インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 お久しぶりです。リアルで色々あったのと、展開に悩んで遅くなりました……

 今話はアリス達が話してる間、一方そのころ黄昏キリト達が何をしていたかのダイジェストです。探索は原典ゲームでやってるので薄味なのだ……

 それと後書きは、今話で増えた新キャラの原典ゲームでの紹介文が殆どなのだ……ごめんなのだ……

視点:黄昏キリト

字数:一万一千

 ではどうぞ




幕間之物型:異黒編 ~黄昏の妖精郷~

 

 

 異界からの漂流者アリスを空都に店を構える仲間のエギルに託した俺は、アスナとブラック・ロータスと共に再度【浮島草原ヴォークリンデ】へと繰り出した。

 最初に手を付けたのは、ログインしている仲間達と合流する事。

 道中でダンジョンに潜ったり、スヴァルトエリアを浸蝕した影響故か封鎖された空間を前に立ち往生したりと色々あったが、幸いにもフレンドリストは生きていたし、今日はどこで何をするかもそれぞれから聞いていた事もあって数人の仲間とは合流する事が出来た。

 

「いやー、それにしても並行世界のキリトかぁ。どんな人か会うのが楽しみだなー」

 

 そう言ってニコニコと笑みを浮かべるのは、薄紫色を基調とした衣装を纏う土妖精ノームの大剣使いストレアだ。

 ストレアは転移門を出てすぐのダンジョンに潜っていたため最初に合流出来た仲間だ。

 なぜ今更転移門近く――つまり、初心者向けのダンジョンに潜っていたのか不思議ではあったが、中に入って納得したのは記憶に新しい。それまではただの洞穴だったダンジョンの内装は様変わりし、異空間に浮かぶ通路のような情景に変化していた。

 一ゲーマーとしてはそんな変化を果たしたダンジョンにアタックするのも理解出来た。

 とは言え、流石の彼女もユイが囚われたと知ってからは、旺盛な好奇心を抑えて真面目に動こうとしてくれている。ストレアにとってユイは同じMHCPの姉にあたるから真剣になるのも当然なのだ。

 

「それにアリスっていう騎士の子もどんな人か楽しみだなー」

 

 ……真剣な、はずだ。

 多分。

 

「そのアリスさんって騎士を名乗ってるんですよね? ロールプレイの一環なんでしょうか。あるいは、並行世界のVRMMOのジョブとか……?」

 

 そうストレアに続くように声を発したのは、肩に水色の小竜を乗せた猫妖精族ケットシーの短剣使いシリカだった。

 SAOもALOもシステム的なジョブシステムが無いので、ビーストテイマーやドラゴンライダー、トレジャーハンターなども全て自称になる訳だが、それでも『騎士』を名乗る者はそう多くはない。その物珍しさがシリカの琴線に触れたらしい。

 俺としては、『騎士』と聞くとかつて攻略の行く末を案じていたとある男の事を思い出すので、あまり想起したくはない単語である。

 それは当時、俺とタッグパーティーを組んでいたアスナも同じだったようで、どうだろうね、と苦笑をしていた。

 

「話をした感じ、ただのロールプレイっていう感じじゃなかったのよねー。本物の軍人みたいな事を言ってたし」

「ああ、騎士だから徒歩での行軍(こうぐん)は当然だとか言ってたな」

 

 アスナに同調するように俺も言う。

 あれは空都への転移門に向かう道中、俺とアスナが飛行し、ロータスが浮遊して移動する中、アリスだけ走っていた時の会話だ。多少羨ましがっていたが、その上でああ言ったのだからロールプレイだとすれば中々堂に行ったものである。

 仮に本気で――つまり、現実と同じ意味で――言ったのだとすれば、それはそれで別の問題が浮上する。

 そしてその可能性を否定できないのが恐ろしいところだ。

 

「でも、本当に本物の騎士っていう可能性があるのよね? 聞いた限りカーソルとHPゲージが表示されてないって話だし」

 

 丁度俺の思考を読んだかのように、青い猫妖精の弓使いシノンが言った。

 そう。アリスが『本物の騎士』である可能性を否定できないのは、システム的な異常性を有しているからに他ならない。

 何しろ俺とアスナはその前例を知っている。

 アリスはかつて浮遊城で邂逅を果たした時のユイと同じ状態なのだ。MHCPとしての責務と、それに反する『プレイヤーとの接触禁止』という命令の矛盾によりエラーを溜め込んだ末に、俺とアスナの幸福の感情を追い求めて現界した時のユイと。

