インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 ちょっとゴタゴタしてたので間が空きました。平和な日常回だと何を書くか迷うんですよね、そして以前のアキト登場のように不穏が見え隠れ前に出たりするという……キリトは呪われているんだ(私に)

 そんなこんなで今話は前話から三日後のお話です。闘技場《レイド戦》は飛ばしました、感想来なかったし先に進めようと思ったんで。まだアシュレイさん回にすら到達してないですがね!

 相変わらずのスローペースですが、ちょっと駆け足気味(矛盾)です。

 視点は前半ソロシノンで三日間の生活を語ってもらいます、ほぼ地の文で。後半はキリト視点で色々と。

 何時に無くとても平和ですよ……キリトは色々ととんでもない事をやってるけど、本当に平和です。場所がアレだけど。

 ではどうぞ。




第四十三章 ~穏やかな一時~

 

 

 番えた矢を引き絞り、キリキリと音を上げて撓る――厳密には上長下短が和弓なので形状としては洋弓にあたる――白樫製の弓を構えて狙いを付けた後、矢を持つ右手の指を離す。

 ぴうっ、と鋭く風を斬り裂く音を上げながら鉄の鏃を有する矢は真っ直ぐ飛翔し……

 残念ながら、狙っていた的から外れて数センチ横を通り過ぎてしまった。

 

「……やっぱり難しいわね……」

 

 過った矢が起こした風でユラユラと揺れる、フィールドオブジェクトである樹木の枝からロープで吊るした小さな丸太を不満と共に睨め付けながら、ポツリと感想を洩らす。

 キリトの協力もあって私が《弓》カテゴリの武器を入手し、《弓術》を習得してから早三日が経つ今日、中天高くに日が昇る時間帯の現在私は日課となっている自己鍛錬に勤しんでいた。

 今までなら《短剣》のソードスキルの練習や低層のモンスターを相手にして戦闘慣れをしたり、各階層の街の道具屋で無料販売されている攻略本を購入して知識を蓄えたりしているのだが、ここ数日は殆ど矢を射る練習をしている。

 ちなみに現在私がいる場所は第二十二層の東端だ。

 第二十二層は攻撃行動さえしなければ襲って来ないノンアクティブ系モンスターしかフィールドではポップしないため、必然的に平和を求めるプレイヤーが多く来る。その中でもこの階層は豊かな自然や大きな湖が多いため、木工職人や釣り好きなプレイヤーに好まれている。実際私がこの世界に来てからというもの、第二十二層の天気さえ良ければ釣りプレイヤーを毎日見る程だ。

 そんなプレイヤーは基本的に冒険はしないし、目的の場所にさえ行けるならそこに足繁く通う、逆に言うなら見慣れない場所には時間の無駄なので基本的に来ない。

 第二十二層は北端に迷宮区、その手前となる層の中心部分に迷宮区前の街が存在し、西に沼地、南側に湖と森、東に森が広がる構造だ。

 キリトのホームは東南東にあり、《スリーピング・ナイツ》のギルドホームは西南西に存在する。南側の湖と森はその間に位置している。

 西の沼地はぶっちゃけ行く意味は殆ど無いらしい。

 ただ使い魔を得ているプレイヤーの一部は、その沼地で餌となるモノを得て餌付けが出来るため稀に訪れているらしく、中にはテイムしようと餌を求める者やリアルで虫などが好きだった者も居るという。だが基本的には誰も好き好んで寄り付きはしない。

 東にある森も、西の沼地と同様に来る意味は無い。何かのクエストがある訳でも無いし、採取ポイントは存在するにしても街に近い南側の森の方が効率は良いし、その数も広さに反して密集しているため多いという。

 結果的に、沼地ほど忌避される要素は無いが旨みも無いのでほぼ人が寄り付かない、来るにしても木工職人くらいなもの。

 そんな場所に私が来ている理由は《弓術》の練習をするため。より正確に言うなら、誰にも見られない環境の中で練習をするためだ。

 《弓》は、キリトが持つ二丁一対のエネルギーボウガンを除いて数少ないメインとなれる遠距離武器だ、その存在価値はSAOについて明るくない私ですら多大なものであると分かる。

 あのリズベット武具店での騒動の後、キリトはアルゴに複数の依頼をし、彼女はそれを受けて行動した。

 その一つは、他のプレイヤーも《弓》カテゴリの武器と《弓術》を手に入れられるか、という調査依頼。

 私は白樫の弓を手に入れた時に《弓術》を習得し、続くチェーンクエストをクリアした事でキリトは無銘の洋弓を手に入れた、彼によればやはりその弓は使えるという。だがキリトの場合は《射撃術》というユニークスキルを得ていたため、私と同様に使えるというだけだ、もっと言えばアレはボウガンも使える事から《弓術》の上位互換版なのである。

 それを考えれば、私のこれはユニークスキルと考えられなくも無い。

 しかし、当初キリトはあのクエストの存在は、近接戦闘が苦手なプレイヤーへの救済処置ではないかと考察していた。

 そのキリトの考察を前提にすれば、《弓術》はユニークエクストラスキルでは無く、《体術》と同様条件さえ満たせば誰もが習得可能なコモンエクストラスキルでなければならない。

 クエストの起動にはゴブリンアーチャーがドロップする《弦の切れた弓》が必要であるのは分かったが、それが一度きりなのかまでは不明だ。

 もし《弓術》を誰もが習得出来るのなら、ボスの攻撃を受けてHP回復の為に後退したプレイヤーが後方から援護するという、従来のMMPRPGにある戦闘方法も可能になる。

 その優位性は、一から新たにスキルを鍛えなければならない苦労を考えてもお釣りが来る程だ。

 そのため、攻略を第一に考えているキリトが依頼した。

 結論から言えば、残念な事に《弓術》はユニークスキルである事が分かった。《弦の切れた弓》を手に件の店を訪れたアルゴが確認してもクエストは発生しなかったのだ、他にもリズやシリカ、リーファといった事情を知る面々が訪れたものの全て同様だった。

 まぁ、代わりにあの店では弓の武器となる矢を購入出来る事が判明したのだが。

 既に同レベル帯の片手剣が有する攻撃力の二倍を叩き出す特徴を持つ弓は、他の投擲系武器と異なって矢に限りが無く、残弾を気にする事無く射る事が出来る。攻撃力も高いので基本的に当てさえすればこちらのものだ。

 だが弓は少々デメリットがあり、強化が出来ない事が分かった。まぁ、木製の弓をどうやって強化するという話なのだが。

 代わりに、《弓》にセットする矢の方は替えられた。今まで私が使っていた矢は、弓矢と聞けば誰もが思い浮かべるだろう西洋やファンタジー小説でありがちな鉄の鏃の矢、これがデフォルト装備の矢だ。

