インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 リアル側だから幕間だヨ

 細かい事は突っ込まないで欲しいネ

視点:桐ヶ谷和人

字数:約六千

 ではどうぞ




幕間之物語:義弟編 ~弄バレタ審判~

 

 

二〇二五年八月二十一日、金曜日、午前七時半

東京都警視庁・留置所

 

 

 ガンガン、と重い金属音が木霊する。狭い密室で更に反響する中、壁越しのくぐもった声が耳朶を打った。

 

「オイ、桐ヶ谷。朝だ。起きろ」

 

 硬く感じる壮年の男の声。

 やや威圧感すら感じるそれに返事を返し、鉄扉の前に立つと、投函口のように開いた隙間から乱暴に膳が置かれた。アルミ製のそれにはコッペパンと瓶詰の牛乳が無造作に乗せられている。

 

「この後、お前は弁護士と接見だ。食い終わったら壁寄りのベルを鳴らして知らせろ」

「弁護士ですか。いったい、どこのです?」

「さあな。まぁ、誰にせよ、殺人犯のお前を弁護出来る訳も無いんだ。期待するだけ無駄だろうよ」

「ふぅん……」

 

 壁越しに言いたい事だけ言って、警官は立ち去って行った。留置所最奥の一番警備が厳重な牢に入れられている俺には彼の表情は見えなかったが、相当悪い笑顔を浮かべているのだろうと予想しつつ、手元のパンをもしゃもしゃ咀嚼する。

 次に瓶詰の牛乳を飲み、すっきりした感覚を覚えてやっと眠気が吹き飛んだ。

 

「……殺人犯、ね」

 

 そして、さっき言われた言葉を反芻する。

 確かに、俺は人を殺した事がある。だから殺人鬼と罵られる事も覚悟していた。浮遊城でよく言われていた事でもあるから今更それでショックは受けない。

 しかし、あまりにも予想外の事態が続いて、どうも動揺していたようだ。

 慣れた事の筈なのに、今は随分苦しく感じる。

 

「……それに、みんなの方は大丈夫なのか……? 色々問題が残ってるのに……」

 

 リアル側の問題、SA:Oの問題、その双方が佳境と言ってもいい段階に入っている。ここで俺が身動き取れなくなるのは流石に予想外だった。

 冤罪であると晴らそうにも、逮捕から裁判が始まり、それが終わるまで数か月から数年は普通に掛かると聞く。俺が無罪――つまり冤罪であると判決が出ても、被害者遺族が納得せず控訴すれば長引き、それだけ俺はここに釘付けとなる。その間に何も起きないとは考えられない。

 そもそも俺は今回捕まった事件の概要も殆ど聞けていない。

 警官達は俺を犯人にして終わりにしたかったようで、事情説明をろくすっぽしてくれなかったし、聞いたところで「分かっているんだろう、しらばっくれるな!」の一点張りだだった。どんな発言が決め手になるか分からない以上俺も答えようがなかった。

 そうなると、俺がいまするべき事は……

 

「弁護士との接見、か……好意的であって欲しいがな……」

 

 法の番人。

 被害者を弁護し、罪を軽く、あるいは否定する公正明大そのものの職人。

 その人達がいったいどういう人種なのか。俺はそれを知らないから、不安に駆られた。

 それを呑み下すように、牛乳を呷った。

 

 

 数十分後。体感で午前八時頃の朝早くに弁護人は接見に赴いてきた。接見部屋として設けられたところに案内された俺は、バリアガラス越しに対峙する。

 向かって左に男、向かって右に眼鏡を掛けた女が座っていた。

 

「初めまして、桐ヶ谷和人さん。あなたの母親、桐ヶ谷翠さんから弁護の依頼を受けた《源田法律事務所》の星野さおりです」

「同じく、《源田法律事務所》の星野一生(いっせい)です。今日は馬場(みつる)氏の殺害事件についてお話を聞きに来ました」

「なるほど……宜しくお願いします」

 

 一礼しながら俺も折り畳み椅子に腰掛ける。

 弁護士との接見は一般人との接見と異なり様々な秘密が守られるようになっている。立会人は不要で、物の授受もある程度は自由。これは接見した一般人から受け取った品で自殺・脱走される事を警戒しているためで、弁護士ともなればその辺はしないだろうという信用の下の取り決めだと思われる。

 実際は、人間は弱い生き物なので凶悪犯と内通している可能性もあるだろうが、保身を最優先で考えれば、脱走幇助よりも裁判で無罪を勝ち取らせる方が安全である。それが無理なら幇助になるだろう。

