インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

438 / 446


 どうも、おはこんばんにちは

 今話で一応決着です。短めですが、まあホロウに関してはALO編のけもの視点で大体書いたので……

視点:ホロウ

字数:約四千

 ではどうぞ




第五十四章 ~獣を倒すは人の想い~

 

 

 戦斧を手にした男が膝をつき、項垂れる。

 程なくその体が青暗い光に包まれるのを見て、いよいよか、と息を吐く。

 

 "織斑一夏(おれ)"が行き着いたかもしれない、憎悪の化身。

 

 実の兄に見捨てられた時に形を得て、生体同期型IS【無銘】を埋め込まれた時に姿を得たそれと、個人戦・団体戦を経て三度対峙する事になるとは。

 しかも浮遊城を死の世界に変えた者達の手によって、また別の仮想世界で。

 オリジナルの言葉ではないが、こうも自分自身と相対する事になると忸怩たる思いが湧く。

 

 ――"ホロウ()"にとっては、これで六度目か。

 

 一度目は闘技場個人戦のボス。

 二度目は闘技場団体戦のボス。

 三度目は第一層で徴税部隊を追い払った後、レインの背で気絶した時に精神世界で対峙したシロ。

 四度目はアキトの生死、ひいては己の『人としての最期』を賭けてオリジナルと。

 五度目は負に呑まれ獣に堕した末に、再び奴と。

 

 そして、別の仮想世界に再臨した未完の浮遊城で。

 

 しかも、何の因果か"モジュール"が取り込んだ巫女は、かつての自分のように負に呑まれている。その負に抗うだけの過去も無い真っ新な存在だから仕方ないが、とんだ皮肉だと自重の笑みが零れた。

 そんな中、光が体積を変え、縮んでいく。人型のそれはとても華奢で小柄だ。自分やキリカとほぼ同じ体格である。

 そして、光が晴れれば。

 そこには"自分"がいた。ユイと同じ黒コートに身を包み、フードを被って顔を隠し――――それでも尚隠せないほど昏い瞳をした少年が。

 まるでかつての自分のよう。

 

「……古い鏡を見せられている気分だ」

 

 ――本当に、そんな気分だ。

 違いは、己は自分から勝手に捨てたのに対し、巫女は最初から持っていない事だろう。

 俺は捨てた分を負で埋めた。

 巫女は空いていたから負で埋まった。

 それだけの違いだ。

 

 ――だから、手に取るようによく分かる。

 

 あの体の内に何が蠢き、何が叫ばれているのか。

 ……ああ、分かるとも。

 オリジナルと袂を別ち、世界が崩壊するまでの数ヵ月。ずっと負をせき止める人柱だった俺には分かる。死を恐れ、人を憎み、世界を怨むその声を、俺は魂の髄にまで刻み込まれたから。そもそも、俺自身がそれらを抱いていたから。

 憎たらしいほどに、眼前に現れたソレは瓜二つだった。

 

「趣味が悪い」

 

 短く吐き捨てる。

 相手はもちろん"俺"に【無銘】(ネオ・コア)を埋め込んでくれた《亡国機業》だ。

 SAOのデスゲーム化を企てた須郷に手を貸した者が奴らの一味である事は周知の事実。更に《ソードアート・オリジン》の製作を手掛けている組織に入り込んでいる事も、この"モジュール"が再現するボスの共通点を見れば想像に難くない。

 そう考えれば悪態の一つや二つは吐きたくもなるというものだ。この身を堕とす程の憎悪を考えれば、当然足りない。

 

 ――だが、今はそれが『武器』になる。

 

 自身が『人』であると自負できるのは感情だ。

 AIになって思考は速く鮮明になり、論理的になったが、その末に導き出す答えは様々。その多様性こそが『人』の証なのだ。

 『倫理に反してる』だとか、『望ましくない』だとか、客観的な意見だけでなく。

 『嫌だ』と、明確な主観を含んだ意見を持っている事こそが。

 思考の先、論理にそぐわない意志の発露――『感情』こそが人の証であり、強みである。

 

 

 

 ――――故に、憎悪を以て憎悪を制そう。

 

 

 

 かつて亡霊が望んだ兵器の形、その一つ。

 躊躇なく命を奪うその果ての在り方を以て、亡霊達の策謀を打ち破る――!

