インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 対《片翼の堕天使》回です。SAO編でも描写してますが、HP50%以下かつ『最後1体になった時』の挙動は描写してないので、そこを主に描写しています。あれからDFFNTも発売されましたしね

 つまり『最後に残った一体の強化状態』という未知の状態にリーファは挑む状況になっています

視点:リーファ

字数:約九千

 ではどうぞ





第五十一章 ~萌芽の時来たれり、其は剣に魅入りし者~

 

 

「……よかった。あなたも、救われて」

 

 ――あの世界で友誼を結んだ者達が、ホロウの覚悟を崩した。

 

 その事実に少なくない驚嘆を抱いたあたしは、ふ、と顔が綻ぶ。

 かつて、ホロウ・エリアで初邂逅を果たしたホロウは『人として終わりたいんだ』と口にした。

 それは紛れもない本心だったはずだ。当時既にカーディナルと契約を交わしていた筈だが――それでも、彼はSAOの消滅と共に消える運命を受け入れていた。そんな彼にあたしは何も出来なかった。彼の絶望を晴らす言葉も、根拠も、手立てすら、あたしは持っていなかったのである。

 

 自身の命を、どうか上手く使ってほしいと彼は言った。

 

 SAO以降、AIとして生きるつもりは無いとも言っていた。

 

 ……あの時のあの子の絶望を、あたしはただの一時も忘れていない。

 

 

 

 あれから約一年、ホロウを救ったのは"彼"自らが築いた友誼だった。

 

 

 

 皮肉なものだ。一度喪ったものこそが救いの決め手になるだなんて、大きなマイナスが小さなマイナスになっただけなのに。

 それなのに、ああも幸せそうに涙を流す。

 まったく困ったものだ。あたしの義弟(おとうと)達はかつての無邪気さを喪ったが――支えたくなる素直さは、そのままだ。怨みがあり、人に歪まされた在り方でも、人の気持ちは真っ直ぐ返す『鏡』の気質はそのままだった。

 

 だからこそ、口惜しい。

 

 一番に支えると覚悟した身であるというのに、それを果たせなかった事が途轍もなく悔しかった。

 

 だが、同時に安堵もあった。

 

 根底を同じくする三人を義弟と見ているが、一番に支えようと動いた場合、あたしは自覚無自覚関係なくキリトを最優先に動くと確信している。それはつまり、キリカとホロウにとっての救いに自分はなり得ない事を意味していた。

 事実、キリカが一人の『人』として独り立ちし始めたのは、同胞のプレミアの命やユイ、ストレアらの将来を思ってからだ。

 ホロウの場合、"ともだち"との約束が彼の心を救った。

 人間の義姉たる自分が居なくても、彼らは救われている。

 

「ふ、あは、あははっ……!」

 

 その事実はあたしに悔しさを覚えさせるが――やはり確かな安堵と、それ以上の喜び、痛快さが心を占めていた。

 どんな事も、誰だって嬉しい方がいいに決まってる。

 悲嘆なんて無い方がいい。

 悲痛な覚悟もしなくていいならその方がいい。

 ――実際はキリトとアリスがどこかに放逐されている訳だが、あの義弟の事だ、多少の無理を押してでも解決して戻ってくるに違いない。

 そちらはこの事態を観測している博士達に任せるより他はない。どのみち、こちらは第三の巫女救出と"モジュール"の破壊で手いっぱいなのだ。既に二兎を追っていて、剰えホロウの生還も加わった今、まずはその三兎を取ってからである。

 そして、その『三兎』に関して、もう憂う事は無くなった。

 つまり、何が言いたいかというと。

 

「最早、後顧の憂いなし!」

 

 そう宣言したあたしに、キリカがギョッとして見てきたが、そんな彼にも笑みを向けた。

 

「キリカ、コイツはあたしが斬る! 次に来る狂戦士は任せたわ!」

「――分かった!」

 

