インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 長らく空いて申し訳ありません<m(__)m> インスピレーション枯渇が……

 黒幕側の丁寧な準備とか描写する気力が無かったし、そろそろ《SA:O》編終わらせたかったので、リアルに和人が縛られてる内に一気に行くゾー!(尚説明会である)

視点:ラン(ぶっちゃけ誰でも)

字数:約一万三千



第三十七話 ~動き出す悪意~

 

 

二〇二五年八月二十二日土曜日、午後十時

アイングラウンド第二エリア・アインタウン ホーム

 

 第二の攻略大陸に築かれた前線基地《アインタウン》の一角、『リズベット武具店』に集まっていた仲間達は、声を掛けた面々が集まるまでの時間を思い思いに過ごした。アリスとティアは手元のホログラフをうまく扱ってニュース記事を読み始めていた。

 酒飲みキャラを貫くべく持ち歩いているらしい侍青年が酒瓶を呷りつつ、仲間達の愚痴を聞く空気感は程のよく気の抜けたものだ。

 ある種、これがキリトの望む理想の過ごし方なのだろうなと思う。

 勿論問題が起きない事が一番だが、起きた時にリアルの危ないところを彼が担い、こちら側の問題をこちらで対処する形がようやく形となりつつある。そう思うと、これが理想なのだろうという考えも浮かぼうというものだった。

 事の遠因である騎士アリス、巫女プレミアとティアは、何れも大人しく私達と共に居てくれるのが幸いだ。

 アリスは最初こそキリトに敵対的、善悪の価値観でいがみ合う時があったが、今は『それはそれ』と割り切るようになった事で女性的な柔らかさを見せ始め、今では談笑する仲にもなっている。キリトとも特に衝突なく聖石回収が出来たとも聞いているので安心だ。

 巫女達の方も、プレミアはキリカ、ティアはキリトに懐いているので大丈夫だろう。

 ただティアは人間不信が強いこと、また唯一心を許すプレイヤーのキリトがこちらにあまり顔を出せないでいる事に眉根を寄せているので、そこは要注意と言えよう。エルフ、黒エルフ達との交友は悪くないので気晴らしに関しては問題無さそうなのが不幸中の救いか。

 暫く三人から目を離さないよう頼まれている私達は、リアル側への心配もあり、ホームで談笑しながらキリトのログインを待ち続けていた。

 その間、誰もかれもが会話をしていたわけではない。

 気を紛らわすためか、何人かは生産作業を行っていた。

 

「出来た! 今回のは会心の出来だよ!」

 

 そう言って笑うのは双子の妹・ユウキだった。リアルで『部活動』への羨望を口にしていた彼女は、早速仮想世界でそれを経験するべく行動を起こしていた。

 していたのは裁縫で、彼女の手元には、紫色の織物を斜めに赤が走る意匠のリボンが出来上がっていた。恐らく自分が使う時に似合うよう色を選んだのだろう。イメージカラーを使うのは、ある意味無難だ。

 

「へぇ……意外。ユウキも事だからもうちょっと明るい、攻めた感じの仕上がりになるかと思ってた」

「普段使いとか、戦闘で使うならいいだろうけど、オシャレ前提だとちょっとねぇ……いきなりは怖いからさ」

 

 だから趣向をガラリと変えての一作目は手堅く行ったという訳のようだ。完成品のリボンを見る妹は、誰がどう見ても不満げな面持ちだ。

 

「ユウキ、気分転換にこっちで活花(いけばな)しない? 色味や茎の垂れ方で表現するために考えるのも《華道部》の一環だよ」

 

 彼女の様子を見かねたらしいアスナがそう声を掛ける。彼女の机には種々様々な植物アイテムが並べられており、花瓶や盆栽など飾る方のバリエーションも豊富そうだった。

 

「え、《華道部》? なにそれ! アスナ、教えて!」

「私も興味があります。キリカ、一緒にやりませんか」

「え、俺もか? むむぅ……情緒というのはあまり分からないんだが……」

 

 より頭を使うものに対し、ユウキはイヤな顔をするどころかむしろ興味深々になってそちらに移動した。それに感化されたプレミアがキリカを巻き込む形で参加し始める。

 リズベットのホーム上階では、そんな平和な一幕が見て取れて、現実での大騒動はまるで無関係かのような状況だ。

 ……このギャップに何れ慣れる時は来るのだろう、と私は窓から月を眺めながら思った。

 子宝を授かり、家庭を作る中で、彼の姿を見送って解決するまでの不安と戦う日々は、思いの外あっさりと予想出来てしまった。それと同じ事だと思っている私は、だからか慌てる素振りもなく待っていられる訳だ。

