インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 今話から新章になります。

 章題の《プログレッシング》は、「進歩」「向上」というような、「良くなっていくこと」を表す形容詞・名詞『Progressive』が元になってます

 つまりアリス周辺の視点が多くなる予定です

視点:アリス、????

字数:約五千

 ではどうぞ




Alternative Twilight ~アリシゼーション・プログレッシング~
第一節 ~黄昏のはじまり~


 

 

 光が目に痛い。

 覚醒直前の断片的な思考の最中、ふとそんなことを意識した。ズキリと目の奥まで貫かんばかりの輝きにぎゅっと瞼を強く閉じていると、徐々に慣れてきたのか痛みが遠のき、それに伴って意識が覚醒していくのを感じる。

 鼻腔に流れ込んでくる空気は新鮮な青草の匂いだ。それに交じって感じる土の香りは、ここが肥沃な土地である事を伝えてきている。

 聴覚に意識を傾ければ、圧倒的な音の洪水が意識を叩いてきた。無数に重なった葉擦れの音と大気を循環させる風の音がよく聞こえた。

 皮膚の感触は、やはり草のそれだ。顔や手足にも感じる。

 身動ぎすれば葉擦れの音が大きくなった事から、どうやら自分は地面に横になっている事を理解した。

 

 ――はて、いつの間に私は寝ていたのでしょうか。

 

 眼を開ければ、やはり厳しい陽の光に目の奥が痛くなる。眉を顰めた私は薄目で光に慣らしながら、周囲を見やった。

 周囲は一面が青草の生い茂る草原や丘、山の土地だった。上に視線をズラせば、人界やアイングラウンドで見た時よりずっと近く感じる青空が広がっている。

 その視線を更に左右にズラしたところで、私は一層眉を顰めた。

 

「空に、大地が浮いている……?」

 

 見たままの光景が口に出た。

 嘘のような話だが、しかし光に慣れてきた目にはしっかりと空に浮かぶ建物が並ぶ大地、砂塵の大地、氷漬けの大地、暗闇の大地が映っている。

 

「まさか、ここは、話に聞いていた《妖精郷》……?」

 

 人界に居た頃であれば、もしや神々がおわす大地かと考えただろうが、異界に渡って半月ほど経つと想像にも幅が出てくる。なまじ耳にした情報と合致していれば疑う余地は無いに等しかった。

 広くなった視界で更に周囲を見渡せば、遠い彼方には天高く屹立する巨樹が見える。その根元には人界の《央都セントリア》に匹敵し得る規模の街が形成されている事も遠目に見て取れた。もし予想通りここが《妖精郷》であれば、あの巨樹は《世界樹イグドラシル》で、街は《央都アルン》だろう。

 そうなると、先に見た空の大地にも見当が付く。多分ここは、キリトが数千人の冒険者を相手取り、その末に事件を解決したという世界だ。

 

 ――ふむ……まぁ、彼女らの知る世界であれば、一先ず慌てる必要は無いでしょうね。

 

 全く新しい()()世界に来ているので驚きと焦りはあるが、慌てる程ではないと気持ちを落ち着ける。

 それよりも気になるのは、どうして自分がアイングラウンドとは異なる()()世界に来ているのかだ。

 なぜこんな事になったのか、記憶を振り返る。

 

「…………」

 

 そして、思わず黙り込む。

 とっくに光に慣れたというのに眉を顰めるのも合わさって、今の顔はとても険しいに違いない。なにせ最後に記憶しているのはキリトに斬りかかっている場面だったのだ。

 

 ――いったい、私は何を考えてそのような暴挙を……?

 

 直前までのやり取りも覚えている。右目の痛み、視界に映る奇妙な神聖語と赤い光の原因――その事について、彼に問いかけた事も。

 

「いっつ……」

 

 瞬間、ズキリとまた右眼が疼いた。光はまだ無いが、これ以上同じ思考を続けると良くない事が起きる予感がしたので、すぐに思考を逸らす。

 何にせよ、優先順位を付けて行動した方がいいだろう。

 

 ――まずは街へ向かう。キリトとの合流は、休める場所を得てからでも遅くはない筈。

 