 一瞬の間を挟んだキリカは、そのまま堕天使から距離を取った。どうやら本当に任せてくれるらしい。迅速な判断はあたしへの信頼の表れだ。

 内心で彼に礼をしながら、あたしはボスに意識を向けた。

 堕天使ボスもこちらを向く。与ダメージ量を考えればキリカにヘイトが向くはずだが、そこは元個人戦の闘技場ボス、最も近い距離にいるプレイヤーを狙うようルーチンが組まれているのだろう。

 そうでなければホロウ達を狙わないよう立ち回り続けられた事にも説明がつかない。

 セフィロト・マルクトの意識が乗り移っている、という予想は当たってほしくない。

 

 ――構えを取る。

 

 膝を曲げ、腰を低くし、片足を引き半身を取る。刀身を上へ向け、切っ先は眼前の敵に突きつけるように刀を持つ。

 何時ぞや義弟を叩きのめした時にも取った、正真正銘『全力』を出す構え。

 システムに頼らない――あたしが築いた、技の粋。

 

 

 

 相手を斬る事に特化した構えである。

 

 

 

「ふ――――ッ!」

 

 鋭く息を吐く。同時に地を蹴り、神速を以て距離を詰めた。

 構えはそのままだ。現実で学んだ剣術や古武術を、ALOでの実戦を経て試行錯誤を繰り返した末、やはり『刺突』がもっとも殺傷力が高く、また防がれにくいと学んだ。

 義弟の時は防御と反撃に重点を置いた戦い方をしたが、元来は反撃を許さない攻めの一手を重視したものである。

 

 ――求めるのは勝負の決着(相手の死)

 

 刃先まで神経が通ったかのような感覚。最早体の一部になるほど手に馴染んだ長刀を、踏み込みを挟み、一気に突き出す。

 キンッ、と。

 食器から奏でられたかのような小さな音が耳朶を打った。

 弾かれた。

 それも最低限、最適な力加減で。

 ならば、と刃を返す。躱した敵を追うように鋭く、(はや)く、刃を薙いだ。キキキキキィッ! と断続的に剣音が鳴り響く。相手の長刀をこちらの刀が滑る音だ。

 相手は距離を離そうと、軽やかに地を蹴り後退する。

 

「――ハァッ!」

 

 それに追い縋る。

 強く踏み込み、一足で数歩分の距離を瞬く間に詰め、目の前に迫った堕天使目掛けて大上段から長刀を振り下ろす。

 ――ガァンッ! と、撃音が響いた。

 刃は交わり、止められている。こちらの一撃は相手を斬るに至らなかった。

 だが――

 

「届いた――!」

 

 柳の如く躱そうとする相手に刃を届かせたという事実を証明する福音には違いなかった。

 止められたという事は、それすなわち、あたしの一撃は()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 目の前の堕天使は《VTシステム》を基盤として改良された戦闘プログラムだと推測される。そのプログラムに様々な戦闘経験を積ませ学習させていき、いずれは和人を操るものにするのが《亡国機業》の企てだった。《ブリュンヒルデ》の技量と【解放の英雄】の経験を組み合わせようという訳だ。

 "モジュール"に再現された個体が、SAOやサクラメントのデータを引き継いでいるは思えないが、まっさらな状態でも《ブリュンヒルデ》の技量は有する訳だ。半端な腕ではこちらの攻撃は全て捌かれる。

 

 ――サクラメントでの無力感を思い出す。

 

 あの時のあたしは無人機を駆り、和人と共にセフィロトと刃を交えた。しかしこちらの攻撃の悉くを往なされ、剰えあわや和人を喪いかけもした。同じく無人機で駆け付けたシノンの援護が無ければどうなっていたかは想像に難くない。

 あの時から日は然程経っていないが、それでも殺すための剣は、漸くその域に達した。

 セフィロトにはまだ余裕があった。喜ぶにはまだ早いだろうが――しかし、和人には出来たのだ。ならば義姉たるあたしも背を見せ、肩を並べるには出来なければ話にならない。

 元より、剣しか能のない身なのだから。

 