 つまり俺達は、アリスが何らかのクエストか街に配置された『騎士NPC』なのではないか、と予想している訳だ。

 しかし、それはあくまで『仮想世界で造られた存在』という前提があって成立する話。

 アリスは『人界』という更に別の世界出身で、そこから俺達にとって並行世界にあたる《アイングラウンド》なる大地に漂流した、ウラ世界の人間だと言っていた。

 『異界のキリト』達と違いログアウトする必要が無いとの事なので……まぁ、恐らくはそういう事なのだろうと思うが、リアルワールドの異世界人が仮想世界に迷い込んでいる可能性もワンチャンあり得る。

 『本物の騎士』という単語には、リアルの異世界人という意味を込めている訳だ。

 

「うーん……どっちにしても、なんか色々と凄い事態だよね。別ゲームからデータ流入があったかと思えば、並行世界の仮想世界から流れてきた人がいて、更に別の世界から来た人でもあってって……髪の長い幼いキリト君ってだけでもお腹いっぱいなのに……」

 

 そう言ってはぁ、と溜息を吐くのは長い金髪を風になびかせる風妖精族シルフの魔法剣士リーファ。

 リアルでは俺の妹――厳密には従妹――にあたる彼女は、並行世界から来た片割れが自身の兄の名を持つ幼い少年だと聞くと、宇宙を背負った猫もかくやの表情を晒すほど呆気に取られた様子を見せた。その話をしたのが正に兄である俺だったのも拍車を掛けたかもしれない。

 しかし、リーファの言わんとする事もよく分かる。何ならその心情や疲労感も理解できる。

 そんな気持ちを共有している者――銀色瘦躯のフルアーマーアバターが、ですねぇ、と呑気に呟いた。

 

「いやぁ……僕達が生まれる前の時代に来ちゃったなんて、今でも信じられないですね……」

 

 同じ年頃くらいの少年の声が、銀色アバターのシルバー・クロウから発せられた。

 

 クロウはその見た目とアバターネームから分かるように、俺達と行動を共にしていたブラック・ロータスの関係者である。主従というか、師弟というか、そんな間柄らしい。

 彼と出会ったのは、『異界エリア』と通称される場所だった。

 現在スヴァルトエリアを浸蝕し、ファンタジーにそぐわないビル群などを乱立させる外観に変化させたその事象により、不定期にスヴァルトのどこかに出現する歯車が回る機械的な転移門を潜り抜けた先に彼は居た。

 

 彼が言った事――生まれる前の時代に来た、というのはそこで発覚した事実だ。

 

 経緯を簡潔に述べるなら。

 ストレアとロータスが近くに寄った時、何らかのデータ干渉が発生。

 その際にストレアの意識が何者かに乗っ取られる。その乗っ取った主は、ユイを捕らえたペルソナ・ヴァベルが本来居た場所――千年後の未来の存在だと言った。

 その未来の存在は、ヴァベルが千年過去の現代に時間遡行した目的は、ユイを消す事で、自身が生きた未来の歴史を上書きして無かった事にする事だと語る。

 そして更に、ブラック・ロータスが現在から少し未来の時代の者であるとも語る。

 残念ながら千年もの時間を隔てた通信には無理があったようでそこで途絶えてしまい、これ以上の情報は得られなかったが、しかし短時間で得るものは多かった。

 

 ――シルバー・クロウが現れたのはその時だ。

 

 未来の者がストレアの意識を乗っ取る時だけでなく通信途絶の際にもロータスは影響を受けた。流石に意識にノイズをぶち込まれる感覚は堪えたようで膝をついた彼女に、俺は安否を確認しながら近づいた。

 それを遠目で発見したクロウには、俺がロータスに不逞な事を働く悪漢に見えたらしく、『僕の先輩に何をしたぁぁぁあああああッ?!』と怒号を上げながらカッ飛んできた。

 デュエルアバターでは唯一無二とされる双翼を煌めかせ、凄まじい加速の滑空から綺麗な姿勢のドロップキックを繰り出す様は、正に白銀の流星もかくやだった。

 怒り心頭のクロウの猛攻を往なす間に回復したロータスが割り込んで一喝したお陰で、その場は事なきを得たのだが……

 ……今思い返すと中々の熱量だなクロウ?