 ユウキが挙動不審なのは、キリトを案じる想いがとても強いからに違いない。

 多分私も彼女も、どちらの反応も間違ってはいないかった。

 

 

 

『ゴォーン、ゴォーンッ!!!』

 

 

 

 そのとき、突如として街全体に、ともすれば大陸中に響かさんばかりの大きさで鐘楼が響き渡った。

 その瞬間、和人の帰還を待ちつつ部活動に励んでいた面々を含め、ホームにいた私達の意識はその鐘楼へと向けられた。かつてはデスゲーム宣言開始のために行われた大鐘楼の音だ。経験した事がある誰もが警戒心を一瞬で限界まで引き上げ、臨戦態勢を取っている。

 そこまでは知らないアリナも、これが異常事態と分かったらしくすぐ剣を抜ける体勢を取った。

 ――一秒、二秒、三秒。

 ――五秒、十秒、三十秒。

 ――そして一分が経過した。

 予想とは裏腹に、窓の外に広がる夜景はそのままだ。長い沈黙と共に変化を待ち構えた私達の予想とは裏腹に、予想した変化はそれ以上は訪れず、鐘楼の音も静かに遠ざかっていった。赤い亀甲模様に埋め尽くされなかった事にホッとしつつ、警戒を続ける。

 

「……いったい、今のは……」

「分かりません……」

 

 シノンの問いに、私は頭を振った。次いでアスナやキリカも見るが、二人も同じように表情を曇らせて頭を振る。

 

「一時間毎の鐘の音もあそこまで大きくなかったしなぁ……システムアナウンスも無しとなると、アップデートとも考え難いよなぁ。アナウンスがバグってただけだったりして!」

「そりゃないだろクライン」

 

 気を取り直したクラインが別の酒瓶を呷りつつ言う。エギルが笑いながらそれを否定するも、私もそれならまあ納得かもと思った。ただアナウンスが無かっただけで、あの大鐘楼の音にはそれに集中させる役割があったのだ。

 ――ただ、そんなバグを運営が残しているかが怪しいところだ。

 現状バグが最低三つはあるので運営――もとい、開発チームへの信用は低いが。

 何かあったのかと思い、私は右手の指を振り、メニューウィンドウを出した。ステータスやアイテム欄などが並ぶそれを繰っていき、最善に表示された公式情報の部分をタップする。このHPは《ユーミル》主導で作られているので、和人だけでなく所属V-tuverたるユイ、ストレア、キリカ、レイン、セブン、連携協定を結んでいる《Mスト》所属アルゴの情報提供により、素早く詳細な情報記載がされる部分だ。キリトが把握していなかった点をアルゴが補足したり、なんて事はよくある事らしい。

 

「な……なんですって?!」

 

 そこに新たな記述が出てないかなと思って開いた途端――私は、幾度目かの生涯最大レベルの驚愕を目の当たりにした。

 

「今度はどうしたの姉ちゃん、さっきの鐘がなんだったのか分かった?」

「うん、分かったよ。アレは――このサーバーに、アインクラッドを創生した事を知らせる音だった……!」

「――はぁ?!」

 

 さしもの妹も、そんな事が起きるとは予想外だったようで驚愕を露わにした。

 《SA:O》の大地アイングラウンドに、《SAO》の浮遊城アインクラッドが出現する。その未来予想が私達の中にも無かったわけではない。エルフクエストの情報、キリトから知った《大地切断》の伝説を鑑みれば、聖石を六つ集めた時に浮遊城が生まれる可能性は既にプレイヤー達の暗黙の了解だった。

 同じ『暗黙の了解』の話になるが。《SA:O》の製作があまりに早かったのは、茅場の協力あってこそもだが元々SAOの続作となるゲームもある程度は形にしていたのではないか――という市井の予想もある。そんなゲームには、浮遊城創世を裏付けるように《大地切断》の話が解放の英雄の口から語られ、それらしきクエストの存在も確認された。この時点で浮遊城が完成するとなっても、心の底から驚くものは極めて少数というのがやり込みゲーマーの持論だ。

 そんなやり込みゲーマーの自分ですら驚愕したのは、タイミングだ。

 件の伝説をなぞるなら、聖石は六つ揃え、且つ二人の巫女が何等かのプロセスを踏まなければならない。

 しかし目の前に巫女は二人おり、聖石も五つまでしかない。これでは仮に浮遊城創世のためにクエストや彼女らが起動しているのだとしても辻褄が合わない訳だ。

 あり得ない。

 辻褄が、過程伴っていない。

 ――けれど確かに、さっきは見えなかった天空には鋼鉄の浮遊城が存在していた。

 

「これは……心苦しいですが、和人君に連絡を取るべきですね……」

「うん。ボク達だけじゃ解決出来そうにないよ」

 

