のものだったのだろう。
だとするとその騎士剣は今後《ホロウ・エリア》の探索を進める上で必要という事になるが、現状を打破するアイテムとは思い難い。まさかこれを鍵に別のミッションをクリアしなければならないのだろうか。
一人で思考を広げていると、黒い両手剣を仕舞ったキリトは左手に握る騎士剣を持ち上げ、指でタップし、アイテムのポップアップメニューを呼び出した。
「えーと……アイテム名は【王剣クラレント】、分類は《両手剣》と……貴重品だって」
「装備品にして貴重品ですか……」
クラレントと言うらしい剣は装備出来るようだが、同時に貴重品であると知り、今後クエストで関わって来る事が予想出来た。《グランド・ホロウミッション》で手に入った貴重品なのだ、これで貴重品でなかったならまだしもこれではむしろ関わって来ない方が無いと思う。
「性能は?」
「七十五層でも余裕で通用する性能だな……多分これ、九十層クラスじゃないかな? 強化試行回数は十回だけど、最大まで強化したら九十層後半までは使えそう」
「また壊れ性能の武器を……」
ちなみに、七十五層クラスで手に入る武器の強化試行回数は店売りでは一律十回だが、宝箱から手に入るものは平均三十回に余裕で到達している事が多い。その分だけ強化素材は大量に居るのだが、気に入った武器を長く使えると考えれば辛いとはあまり言えない。
現にキリトのエリュシデータやアスナのランベントライトは五十層台の頃から持っている剣だが、現状でもまだ使えている。それは強化試行回数がかなり多く、最大強化までしているからなのである。まぁ、キリトの方は威力不足の感を否めなくなっているらしいが。
しかし、闘技場で手に入れた《ⅩⅢ》然り、リズベットが鍛えたという《片手剣》のエリュシオン然り、今度は《両手剣》でクラレントか。偶然ではあるのだろうけどこうまでキリトにばかり凄まじい性能の武器が手に入るというのは一ゲーマーとして何となく面白くない。
キリトがズルをしている訳では無い事くらい理解はしている。でも何となく感情で面白くないのだ。
……片手剣や両手剣なんてスキルすら取ってないものだから、わたしが手に入れてもプレイヤーに売り払うしか道はないのであるが。それを考えれば確かにな実力があって使いこなせるプレイヤーに渡る方が攻略の為にもいい事だろう。
「ストレアに譲ろうかな、コレ……」
「……まぁ、キーが良いのなら別にいいのではないでしょうか、《両手剣》をメインとしている彼女に渡せば恒常的な戦力アップとなるでしょうし。ただ《ホロウ・エリア》の探索が終わってからでなければ詰みかねないのでそこは注意ですね」
ただの装備品だったならすぐにでも渡して戦力向上を図った方が良いのだろうが、同時に貴重品でもある【王剣クラレント】は今後の探索に於ける鍵となる代物。将来的に渡すにしても今渡すと探索出来なくなる可能性があるからユイちゃんの懸念は尤もだった。
「うん、それは分かってるよ」
キリトも同意見らしく特に不満を見せず、自身の義姉に微笑みを向けた。
「――――……ん?」
戦闘後の談笑をしていると、ふと何かに気付いたようにキリトが部屋の奥へと目を向けた。釣られて目を向けると、入り口とは真逆の部屋の壁がすぅっと透明になり、一本の道が出現する。
そしてその道の先にある小部屋には、金色の宝箱が一つ鎮座していた。蓋の中央に虹色の宝石が嵌っているので見た目からしてかなりのレア度を誇っていると分かる。
「お宝ッ!!!」
「「ッ?!」」
唐突にわたしが喜色満面の声を発したため二人がびくぅっと肩を震わせ驚くが、それを完全にスルーしてわたしは宝箱へ通ずる新たな道へと走り出した。後ろから二人の慌てた声が聞こえるもののこの回廊に罠なんて無い事を既にスキルで調べているので宝箱まで全速力だ。
