インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 心意関連は大体ノリで解決している印象です。ふかくかんがえてはいけない(でも深い過去はある)

視点:ユウキ

字数:約一万二千

 色々あるので後書きにて『Q&A』方式込みでお答えします。長いけど、これまでのアリスや心意/瞋恚関連も読めばわかりやすくなるかと

 ではどうぞ


※最奥に近付くにつれて”()”の影響を(良くも悪くも)受けやすくなります




第四十四章 ~今と繋がる過去~

 

 

2025年8月23日日曜日、午前11時30分

SA:O統合サーバー アインクラッド基部・未完エリア奥部

 

 

 昏い闇に呑まれたティアの対処をキリトに任せたボク達は、SA:Oに再臨したアインクラッドの基底部最奥目掛け、キリカの先導に従って進んだ。

 道中はそこかしこが穴ぼこだらけで吹き抜けになっており、足を滑らせれば眼下に広がる広大な大地に真っ逆さまな通路ばかり。高所恐怖症の人にとっては苦痛以外のなにものでもない環境だったが、そこはあのデスゲームを生き抜いたり、異世界で騎士をしている面子、流石の胆力で高所をものともせず進軍を続けた。

 まっすぐに伸びる石畳の通路はそこかしこで網目のように繋がっていて、存外先に進むルートはあるものの、道幅そのものは広くない。

 そのためか出現する敵Mobの数も限られていて、一度に対峙する数はおおよそ三、四体。十体以上を一度に相手していた七十六層以降の攻略を思えば非常に楽な数である。

 

「うーん……Mobの強さ、なんとか戦えるくらいだね」

 

 何度目かの遭遇で、最後に残った敵を斬り捨て、光る欠片へ散らしたボクはそう呟いた。すると隣に立つ細剣使いの親友・アスナが、そうね、と相槌を打つ。

 

「地下迷宮に出てきたのと種類はほぼ同じ。でも強さは今の私達のレベルで太刀打ち出来るくらい全体的に弱くはなってる」

「だねー」

 

 アスナの考察に、当時いっしょに迷宮に入っていたストレアが賛同した。

 今の自分達は一からレベリングし直したも同然で、入念なレベリングをしていた訳でもないため、レベルは30前後。純粋な戦闘プレイヤーの自分やアスナ、クラインなどは30台前半に入っているが、それ以外は20台が殆ど。

 対する敵のレベルは――”(バグ)”に侵されているが――表示の上では40半ばが多い。中には50を過ぎている個体もおり、そういうのは異世界の騎士アリスや、ハイレベル騎士のリーフェ、キズメル達に任せきりになる。

 感触としては、初めてホロウ・エリアに行って通常Mobと戦った時と同じだ。あの時もレベル90に差し掛かるくらいでホロウ・エリアのレベル三桁Mobとやり合った。

 レベル差が10あっても何とかやれなくもないというのが現状だった。

 

「これってこの城がまだ出来たばかりだからなのかな。あの時って、最前線だった七十五層のMobより少し強いくらいだった筈だよね?」

 

 そう疑問を口にしたのは、ソードブレイカーを握るトレジャーハンターのフィリアだ。彼女も当時いっしょに迷宮に潜った仲間だからその疑問を抱いたらしい。

 実際、それは自分も浮かべた疑問だ。彼女が言ったように地下迷宮の敵のレベルは七十五層より少し強く、当時のホロウ・エリアよりは弱いくらい――レベル80後半相当――の強さが多かったと記憶している。

 このSA:OはSAOのデータをコピーし、製作されている。そしてそのコピー時期は、少なくともキリトが七十五層ボス部屋でアキト相手に憎しみを滾らせ、瞋恚を構築した後である事が、ティアとキリトの会話から推察できる。

 つまり地下迷宮相当のこの基底部エリアのMobの強さは、本来であればレベル80以降であって然るべきなのだ。

 なのに弱いからフィリアが口にした疑問が浮かんだ。

 これに道行く仲間達も首を傾げるなど様々な反応を見せる。

 

「弱くなってる理由はおそらく、参照されているのが解放されているエリア、もとい《最前線》のモンスターの最高レベルで、参照先がアイングラウンドに変わっているからでしょう」

 

 そんな中、推測を口にしたのは黒い細剣を提げるユイだった。黒のコートに身を包んだ女性は肩越しにこちらを見ながら言葉を続ける。

 