 私の独白に、いつの間にか隣で一緒に外の光景を見ていた妹も賛同する。むしろ反対する人がいないため私はすぐにゲーム内で起動出来るアプリの中から、外部と通信を取るための七色製通信アプリをタップ。トークアプリのように相手を並ぶ欄の中から『キリト』の欄をタップし、コール。

 間を置かず、相手は通話に出てくれた。

 

『ランか、どうした?』

「夜遅くすみません。急ぎ、伝達すべき事が起きました――浮遊城アインクラッドが、私達のいるアイングラウンドに創生されたんです」

『――はぁっ?!』

 

 一拍の間。それからの驚愕。

 恐らく私達と同じ予想だったからこその驚愕に何故だかほっとしつつ、私は現状を伝える事に従事した。

 

「巫女の二人は私達の下に居ます、クエストも発生してません。聖石も預かった五個のまま。キリカが目を離さないでいたのでこちらが何かしたわけではないと思います」

『キリカが言うなら間違いない。つまり、それ以外の要因で浮遊城創世が起きた、か……』

『――おい和人、まだ喧嘩の途中だぞ! 後にしとけ!』

 

 話していると、少し遠いところから男の低い声が聞こえてきた。どうやら彼は誰かと共闘していて、その最中に電話を掛ける形になったようだ。昼間に遭遇した暴徒関連はまだ続いているらしい。

 

「すみません、てっきりもう暴徒関係は片付いているものかと……」

『いや、むしろ夜闇が触れるにつれて活発化し始めてる。鎮圧しているからそろそろ終わると思うが……それより、そっちの事は七色や束博士達に確認してもらった方が良い。特に他のサーバーの事をな。俺も手が空き次第そっちを手伝いに行くつもりだが……今日明日は期待しない方が良いだろう』

「分かりました」

 

 そう言って通話を切る前、ブーストの音と共に蹴りでも喰らわせたか、青年男性の野太い悲鳴を拾った。あれから半日近く経っていたからラグが生まれる記事が出来た時にはもう終わっているものだろうと考えていただけに、思った以上に長引いていた事は純粋に驚いた。予想外とも言える。これは都心のウラを生きるヤクザや半グレ、そこまではいかないチンピラも絡んでいそうな一挙暴徒だ。

 彼が自由に動けるようになるのもそのリーダーを倒した時だろうし、確かに今日明日は手伝いを期待出来なさそうだ。

 長いとは言えない通話から得られた情報をその場にいた仲間に伝えると、みんながキリトの行動にさもありなんと頷いた。

 

「にしても、まさかアインクラッドが作られるなんて……あの子がしてた《大地切断》の伝説、このアイングラウンドのバックボーンから予想はしてたけど、このタイミングだなんて……」

「ウラを感じちゃうよナア」

 

 リーファが腕を組み、難しい顔で唸る隣で、片頬を釣り上げたアルゴが笑う。

 情報屋の彼女には『ウラ』を指す連中の行動、思惑のある程度までは予想が付いているのかもしれない。

 そこについて突っ込んで話を聞いてみたかったが、それよりも運営側の七色、束博士らに話をすべきだと理性を働かせ、私は再び通話アプリを起動した。複窓は出来ないのでまずは七色に通話を飛ばす。

 

『ああ、ランちゃん! キリト君との通話はハアクしてたから用件は凡そ理解してるわ、アインクラッドの事でしょ?!』

 

 通話を掛けてワンコールが終わる前に出た少女は、どうやらキリトのモニタリングの関係か用件を把握しているようだった。

 更にこちらの疑問もその聡明さから理解しているのか、なにかを言う前に、彼女の方から畳み掛けるように情報を伝えてくる。

 

『アレは別サーバーのアインクラッドよ。みんながいるサーバーに、他サーバーで出来上がったモノが移った……ううん、全サーバーの状態を統一化(ユニフィケーション)されたって事かしら』

「ゆにふぃ……って、何ですか?」

 

 話がよく分からなかったのだろうサチが、小首を課しながら疑問を呈する。

 画面向こうの茶髪の天才少女は一瞬悩む素振りを見せた後、話は始めた。

 

『簡単に言えば一つのデータに纏める事よ。そうすると『フラグ』っていうのがあるでしょ? Aでした事はBにも引き継がれるし、Bでしなかった事もAでしていれば引き継がれる事がある。ゲームの進行度はBの方に引き継がれ、Aには無かった建造物や行けなかったところまで行けるようになる。単純なデータの上書きとは違うのよ』

「――ちょっと待てよ。じゃあそれって、別サーバーで誰かが聖石を六個集めて、巫女のクエストを進めたって事にならないか?」

 

 話を聞いていたクラインが、酒瓶を置き、至極真っ当な面持ちで話に割って入ってきた。気付けば部屋の中にいたユウキ、アスナ、リーファ、シノン、アスナ達も集まってきていた。