 

「うむ……空に広がる黒い影が、まさか21年前の仮想世界と繋がるとは私も驚いたよ。てっきり新フィールドか何かかと思っていたのだけどね」

 

 そうしてシルバー・クロウと合流したロータスは、未来から通信してきた者の言葉を肯定するように、自分達の素性について明かした。

 

 21年後の未来から来たのだと。

 

「《ブレイン・バースト》には色々と謎が多いですが、流石にこんな事態は、運営の目的通りとは思えないのです」

「そうねぇ。そもそも、空を飛ばないと来れない時点でほとんどのバーストリンカーが……というより、ネガビュにしか来れない場所になってしまう。それは流石に運営にとっても不本意でしょう」

 

 そう言ったのは、金属質な巫女衣装の少女《アーダー・メイデン》と、洗練された薄水色のフォルムをした女性《スカイ・レイカー》。

 二人は浮島草原の封鎖されたエリアに降り立ったロータスの仲間だ。リーファとシノンも同じエリアに居て、最初は敵かと思って戦ったが、エリアを封鎖していたボスを前に四人は共同戦線を張った経緯があるらしい。それから俺達と合流してきた。

 クロウと合流したのは更に後で、彼の暴走っぷりを見て、この二人はクロウとロータスの事を茶化していた。

 ……クロウの暴走っぷりから薄々察していたが、ただの主従・師弟関係ではなさそうだ。

 そこについては、茶々を入れると痛い目を見ると分かっているためスルーした俺は、ロータス、クロウ、メイデン、レイカーの四人からどんな仮想世界から来たのかを教えてもらった。

 

 ロータス達がプレイしているのは《ブレイン・バースト》というフルダイブゲームで、ジャンルとしては対戦格闘ゲームに相当するらしい。

 

 プレイするにあたってアプリをインストールするのも適正が求められ、それをクリアした者は、《バーストリンカー》と呼ばれるプレイヤーとして、そのゲームを遊べるのだそうだ。

 開始条件がある時点で特殊だが、《ブレイン・バースト》の特殊性はそれだけに留まらない。

 未来では、現代で言う携帯端末に相当する機器《ニューロリンカー》を首元に装着し、それでいつでもフルダイブが出来るのだという。現代のフルダイブ機器は運動・感覚神経の電気信号を延髄部分でキャッチし、大脳の動きもモニタリングする事でアバターに反映しているが、未来だと使用者の大脳と量子レベルで無線接続し、感覚情報の入出力を行うらしい。

 とんでもない話である。二十年余りもすればそんな技術が出来上がると聞いても、ちょっと信じられないくらい不思議技術だ。

 個人的には、量子レベルで無線接続出来るなら、下手すると《ニューロリンカー》なる機器を首から外していても接続されて、おかしな事になるのではと危惧してしまうが……まぁ、その辺のリスク管理はしているだろう。

 

 そして『《ブレイン・バースト》の特殊性』にこの量子技術が関わってくる。

 

 量子とは、粒子と波の性質をあわせ持つとても小さな物質やエネルギーの単位の事。原子以下の小ささのため重力などの物理法則が適用されない量子は、その性質から通信技術やコンピュータなどに利用されている。《ニューロリンカー》はその研究を進めた先の産物なのだ。

 何を言いたいかと言えば、量子は"速い"ということ。

 粒子と波には『光』も該当する。そして人間の大脳の細胞を微細に見ていくと、そこにも粒子と波が存在するらしい。電気信号などよりもよっぽど速いそれは、人の知覚出来ないレベルで情報を行き来させているという。この部分に《ニューロリンカー》は干渉している。

 そしてこの脳細胞の光の速度が、《ブレイン・バースト》のプレイの可否に関わるのだという。

 

 曰く――『どこまで加速出来るか』。

 

 集中状態にあると見えるものがスローに感じるとはよく聞く話。それは体感速度、ひいては脳内の処理速度が速くなっている証。つまり脳細胞内の『光』も通常時より加速している。

 その加速レベルが一定以上であれば《ブレイン・バースト》をプレイできる。

 そして『特殊』たる所以は、《ブレイン・バースト》を起動してフルダイブした時の意識は、現実の千倍にまで加速されるという事。アプリがハードに干渉し、脳のクロック速度を速めているというのだ。加速世界と彼女らが言う空間では、その空間での三十分が現実での約一秒。とんでもない加速倍率である。