 件の店で売られていた矢は、キリトの登録した武器を召喚するような《ⅩⅢ》と同様に、購入した矢をセットする事で使用出来る事が分かった。

 矢の種類は鋼の矢、毒矢、麻痺毒矢、炎の矢の全部で四種類。

 鋼の矢は通常の二割増しのダメージを叩き出す。毒矢はレベル一の毒を、麻痺毒矢はレベル一の麻痺毒を相手に付与するデバフ系。炎の矢はその名の通り鏃が炎に包まれており、獣系モンスターに通常の二倍のダメージを、反面水棲系モンスターには半減するという効果があった。

 

『……階層が進んだら、アンデッド特攻の銀の矢とか、水棲系特攻の氷の矢とか売られるかもな』

 

 これを知ったキリトの感想がこれである。

 ちなみにこの後、骸骨系には当て辛そうだから斬った方が速いな、とも口にしていた。確かに骨のモンスターや幽霊っぽいレイス系モンスターには当て辛そうだし、普通に斬った方が速そうな気はする。

 それはともかく、状態異常誘発系の矢を思わぬ形で手に入れる事が出来た私は、誤って味方に矢を放ってしまわないよう特訓をする事にした。これが第二十二層東端の森の中にて鍛錬をしている理由である。

 そして何故一人なのか。

 それは《弓術》の事を今は秘匿する為である。

 《弓術》がユニークスキルだと分かった以上、出来るだけそれを秘匿した方が良い。キリトやユウキ達と同等のレベルを誇り、戦闘技術もあり、今からでも最前線攻略に参加出来るくらい強ければ話は別なのだが、私のレベルはこの三日の鍛錬で漸く40というところなので行ける筈が無い。

 しかし曲がりなりにもユニークスキル、その価値はとんでもないのだから誰もが自身の戦力にしようと勧誘してくるだろう、まず間違いなく攻略に関わる大ギルドは勧誘してくる。

 この世界にいるユニークスキルホルダーは表向きは《血盟騎士団》団長の【紅の騎士】ヒースクリフ、《ビーター》と蔑まれている【黒の剣士】キリトの二人だけ。

 この二人は、前者は第三層から存在する最古参の攻略大ギルドのギルドリーダー、後者は常にソロを貫いている――或いは強いられている――疎まれ者であるため、勧誘する機会は存在しなかった。

 だが私は現状フリー、更にはレベルも低く、後ろ盾も存在しない。

 ヒースクリフやアスナ、ランやユウキ、クライン、エギル、リズベットといった攻略、中層と下層、商人、生産それぞれに顔が広い面々とフレンドではあるものの、後ろ盾になってもらえるかと言えばそうでは無い。

 勿論皆は私を護ろうとしてくれるだろう。

 だが、私のレベルが低いのが問題で、誰も後ろ盾になる事は出来ない。

 キリトはそもそも表向きは誰とも親しくなれないし、仮に私を庇ったら関係者だと思われて逆に危険に晒されるため、私としては誠に遺憾ながら論外。

 現在も私がキリトのホームに滞在出来ているのは表向きでは無関係となっているからこそであり、勘付かれそうになった時点で追い出さなければならないと言われている。全員が細心の注意を払っているので幸いにもそんな状況に至っていないが、それも恐らくは時間の問題だと思われた。

 ヒースクリフやラン達のような攻略メンバーに匿ってもらうという手段もあるが、私のレベルが低いため周囲に匿うメリットを説明出来ない。

 まぁ、《血盟騎士団》には面倒見が良く且つキリトの理解者であるヒースクリフとアスナが居るし、《スリーピング・ナイツ》はキリト擁護派の三人で構成されているのでマシだとは思う。

 だがそれは内部だけであって外部はそうもいかない。弱い私が攻略ギルドに入っても、外部の人間が絡んで来てややこしい事になるだけだ。私が護れても、私の入団をきっかけに周囲と軋轢を生んでしまっては攻略が滞る、あるいは連繋が悪くなる、それでは本末転倒だ。なので良いとは思うが却下。

 クラインのギルドは中層と下層で顔は広いし、人助けも行っている。だが少数精鋭ながら第一層から参加している生粋の攻略メンバーである以上、今まで殆ど関わっていなかった私がいきなり参入しては他の攻略ギルドと同様騒がれるのは間違いないし、あの侍の信用や信頼が疑われる結果になりかねない。

 というかこの案はクライン本人から却下されていたりする。

 理由は、私が入ると誰の彼女だとかの面倒なスキャンダルが立つ可能性大だかららしい。クラインとしては非常に不本意な話だし、私にも不利益しか無いため入団しない方が良い、と言われたのだ。キリトが絶大な信頼を寄せていると知ってはいたが、実際に話して互いの事を考えられる良い人なのだなと思った出来事である。

 商人のエギルの場合、シリカと同様に店子として雇ってもらえば案外解決な気はする。ここは生産職である鍛冶師リズベットの場合も同じ事が言える。

 だが、ここで問題になるのがキバオウとは別に存在する反ビーター一派の巣窟の攻略ギルド《聖竜連合》の存在だ。

 私はよく知らないのだが、《聖竜連合》は過去様々なクエストや経験値稼ぎに良い狩場を独占し、利益を得る行動がよく目立ったという。更にはフラグを踏んだ事で戦えるレアなボスのLAを取る為なら一時的なオレンジ化すら厭わない程で、中には他のプレイヤーが戦っていたNMのLAを横から奪った事もあると聞いた。

 事実、半年前のクリスマスイベントの際には精神的に病んでいたキリトを心配して後を追ったクライン達と、更にその後を追って来たリンド率いる《聖竜連合》とが正面衝突。その勢いは凄まじく、ヒースクリフやユウキといった攻略組でも相当な地位を有する者が居たから《聖竜連合》メンバー全員と一騎打ちのデュエルをして退けられたものの、居なかったらクライン達は殺され突破されていた程だという。

 その話が本当なら目的の為なら《聖竜連合》は一時的なオレンジ化はおろか、本当に手段を選ばない事は目に見えている。

 だから私が店子として入っても、素材集めにフィールドを出た所を狙われるかもしれないし、露骨な営業妨害をされる可能性すらある。

 リズの場合はシリカかリズ本人が人質に取られ、入団を強要される可能性すらある。そうでなくともシリカにはピナというあからさまな弱点もある訳だし、私よりレベルは高いと言えど、流石に彼女達も人を相手に複数を纏めて相手取る事は出来ないだろう。

 他の攻略ギルドに入ったところで、前述した理由以外にもこの《聖竜連合》による脅迫行為は普通に考えられる。

 私が攻略組に入れる程のレベルであれば《血盟騎士団》、《風林火山》、《聖竜連合》、ディアベルがリーダーをしている《アインクラッド解放軍》の何れかに入れただろう、あるいはストレア程の強さを持っているならソロで活動する事も出来たかもしれない。