「現在このアインクラッドは不完全ですから、《最前線》にあたる参照値も不十分と判断され、代わりに安定しているアイングラウンドの進行度が参照されたのだと思います。今の最前線である第二エリア《オルドローブ大森林》の敵の最高レベルが20半ばなので、地下迷宮と当時の最前線のレベル差とは丁度合致します」

 

 その彼女の推察に、ああ、と声を上げる地下迷宮探索組。

 声こそ上げなかったがキリカも横目に彼女を見ていて、その推察に意識を傾けているようだった。当時はまだ”キリト”だった彼にとってもこの話は気になるものだったらしい。

 ひょっとすると今の情報を元に、ボク達には思いつかないような推測を立てているのかもしれない。

 

 ――本当に、”あの頃”に戻ったかのようだ。

 

 彼から視線を切ったボクは辺りを見回す。足を踏み外せば真っ逆さま――なんて吹き抜け回廊を進むのは、片手で数えられるくらいはある。例えばホロウ・エリアの第二領域(【浮遊遺跡バステアゲート】)も、所々が空中回廊もかくやの危うさがあったし、アインクラッドにもその参考元と思しき空中回廊があった。流石にあの頃の経験に比べればいま進んでいる回廊の方が手すりなども無いため危うさの軍配は上がるのだが。

 兎にも角にも、ここは物理的に危険だ。

 そしてなぜ”危険”と思っているかは明白だ。この面子がただのプレイヤーの集まりであればよかったが――今は、HPを喪えば文字通り死ぬ者がいる。

 聖石の巫女兼双子の女神プレミア。

 森エルフの騎士リーフェ。

 黒エルフの騎士キズメル。

 そして異界の騎士アリス。

 この四人はかつての自分達と同じ状況に置かれている。だからみんなも、もちろん自分も、()()()()()()で神経を尖らせていた。

 

 ――もう終わった事だと思っていたのに。

 

 自分達にとって悪夢そのものの日々。それは愛しい少年の手によって、完全に終止符が打たれたものだと思っていた。ホロウ・キリトによる残滓も彼自身の手で終わったから。

 なのにこんな形で再び足を踏み入れる事になるとは思っていなかった。

 

 ――自分が殺された時の事は、よく覚えている。

 

 それは第百層の真のボスとの戦い。紅玉宮で伽藍洞の赤ローブボス《ザ・ホロウアバター》を倒した後に現れた超巨大な女戦士のボスに、自分は殺された。その戦いで初の戦死者だった。

 あっと言う間も無かった。

 気付けば死んで、ボクはホロウ・エリアの樹海にいた。そこにいた時間は無かったし、ホロウ・エリアに移る形で生きてはいたから死んだ実感は湧かなかったが――それでも、確かに一度殺されたのだ。

 アルベリヒに囚われた時を超える無力感にボクは苛まれた。

 なまじステータスをカンストまで上げられた上での即死だったから、それは(ひと)(しお)だった。

 

 ――ボクの(こころ)は、あの時に折れていたのかもしれない。

 

 思い返せば自分は、SAOをクリアする前はキリトやリーファに剣の腕で勝とうと躍起になっていたのに、クリア以降は心のどこかで『敵わない』と諦観を抱くようになっていた。それはデスゲームを終わらせた少年を讃えての事だったと思っていたが――もしかしたら、あの時の無力感がいまも自分の心に巣食って、弱らせているのか。

 だから、”此処”にまた来る事が嫌だったのかもしれない。

 まるで自身の汚点を直視するかのようで……

 

 ――勝てる、だろうか、あのボスに。

 

 脳裏に浮かぶ率直な疑問。

 ……考えるまでもない。

 無理だ。地下迷宮相当のこの領域は別だが、ここに来るまでの草原で遭遇したモンスターはアインクラッドのどこかの階層で戦った個体が主で、バグでステータスが増幅されているにせよレベルは記憶にあるのとおおよそ同じだった。キリトが相手をしたコボルドロードも、例外ではない。

 つまり、第百層に現れた真のボスの強さは据え置き。ともすれば”闇”に侵され強化されているかもしれない。

 アレに勝てるのは間違いなく、SAO時代の姿のキリトだけだ。

 

 ――だからって、彼だけに任せる訳にはいかない。

 

 そこで小さく頭を振り、弱気な思考を追いやる。

 自分がここに居る理由を忘れてはならない。キリトはSA:Oの異常事態を収めるために仕事として来ていて、キリカやボク達は分担で《アインクラッド崩壊シミュレーション・モジュール》を第三の巫女から切り離すために来ている。彼個人の負担を和らげるためだ。