「ハ、ァァァアアアアアアアッ!!!」

 

 一気呵成。往なされないよう神経を研ぎ澄ました剣劇を絶え間なく叩き込み、堕天使の逃げ道を潰す。身の丈を超える長刀――もはや超刀と言うべきそれ――を巧みに振るい、こちらの剣を往なそうとするが、完全には出来ていない。

 それを幾度となく続ける中で、あたしは《片翼の堕天使》というボスの特性を凡そ把握し始めていた。

 攻撃を当てれば存外容易く仰け反る事、攻撃の際のセリフと構えを見ればどの技を使うか明確に分かる事は、既にSAO時代で分かっている。

 それ以外で分かったのは、防御行動を取るために振るう刀の速度には限度がある事だった。

 最速で秒間三発。それを超える速度で叩き込めば必ず動作が遅れ隙を生む。遠からずこちらのパターンを学習して対応するようになるだろうが、この速度を超える事はまずありえない。ボスに設定された敏捷値がそれをさせないからである。AIの演算速度が追い付いても、システムの制約を超える事は出来ない。

 唯一シンイだけが限界突破の手段だが、それはホロウが封じてくれている。隅の方でシリカ達に抱き留められている今も"闇"がこちらに侵蝕してきていない点から制御出来ている事が窺えた。

 

 ――あとは、未知の技を使ってこないかが気掛かりだが……

 

 SAOでは、狂戦士とのタッグを前に長期戦は不利と判断した"キリト"が、《二刀流》の最上位剣技を以て一気に決着させた。つまり堕天使が最後に残った時に解禁される技は誰も知らないのである。

 出来る事なら未知の技を出される前に削り切りたいところだった。

 

『新たな扉を開こう』

 

 しかし、そうもいかないのが現実だった。

 体力が残り半分になったところでこちらの攻撃に怯まなくなり、初めて聞くセリフと共に、緩やかに宙に浮いた。その左手に薄緑色の闇の球を形成したと思えば、間を置かず球は弾けた。

 攻撃かと思って刀を翳すが、予想していた振動は訪れない。

 代わりにズッシリとした圧迫感が全身を襲って来た。まるでずぶ濡れになった服を着ているような、そんな感覚。

 

「範囲デバフ……!」

 

 視界左上に表示されたUIに目を向ければ、『赤を背景に下向きの矢印とブーツを象ったマーク』のアイコンが表示されていた。『鈍足』の状態変化だ。

 チィッ、と思わず舌を打つ。

 この状態変化、『鈍足』と付いているから移動速度が遅くなるだけかと思いきや、実は攻撃速度もしっかり遅くなる。

 それでもAGI値はそのままだからアバターが出せる限界速度に制限が掛かっている状態なのだろうと、ゲームに詳しいリアル同級生は語っていた。

 数々の状態異常・状態変化がVRMMOに実装されているが、最も嫌いな状態異常トップが麻痺であれば、状態変化トップはあたしにとってこの鈍足だ。スピードを重視するシルフ且つ空を飛ぶことに魅了された身として、双方の輝きを奪うこの状態変化は物凄く憎いのである。速さを旨としたスタイルであるのもそれに拍車を掛けている。

 

 ――そして、ボスを前にノロくなってしまえば、格好の的だ。

 

『お別れだ』

「ッ――舐めンなァッ!」

 

 腰だめに堕天使が超刀を構えたのと同時、あたしは大上段に長刀を構えた。

 振りはじめは同時。

 真っ向から攻撃が当たり、互いの刀が大きく弾かれた。あたしはたたらを踏む形で体勢が崩れるのを防ぐ。あちらは黒い片翼をバサリとはためかせ、優雅に宙返りしていた。

 

