インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは
転職やらなにやらで気力が湧かず遅筆になっております……気長にお付き合いください
視点:キリカ、プレミア
字数:約七千
ではどうぞ
ユウキが心意を発現し、バグ化した九十九層フロアボスを屠った後、俺達は大きな苦戦を強いられる事なく未完領域を進めていた。
アインクラッドが未完成なせいでアイングラウンドの最前線データを参照した強さだから戦えはするが、勿論紛れるように強さが上下に振れて出鱈目な状態の個体もいる。そういったのはこの世界でも筋力重視なストレアやエギル、あるいは異界の騎士としての力を持つアリスを中心に通路の外――遥か下に大地を望む空――へ吹っ飛ばして真っ向からの戦闘を回避することで難を逃れていた。
その中で目覚ましい活躍を見せるのは、やはりユウキだ。
ユウキの心意は負の心意とも言うべき悪性情報に侵されたモンスター達に対して極めて高い特攻があるらしい。
一発のダメージ量が倍以上違っていれば流石に気付く。
SAOアバターに蓄積された感情と共鳴し、パラメータを現在のアバターに上書きしている――そう推測したのは間違いではなかった。
”ザ・バーサクヒーロー”と対峙した時より弱体化しているのは、おそらくユウキが抱く危機感や焦燥を含め、想起する強さや記憶がそのまま心意の強さになるからだと思う。SAO時代に対峙した頃に
それはユウキ自身の確かな”積み重ね”の賜物だった。
同時、当時のユウキが内心でどれだけ気を張っていたかの表れでもある。
ランやアスナ、クライン達が劣っている訳ではない。あの世界で命を張り、死を恐れていたのは誰もが同じだった。そこに優劣はない。
なのにSAO生還者の人間の中で心意を発現しているのはユウキだけ。
カーディナルがオブジェクトに保存していたのは、蔓延していた負とは異なる、特異な感情。他の人よりも確実に、カーディナルがアバターに保存したそれが多かったという証左だ。
そしておそらく、ホロウ・エリアの高位者権限を付与された要因でもある。
……”たられば”の話になるが。
仮に《オリムライチカ》がログインしなかったら、ユイやストレア達が目を付けていたのは彼女になっていただろう。高位者権限を唯一付与される存在にもなっていたかもしれない。
《
ともあれ彼女には想い一つで須郷による洗脳・改竄に打ち克った過去がある。それを考えれば、仲間の中で最初に心意を発現したことも、それが強力な”闇”特攻であることも必然と言える。
なにしろユウキの心意は、アインクラッドでの日々を肯定する正の心意だ。
悲嘆し、憎悪し、絶望する負の瞋恚とは正反対である以上、特攻を有するのは当然だった。
――紫紺の剣士を見る。
今は休憩中。
集団の最前を走り、薄く光を帯びる黒剣で襲い来る敵を斬り伏せていた彼女は、気力回復に努めるためか静かに休息を取っていた。帯びていた剣を肩に掛けて休む姿はかつての自分を思い起こさせる。
仲間と談笑する姿をよく見ていただけに珍しいと思ったが、すぐにそうでもないと思い直した。
今のユウキは”立ち返っている”のだ。
僅かと言えども当時の心情を思い出したなら気を張り続けるのは当然。しかも聡明な彼女の事だ、自身の心意が特に効くことも分かっている筈なので、一番に剣を振るおうとも考えているだろう。それはまるで、対外折衝の安定化のために【絶剣】として名を売っていた時のように。
……思い返すと、ユウキが完全に気を抜いていた時をあまり見た事がない。クラインやアスナ、アルゴでさえホームや宿部屋では気を抜く様子を見せたというのにだ。
唯一、オリジナル相手の時を除いて。
九十九層ボスを屠る時、ユウキが想起したのは、俺がアルベリヒに隷属されてオリジナルと刃を交えていた時の事だった。その戦いに発展したのは喫茶店で二人がお茶をしていた時に《ティターニア》のメンバーがちょっかいを掛け、しつこく粘着したからである。