 

 

「"(からだ)絶望(つるぎ)で出来ている。"」

 

 

 口ずさむのは己の全て。喪った己の歩み、その果てに得たものを具現化する瞋恚の詠唱。

 ――一節。

 瓜二つの鏡が動く前に、呼び出した槍と剣でその身を貫き、更に周囲を長物で囲って身動きを封じる。

 

 

「"血潮は憎悪で心は鏡。"」

 

 

 二節。

 武器の檻を破ろうと足掻く矮躯に、継続ダメージを与える貫通属性の武器群を一気に降り注がせる。

 

 

「"幾たびの戦場を経て不死(死なず)。"」

 

 

 三節。

 手にした武器を投げてくるが、それを迎撃するようにこちらも剣弾で迎撃、更に追撃する。

 

 

「"たった一度の終わりもなく。"」

 

 

 四節。

 同じように数多の武器を召喚した敵を見て、こちらも風で浮き、直接応酬を始める。

 

 

「"たった一度の成就もなし。"」

 

 

 五節。

 剣には剣を、槍には槍を、斧には斧を当てて相殺。生じた隙は仲間が突いて、また生じた隙を俺が突く。

 

 

「"怨霊(担い手)はここに独り、闇の底で絶望(けん)を捨てる。"」

 

 

 六節。

 鏡が吼え、形を変えた。白い肌に白い仮面。正真正銘、亡霊が望んだ化け物としての姿。

 

 

「"――されど、この生涯はいまだ果てず。"」

 

 

 七節。

 無数の武器を亡霊(ばけもの)に突き立て、身動きを封じ、同時に十三の武具を十六包囲に展開。無手になった右手を突き出し、左手で右腕を掴む。

 ――敵を睨む。

 その先、亡霊の背後にいる"何か"を睨む。

 不鮮明、不定形な"何か"。体を弄りまわし、実験に掛けた組織の人間。

 憎むべき敵。

 殺すべき敵。

 不倶戴天の、"敵"を睨む。

 

 

「"この体は、無間の絶望(つるぎ)で出来ていた"――!!!」

 

 

 最終節。

 

 その締めを契機に、世界が変わった。文字通り。

 

 未完の浮遊城、その内部最奥に広がる星空を思わせる空間から一変し、死の原野がそこには広がる。

 地を埋め尽くすは白骨の頭蓋と頭骨を浸す深紅の海。天には全き黒の太陽が昇り、だらだらと滝の様に深紅の汚泥を垂れ流している。空気は喉に絡みつく腐敗のそれに変わっていた。

 人のまま憎しみに身を委ねていれば、遠くない未来に築いたであろう屍山血河。

 

 獣だった時、オリジナルと対峙したあの世界だ。

 

 負に呑まれたとはいえ共鳴していたのもまた事実。この心象風景は、俺自身が抱いていた憎しみ故に持つに至ったものでもあるのだ。

 未だ燻り続ける己の獣性の発露。

 この世界には"キリト"が背負った怨みが充満している。《織斑》への憎悪。《ビーター》への憎悪。"キリト"という個人への憎悪。世界から向けられ、そして背負った負の全てが此処にはある。

 

 アイングラウンドで生じた怨みも、当然ある。

 

『■■■■■■■■■■■■■――――ッ!!!』

 

 亡霊が叫ぶ。

 亡霊が取り込み、周囲に展開していた"闇"が、俺の世界に剥ぎ取られていっているからだ。吼えているのは力を喪う事への恐れか、あるいは新たに自我を得ようとしているのか。

 ……どうでもいい。

 すべき事は明白だ。巫女を救い出す、その一点こそが重要なのだ。

 

「――この世界から消え失せろ。いい加減、目障りだ」

 