 だが私は弱い、とても弱い。レベルだけでなく経験すら劣っている現状では抵抗なんて出来る筈が無いのだ。

 その弱さが祟って、私は誰の後ろ盾も得る事が出来ない、対外的に後ろ盾を得たとしても私自身の価値が追い付いていないから意味を為さないのだ。

 この世界に法は無い。現実で通用する常識は通じないのが常になっていて、法が無い以上は本人の価値が高くなければ後ろ盾を得てもそれは意味を為さない。

 攻略組トップクラスであるユウキやアスナと同等の戦闘力を有するストレアであれば、《血盟騎士団》だろうと《スリーピング・ナイツ》だろうと、入ったとしても多少周囲がざわつくだけで大騒ぎにはならない。少なくとも、ゲームクリアという一つの目的の下に戦う心強いメンバーが増えた、という認識で収まるのは間違いない。

 だが、低レベル且つユニークスキルなどという盛大な爆弾を抱えた私の場合はそうもいかない。

 まだ低レベルなだけであれば、かつてユウキが鍛え上げたというサチのように、何れ攻略組に入る前提で私も《スリーピング・ナイツ》に入団出来ただろう。当然多少は騒がれるだろうが、サチという前例があり、そして強力な槍使いに成長している以上はすぐに鎮静化して戦力が増える事を期待されるに留まった筈だ。

 

『まぁ、仮にそれで騒がれて、あんまり長く続くようならボクが黙らせるけどね。サチの時もそうしたし』

『……それは知らなかったな……』

 

 もし騒がれたらという懸念に対し、ユウキはにっこりと微笑みながら恐ろしい事を口にし、流石のキリトも知らなかっただけでは無い何かによって頬を引き攣らせていた。

 一体何をしたんだろうか、とそこはかとなく気になったものの恐ろしくて訊いていない。あんな明るい性格の子が本当は恐ろしいとか、何となく察していたとしても事実として知りたくはない。

 それはともかく、ユウキが周囲を黙らせられるなら《スリーピング・ナイツ》になら入れる可能性は大きい。

 しかしそれを阻害するのは私しか持ち得ないユニークスキル、更にはメインを張れる数少ない遠距離武器のソードスキルを持つ《弓術》。この存在のせいで、私はどこにも入れない。

 これらの理由から、私が攻略組の一員として戦う時はどこかのギルド――勿論《聖竜連合》以外――に入る時であり、その時が来るまで私は《弓術》を秘匿し、出来るだけ目立たないようにしながら一人で戦い、自身を鍛えなければならない。

 だから私は第二十二層東端の森の中、一人で鍛錬をしているという訳だ。と言ってもソロで戦えるよう、シャドーボクシングのように空撃ちしているだけだが。

 事情を知るキリトやリーファであれば一緒に居ても良いのだが、同じ《弓》を手に入れたキリトはともかく、リーファは私に付き合う必要性が無い。

 厳密に言えば、一緒に居ても彼女は時間を無駄にしてしまう結果になるため、ここに来る意味が無い。リズとシリカは店があるし、ユウキも最前線を攻略中なので来る訳にはいかない。そもそも彼女達もリーファと同様、私に付き合うメリットは殆ど無い。強いて言えば《弓術》の戦い方を知れるくらいだろうがほぼ意味は無いに等しいだろう。

 

「まぁ、キリトの場合は最前線にいるからなんだけど……」

 

 あれから三日が経過しているという事は、つまり昨日に予定されていた闘技場《レイド戦》は行われたという事。

 結果から言えば攻略組は見事五戦全てを突破した。厳密に言えば、キリト擁護派は、だろうか。

 第一回戦はHPゲージ四本の《アヴェンジ・ザ・コボルドロード》と、一本減る度に追加される合計十六体の《アヴェンジ・コボルドセンチネル》が相手だった。

 キリト達にとっては様々な意味で因縁深い第一層ボスの強化版であったこれは、ゲージ残り一本となると手斧と円盾から長大な野太刀に換装したものの、全ての《刀》スキルをキリトやユウキによってパリィされ、あるいはヒースクリフの強固な《神聖剣》スキルによる防御を始めとしたタンク隊を突破出来ず、敢え無く討ち取られた。

 第二回戦はHPゲージ四本の《アヴェンジ・ザ・バーサクデーモン》。

 全長十メートル程の巨躯を持つ三面六臂の鈍色の人型巨像ボスで、後で聞けば第二十五層で猛威を振るったボスらしい。あのキバオウが突貫し、《アインクラッド解放軍》に甚大な被害を与え、攻略レイドで多くの離脱者と死者を出した悪夢を見せた存在だ。

 左右に三本ずつある腕は、上から順に短槍、片手剣、手斧が握られていて、それを別々に動かして背面以外の全てをカバーし切る程の対応力で攻略レイドを苦しめた。

 その猛威は第二十五層攻略当時もやはり振るわれたらしく、それまでに無い種類の攻撃方法と巨像である事から斬撃と刺突属性が効き辛く対応に苦しみ、結果的に潰走寸前まで追い詰められたという。

 とは言え、過去に戦ったボスが出て来るという情報は既に存在しており、更にはクォーターボスという事もあってかなり警戒されていたためかつてほど苦戦はしなかった。その情報がある時点で、攻略レイドは挑む前に各階層のボスを――諸事情で第四十九層だけはキリトも記憶していなかったため生の情報が一切無かったが――お浚いしていたためだ。

 苦戦しなかった最たる理由はキリトにある。ただし、まともな方法で戦い勝った訳では無い。

 《ⅩⅢ》で無数の武器を操れるキリトが、後で色々と言われる事も含めて全て擲っていきなりその特性を全開放したからだ。打撃武器である片手棍の雨で、ボスを一気に圧殺したのである。ものの見事に何もさせず、延々と片手棍の雨は繰り返された。

 その戦闘時間はおよそ三分。

 通常の階層ボス戦は平均二、三時間。強化されていると言えど、連戦を考慮してフロアボス並みでは無かったらしい復讐のコボルド王相手に三十分は掛かったというのに、たったそれだけしか経過しなかった辺り、物量作戦が如何に恐ろしさをまざまざと理解させる展開だった。

 これには流石の反キリト派及び攻略組の誰もが、その異常な攻撃方法に唖然としたものである。

 まぁ、《ⅩⅢ》の存在と特性を既に知っていた私達は、衆目があるここで解放するとはという別の意味で唖然とさせられたのだが。攻略に関して基本的に手を抜かないのはキリトが持つ《ビーター》としてでは無い意地なのかもしれない。あるいは、脱落者が出た後で使ったのを色々と言われる方が嫌だったためか。

 ちなみに、三面六臂と言えば阿修羅の代名詞。このボスの名前から悪魔と考えてしまうが、これで合っている。《バーサクデーモン》は阿修羅の英訳の一つなのだ。

 その唖然を引き摺ったまま第三回戦に進み、現れたのはHPゲージ四本の《アヴェンジ・ザ・ドラゴンエンペラー》。優に全長十五メートルはある巨躯を持ち、紅い鱗に黄色の眼をした西洋タイプの竜で、巨大な顎で噛み砕こうとしたり、引っ掻いたりと大暴れしていた。

 レイドメンバーはキリトに任せようと考えていたようだが、先の大暴れで脳に負荷が掛かったせいで一時的にキリトはダウンしてしまい、意識こそ喪わなかったもののまともに戦う事は難しくなっていた。よって楽をしようという目論見は呆気なく潰え、普通にレイドは戦闘を強いられる。