宝箱の前に数秒で辿り着いたわたしは、しかし興奮とは裏腹に冷静且つ丹念に宝箱にトラップが掛かっていないかを確認する。自分が死ぬのも嫌だし、今はキリトとユイちゃんという二人の仲間も居る、自分が突っ走ったせいでキリトのトラウマを抉るような足を引っ張る事態を引き起こしたくないので平時より根気を入れてスキルによる確認を幾つも実行する。
罠があるかもしれないが、そういうものほど――偶に例外もあるけど――レア度の高い代物が入っている。それを手に入れる為に――――何より、この眼に入った全ての宝箱を開ける為に、トラップを解除する為のスキルをコンプリートまで鍛えたのだ。面目躍如である。
「ふぃ、フィリアさん、いきなりで驚きましたよ……」
「あはは、ごめんごめん。つい宝箱を見るとなっちゃうんだよね」
「なるほど……宝箱を前にしたフィリアは、さしずめ《トレジャーモード》とでも言うようなテンションになるんだな」
「そういう事。こう、宝箱を開けて中身を取り出すその瞬間が堪らないんだよねぇ……ドキドキ感がもう病み付きなんだよ」
デスゲームの翌日にレインから鍛えてもらい始めて以降、余裕さえあればダンジョンアタックして宝箱を探し求めていたのだからわたしのトレジャーハンター魂も筋金入りだと思う。中身がレア物だととても嬉しいが、わたしが求めているものは言ったように中身を取り出すその瞬間のドキドキ感、厳密に言えば中身はそこまで重要では無いのである。
それにたとえ役に立たないものであってもそれなりに思い出の品にはなるだろうし、完全に無駄という訳ではない。二束三文でしか売れなかろうとユニークであればわたしはそれを大事に取っておく主義だ。
まぁ、多大な苦労をした末に安価な素材アイテムしか手に入らないとかだったら、流石に嫌な気持ちにはなるけど。でもその程度で宝探しを止めるほど、わたしのトレジャーハンター魂はお安くない。
そうこうしていると、スキル値と仕掛けられたトラップの演算が終わり、無事にトラップを解除した上でガチャリと解錠された音がした。
「あ、開いたみたいですね」
「流石に宝探しを好んでやってるだけある、こんな短時間で解除と解錠を同時にするのは相当手馴れてる証だ」
「ふふふ、伊達に一年半もトレジャーハンターをしていないって事だよ。さぁて、お宝ちゃんとご対面といきますか!」
「「お宝ちゃん……」」
わたしのテンションに付いて行けないのか、あるいは言動が性格と合わないからか、二人はとても息があった様に苦笑を浮かべていた。
それも気にせず、胸をドキドキさせながらわたしは宝箱の蓋に両手を掛けて、上に持ち上げる。ギギギ、と蝶番が軋むレトロな音を響かせながら大人一人くらいなら余裕で入れるくらい大きな宝箱の蓋が開く。完全に開けた後、わたしは手を入れて中身を取り出した。
「じゃーん! 今回のお宝ちゃんはこれ! 首飾りー!」
そう言って、虹色の宝石が嵌め込まれた金色の宝箱から取り出したお宝を両手で持ち、二人に向けて見せる。
黒く太めの紐に金色の円盤が吊るされ、その円盤の中心に宇宙を思わせる小さな光が散りばめられた黒い宝石が嵌め込まれている、とても綺麗な首飾りだ。中世の女性貴族が首から提げていてもおかしくない装飾品だが、金という豪華な色があるにも拘わらず意外にも素朴な印象を与えてくる。あまり宝石や装飾品に興味が無いわたしでも綺麗と素直に思えるくらいの代物。あまりに絢爛豪華なものには基本嫌悪感を抱くので、装飾品に好印象を抱く事はわたしにとってかなり珍しい事だったりする。
それを見て、ユイちゃんはほぅ、と表情を柔和に蕩けさせながら微笑みと共に首飾りに見惚れ、キリトも彼女程ではないにせよ感心したように目を瞬かせる。
「とても綺麗な首飾りですね……」
「ああ、まるで星々を閉じ込めたみたいに綺麗な宝石だ…………でも、こう、風情が無いようだけど……首から掛けると首とか肩凝りそう。あと重そう」