 弱気でいちゃ、ダメなんだ――――

 

 

 

「ユウキ」

 

 

 

 ふと、肩を揺すられた。

 現実に意識を戻すと、いつの間にかみんながこっちを見てきていた。足も止めている。

 目の前には、心配そうにこちらを見上げるキリカがいた。肩を揺さぶったのは彼らしかった。(おもむろ)に触れられている感触がある肩を見れば、肩に触れている手が握るダークリパルサーを包む仄かな光が、彼の手を伝ってボクの体に浸透していくのを視認する。

 視界の端で、光に弾かれ霧散する黒い(モヤ)が見えた。

 

「……ボク、もしかして呑まれかけてた……?」

 

 困惑しながら問いを投げると、眼前の少年はやや険しい面持ちでこくりと頷いた。

 

「いきなり足を止めて様子がおかしいと思ってたら、な。やっぱり奥に近づくにつれて影響が強くなってるのか……」

 

 そう言って彼は進行方向(背後)を振り返る。陽の光も届かいていないのか奥は暗く見通せない、その闇が異質なものに思えてくるのは呑まれかけたせいか。

 ――ふと、彼方の闇で何かが蠢いたのが見えた。

 

「ん……?」

「ユウキ、どうしたの?」

「いや……凄い遠くで何かが動いた気がして……」

 

 生返事気味に姉に返しながら目を凝らす。

 ぎゅっと視界は狭まったが、より遠くをフォーカスし始めたのをシステムが検知したか、遠方の光景がより鮮明に映るようになる。とは言え、ほとんどが薄暗い闇に包まれているのだが。

 ――しかし、見えた。

 やはり何かが動いている。

 それどころか、物凄い速度でこちらに向かってきている――――!

 

「――やっぱり何かいる、こっちに近づいて来てるよ!」

「なに……?!」

 

 その喚起に、キリカを筆頭に一同が臨戦態勢になる。ボクの様子からただならぬ何かを感じ取ったか道中に比べて仲間の緊張感は高くなっていた。

 待ち構えること、およそ五秒。

 薄暗い闇から敵が姿を現した。

 

 その敵を形容するなら、『鈍色の巨漢』が相応しいだろう。

 

 どこかの部族のように全身の肌という肌が黒に近い鈍色で、何かの皮の腰巻に覆われた下半身以外がその一色に染まっている。

 それだけでも異様なのだが、その敵は体型を取っても異様極まりなかった。ぱっと見では巨漢なのだが、肘にあたる部分からは鉄杭の如き突出部があるし、そもそも両腕の太さが両足と同じくらい太く、分厚い。文字通り丸太のような太さのそれは、ビルの建造に使われる鉄骨に等しく映った。

 そして右手に握られるのは無骨な石斧。石を削り出して作られたであろうそれは極めて原始的だが、それ故の凶暴さを直接こちらに伝えてきていた。

 ――その存在を、ボクは知っている。

 自分だけではない。最前線攻略組に於いて、フロアボスと戦ってきた者達もまた知っている。

 あの敵は()()()()()()()()()()――――

 

「《ザ・バーサクヒーロー》……!」

 

 それは誰の声だったか、咄嗟に判断が付かなかった。確かなのは九十九層ボスと刃を交えた誰かだという事実。

 だからこそ、だろう。

 敵の名を呼ぶ声には畏怖の念が混じっていた。

 自分も、じり、と思わず後退っていた。ただ近付いてきているだけだというのに、それだけで気圧されてしまっていた。

 そんな自分を臆病だと評する人もいるだろう。”あの世界”で一度は下した相手なのに、なぜ臆すのか、と。

 けどそれも仕方ない事だと叫びたい。

 コボルドロードは”闇”に蝕まれ、元の状態から強化されていた。本来であればその状態が今の自分達の適正な強さの相手だった。

 それが九十九層ともなれば――

 

 ――そんな逃げ腰の思考を止めたのは、音高く響いた金色の剣風。

 

 ざあ、と風に流れる金木犀の小片達だった。

 

「私が隙を作ります。(みな)は、生じた隙を狙ってください」

 

 刃なき柄を手に、青のマントを翻しながら前に出たアリスが言った。

 

「なら俺がその役目を引き受けよう。そういうのは得意だからな」

 

 その彼女に並ぶように、左隣にキリカが立つ。

 直接刃を交えるのはアリスが担当し、キリカは援護する形で相手の体力を削る算段らしい。今の彼は召喚武器を持たないが、それでも遊撃という形でボス戦を生き抜いてきた経験があるから、妥当な役割だろう。

 ――でも、それが通用するとは思えない……!