 "()"を取り込むにつれ世界は昏さを増していく。

 友たちは足を止めているが、しかし困惑の気配はない。信頼、してくれているのだろう。

 ――ほんとうに、もったいない事をした。

 そんな後悔(しあわせ)を抱きながら、口ずさむ。

 俺が得た、果ての答えの道程を。

 

 ――ここまでは第一段階。憎しみを抱え果てる事を受け入れられなかった獣が築いた道程の、その終わり。

 

 ここからは、"ともだち"が繋いでくれた先の道行きだ。

 左手を突き出し、右手で左腕を掴む。

 

 

「"希望を捨て。誇りを捨て。誓いを捨て、己を識った。"」

 

 

 聊か、遅きに失したが。

 ……ああ、けれど。

 遅かったと、気付けただけ幸せなのだろう。

 気付けなかった姿は目の前にあるのだから。

 

 

「"底に至るは果てなき死闘。"」

 

 

 これからどれだけ生きるか分からない。

 

 

「"此処に至るは底無き本能。"」

 

 

 いつまた獣に堕ちるか杳として知れない。

 

 

「"築きに築いた(かばね)(づか)。"」

 

 

 今後、どれほどの命を奪う事になるか検討もつかない。

 

 

「"縁を切り。呪いを切り。業を切り、魂をも絶つ我が絶望(しょうがい)"」

 

 

 ――けれど。ああ、けれどだ。

 

 

「"空虚を以て、因果を絶つ。"」

 

 

 もう二度と、仲間(とも)を裏切りはしない。

 

 

「"未来を創るは誓いの刃。"」

 

 

 それは人ならざる存在になったこの身、この魂でいま一度立てた、新たな宣誓。

 

 

「"――即ち、宿業からの解放なり"ッ!」

 

 

 世界が二度(にたび)変容する。

 

 天の黒陽が。

 流れる(こっ)(けつ)が。

 大地の白骨が。

 亡霊の闇も。

 全てが、俺の左手に集約する。

 

 ――そうして現れたのは、一本の剣。

 

 刀身は薄く、細剣ほどではないが細く、片手剣にしてはやや華奢なそれはごくごくわずかに透き通っているように見える。刃の色は翠。

 銘を《ダークリパルサー》。闇払う者、という名を持つ剣。

 人ならざる身になってから一度も持たなかったそれは、獣に堕ちた時、決定打を与えてきた様々な意味で因縁深い剣である。

 人でなくなり、仲間を穴に落とした俺には持つ資格など無いと捉えていたが――しかし、()()()()()()とも思った。

 この剣は誓いの剣。解放の証。

 人々が希望とし、縋り、願いを託す象徴なのだ。

 ――皮肉なものだ。

 自らの意志で捨てた剣に再び頼る事になる。結局のところ、俺は最初から"ともだち"の存在なくして、戦えないというわけだ。

 オリジナルに敗れたのもある意味道理だった訳だ。

 まったくもって腹立たしい。自分の弱さが、腹立たしい。

 なにより――この在り方に心地よさを覚えている己の都合の良さが、腹立たしかった。

 戻りたいとは、まったく思わないが。

 

「オリジナルと俺、二つの獣を倒すに至ったコレは、亡霊モドキにはさぞ効くだろう――」

 

 亡霊は既に死に体。取り込んでいた膨大な負も殆ど俺が奪い取り、貯蓄量は既に残りかす。こちらの一撃を耐えるだけのHPも残っていない。

 そも、"織斑一夏(おれたち)"の姿を取って負を纏っている時点で、俺のこの瞋恚は絶大な特攻を有している。

 これで終いだ。

 

「お前も成仏していきなァッ!!!」

 

 人を憎み、世界を怨み、全てを呪った獣が見た答え。奴も同じものを抱えていたにも関わらず、道を違える事になった要因。

 獣が目覚めることなく眠りを迎え、目覚めた獣すらも眠りに誘ったその力。

 

 ――《人を想う意志》を形にした剣で、亡霊を真っ二つに斬り裂いた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 詠唱ばっかりやん! と思われても仕方ないですね、ハイ。でもオリジナルも心象風景持ってるし、あれだけ獣として暴れたホロウも持たないとって思いまして……

 詠唱は自身の道程、在り方を落とし込み、イメージを強固にするものなので必要なんです……!