 その点、俺の場合は幇助などの忖度はあり得ない。

 俺は二人が所属するという《源田法律事務所》を耳にした事が無いからだ。

 

「あの、いきなり不躾かもですが……なぜ俺の弁護の依頼を受けたんです? 俺の母とそちらに何か接点が……?」

 

 その質問に、流石に意図を察しかねたらしく二人は首を傾げたが、答えられないものでもないのか、女性の方が先に口を開いた。

 

「事件が起きた場所、東京都歌舞伎町と言うんですが……弊所はその町内に事務所を構えているんです。それに弊所は数年前、殺人事件を無罪にしたり、数々の政財界の闇を暴いたりなどしており、それが有名らしく、翠さんはそれを頼りにご依頼されたようです」

「殺人事件を無罪に……? じゃあ、冤罪を晴らしたって事ですか。それはすごい」

 

 星野さおりさんの言葉に、俺は素直にそう返していた。

 冤罪を晴らす。これがまた極めて難しい事であるのは俺もよく知っている。一度疑われ始めたら、本当は自分がした事ではないのに何でもかんでも関連付けて疑われ、それを晴らそうにも晴らせない。事件に無関係である事を示す物証を俺は持たないからだ。

 だからこそ、第三者として弁護士という役職が活きてくる。

 冤罪を晴らした事があるという事は、弁護士の捜査能力と弁舌がそれだけ上手いという事。

 これは信用出来そうだと、期待に胸を寄せた。

 そうしていると、隣に座る男性・星野一生が話に入ってきた。

 

「その口ぶりから察するに、桐ヶ谷さんは無罪を主張するという事ですか?」

「ええ、主張します。というか、そもそも俺は事件のあらましもロクに知らないんですが……」

 

 なにせ昨日は食事と風呂以外は一日中《SA:O》にログインしていた身である。昨日起きた殺人事件というのだけは知っている、だから完璧な冤罪なのだ。

 

「被害者の名前も、その人が殺された場所も、殺害手段も、俺は何も知らされてないんです。ただ、昨日の内に殺されている事、それと防犯カメラで俺の姿が映っていたという話だけ知ってます」

「ああ、あのメディアで流れていた……」

「メディアにもう流れてるんですか……とことん、俺を犯人に仕立て上げたいようで」

 

 はっ、と息を吐き、床を見下ろす。

 

 ――あまりにも事が進み過ぎている。

 

「殺害が発覚し、防犯カメラを確認し、俺への逮捕状を申請し、受理されて、メディアへ情報を渡す……俺、実際の事件でどんな動きするかは詳しく知らないですけど、一日、いえ、事によれば半日程度でここまで一気に話が進むものなんですか?」

「無くはないでしょう。でも……確かに、逮捕状申請から受理までが、あまりに早く感じますね」

 

 一連の流れがあまりに早すぎる事に違和感を覚えたのは星野さおりさんも同じだったらしく、顎に指を当て、思案を始めた。

 考え事を始めた女性弁護士から視線を切り、俺は男性弁護士の星野さんを見る。

 

「星野さん、悪いですが俺に殺人の容疑が掛かってる事件のあらましを教えてもらえますか」

「ああ、はい。分かりました」

 

 頷いた一生さんは、持参していたバッグから事件関係の書類を取り出し、それを読み始めた。

 

「被害者の名前は《馬場(みつる)》、38歳男性。東京都歌舞伎町のマンション住まい、職業はデイトレーダーだったそうです」

「でいと……?」

「要するに株の売買をしてた人って事です。PCの前に張り付いて値が上下する株値グラフを見続けて、一番高く売れる時に株を売って儲けを得る。そうやって稼いでる人の事を、デイトレーダーっていうんですよ」

「あー、七色もやってたっけ……」

 

 株に関してうんうん唸っている姿の七色を思い浮かべる。七色は研究職が本職だが、デイトレーダーは株の売買を本職としている人の事を指すようだ。

 しかし収入が安定しなさそうで、夢もあるが、ある種の恐ろしさも感じる。

 

「遺体発見時刻は8月20日、つまり昨日の午後7時半頃。それから警察が呼ばれ、現場検証とか防犯カメラの確認とか。その後、午前1時頃に桐ヶ谷さんの逮捕となってます」

「なるほど……」

 