 そう思う理由は、バーサクヒーローの耐性は他のボスより異常な性質を持っているからだ。13本あるHPバーを削り切るには同数の武器スキルを要する。しかしそれだけでない、そもそもHPを削るには必ずソードスキルを使わなければならないという原則があった。他にも武器熟練度だとか、武器のレアリティが関与しているかもしれないが、それらが無かったとしても無謀と言わざるを得ない。

 まだSA:Oの攻略が第二エリアまでしか進んでいない以上、幾らキリカとて十三種類以上の武器の熟練度上げはしていない筈だ。

 だからアレに敵うのはSAO時代の状態に戻っているキリトのみだと思った。

 

 みんなもそれは分かっている筈だが、しかし動こうとしない。

 

 加勢するための臨戦態勢を取っている。

 逃げる素振りは、無い。内心はどうか分からないが、今から逃げたとしても必ず追い付かれる――すなわち、無駄であるという事をみんな理解している。

 

 ――――既視感が脳裏を掠める。

 

 懐かしいと思った。

 強大な敵を前に仲間達と立ち向かう日々が浮かんだ。幾つもの死線を潜り抜けて、勝利を掴み、なにより生き残れた事を喜ぶ日々が次々と蘇る。

 

 ――久しく忘れていた事だった。

 

 あの戦いの日々に、恐れは常にあった。

 誰に裏切られるか分からない。どこから敵が襲ってくるか分からない。だから常日頃から気を張り詰めさせ、剣を抜けるよう警戒していた。例外は仲間達との団欒の時だけ。

 それをいま、思い出した――

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――ッ!!!』

 

 巨漢の咆哮が耳朶を叩く。

 黄金の騎士を切り捨てようと叫んだソレが、ダンッ! と強く踏み込み、飛び上がった。それによって繰り出されるのは落下速度も加えた破壊の一撃。それを止められる者は恐らくいない。

 上段からの振り下ろされる石斧。その破壊力は凄まじく、空中回廊が崩壊するのではないかと思うほどの激震が走った。体重の軽い者なら、余波だけで吹き飛ばされそうなほどの圧を感じた。

 だが――異界の騎士は、それを物ともしなかった。

 

「はぁッ!」

 

 強力な一撃には、それに見合った反動――隙が生じる。本来なら破壊不能故に食い込まない筈だが、”闇”に蝕まれた影響か、石斧は地面にめり込んでしまっていた。衝撃波が地を這い飛んでくるほどの破壊力。

 それが巨漢の隙であり、騎士にとっては狙い目だった。

 左に寄って一撃を回避していた彼女は一歩踏み込み、二歩目で石斧を足蹴にし、宙に跳びながら剣を左薙ぎに振るった。ちょうど巨漢にとっての心臓部を斬り裂く軌道だ。

 

 ――瞬間、巨体が大きく背を逸らす。

 

 そのまま、《体術》スキルの《弦月》のように足を振り上げ、バク転。地に足を付けると今度は《水月》のように右薙ぎに蹴りを放った。

 流れるような二連撃の蹴り技を剣の柄で防いだアリスがこちらに吹っ飛んでくる。ずざざ、と足で制動を掛け、ちょうどボク達よりやや前で止まった。

 

「――強い……!」

 

 そう言う彼女の顔は険しい。緊張で強張っており、どこか畏怖の念を抱いているようにも見えた。

 たった一度のやり取りで、彼女はあのボスの恐ろしさが分かったらしい。

 そう――あのボスの真価は、ソードスキルでなければ傷つけられず、またHPバーを最後に削ったスキルへの完全耐性という防御性能ではない。他のモンスターと同じAIと思えないような極めて高い戦闘技術にあるのだ。一定のルーチンの中で動く存在とは思えない応酬をアレはするのである。