 それを聞かされた時は本気で驚いたし、全力で疑ったが、『まあ未来の、しかも量子技術なら何でもありかもしれない』と俺は開き直って信じる事にした。嘘と言うにはあまりに設定が練られ過ぎていると感じたからだ。

 そんな俺の言葉があったからかは不明だが、リーファ達もロータスが未来人である事を一先ず否定しないスタンスを取った。アスナに関しては既に並行世界を経由している異世界人アリスと既に会っていたから、リーファ達より信じるのが早かった。

 ともあれ認識をある程度共有した俺達は、《異界エリア》を抜け、草原に戻った。

 

 

 

 まさかそこで、銃撃戦が勃発しているとも知らずに。

 

 

 

「オラオラオラァ! 消し飛びやがれぇ!!!」

 

 緑の生い茂る草原大陸とそこに乱立する暗い赤色のビル群の中でも一際鮮烈に映える赤色の物体――要塞兵器から少女のがなり声が上がる。

 それと同時に、ぼしゅうううう!!! と何かを拭き出す音を上げながら、幾つもの筒状の物体が飛び立っていく。白い筒状の物体は数十メートル上昇した後、その先端の向きをクルリと変え、離れた位置にいる赤色の物体――瓜二つの要塞兵器目掛けて勢いよく飛び始めた。

 

「チィッ! 舐めんじゃねぇ――――!!!」

 

 瓜二つの要塞兵器その2から、先ほどのがなり声と全く同じ声が上がる。

 その直後、要塞から伸びる二本の筒からボッ! と真紅の閃光が放たれ、空気を灼きながら迫りくる飛翔体を貫く。真紅の閃光、もといレーザー砲を出しながらでも要塞の向きは変えられるようで、ゴウンゴウンと音を上げながら砲身の向きを変え、バラバラに迫る飛翔体を灼き払っていく。

 

「ヒャハハハ! 甘ェんだよぉ!」

「うざってぇ……! とっとと消えやがれ!」

 

 瓜二つの真紅の要塞から、瓜二つの声で相手を罵りながら、それぞれが持つ手段で相手を攻撃する。飛翔体――ミサイルの他には、バルカンも備えているようで小刻みに連射していた。

 

「ふぁ、ファンタジーのカケラもない光景だな……」

 

 ひく、と頬が引きつる。

 そして俺はロータスとクロウへ視線を向けた。明らかに《ブレイン・バースト》側のプレイヤーだったから何か知っているに違いないと思ったからだ。

 その予想は当たっていたようで、うわぁ……とクロウが若干引き気味の声を上げていた。

 

「こうして見るとやっぱ反則級ですねぇ、《インビンシブル》。制圧力が圧倒的です」

「まぁ、あいつが赤の王に上り詰めた最たる要因だからな…………とは言え、これは……」

「……どっちが本物でしょう?」

 

「「おらぁぁああああああ――――!!!」」

 

 クロウが首を傾げたところで赤の王らしい少女の声が重なって聞こえた。そのすぐ後に互いを狙ったレーザーが空中で衝突し、爆発を起こす。

 薄々察してはいたが、双子という訳ではなく、どちらかが偽物のドッペルゲンガーな状況らしい。

 見た感じ実力やステータスなどは同等。

 となると、少なからず交流があるらしいロータス達の判断に任せるしか出来ない。

 

「ロータス、クロウ。どっちが本物か分かりそうか?」

「うーん……何となく……?」

「我々も交流こそあるが、実際に敵として対峙した事は無いに等しい。共に戦った事はあるが……赤の王スカーレット・レインは、アレを使ってる間はサディスティックもかくやの言動を取るからな……」

 

 言いながらロータスがミサイルやレーザーの応酬を続ける二人の赤の王を見やる。

 どことなく遠い目をしているように見えるのは、連続する想定外の事態への気疲れからか、それとも赤の王とやらと何か因縁でもあるのか。

 そう考えていると、同じように状況を見ていたアーダー・メイデンが訝しげに声を上げた。

 

「変なのです。どちらの赤の王からも、心意を感じるのです」

「シンイ? 感じるって……?」

「あ……えっと、それは……」

 

 俺が聞きなれない単語について問いかけると、メイデンはしまった、とばかりに口元に手を当てた。それから隣のスカイ・レイカーやリーダーであるロータスに顔を向けあたふたとする。