 一同の視線を真っ向から受けた七色は、うん、と彼女の顔も引き締まりながら頷きを返してくる。

 

『正直、油断してたとしか言えないわ。ほら、ずっと取り逃がしてる電子ドラッグの売人(シギル)がいるでしょ? あいつ辺りが他のサーバーに残ってるプレイヤーにちょっかい掛けて、聖石と巫女が集まるようにしたんだと思う』

「他のサーバーにもやっぱ聖石と巫女はあったんですね……」

 

 咀嚼するように言う私の内心は、それはそうだろう、という答えでいっぱいだった。

 MMORPGの多くは、スタンドプレイによるストーリー進行と、複数協力プレイ前提のオンラインプレイという両立した楽しみ方が存在する。前者で装備やスキルを鍛え、後者でそれを披露するのが昔ながらのMMOの在り方で、時に強力な装備の素材集めとしてレイドボスを周回しまくるのもMMOの醍醐味とされていたらしい。

 つまりストーリーは個人のインスタンスエリア進行になっていた訳で、その人数だけ巫女であるプレミア、ティアはいた訳だ。

 全てで四つのサーバーがある《SA:O》β版に於いては合計八人の巫女と、サーバー毎に六つの聖石が配置されていたという事になる。

 私達はそのうちの一つのサーバーでプレイを続け、二人の巫女、更には五つの聖石を確保し、後に起きるだろう未知のバグ展開が起きないよう人力で止めていた訳だが……

 

「ねぇ、七色ちゃん。話の流れを纏めると、他のサーバーで巫女と聖石が揃っちゃって、浮遊城が伝説通りに創世されて、そのタイミングで統一化(ユニフィケーション)が起きたって事でいいんだよね?」

 

 私より聡明なアスナの方が先に結論に行きついたらしく、苦い表情で問う彼女に、七色もまた苦虫を嚙み潰したような面持ちで首肯した。

 

『盲点……いえ、人間の悪意を過信していた、と言うべきかもしれないわ。このサーバーは和人君やあなた達のお陰で平穏を保てていたけど、他は既に壊滅状態だった。まさかそんな状態でNPCの巫女を動かし、更には聖石集めまでこなす人が出てくるだなんて……』

「アインクラッドが現れたのはそういう事か……それで、その統一化(ユニフィケーション)とやらで他に何が起きているんだ?」

 

 話の推移を見守っていたキリカが、左右の腕を巫女に掴まれながら話に割って入ってきた。そんな巫女の姿に七色は安堵の息を吐いた後「目下精査中!」と返す。

 

『だから今分かってる事だけ話すわね。随時公式HPにも追加していくから、みんなはまず落ち着いて、事態の把握に努めて頂戴。あとプレミアちゃんとティアちゃんを絶対に守って』

 

 そう言った彼女は、現状リアル側の精査で分かっている事だけ話してくれた。

 まず第一に、他のサーバーの状況がこちらにアップデートされてしまった事。その殆どは活動状態、あるいはBANを受けていないプレイヤーのアカウントデータの移籍だ。電子ドラッグは使っていないが、平気でオレンジやブルー行為をする者が一気になだれ込んできたという事である。他サーバーは第一エリアで手をこまねいていたらしいのでレベルではこちらが勝るが、侮ってはいけないと忠告された。

 

 第二に、プレミアらから受けられるクエストは、他サーバーの何者かによって最終段階まで進められており、最早聖石は不要の長物となっている事。今は巫女である二人の身柄こそが最重要だという話だった。

 

『それと三つ目。多分もう気付いてると思うけど……データの統一化(ユニフィケーション)、つまりデータの上書きと統合なんて真似はプレイヤーじゃなくて、運営か開発陣営にしか出来ない事よ。電子ドラッグを撒いていた男の他に共犯者がいると見ていいわ』

 

 そこまで彼女が話したところで、ホログラフの前に出てくる影があった。黒髪矮躯の人影はキリカだ。二人の巫女を背後に控えさせた彼は不機嫌な面持ちで七色を睨み付けるように見上げる。

 

「こんな異常事態なのに、”上”……開発陣営はゲームプレイの中断に否定的なのか?」

 

 沸々とした怒りの籠った問いかけ。詰問と言っていい迫力だったが、疑問自体は多分誰が持ってもおかしくないものだった。遠からずマスコミ報道された後、アインクラッドの事を絡め、プレイ中止のデモ活動が勃発するのは目に見えている。

 炎上系ストリーマーの放火行為や、対岸の火事のように見ながら好き勝手に言うコメンテーターの姿が簡単に想像できてしまった。

 それは同じなのだろう。七色も、苦い顔になった。

 それでも彼女は、重く頷いた。

 