 意識はあったキリトの援護攻撃は些少だったが、第二クォーターと言えど弱点である逆鱗を叩かれたせいで弱体化していたので、然程苦戦はしていなかった。

 続く第四戦目。これは第七十四層の中ボスである青眼の悪魔、本来のボスである紅眼の悪魔の二体が相手だった。どちらも名称は《アヴェンジ・ザ・グリームアイズ》で、見た目もパッと見では同じだったが、前者は何もかもが青いのに対し、後者は所々に転移結晶と思しき青い結晶を身に付け、大剣と眼が紅いため見分けは付きやすかった。

 ここで一気に脱落者が出た。紅眼の悪魔は転移能力を有し、開戦直後にレイドの頭上から襲い掛かって混乱させ、即座に青眼の悪魔が追撃したせいだ。

 この二体を倒した時に生き残っていたのは実際に戦ったキリト、アスナ、ラン、ユウキ、サチ、《風林火山》、そしてヒースクリフ、ディアベル、エギル、ストレアの十五人だけ。

 流石のキリトも、乱戦となっては《ⅩⅢ》を使えなかったので味方を切り捨てるより他が無かったのだ。むしろ彼以外全滅しなかっただけマシとも言えた。

《レイド戦》で初の鎬を削る戦いだったと言えるだろう。

 そして最終戦は《The Hollow seized with Nightmare of past》。通称、ホロウ。

 《個人戦》最終戦でキリトが激戦を繰り広げた、彼曰く暴走した過去の彼自身が相手だった。ゲージはやはり一本、恰好も黒いフード付きコート、装備も反りの無い黒と白一対の片刃片手剣だった。

 《個人戦》の時にHPを削るには攻撃力依存では無くヒット数依存である事が分かっていた為、開幕直後キリトはホロウが近付くよりも前に《ⅩⅢ》の特性をフル活用し、脳の酷使による頭痛をも厭わず武器の雨を降らせて一気に削りに行った。

 偶に曲剣による頭上転移後の唐竹割り《タービュランス》や大鎌による背後への奇襲攻撃が繰り出されるも、同じ攻撃を出来る上に経験があったため全て捌き、アスナ達が居ない場所へ吹っ飛ばしてから武器を降らせる攻撃を繰り返した。

 とは言え、それでもやはり過去のキリトは一筋縄では行かず、私が一人で戦ったレッドワイバーンと同様に途中で学習したのか狙いをアスナ達に変えた。

 流石にフレンドリィファイアの危険性がある以上は続けるわけにもいかず、キリトもその攻撃から《ⅩⅢ》デフォルト登録装備で交戦を開始。暴走状態に入ってからは、どちらも同じ装備による異次元の戦いが繰り広げられた。

 およそ二十分という悪夢の第二十五層ボスよりも掛かり、されど第一層ボスより短い戦闘時間で、キリトはホロウを討ち取った。

 この間、アスナ達はとにかく生き残る事にだけ集中していてダメージは殆ど与えられなかったため、とても悔しそうにしていた。

 ユウキだけはキリトとのデュエルで前半は押していただけあり、流石の反応速度で攻撃を捌いて何回かは剣を掠らせていたが、本人としてはとても不満そうに眉根を寄せていた。

 どちらかと言うとキリトに無理をさせた辺りで思うところがあったようだが、詳しい事は彼女のみが知る事だ。

 ちなみに後で聞いたが、二回戦で一旦ダウンしたキリトだが実際のところまだまともに戦えたらしい。現に二体の悪魔やホロウ戦で互角以上にやり合えたのがその証拠。

 あの二回戦の大暴れの直後も普通に戦っていたらレイドが楽をしようとする未来が容易に想定出来たし、キリトの負担も後々を考えれば大きくなり過ぎるので、一つ芝居を打ったのだと言う。疲労は確かにあったが、即座にダウンする程では無かったという事だ。

なら悪魔やホロウ戦はどう説明するのかと言えば、味方がいる乱戦ではイメージで動かし辛いが、反面一対一なら無類の強さを誇る理由が言い訳になる。つまり多くの味方が敗れた為にキリトは全力で《ⅩⅢ》を使えたという訳だ。

 まぁ、互角以上と言っても、戦闘を全て終えた直後に意識はあるものの疲労でぶっ倒れていたのだが。

 その疲労した姿を見せられていたためか、後に問い詰めて来た攻略組の面々も、その理由に納得はして渋々ながら引き下がった。乱戦の厄介さをある程度理解している為だ、とユウキ達は語った。

 そして、キリトがまだ戦えたのに一芝居を打った理由を聞かされたのは《レイド戦》が終わり、解散した後の事。普通に心配していたので呆気に取られたが、理由が理由なので咎める者は誰も居なかった、事実アレを見せた後にレイドは楽をしようとしていたのだからむしろやって然るべき芝居だっただろう。

 ともあれ、これで闘技場三つの項目を制覇し、証を揃えた事になった攻略組は、その翌日……すなわち今日、晴れて迷宮区へと足を踏み入れた。

 が、《レイド戦》を終えた後である昨日にキリトがある程度マッピングを済ませた後であったのは言うまでも無い。彼が最前線に籠り続けるのは、トラップやモンスターの情報をいち早く集めてアルゴに渡し、被害を抑える為なのだから。

 とは言え、攻略組の一員、それも最早《ⅩⅢ》の存在で自他共に誰もが認める最大戦力であるキリトは本来であれば休暇で心身を休めている身。

 およそ一週間は休んでいるもののそれは他の殆どのプレイヤーも同じで、その間に戦った相手は途轍もない強敵ばかり。更には《レイド戦》も多くのプレイヤーが敗北を喫した第四回戦以降はほぼキリトの独壇場という有様。

 なので昨日は即座に情報を集めに向かったキリトも、今日から約一週間掛けて行われる攻略組強化期間は最前線に籠る事を禁止されている。

 当然それを言い渡したのは何時もの面々。何気にナンも、キリトが『行く』と反駁する度に怒ったように鳴きながら耳に軽く噛み付いていた。

 心を許している面々から口を揃えて言われては敵わなかったようで、キリトは結局素直にそれを受け容れた。

 しかしながら、今日もキリトは最前線にいる。

 ここで注目すべきなのは、禁じている事が『立ち入る事』では無く、『最前線に籠る事』という点。

 つまり迷宮区で一日を過ごさず、その日の内に帰りさえすればいいのだ。

 第三クォーターのフロアボスを休暇明け直後に相手するというのは不安があり過ぎるため、せめての妥協案としてキリトが言ってきたのだ。

 流石にその理由には全面的に――特に攻略組メンバーは激しく――同意だったので、迷宮区で夜を明かすというのだけ禁止された。

 まぁ、闘技場で明かされた《ⅩⅢ》の他、《二刀流》含めて持つ全十種類のユニークスキルの情報を欲している情報屋や、未だにキリトが上であると信じていない、あるいは上であると認めた上で気に食わないから殺してそれを得ようと画策したりするプレイヤーから逃れる為でもあるのだが。