 その彼女の頭にレイカーが手を置いた。

 

「メイは気にしなくていいわ……そうねぇ。妖精さん達にも分かるように言うと……覚悟と気合で手からビームを出したり、斬撃を飛ばすシステムの事よ」

「か、覚悟と気合、ですか」

「そうよ。あとは必殺技ゲージを『まだ残っている』という想像で上書きして、私のスラスターやカラスさんの翼で飛び続けたりなんて事も可能ね」

「んなムチャクチャな……」

 

 レイカーの説明を聞いて俺は唖然とした。後ろのアスナやリーファ達も、言葉を失ってしまっている。

 シンイというのがシステムだというのなら、それはもう公式チートと同じようなものだ。

 昔からネットゲームはチートが流行していたし、近年の配信ゲームもMODという形でゲームバランスを崩すレベルの改造が施されたりするが、それは『個人で楽しむ』レベルだからまだ楽しめる。しかしMMOという多人数型アクションゲームでチートが横行すれば一気に衰退するほどつまらなくなる。

 スタンドアローン型のRPGなら、強くてニューゲームや、意図的な救済手段、エンカウント無しなどの公式チートがあるが――

 しかし、やはりMMORPGに於いてはあってはならない。許容できても初心者限定くらいだろう。

 『想像で上書き』というのも効果範囲が定まってないし、例を聞いただけでも対戦格闘ゲームらしい《ブレイン・バースト》ではあっちゃいけない類ばかりだ。

 そんな思考を、ミサイルなどの爆発音をBGMに回していると、レイカーは「でも」と言葉を続けた。

 

「流石に、これは公のシステムじゃないわ。原則的には秘匿されてるものなの」

「……本当に?」

「ええ、本当よ。そもそも簡単に出来る事じゃないし、出来たとしても、それが横行すれば《ブレイン・バースト》は衰退する。それはきっと、誰も望まない事だから」

 

 だから、原則シンイは使ってはならないという不文律が作られているのだと、レイカーは言う。

 

「そもそも、心意システムは謎が多すぎるものな上、諸刃の剣の力なのです。想像、意思の力。それは何も、正しいものだけではないのです」

「悲しみ、怒り、憎しみ……そういう感情に呑まれ、囚われてしまう事もある。そういう危険なシステムでもあるのよ」

「なるほどな……危険だから秘匿されている、か」

 

 確かに――危険だと、俺も思う。

 仮にSAOにも存在していたら、いったいどれほどの人が自分の負の感情のシンイに呑まれてしまっただろうか。きっとその一人には俺も入っていたに違いない。

 無くて良かったと、内心で安堵の息を吐く。

 

「――となると、そのシンイとやらを赤の王二人から感じる事が変なのって、本来秘匿すべきシステムを使って戦闘してるからか?」

「その通りなのです」

 

 俺の問いかけに、異変を口にしたメイデンがこくりと頷いた。光沢のある機械的な髪がカシャリと揺れる。

 

「あの方は赤の王なので、心意技を(みだ)りに使うような事はしないと思うのです」

「だからきっと偽物の方が先に使いだした。そして心意技は心意技でしか対抗出来ないから、本物も使いだした……というところだと思うわ」

「問題はここからで……お二人から感じる心意は、差を感じないくらい互角なのです」

「――つまり偽物の赤の王は、本物と同等の覚悟と過去を持っているという事ね」

「なっ……?!」

 

 レイカーが出した結論に、俺を筆頭としたALO組は絶句した。

 コピーAIだろう存在が、プレイヤーの記憶と精神を併せ持っている。

 それに近しい存在は俺も知っている。SAOの舞台アインクラッドとは別のエリア――《ホロウ・エリア》という場所で生成されていたプレイヤー達のコピーデータ《ホロウプレイヤー》だ。

 しかしホロウ達は幾らかプレイヤー本人のデータを参考にアルゴリズムを形成されているが、それでもトップダウン型AIの域を出ていなかったので、早々に違和感に気付ける代物だった。会話は出来る、応答はするが適切な返事を返せていないのが殆どだった。俺が最後に戦った自分自身のホロウなんて一言も喋らなかった。

 だが目の前で交戦している赤の王の偽物は、恐らく本物と同等の中身を有しているという。

 そんなの、本当に見分けがつくのか……?