 ――そんな出鱈目な姿勢でも構えている事に気付けたのは、あたしも空中戦闘(エアレイド)に慣れていたからだろう。

 

 彼我の距離は約十メートル。流石の超刀も、この距離は間合いの外だ。

 

『受け入れろ』

 

 しかし、そんなのは関係ないとばかりに堕天使は超刀を振るった。

 刀の軌跡が闇の帯を引く。その帯が実体化したかのように闇は三日月型の飛ぶ斬撃となり、飛来した。一振りにつき一つ、それを三度。

 記憶にある飛ぶ斬撃は一振りで瞬時に六発だから数は少なく、速度も遅い。

 

「こ、の……!」

 

 あたしは鈍足の効果を受ける中、どうにか構えを取った。片手で後ろ手に構えた長刀から赤い光が放たれる。

 見た目で勘違いされやすいが、あたしの愛刀のカテゴリ的は《両手片手半剣》。使用可能なスキルは《両手剣》と《片手剣》だ。

 咄嗟に素早く技を発動できる利点を活かし、鈍重な体を後押しするシステムに力を借りながら、赤く長刀を三度振るう。

 右下から低く斬り上げて一発。

 左から右への薙ぎ払いで二発。

 そして右上から鋭く斬り下ろして三発。

 闇を迸らせる三日月の斬撃の中心を片手剣三連撃技《シャープネイル》で斬り裂き、相殺、霧散させる事に成功する。それを見届けたあたしは意識を堕天使に戻した。

 

 

 

 堕天使は、空中で腰だめに超刀を構え直していた。

 

 

 

「ハ――ッ!」

 

 思わず口元を歪める。

 簡単なことだ。さっきの技は明らかな牽制のそれだった。牽制があるなら――その後は、必ず本命だ。あたしも当然それは警戒していた。

 それでも技後硬直のあるソードスキルを使ったのはデバフの影響で回避が間に合わないと判断したからだ。

 

 ――だからこそ対策も容易だった。

 

 全ての動作速度に制限を掛ける『鈍足』に、今ばかりは感謝してもいいかもしれない。システムアシストにすら制限を掛けるという事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事なのだ。

 あたしは左に振り抜いた刀から光が失われていくのを、極限まで集中した意識でスローモーションで見届けた。その間ずっと脳は腕を動かそうと指示を出している。それでも動かないのは、スキルモーションがまだ終わり切っていないから。

 そして、腕が動くようになった。硬直はまだ課されていない。

 

「ふ――――ッ!」

 

 その隙間を突いて、刀を返し、姿勢を腰だめのそれに変える。

 そこで硬直が課される――その筈だった刀身は再び光を取り戻し、風を思わせる蒼の輝きを迸らせた。

 

『お別れだ』

 

 あたしの二つ目のソードスキルが放たれたのは、堕天使が宙で腰だめから超刀を振り抜くのと同時だった。瞬く間に闇と雷の一閃が激突し、また弾かれる。

 再度離れた敵を見ながら、あたしは苦笑を零した。

 "キリト"が編み出し、仲間内ではレインが習得していたシステム外スキル、片手版剣技連携(スキルコネクト)を使うのはこれが初めて。あたしは速度重視でAGIを高くし過ぎた結果これまで出来なかったのだ。最も疎んでいた『鈍足』に掛かって出来るようになったとは、何とも皮肉な話である。

 そんなあたし以上のAGI値を有していながら"キリト"は事もなげに使えていたのだから、反応速度トップというのはやはり伊達ではない。

 

「さ、て……」

 

 しかしそれを使えたからと言って事態が好転する訳ではない。

 鈍足がある限り、こちらの攻撃速度が堕天使の防御限界を超える事は難しかった。

 『自分が斬る』と言った以上ここで助けを求めるのはちょっと避けたい。究極的に追い詰められれば求めるが、まだ限界まで突き詰めた訳ではないのだ。

 と、なれば……――――

 

「結局、専守防衛になる訳ね」

 

