インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは
今話でSA:O編は一旦区切りとなります。なおキリトとアリスが離脱中なので、エピローグには入りません
視点:リズベット、茅場晶彦
字数:約五千
ではどうぞ
その一閃は、至上のものだった。
然して戦いの経験はなく、仲間の中でも下から数えた方が早いだろう自分でも、彼が放った一振りが珠玉のものだった事は理解できた。
私の心が、魂が震えた。
たった一太刀に魅せられた。
きっとホロウは嫌がるだろうけど。
今の彼の姿は正しく"キリト"と相違無かった。私が鍛え、"彼"が誓いを立てた剣を振るうその姿は、正しく記憶通りだったのだ。
人を想う優しい少年の姿がそこにはあった。
かつて、自ら否定した剣を手にして。
心意で作り出す形は千差万別
かつて獣と化したホロウとキリトが対峙した戦いを見て理解していた。ホロウが変わり果てた姿をしていたのもその影響だと分かったからだ。
そんなホロウはあのとき、《ダークリパルサー》に強い拒否反応を見せた。
無理もない。私自身、彼には酷い重荷を負わせたと自責の念があった。まして七十六層の頃のメンタルを引きずったまま負に呑まれれば、他者を想って誓いを立てた証など劇薬そのものである。
大の大人にだって過去を顧みる事を拒む者もいる。羞恥か、嫌悪かは人それぞれだが、あの時のホロウは正しく嫌悪だった。
しかし彼はそれを呑み下し、昇華してみせた。
そして今、彼を想う人達の気持ちを束ねた
彼が"亡霊"と揶揄した存在に刻まれた
その容姿はプレミアと瓜二つ。服装も同じだ。ティアと違って右の目元に泣き黒子もあり、二人が並ぶといよいよ見分けがつかなくなりそうだった。おそらくサーバー毎に二人ずつ居たと思われる《聖石の女神》兼《聖大樹の巫女》を担うNPCの、プレミア枠なのだろう。
――凄く今更な話なのだが、サーバーデータが一つに
まあ大方、シンイによって同一存在判定されていなかったとか、そういう感じだろう。
統一化時に第三の巫女は"モジュール"に囚われていたから別枠判定を受けた可能性もある。
何にせよ、一般プレイヤーの枠を出ない自分がその辺の追及をする必要性はないだろう。自分がするべきなのは、キリトにユウキ達がしたように、ホロウに楔を打つ事なのだ。
「……ま、さっきのを見た感じ、一先ずは安心かねー」
油断は勿論できない。気付けばあの少年達は騒動の渦中にいて、奔走しているのだ。なまじ名声と能力と実績があるので渦中に居なくても巻き込まれたりする点がタチ悪い。
ただ――『騒動の渦中』という意味では、今は安心していいだろう。
ホロウがシンイを以て絶ち斬り、核たる巫女を救い出したからか、件の"モジュール"の形は朧気だ。仄暗い青の光が水中のクラゲのように闇の中で揺らいでいる。ジジ、バジジ、と紫電を散らすような音と共にノイズが走っていた。
その暗い青が、巫女を抱えるホロウへと延びる。
「消えろ」
それに対し、ホロウは一言告げる。
直後、ブツンッ! と電源が切れるような音と共に光が千切れ、吹っ飛んだ。
……それから少し待ったが、新たなボスが出てくる気配は無かった。
予想された第九十九層ボスは勿論、《クエストクリア》の表示や達成リザルトも、《Congratulation!!》というボス討伐の賞賛表示も。
え、これで終わり? と思わず呟いてしまったのは悪くないと思う。
いやまぁ、クエスト達成は『双子の女神が六つの聖石に祈りを捧げる』なので浮遊城崩壊に繋がるし、ボスだって恐らく本来用意されていたものじゃないイレギュラーなもの――扱いとしてはフィールドボス――だから表示されなくて当たり前と言えば当たり前だ。
賞賛表示はフロアボスやエリアボスといった特別な個体討伐時だけ、クエストやフィールドボスでは表示されないのが基本だった。
そういう定石から見れば、《グラウンドクエスト》は浮遊城の第三層~第九層のキャンペーン・クエストのような、あくまで『脇道要素』だったのだろう。少なくとも浮遊城の階層攻略相当ではなかったわけだ。
もし階層攻略相当の扱いで《聖石》がエリアボスを倒せば手に入るものだったら、事態はより悲惨な事になっていだろうと思った。
――そう考えると、キリカも何気にファインプレーしてるのよね……
仲間達が戦いの終わりを悟って健闘を称えたり、第三の巫女を案じている中、私は集団に交じるAIの少年に意識を向けた。
今回の騒動でキリトからレイドリーダーを"かつての二刀"と共に任されたキリカは、結局ホロウにお株を奪われた形になった訳だが、特に気にしてる様子はない。いや隠すのが上手いだけかもしれない。