『……ええ、そうよ。私だけじゃないわ。束博士と茅場博士も抗議してるけど、政府は”事態を収束させろ”の一点張り。そちらには解放の英雄がいるのだから不可能じゃないだろうだって』

「ふん……つまりこの騒動、政府も一枚噛んでる訳か。簡単に思いつくものだと反VR派によるオリジナル、七色、茅場、束失脚の陰謀論だな」

 

 腕を組み、呆れたように鼻を鳴らした彼の予想を否定する者は誰もいなかった。SA:Oの製作を主導していながら、不祥事を止めようともせず、むしろ積極的に起こし、関わらせようとしているようにしか思えない政府の言動を考えれば否定できるはずもない。

 前々から妙だとは思っていたのだ。

 《SAO事件》、《クラウド・ブレイン事変》というVRMMO界隈の事件が起きたにも関わらず、VRMMO三作目となる《SA:O》の開発はあまりに早いと。茅場の協力により、SAOの元データ提供が為されたから――つまり、理屈的にはALOと同じ手順を踏んでいるから早かったと知り、多くの人がその点について言及を辞めた。

 だが、そんな大博打を何らかの研究の為といえ、いきなり大衆向けに行うのは奇妙とも言えた。ましてその監修として知られているのは《SAO事件》により、冤罪と分かっても名声が地に堕ちた茅場晶彦と《クラウド・ブレイン事変》により名声と人気が落ちた枳殻七色。運営管理には、その二人を擁し、SAOコピーゲームともう言える《ALO》を運営し、大型アップデートで人気を吹き返し、その技術をISにも流用させ、二つの技術の橋渡しの位置役を担った篠ノ之束をトップとする《ユーミル》。

 その三人から力を借りられ、且つ《SAO事件》で社会的立場を復権し、むしろ三人を守るような立場にも見れるようになった桐ヶ谷和人も巻き込まれるように関わるようになった。

 ある意味当然ではあるが、VRMMO肯定派の首脳陣の殆どが関わっていると言っても過言ではない布陣だ。

 高名な政治家は表立って関与していないが、それでも《SA:O》開発について探っていけば誰が出資者かは分かるだろう。

 つまり、今回の敵というのはその出資者――反VR派や反IS派など、《SA:O》開発出資者にとっての政敵ではないだろうか。

 そこまでを先の問いを投げるまでにキリカは考えたのだろう。

 そしてその予想を、七色は苦虫を嚙み潰したような表情で肯定も否定もしなかった。確証が無いから答えないだけなのは明白だ。

 

「で、でもさ、プレミアちゃん達って、キリトとキリカのアカウントデータに呼応して動き出した節があるって話だったよね? 例のメッセージの事もあるし……それなのに、他サーバーでも動き出すってあるのかな……」

 

 そこで、ユウキが疑問を提起した。

 言われてみれば確かにそうだ。巫女それぞれが対応するようにキリト、キリカに懐いているのは、初対面時に好印象となるようメッセージを送った”カーディナル”が操作したからなのは違いないだろう。だが他サーバーに関して言えば彼ら二人はノータッチだ。

 私達プレイヤーは一つのアカウントで複数のアバターを作成できる。しかし、何れもログインできるのは同じサーバーなので、似て異なるあと三つある《はじまりの街》に降り立つことは出来ない。

 しかし、例外もある。

 それはアルゴさんだ。とは言っても彼女が四サーバーを跨げたのも実に原始的な事で、彼女は宣伝を兼ねた情報収集のため、キリトや束博士などツテをフル活用して四つ分のベータ権を確保し、四サーバー分の情報収集を敢行していたという。

 

「アルゴさんは他サーバーの事でそれらしい事を聞いてました?」

「ごめんヨ。オレンジやブルーが活発なのは知ってたし、NPC狩りについては枚挙に暇がなかった。正直その中に巫女NPCが居たかまでは……聖石についても、オレっちが得れる情報網には他サーバーでは引っ掛からなかったシ」

 

 そう答えながら、情報屋の女性はシュンと肩を落としてしまった。もっと探っていれば、と思っているのかもしれない。

 そんな彼女をフォローするように、考え込む素振りをしながら七色はぽつりぽつりと語り始めた。

 

『それは多分、シギル……もとい、志崎(しざき)俊介(しゅんすけ)が原因ね。ジェネシスとの対峙の時にキリト君も言ってたけど、プレミアちゃんとティアちゃんをゲーム開始初期から狙い撃ちするように仕向けてた節があったわ。ただシギル、ジェネシスの振り分けられたサーバーが、キリト君や私達と同じだったのが運の尽き。きっと計画失敗の可能性が濃厚な事を察したんだと思う。だからもしもプレミアちゃん達の起動の原因が志崎にあるなら、万が一の保険として他サーバーでの起動は敢えて遅らせて、あたかも”キリト君というSAO生還者が原因で起動したバグ”という風に見せかけた。そしてキリト君に計画を破られた時、彼には手出しできない他サーバーで事を終え、アインクラッド創成と同時に共犯者に統一化(ユニフィケーション)の指示を出した……という線が濃厚だと私は考えるわ』