とても直截的な意見にわたしとユイちゃんは微苦笑を浮かべてしまった。
確かに拳大という宝石にしては破格の大きさだし、金属の円盤も厚みがあってそれなりに重量もあるから、首に掛けたらキリトの言う通りリアルでは首や肩が凝るだろう。これはどちらかと言うと日常的に身に着けるのではなく、何か大切な行事の際にのみ付けるといった趣の代物だ。
「あはは。まぁ、キリトは男の子だからこういうモノに対する興味が薄くても仕方ないよ。綺麗って思えるだけマトモな感性してる」
「……それは褒められてるのかな……」
「十分褒めてるよ。ダメな男の人はね、こういうモノを見て『値打ちものだー』とか、『何だそんなものか』ってにべも無いからね。キリトも女の子と一緒に買い物する時は実用性ばかりじゃなくてさっきみたいな感想を素直に口にしたら良いよ」
少なくともこの首飾りを見てキリトが口にした感想はとても好ましいものだった。ロマンがあると言うのだろうか、喩え方に風情があって引き込まれるし共感しやすいものだったのは確かだ。わたしも宝石を見て『宇宙』を想起していたから共通した感想を持ててちょっと嬉しくなったし。
中々良い物が手に入ったとホクホクしつつ、わたしは左手で持った首飾りの宝石をタップし、ポップアップメニューを呼び出し、名前や分類を確認した。
「えーっと……名前は【虚光を灯す首飾り】、貴重品だって」
「それもか……ふむ、ひょっとするとその首飾りと紋様持ちが揃う事で例の『扉』が開くようになって、さっき手に入れた【王剣クラレント】で『扉』の先に居るかもしれないボスにダメージを与えられる……とかかな」
「どうでしょう……クラレントに関してはともかく、前者の方はあり得そうですよね」
「ふむふむ。じゃあこれはキリトにあげるね、キリトは紋様持ちだしこっちの探索で必要になる時があるかもしれないから」
「分かった。フィリア、ありがとう」
「いやいや」
キリトの子供らしいにこやかな笑顔に内心癒されつつ貴重品の首飾りをトレードでしっかり渡したのを確認した後、わたしはこれからどうするかキリトに尋ねた。
現在時刻は午前十一時。もう少しで昼時だが、まだほんの僅かに時間が残っている。とは言え探索範囲を広げるには時間が足りない。
「どうする?」
「んー……取り敢えず『扉』の前まで行って確認してみよう、それくらいなら三十分も掛からない」
「念のために確認しますが、開いても開かなくても戻るんですよね?」
「勿論。流石に七十五層みたいに撤退不可だと詰むからなぁ……俺よりレベルが低いネームドに力負けした時点で、こっちのボスに一対一で真っ向からは勝てる気がしない」
「……ユウキさんは確かボス級Mobを単独撃破したんですよね」
「あー……言ってたね、そういえば」
レインと一緒に大神殿を再探索していた時だ。まさかと思ったが彼女が一人でボスを倒し切るとは意外だった、幾らスタン二重掛けの麻痺が奇跡的に入ったとしてもだ。
「ほぼ同レベル同士の戦いと、レベル差がある戦いで前者の方が拮抗してたって……俺の努力……うぅ」
「え、えっと……ほら、ユウキさん自身、あのボスを倒せたのは奇跡と言ってましたし、普通に戦っていたら押し切られて負けるのは確定的だと言っていました! ですからキーが落ち込む必要は無いですよ!」
「うん……」
自分の半分近いくらいレベルが低いユウキに劣っているかもしれない推測に落ち込み始めたキリトを、ユイちゃんはさっき彼にされたように慰める。頭を撫でられながら慰められたキリトはどこか精神的に退行しつつ素直に頷く。
互いに支え合う関係になっているこの義姉弟の関係は中々バランスが取れているのかもしれないと思考しつつ、わたしは《索敵》で周囲を警戒しながら二人を連れて回廊神殿を後にする。