 事件の概要を頭に叩き込む。

 やはりと言うか、どう考えても逮捕状の発布までの時間が短すぎるように思う。あるいはそれだけ短時間で発布出来るようなものなのだろうか。

 まぁ、防犯カメラに姿が映っていたという話だし、それを理由に申請すれば、すぐに下りるものなのかもしれないが……

 

「多分ですが、逮捕状の発布が早かったのも防犯カメラという証拠があったからでしょうね。物証があれば確定と言っていいくらいですから」

「むぅ……じゃあ、冤罪を晴らす事は出来ないのか……」

 

 この際、逮捕状の発布の速さは問題ではない。実際に発布され、こうして逮捕された俺は、馬場満殺人の最重要候補として被疑されている事が問題なのだ。その決め手として警察側は防犯カメラの映像を理由にしている。

 

「……一生さん。防犯カメラの映像って、無いんですか」

「ニュースのものになりますが、スマホでなら」

「見せてください」

「わかりました」

 

 頷くと、星野さんはポケットから素早くスマホを取りだし、操作をしていく。すぐに動画アプリを起動した彼は、いま巷を騒がせているニュースの一つを選択し、こちらに差し出してきた。

 ガラス越しに俺はそれを視聴する。

 二人のニュースキャスターに挟まれる形で報道される画面には、斜め上から廊下を映すシーンが流れていた。防犯性の高いマンションに住んでいたらしく、整然と扉が並ぶ廊下を馬場満と思しきスウェット姿の男性がカメラ側に近付いてくる。

 その後ろを、音も無く黒コート姿の人影が追っていく。

 かなり距離が詰まったところで馬場満が気付いて振り返った直後、黒コートが一気に加速。腹に突進した直後、男性の背中を一本の鋭利な剣が突き抜けた。

 返り血を浴びすぎる事を厭ったか、すぐに黒コートは男の体を突き飛ばした。

 体から剣が抜ける。

 

「――エリュシデータ……!」

 

 男が倒れ込み、全貌が露わになった瞬間、俺は目を見開いた。

 黒コートが持つ剣は、浮遊城で愛用していた黒剣だったのだ。それが馬場満の血で紅く濡れている。その剣で、倒れ伏した馬場氏をめった刺しにした後、犯人は三階の廊下から飛び降りていった。

 あまりの躊躇の無さは、自信の顕れ。三階くらいの高さなら対処できる訓練を積んでいるのだろう。

 そこで防犯カメラの映像は終わった。

 

「……ふーーーーー……」

 

 動画が終わったのを見て、俺は長く息を吐きながら背凭れに凭れ掛かった。ぎしっ、と古びた金属音の軋みが上がるのを聞きつつ、天井を振り仰ぐ。

 動画を見て、確かにそれは殺人の揺るがぬ証拠だと理解した。

 だが、その上で一つ、俺は真っ先に言いたいことがあった。

 

「犯人の顔が見えてない。まさか、剣だけで俺を犯人だと言っているのか……?」

「あの剣は、桐ヶ谷さんのものですよね。幾つか過去の動画で見た覚えがあります」

「ええ、そうです。モニタリングが始まってからほぼすぐに変えたものなので印象は薄いでしょうけど……」

「なるほど……背丈、体格が桐ヶ谷さんと同じとは聞いていましたが、剣も同じ。警察としても、有罪である事を認めさせたい一心でしょうね」

 

 そう言って、さおりさんはこちらの顔をじぃっと見てきた。

 逮捕されてからの威圧尋問を見透かされたようで居心地が悪くなった俺は、逃げるように一生さんの方にまた視線を向ける。

 

「それで、俺の弁護は出来そうですか」

「ええ、出来ますよ。桐ヶ谷さんの協力もあれば事は進みやすいと思います」

 

 にっこりと、こちらを安心させるように微笑んだ一生さん。彼に合わせるように、隣に座るさおりさんも微笑みながら頷いた。

 

「そうですね。考え付くだけでも《BIAビル》内の監視カメラ、それに桐ヶ谷さんの体内にあるコアの座標記録、時間によってはアミュスフィアやALO、SA:Oサーバーのログイン記録を参照などが浮かび上がります。それらが集まれば裁判でも無罪は容易いかと」

「なるほど……じゃあ、篠ノ之束博士に当たってみれば話は速いかと。《BIAビル》と《ユーミル》双方の最高権力者です。俺の無実を証明するためと言えば、あの人ならすぐ証拠を揃えてくれると思います。証人も博士を、もし断られても七色……枳殻七色女史に頼めばいいかと。昨日は食事毎に一緒に行動していたし、多分ほぼ俺の部屋で過ごしていた筈です」