 理不尽さで言えば、第百層で戦った巨大な戦乙女ボスが遥かに上ではある。

 尊敬の念も畏怖を抱かせるのは、九十九層ボスを務めたこの《バーサクヒーロー》が初めてだった。

 ――次に躍り出たのは、往年を思わせる黒い剣士の少年だ。

 見た目の違いは一つ、長く黒い髪を一つに結わえているところだけ。知らない人が見ればキリトだと勘違いするだろう彼は、キリトとは最早別の存在――一個の個人として己を確立させている。

 

『■■■■■■■■■■■■――――!!!』

「おおおおおおおおおおおお――――!!!」

 

 巨漢が吼える。

 負けじと少年も吼える。

 巨漢を覆う”闇”が全てを蝕まんとその範囲を伸ばす。

 少年が纏う”光”が全てから守ろうとその範囲を広げる。

 鬩ぎ合う二つの色。お互いが相手を食らわんと攻めていて、()()()()()()()()()()()

 

「……互角だって?」

 

 そう、()()だ。

 あり得ない事に。レベルやステータスで絶対に劣るキリカは、九十九層の”(バグ)”で強化されたボスを前に一歩も引かず立ち向かっている。姿勢だけならまだいい。問題は、剣を打ち合っても、一方的になっていない事だ。

 彼は他のプレイヤーと何ら変わらない筈だ。それなのに、ボスと同等の膂力になっているのは――

 

「まさか……キリカも、シンイを……?」

 

 密やかに、心の声が口から洩れた。

 あり得ない訳ではない。ホロウ・キリト、ヴァフス、そしてティアらの存在がそれを証明している。いずれも蝕まれた側と言えど、曲がりなりにもクラウド・ブレイン――瞋恚をその身に宿らせ、ある程度は自身の意志で使えていたのだ。

 そして、今。

 キリカの手には、キリトの瞋恚を宿した二刀がある。

 彼らにとって、《魂》とも言えるその二刀。秩序のために振るった剣。友のために解放を誓った剣。何れも彼らを象徴する剣には違いない。

 

 ――そして、シンイの発現の仕方は二つある。

 

 セブンのように、他者の意志を束ねて一つにする共鳴か。

 キリトのように、己の全てを燃やして一つにする昇華か。

 キリカは、キリトのように昇華させ得る根幹がある。今はまだ己を超克していないから出来ていないだけ。でもそれはアキトと対峙した時のキリトも同じだった。

 ――条件は揃っているのだ。

 あとは、トリガーが必要だった。彼が本気を出さなければならない程の強敵が。(たお)さなければならない、絶対の敵が。

 その敵が、鈍色の巨漢。

 そうして、キリカは剣の瞋恚と共鳴した。

 守ろうとする彼の意志が力となって、巨漢の力に追い縋ったのだ。

 

「……キミ達は、本当に……――――」

 

 いったいどれだけ魅入らせれば、気が済むというのか。

 

 ――目に焼き付く、輝く剣。

 

 あの日初めて見た剣。自身の心を奪った、人を守ろうとする剣の閃き。

 かつて目指した輝きだ。

 

 ――――忘れていた。自分が恋した(もとめた)、その剣を。

 

 いつしか心の靄は晴れていた。

 自身を蝕む”闇”も無い。

 

 折れた心の剣が、再びその身を取り戻す――!

 

「ッ――!」

 

 決断はすぐだった。

 巨漢に竦み、怯えていたのが嘘だったかのように機敏に動く。地を蹴り、風を切る感覚が脳に伝わる。背後から自身を呼ぶ声が耳朶を打つがそれも無視した。

 意識するのは眼前の”敵”。

 大きく流れる石斧。その下を潜り、天を衝かんばかりの深紅色の突き(ヴォーパル・ストライク)を顎下に叩き込む。自分史上最速のそれを諸に受けた巨漢がたたらを踏み、よろめいた。

 隙が生まれた――

 

「や……ぁぁあああああッ!!!」

 

 その隙を逃してなるかと、己を奮起する声を張り上げる。すると剣が発する輝きが深紅から青へ変わり、上段からの斬り下ろし――《バーチカル》が繰り出される。

 

「まだ……ッ!」

 

 最早、思考はその体を為していない。思考と直結した肉体は、思うがままに動き出す。

 真下に振り下ろした剣を持つ手を来るりと返し、返す刃で上に切り上げる。それから再度斬り下ろし、勢いのまま一回転して袈裟掛けに斬り付けた。

 四連撃ソードスキル《バーチカル・スクエア》の完成だ。

 

 ――でも、まだ続ける……!