その後、大神殿の最奥までキリトとユイちゃんの二人掛かりでリポップしていたモンスター達を排除し、『扉』が開くかを確認。オブジェクト化した首飾りを持ったキリトが近付くと、紅い宝石が嵌められた重く黒い石製の扉が紅い光を放って左右に開いた。キリトの予想が当たっていたのである。
これで探索が進むと喜色を表す傍ら、レインと一緒に必死になって手掛かりを探していたわたし達は一体何だったのだろうと脱力した。あんなに高レベルの敵が相手で、しかも紋様持ちが居ないと発生しない――かもしれない――ホロウミッションをクリアしないと進めないなんて、かなり鬼畜ではないかと思う。こんなのでは普通に探索したところで何時までも先へ進めないではないか。
何だか《ホロウ・エリア》は理不尽なところがあるなぁと納得出来ないものを感じつつ、キリト達の後を追って管理区への帰途に就いた。
はい、如何だったでしょうか。
《叛逆の騎士》、クラレント、赤雷……もう原典は分かったも同然ですね。ボスとしてなら彼ら彼女らを入れるのも良いのではなかろうか……
ちなみに【王剣クラレント】は、確か王位継承権を表す宝剣という感じの代物。それがただの装備では無く貴重品としてグランド・ホロウミッションで手に入ったという事は、最低あと一回はFateの騎士英霊を参考にした敵とやり合うという事に。
次に電姉ことユイ姉のスタイル。
彼女も三つ目となる《ⅩⅢ》を所有しているので武器はコロコロ変わりますが、現状有力なメイン武器は片手剣と細剣。今回は参考にしているプレイヤーがキリトとユウキなので片手剣に。敵も重量系の両手剣使いな上に甲冑でしたし。
彼女はキリトのパワーとユウキの防御面のいいとこどり的なスタイル。どっちかと言うとかなり堅実に防御して戦うスタイル故に、キリトよりはユウキの回避・防御スタイルに近い。性格的に攻め続けるのに向いていないとも言う。
成長速度はAI故の反則的なものがあるから技術面での成長は半端では無い。リー姉に指南を受ければすぐ強者に至る。
キリトはもう少しくらい落ち込んでも良いと思うの(愉悦)
フラグメント・ホロウミッションは、通常のクエスト。《ホロウ・エリア》だと討伐系が基本。原典ゲームだとマップには緑色のサークルが発生します。
グランド・ホロウミッションは、分かりやすく言えば《ホロウ・エリア》の探索で重要なキークエストだと思って頂ければ。ゲームだと紫色で表示されるホロウミッションを、本作ではオリジナルでグランドと付け、差別化しました。これをこなしていく事で探索が進むという感じに。
グランドとフラグメントでミッションを本作で区別しているのは、今話みたいに『探索に関係するかも』という思考を発生させる為なのです。
ぶっちゃけ読んでいて分かりやすくする為とも言う。
それはともかく、サブタイトル通りに探索が進展。ゲームだと《ホロウ・エリア》から出られないフィリアの短剣を強化したり、お宝を護ってるNMを倒しに行ったり、森の中を彷徨ったりした末に首飾りを見付け、『扉』を開けに行くという感じなんですが、本作ではそういう『好感度イベント』をガンスルー。
何故かと言うとフィリアとレインが既に樹海のマッピングをほぼ終えてるから、そもそもうろつく必要が無い。キリト自身探索はしてるのである程度はマッピング出来てますし。
そしてマッピング出来てない=高レベルの場所をキリトと合流してから行くという流れにする事で、すぐに首飾りを手に入れるという寸法。
『早く帰らないと』っていう思いがあるのに《ホロウ・エリア》でふらふらしてたらかなり矛盾してますから。
フィリアが宝箱を見付けた時の『お宝!』というかわいい反応は書きたかったので入れました。首飾り入手イベのセリフなので入れてもおかしくないし。
個人的に彼女の『お宝ちゃん』とかの所謂《トレジャーモード》はお気に入り。無邪気で可愛いよね(*´ω`*)
では、次話にてお会いしましょう。