インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 最近筆のノリがイマイチです……(;´Д`)

視点:キリト、クロエ

字数:約六千

 ではどうぞ




第四十一章 ~負の螺旋に抗う者~

 

 

2025年8月23日日曜日、午前11時

SA:O統合サーバー アインクラッド基部・未完エリア

 

 

 火花が散る。

 交わった刃から生じた僅かなシンイの光は”(シンイ)”に満ちた空間を一瞬照らし、互いの顔を視認させた。

 紅よりも深い色の瞳。

 純白をくすませた髪。

 視ているのだろう未来(とき)に影響されたか、見違えてしまった容姿の女性を見て、俺は思わず目を眇めてしまう。

 直視する事を躊躇ってしまう自分がいた。

 キリカに剣を渡したように、俺の瞋恚――ひいては俺という存在そのものがこの城に満ちる”闇”への対抗手段。”闇”にとっては毒そのものだ。

 しかし、それは同時に、俺にとっても”闇”が毒である事を意味している。

 ティアが()()()()()()()()()は”闇”にある。そしてその”闇”は俺のホロウに共鳴したデスゲームの負の遺産。復讐に傾く感情を持っていたにせよ、ティアをこうも狂わせた原因の一端は俺にもある訳だ。

 だからこそ、思ってしまう。

 

 ――まるで、鏡を見せられているかのようだ

 

 復讐に走るその姿。

 本来であれば交わる筈も、似る筈もないその姿に自身の影を見出してしまうのは、ティアをそうさせているモノが元を正せば俺の過去に起因しているからに他ならない。

 

「はぁ――ッ!」

 

 裂帛の声。俺を睨み付けるティアが、大上段から大剣を振り下ろさんとする声だった。

 それを魔剣フォールブランド、聖剣エクスカリバーを交差して押し留める。両手、両腕、体幹、両足の順に伝わるインパクトは少女の姿の時より明らかに強くなっていて、思わず表情を険しくする。

 やはり、と言うべきか。

 時を費やすほどティアの能力は増大していっている。流石に暴走セブンのような出鱈目さはないが、悠長にしている暇は無い。今はSAO時代にカンストへ至ったステータスで凌げているがいずれはそれを超えてしまうだろう。”闇”――瞋恚によってシステムの枠から外れつつある点から、俺はそう確信していた。

 

 だからと言って、ティアを斬る気は毛頭無かった。

 

 ティアはまだ復讐鬼になりきっていない事も確信していたからだ。

 それは俺の言葉に揺らいでいた事から察せられた。

 かつての俺がそうだった。未来は無いと諦め、自分の死に意味を持たせようとしていた俺は、しかし心の底では生を願っていたし、その希望を捨てきれていなかった。俺の事を受け容れてくれる仲間達の存在がそうさせていた。

 義姉リーファはそれを見抜いた上で、俺の全てを突き崩してくれた。

 使命。役割。立場。そういった『建前』を全部取っ払って、本音しか言えない状態に突き落とされ――そうして俺は、自分の本心を直視する事が出来たのだ。

 

 それを、今度は俺がティアにしようと考えた。

 

 復讐を『巫女としての使命』と言った時、そう決意した。

 ティアにも冒険者(にんげん)に対する悪感情はあった筈だ。むしろあの極限状態に置かれて無い筈がない。そうでなければ俺の過去を知ったティアが俺を誘おうとはしない。

 しかし、今の状態に至ったのは決してティア自身の意志ではない。そうさせているのはアインクラッド――ひいてはSAOサーバーに残り続けている負の遺産たる瞋恚なのだ。そして瞋恚が原因である以上、本人が望んだ結末とは決して言えない。

 なら瞋恚の原因でもある俺にはティアを助ける責務があると思う。

 その上で……本心を自覚させて尚復讐を誓うのであれば、その時はその時だ。今はとにかく話し合いに持ち込めるよう尽くすしかない。

 俺がリーファにされたように。

 今回は俺が、ティアの全力を真っ向から打ち破るのだ。

 