 ちなみに士郎と村正の詠唱が参考元。前者はオリジナルキリトと同じ参考元です


・《無間の瞋恚》
 (からだ)絶望(つるぎ)で出来ている。
 血潮は憎悪で心は鏡。
 幾たびの戦場を経て不死(死なず)
 たった一度の終わりもなく。
 たった一度の成就もなし。
 怨霊(担い手)はここに独り、闇の底で絶望(けん)を捨てる。
 ――されど、この生涯はいまだ果てず。
 この体は、無間の絶望(つるぎ)で出来ていた。

 瞋恚具象・第一段階の詠唱
 人からAIになり、獣へと堕ちて倒され、SA:Oで再会を果たすまでの道程を表している
 獣に堕ちた時に見せた負の世界を展開し、フィールド内の負を集めて自身を強化し、相手が負を纏っていれば奪い取って弱体化、更に相手に呪いを付与
 要は『この世全ての悪(アンリ・マユ)』のミニスケール版
 とは言えSAO時代の人の負は実際に溜め込んでいるので常人は発狂・廃人化する
 これを諸に受けて正気で居られるのは現状キリトとホロウのみ――だったのはALO編までで、サクラメント事変を経た現在はユウキ達も多少は耐える。でもキリト達が死ぬ光景を延々見せられたら発狂する。当のキリト達は別のトラウマで発狂を抑え込む
 今話では"モジュール"の負を奪って弱体化、且つ続く二段階目の心意の強化を図った
 ちなみに『無間』とは『諸地獄を一としてその一千倍の責め苦を受ける八大地獄の第八の地獄』のこと。"キリト"は現実も仮想世界も地獄と見ていたので、その心境が反映されている


・《夢幻の心意》
 希望を捨て。誇りを捨て。誓いを捨て、己を識った。
 底に至るは果てなき死闘。
 此処に至るは底無き本能。
 築きに築いた(かばね)(づか)
 縁を切り。呪いを切り。業を切り、魂をも絶つ我が絶望(しょうがい)
 空虚を以て、因果を絶つ。
 未来を創るは誓いの刃。
 即ち、宿業からの解放なり。

 心意具象・第二段階の詠唱
 キリトが獣にならなかった《人を想う心》で救われ、過去を割り切り、未来へ歩み出してからの在り方を表す
 先に展開した世界にある負を全て取り込み、昇華させ、己の力にするシリカ達が許したからこそ発現した正の力
 獣だった自身を打ち倒した決定打を介した結果同じ剣が形になった
 前々話の『やろうとしてるのはオリジナルが俺に対してした事とほぼ同じだ』はこれのこと


・キリトの詠唱との比較(対ヴァフス・後編より抜粋)
 血肉は犠牲、精神(こころ)は救済。
 遍く全てを選び捨てる矛盾。
 ただ一度の成就はなく。
 ただ一度の失敗もなし。
 生贄(担い手)は此処に一人。
 (かばね)の丘で(けん)を執る。
 故に、この生涯に意味は要らず。
 この(からだ)は、無限の(つるぎ)で出来ていた。

 己の悪性を以て他者を守る決意の詠唱
 誓いの剣は捨ててないが、第百層で仲間を全員目の前で喪った時の心境が強く反映されており、守るためなら悪も為す覚悟が現れている
 現在はユウキ達と交際しているのもあり余計覚悟は強まっている


 一応SA:Oでの問題は次で畳みます。休載挟んで長期間になってますし、他の問題も描写しないとストーリー進まないので……

 ……アンケートの『ですげーむ』は多分満たせませんでした。すみません

 それもこれもキリト陣営強くし過ぎたん自分のせいや……!!!

 では、次話にてお会いしましょう


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。