 幸いにも、鎧は着ているし、愛剣たる神器《金木犀の剣》も傍らに落ちていた。ぞんざいな扱いになって申し訳なさを感じつつ鞘に納め、行動を開始する。

 アスナやシノン達の話によれば、浮遊大地の中で人の建造物が見える場所が拠点となる《空都》と記憶している。そこへ向かうには、妖精の姿で飛べるとしても、『転移門』という施設を使わなければならないとも。そして『転移門』は浮遊大地の北端か南端に位置している事も聞いた覚えがあった。

 とりあえず、この草原大地の端に向かい、そこからぐるりと端に沿って歩けば見つかるはずだ。

 彼女らのように"めにゅー"とやらは開けないので現在位置が南北どちらに寄っているかは分からず、今は飛竜も居ないため、地道に歩くことにした。

 その道中、一つ目の空飛ぶトカゲや、二足歩行のトカゲの剣士と対峙する事もあったが、何れも一太刀で片が付いた。

 草原大地の敵は強くないと聞いていたが、それを事実だと実感できて安堵する。油断、慢心は禁物だと自負しているが、かといって常に気を張り続けると疲れてしまうので、楽が出来るならそちらの方が望ましかった。

 そうして時折出会う魔物を切り伏せつつ、大地の端に向かって歩きながら風景を眺める。

 

 

 

 ――変化が起きたのは、その時だ。

 

 

 

 足元から突き上げてくるような衝撃が大地を揺らし、雷鳴の如き轟音が空気を激しく叩いた。

 

「きゃ……っ?!」

 

 堪らず悲鳴を上げてしまった私は、転ばないよう姿勢を低くした。その時に第二波が襲ってくる。

 まさかこの草原の大地が地上に落ちようというのか、アイングラウンドの浮遊城がその危機に陥っているように、と戦慄を抱きながら、僅かな変化も見逃すまいと周囲を見渡し――そして、絶句する。

 私が認めた『変化』は、決して僅かとは言えないものであり、雄大な自然にそぐわないモノだった。

 それは、一言で言うなら『建造物』。

 色は深紅。人界の中心に聳え立つ百階からなる白亜の塔には及ばないが、迫りそうなほど巨大な紅の建物が一つ、二つ、三つと次々に草原の大地のそこかしこに現れていた。落下しているものもあれば、地面から生えたような形で――あるいは繰り抜いたように――存在を固定していく。瓦礫や半壊したものは宙に浮いているものまであった。

 雄大な翠が、毒々しい紅に侵されていっているその光景に、私は言葉を失ったのだ。

 

「いったい何が起きているのです、これは……?!」

 

 明らかに尋常ではないこの光景に、私は疑問を発するばかりだった。

 

 

 天地の鳴動と、紅の浸蝕――『世界の変容』が起きていた時間は、恐らく三十秒も無かっただろう。そして変容が終わった時にはまるで『それが当然』と言わんばかりに紅は緑を浸蝕した形で鎮座していた。無論、誰がどう見たってこの光景を自然なものとは言わないだろう。

 ともあれ、文字通りの天変地異を前にした私は、『転移門』を探して進む足を先ほどよりも速めた。

 早く拠点を見つけるかキリトと合流するかしなければ自分の身を守る事も危ういと考えたからだ。

 整合騎士は神界より召喚された騎士なので、一般人や軍人に比べてはるかに絶大な力を有するが、それにも限りはある。天変地異はその限界を遥かに超えた領域の現象だ。単騎で対処するなど蛮勇にも劣る愚行である。

 敵前逃亡は重罪だが、無駄死にはもっと重い罪である。

 

「困りました、『転移門』らしきモノが一切見つからない」

 

 そして困った事に、目的としている施設が見つからないので事態は一切進展しない。これは間違いなく対象物の見た目を知らない事と"しすてむ"の恩恵を受けられない事が悪く働いた結果だ。

 ひょっとすると先ほどの変容に際して移動したか、最悪消滅してしまったのかと、嫌な予想が思考に浮かんだ。

 と、その時――――

 

 

 

「「わぁぁぁあああああああああああああああっ?!」」

「きゃぁぁぁああああああああああああああっ?!」

 

 

 

 遥か遠く、空の彼方から悲鳴の尾を引きながら人影が三つほど草原の大地に落ちてきた。中々の勢いで立て続けにドゴーンドゴーンズガーン! と轟音を上げて大地に衝突する。

 何度か蹴球のように跳ねた後、落下してきた三人は青草の上で横たわった。

 

「いってて……ここは、草原か」

 