 俺は不安の目を、黙って赤の王達を見ている黒と銀の主従に向ける。

 

「先輩、あそこを見て下さい!」

 

 おもむろに、クロウが草原の一角を指さす。飛び交うミサイルの煙で見えにくいが、彼が指さす先には――紅い女豹が草原を駆ける姿があった。

 紅い女豹を見つけたロータスが声音に喜びの色を乗せる。

 

「《ブラッド・レパード》か! 彼女が居るとなると、恐らく――」

「はい! パドさんが襲い掛かってる方が、きっと偽物です!」

「彼女も偽物でないなら、だが――賭けてみるしかあるまい! 行くぞ、クロウ!」

「了解です!」

「あ、ちょ、待って下さいです!」

「もう、こっちの事は完全にそっちのけねぇ……妖精さん達、申し訳ないけど一緒に来てもらえるかしら。出来れば魔法で支援してもらえると助かるわ」

「あ、ああ……」

 

 我先にとロータスとクロウが飛び出した後、慌てて追いかけようとするメイデンを抱き上げ、レイカーが言ってくる。共闘するのは当然だと思っていたから頷くと、レイカーは「ありがとう」と言ってくるりとこちらに背を向け――その背に背負うスラスターを点火し、あっという間に空へと飛んで行った。

 その後を追って俺達も飛翔する。

 

「レイン――――ッ!」

 

 いの一番に駆け付けたクロウが大きく名を呼ぶ。

 すると二つの要塞が僅かに攻勢を緩めた。

 

「ネガビュども、やっと来やがったか! 助けに来てやったんだからさっさと加勢しろ!」

「チィッ……?! バカヤロー、来んじゃねぇよ! 一緒に消し飛ばすぞ?!」

 

 片や加勢を求める声を、片や加勢を拒絶する声を発する真紅の要塞。真紅の女豹が襲い掛かってるのは前者の助けを求めた方だが……

 

「……って、言ってますけど」

「どっちも穏やかじゃないね……」

 

 二人の言葉を聞いてリーファとアスナが苦笑を漏らす。

 そんな中で、クロウが「分かりましたよ!」と快活な声を上げた。

 

「え、ま、マジで?」

「うむ、そうだな。察しはついた。今でこそ黒と赤のレギオンは同盟を結んでいるが……スカーレット・レインは、誇り高いバーストリンカーだ。我々とライバル関係にある奴がそう簡単に助けを求める筈がない」

「だからニセモノは、助けを求めた方!」

「先手必勝! 奪命撃(ヴォーパル・ストライク)!」

「はぁぁあああ! 光線槍(レーザー・ランス)!」

 

 真贋を見定めたらしい黒と銀の主従は、ニセモノと定めた真紅の要塞が動きを見せるよりも先に攻撃を開始した。ロータスの右手の剣が赤の光を、クロウの指を揃えた右の貫手が白い光を帯びた思った直後、それらが付き出され、一条の光線となって伸びていく。

 赤と白の二色の光線はニセモノが操る要塞に着弾。間を置かず破砕音と共にバラバラに割り砕いた。

 

「終わりだ!」

「舐めんじゃねぇ! ――輻射拳(レイディアント・ビート)!」

「く――っ!」

 

 トドメを刺そうと突貫したロータスだったが、バラバラになった要塞から出てきた小さな赤い少女が怒号と共に拳を振り抜くと同時に放たれた炎によりふっ飛ばされ、後退を余儀なくされた。

 その光景を見て、ホンモノらしい赤の王の少女が「ああっ?!」と声を上げた。

 

「今の、アタシの心意技じゃねぇか?! ニセモノが何で使えんだよ!」

「ハッ! ニセモノだのホンモノだの、うざってぇんだよ! 纏めて消し飛ばしてやる!」

 

 ニセモノの赤の王がそう嗤った直後、狙ったかのように彼女の背後の空間から徐々に真紅の要塞が姿を見せた。

 

「おいおい、さっき破壊したばかりだろアレ?! もう再生したのか?!」

「こちらの世界に来て仕様が変わったのかもしれないのです。《インビンシブル》を解除しても、油断禁物なのです」

「つまり――一気に畳みかけるが吉、という事ね。いつも通りに行くわよメイ!」

「は、はいなのです!」

 