 呆れたようにあたしは独り言ちる。

 攻撃特化のつもりなのに、なぜ今回も反撃主体で振るう事になるのやらと嘆きながら、あたしは構えを取り直した。型こそ最初と同じだが、意識は既に切り替わっている。

 ――ちら、と横目で周囲を見る。

 キリカは心配そうにあたしを見ているし、ホロウも流石に気持ちを立て直したようで、シリカ達と一緒になってこちらを見ている。事態が事態だからユウキ達はそろそろ痺れを切らしそうにも見えた。

 

 ――――次に苦戦するようなら、流石に潮時か……

 

 この時点で我儘を言っているのだ。最初はホロウ達を思って時間稼ぎに終始していたが、その必要が無いとなればそれは我儘である。

 一層気を引き締め、あたしは堕天使の次の一手に意識を集中させた。

 

 

 

『星々の裁きを受けろ』

 

 

 

「な……ッ」

 

 そして、宙に浮いたまま紅い光を放つ右手を天空に挙げ、堕天使が呟いた堕天使の祝詞に、あたしは思わず顔が引き吊った。

 ――流星群(メテオスォーム)

 流石にサクラメントほど大規模ではないが、闘技場を埋め尽くさんばかりの数の岩石が降り注ぐ光景は脅威に変わりない。現にあたし達の視線の先では中型トラックほどの巨大な岩石が幾つも形成され、今にも落ちてこようとしている。

 SAOで"キリト"がどうやって対処したかは結局不明だ。反応速度を駆使して回避に徹したか、あるいはソードスキルで斬り裂いていたかだろう。

 どちらにせよ、落ちれば終わりだ。アレの余波をNPC達は受けきれないだろう。

 ホロウが持つ召喚武器《ⅩⅢ》の盾も、防御すれば使用者のHPを削るため無限には受け止められない。当然だが犠牲にするなんて論外である。

 中断は距離的に不可。攻撃しても、恐らく隕石自体は消失しない。隕石そのものをどうにかしなければ対処は不可能。

 かと言って、遠距離攻撃手段も無い。

 ――唯一、シンイを除いて。

 

「まったく、どうしてこうとんでもない事態が重なるんだか――ッ!」

 

 苦笑し、悪態を吐く。こんなことの連続をこなしていたのかと、我が義弟ながら出鱈目になったものだと感嘆を通り越して呆れすら浮かびそうだった。

 その心境になりながらあたしはある事を強く想起していた。

 

 想起するのは、飛ぶ斬撃だ。

 

 自身の廃棄孔と対峙し、ビルを切断したあの現象。

 または現実でアラクネを操る《亡国機業》の操縦者をぶっとばした時のあの斬撃。

 束博士から教えてもらったが、世間的には【無銘】の能力で可能になったとされる斬鉄と飛ぶ斬撃は、実際はヴァベルが見てきた世界の記憶を通した疑似体験によって体得した技なのだという。その疑似体験をする前から、義弟は具象化世界で可能にするほどの強いイメージを持ち、飛ぶ斬撃を可能としていた。

 

 ――結論として、可能なのだ、シンイを以て斬撃を飛ばす事は。

 

 前例がある以上、出来ない道理は無い。当の義弟はそうして受け継がれた技術を学び、研鑽の果てに、未知を切り拓く偉業を成し遂げたのだ。

 ならばあたしも為せる筈だ。

 否、『師』を名乗るなら、為さなければならない――――!