 あの墜落で体が散ってしまう損傷は受けていないらしい。人影の一人がむくりと起き上がり、辺りを見回して呟いた。

 その姿は黒ずくめ。一瞬まさかと思ったが、背丈が自分と同じくらいなので探しているキリトではないと判断し、冷静に装いに目を向ける。

 しかし――見れば見るほど、探しているキリトに似た装いだった。

 首元を覆い、足元まで裾を伸ばす前閉じの黒い外套と、足首まで丈のある長い下服(ズボン)。両手の指貫手袋と鋲付きの革靴も黒色。極めつけに二本の剣を背中に交差して吊っている。

 容姿は年齢差もあるだろうから確実ではないが、墜落した方の青年にはキリトの面影が少しあるように見えた。何となくだが、声質もかなり近い気がする。キリトが成長すれば丁度こんな感じだろうか、という声だった。

 

「ふむ……どうやらあの荒野のフィールドから押し出されてしまったようだな」

 

 その黒ずくめの青年に続いて起き上がったのも、また同じ黒ずくめだった。ただしこちらの人影は全体的に角ばっていて、金属質な光沢で陽光を弾いている。

 というより、本当に生物か、と疑う外見をしていた。

 一言で表現するなら『全身鎧』だろうが、それにしては関節部分や指先、足先に人の肌は見えない。そもそも四肢の先が剣のように鋭いので手足すら曖昧だ。起き上がる動作も浮いて体を起こす動き方だ。

 ガラス質な深紫の兜の奥からは二つの光が見えるので、それが目なのだろうが……中に人が入る隙間の無い華奢さ、鋭さの見た目をしているので、私が考える『人』の範疇から外れているように思えた。

 ちなみに声は女性らしい。兜を被った時のくぐもった声質ではなかったのも、不思議の一つである。

 

「ねぇ、これっていったい……? スヴァルトエリアの景色が変わってる……?」

 

 最後に起き上がったのは水色の長い髪を持ち、白を基調に青と水色で彩った衣服を纏った女性だった。腰には銀色の細剣を吊るしている。

 髪色から察するに、《妖精郷》での水妖精族(ウンディーネ)という種族である事が分かった。アスナやランから聞いていた特徴と一致したのだ。

 ――しかし、私の意識はそこからすぐに外れる事になる。

 理由は声。次に顔だった。

 周囲を見渡しながら困惑する女性の声に、私は覚えがあった。垣間見えた横顔にも覚えがあった。

 

「アスナ?」

「え――?」

 

 思わず呟く。呼びかけた女性と、他の黒ずくめ二人の意識もこちらに向いて、初めて私という存在を認識したようだった。

 呼ばれて呆けていた女性は、しかしすぐに表情を改め、警戒を向けてきた。

 

「誰ですか?」

「な――――」

 

 そして、その問いを投げられ、ガツンと頭を殴られたかのような衝撃を受ける。恐らく今の私は表情を崩しているだろう。取り繕えない衝撃が、今の私を襲っていた。

 まさか、と思うが。

 

「……私を、知らないのですか?」

「え、えぇ。初対面の筈よ」

「ッ…………そう、ですか」

 

 改めての確認。それに返された、勘違いしようのない答えに私は息を詰まらせ、辛うじて言葉を返すのがやっとだった。

 あれだけキリトについて語り聞かせてくれた友人の一人が、私を()()()()

 覚えていないではなく、知らない。

 

 ――キリトの過去で、妖精郷がこんな事態に見舞われたとは聞いていない。

 

 スヴァルトエリアと呼ばれる浮遊大陸で起きた争いは知っている。その中に天変地異は含まれていなかった。その上で自身がアスナである事を認めた女性が、私を知らないという事は。

 

 

 

 どうやら私は、また《異世界》に飛ばされたらしかった。

 

 

 

***

 

 

 

 ざくざくと、雪を踏み鳴らす音が耳朶を打つ。更にびゅうと冷たい冬風が体を撫でた。

 思わず身震いし、両腕で自身の体を擦る。

 いま自分が身に着けているものは防寒性のある制服だ。そろそろ暑くなる時期か、いや日によってはまだ肌寒いかと悩み、結局現状維持で着続けていた事が幸いした。もう一週間ほど遅ければ、制服の下に着こんだ肌着が一枚少なくなり、今よりもより一層の寒さに震えていた事だろう。

 

 しかし――自分は、まだマシな方だ。

 

「二人とも、大丈夫かい?」

 

 後ろを振り返れば、自分の後を追って雪の道を進む二人の少女がいた。

 