それは俺とホロウが生み出された後からアルベリヒ捕縛までの短い期間で起きた事。
俺に憶えが無いという事は、その短い期間の間に二人の関係がある程度進む”何か”があったのだ。
オリジナル側には義姉リーファによる粛清――もとい、強烈な意識改革があったと聞いた。
同じようにユウキにも何かがあったのだろう。
――凡そ見当がついた俺は息を吐き、ユウキから視線を外した。
「キリカ、どうかしたのですか?」
そのとき、隣に座って休憩していたプレミアが声を掛けてきた。溜息を吐いたのを見て気になったのだろう。他にも数人の視線が向くのを感じた俺は苦笑を浮かべながら隣に視線を向けた。
「少し、考え事をな」
「考え事、ですか。いったい何を?」
「んー……色々」
敢えて、俺は明言を避けた。
それは、《現実世界》を知らないプレミアには説明しにくいからでもあり、また余計な不安を抱かせないためでもあった。”闇”がプレミアを蝕んでいないのは二刀の瞋恚のお陰だ。しかし、それはプレミアに、”闇”を形成する感情のほとんどが無いからでもある。共鳴するモノが無いから蝕めないでいるのだ。
だが”闇”――負の瞋恚は、その名の通り負の感情であればほぼ全てと共鳴し得るモノである。
SA:Oにいま起きている騒動の中核は《崩壊シミュレーション・モジュール》だが、アイングラウンドのクエストという意味では、中核は《聖大樹の巫女》や《聖石の女神》の役割を持つプレミア、ティア達である。
ティアが既に呑まれている以上、プレミアまで呑まれてしまうのは避けなければならない。
なまじ二週間ほどほぼ常に行動を共にし、守ってきた相手だ。多少なりとも情が湧く。斬らなくていいよう手を回そうとするのは当然と言えた。
――多分、今が分水嶺だしな……
プレミアを一瞥してから、俺は虚空に視線を向けた。
分水嶺。つまり、《聖石の女神》が祈りを捧げるか否かの瀬戸際。
この城は四つあるサーバーの内、プレミアとティアがいたサーバーとは別の女神が祈りを捧げた結果再現されたものだ。それでも不完全なのは、祈りを捧げたのは一人だからだ。もう一人の女神は、おそらく命を落とし、消滅している。だから別サーバーの女神であるティアを”闇”が呑み込んだ。
しかしティアはオリジナルへの執着があり、まだ祈りを捧げに向かっていない。
なら次はプレミアを狙うのが道理だ。最奥に近付いている以上、狙う可能性は高まる一方。
そんな中で不必要な不安や恐れを抱かせるのは愚策なのだ。
そして――目下のところ、プレミアが抱くだろう不安を敢えて挙げるなら。
”闇”に呑まれた瓜二つの姉妹、ティアの事だろう。
プレミアがどう思ったかは定かではない。しかし、付き合いが短いとは言え親近感はあった筈だ。ああなった姿を見て不安を抱かないとは思えなかった。
「プレミアこそ、何を考えてるんだ?」
「私は……ティアの事を、考えていました」
俺への返答を聞いて、やはりな、と得心する。
まったく同じとは言えないが。かく言う俺も、アルベリヒによって作り出されてから暫くは、アルベリヒを義姉リーファと誤認していた。記憶にある義姉と目の前にいて命令する偽姉の姿があまりに違って不安に駆られた事も少なくなかった。
いまのプレミアは当時の自分にかなり近い心情だと予想していたが、それは当たっていた訳だ。
「キリカ。ティアは、助かるでしょうか?」
「もちろんだ」
返される問いに、俺はノータイムでそう返していた。
――非常に業腹で複雑な心境になるから口にはしないが。
セブンによる《クラウド・ブレイン計画》を早期に見抜き、被害が出ないよう俺達に信頼と疑念を半々に持たせて対象から外し、暗躍していたオリジナルの事だ。瞋恚に呑まれたホロウと対峙する事も早々と気付いて対処できたのだから、ほぼ同じ状況にあるティアをどうにも出来ない光景が想像つかない。
「ティアはオリジナルに執着していた。ヤツもそれに気づいて、粘るために俺達を先に行かせた。ヤツにはティアを助け出す算段があったという事だ」