 下手に《圏内》やホームにいるより、今まで通り迷宮区に居るという話があれば安全であるのは明白だ。

 最前線では高確率のモンスタードロップに転移結晶もあるらしいので、最悪それを使って直で《コラル》へと転移すれば良い話だ。ちょっと痛い出費になるがモンスタードロップであれば収支ゼロに落ち着くから問題にもならない。勿体無いと思いはするだろうが。

 そんな訳でキリトを始めとした攻略メンバーは最前線の迷宮区塔に向かい、リーファは圏内クエストで経験値稼ぎ、私は採取系クエストをする傍ら一人で鍛錬をするという状態に落ち着いている。

 ちなみに、《弓》クエストを受ける際にキリトがアシュレイと交わされていた『一日モデル』の件は、最前線攻略がある程度落ち着いてからとなっている。

 ボス部屋手前まで攻略が進んだ後、ヒースクリフを始めとした各リーダーは戦力の補強に時間を費やして準備を整える事になっている。闘技場《レイド戦》での戦績を鑑みて、この階層のボス戦で下手すれば同じ結果になりかねないと危惧した為、ボス部屋発見から一週間きっかり時間を取るのだ。

 その一週間は短くはしないが長くもしない。既に第七十五層で十日が経過している為に遅くとも三週間以内に突破しなければ、精神が不安定なプレイヤーの自殺者が増える可能性が懸念されるためである。

 それでも急いては事を仕損じるとも言う。焦っていきなり攻略に踏み出した所で、先の《レイド戦》の結果を考えれば半壊ないし全滅を危惧するのも必然。万全を期して当たる為に、ヒースクリフ、ディアベル、クライン、ラン、アルゴ、リンドが会議を開いて決定したのだ。

 尚、その会議にキリトは出席こそしていなかったもののヒースクリフに意見は伝えており、それをさも自身の意見であるかのようにヒースクリフが言ったため居なくても特に問題は無かったらしい、二人の意見が合致していたのもある。その間に彼は迷宮区塔に乗り込み、情報を集めていたという訳だ。

 あの子、本当に抜け目が無い。

 

「今頃、何をしているのかしらね……」

 

 キリトの事を考えていると、ふと今は何をしているのか気になった。

 視界右上の時計に視線をやれば、時刻は午後十二時十五分を示していてお昼時になっていた。

 となればキリトは迷宮区に必ず一つはあるという《安全地帯》で自作の弁当を食べている頃だろうか。あるいは、未だ《安全地帯》を見つけられず、圏外で周囲を警戒しながら食べているか、それともお昼を取らずに彷徨っているか。

 ピリピリとした空気を纏って警戒しながら歩く様子、あるいは弁当を食べている様子。そして《安全地帯》で弛緩した空気を纏いながら笑みと共に弁当を食べる光景。

 次々と浮かぶその様は、どれもあり得そうだ。

 

「……私も、お昼を食べようかしらね」

 

 採取クエストの達成に必要な分は既に集め終えているし、そろそろ集中力も切れて来た頃合いだ。それに何よりお腹が空いてしまった。

 そうと決まればさっさと食べようと、私はストレージに仕舞っていた食料を取り出した。今朝、迷宮区に出掛ける前にキリトが渡してくれたそれは、籐の籠に入れられた具沢山のサンドイッチ。お肉や野菜、色が異なるものは多いものの再現された香辛料をふんだんに使ったそれは、蓋を開けた時点で暴力的なまでに空腹を刺激する。

 今回の弁当は西洋ファンタジーでありがちで、更には要求される《料理》スキル値も高くない基本的な料理だったが、基本だからこそ料理人の腕が試される。

 よく分からない覚悟を抱きながらその一つを手に取り、頂きますと言ってから噛み付く。

 噛み千切った食物を咀嚼する度に、素材を活かした味と香辛料によって調整された辛み、肉の油が混ざり合い、幾度噛んでも損なわれない味が口内に広がる。

 

「……美味しい……」

 

 ポツリと、口元に笑みが浮かぶのを自覚しながら思わず言葉を洩らす。

 相変わらず、と言うべきか、キリトの《料理》は他の人が作るそれより一味も二味も違う。

 NPCレストランや屋台で出されるものは素朴で当たり外れがあるものの基本は美味しい。アスナやユウキ達が作るものはほぼ全て美味しい、極上とすら言えるだろう。

 しかし、キリトの料理はアスナ達のそれを遥かに上回る。高級感溢れるという訳では無い、むしろ使っている食材は彼女達が選ぶものよりランクは低い、Cランクの食材ばかり、高くてもBランクだ。それなのに優っているのは香辛料の恩恵に違いない。

 だが、きっと最たる要因は、これがキリトの料理だからだ。キリトが特別な何かをした訳では無く、むしろ逆で、私の方に要因がある。

 『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』という諺がある。憎い対象に関わるモノであればたとえ非が無くともそれすら憎く思えてしまうという意味だが、それとは逆で、きっとこれがキリトの料理だからこそ極上を超えるものなのだと私は感じてしまっているのだと思う。

 空腹は最上のスパイスだと言うが、私の最上はどうやら違うらしい。空腹ですら数あるスパイスの一つにしか過ぎないという訳だ。

 だから毎食毎食、献立が違うものの飽きる事が無い。何故ならキリトが作った料理だから。

 私が美味しいと思える最たる理由がそれだからこそ、味の虜になった訳では無いからこそ、他の料理の味に心惹かれるし、アスナ達の料理も極上だと思える。けれど決して他の料理の味の虜にはならない。

 キリトの魔性は笑顔だけでなく、どうやら料理もらしい。

 私はキリトお手製のサンドイッチに齧り付きながら、女としてのプライドなんて見る影も無いくらいズタズタだがキリトのだったら構わない、むしろもっと食べたいなと、そう考えていた。

 そして、今日の晩御飯は何だろうかと考えると同時に、最後の一欠片を飲み込んだ。

 

「御馳走様でした」

 

 最後に籐の籠をストレージに戻してから、両手を合わせてそう口にする。感謝の先は当然、美味しい弁当を作ってくれた、迷宮区塔に居るであろうキリトである。

 それから小休止を取って、私は午後の鍛錬を再開したのだった。

 

 ***

 

 カチャカチャと幾つかの器物を扱い、小鉢の中に入れていた植物を磨り潰していく。磨り潰して粉末状になったそれにあらかじめ用意しておいた水を入れる事で、ぽん、と音を立てて液体が詰められている片手で持てる程度の小瓶が出現する。

 それを目の高さまで持ち上げて中身の液体の色を、次に指でタップして詳細を確認する。

 完成したものは、小瓶こそ半透明ではあるがほぼ無色で、詰められている液体の色は澄んだ翡翠色。

 名称は《グランポーション》、即時回復量七割に自然回復量六割。

 通常のものより効果が高めの代物で、少なくとも店に卸せる程度の回復量はある。

 