 

 あくまで推察の域を出ないけどね、と補足した彼女は、それでも確信を抱いているように強い表情をしていた。私達も彼女の考えに似たものを感じていたから特に否定はしなかった。他の仲間も同じ。

 電子ドラッグを作り出し、それを蔓延させる事を企てた売人・シギルこと志崎俊介。なんと恐ろしく、用意周到な男なのか……!

 

『それにしても……こう言うのはなんだけど、アインクラッド創成が他の終わってるサーバーで起きてよかったとは思うの』

 

 ふと、突然そんな事を言い出した七色に私達は驚きに固まった。いきなり何を言いの出すのかという疑問は、それまで事の推移を見守っていた黄金の騎士によって為される。

 

「……何故です? お前達の話の、その殆どは正確に理解できていないでしょうが……浮遊城の創世は決して望ましくない事なのでしょう? ”さーばー”というのが別の地区である事はなんとはなしに理解していますが、別地区だからと言って起きていいコトではない事に変わりない筈。なのになぜそんな事を申すのです」

『うーん……アリスちゃんにも分かるように言うと、”サーバー”というのは同じ一冊の本を複数持っているみたいな状況だと思って。それを食い荒らすのがオレンジとかブルーとか言われてる連中。統一化(ユニフィケーション)は、無事な頁同士とつなぎ合わせて、補完する作業なの』

「……ふむ。凡そ、謂わんとすることは理解できました。それで?」

『アリスちゃん達がいるのはサーバーDね。アインクラッドが創成されたのはサーバーAなんだけど、大地をくりぬいて、空中で無理矢理百層からなる城を作る過程で、多くのNPC(住人)が命を落とした。統一化(ユニフィケーション)は、それを無かった事にしたのよ』

「なんと?! 死んだ事を、無かった事に……? そんな、神の如き所業を、意図も容易く……」

 

 わなわなと、アリスなりに事の事態を理解しようとしているようだが、常識外の事ばかりだからか脳内の処理が追い付いていない様子に見えた。

 そんな彼女に気の毒そうな視線を向けつつ、七色は説明義務として言葉を続ける。

 

『あっちでは死んでた人が、こっちでは生きてるよう上書きされた。でもあっちに無かったアインクラッドがこっちに現れて、問題もこっちに引っ提げられてきた。それが今の状況を簡潔に言い表した形かな』

「……む、ぅ…………何となく、分かりはしますが……しかしそれでは、同じ店があり、それを営む同じ人間が”さーばー”とやらの数だけ存在する事に……この世界は、容易く命を復元し、剰え複製する事も可能なのですか……?」

 

 畏怖と戦慄の念からか震えるアリスの言葉に、私達は是とも否とも答えられずにいた。

 通常のゲーマーとしては『是』と答えるのだろう。だがその答えは、薄々世界の真実に理解の手を伸ばし、己の存在について揺らぎ始めているアリスにとって猛毒なのは確実だ。

 私達の答えは勿論『否』。ユイやキリカ達は勿論、この世界の住人として生きるプレミア達の保護を熱心にしている事からも、彼女らの死を快く思っていないのは明らかなのだ。

 だが――それでも、世界は残酷だ。

 世界が見るのは民意であり総意。大多数の意見をこそ、世界は絶対視する。

 その中で和人を発端とする『AIにも人権がある』とする声はまだ小さく、ポピュラーとは言えない思想だ。

 いや、それを抜きにしても、私達は彼女の答えに否を返せない。なぜならあらゆるMMOプレイヤーは、使い捨てのAIを積んだMobを日常的に狩り、己の糧とする日々を送っているからだ。サーバーの数だけ同じ店員NPCがいる事を特段不思議と思った事は無かった。

 だからこそ、AIの人権は軽視されるのだと――いま、改めて思い知らされる。

 黄金の騎士の、迷いと切望に揺れていてた青い瞳が失望に満ちた。柔らかかった眼差しが鋭くなるのが見えた。

 彼女は高潔な騎士だ。故に、赦せなくなったのだろう。仮初めの、複製される命一つを軽んじる者に、怒りを抱かない訳が無かった。

 

「……お前達には失望しました」

 

 その、短い言葉に全てが込められていた。失意、失望、激憤の念がその眼差しに込められているのを感じた。

 