しかし、だ。
この《ソードアート・オリジン》の騒動の中心人物だったのは間違いなく巫女であるプレミアとティアで、特に後者はオレンジ・ブルー達から狙われ一悶着あった訳だが、それを収められたのはプレミアが
なんならキリトはティアと別れていたので、そのまま二人の存在を知る事なく私達は今回の騒動に挑むことになり、"モジュール"を巫女ごと破壊しようとしていたに違いないし、その最中にホロウが『自我崩壊込みの自爆特攻』を敢行していたに違いなかった。
どちらにせよこの仮想世界は守られていただろうが――しかし、得るものは無く、喪われるものが多い結果になっていただろう。
キリトなら《クラウド・ブレイン事変》の時の特大シンイで"モジュール"を容易く破壊しつつ、巫女も助けられただろうが、多分巫女は一人しか生き残らなかった。
おそらくホロウも救えなかっただろう。
キリトとホロウが揃っちゃったら、ホロウと話す暇すらなく事態が終結するという意味でだが。なにせホロウは私達が訴え掛けるまで死に場所を探していたようだし、素直にこちらの要望を聞くとは思えなかった。ともすればこうして彼が姿を見せる事も無かったかもしれない。
結果的には、考え得る限りの裁量の結末になれたと私は思う。
「……にしてもあの二人、ほんとどこに行ったのかしら。結局駆け付けなかったし」
さて、そうなると気になるのは、只ならぬ様子で
寸前の様子を思い返せば、アリスの額からは変な物体がせり出していたし、言動もそれからおかしくなった。最初の頃ならいざ知らず、ある程度気心の知れた相手になったキリトに問答無用で斬りかかるのはどう考えても尋常ではない。
となれば、その対処に苦心しているのだろうという予想が最初に浮かんだ。
「まだ休めそうにないわね、こりゃ」
はぁ、と溜息を吐いて苦笑する。
時刻を見れば、昼を回って午後一時を指している。軽く軽食を摂っていたからマシではあるが脳が栄養を欲しているのか空腹感が主張を始めていた。
「――どういう事だ……ッ!」
『稀代の大天災』を自称する友人が所狭しと並べた機材に向き合いながら、幾度目かの呻きを上げる。
既に焦燥は最高潮。打てる手は既に打ち尽くし、万策尽きるのも時間の問題というところまで差し迫り、いよいよ私の思考は冷静さを欠き始めていた。
指先が冷え震えを来すほどの焦りを抱いた経験、あの世界でのボス戦でもそう多くない。無くもないが、ボスというのは殆どが『自身が設定したデータ』であったので、既知のものだった。人間が抱く恐怖は未知であるものに対してなので、既知であるものに恐れは抱かないのだ。脅威こそあったが、恐れるほどではなかった。
しかし――いま、私は明確に恐れを抱いている。
何に対してか?
「あり得てはならない事だぞこれは……!」
より正確に言えば、『彼が居なくなる』という事実が意味する事に対して私は恐れを抱いている。
そんな思考が過ぎるのは勿論、現状があり得ない筈の状況であるからに他ならない。
アカウント名《Kirito》がフルダイブ中である事はモニタリング出来ている。傍に控えているクロエも、アミュスフィアのインジケータがダイブ中である事を示していると、写真付きで報告を上げていた。だから彼はログアウトしていないのだ。
しかし、分かるのはそこまで。
彼が《SA:O》にログイン中という痕跡を追えないでいる。
それがあり得ないのだ。
《SAO》の時ですら各アカウントのログは取れていた。それは第百層クリア後の三か月間、たった一人で取り残された彼のログも例外ではない。
この仕様は《ALO》は勿論《SA:O》も同じである。根本的なデータ形式やそれを統括するシステムがほぼ同じだから当然の帰結だ。
つまり『本来なら必ずログが取れている』のに、『今の彼のログを取れないでいる』という状況だった。
「オリジンにはログインしている、しかしログが未完アインクラッドの奥から途絶えた。やはり何度確認してもアリス君と斬り合った直後のタイミング……」
彼らの動向はアルゴ君が《MMOトゥモロー》のアカウント経由で中継していたので、アリスとのやり取りも映像に残っている。
人々は地面が崩壊してどこかに放り出されたと見て流していたが、あの辺のオブジェクトが破壊不能属性のものであると知っている身からすれば、地面崩壊は既に異常事態である。
いや、元を正せばアリスの身の上が既に尋常ではないのだが。
「……まさか、な」
そこで、ふと浮かぶ予想。