「まあまあ、かな……」

 

 それを見て、感想を洩らす。評価としては中の上、よくて上の下といったところ。出来る事なら自然回復量の方ももう一息上げたい所だが、即時回復量が増しているだけでもそれなりなので、一応納得出来るものではある。

 とは言え、満足いっている訳では無いが。

 俺は現在、第七十五層迷宮区内部の《安全地帯》にて、自分で作った弁当を食べてからはずっと《調薬》スキルを以て持ち込んだ素材とドロップ品でアイテムを作っていた。偶に思いもよらない組み合わせでアイテムが出来る事があるし、仮に失敗しても、それが手掛かりになって別のアイテムを作れる場合も存在するからだ。

 今作ったグランポーションは、ここに来るまでに使用した分を補充するためのものだ。試験的に回復量が増やせないかとあれこれ試行錯誤しているが、もしかしたら即時回復量を増やすので限界なのかもしれない。あるいは何か別の素材も入れなければならないのか。

 まぁ、現状ではグランポーションを作るだけで構わない。こういう研究はホームでした方が一番いい。何より素材に困らない。

 

『テメェもよく飽きずにやるなぁ……』

 

 それでも自然回復量を増やしたいので何を加えたら良さそうか思案していると、脳裏に、俺の声を機械に掛けて高めにしたような二重音声が響いた。

 何時ぞや、見知らぬ現代都市にて刃を交え、それからもちょくちょく力を貸してくれている真っ白なもう一人の俺……白だ。ユイ姉の時を始め、モルテ達を殲滅する時や闘技場での戦いでも力を貸してくれた存在である。何だかんだ協力してくれるのでここ最近は俺も結構頼りにしていたりする。

 何より白の存在を認識してからは会話が可能になっているので、対外的に一人でも実質二人という状況から相談する事が出来る。白は俺には無い視点を持ってるから正直助かる事が多い。

 まぁ、その白でも先日の元兄……アキ兄の登場には驚いたようで言葉を喪っていたが。基本的に余裕綽々としているイメージがあったのでちょっと意外に思ったりしている。

 

『料理に関してもそうだが、テメェ、割と研究熱心だよな』

『楽しいからな。実際興味があるからやってる訳だし』

 

 研究熱心というのは否定しない。

 実際《料理》スキルで調味料を再現する時には数百種類の素材を無数に組み合わせていって、素材が俺達プレイヤーに与える味覚パラメータを解析、素材ごとの傾向を探って作り出したものだから。

 まぁ、調味料を再現しようとした理由が、SAOのNPCレストランの料理が酷く味気ないというものだったのだが……あとはこの世界でも自分を見失わない為だろう。まさか完全習得どころか偶然とは言え米まで再現出来る程にのめり込むとは予想外だったけど。

 少々異なる部分もあるが、《調薬》によるアイテム製作に関しても素材の組み合わせで効果や完成品が異なるのだから基本は同じ。研究熱心でなければ多分これも続かないだろう。

 それを踏まえればシリカはよく自分で組み合わせを思い付いたものである。少なくともグランポーションの素材に関してはシリカに教えてもらわなければ分からなかった。

 そう考えながら白に返せば、脳裏に苦笑するような声が響いた。

 

『興味があるからってのは分からなくも無ェよ、オレだって似たような事はあるしな。けどそれをやり始めたの、今でこそ自分の分を作る為にやってるが、大本は結晶無効化空間でのボス戦を危惧して他の連中に供給する為なんだろ? そこまでテメェが面倒見る義理あるか?』

 

 白が心底不思議そうな声音で問い掛けて来る。

 俺が《調薬》というエクストラスキルを習得したのは本当に偶然だった訳だが、これを育てている理由には自分の回復アイテムを自分自身で作って街に戻らなくてもいいように備えている為と、今後のボス戦に備える為の二つ存在する。

 前者に関してはキバオウやアキ兄の事を警戒してだ。

 この二人は裏で繋がっている可能性が非常に高く、俺を排斥しようと本気で掛かって来る未来を否定出来ない。

 俺は《ビーター》として多くのプレイヤーから疎まれていて、シンカー救出などで多少緩和されている感じはするがそれも極一部なので油断は出来ない。誅殺隊や《聖竜連合》は未だに俺の命を狙っている節があるし。

 そのため、俺は最悪補給で街に立ち寄る回数を極力減らさなければならない事態に発展する恐れがある。今の所攻略組の一人であるため最低限それは看過されているが、それが何時までも続くとは限らない以上、自力でどうにか出来るよう対策を立てておく事もやって然るべきだろう。

 ちなみに、習得からかなり後になって気付いたのだが、何気に《料理》スキルで作成した料理でもHPは回復するし、レアな食材を作ればステータスブーストバフが掛かる事もあったりする。

 そんな食材は相当レアで、《ラグー・ラビットの肉》は味が極上設定なのでバフが無い、恐らく他のSランク食材ならあると思うが見た事はあるにはあるが殆ど無い。

 閑話休題。

 もう一つの理由に関しては、白が言ったように第七十四層でのボス部屋が結晶無効化空間であった事を危惧した為だ。

 今までのボス戦は、その高い効力の即時発動から結晶系アイテムが重用されて来た。ポーション系はどうしても一気に回復する量に限りがあるし、状態異常回復に関してはデバフ時間を減少させる程度で即時解除が出来ない、更には一応飲料なので使用時は隙が生じる。状態異常関連に関してはどうしても結晶系に軍配が上がっていた。

 しかし漸く四分の三まで登って来たところで、《アインクラッド》で確認されているトラップでもトップの凶悪度を誇る結晶無効化空間の台頭から、その優位性が全て喪われる事となった。

 この空間の厄介なところは、回復に関してはまだ人数があればローテーションを組む事で回復する結晶系が無い頃の主流だったPOTローテでどうにか出来るが、状態異常に関しては難しい事。

 ダメージ毒や出血はポーションや《戦闘時自動回復》スキルの自然回復で緩和、相殺出来るからまだマシだが、特に麻痺なんてメニューを開けなくなるわほぼ動けなくなるわと最悪だ。しかもスタンの条件を満たした上でスタン誘発が二度起こる事でも麻痺は発生するため、危険度に反してなり易いという厄介なものでもある。

 時点で部位欠損だろう、メニューを開く為に振る利き手設定の腕が斬り落とされればその間は開けなくなるのでこれも手痛い。しかも戦闘にも出られなくなる。回損結晶でしかこれは回復出来ず、自然治癒には五分の間を空けなければならないので中々キツイ。

 そして最大の難点は、転移結晶による緊急脱出が不可能である事。

 第七十四層の時はコーバッツのみ助けられず死んでしまったし、撤退を良しとしなかったのでどうにもならなかったが、少なくともその他の部下に関しては転移結晶さえ使えれば撤退は容易だった。事実俺がボスのタゲを取る事で倒れ込んでいた彼らをクライン達が運び出せたのであり、使えていたら即座に脱出し、俺も転移能力を有する紅眼の悪魔が出る前、青眼の悪魔の時点で仕切り直し、撤退していた筈だ。