「所詮は大罪人。その思想も、人を助けるという言動も、根幹を見れば命を軽んじるものでしかなかったのですね。お前達も、また」

 

 その言葉にも、視線にも軽蔑の念が込められていた。

 私達にとって、唯一性を持つユイ達と、それを持たないゲームとして現れるNPCや敵達のAIは別枠だった。SA:OのAIがまた特別である事は理解していたし、守ろうとも思っていた。

 それでも、これが異界人との認識の差なのだろう。

 どれだけリアルに寄せようと、ゲームは作り物で、そこに登場する人物は架空の人物。人間が持つ本物の命を持たないが故に容易に消耗される被造物。AINPCというのはそういうもので、クエストで必要ない時は誰にも会わず、システムの言う通りになる人形。

 その認識の有無が、この対応なのだろうと――どこか私は冷めた目で状況を俯瞰していた。

 

 

 

「――その言葉を言う相手は、ちと違うんじゃないか。整合騎士」

 

 

 

 凍り付いた空気を割り砕いたのは、少年の軽い口調の言葉だった。

 ぎろりと青い瞳の眼光を向けられた少年――キリカは、肩を竦めながら、騎士の眼前まで歩み出る。騎士よりずっと小柄な彼は、それでも負けていないほどの威圧感を纏っていた。

 見上げる表情はずっと、ずっと真剣だった。

 

「何が違うというのです」

「あんたが嫌悪する状況を作り上げたのは、件の電子ドラッグの売人であり、更にはアイングラウンドの製作を命じた政府上層。確かにアイングラウンドの住人を傷付けたオレンジ達を糾弾はされて然るべきだろうけど、俺達はむしろ逆で、プレミアやティアをはじめむしろ彼らの保護を優先的に行っていた。それで責めてくるのは筋が通らないだろう」

「しかし、命を軽んじていた事に違いは――」

「俺達の! 誰が! いつ! 命を軽んじた!!!」

 

 そこまでアリスが言った時。

 穏やかに反駁を続けた少年が、突如騎士胸鎧を掴んで引っ張った。頭突きをするような距離で睨み合う事になった事態に騎士は目を白黒させて動揺するが、剣士の方はむしろ表情を怒りのそれに変え、喉を震わせ、吠える。

 

「軽んじていれば、オリジナルはティアの救出で強行軍をしていないし、俺達は知り合いのエルフとダークエルフのために激戦に身を投じていない! ここまで巫女を過保護に守っていない! アリスの保護も、帰り道と同じ迷い人の捜索だってしちゃいないだろうさ!」

 

 そこまで至近で怒鳴った彼は、鎧を叩いて距離を離した後、息を荒げさせながら尚言葉を続ける。

 

「オリジナルや俺の事は、どれだけ悪し様に言おうが構わない。そう言われるだけの事をしてきた。だがな……それで、他のみんなまで同じ極悪人みたいに言うのは、金輪際やめてくれ。不愉快だ。言うならせめて、そんな状況を引き起こした黒幕に言え!」

 

 最後は、眦に光るものを湛えながら怒鳴ったキリカは、そっぽを向いて呼吸を整えた後、部屋のドアに向かって歩き始めた。

 その後ろ姿にアスナが声を投げる。

 

「き、キリカ君? どこに行くの?」

「外の様子の確認をした後、アインクラッドに行ってくる。どうせカーディナルの事だ。どこかから浮遊城に行けるよう転移門くらい用意してる筈だ」

 

 ぶっきらぼうに、苛立ちを無理矢理押し殺したような声音でキリカが言う。

 その背中に、そうしてちょうだい、とホログラム通信を繋げたままだった七色が言った。

 

『これが最後の話なんだけど……例の聖石クエストは本来、製品版の《グラウンド・クエスト》のストーリーだった。その結果浮遊城が創成されるところまでは本筋だったみたい。でも巫女のデータはおろか、クエスト内容も穴だらけだったせいか不備が出たみたいで、浮遊城自体も未完成よ』

「……それがどうしたんだ?」

『その未完成になった浮遊城を無理矢理完成させようとするタスクがあるんだけど、それを働かせてるモジュールを発見したの。旧SAOサーバーの負の遺産ともいえる代物がね』

 

 そう言った後、僅かに躊躇った素振りを見せた七色は、結論したように口を開いた。

 

『そのモジュールは、端的に言えば”デスゲームの再現”よ』

 

 その結論は、苛立ちと困惑の最中にあったアリスの耳にも届いたらしく、揃って驚愕を示した。キリカも驚きこそないが振り返ってホログラフを見つめる程度には関心を引いたらしい。

 