 

「斬り裂け――」

 

 心を、ただ一つに傾ける。

 追い付くべき、かつて魅入った『剣』があった。

 並ぶべき、背を見つけた。

 その果てに、超えるべき『剣』を見つけた。

 あたしの意識だけに見えるその『剣』に、己が握る長刀を重ねる。

 

 ――――重さが、増した。

 

(タチ)(カゼ)――――ッ!!!」

 

 その瞬間、あたしは『剣』をなぞるように長刀を振っていた。

 かつて義弟に贈られた薄緑の長刀《都牟刈之大刀》が翠の輝きを帯び、縦横に空を斬り裂く。周囲に凝集した光の円弧が一瞬の溜めを経て音もなく扇状に拡散した。

 拡散したそれは堕天使と、空中に展開していた無数の隕石を一つも漏らさず当たり――瞬間、その全てを爆裂させる。そこまではイメージしていなかったので、どうやら隕石は着弾か破砕すると同時に爆発する性質を持っていたらしい。

 今でこそシンイや《ⅩⅢ》、《弓》スキルで迎撃可能だが、前二つはイレギュラーだし、後者に至ってはそもそも取っている者が少ない。SAO時代では相当限られているので、本当に《亡国機業》によって茅場晶彦のフェアさを無視したボスモンスターだとつくづく実感させられた。

 爆発の煙に巻かれながら内心で悪態を吐きつつ、堕天使の次の行動を警戒する。

 流石にあんな爆発を諸に喰らえば、元々HPが少なめらしい堕天使には致命的だと思うが……

 

 

 

『約束の地へ』

 

 

 

「ッ?!」

 

 それは希望的観測というものだったらしい。

 頭上から声が聞こえ、咄嗟に後ろへ跳ぶと、直前まで立っていた場所に堕天使が下突きで突っ込んできた。超刀が地面に突き立つと同時に周囲の地面から岩塊がせり上がってくるオマケ付き。

 あたしは岩塊を長刀で防ぎながら後退を余儀なくされた。

 

『逃がさん』

 

 そんなあたしに、堕天使は蛇のように低い姿勢で迫って来た。両手で超刀の柄を握っている。構えは左後ろ――斬り上げの姿勢だ。

 

「こんのッ!」

 

 間合いに入り、振り上げられる超刀。あたしはそれに合わせるように刀を横に薙ぎ、超刀の刀身を滑らせ、軌道をズラすことでノーダメージでやり過ごした。

 堕天使は高く舞い上がり、あたしの頭上を飛んでいる。

 

「セィ――ッ!」

 

 その大きな隙に、あたしは即座にソードスキルを発動した。水平四連撃技《ホリゾンタル・スクエア》を叩き込み、更に『鈍足』によって可能となった片手連携(コネクト)で、更に垂直四連撃技《バーチカル・スクエア》に連携。最後の一撃に全体重と全力の腕の振りを重ね、堕天使を思い切り地面に斬り落とす。

 数拍遅れて着地したあたしは、その僅かな時間で体勢を立て直し距離を詰めてきた堕天使を再度迎え撃った。

 

『斬る――』

 

 短く鋭い言葉と共にガシャリと超刀の構えが変わる。刀身が描く軌跡にユラリと陽炎を思わせる闇が混じったのを見て、ボスが使う技だと理解。

 同時、闘技場では見た事のない技であると分かり、ソードスキルでの迎撃を考慮の外に置く。

 

 ――直後、神速の斬閃が迫った。

 

 大振りで振るわれるそれは秒間で三度迫った。こちらも長刀を振って往なす事は鈍足によって不可能と分かっていたため、最小限の動きで柄に近い刀身部分で防いでいく。

 二秒後。都合、七度目の斬撃の時、堕天使が斬り上げと共に飛び上がった。

 超刀がクルリと回り、逆手に握られる。

 

 技の締めだと気付くのは容易かった。

 

 判断したあたしは、リィィィン、と微かな音を響かせ翠に煌めく長刀を三度構え、天を睨んだ。

 

『消え去れ!』

 

 堕天使が天から吼える。

 片翼を持たず、天から堕ちたというのに。

 

 とうの昔に、斬滅された身で、何を言っているのか。

 

「――――」

 

 言葉は無かった。

 ただ視界に浮かんだ『剣』を再びなぞる事に意識を傾けていた。

 