「わかりました。必ず無実を証明しますから、桐ヶ谷さん、安心してください」

「――よろしくお願いします」

 

 最後に、祈るように頭を下げて言う。

 その後、更に幾らか話し合い、逮捕翌日の接見は終了した。

 

 

 接見を終え、警官からの更なる尋問も終えた俺は、独房のベッドにヘトヘトになって寝ころんでいた。主に精神的疲労でヘトヘトだ。

 警官達は、俺が犯人だと決めつけて掛かってきている。だから無実を訴え続ける俺の態度が気に喰わず、苛立ちもあって威圧的な態度になっていた。それを流し続けるのも中々疲れるのだ。

 

「こうしてる間にも、問題は起きているかもしれないのに……」

 

 灰色の天井を見ながら独り言ちる。

 俺は今回の事件の犯人ではない。誰かから罪を被せられた側だ。しかも偶然ではなく、衣装や小道具まで揃えた計画的な犯行である。

 相手は明らかに俺を狙い撃ちにした。

 

 だが――あまりに杜撰な計画だ。

 

 星野さおり弁護士が語ったように思いつくだけでも俺のアリバイとなる証拠品は数多くある。それらがあれば俺が無罪であり、冤罪を吹っ掛けられた事はすぐ分かる。それが分からないほど、ひと一人殺す計画を立てた輩は馬鹿じゃない筈だ。

 つまり――俺を、身動き取れなくするための犯行と考えるのがベストだろう。

 俺が動けなくなれば、リアル側は《亡国機業》への決定的な対抗手段を喪い、仮想世界ではSA:Oに関する問題の対処が危うくなる。どちらも手勢は揃えているが、決定打に欠けている。

 それに、イヤな予感がしていた。

 明確な殺意を持った犯行。それを、俺が愛用していた剣で行うという、明らかな意思表示。俺に向けたメッセージ。

 同時、脳裏にちらつく、昨日聞いた《リヒター》という男。その兄が、数日前から弟に《SA:O》を譲った。飽きた、と。

 それは本当か?

 たとえ飽きたとしても、SA:Oもまた、SAOに近しい世界だ。その世界に『飽き』を感じていても素直に辞めるか?

 

 ――そんなはずはない。

 

 あの男は、殺しの悦楽に魅入られた狂人。一度そちらに堕ちて這い上がれるとは思えない。俺自身、ギリギリのところで復讐の鬼になるのを踏み止まっている身なのだ。踏み止まるだけの理由をあの男が持っているとは思えない。

 だからこそ、別の理由がある筈だ。

 SA:O以上に、リヒターの兄を愉しませる何かが……――――

 

「亡霊同士、手を組む……か?」

 

 天井を見上げ、独り言ちる。

 その声は、石の壁に吸われ、消えた。

 

 






Q:要するに、和人が逮捕された理由は?
A:一時的にでも行動不能に陥らせる事を目的に、敵組織が仕掛けた冤罪
 和人にウロウロされると厄介極まりないため嵌められた。アリバイの確認が杜撰、和人を有罪にさせようとしている辺り、警察上層部もきな臭い


・星野一生
 《ジャッジアイズ》より
 御年35歳。上記作品では神室町だが、本作では歌舞伎町にある《源田法律事務所》に所属する弁護士
 空手三段の実力持ち
 ここぞという時に度胸がある


・星野さおり
 《ジャッジアイズ》より
 御年38歳。旧姓、城崎
 一生と同じ所属の弁護士。《ジャッジアイズ》終盤から一生と距離が近くなり、《ロストジャッジメント》では特に進んでいなかったが、拙作に登場するにあたり進んだ事になった
 超甘党
 かつて1日キャバ嬢で1位の座を数回取れるほどの魅力を持つ


・桐ヶ谷和人
 完璧に冤罪に巻き込まれた人
 しかも完全にアリバイがあったのに無理やり逮捕されたので、計画性のある冤罪で、敵側の目的も見抜いている
 更に昨日、隣人の下に現れた男の話から、不穏な空気も察した


・馬場満殺害の主犯
 偽キリト
 フードを目深に被り、顔が見えない状態でエリュシデータを持っていた人物。馬場満を背後からブスリと一刺しして殺し、そのあとめった刺しにしている
 警察によると背丈、体格は和人と同一らしい
 和人はその時の映像から、自分に対する明確なメッセージがあると理解した。つまり高い確率で和人と因縁のある相手という事になる


 では、次話にてお会いしましょう


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