自身が束ね、残留させた”闇”が原因でああなったのだから、何が何でも助け出そうと尽力するのは目に見えている。
逆に言えば。
そんなオリジナルですら助け出せなかったなら、他の誰にも不可能だったという事になる。
俺もヤツも、喪う事を恐れているのは同じだ。
己に
無論、心意を自在に使えない俺達と違い、勝算があったからこその行動もある筈だ。
――そして、それを為せなかった時の事も。
「……私達だけ先に進んでよかったのでしょうか」
その予想を知ってか知らずか、プレミアはそんな疑問を口にした。
迷うような口ぶりだった。
戸惑っていると分かる声音だった。
何に対して不安を抱いたかは分からない。
大して関わりのないオリジナルを案じたか。
双子とは認識しているティアの身を案じたか。
二人の衝突の行く末を案じたか。
あるいは。
はたまた。
ともすれば……
――AIと成り、高速に磨きをかけた
そして、そのいずれもが正解で――しかし、それらへの返答がプレミアの求める者でない事を、
どんな答えを以てもその不安を払う事は出来ない事を、俺はよく知っていた。
「残ったところで何も出来なかった。むしろ、残れば俺もプレミアも、そしてみんなも”闇”に呑まれていただろう」
ティアが執着していたからこそ見えた目だ。ティアにとって”どうでもいい存在”と見られた俺達の声や意志が届く可能性はゼロに近く、むしろ却って解放の成功率を下げかねなかった。
だからあの場を託す形で先行するのは間違いではなかったのだ。
――――なんて、こんな返答で納得する訳が無い。
横目で巫女の顔を見る。彼女の面持ちは暗く、どこか硬い。さっきの返答で納得なんてこれっぽっちもしていない事がありありと分かる表情だった。
然もありなんと静かに息を吐く。
現実的に考えれば、彼女の悩みは無駄である。
あらゆる意味で無駄と言っていい。過ぎ去った事象での”たられば”は後悔そのもの。取り得た選択の可能性を見るのではない、取り得なかった可能性に思いを馳せているのだ。
それは力があれば生まれたであろう選択の機会だ。
力が無かったから喪われた機会だった。
その機会を逸し、悔い、悩む彼女を、しかし俺は止めるつもりはなかった。
――”隣の芝生は青く見える”、という諺がある。
今のプレミアにとってすれば、双子のティアを人任せにするよりも、あの場に残って助け出す一助になっていた方が余程良かったのだ。だからこそ苦悩している。
その苦悩に、俺はやはり共感を抱いている。
とは言え形は違う。”自分が
何が要因で変わったのかも分からない。
そして、きっと、理由なんてない。
『カーディナルに目を付けられた』事が運の尽きだった。ヤツが人間で、俺やホロウがAIで――そうなった事には須郷の意志も、カーディナルの意志も関係なかった。
俺の意識が、人間体のままだった並行世界もあるかもしれないが。
その世界のその”人間”は最早、”
――この考えは、俺が”己”を得ようとしている証だ。
オリジナルと、ホロウと、そして自分。
何れも違う選択を取り、違う歴史を歩んだ別の存在だった。その中でもホロウと自分に大差は無い。けれど、明確な違うが生まれていた。
ホロウは、”己”を貫いていた。
負を背負い、呑まれこそしたが、そうなる前に彼は一度己の意地を通した。秋十を殺す事を選び、逆に生かす事を選んだオリジナルと対峙した。
全てを喪った俺達の差異はそこなのだ。
喪ったと認識するまでに偽りの姉と、そして本物の仲間達に庇護されていた俺と違い、ホロウは憎しみだけが拠り所で――だからこそ変わった。すべてを滅ぼせなくとも、せめて憎しみの根源たる存在を討つ事に己のすべてを賭したのだ。
あのとき、ホロウは正しく”人”だったと俺は思う。
《キリト》という一人の人間から別れた別の”人間”となったのだ。影法師のように生きていた俺とは全く違った。
相応の苦悩はあった筈だ。家族や仲間、その全てを切り捨てる覚悟は容易ではない。だからこそ、俺は隷属されていても自我を取り戻し、抗えたのだから。