「小賢しい――ッ!」

 

 大剣を弾くと、舌打ちしながらティアはそう罵り、左薙ぎに剣を振るってきた。こちらから見て右から襲い来る大質量の大剣を見て、俺は素早く片膝を折り伏せる。

 圧迫感が頭上を過ぎた後、俺は膝を伸ばしながら突進。肩をぶつけるように体当たりした。

 体格差は生まれてしまったが、それでも重量級の武装とカンストステータスの俺の全力の前には無意味。剣を薙いで隙を晒していたティアはそれを諸に受け、たたらを踏んだ。

 このまま組み伏せる――――

 と、そう考えた時だった。

 

「――――ぁぁぁああああああああッ!!!」

 

 ティアが雄々しく咆えた。犬歯を剥き出しに、本能のままに巫女が咆えると同時、その全身から奔流の如く”闇”が噴き出る。俺はその闇に圧され吹き飛ばされてしまった。

 十メートル以上も吹き飛ばされたところで地面に足が突き、制動を掛けたのは、ティアが体勢を立て直したのとほぼ同時だった。

 制動を掛けて尚後ろに下がりながらも、俺の目は巫女を捉え続ける。

 

 ――その視界から、巫女の姿が掻き消えた。

 

 ティアを視認したのはその直後。

 この時点で、視野いっぱいを大剣の刀身が占めていた。

 

「う……ッ?!」

 

 咄嗟に後ろに仰け反る。奇跡と言うべきか、その時に俺の体勢が崩れて背中から地面に倒れ込むようになり、ティアの剣の軌道から逃れるのが早まった。天井が広がった視界に、一拍遅れて剣の腹が過ぎった。

 もし制動に二刀のどちらかを使っていれば体勢は崩さず、後ろに仰け反っても間に合わず斬られていただろう。

 俺は驚愕を呑み込みつつ、後転しながら足を蹴り上げた。

 キィン、という効果音と共に体術ソードスキル《弦月》が発動。ガァン! と雷の如き轟音と共に俺の脚は彼女の腹を蹴り抜いた。

 確かな手応えを感じながら、吹っ飛ぶ巫女の姿を捉える。

 そして、目を見開くほどの驚きをまた覚える事になった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 既視感を覚えた。

 かつて隷属させられていた現身(うつしみ)の姿と、重なった。

 

「っ――魔剣、解放……!」

 

 咄嗟に宙へ放り投げたのは黄金の聖剣。暗黒の魔剣を両手で握り、(トリ)(ガー)を唱え、瞋恚を迸らせる。

 

「フォールブランド――――ッ!!!」

「――――ッ!!!」

 

 剣を振るったのは同時だった。

 闇の奔流が波濤となって、互いを喰らわんと鬩ぎ合う。相殺し切れなかった”闇”が余波となって周囲の空間に漂っていく。

 

 

 

 

死ね

 

 

 

「ぐ……っ?!」

 

 刹那の事だった。

 仮に憎悪を抱いていなかったとしても。

 喩え、憎悪に打ち克っていたとしても。

 ほんの僅かな間、腕に触れた”闇”の余波。そこから伝わってきた瞋恚の思念が一瞬でも俺の意識を掻き乱す結果は変わらなかっただろう。

 

 そして、戦いに於いて一瞬の隙でも命取り。

 

 俺の闇を、ティアの”闇”が蝕み始めた。

 

「しま……っ?!」

 

 それを認識し、慌てて瞋恚を練り直すも時既に遅く、俺は己のものではない”(シンイ)”に飲み込まれた。

 

***

 

同日、同時刻

IS委員会本部 桐ヶ谷和人用隔離部屋

 

 

「和人……!」

 