 まぁ、結果的にあの戦いはソロの方が良かったのだが……

 ともかく、ポーションやスキルでHP回復はどうにか出来るとは言え、結晶無効化空間では状態異常と緊急脱出の二つに関して凄まじく不利であるという訳だ。

 その対策としてヒースクリフとディアベルは、攻略組各員にポーションの即時補充を言い渡した。これにより、ポーションの重要性は特に段違いに高くなった為、効果を高めにする必要性が出て来た。

 今までは大ダメージを負えば全快結晶を使って一気に回復し、すぐ前線に戻るという荒業も可能だった。現に俺はそうやってボス戦を乗り越えて来た訳だが、その手段が取れないとなれば、現存のポーションの効果をより高めなければ俺自身が死ぬ結果になってしまう可能性は高くなる。

 あとは、俺が死んで欲しくないと思う人達が死ぬ可能性も高くなる。出来る事は時間がある内にやっておくべきだと思うのだ。

 それを幾らか掻い摘んで脳裏で言えば、ハーン、と白がどうでも良さそうに反応した。

 

『なるほどねェ。テメェにとっちゃメインは何時もの連中で、他の連中はついでって訳か』

『……まぁ、そうなる、のかな……』

 

 白の大雑把な纏め方に物申したい事が無い訳でも無かったが、リー姉やアスナ達と他の面々を比べればどうしても前者の生存率を高めようと考えてしまうため、白の言い方も間違っている訳では無い。

 どちらも助けたいのが本音だが、二兎を追う者は一兎をも得ずと言うし、優先するなら必然的にリー姉達になる。

 

『そいつは分かったぜ。でも本当、テメェって結構な物好きだな。目的は分かったが、何が面白くてンな七面倒な作業を好んでやンだ?』

『んー…………性に合ってるんじゃないかな、多分だけど』

 

 白の素朴な疑問に、俺は少し曖昧な口調で答えた。

 実際楽しんでいるからには性に合っているのだろう、ちょっと面倒と思わなくも無い部分はあるが発見の喜びは本物だし、作業に関して苦と思った事は無いのだから。

 まぁ、戦闘関連に興味がありそうな――実際ある――白のように、俺もそちらに興味が無い訳では無いが、比重としては研究の方に重きがあると思う。システム外スキルの構築に関してだって、アレは全て思い付きでは無く理詰めによるもの、システムに関して深い見識を持っていなければ発想は出ないのだ。

 それらを考えれば、俺は意義さえあれば煩雑で面倒な作業も苦にはならない性格なのだろう。

 

『ンで、次は何を作るつもりだ?』

『俺が使おうと思ってる分は作り終えたし、余ってる素材で何か出来ないかなと……一先ず今はスライム系素材の水分を飛ばそうとしてる』

 

 白と会話しながら《グランポーション》を作った幾つかの磨り潰すための陶器の器や道具の他、薬草を煮たり煎じたりする為の道具を扱って作業を進める。

 その道具である三脚とガスバーナーの如く炎を出すマジックアイテムを用い、陶器に入れた《エメラルドゼリー》という綺麗なエメラルド色の粘液の水分を飛ばそうとしている。

 この世界にもファンタジーにありがちなスライム系モンスターが存在しており、それぞれに色もある。

 色で強さが決まっているという訳では無いが、全体的に緑はHP、赤が攻撃力、青が防御力、黄色が毒などの状態異常付与に特化しているという印象だ。

 そのスライム系モンスターを倒すと一定確率でゼリー系素材をドロップする。《グリーンゼリー》、《レッドゼリー》、《ブルーゼリー》、《イエローゼリー》の四種類があり、大体スライムの色に応じた色のゼリー素材がドロップする。まぁ、稀に別の色をドロップする事もあったため、低確率ながら他のも落とす設定になっているのだろう。

 そんな中、この第七十五層の各地に点在するスライム達からは、これまで無数にドロップしてきたものとは違うゼリー系素材が手に入った。

 その一つが現在水分を飛ばそうとしている《エメラルドゼリー》である。他にも《クリムゾンゼリー》、《ハワイアンゼリー》、《トロピカルゼリー》など、今まで確認されていたゼリー系素材の色を綺麗に澄んだものにしたようなものが手に入った。つまり四種類存在するという訳だ。

 恐らく《獣の皮》と《獣の大きな皮》といったような上位素材なのだろう。下層でも手に入るが上層に来た事でドロップ率が上がった為に多数入手出来たのか、あるいは第三クォーターのスライムモンスターから新規ドロップとなった素材かは分からない。

 ともかく、《グリーンゼリー》などは二束三文でも売ったりクエスト消化の為の納入品とするくらいしか使い道が無かったのだが、それなのに上位素材と思しきものがドロップしたとなれば、それは何かを意味するのではないかと思えてならない。少なくとも何かしら意味はあるだろう。

 ゲル状物質を流石に料理に使う気にはならなかったし、ポーションに出来ないかと考えて《ポーション作成》スキルを以て《グリーンゼリー》などの水分を飛ばして粉末状にし、水やポーションを掛け合わせた事もあるが、当時はただのゲル状物質に戻っただけだったので何もないと判断していた。

 それがここに来て上位ランクと思しき素材の登場だ。これは何か意味があるかもしれないので、エクストラスキルである《調薬》を習得している事も手伝って再度作成に挑戦しているという訳だ。

 発明はちょっとした発想から生まれるものなのである。気になって、それが試せるのであれば即実行だ。

 たとえ失敗だとしても喪うのは暫定的に使い道が無いと分かった素材アイテム、更には多数手に入る代物なのだから別段痛くも無い為、躊躇い無く実験が出来る。誰かに迷惑を掛けるという訳でも無いし。

 とは言え、水分を飛ばすというのは現実より短時間と言えど二、三分は掛かる。その間に他の作業も並行させる事で無駄を少なくしようとも考えている。

 一先ず簡単に試す事は、ゼリーとポーションの掛け合わせ、水分を飛ばした粉末とポーションの掛け合わせの二つ。あとは状態異常ポーション類とはどうかも調べる必要がある。

 俺の希望としては解毒ポーションや解痺ポーションの効果が、デバフ時間短縮から即時回復やHP回復効果の追加になってくれれば嬉しいのだが。

 基本的なHP回復ポーションは十分な効力を持っているので、残りは完全回復ポーションと状態異常回復効果にHP回復効果が重なっているポーションくらいだろう。

 

「えっと……まずはゼリーのまま《ポーション》と合わせてみるか……」

 

 まず試したのは《エメラルドゼリー》と最下級の《ポーション》の掛け合わせ。次に《ハイポーション》、《グランポーション》と掛け合わせていく。

 結果から言えば、《ポーション》は《ハイポーション》に、《ハイポーション》は《グランポーション》に、そして《グランポーション》は《エリクサー》へと昇華されていった。即時と自然回復量はどちらも店売りと同一であるため、素材としたポーションよりワンランク上のものに押し上げるのが、上位ゼリーの効果らしい。