 

 本来であればそこで硬直が課される。

 だが、そもそもヴォーパル・ストライクの時点で長い硬直を課され、この四連撃技に続けられはしなかった。既にシステムの領域から外れた行為を行っていたのだ。

 ならやれるところまで、と欲張った。

 体は動く。ギシリと締め付ける何かは感じる――が、それを無理矢理にすり抜ける。

 上段に構えた剣を()()()()()

 

 思い浮かべるのは一つの光景。

 

 それは”浮遊城”で起きた一幕。隷属させられていた少年に対抗し、彼自身の意志によって放たれた全てを破る光の一撃。

 《世界最強》の使う力の名を冠した一撃。

 

 諸悪の根源(アルベリヒ)から、ボクを守るために紡がれた輝き――――

 

『■■■……?!』

 

 耳朶を打つ巨漢の戸惑い。見開かれる、黒目に赤い瞳。

 目を瞠って固まる巨漢に、ボクは極光を放つ剣を振り下ろした――

 

 

 全ての音が消えていた。

 あらゆる色も失われていた。

 それは、時間にすれば一秒にも満たない刹那の出来事だっただろう。剣が石畳を叩いた時には全ての感覚を取り戻していた。

 頭を上げると、ちょうど全ての命を失った巨漢が光に散るところだった。

 なぜ一種類の武器で相手の命を削り切れたかは分からない。だが確かなのは、畏怖すべき敵を斃せたという事実。

 

「ユウキ!」

 

 ふと、声が聞こえた。

 振り返れば、仲間達がすぐ近くまで駆け寄って来ていて、自分を案じる表情を浮かべていた。その中から血の繋がった姉が飛び出してくる。

 

「もう、無茶して……いきなり飛び出すから驚いたじゃない! しかもボスを倒しちゃうし……」

 

 感嘆とも呆れともつかない溜息をする姉。彼女に続くように、そうだぜ、とクラインも言った。

 

「つーか、確かあのボスってゲージの本数分の武器スキルが無いと倒せなかった筈だろ? なんで片手剣スキルだけで倒せてんだ?」

「うーん……バグに侵されてたから、じゃないかなぁ」

 

 実際のところどうなのか分からないから、全てバグのせいとして片付けようとする。それでもやはり納得いっていないのか訝しげな面持ちで皆が見てくる。

 それに、と更なる疑問を投下したのはサチだった。

 

「最後の一撃が特にすごかったよ。ボスのHP、ほぼ全部一撃で消し飛ばしてたから。ねえユウキ、アレって何なの?」

「――アレは心意ですよ」

 

 サチの問いに答えたのは、ボクではなくアリスだった。みんなの視線が向く中、金木犀の小片を剣身に戻しながら彼女が続ける。

 

「途中からキリカも発現していたので、おそらくキリカの心意に中てられ使えるようになったのでしょう。あれほどの威力ともなると、元々使える素養があったと考えられます」

「んー……でも確かシンイって、キリト君の話だとアミュスフィアじゃ使えなかったような……」

 

 口元に人差し指を当てながらアスナが呟く。

 確かに彼はそう言っていた。《ナーヴギア》であれば使用可能なそれが何故《アミュスフィア》で使えないかと言えば、それは出力に問題があるとの事だった。そういうものなのかとボク達も納得していたのでそれ以上追及しなかったのだが……

 

「……多分、さっき”闇”に触れたのがキッカケじゃないかな」

 

 一同が悩む中、キリカがそう推測を口にする。

 

「”闇”にはアインクラッドとアイングラウンドの悪性情報がある。そしてユウキのアバターはアインクラッドの頃を引き継いでる。だから”闇”が干渉したせいで当時のデータが励起され、心意として共鳴現象が起きた……という事じゃないかな」

「……あー、なるほど……」

 

 キリカの話に、皆は分かるような分からないようなという表情を浮かべたが、ボクは納得できた。

 ALO事変でキリトが語っていた事だが、感情データは地形や物品など様々なオブジェクトと連結して記録・保存されているという。

 その『オブジェクト』には当然アバターも含まれる筈だ。つまり保存されたSAO時代のデータに”闇”を介する形で今の自分は繋がりを得た。加えて言うと、巨漢ボスと戦っている時に思い浮かべていたのはSAO時代の自分だ。キリトの剣を追い求め、必死に研鑽し、その傍ら彼の力になりたいと願っていた頃の自分。