『あり得ない』と言いたいが――そんな事態、とっくに昔に崩れている。『まさか』と思った時点で、それは十分起こり得る事なのだ。
「"人が考える事は全て現実になり得る"だったか……いやはや、至言だね」
口にしたのは、《圏内事件》でシュミットを問いただす時に"彼"が口にした言葉だ。
元はアインシュタインの『人間が頭で考えることは、すべて実現可能である』という名言だろう。彼の言葉は理論物理学的な視点のものだが、"彼"の方は人間模様を起点とした状況に着目した発言だ。
当時はこんな状況を考えてなかったに違いないが、しかしこれほど現状にピッタリな表現も他にないだろう。
この世界の常識など、彼の実兄が転生者であった時点から崩壊している。
五万四千年の未来から義姉が舞い戻ったように。
おそらくは少し先の未来の仮想世界から騎士が迷い込んだように。
特に関係ないだろうが、一か月前まではフィクションの題材でしかなかったバイオテロだって現実味の薄い響きだ。
「……本当に、気付けばいつも渦中に居るね、キリト君」
ふ、と思わず苦笑する。
不思議なことに、突拍子もない予想を浮かべた途端、さっきまで体を震わせていた焦燥は薄霧のように晴れてしまっていた。
「ははは……」
それがどうしてか可笑しく思えて、また笑う。
けれど、笑わずにいられようか。
常人が聞けば鼻で笑うか、精神の異常を疑うだろうその予想を、しかし正解だろうと私は確信していた。そう思うだけの根拠は随所に散らばっていたからだ。
否定する材料に乏しいのもある。
誰しも『前例』があれば信じてしまうものだ。
――だが、笑ってばかりもいられない。
予測が立った。これは、さっきに比べればほんの少しの進展と言える。
けれど、同時に事の難解さが壁になった。
しかしやり遂げなければならない。
なぜなら――――
――――私の予想が正しければ、彼はいま《異世界》にいる筈だから。
「さて、これは専門家に頼るしかないか。彼に関わる事だし聞いてくれるとは思うが、はたしてどうかな……協力してくれないとしても、今度こそ脱出口くらい私が見出さなければならないのには変わりないが」
思い返すのは"例の三ヵ月"。
下手に手を出す事も出来ず、ただ彼の健闘を祈るばかりだった無力感に苛まれた過去の日々。
状況はあの時より悪い。なにせ世界を跨いだ現実からの放逐だ、世間一般の異常の度を超えていると言っても過言ではない。
しかし、やらなければならない。
専門家こと"ペルソナ・ヴァベル"は時を超える術を持っているが、それは『同じ
ひょっとしたら教えてもらえない可能性もある。
その場合はとにかく束、七色と協力してキリトとアリスのサルベージに注力するしかない。その間、《SA:O》を騒がせた黒幕や、暴動の意図を引いているだろう《亡国機業》への対応が遅れる事になるが、そこは他の手段でカバーするしかない。
「彼女は確か、基本的に【無銘】のコアに居着いているんだったか……メッセージを入れてみるか」
そうして、私は行動を開始した。
はい、如何だったでしょうか
キリト離脱中だし、リアル側の問題が全然片付いてないのでエピローグは当分先です。ここからはどっかに行っちゃったキリトとアリスが戻ってくるお話になります
SA:Oの今後についても後々ですね。まぁ、原典ゲームと大きく変わらないですが
・リズベット
ホロウのストッパーの一人
最前線で戦うには及ばない戦闘力だが、ホロウはそれは求めてないので十分ストッパーになる
このあとキリトとアリスの捜索を考えている
・キリカ
SA:O編主人公(の筈)だったAI少年
途中からキリトとホロウに出番を食われたが、この二人が出張ったり、SA:Oの騒動がある程度平穏に終われたのは間違いなくキリカがプレミアと交流を持っていたから
一度精神崩壊を来した後に人格再構築しているため、行動原理がキリト、ホロウと微妙に異なるのが原因
・キリト
絶賛行方不明の本作主人公
ログイン中のログすら辿れない状況に陥っている。戻って来ないとリアルの未来がヤバい
・アリス
絶賛行方不明の異界の騎士
ログは当然無い。元の世界に戻らないと未来の人界がヤバい
・
和人のIS整備士兼《ユーミル》の技術者
SAO時代からかなりの恩があるので、今度こそは途中離脱する方法を見つけ出すと使命感に燃えている
・ペルソナ・ヴァベル
五万四千年未来から時間遡行してきたユイ
このユイが辿った歴史、遡った歴史に《織斑秋十》は居なかった。しかし、居る歴史に来たのは偶然でしかない(SAO編の『幕間之物語:魔女編 ~《たそがれにっき》~』より)
では、次話(新章)にてお会いしましょう