 ――その一閃で、戦いは終わっていた。

 

 堕天使は倒れ、青暗い光に包まれていく。徐々に形作られていくのは禍々しい戦斧と筋骨隆々な体型の人影だった。先にホロウが話していた通り、やはり闘技場ボスは全て再現されるらしい。

 その変化を見届けながら、駆け寄ってきたキリカと入れ替わりで後退する。

 

「リー姉、無茶し過ぎだ」

「《亡国機業》と戦うなら何れアレとも刃を交える事になる。今の内に経験しておくべきだったのよ」

「……だからって一人じゃなくても……」

 

 すれ違いざまに不満交じりの心配をされたので正直な気持ちを返しておく。

 まあ、確かに一人で相手するのはどうかと言われればそうなので、更に言われた不満には曖昧な笑みを返しておいた。

 

 ――あたしも、あの時よりは成長、出来たかしら……

 

 黒ずくめの格好で黒と翠の二刀を握り走るキリカは、髪を一つに結わえている点以外はかつての姿と大差がない。だから余計にかつての無力さを晴らしたい思いが強かった。

 シリカ達に当てられたかなと苦笑しながら、あたしはホロウの下へ駆け寄った。

 

 

 






 はい、如何だったでしょうか

 本作に於いて《片翼の堕天使》/セフィロトはVTシステムを応用したプログラムの存在なので、《亡国機業》が潰れない限り永遠に主人公キリトに付き纏う厄ネタと化しています

 今後それが出てくる事を考慮すればせめて真っ新状態な堕天使ボスくらい倒せなきゃ話にならないよね、という事でリーファは気合を入れていた訳です

 あとリーファ個人がサクラメントでの大苦戦に思うところがあったのもある

 更に義弟が乗り越えたボスくらいは師として超えておきたいという本音も含まれています

 《亡国機業》がちょっかいを掛ける度にキリト勢の戦力が充実していきますね……


・片翼の堕天使
 VTシステム改良版のセフィロトが戦闘データを持ってない姿
 システムAIに判断を委ねているためセフィロトのような知性は無く、プログラム通りに動くボス個体。それでも並みのプレイヤーでは倒せない剣の腕と悪辣な技の数々を持つ
 SAO闘技場ではタッグ相手がいたので《ジェノバ》が封印されていた
 仮に狂戦士の方が先に倒されていれば使っていて、大いに"キリト"を苦しめたに違いない
 しかし今回は戦った相手が悪かった。『鈍足』空間を展開した事で片手剣技連携(スキルコネクト)を体得する事態に繋がってしまい、自暴自棄になったキリトをして無傷で制圧された鉄壁の守りと併せて、勝機は無くなった


・リーファ
 心意を会得し扱えるようになった少女
 『鈍足』を状態変化の中で最も疎んじていたが、逆にシステム外スキル体得のチャンスに変えて強力な矛を手に入れた。AGI値が高すぎて攻撃速度に反応速度が追い付けてないので、基本的に片手剣技連携(スキルコネクト)は使えない。弱体化された方が使える引き出しが多くなるとか、正にあの義弟にしてこの義姉ありである
 心意使用時は一種のトランス状態に近いため、集中しているほど思い描く『理想』を具現化しやすくなる
 その性質が上手くかみ合い、斬撃を飛ばしたり、『剣』を幻視して捌き切ったり出来た
 幻視した『剣』は、リーファが『これなら往なせる』と判断した理想像。かつて魅入られた至高の剣ならこうするだろう、という無自覚の思考が心意の影響で表在化し、一時的にリーファの剣の腕を上げた。ある意味トランス状態の究極。他者ではなく自己に影響・変化を齎しているこれを《アクセル・ワールド》では『現実での心意現象』と呼ぶ。