 《エリクサー》は、小瓶の中に薄っすらと翡翠色の輝きに発光する液体が詰められたポーションで、見た目としてはグランのそれに近い。発光がランクの差を見分ける指標なのだろうが日差しがある場所だと見分けを付け辛いのが難点か。

 まぁ、《エリクサー》の小瓶の形状はグランのそれと違ってかなり細く、更には一回りほど小さいので、グランの小瓶を見慣れていれば間違いはしないだろう。

 

『へェ、睨んだ通りじゃねェか。完全回復ポーションかよ』

 

 それの詳細を確認していると、感心したように白が言った。

 そう、あったらいいなと思うものの一つとして、HP完全回復するためのポーションが出来たのだ。これは流石に想定外である。いや、調味料や米など新しいものが出来た時は何時も想定外ばかりだったが。

 効果としては即時回復量十割と自然回復量八割。

 他のポーション類で作った際に店売りと同じ、つまりはデフォルトの効果であったため、この効果も設定上はほぼ最低限なデフォルト値にあるのだろう。やろうと思えばここから多少効果を上げる事が出来るかもしれない。まぁ、他に出来たものでは即時回復量だけで、自然回復量に関して増量は未だ達成出来ていないのが実情だが。

 それにしても、出来るかなとある程度予想していたとは言え、あまり期待していなかっただけに意表を突かれた形になる。望外の喜びとはこの事か。飲料であるため使用時に隙が生まれるものの、量は他のポーション類より少ないし、全快結晶の代わりになれる。

 もし結晶無効化空間になる事を前提として上位ゼリーをドロップするスライムを配置したのだとすれば、この設定にしたディレクターは中々イイ性格をしていると言える。

 多分これを設定したのは茅場晶彦だと思う、結晶アイテムが使えない代わりに《エリクサー》を作製出来るようになったというのがその証拠。

 回復が辛くなってはボスに有利だが、《エリクサー》の存在でキチンとプレイヤー側にもフォローがされている辺りがフェアネスさを感じられる。

 この後、粉末状になるまで水分を飛ばした事で手に入った《翡翠の粉》を各ポーション類と混ぜると、何と即時回復量と自然回復量の両方が二割も上昇するという結果になった。ゼリーで量産した《エリクサー》に関してはどちらも十割という驚異の数字だ。

 どうやら粉末状になるまで水分を飛ばすという一工程を挟む事で、効果が上がるという仕様らしい。ゼリーである事を上手く使っていると思う。

 ……しかし。

 

「《エメラルドゼリー》でこれなら、他のはどうなるんだ……?」

 

 上位ゼリー一つでこれなのだ、まだ状態異常回復薬など他のポーション類に関しては試していないので《エメラルドゼリー》一つで分かっている事は半分も無い。それなのにまだ他に三つも残っている。

 これは実験のし甲斐がありそうだと、うずうずと心が疼くのを抑えずに俺は次の試作に取り掛かった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 まず最初に一つ……



 シノン は キリト に 胃袋 を 掴まれた!(笑)



 何だかどこぞの騎士王っぽく食い意地が張ってる感じになってしまいましたが、原作一夏の料理の腕を持ち、原作アスナ以上の《料理》スキルの使い手である本作キリトの腕が良すぎるのが悪いんです(笑)

 どんどん虜にしてくれよう(愉悦)

 さて、まずキリトの大暴れっぷりが世間に知られる事となりました。後々を考えれば、先に暴露しておいた方が良いと思うんです……取れる手段も増えるし、第三クォーターという強敵を前に士気も上がるし。キリトアンチ派にとっては面白くないですが。

 リーパー相手にすら一方的に勝てる展開が見えた気がする。

 本来休暇中のキリトが最前線に赴いているのも文中の理由によるもの。第三クォーターボスを休暇明けでいきなり相手するのはかなり無茶があると思うんだ、原作キリト&アスナよ。ましてや本作のキリト、自然成長の才能そのものは義姉から全否定されるくらい壊滅的だからね、努力したら化けるけど。

 次にシノンはキリトの煽りに近いものを喰ってソロを強要されているという現状。

 まぁ、予定している構想では第七十六層到達後に参戦する予定ですがね。あくまで予定。

 ちなみに、一応それっぽい事を書いてはいますが分かりやすく言うと、シノンが《弓》と《弓術》を得た事を知っているのはリズベット武具店にいた面々だけです。なのでストレアやヒースクリフも知りません、話に出ていたクラインもユニークスキルの事を抜きで入団を勧めていません。そういう設定。

 あんまりキバオウ&誅殺隊ほど目立ってないリンドと《聖竜連合》ですが、実は案外しっかりと影響力あったり。主に手段選ばない辺りで凄く厄介。そういう存在になってます。

 キバオウ諸共抹殺全滅ルートかリンドだけ中立ルート、どちらにしようかな……少なくともSAOでキバオウが殺られるのは確定。アキトに関与している以前に諸々含めて死すべし慈悲は無い(愉悦)

 まぁ、SAOで死んでもリアルではまだ生きてるけどネ!

 次にキリトの《調薬》スキル。

 調味料再現の話を原作アスナがちょこっとしていたので、それを基に今回は書きました。実際《味覚パラメータ》の解析とかどんだけ素材の組み合わせを試せばいいのか分からないので今回はちょっと誇張気味にしています。研究熱心設定の裏付けでもある。

 キリトの場合は自己崩壊の防止もあります……精神安定剤代わりに。攻略で必死な筈のキリトが何故《料理》を取ったのかについては構想はあるので、何れ詳しい心情部分を書くと思います。クラインと別れてから再開するまでの間とか、調味料再現期間の事とか、コペルや鍛冶詐欺事件とかも。書かない可能性もあるけど。

 あとは《オンリーセンス・オンライン》ですね、主人公の容姿が近い事もあって盛り込みました、実は弓もここが参考の一部だったり。製作過程や出来上がるのは違うけど主に生産系スキルの参考にしてます。実は《調薬》の設定もこれが元ネタ。近いのは考えてたけど骨子はこれです。

 レベルと装備で武力チートが整ったなら、次は生産チートで。でも努力はするヨホントダヨ。他の誰でも出来る感じで作ってく感じ。

 最後に白について。

 モチーフとしては悪友? Fate要素があった頃はもっと凝ったヤバい設定だったんですがねー……それを抜かしたから変わった。白が表に出て、アルキメデスやアキトに高笑いしながら『一流のド阿呆』とか言わせたかった(泣)

 アキトはまだいるし、須郷辺りも絡む予定なので、彼らを殺る時に何時か言わせたいです(愉悦)

 キリトは性格的に違うのでパス。言うとしても素では無く《ビーター》としてでしょうね。まずアキ兄には言わないでしょうが、女性利権団体や須郷辺りには容赦なく言いそうな感じがする。

 長々と失礼。

 では、次話にてお会いしましょう。


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