『厳密に言えば、その最期の再現。オリジナルのキリト君とカーディナルが見てた浮遊城の崩壊の再現をしようというのね。そしてそれが為されれば最後――このアイングラウンドに崩落する訳だから、世界の終焉と言っても過言じゃない。直径ウン百キロの大質量が天から落ちてくるわけなんだからね』

 

 そうなったらどうなるか分かる? と、七色は苦い顔で続ける。

 それに、これまた苦い顔のキリカが応じた。

 

「まず間違いなくこの世界の住人はほぼ全滅。冒険者も、復活したとしても満足なプレイ続行は不可。今のところVRMMOは茅場製の【カーディナル・システム】が基軸となって開発されてるけど、大なり小なりゲーム崩壊やデスゲーム再来の要素があると知れれば、その技術の衰退、廃絶は免れないだろうな。今後俺やプレミア達のような命が生まれる事は無くなる訳だ」

 

 更に渋い顔になり、ぎり、と歯を食いしばるキリカ。これまでどこか世捨て人の印象を受ける流されっぷりや飄々とした立ち振る舞いを見ていただけに、こうも激情を見せる様は新鮮だ。

 その顔のまま踵を返し、再度ドアに向かいながら彼は言う。

 

「恐らく、いま『表世界』でオリジナルが戦ってる事と今回の件は無関係じゃない筈だ。浮遊城を創成した敵の狙いも、おそらくは……」

 

 

 

 ――ぜったい、許すものか……!

 

 

 

 底知れぬ苛立ちを滲ませながら、彼は扉を潜り、部屋を出て行った。

 後に取り残されたのは、どこか茫然としている黄金騎士と、彼の気持ちの幾らかを汲んだ面々だった。

 

 

 






・原典《SA:O》について
 ブルーカーソルはぶっちゃけモブしかなってない
 基本はグリーンキリトVSオレンジジェネシス(チーター)で、『AINPCのために世界を守る』と『ゲームプレイの一つとして世界を壊す』の代理戦争をやってた
 ぶっちゃけキリト側の『NPCへの肩入れ』は、トップダウン型NPCの成長限界をキリトが見たいからという個人的趣向が多分に入った結果(そして政府・菊岡の思惑通り)になったストーリーだと筆者は考えている


・本作《SA:O》について
 フラクトライト(人造魂)や明確な家族扱いしてるAIがいる上、VR技術の存亡も関わってるせいでめっちゃややこしい話になっている
 キリト側:ユイやキリカ達のために喪いたくない
      医療にも転用できる技術なので衰退の判断は早過ぎる

 反VR派:SAO生還者には異常者が多いから異常者量産の悪魔の技術
      新作ゲームのどれもがデスゲーム関係の厄ネタなので廃絶すべき

 そもそもオーディナル・スケール然り、ALOやSA:Oの問題やの大半が旧SAOサーバーや元SAOデータを流用してるせいなんだよなぁ……(菊岡、政府が悪い)


・アリスの怒り
 命の複製は倫理的に禁忌と考える騎士
 その思考は真っ当なのだが、それを受け容れていたキリト達に矛先を向けたのが過ち。彼女にとって『ゲームでも遊びでもない』なので敵Mob、住人NPCにも命がある考えだから仕方ないと言えば仕方ないのだが……
 原作で『狩り』の呼称を嫌がってたのも、量産型AIとは言え命があるという思考に基づいたものなのかもしれない
 ちなみに本作の歴史の大体は知っているが、AI、NPCについて教えられてはいない。薄々『裏世界の住人』を指す意味だと気付いているのだが、意味までは分かっていない。そのためキリトとキリカの関係性についても知らず、キリカに怒鳴られた真の意味は理解できていない(事情を知らないので仕方なし)


・キリカの怒り
 元々量産型AIにも『意志』や『心』があると思っている稀有な一人
 なのでアリスの気持ちにも理解はあるし共感も出来るが、自身がキリトの複製AIでありながら、別人として受け入れてくれた仲間への侮辱に怒った


・SA:O周りのまとめ
 キリトは幕間にある通り、暴徒鎮圧で手一杯なので参戦不可
 売人シギルは初期から巫女NPCに目を付けていたが、偶然キリトと同じサーバーだったので、他のサーバーにも手を伸ばし、秩序崩壊を達成。キリトに企てを見破られてから逃亡生活を続けつつ別サーバーの巫女、聖石を集め、四つのサーバーデータが統一化(ユニフィケーション)され、別サーバーで巫女と聖石六つ集まった状態が上書きされ、創世が成ってしまう
 モジュールによってカーディナルはアインクラッド創成をクエストで誘導し、その崩落まで企てており、これが完遂されるとアイングラウンドは壊滅し、VR技術そのものの存続も危うくなる

 それを止めるべくもう一人の【黒の剣士】が本格的に動き出した


 では、次話にてお会いしましょう


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