しかし――それでも、その上でホロウはあの道を進んだ。
――今のプレミアは、それに近しい苦悩を抱いている。
どうすればよかったのか。
何が足りなかったのか。
なにより、自身が
ただの
それがどれほど重要なのかを、俺は僅かなりとも知っている。
だからプレミアの苦悩を止める気にならなかった。
その苦悩は、不可欠故に。
「――プレミア。いま、何を考えてる?」
「……分かりません」
静かな問いに対し、プレミアもまた小さく答えた。
そうか、と俺は頷いた。
「なら、問い方を変えよう。
言葉を変え、問い直す。
同時、内心で俺は苦笑した。どんな未来を――なんて、そんなの、自分でも分かりかねているというのに。ゴールも定められていないくせに何を聞いているのかと、そう思った。
――――どんな未来を求めるか。
キリカにそう問われた時、私はそれまでずっとグルグル回していた思考が止まった事を自覚した。闇に呑まれ、こわくなっていたティアの姿が徐々に薄れていった。
代わりに、浮かんだ情景があった。
それはキリカと出会ってからの日々だった。
それは仲間を得てからの毎日だった。
目まぐるしく、大変で、忙しくて――でも、胸の奥がいっぱいになる記憶だった。
「いつもの毎日を」
「――」
その言葉は、とくべつ意識したものではなかった。
でも、きっと私が持つ願いを凝縮した、すべてだった。
虚空を見ていた少年がゆるりと視線を向けてきた。
その目が伝えてくるのは……なんだろう。私の知らない何かを向けてきていた。喜びのような、驚きのような、そんな目を見返しながら、私はまた口を動かしていた。
「静かに、平穏で……みんながいる毎日を、私は求めます」
言葉に紡ぐと、なんてありきたりで、面白味のない願望だろうと思った。するとそれまでグルグル回っていた悩みが凄く小さなものに思えた。
――小さくて当たり前だ。
――だって、私もティアも、世界に比べればちっぽけなんだから。
なぜ、小さく思えたのか。その理由がすぐに分かってしまった。
世界を背負い、多くの人を救った一人らしい少年から、思わず目を逸らす。大きなもの。少なくとも、キリカは自分よりは大きい存在だった。
「――――そうか」
そんな彼が、噛み締めるような、呑み込むような声音で言った。認めるような言葉だった。
逸らした視線を、再び向ける。
――キリカは、やはり虚空を見つめていた。
ただ、その面持ちは穏やかだった。さっきまでの何かを堪えるような表情ではなくなっていた。仄かに、笑みすら浮かべていた。
彼は一つ頷いた後、それ以上何かを言う素振りを見せなかった。
私も先の
でも、ただ、なんとなく、だが。
ほんの少しだけ、彼に認められた気がした。
・ユウキ
”かつて”に立ち返った少女
他者を信じず、姉の剣として在った【絶剣】としての負の側面。見方を変えれば、そうなるほど大切なものがあり、守ろうとしていた覚悟でもある
立ち返っているのはそれが最も強い時
捻じ曲げられる想いを正し、己を取り戻したあの瞬間
統括者にも認められた意志の強さが再び息を吹き返す
・キリカ
全てを喪った者
他者を拠り所にしていたため、AIとして別人になってからはそれまでの強さを喪っていた。それはつまり《キリト》であった頃に未練を抱き執着していることを意味する
あれから一年が経った今、キリカは《キリカ》として自己を築き、歩み始めた
――再臨した浮遊城に抱くものが未練であるとすれば
プレミアを守る事は、《キリカ》としての想いに他ならない
どこまでいっても行動原理は他者にある
それはまるで、別の自身とは違うと言うかのようである
・プレミア
一から学んだ巫女
キリカ達との日々を大切に想う故に”闇”に呑まれないでいる少女
求めるのは静かで、平穏で、仲間達と過ごすいつもの毎日
プレミアはキリカ達を取り巻く状況を知らない。無知故に無垢であり、無垢だからこそ幼子のような純粋な思考を持つ
――――だからこそ、キリカと彼女は惹かれ合う
描く未来は、当たり前のように皆いた