 中継に映っている少年が闇に飲み込まれたのを見て、思わず声を上げる。それでどうにかなる筈もないと分かっていても上げずにはいられなかった。

 ディスプレイに映っているのはアルゴが中継していた《MMOストリーム》の映像ではない。セブンの時に束様がしていたように、彼のアカウントを直接モニタリングしている映像だ。

 ちなみに、束様達が中継しているかは不明である。

 私がモニタリング映像を見ているのは、彼の護衛兼監視役として、仮想世界での動向も把握しておかなければならないから――というのは建前で、実際は彼の身を案じているが故である。

 これは決して大げさな話ではない。

 クラウド・ブレイン事変の折、彼はくも膜下出血という重傷を負った。【無銘】による修復機能を駆使して即時復帰して以降も幾度となく命を危機に晒し続けている。流石にその時ほどの重傷はまだ無いが、いつ再発してもおかしくない。加えて脳を直接改造してからは低血糖症状に陥ってバイタル変調も来しやすくなっている。

 以上の事から、決して楽観視してはならないのが実情なのだ。

 それを彼も理解している筈だが、やはり厄介事に首を突っ込み、大暴れをする。タチが悪いのは、喩え困難な道であろうと決めた事を貫こうとする部分だ。

 ティアの事もそう。

 彼の言葉を聞いた限りでは、恐らく暴走したセブン、ホロウ、そしてヴァフスらに酷似した状態に陥っている事は察せた。そうさせているアインクラッドの負の遺産――もとい、瞋恚に関して責任を感じている事も。

 だから彼は、自身の責任のためか、彼女を想ってかは不明だが、とにかく彼女を救おうとしている。それが戦いを長引かせ、結果自身の体を壊す事になりかねないとしても度外視して。

 正直言って頭が痛くなってくるが、最早その事は諦めている。

 だから私が願う。少しでも早く戦いを終え、彼の負担が少なく済む事を。

 

 ――そんな中、彼が”闇”に飲み込まれたのだ。

 

 悲痛の声を上げてしまうのも当然だと思う。

 傍から見ても分かってしまう。ティアが放った”闇”、アレはホロウ・キリトが垂れ流していた負そのものだ。

 彼自身が認め、理解し、しかしその上で否定した復讐の根源。

 

 桐ヶ谷和人という人間にとっての猛毒だ。

 

 それに呑み込まれた今、どうなってしまうかは誰にも分からない。

 ホロウの時も同じ事はあった。だが、一度出来て、二度目も出来るかは分からない。

 思わず私は、ダイブ中の彼のバイタルデータを確認しようと目を移し――

 

『――舐めるなぁッ!!!』

 

 その時、耳朶を打った少年の声により、すぐに元の画面へと視線を戻した。

 画面には一度”闇”に呑まれた少年が青白い光と赤黒い闇を渦巻かせ、黒紫の波濤を押しのける光景が映し出された。

 遠くに映る黒い巫女がぐっと歯噛みする。

 ――そこで、キリトが左手を天に伸ばした。

 間を置かず、その手に先ほど宙へ放った聖剣が収まった。

 そして、力強い踏み込みと共に振るわれる。大上段から振るわれた聖剣は切っ先から光を走らせ、眼前にある波濤を真っ二つに斬り裂いた。

 闇の巫女へ続く一本の光の道が出来上がる。

 その光の上を彼は走っていく。

 ここからが勝負所だと判断したのだろう。彼の覚悟を表すように、魔剣には復讐心たる瞋恚の闇が、聖剣には未来への希望たる心意の光が流れ、彼の周囲は二色の光と闇が満ちていっていた。

 

 ――さっきまでと異なる様相だ。

 