 表情が見えないが、恐らくにっこり微笑んでいるだろうレイカーの言葉に、抱き抱えられているメイデンが頷いた。そのまま高速でニセモノの赤の王の頭上へと飛んでいく。

 

「行くのです! 必殺――火焔豪雨(フレイム・トーレンツ)!」

 

 そうして辿り着いたかと思えば、頭上から雨あられと炎の矢をばら撒き始めた。しかも着弾した矢は小さめだが爆発を起こすというオマケ付き。

 二人でやってのける空爆である。

 

「え、えげつねぇ……」

 

 『対戦格闘』というジャンルに抱いていたイメージから外れる光景を見せられた俺は思わず片手で顔を覆った。俺もそこそこ型破りなところはあると自覚していたが――それでも、うん、あれよりはマシなんじゃないかなぁと思う。

 そう思っていると、ばしゅっ、と何かを弾く音が背後から聞こえた。

 振り向けば、そこには弓で何かを放った後のシノンの姿が。

 数瞬の後、爆音が響き渡る。再度前を向けば、ニセモノ側の真紅の要塞に見覚えのある爆発エフェクトの残滓を見つけた。

 

「なにぼさっとしてるの。ニセモノだと分かったんだから、さっさと援護するわよ」

 

 呆れた様子でシノンが言った。その間にも新たに矢を番え、再度放ち、着弾した矢を爆発させている。

 

「うざってぇ……! そこの妖精どもも、消し飛びやがれぇ――――!!!」

 

 何度も爆発する矢をぶつけられれば怒りも溜まろうというもの。怒りの矛先は当然こちらに向けられ、何十発ものミサイル弾頭がこちら目掛けて放たれた。

 

「ほらキリト、なにぼさっとしてんの。いい加減働きなさい」

「え? い、いやでも俺、魔法は碌に習得してないんだけど、どうしろと……?」

 

 ぽん、と背中を押してくるシノンに顔だけ向けて言うと、彼女は『何言ってんの』と呆れ顔を浮かべた。

 

「斬ればいいじゃない」

「斬るって……ミサイルを?」

「ええ。斬るのが無理なら、飛び回って囮になってくれればいいわ」

 

 ――ンな無茶な!

 そう叫びたかったが、しかし悲しいかな、魔法などの遠距離攻撃手段をほぼ持たない脳筋剣士な俺は実際そうするしか援護する術を持たない。

 流石にミサイルの構造については知らないので斬ると十中八九爆発に巻き込まれる。

 となれば、飛び回って仲間を狙うミサイルの数を減らすしか無い。

 

「が、頑張ってねキリト君! 回復は任せて!」

「あたしも一緒に飛び回るから頑張ろーねお兄ちゃん!」

「気張っていきなさいよアンター!」

「ファイトです、キリトさん!」

「きゅるぅ!」

「頑張ってねキリトパパー!」

「――――だああああ! 男は度胸! こうなったらやってやる!」

 

 仲間達の声援を受けた上で尻込みするのは男が廃るというもの。

 ミサイルと鬼ごっこなんて中々出来ない体験なのだしどうせなら楽しんでしまえと居直って、俺は翅を震わせ、飛び立った。

 

 ニセモノの赤の王が倒されたのは五分後の事。

 

 それからホンモノの赤の王《スカーレット・レイン》ことニコと、彼女が率いる赤のレギオン《プロミネンス》のナンバー2《ブラッド・レパード》ことパドを仲間に加え、俺達はまた混沌とした浮遊大陸の探索を再開した。

 

 






・黄昏リーファ
 《ALO》のベテランプレイヤー
 現実世界ではキリトの妹として生活するが、血縁上は従妹である
 幼い頃から続けている剣道では、全国クラスの実力者であり、ゲーム内でもその腕前を活かした見事な剣技を繰り出す
 武器は長刀をメインに、補助として魔法も使いこなす万能型。飛行に長けた風妖精《シルフ》の中でも《スピードホリック》と呼ばれる程、飛ぶことに魅了されている
 剣鬼にはならない


・黄昏シノン
 十代らしかぬ冷静さを備えたクールな少女
 かなりの読書家で知識も豊富
 ALOでは猫妖精《ケットシー》の視力を活かし扱いが難しいとされている弓を使用
 遠距離からの物理攻撃が得意で、広いリーチから繰り出される精度の高い射撃には、キリトすら恐れをなすほど
 キリトを弄って慌てる姿を見るのが密かな楽しみ