 その頃の感情データと今の自分の感情が共鳴、励起された結果、一時的に自分のステータスをSAO時代のものに上書きした。

 更に脳裏に描いていた一撃――光の波濤――も心意によってシステムの上書きで再現した。

 そういう事なのだろう。

 この予想をみんなに話すと漸く理解が及んだと納得の面持ちになった。

 キリカだけは、光の一撃の下りで物凄く微妙な面持ちをしていたが。隷属させられていた頃の話なのでそんな顔になるのもそりゃあ当然である。

 

「アミュスフィアで使えるかどうかで言えば、まあ使えるんだろうな、ユウキっていう実例いるし。そもそも使えないとクラウド・ブレインが出来ず、ALO事変なんて事も起きなかった訳だし」

 

 続く彼の言葉で一斉にああ、と遠い目をした。

 クラウド・ブレインとは言わば集合脳である。膨大な演算を要する事柄に対し、複数のコンピューターで分担し、演算する事で短時間で解決する手法のようなもの。それに人間の持つ可能性――計算だけでは表せない振れ幅を備えた疑似スーパーコンピューターが、クラウド・ブレインの定義。

 それを為すためにセブンは人の感情に着目していた。それを偶像化した自身に向けさせ、一つの巨大な意志へと束ねる事で作り上げようとしたのだ。

 それを作ろうとしていたセブンも、その礎になっていたプレイヤーも、使っていたのは《アミュスフィア》。

 クラウド・ブレインがイコール心意/瞋恚である事はキリトの例を見れば明らかなので、《アミュスフィア》で使えない筈が無かったのだ。

 ――使えないと思い込んでいたから使えなかっただけ。

 たださっきの戦いでは過去――命懸けの当時の意識になっていたから、その思い込みも無かった。ただ彼の剣を追い求めていた頃の自分に立ち返っていた。

 

 ――もしかして、デュエルの時も……

 

 思い浮かぶのは第一層で刃を交えたあの日の事。ホロウ・エリアの高位者権限の紋様が浮かんだ時でもある、あの決闘だ。

 結果的にドローで終わったあの戦いには、ステータスで劣る自分が互角の競り合いをするなど不可解な点が幾つかあった。それは体格だとか、彼の無意識の手加減によるものかと思っていたが――

 ひょっとするとあの頃からステータスを強化するくらいの心意は使えていたのだろうか?

 それを確認する術はない。もしかしたら過去の記録でなければ、心意として励起されないという条件があるのかもしれない。過去と今――その二つの時点で強い想いを抱かなければならない、とか。

 

 なら……キリカは、何を思い浮かべたのだろう?

 

 キリカに関しては、かねてから瞋恚を使えるとされていた。ただキッカケが必要なのだとも。

 そのキッカケは恐らく今回の『NPCにとってのデスゲーム』、あるいは『アインクラッドという舞台』なのだろうが――なら彼は、過去の何と想いを同じにし、心意として発現させた?

 あの優しい光を見れば怨みや憎しみとは思えない。

 きっと、彼の想いはあの時――――自分が心を奪われた時と同じ、ただ人を守るためだった。

 ユイやストレアだけではない。NPC――この世界で死ぬ人であるプレミア、キズメル、義姉と瓜二つのリーフェがいるから、強大な敵を前にして奮起した。”あの頃”に立ち返ったのだ。

 自分が起きた心意現象が彼にも起きて、だからボスと互角に打ち合えていたという事なのだろう。

 それが分かったボクは何だか嬉しくなって静かに笑った。

 ‘’あの頃’‘に立ち返るのも、存外悪くない、と。

 

 






Q:ユウキが”闇”に呑まれかけていたのは何故?
A:ラストバトルで心の剣が折れて、ずっと引きずっていたから(無自覚)
 SAO時代の事なので”闇”との親和性が極めて高かった。タイミングの問題なので、他の誰かが同じ悩みを持っていればそっちに行っていた
 しかしその結果、すぐ後で心意を発動したので、過去を振り返るという意味では丁度良かったのかもしれない
 ユウキは原因がわかれば対処する頑張り屋のいい子です


Q:キリカが使ってるのは瞋恚()心意()のどちら?
A:心意です
 《オリムライチカ》が憎んでいるのは現実世界とその人間
 仮想世界は恨んでません。プレイヤーを怨みこそすれ、NPCは別
 そしてユイやプレミア達は人間ではない=己を虐げた過去の人間達と完全に無関係
 近くにいる仲間も『守りたい』と思える人達
 NPCにとってデスゲームである事実も、過去に立ち返る要因に
 →結果、純粋に『守る』という意志で発現