 さっきまでティアの”闇”に蝕まれないよう最低限の守りとして展開されていた彼の光。それが放たれ始めたのは、戦いが次のステージに進んだという事を意味している。

 言葉だけの説得は不可能と判断し、力での無力化を優先し始めたのだ。

 そのキッカケとなったのはおそらくティアの変化だ。咆哮を上げた途端いきなり速くなり、”闇”を波濤として放ち始めた彼女と戦うために、彼もまた同じ事をした。

 怒り、憎しみ――そういった瞋恚で馬鹿力を発揮した彼女のように。

 彼もまた、己の意志を練り上げた。

 彼女の意志に応えるためだ。

 瞋恚に蝕まれているとは言え、それに共鳴する感情を持っていたのは確か。であれば、曲がりなりにも彼女の意志であるとも言える訳で、彼はそれに応えようとしている。そうしなければ彼女を止められないから。

 その様はどこまでも英雄的だ。

 

『キリト……ッ』

 

 だからこそ、巫女は困惑に陥ってしまう。

 彼女が視たのだろう過去、彼が抱いている感情――それらを前提に考えると、今の姿はあまりにそぐわないものだから。

 ――だから、捨てきれないでいる。

 彼女は死ねと、そう言った。

 しかし、今もティアはキリトの迎合を期待している。

 彼の事を理解できていないからだ。過去との決別を知らないから、今のキリト(キリガヤカズト)が、全てを憎む獣(オリムライチカ)でない事が分からない。

 

 その迷いこそが狙い目だ。

 

 彼女はただ理解者を得たいだけ。

 己を裏切らない、絶対の仲間を得たいだけ。

 

 ――その望みに、”復讐”という目的は関係ないというのに。

 

 故に、彼女は理解しなければならない。選ばなければならない。

 復讐の道を第一義とするか。

 その根底にある、彼女の望みを優先するか。

 キリトと刃を交える僅かな時で、己の真意を見なければならない。

 

「――いえ、違いますね……」

 

 そこで、私は頭を振った。

 ……おそらく、だが。

 ティアは――”闇”に完全に蝕まれる前の彼女は、己の真意を見つけかけていた。今は負の瞋恚によって覆い隠されているだけだ。それさえ無くなれば彼女は復讐を止めるだろう。

 そう彼も確信している。

 

「……だから戦ってるんですね、和人」

 

 そこで、私は少年の真意を漸く理解した。

 彼はティアに応えるために戦っているのではない。彼にとって、”闇”に蝕まれたティアは敵ではない。

 本当の敵は――負の瞋恚を遺した自分自身。

 彼女を、ひいては”闇”を止めなければ、彼からすれば己に負けたようなもの。獣に打ち克った身としてこの戦いに負ける事も、身を引く事も許せないものなのだ。

 苦笑しつつ、ため息を漏らす。

 程よいところで切り上げる――つまり、ティアを斬り捨てて終わりにする――可能性も考えていたが、この分ではとことんまで戦おうとする光景が容易に想像できてしまった。

 そして、きっと彼はやり遂げるだろう。

 なら私がすべきは最早彼の身を案じる事ではない。積もり積もった問題を解決する際のサポートとして、準備を一つでも多く済ませておく事だ。それは情報だったり、武装だったり、あるいは体調管理だったりと様々である。

 ――”闇”の波濤を穿つ、二色の極光が見えた。

 それを最後に私は席を立つ。現実に戻ってきた時はきっとボロボロだろうと予測し、必要なモノを揃えに動き始める。

 胸中に、彼の体調を慮る心はあれど――

 彼の敗北を案じる気持ちはまったく無かった。

 

 






Q:結局キリトが見定めた”敵”とは?
A:①SA:O事変を引き起こした”黒幕”
 ②負の瞋恚を遺した自分自身≒ホロウ


・ティア〔オルタ〕
 ”闇”を纏う破壊巫女
 なぜ、祈りを捧げに行かないのか
 なぜ、未だキリトに執着しているのか
 己の本心を”闇”に覆われ、己を見失ってしまっている。故に弱体化中


・キリト
 闇と光を担う英雄
 古い鏡を見せられている気分になっている
 故に、戦っている相手は自分自身
 分かる人にしか分からない心境である



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