・黄昏シリカ
 小竜《フェザーリドラ》のピナを従える《ビーストテイマー》の少女
 キリトに命を救われて以来、彼のことを慕っている
 ”ピナ”とはシリカの現実世界での愛猫の名前でもあり、SAO時代の彼女の精神的な支えになっていた
 ALOではテイム能力の高い猫妖精《ケットシー》を選択。武器はダガーを用い、SAOから連れてきたピナと連携して戦う


・黄昏ストレア
 かつてはSAOの基幹システム《カーディナル》の一部《MHCP》の試作二号として存在していたメンタルケア用AI
 実質的にはユイの妹にあたり、キリトのこともユイと同様に「パパ」と慕っている。しかしその性格は、ユイとは異なり良く言えばおおらか、悪く言えばテキトーで、難しいことを考えるのは得意ではない
 ALOに移動した際にはピクシーではなく土妖精《ノーム》になった。両手剣での戦闘を得意とする
 今回千年先の未来の存在に干渉され、意識を乗っ取られた。その際にブラック・ロータスにも影響を与えている


・シルバー・クロウ
 《アクセル・ワールド》の主人公
 黒のレギオン《ネガ・ネビュラス》のメンバー
 ブレイン・バーストで初めて《飛行アビリティ》を備えたメタルカラーのアバターで、《銀の鴉》として有名。飛行能力を生かした三次元格闘攻撃を得意とする
 現実世界では、ずんぐりした体型と気弱な性格の中学2年生。学校ではイジメの対象とされていたが、黒雪姫によってゲームの才能を見初められて以来、心身ともに成長し少しずつ前向きになりはじめている
 本名は有田(ありた)春雪(はるゆき)


・アーダー・メイデン
 《ネガ・ネビュラス》の古参メンバーであり《四元素(エレメンツ)》の”火”
 通常ではあり得ない緋色(以前は濃い緋色では無く、薄紅色だったようだが)と白の二つの色、特性をもつめずらしいアバター。小柄な巫女のような姿をしている
 弓による火属性の遠距離攻撃を得意とする。《浄化の巫女》として知られ、能楽の舞から繰り出される心意技は範囲、威力共に驚異的
 《ネガ・ネビュラス》メンバーの中で最年少の小学四年生
 本名は四埜宮(しのみや)(うたい)


・スカイ・レイカー
 シルバー・クロウに心意を教えた師匠であり、世紀末バイク野郎の《親》
 《ネガ・ネビュラス》の古参メンバーで《四元素》の”風”だったが、空への妄執に取り付かれ、足を切り落として戦線を離脱した。現在は、ハルユキの活躍によって足を取り戻している
 物腰が柔らかい清楚なお嬢様だが、笑顔を崩すことなく容赦のない接し方をしてくるという怖い一面をあわせ持つ。アーダー・メイデンのことを『ういうい』と呼ぶこともある
 本名は倉崎(くらさき)楓子(ふうこ)


・スカーレット・レイン
 赤のレギオン《プロミネンス》のマスターで、二代目《赤の王》
 全てのレベルアップボーナスを遠隔射撃につぎこんでおり強化外装《インビンシブル》から放たれる多種多様な射撃攻撃は非常に強力一歩も動くことなく三十人近くを屠ったというその攻撃力から、《不動要塞(イモービル・フォートレス)》《鮮血の暴風雨(ブラッディ・ストーム)》などと呼ばれている
 自身の《親》が大事件に巻き込まれた事があり、その事態収拾のためにクロウに接触し、黒のレギオンと同盟を結ぶ。この関係が現在まである程度維持されている
 現実では遺棄児童保護施設に通う小学五年生
 本名は上月(こうづき)由仁子(ゆにこ)。愛称は”ニコ”


・ブラッド・レパード
 《プロミネンス》のNo.2にして、ニコの側近
 豹のようなアバターで、シェイプチェンジによって二足歩行と四足歩行を使い分け、高速で相手を翻弄する
 秋葉原にある対戦の聖地《アキハバラ・バトル・グラウンド》での真剣勝負を好み、稼いだファイトマネーはかなりの額になる
 《|血まみれ仔猫》の二つ名で知られる
 リアルでは高校生ながらケーキ屋を営んでいる
 本名は掛居(かけい)美早(みはや)


 では、次話にてお会いしましょう

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