「は、はい、大丈夫です……!」

 

 先に声を発したのは短い茶髪の少女だ。鼠色の制服を纏い、訓練用の白樫製の木剣を腰に帯びる少女は、本名をロニエ・アラベルと言う。

 その隣に赤毛を長く伸ばした少女が並ぶ。

 

「ユージオ先輩も、無理をなさらないで下さい!」

 

 ロニエとほぼ同じ装いの少女はティーゼ・シュトリーネン。燃えるような赤い髪と瞳を持つ彼女は、自分の方が辛いだろうに、こちらの心配をしてきた。

 相変わらずだなぁと思い、苦笑が漏れた。

 

「僕よりも二人の方が辛いだろう? それに僕は北の辺境の出だからね、寒さには慣れてるよ」

 

 実際、山脈付近の村は冬になると凍えるような寒さに襲われる。そんな中でも務めのために外にいれば嫌でも慣れるというものだ。

 加えて男子の制服は上下ともに長袖である。下が膝丈までしか無い女子と比べれば、通気性という意味では明らかに大差があった。そんな恰好はこの雪が降り積もった厳冬もかくやな山に於いて辛過ぎる。

 だから速やかに人里を見つけたいのだが――如何せん、土地勘が無い。

 

 それに、どうやらここは、自分たちが居た世界とは違うようだった。

 

 俄かには信じがたい事である。何を以て『違う世界』と思ったのか。きっと、実際にこの場所を訪れなければ、誰も信じないような話だ。

 だが少なくとも自分も、二人の少女も、この仮説を疑っていない。

 

 遥か彼方には天を衝かんばかりの大樹が見える。

 

 遥か眼下には稜線まで広がる大地が見える。

 

 遥か頭上には滞空する複数の大地が見える。

 

 

 

 いずれも、自分たちが知る”人界”とは異なる光景だった――――

 

 

 






 はい、如何だったでしょうか

 ――正直ヴァベルを初登場させた頃からこの展開を書きたい気持ちがありました

 ゲーム時空だとホロリア√か千年の黄昏√かで歴史が分岐するのですが、今話でそれが交わった事になります

 黄昏DLC組は本作、メインキャラは原典ゲームという棲み分けです。なおAWはOVAなどは知らないので除外。黄昏ってクロスオーバーだけどメインがSAOに寄ってるので……

 そしてこの章の主人公はアリスになります。ホロリアに迷い込んだ結果、原作の壁登り中の封印ブレイクがアリシゼーション編で無くなった上、人界では他にもいろいろと起きているのでその前倒しの回収になります

 黄昏世界と交わった理由は作中でも今後明かされる予定です


・アリス・シンセシス・サーティ(19)
 異世界からの漂流者その1
 同じ世界の妖精郷かと思ってたらホントに別世界の妖精郷だったので衝撃を受けている
 当面はキリトとの合流を目標に据え、最終的に元の世界の人界に帰還する事を目指す
 ちなみに右眼の封印も敬神(パイエティ)モジュールも残っている
 ホロリアと黄昏両方のDLC枠


・ユージオ(19)
 異世界からの漂流者その2
 (DLC)の因果か異世界から迷い込んだ青年
 "弟分"がいるらしい
 ホロリアと黄昏両方のDLC枠。ちなみに時期的には前者の鎧頃だが、内面・状態は後者の制服姿


・ティーゼ・シュトリーネン(16)
 異世界からの漂流者その3
 ユージオの事を慕う赤い髪と瞳を持つ少女剣士
 本来はDLC組ではない


・ロニエ・アラベル(16)
 異世界からの漂流者その4
 "弟分"の事を慕う茶色の短めの髪と瞳を持つ少女剣士
 本来はDLC組ではない


・キリト(11)
 異世界からの漂流者その5
 アリスが探してる方の黒ずくめ。現在絶賛行方不明中


・黒ずくめの青年(18)
 "キリト"を彷彿とさせる装いの妖精
 身長はアリスよりちょっと高いくらい。ユージオと比べると微妙に低い


・アスナ?(19)
 "アスナ"を彷彿とさせる水妖精族
 アリスとは初対面。諸事情により警戒心高め


・黒ずくめの全身鎧女?(15)
 中に人が入っているか怪しいフォルムの全身鎧
 手足が剣になっているので浮いている
 喋ってもくぐもってない不思議もある


 では、次話にてお会いしましょう


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