 また本作は『堕天使≒VTシステム≒ブリュンヒルデ』なので、剣の腕はブリュンヒルデとほぼ同格、セフィロトには一矢報いれるレベルになった。サクラメントでは和人もあしらわれていたので、『殺しの剣』も和人と同格に至った
 順当に『獣になった和人を斬った並行世界の直葉』の強さに近付きつつある。自暴自棄になった和人ならかつてより安定して完封可能
 とは言え、冷静な和人に《ⅩⅢ》や【無銘】を全力で使われると勝機は無い


・『絶風』
 タチカゼ、と読む
 参考元はカタナ単発ソードスキル《辻風》。それの射程距離を心意で拡張して放ち、立ちはだかる敵を横一閃にぶった切る
 似たような技が実は《ロスト・ソング》のカタナスキルにあり、そちらは斜めの斬撃を飛ばす。スメラギが多用する技の一つ

 メタな話をすると、《地母神テラリア》リーファがアニメでぶっ放していた斬撃のコンパクトバージョンがイメージ
 ……結局アニメだとリーファのメインスキルは片手剣なのか刀なのか分からないので、本作は『ソードスキルは片手剣と両手剣』、『立ち回りは刀のそれ』という風に区別。心意技はスキルに左右されないため、立ち回りの方に分類したので、カタナスキルが心意技の参考元になった
 リーファが対人特化、対ボスではユウキ達に劣る設定なのは、スキル使用と対人での立ち回りが別々なせい


・《片翼の堕天使》が新たに使った技

『新たな扉を開こう』《ジェノバ》
 DFFNTでのEXスキル。自身の周囲に移動速度低下デバフ空間を展開する
 相手が吹っ飛ぶ速度も落ちるので、ジャストキャンセルと組み合わせると凶悪
 本話では『吹っ飛ぶ速度も落ちる』特性を、『アバターが出せる限界速度の制限』という疑似スロー状態として適用した
 本来ならとんでもないデバフなのだが、リーファは高すぎるAGIに追い付かなかった反応速度と丁度いい塩梅のスローになったので、片手での剣技連携(スキルコネクト)が可能という状態になった(所謂スロットの目押し)

『受け入れろ』《残心》
 DFFNTでの空中ブレイブ攻撃。ゆるりとした動きから三回、紫色の飛ぶ斬撃を放つ
 ディシディアデュオデシム時代の空中ブレイブ技《神速》に近い
 本作SAO編第二十一章』に登場している《神速》は飛ぶ斬撃六発、ヒット時に追撃二発を放つが、《残心》は飛ぶ斬撃三発で打ち止め。ただし飛距離と攻撃範囲、射角範囲が広くなっている

『お別れだ』《一陣》
 DFFNTで追加された地上・空中両方で出せる技
 突進力のある斬り払い、大きくふっ飛ばす唐竹からなる二連撃
 本作ではリーファに初弾を弾かれ、二段目は不発に終わっている

『星々の裁きを受けろ』《メテオ》
 SAO編第十九章でも使われた流星群魔法
 本来なら『落ちろ、天の怒り』という文言の後に落下を開始するが、心意を体得し、義弟の飛ぶ斬撃を幾度となく見てきたリーファの心意技によって自爆という結果になった

『約束の地へ』《獄門》
 第二十二章でも使用された原作勢トラウマの下突き技
 地面に超刀を突き立てると周囲に岩塊を発生させる追加効果もある

『逃がさん』《天照》
 本話で初登場の技。DDFF時代からある
 低い姿勢で近付き、真下から大きく飛び上がりざまに斬り付ける
 セフィロス/《片翼の堕天使》唯一の上昇技。ある程度の高度に対応する上、地上にいる相手にも当てやすい
 ちなみにセリフは『ふっ』などの掛け声だけだったりする

『斬る――消え去れ』《八刀一閃》
 セフィロスの代名詞。SAO編第二十一章でも使用しているが、あちらはCCFF7版であるのに対し、本話はDFFNT版。セリフはディシディアデュオデシム時代と共通している


 では、次話にてお会いしましょう


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