Q:ユウキが心意を発現出来たのは何故?
A:『アミュスフィアでは使えない』という思い込みが第一要因
 第二として、第百層ラストバトルでユウキの心が折れていた事。ALO事変後のユウキ視点で暗かったり、『キリトには敵わない』とSAO時代より卑屈だったせい
 自身が求めていた剣を再認識し、それを求める意志を取り戻し、一歩踏み込めたのSAO当時のアバターデータと共鳴する形で発現した


Q:巨漢のボスを斃せたのはなぜ?
A:心意技は、より強い心意技でなければ防げないから
 ユウキは過去と現在を重ねて同一の想いを抱き、光の波濤がキリトの心意によるものであると知っているため結果も確信していて、光の波濤で巨漢を斃せた
 心意技なので、バグに侵されているとはいえシステムに縛られているボスには有効
 纏う”闇”ごとボスのHPを消し飛ばした
 一度に半数以上の命を消し飛ばした『カリバーン入刀』のようなもの


Q:『SAO時代のデータ』との共鳴・励起とはつまり?
A:アンダーワールドに於ける神器の技
 エンハンス・アーマメントで神器の力・記憶の一部を引き出す
 リリース・リコレクションで神器の力・記憶の全てを引き出す
 キリカやユウキは前者でサーバーにある『SAO時代のアバターデータ』を呼び出し、ステータスを上書き
 更にユウキは、アバターに記録された一幕の一つ『光の波濤』まで再現した


Q:”闇”とユウキ達の心意はどう違う?
A:使い方が完全に違う
 ”闇”は対象を蝕み、憎しみを植え付ける一種の洗脳・傀儡化が中心
 ユウキ達の心意は、過去の己を呼び起こし能力を再現する降霊魔術的な使い方が中心


Q:真面目な話、『アミュスフィアでは使えない』というのは嘘?
A:半分嘘。ハードより『出来るという確信』が必須
 心意/瞋恚へ至る確固たる覚悟、完成の道筋に確信がなければ不可能。セブンにはそれがあったからALO事変を起こせた
 キリトは無自覚ながら憎悪を束ね、アキトを殺す道筋を立てた=殺意に思考を占拠されていて可能不可能の余地が無かったのでクラウド・ブレインが発生した
 僅かたりとも疑念を抱かなければ、実は誰でも出来てしまう
 ただし心意/瞋恚へ至るには相応の過去を重ね、過去と現在の想いを同一にし、結果を得る確信を抱かなければならない


Q:ユウキ以外にも心意を使えるチャンスはある?
A:十分にあるが、安定して使えるための条件が暫く付く
 ”闇”に中てられユウキが使えたように、ユウキに中てられ使える可能性はある
 むしろキリトガチ勢で発現しない方がおかしいまである()


・キリカ
 いつの間にか(雑に)心意を発現したプレイヤー
 オリジナルと違い、守る対象がユイやプレミアなどAINPC――つまり、過去己を虐めた存在と無関係のため、言われていたようにキッカケさえあればすぐ発言できる状態だった
 その状態でデスゲームそのものと言えるアインクラッドでボスと対面し、危険な状態に陥ったので意識が過去に立ち返り、覚悟完了。結果、心意を発動してSAO時代の能力への上書きが入った
 なお本人は完全に無意識である


・ユウキ
 今話で超強化されたプレイヤー
 アミュスフィア使用者初の心意技行使者。第一層でキリトの剣と在り方に惚れてから追い掛け続けていた一心で発現、キリト対キリカ(SAO編第百六章)最後の闇と光のせめぎ合いの一幕を再現して巨漢を消し飛ばした。
 髪と目の色を変え、政権を持たせれば某聖剣の使い手である


・アリス・シンセシス・サーティ
 異世界の騎士
 プレイヤー、NPC、モンスターいずれも等しく一つの命と見ており、《バーサクヒーロー》も倒すべき敵と見つつ、その強さを褒める
 心意は会得しており、神器の武装支配術は行使可能
 すぐ下がったので印象は薄いが、完全武装支配術は一応心意技の分類なので、ボスの耐性を無視してダメージを与えられている


・ほかの仲間達
 心意を発現しようと過去を思い返し、奮起している
 攻略組にいた面子の方が練度は高い


 では、次話にてお会いしましょう



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